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172 件の小説よこしま
ばべる。 天井を見上げる。不意に立ち上がって、踵を浮かべて、そこに触れてみたくなったりする。ふくらはぎに断裂するような痛みが走って、崩れるようにベッドに倒れ込む。枕とブランケットと本の束が引っかかって、なんだか、瓦礫ってこんな感じなのかなと、不思議と憶測が広がる。 ばべる。 やはりそう口にしてみたくなる。音にするとポップに聞こえる。よくわからないけど動詞みたいにも聞こえる。いいや、今日はばべらないよ、母さんに叱られる。そんな会話がどこかにあってもいいくらい、不自然な気はしない。 バベル。 不意に起き上がって、ノートに書きなぐってみる。こっちは、どうやら硬質な感じがする。さっきのそれは日本語で、こっちのこれは英語みたいな。バベingとでも言おうか、edなんかつけて過去形にしようか。そんなのが似合うと思う。 「くっちゃべる」みたいなやつがあった気がする。あれもおそらくは一種なのだろう。くっちゃばべる。北半球に国々を構える歴戦の大帝国が使ってた、現在の言語の祖語にあたる。そんな言葉が載ってる辞書が図書館にあって、数千ページとめくり続けたら、ひっそりと隅の方に掲載されている。 ばべる、バベル、ちょっとばべってくる、チョット・バベッテクル。動詞、名詞、活用例、人名。 まあ悪くはないと思う。世の中不条理だから、辞書の中でよろしくやってくれても。 図書館が無限に広がるなら、なんだってありなわけだし。 適当に生きているだけだったら、べつに罰は当たらない。 スマホに着信が入る。 隣では、いつの間にか彼が起きていた。寝ぼけ眼でブルーライトを浴びて、いち早くにと情報を貪っているようだった。 「うるさい」サブスクリプションのアプリから流れる、彼の好きな洋ロック。がちゃがちゃエレキギターをかき鳴らして、酒焼けしたような声で、怒鳴るように歌う。 「今ばべってるんだから、ちょっとは音量下げて」 不貞腐れたように目を細めて、スマホの電源を落とし、彼はベッドの下に手を入れ、漫画を引き揚げては、慣れた手つきで読み始めた。はたして私の発言をどう受け取ったか、真意は定かではない。 それに、どうやらもう、正午を過ぎたようだ。
物語る【essay】
活字は愛想を尽かしやすい。 相互愛を宣っておきながら、時間が経つにつれて僕の前からいなくなっていく。あれほど簡単に思えた綴りも、今となってはそう上手くはいかない。一文字、また一文字と言葉を紡いでいくはずの我が手腕は、鉛となってしまったかのように動きはしない。 物語ることが救いになるのは分かっている。 それでも止まる手がここにある。 羅針盤に諭されるように東奔西走と文字を書き散らしてきた。 それでも、納得ができない。 理想は人に未来を与え、果てに栄光ある豊穣をもたらすが、それと同時に、選民でもするかのように、終焉を与える。終焉とは、結末それ自体を意味する言葉ではないはずだ。その言葉は、始点から一歩踏み出したその瞬間にゴールが既にある。そんな現象を意味しているに過ぎない。 だから残酷だと思う。 文字を書くという行為は才能に依存するのか。 違う。 努力に依存するのか。 違う。 他者からの攻撃を根源とするのか。 断じて、違う。 全て気まぐれに違いない。 僕の文字があるのも、誰かの言葉があるのも、遠い異国の活字が硬水のように受け入れがたく見えるのも、全ては運命であり、世の常ではない。それをあたかも、辛く感じてしまう。 全て無意味だったのか。 高すぎる理想によって、いつか何物も満たせずに終わってしまうかもしれない。己を高く見積もりすぎて、いっときの愚行によって完全な自己破壊に陥ってしまうのか。 全て違うと信じてると、僕はただ、言葉に残しておく。 自分の文章とは何なのか。自我同一性とは。それは、端的に言えば、自分自身における読書の遍歴を、ただアイデンティティと言って書き記しているに過ぎないのではないか。自分のと信じてやまないものは、芥川龍之介と、ハインラインと、ブラッドベリと、種田山頭火を集め固めた、不純な色の粘土なのでは。 それともそうなのか。それを知っていてアイデンティティと呼んでいるのか。その読書遍歴、好きな作家の組み合わせ。はたまた語彙の選択、語学の選択。その組み合わせによって生まれた不純不潔な色を独自であると呼ぶのか。 何度と枝分かれしていった樹形図もやがて結集し収束し、また一本へと戻っていくのか。