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面白い物を読ませてくれる人が好きです。 noteにもいます。 11.4 ~

第10回N1決勝『Rolling girl』

『回転』 1 僕らは回っている。 世界がどうとか知らずに、回っている。それが宿命だと回っている。どうもできないから回っているという節があるにしても、はたして、僕らが死ぬのはなぜなのか、そして生きるのはなぜなのか、やはりそこがわからぬと、逃避するように回っている。 回転は義務であり、止めることは死を意味する。そうなると、やはり死ぬというのはそういうことなんだと考えてみる。だったら余計死にたくはないから、こうやって回り続ける。 「回る、かあ」綾部さんが言う。 よく考えてみると不思議ではある。大宇宙の根幹を支える動作であり、その割には軽視されている。三六○度というのもなかなか度し難い。人を虜にするようなチャーミングさを抱えつつ、振り向いた顔に印字されていたのがゾンビの時もあるわけで、不規則に、かつ順々に。トリックは不要。ただ腰を捻れば良い。こんな簡単な欺瞞が他にあっただろうか。 「いや、ないな」 回る事を神格視しないなら、天動説でも信じれば良いのに。 扇風機は駆動を続けている。季節は夏の只中であって、議論の余地はない。特有の熱気と、少々の臭気によって開け放たれた窓からは、大して涼しくもない風が吹いてくる。いったい逃げ場はどこであろうか。穴でも掘れば良いだろうが、実際はそうもいかない。 あまりの暑さに浮かされてしまったように、綾部さんは言う。 「実際、逃げ場はないのよ。あったらみんなそこに逃げてる」 「厭世的」 黙々と、慎んで生きている。この身を食い破ろうとする欲望を抑え込んで、凛然と。 暴動が起こらないのも、これが理由なのかもしれない。外界へと歩を進めながらひっそりと思う。起こったところでどうだという話ではあるが。人類にその類の養分は残されていないのかもしれないし。 そんな事を考えながら、公園へと向かっていた。我が家の最近のブームであり、どちらかと言えば年上の綾部さんの方が楽しみにしている節がある。ただブランコに揺られたり、滑り台に身を任せてみたりするだけなのだが、このご時世、周囲を気にしていては仕方がない。僕らは本来求めている物を享受できるようになった。その点では、僕はこの災害に感謝していたりする。 ブランコに腰を下ろしながら、彼女は言う。 「大体さ、何年経ったっけ」 三年くらいですかねと、適当に返す。 「復興って銘打ってからは?」 一年と四ヶ月、そして十八日。 「やっぱり」ブランコから立ち上がり、さらに続ける。 「あいつら馬鹿だよ」 それには僕も同感を示しておく。僕だって同じ事を思っていなければ、あれだけ正確な日数を記憶していたりはしない。表には出さなくとも、人というのは恨みの一つや二つ抱えているのだ。 「私だって、今まで悪い事はいくらかしてきたけどさ」 大きく一漕ぎして、一言。 「どれも修正が効くっていうか。軌道修正ができる。自転も公転も止まってないしね」 「私が一個人として惑星だったとしてね」 いつものように変な話が始まりそうだから、いつものように話を軌道に戻す。 それはまた今度聞くからさ、今は買い出しに行きましょう、宇宙飛行士殿。 風前の灯火である列車を乗り継ぎ三駅。なんとか都会の方まで漕ぎ着ける。 意外にも、コンクリートの類の方が欠けていたり、悲惨な様相を呈していた。自然由来の素材はなんだか原型を保っていて、どこか昔の時代を彷彿とさせる。最近こんな感じの芸術作品を見たような気もするが、名前はいまいち思い出せない。 「みんな、このままいなくなるのかな」 不意に、綾部さんが呟く。 「いなくなるって、嫌な言い方かな。タブラ・ラサってやつ?」 なんだか違う気がする。 「ゆっくり時間が過ぎて、未来に向かっていくのかと思いきや、実際には、街の姿は過去みたいになる。過去から未来への一直線じゃなくて、ホースの口を繋げたみたいな、円循環っていうか」 コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら、どこか一点を見つめている。それはひび割れたアスファルトか、河川の反射光か、それとも往来の群れか。僕にはわからない。知る術もない。だからわからなくて良い。 こういう時は、ただ一言声をかけてやれば良い。 「タブラ・ラサって、誰の言葉だっけ」 どっちも答えを知らない、そんな問い。包含された思想が一人歩きして、冴えない男と女の周りをぐるぐる回る。そんな様がどこかおかしくて、二人で笑い合う。 2 仕事も綺麗さっぱりなくなったから、僕らは夢を見るように夜を過ごす。けれど、お酒も、煙草も今は嗜まない。ましてや世界が世界だから、便利なインターネットはとうに途絶えた。本も興味がある物はあらかた読み終わったし、世界の終わりという特異的な環境に、僕らはどうやら慣れつつあった。 それなら仕方ないと、僕らはボードゲームをやったり、本を書いたりして世界の終わりを見届ける。 基本はすごろくなんかを楽しんで、拮抗していたなら奇数回、どちらかの蹂躙なら一回で終わる。その後に、各々好きなお菓子や飲み物を持ち寄って、ソファやらベランダやらで、スケッチブックに文字を書き連ねる。最初こそ判別がつかないくらいだったが、今ともなればお互いの癖字にも慣れつつある。綾部さんの弾丸のように丸くて小さい字と、僕のは蛇のようだとよく言われる。 とにかくそうして本を書いて過ごす。段々と眠気がやってくるまでは。つまるところ、僕らは自由なのだ。いずれ訪れる世界の終焉まで、ずっと。 何を題材にしているかと言われれば、それは無論世界と、あとは互いだった。お互いがお互いと出会ってどう感じたのか、変遷と共に恥ずかしげもなく書き連ねる、ただそれだけである。 そもそも僕らの出会いというのは少し特殊だ。一般論的な恋愛とは程遠い。一番近い言葉として、衝動という物があるが、まさにその通りである。 事は数年前まで遡る。ちょうど、なんやかんや世界が壊れていったあの時だ。 語る事はそう多くはない。ただ、警報やニュース速報が雛子みたいにうるさい街中で、ただ目が合ったのだ。偶然のように、不意に世間を見渡す時、ぶつかってしまうような感じで。 それに、お互いやりたい事も決まっていた。突然の終幕宣言に慌てふためく世界が、少しうるさかったのだ。 だから僕らは逃げた。かろうじてまだ息を保っていたバスに乗り込み、そのまま都心を離れた。あの時の運賃は僕が出した。 そうして生活が始まった。はなから互いに媚びる気なんてなかったから、勝手気ままに暴れた。お互いやりたい事だけをやっていたのだが、次第にそれも治まっていった。 お互い、暴れる事にすら疲れてしまったのだ。何をやっても世界は僕らを見てくれなくて、その理由の根源といえば、未だに解決の兆しが見えない。穏やかに過ごしたい人々は淘汰され、激しく慌てふためく、声が大きい人ばかりが目立っていく。それは無論結構な事だが、僕らは気に入っていない。 だから隠れ続ける。別に、対抗する事が重要ではないと僕らは知っていたから。 変に暴れて赤っ恥を晒すくらいなら、その場でぐるぐる回っているぐらいが丁度良い。 3 何十冊も同じ表紙のスケッチブックが並ぶ。赤だとか青だとかのマーカーペンで番号が振られている。完成の目処は立っていない。そもそもこれは暇つぶしの一環だから、それが正しい気もする。終わらないのなら、そのままでも良いと思える。 今日の正午に起きてから、もう時計の針が一周していた。夜も更けていく。いつまで経ってもノイズしか発せないラジオが、途切れ途切れになりつつある。もう電池切れだ。 しかし、綾部さんの筆はまだ止まっていなかった。 何事か、まだ黙々と書いている。余程書きたい事があるように見える。せっかく用意したお菓子にも飲み物にも手をつけず、ひたすらに。 何書いてるの。僕が聞く。返事はない。筆が紙面を滑る音と、頁がめくられる乾いた音。 まだ寝ないの。 「まだ、いいかな」 どうして。 「筆が進むの、今夜は。それだけ」 こちらをちらりと見やり、また紙に視線を戻す。何やら今日は落ち着きがない。 ノイズがついに途切れた。ちょうどラジオの電池が切れたのだ。堰が切れたようにぷつりと音が止まり、長年の戦いに終止符を打つように、毅然と振舞っている。 そして、言葉は不意に漏れる。 「いつか、世界が終わるにしても」 ペンを置いて、一言。 「そんな事言われたって、実感ないもんね」 綾部さんの書く言葉は、流麗とは言えない物かもしれない。読みにくい文字も相まって、名のある奴らには程遠い。 だが、そういう点が終末らしさなのかもしれない。最後の最後で後世まで残す作品を作る。それに元々、この類の人間は世間から疎まれてきた変人か活躍する文化だ。変人まではいかなくとも、僕らの環境や運命は異色だから、もしかしたらがあるのかもしれない。 「それなら明日があるし、今日ばっかりは寝てもいいと思うけど」 正直、僕はもう飽き飽きとしていた。いくら書いても読み手がいないのなら、何の為に言葉を紡ぐというのだろうか、それが僕にはいまいちわからない。 それもそうかと笑う綾部さん。 僕らはてんでばらばらになり、ソファやら、ベッドやらをローテーションして眠りにつく。僕はソファで、彼女がベッドで。そもそも、この部屋に住人がいないのを良い事に住み着いているのが僕らだ。文句は言えまい。 柔らかいクッションに頭を沈め、目を閉じる。 思えば、僕らはどうにも、この生活すらにも慣れきっていた。 世界が壊れて、抵抗する事をやめて、ただ二人で逃げて、その果てには懐柔し、ゆっくり静かに回る。 だが、それくらいが良いような気もする。そもそも天邪鬼で本来の性質に背いているのは僕らだから。 「たまにはベッド使えば良いのに」 あくびをしながら綾部さんが言う。 「眠りやすいのが嫌なんです」 なんだか、死んでいるみたいで。 「まあ良いけどさ」横になる綾部さん。 一瞬、酒が飲みたいと呟きが聞こえたような感じがしたが、無視を決め込む。会話が終わらない気がしたから。 夜風が窓を叩く。夏であるのに、もう終わってしまったかのような涼しさ。冷気が隙間から入り込んで、幾分か心地が良い。暑くあるべきのこの時分に涼しいというのは、野菜がどうとか世間は言うかもしれないが、そんな物はどうでも良い。 「電気消すよ」 少なからず、僕らは平和だ。 4 僕は回っている。彼女は回っていた。 これは、綾部さんが幸せな眠りにつく一年前のお話を、整理目的に軽く言葉として残している、いわば手記に過ぎない。 良い業者が軒並み埋まっていて、しばらくできなかった葬儀も、先日終わった。だからこれは記念であり、弔いだ。 別に何か好意を書き散らすとか、そんな低俗な目的ではない。 仏壇には煙草を添えた。お酒もと思ったが、こんな時代には、現実逃避が主流だから、アルコールは大方売り切れていた。 今でも時おり、あの時の経験が全て夢だったのではないかと思う時がある。僕が、回りすぎておかしくなってしまったとか、そう考えてみても、情勢が情勢だから正しいように思えてくる。 それでも、夢でも良いなと思う。数年間だけでも逃避行をする仲間がいたのは喜ばしいから。 それに彼女は惑星だから。自転も公転も、お手の物なのだろう。 たまに空を見上げる時がある。 どこかに幻影でもないかと探している。 でもやっぱり、もう探すには遅すぎたみたいで、僕は永遠と回っている。 今年の夏は暑い。

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第10回N1『Hang over』

『あ』 与えられる役割の多さは、さして重要ではない。 それこそ、母音ともなれば莫大な仕事が舞い込んでくる。縁の下の力持ちというわけだ。「下」の「た」はtとaの結合、ないしは一悶着であり、「力」の「か」もご存知の通りであろう。aとiとuとeとo、それは無論様々にあるわけだが、後ろ四つは付随物に過ぎないと考えるのが一般論である。随時議論が絶えない訳ではあるが。 つまるところ、母音を神格視する過激派と、子音との共依存を謳う穏健派がいるのだ。母音は子音がなければ一発屋であり、子音も母音がなければ文字通り赤子であると。 言葉の成り立ちからして、なんだか的外れな議論を永遠としているような気もするが、その点についてはこの際どうでもいい。 問題なのは、その渦中に投げ込まれた明確な被害者がいるという点なのであり、これは早急な解決が求められる。 「名前、あ。住所、いのう県、え市。お番地」 その被害者とは僕のことなのであるが、なるほど、言葉にして読んでみるとなかなか滑稽である。 1 「愉快犯か、急進派の布教活動か」 問題なのは問題を起こされたというただその事実のみであり、誰がどう役者を演じたのか、知る必要はない。面倒事にまで首を突っ込もうとするのは、捜査官としての性であろうか、はたして知り得る事はない。稲島というこの男がそういう類の性格者であるというのは、業界内では盛んとなる話題であった。根絶の兆しが見えない件の犯罪。特別誂えられた対策課。変人が集ってしまったから、天秤は二極化され、一種の博打のようになっている。 何度も腕を組み直して、ブラウン・スタディとしゃれこむ。時刻はゆっくりと進んでいた。それはとてもゆっくりだったので、僕らにはどうやら議論の余地があった。誰が悪で、そして、善は在るのか。 その答えはわからないが、とりあえず神は死んだからいない。だから、どうにか自力で犯人を探さなくてはならないのだ。 2 レトルトパウチが転がっていた。拾い上げてみると、どうやら中身があるらしい。これは何の料理だったか、誰も知らない。だからこれはブラックボックスであり、溶岩みたいな湯に沈めて、盟神探湯をしなければ何もわからない。僕らの事態に似ていた。過程、つまりは犯人の足跡一切が不明なのだ。 「盟神探湯、とは」稲島が聞く。 「古代人の水遊び」僕は言う。 そんな雑学より、犯罪の話をしよう。蝉が鳴いている。 この際犯人という文字に、“A”を導入しようと思う。この方が都合が良いからだ。 大事な事は、この世界は常に敵対関係が随所に存在していて、大体が悪事の種となっている、という点に他ならない。国々の諍いから、クワガタとカブトムシまで、それは無数に存在する。その中の一つに、日本語の音をめぐる戦いがあったのだ。最初から仲睦まじく共存の旗を掲げていた両者が、尊厳ある方針転換によって袂を分かつ事になったのは、それほど不思議ではなかった。 さてもさても、僕はAに名前を奪われたと言って同義である。手法、トリック、タネ。様々な言葉があるとして、それら全ては不明だ。データベースに進退の履歴は残されていない。だからこそ、内通者がいて、巧みに情報を削除してしまったと推測するのが普通であり、とにかくそうして、僕の名前は晴れて“あ”となったのだ。 それなりの時間を要して名付けられた名前が、いとも容易く変えられる。あっけない音の不条理性。許す事のできない、犯罪であるのは間違いがない。 「実際君は、それで不便を被ったりはしたのかい」 首を横に振りかけて、やはりここは同意の意を示しておく。 「例えば?」 「パスポートがお釈迦になった」 “い”とはどこの国だ、と。承認国家ではないな、と。 首を傾げつつ、こちらを見る男。テーパーの頭が小綺麗に整えられていて、身なりを見るうちは頭が良さそうだった。人は見かけによらない。 しかし容疑者はなかなか賢いな、と、誰に向けるともなく稲島は言う。FBIはスカウトするべきだ、とまた適当に玉を投げる。 「それなりに厳重だったんだぜ、あそこは。少なからず、信用を奪われたんだ。損失だろうな」 3 円筒形と三角錐ののたくり。その集合体に存在する隙間に、セメントを流し込んでいく。強固なセキュリティとはそれに等しく、突破するには地道な突貫が求められる。 その動作を無視して侵入を果たしたのが此度の事件である。 煙草を吹かしながら、稲島は言う。 「俺が思うに、これは愉快犯だと思うがね」 香ばしい臭気が部屋いっぱいに漂う。名前が存在しない幽霊船のごとく。 「急進派のやり方というのはね」 咳き込みながら、嗄れた声で続ける。 「概念ごと母音に変えるからね」 震える手で黙々と酒瓶を傾けながら、まだ止まらないというように言葉を続ける。 「例えば、『国』は、kとnが邪魔だろうね、奴らからすれば。出来損ないの、腹違いの娘息子みたいなもんさ。本物なら、これも消してしまう。直属のデータベースに残される情報には、五つの母音しか記されなくなる」 「過去の事例から判断するに、ああこれは、大昔に北京で起きた集団改名事件なのだがね、被害者」 また咳き込む。 「被害者のパスポートは、その兆候すら見せないほどに、平仮名一文字になったよ」 にやりと笑う。 外では大雨が降っていた。閑静な内に対比するがごとく、とてつもない轟音だった。 それなら“A”は一体どのような理由で僕を。 そう呟いた僕を尻目に、稲島は立ち上がり、レコードをかける。それ以上、今は話す事などないというように。 思えば、証拠の不在と、当人における自己認識の不在とで、理由を求めるなど神であっても不可能であろう。 4 少なからず、急進派の連中は何もかもが突飛であると有名だ。 凄腕のまじない師を侍らせて形跡を残さずに罪を成す。その仕方は様々で、多くの場合は民衆の個人情報改変だとか、大層な事を平気でやってのける。 彼らの思想としては、子音は廃棄されるべきなのだ。 それは別段良いとして、問題なのは、子音を排除するという目的を達成した暁に、彼らは一体どうするつもりなのであろうか。 例えば、次のような例文があったとして。 僕はAである この文章が辿る運命とはつまり次のようになるのであるが。 おうあAえあう この問題を、彼らは蚊帳の外に放っておいているのだ。 つまるところ、急進派というのは、行き場を失った芸術家集団であり、後先を考えない終末論的な美しさを好むロマンチストなのである。 5 最後のレトルトパウチを開けた。中身はカレーだった。器によそって、ノートパソコンの上に置く。調べ尽くして、全て無駄だと気づいた残骸の上に僕らの生活は成り立っている。 辿り着いた結論は一つ。僕らが完全犯罪を相手にあたふたしているのだという、一種の諦めであった。そもそも急進派というのは架空のお話なのかと錯覚してしまうほど、痕跡はない。 汚くなった机の上を全て一掃する。溜まった書類を床に下ろし、ノートパソコンは閉じて脇に寄せる。ジョッキに溜まったジンを飲み干してキッチンへ持っていき、痕跡を消す。依然としてキッチンには酒盛りの跡があり、床にはタイピングの跡があり、机に突っ伏しているだけでノートパソコンはそのままだ。痕跡をなくすというのは、これら全てを用済みだと原子レベルで抹消する事に等しい。輩の異常さがわかる。 「もうこれは自然現象の話なのかもな」 稲島は言う。イヤホンからメタルが漏れ聞こえていた。 「雨が降ったら傘を差す。日が差したら日傘を差す。同じように、被害にあったら、謄本片手に名前を戻しに行く」 名前は変えられても、それ以外はどうもできまい。 「やりようはあるわけで」 カーテンを閉めながら言う。もう夜だ。 「己の尊厳とどう向き合うか」 俺もやることはやるけどよと付け加え、音量のバーを最大まで上げていく。頭を棍棒で叩くような、激しいサウンドが、大雨に紛れて空中を走り出す。 6 はたして、これからどうしようか。 「俺が思うに、もう覚悟を決めた方が早いがね」 僕のベッドに寝転びながら、稲島は言う。彼も彼で、もう解決させる気がないように見える。吸殻が床に散らばり、強盗に入られたみたいになっている。 雨は止んでいた。 「名前はなくていい。その場しのぎで決めればいいんだから。母音くん、パスポートちゃん、被害者さん」 漫画本をベッド脇に置きながら。 「君を君たらしめるのは、行動だと思うがね」 「残念ながら、預言者と同じ名前の底辺はいるらしいから」 そのまま眠りについた稲島。最後まで、この男はわからない。未だに僕は、こいつが、混乱に乗じて無銭飲食を企む詐欺師ではないかと睨んでいる。僕の名前を奪った張本人である可能性も否めないわけで。 紫煙は行き場を失って部屋を漂っている。 その往来の中に、まだ稲島はいる。

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星に捧ぐ小話

いつの間にか忘れていたが、僕には、星を一緒に眺めるともだちがいた。 呑気に立ち上がって、空を見て。どうにもまばらな星の中で、視線は確かに一つのものをみていた。夜というのは大抵の場合涼しいから、僕らは苦心することなく、幸せな十二分間を過ごす。それがほとんど毎晩行われた。 ある春の日は、涼しいというよりは寒かったから、暖かく、分厚くして、並んで星を見上げた。ともだちという人の手袋が暖かいから、手を繋いだりもした。吐く息だけやたらと白くて、それでも、流れる星の数々を前にして、僕らは確かに時間を献上した。 ある夏の日は、寒さが恋しくなるほど暑かったから、薄着をして背を並べた。水筒の氷を固く噛みながら、肩を並べた。桃色のワンピースに、麦わら帽子が可憐だった。季節によって、順々に姿を変えていく。確か、ヴィヴァルディの四季を習ったのもこのくらいのときだから、そう思ったのだと思う。まん丸だった横顔が、しっかりと形を帯びていく。髪も伸びた。星を見上げる。眼前に星が落ちてくる。浸透して、僕らは目をつむる。 ある秋の日は、夏が恋しくなるほど儚い心持ちがしたから、埋めるように身体を並べた。柔らかい草原に腰を沈めるともだちと、僕はその隣に立ち上がって、少しでも星に近づくことを願った。なんとなしに、兆候はあったわけだが、僕には気づく術がなかった。僕は星が好きなわけではないのだと。ただ、星を求めて彷徨している時間に、苦しいことも、楽しいことも、全て等しく忘れていられるという。宙に浮いて、はたまた羊水に浸かって、星海を泳ぐ夢を見る。間違いのない世界を目指して進む。その女の子は笑っていたのだと。不安も忘れて船を漕いでいたのだと。 ある冬の日は、あの儚さですらも恋しくなるほどであったから、立ち上がって星を見上げた。このときからであろう、僕が星を好きになったのは。丸い粒の中に、何かを探していたのだろう。手を掲げて、そのふっくらとした掌で星を握れはしないかと思っていたのだ。指でつまんで、ひっくり返して、その裏側を拝んでみたい。そこに宝石があるとか、人が攫われているとか、変な不安が脳をよぎる前に解決したい。どうか、何も知らなかったことにできますように。目印にしてある小さな石。その隣で立ち上がり、おもむろに拳を突き出す。小石は不格好な麦わら帽を被っている。 あるどこかの季節の日、僕は星に夢中で、小石につまずいた。そのまま倒れ込み、麦わら帽が僕の体重で潰れた。その時になってわかった。体温があるのは普通ではないのだなと。石は冷たいし、硬かった。あの柔らかい掌も、暖かいコートも、ここにはなくて、全部、星の裏側にあるのだと。はたして、それが悪いことなのかと、僕には判別がつかない。結論を出してしまえば、そこで終わってしまうと思った。両手で麦わら帽をそっと被せ直した。そして、その隣で横になり、うたた寝についた。そんなことができるから、多分夏であったのだと思う。 あるどこかの季節の日、僕は夢を見た。やけにガサツな作りのロケットで、星に向かう夢だった。大きな音を立てながら、ノイズの走る傍らで、機械音声が、もうすぐで着くよと言っている。はたしてどの星に着くのかとか、不思議と疑問はなかった。なんとなく予想ができたからだ。 だが、予想に反して、星にはなにもなかった。丸くて、滑り落ちそうだった。重力は弱くて、そこがとても苦心した。どうにか腰を落ち着けて、必死に地面をつかみ、恐る恐る下を見た。写真で拝んだまんまの地球があった。 それだけではなかった。よく目を凝らしてみると、何やらこちらを見上げる人影が二つあった。 小さな女の子と、少し大きな男の子だった。手を繋いで、こっちをまじまじと見ている。分厚いコートと、手袋。頬が赤くて、吐く息が白くて、こちらからだと顔がぼやけてよく見えない。だが、僕にはそれが、誰だかはっきりとわかった。ここまで読んでくれた君にもわかると思う。二人と、はっきり目が合った気がする。目を細めて、微笑んでいた。 いけないと思い、目を逸らして、右手の方に視線を避けさせた。灰色の岩石質。星は光っていなかった。太陽の光を受けて、そう見えていただけなのだろうと思った。 こっそりまた視線を戻すと、まだ二人がいた。ずっと、星を眺めている。素晴らしい現実逃避をしているのだろう。穏やかで、温かい。 良い景色だなと思った。手を伸ばして、こっちに引き寄せられないかと試みる。 そして、その時に気づいた。僕の肌が白いこと、柔らかいこと。そして、ワンピースを着ていたこと。 全て予想以上だった。これは、ともだちだ。僕は、あの子になっていたのだと。 そういうことか。 夢から覚めた。 ある冬の日、僕は例の草原に向かって走った。道すがらには列車が走っていた。それすらも追い抜こうと、決死に走った。がたがたと揺れる大地、荷台と同じリズムで、走った。 あの景色が忘れられない。星から拝んだ、僕らの姿。あんなにもしあわせになれる像はないのだと。だからこそ、途絶えさせてはいけないのだと。 草原についた。小さな墓石と、それに被さる麦わら帽。 その隣に立って、空を見上げる。 やることは、その時には決まっていた。 大きく掲げて、両手を星に向かって振った。 「ここにいるよ」 「元気だよ」 遥か何光年も先へ、ただひたすらに。 それが届いたか、僕にはわからない。わからないこと続きでうんざりする。少しくらい明瞭なことがあっていいじゃないかと思う。 だが、解決する術はない。だから、流れに身を任せようと思う。 大丈夫、一人にはしないよ。 僕のこと、忘れないでね。ずっと、見ててね。 十分くらい、そうしていただろうか。 星を眺めるのが好きだ。現に病むことはないし、現に浮かれて我を忘れることもなくなる。ただ一つ、儚い夢と交信ができる。 ゆっくりと、墓石に視線を戻した。 いつの間にか、麦わら帽はなくなっていた。風に飛ばされたわけではないことを知っているのは、世界中探しても、僕だけである。

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セプテット

ゆめ もしも全てが夢だったのなら 僕はまた 枕に頭を沈めるだろう 夢が素晴らしく思えるのは 僕がただ 現に生きているという事実のためで 甘い果実を求めるのも 桃源郷が恋しいのも 僕がこうして 雨の中に生きているためで こころ 何にもなれない儚さを 限りある時間の中で行使する 人はそれを人生と呼びます 雪と水の二相系 われわれのこゝろとはそういうものです 甘酸っぱい山葡萄 われわれのいのちとはそういうものです 空鯨 大きな人だかりがあります 五十と二人のそれら塊は 誰一人として 声をあげません 同様にして 誰も 空の声は聞けません 生態系というのは 優しい断絶であると 陸の鯨は 僕らなのです 紫陽花 梅雨に咲くまばらな色彩 瞳に生まれる少々の酸味 歩く道すがら 私らは苦心する もしも私が紫陽花だとして どうしてここまで心地良くなれるのか まだまだ道のりは遠い 立ち去る背中を 紫陽花は追っている セプテット 僕が建物の材質を語るとして 彼が住人の性質を語るとして 人が財政の懊悩を語るとして 其が近隣の自然を語るとして 神が世界の歴史を語るとして そして誰かそれを読むとして 私は拙い物語を書きましょう 稚児の手 内に秘めた想いが身を捩る きゃあきゃあと声を上げて笑う いろんな感じがくすぐったくて 止めようにも止められはしない 縁側で受ける夏風と 風鈴の音 ああ 僕らはみんな稚児かもしらん その皺くれた掌を ただ宙に振り上げて

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Castling【essay】

言葉が好きだと、漠然と想っていた事を口にしてみる。 角度によって姿が違くて、どのそれにも確かな美しさがあるからだろうか。僕には言語化できない。 例えば、以下の文字列があるとする。 Aは真実です。Bは嘘です。 Bが言うには、Aは嘘です。Aが言うには、Bは真実です。 確信をつくことができないような、流動的な意味合い。指を伸ばせば、それを避けるように形を変える。この場合、嘘というのは確かにあって、同時に真実も存在していることがわかる。わかるにはわかるが、その向こう側には、想像すら許さない無限の宇宙が広がってる。言葉というものはそういう女であった。 例えば、以上のような言葉があったとして、末尾にこう付け足すとする。 世界には馬鹿ばっかりだと、本を閉じながらCは考えた。 たった一文加えるだけで、世界は奥側に広がっていき、確かな姿が生成される。ゆっくりと認識を深めていく。混沌としていて色の不確かな世界に、正確さが生まれていく。ゆっくりと、ただゆっくりと、確かに世界は色を塗られ、水を得た魚のように生き返る。それが非常に美しく愉快だ。 例えばさらに、興味本位でこう加えてみるとする。 そんなCを眺めている僕らは、はたして何処の輩なのか。否、それは一切が不明である。 奥行きが増えていく。この場合は、僕ら読者が一歩退いたという表現が正しい。一歩引いて、物理的な距離を置く。カメラなんか置いてテレビから眺めたり、単に、窓を挟んだり。そうして奥行きが生まれる。後ろを振り向けば僕ら自身の部屋が見える。そうして、世界は前後に生成の一途を辿る。 「こっちを見て」と、僕らが言うとする。それでも、彼女がこちらを向くことはない。 それが美しいと感じるのだった。あちらはこちらを絶対に知覚できない。こちらはあちらを見たままに知覚して、脚色を加えることができる。それなら、あちらがこちらを知覚して、ディテールを作ることができる世界があったら? そうして、僕らのアイデアが生まれていく。 物語と僕らは、相互依存にあると思う。読み手がいて、勝手な解釈を生んでいくから、言葉はテクスト化されて、テクストになる。 言葉はそうしないと生きていけない。 一方僕らも、そんなテクスト化された活字がなければ生きていけない。 想像力の乏しい人間はいない。なぜなら、その類の人類は例外なくみんな死んでいるからだ。死なないためには想像力がいる。世界に蔓延る『もしも』に目を向けて、世界を作り上げていく。その過程で出来上がる、城の部品の数々が物語という、ただそれだけの話である。城壁、兵士、大砲に、剣。全て僕らから生まれて、大きな一つの城を成していく。 創作するしかない動物を、人は人と呼ぶ。 筆でも、指でも、ただ使役して、連ねていく。黙々とその時が来るまで、書き連ねていく。 物語の向こう側で、Cがはっきりと笑っていた。 少なからず、僕はこのようにして、物語を終えるとする。

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Amber lake

禊が滞りなく終わりましたら、どうか、お手紙をください。 僕は、君が浮かんでくるのを、今か今かと楽しみに待っているのです。 僕は、君が送った生涯を、処女作に仕上げたい。 最近はいかがお過ごしですか。 僕は今、どうしても忘れられない気持ちがして、日の入り浸る窓辺の一角を占領し、惰眠に耽っています。脳裏にはいつだってA君がいます。世界というものが演じる現象の節々に、諸行無常で、清濁の欠片のような、君があるのです。 それをどうにか、描き切ってしまいたい。僕の願望であり、厭世的な現世界を生きる、僕の大義になります。 しかし残念ながら、君の理解が及ぶそこに、僕はいないのです。 無礼をお許しください。 大昔の春暮れ、僕らは一緒に遊びましたね。狭いあぜ道を落っこちそうになりながら、ただ雲を見上げて走っていましたね。鈍重とした気配は一層もなく、ただ風に吹かれるままに、楽しげに走り明かしました。西洋瓜を頬張って、無闇の生活を送った。全て、過去の話。 長くは続かなかった。君はすぐに僕のもとを去りましたね。僕はあの日を思い出すたびに、ないしは、ただこうして悠久してるあいだに、夢野久作の書いた、『ルルとミミ』を思い出します。 だから僕は、君がまた浮かんできやしないかと思うのです。 最後に、つまるところにはなりますが、敬愛するAmber君。 願わくは、僕の話をそこで聞いていてください。 アーメン。 どこまで遡行すればいいのかわからなくなった時分、僕は決まって、要点のみを話すようにしています。だから今回もそのようにしようと思います。 ナザレのイエスの名のもとに、懺悔が贖罪の道すがらを辿り、どうにか僕たちの罪が晴れますように。 畢竟、僕らは、被害者と、加害者の関係にしかなれないのでしょうか。 いいえ、違うでしょう。僕は君の度重なった善行を覚えていますし、君という人間が、一時の失態によって我を失うというのは、あまりにも有名な性質でありましたから。その上、短気は損気というその所以を、君が全て明らかにしてしまわないうちに、僕は己の欠点が持つ愚性に気づけずにいたのです。そのような点において、確かに君は罪を償っていました。 ですが、どうにも感化できない時はあるもので、君が僕に害をなそうとしたあの日を、僕は未だに忘れることができません。 黙殺された街路樹の先に、森林がありました。 僕は独りだと思っていたのです。閑静な気配の中に人影は見えません。ただ生暖かい風がびゅうと吹いている。その日は大層な酷暑日でしたのを覚えているでしょうか。それなのに、僕には並々ならぬ思いから生じる苦しみが存在していましたから、どうにも、その暑さに、不快している暇はなかったのです。 目的地へ向かうより先に、例の川へ向かいました。例の川というのは、その名を冠するにふさわしい例の川であります。この文書を読むのが君であることを信じているゆえに、僕はその名前を書きません。 そこへ向かったのは、単に水を飲みたかったことに由来します。何里か歩いただけのはずだったが、僕はどうにか頭のおかしい男になっていたのでしょう、何千里、何万里と歩いた気がしてたまらなかったのです。両手で掬い、清らかな川水を嚥下しました。 特筆しておきたいのは、僕は苦しみを覚えながらも、その枯渇感から水を飲み続けていたことです。君もよくご存知の通り、僕にはその類の愚性があって、被虐癖とは違う何か不可思議な性質がありました。溺れてしまいそうな感覚が内を巡るのです。隠遁とした愚性。尊大な博打。悪魔に突き動かされているのです。 本質に迫ったことを一つ言うとするなら、僕が君の手によって止められたあの日も、僕は悪魔のマリオネットでありました。 水を飲む時、特に、その時分が陽の光が隠れる夜分となれば、力場、というのは崇高に力を増します。手に掬った水でさえ例外ではありません。酷暑日の、籠ったような質感が合致すれば、さらなる苦悶を与えます。喉に水が流れている間、人はどうやって呼吸をするのでしょうか。無論鼻ではありますが、あすこにはレギオンがいて、どうにも容赦はしてくれません。畢竟僕はその程度の人間なのです。幻想的な錯綜と現実を天秤にかければ、僕は迷わず遠い彼方に目をつけてしまう男なのでした。 君が僕を救い、同時に、僕に対して害悪な談判を与えたのは、確かこの後の話でしたね。 十分な洗礼を受けた後、僕は迷わず上り坂のその道を登り、唯一神の待つ湖へ向かいました。君もよく知っている場所でした。書生として講義をしつつ、夏は涼みによく訪れたものです。友人や、あなたと仲睦まじいお嬢さんも呼んで、みんなで楽しんだあの場所です。今も時おり残念に思うのは、本来であれば、今頃君という人間は、かの麗女と幸せに過ごしていたのだろうなという、一種の自責であります。軽井沢の一角で、幸せに。 それを破壊してしまったのが、僕の罪であります。 どうか、僕を恨まないでください。 君は僕の唯一と言えるべき友人であり、その類い稀な精神、上質な性善説の要を、私の持つ愚性が破壊してしまったのです。 君が僕を助けようと湖に飛び込んだ時、私が思い、確かに胸に秘めていたのは罪悪よりも、焦燥よりも、一種の快楽でありました。私のために死んでくれる君がいるのかと、心の内に歓喜を秘めていました。そしてその礎に据えられた君は、この世に非ざる者に成り果ててしまった。 気の狂ってしまった僕をお許しください。冒頭の謝辞など、全て虚偽に過ぎないのです。僕が僕ではなくなってしまう、その曖昧とした境界に巣食う、悪魔がいるのです。 きっと僕は、気でもおかしくしてしまったのです。本来なら癲狂院にいれられる身分でありながら、酷にこの世に生かされているという、その類の生命であります。 この文を綴った後、僕はダルドルフの癲狂院に行きます。僕もその番がやってきたのです。本来なら事が終わる前に試行するべきであった大義を果たすのです。 つまるところ、禊をするのは、あなたではなく僕ということになります。 どうかお元気で。そして、新たな君のいる世界に、僕が存在していないことを祈って。 追伸。 郵便が届きました。Amber君の名義です。 小さな茶封筒の中に、立派な琥珀が入ってました。 そして、君のお手紙を拝見しました。 あなたの言うとおりでございます。僕は、自分を許すことはできません。 今朝、家を専門の者に任せ、鍵を預けてきました。 君とこうやって語り明かすのは、これが最後になるでしょう。 あなたがこれを渡してきた意味を、僕なりに予想したのは、君がまだ、僕に浮き上がってきてもらいたいと思っているのではないかという、願望でした。 ですが、それは叶わぬ願いです。 どうか、僕のことはお忘れになってください。 この琥珀石は、僕が責任を持ち、僕が殺めてしまった、君のお嬢さんの墓石に供えてきます。 君が想いを秘めて愛していたのはお嬢さんだったのだと、最後に鮮明に覚えてきます。 だから君は、全てのことをお忘れになってお眠りください。 そして、君がどうにか今年の夏に目覚めることを祈って、お手紙とさせていただきます。

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いつかの小話

可能な限り言葉を省いて、物語を言おうと思う。 旅人がいた。 小さなその旅人は、巨人の歩く隙間を縫って放浪していた。 巨人は僕らだった。 星を見に山道を駆け上がっていたのだ。 泡の弾けるような音がしたかと思えば、 どうやら旅人が歩いているのが見えた。 とても小さくて、その背丈は石ころのようだった。 ころころと流れていくように走っているのだ。 巨人は愛おしく思った。 その反面、心に紛らすことのできない不快感を覚えた。 もし一歩踏み外せば、楽にその頤を砕けてしまう。 意図しないところで、簡単に全て終わらせてしまう。 守衛の薄い殺戮装置に成り下がってしまったのだ、己はと、 どうしても思えてしまう。 大きい外殻がひたすら煩わしかった。 本人にその気がなくとも、 とてつもない破壊兵器にしかなり得ないのだ、俺は。 だから、巨人は不快してしまう前に、旅人へ言った。 ちび助、おい、そこの。 俺の手に乗せてやる。堂々と闊歩するのは、 お互い不用心であろう。貸してやるから、来い。 旅人は困惑するが、その調子を見せる前に首根っこを掴まれる。 つかの間の空中を経験した。 風が流れ込み、心地良い感じがした。 どうにも悪くはない。 ほら、これで良かろう。星が見える。 巨人は手ではなく、肩にその小さな遊子を乗せた。 それは無意識の動作であった。 一方、その巨人には確かな思惑があったのかもしれない。 手に乗せてしまえば、 ふとした瞬間に身体を潰してしまうかもしれぬ、と。 やはり巨人には認識があった。 己における、どうしても拭いきれぬ、 不快な与害性を。 幸いなのは、旅人に、それを知る機会がないことである。 旅人を肩に乗せ、 悠然と道を行く。 太鼓が一定に鳴るように、 巨人の足音というのは凄まじかった。 旅人の耳には、花火のように聞こえた。 一定に鳴る様が、 どうも乳母車のようだった。 まどろげに空を見上げる。 なるほど、それはそれは、とても大きな星があった。 手で囲って持ち上げようとしても、 重くて持ち上げることはできない。 つまんでみようにも、手が震えてしまう。 小さかった頃とは、とても違っている。 込み上げてくるものを抑えずに、笑ってみる。 熟れた桃を頬張ったみたいな笑いが、こみ上げてくる。 どん、どん。 きら、きら。 まず間違いなく旅人にとっては、 一つにしかなれない、最愛の夜であった。 ただ、旅人にも、並々ならぬ不安の思いがあった。 しっかりと、片方の手でこの図太いのを掴んでおかなければ、 真っ逆さまに落っこちてしまいそうである。 旅人は、心に紛らすことのできない不快感を覚えた。 それを忘れてしまうように、星をつまもうとしていた手を、 巨人の肩へと戻した。 いつの間にか伝わっていた。 そんなお話でありました。

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mate

あの砂糖粒のような石ころはルビーといいます。 音を立てて崩れてゆく様がなんとも美しいから、ルビーと言います。清濁や、暑さや、寒さの差異はありますが、どうにも僕らには判別がつきません。それは悪いことではありません。ただ、僕らは見分ける才を持っておらず、別の芸に秀でているというだけなのです。 金平糖のような星を見上げます。どこにもルビーはありません。 星の名前を呟こうにも、漠然とした、ベールのような想いが、ただ水流が過ぎていくように、あたまを通り抜けていきます。はたして、もうじき僕らは呟けるようになるのか、それもわかりません。人間はわからないことだらけなのです。その五体が楽しい動を為すままに、僕らはてんでばらばらになって歌い明かすのです。 小さいこどもも、大きいおとなも、ただ手を繋いで走り回りたいのです。可愛らしい背丈から拝む世界は素晴らしいものなのです。息を飲むような感動と、大地の息吹がきこえます。地面は声が小さくて恥ずかしがり屋なのです。ただ、気持ちの良い男なのです。あなたが路頭に坐してしまわないうちは、声をかけてはくれません。木陰に身を潜めて、うたた寝に耽るようにしないと、地母神は、きみを見つけてくれません。 ただ満面に広がる緑黄色の葉っぱと、茶色く瑞々しい幹を、脳裏に描けば良いのです。 僕はときおり夢を見ます。ただ無闇に、宙に浮かんで目を瞑る夢です。 そんな辛い悪夢よりも、僕は、自然に囲まれた道を淡々と歩く、そんな一生を送りたいのです。

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Information

良い機会なので、色々語ります。 ①ノベリー始めてどれくらい? 二○二四年の十一月四日から。一年とちょっとくらい。 ②ノベリーを始めたきっかけ 書きたかったからです。頭にたくさん浮かんでくるアイデアを書き記す場が欲しかったので始めました。書きすぎてもう枯渇しましたが。 ③読むジャンル SFとミステリー、あとメタフィクションとか。SFは設定の奇抜さが好き。ミステリーはやっぱりどんでん返し。メタフィクションは普通にアイデア勝ちです。あと近現代の作品も読みます。宮沢賢治、芥川龍之介、夢野久作、森鴎外あたりを最近はちょいちょい読みます。なんというか、あの時代にしかない端正な言葉遣いが好きです。現代にはない独特な雰囲気を感じられますよね。『烏の北斗七星』、『枯野抄』、『瓶詰地獄』、『舞姫』とか好きかな。 ④苦手なジャンル 恋愛系。 羨ましいって。読んでて悲しくなるって。厳しいって。 青春系。 以下同文。 ⑤書くジャンル 内容よりも文章の質を意識してます。尊敬している作家は円城塔先生です。『わからないのに面白い』と言われている作品に魅せられました。なんというか、言葉一つ一つを取ってもストーリーは掴めないけれど、その文章自体に面白さがあるのが好きなんです。高度でめちゃめちゃ難しいのに、チャーミングな文章のおかげで読めるというか、とにかく、そういうのがとても好み。だから僕も、そういうのを書きます。 ⑥名前の由来は? 忘れました。それくらい思い入れがないので、適当に決めすぎたなと悔やんでます。変えたいなあ。 ⑦活動場所は? ノベリーとノート。ノートは忙しくて停滞気味。 ⑧アイコンについて ちょくちょく変わります。大体AIです。 ⑨今後の活動目標 書く。とにかく書く。一にも二にも書いて、三にも四にも書く。 たぶんできない。 あとは企画もしたい。皆でアンソロジーみたいなやつ、またやりたいなと密かに思ってます。この時期は多分全員忙しいから、夏休み頃やるかもしれないしやらないかもしれない。 ⑩ノベリーの好きなところ 人が優しい。癒しです。 年齢層が幅広い。現実であれば年上の方なんて自分から関わることありませんが、こっちは気楽に関われる。もう大好き。 ⑪皆さんに一言 いつも面白い作品をありがとうございます。 だけど、もっと長く書いても、いいのよ? 以上。閉廷。

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雑文5

最近は暑くなったり、寒くなったり色々忙しいですが、なんとか生きてます。半袖の出番がやってきたようですが、僕は半袖がそこまで好きではありません。理由を聞かれるとそれはそれでわかりませんが、とにかく嫌いです。 一人暮らしにもなんとか慣れつつあります。声を大にして言えるほどではありませんが、家事もできるようになりました。ゴールデンウィークはカレーを作りました。しかし残念ながら自炊は一度きりで、他はずっとお菓子を貪ってました。後半は油っこすぎてダウンしてましたが。 そして、ゴールデンウィークの一大イベントはなんだと聞かれれば、僕は声を大にして言いたいことがあります。ゲジゲジです。夕方まで眠りほうけて、ぼんやりと起き上がったところを、奴は床でてくてくやっていたわけです。五分は動けませんでした。 人間は虫を前に動けなくなるときがあります。 あの脚が気持ち悪いです。動き方もなんだかぬめっとしてて気味悪い。マイケル・ジャクソンのムーンウォークみたいな感じです。ああゆうのはほんとに表裏一体で、一歩間違えれば気持ち悪くなります。そのギリギリの塩梅を保ってめちゃくちゃかっこいいマイケルにはほんとに脱帽です。愛してる。 そんなこんなで固まっていたわけですが、殺すのはなんか違う。殺したら殺したで、それはそれで後片付けがめんどくさい。ということで、休戦協定を結ぶに至ります。各々の環境に踏み込まないことを条件に、同棲へと踏み込んだわけです。 そうやって吹っ切れると、今度はゲジゲジが愛らしくみえてくるのですよ。 人間とはどうもめんどくさい生き物のようで、いたら心底嫌うくせに、いなかったらいなかったで寂しい生き物です。僕は時おり、椅子に腰掛けながら後ろを見ます。壁にゲジゲジがいて、チャーミングにだんまりを決め込んでいないかと期待するんです。僕は末期なのでしょうか。けっこう本当に名前をつけてしまおうか悩んでます。ゲジーとかにしようかな。 だから、僕は今ゲジゲジとひとつ屋根の下で暮らしてます。そのうち肩を組んで眠ることでしょう。 それ以外でいえば、NSSでしょうか。この度初めて審査員をやってみようという決断をしました。募集期間も終わり、作品が出揃いましたね。皆さんの作品とても面白いです。読む側に回って感想やアドバイスを書くのはあんまり得意じゃないですが、今のところ上手くいってると思います。そう信じたいです。 先に断っておくと、僕はとても感性が発達しているわけではないので、基本的には文章について書かせてもらってます。期待していた通りのアドバイスや感想ではなかったら申し訳ないです。でも許してよ。僕、こうゆう人間なのよ。 まあこんな感じで適当に生きていますが、とても楽しいです。 ノベリーには優しい人が多いですし、現実でも、嬉しいことに優しい人が多いです。だから僕はどこかで、現実で僕が関わっている人の中に、ノベリーユーザーがいるのではないかと睨んでます。でも、なんだかリアルで関係をもってはあまりにもクソだるすぎるので、睨むだけにします。だから皆さんも、それらしい人がいたら是非気にしないでください。突然友人がゲジゲジを語り出しても、それは僕ではありません。 お腹痛い。お手洗いに行きます。 僕は今幸せです。ゴールデンウィーク明けの憂鬱は別として、有難いことに良い人に囲まれてます。嫌な人はほとんどいません。いたとしても、良い人との会話の中で愚痴って幸せの種にしてます。 音楽もたくさん聞いてます。最近のマイブームは山崎まさよしと矢島美容室です。なんだか永遠とループしてます。とても元気になります。 楽しいことがいっぱいです。嫌なことはほぼありません。タオルからゾンビ臭が抜けなくて一生臭いことぐらいです。逆にいうとそれだけはほんとストレスです。まあ大したことはないです。 ゴールデンウィークもあけ、次の長期休暇は夏休み。それ迄長いですが、どうにか頑張ろうと思います。だから皆さんも、一緒に頑張っていきましょう。どこの誰が何を言ってるんだと思うかもしれませんが、僕もそう思います。だけど忘れないでください。日本のどこかで、一人の人間と一匹のゲジゲジが肩を組んで皆さんを応援しています。 今回の雑文は以上です。 またいつか。

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