そうしたら、その果ての一本筋に現れる何者かが真の作家で、その途中に座している僕ら字書きは、ただ将来の為に生まれた無意味な構成要素に過ぎないのか。 そんなものは辛すぎる。 自分は踏み台にされるのか。 そうなるぐらいなら、より良いものを残していかなければ。 そうして、理想は高くなっていく。 筆を固く握りしめるくらいなら、いっそのこと手放してしまえばいい。どうせ望むものは作れないから。そうするくらいなら、外を見るなり、眠りこけてしまうなり、自身に負荷をかけない過ごし方の方がよろしい。筆は単に握り持つものであり、握りしめて折るようでは先が思いやられる。そう思う。 それで、書けそうになったら、書いてやる。 素直に飲み込まれるのは嫌だから、少しでも抗おうとする。 僕のおかしな文章は、こうして生まれるのだと、今はそう信じている。
よだかの桃源郷
硝子色のむしを捕まえた。虹のような弧を描いて飛ぶそれを捕まえたいと思ったのは、僕という性の人間が、幻想的なものに掬われてしまうような好奇心を持っていたからだ。 硝子色のむしは、僕の手中でのたうち回って、やがて諦めたようにこっちを見た。同情は買われないというのに。 瞳が動いた。 むしは言った。 この世界は鏡像だ。その証拠に、鏡の向こうに見える景色を逆に感じるのだ。自分たちは間違っていないと、これでもかと自己暗示をかけて、いつの間にか、悪を外に疑っている。 むしは言った。あの無色透明の直方体の向こうにこそ、本当の世界があると。 きみが疑っていたもの、それこそが本物だと言い放たれて、気分はどうだ。悪いか。硝子色のむしは冷たく言った。 君はどこから来たの。 硝子色のむしは、僕を見つめる。 それなら、なぜ僕は本当の世界に行けないの。 硝子色のむしはうなずいて、言った。 偽物は檻に閉じ込めていなくてはならないからだ。 それなら、本物の僕はなぜこっちに来ないの。 硝子色の翅がぶんと揺れて、ハイゲインノイズのように、高く囁いた。 本物は、自分の偽物なんて気にしないからだ。 それなら、僕は死ぬのかい。偽物だから。 獄中死という意味でなら。その通りだと、むしは顔も変えずに言い切った。 僕たちは、百年後に執行されるらしい。 硝子色の鱗翅目は言った。きみたちが死ぬのは、罪に問われている罪人だからだと。それでも人権はあるから、最低限の自由が保証されて、反省する時間を与えてもらっている。 それでも、檻に巣食う人間なんて腫れ物のように触りたくないから、勝手に死ぬ分には無視を厭わない。いくらでも走っていい。だけど、そのせいから発作を起こしても、鍵を開けて檻に入って、介抱なんて絶対にしない。 「それは、身勝手じゃないか」 むしは、何も言わない。 鏡の向こうには、罪を犯す文化はない。 誰かを殺しても、それは罪ではない。誰かを殺した人間は、その乱れがどうにか鎮まりますようにと、綺麗に削った御影石を渡される。無事に落ち着きを取り戻したら、それを、殺した相手の家族に渡して、何もなかったかのように日常へ帰属していく。その行く末を見守ったら、御影石は棺の中に詰められて、亡骸と一緒に埋葬される。それは、透明で清らかな川の流れに乗っていき、やがて大海原に出る。海原は、段々と黒く染まっていく。 君たちは、星空を綺麗に思うだろう。 むしは、空を見上げようとしなかった。 一般的な家庭の子供部屋から、罪人の檻に変わってしまった僕の部屋は、随所に埃をかぶりながら、大切に本をしまっている。 本棚に指を差し込み、本を引き寄せる。角度を徐々に変えながら傾いて、僕の掌に本は転がり込んだ。充満する淡い香りは様々なものを内包していて、その一つ一つを僕は鮮明に覚えている。落涙するような思いも、命すら賭けようとする想いも教えられたから。 本の表紙にタイトルはなかった。タイトルを探そうとして、著者名もないことに気づいた。そうして僕は、ここが檻の中で、全てが偽物であることを思い出した。 本を開くと、そこには活字がまだ確かにあった。一度でも目を離すと、しかしすぐになくなってしまう。深い霧中に消えるように忽然と。そして、虫の羽音のように不規則に。 鏡の向こうには、面白い小説はない。 悲しみがない。鏡の向こうには、罪の意識も、それに由来する贖罪思想なんかもないわけで、往来を行く人の顔を見ても、彼らのそれには、小さな幸せも、小さな不幸せも、見つからない。 もうおわかりかと思うがと、むしは言う。 君たちの人間性も、鏡の向こうではおとぎ話だ。 むしは折りたたんだ翼を広げて、僕の掌で悠然と立ち上がる。 鏡の向こうの学校では、おとぎ話を学ぶ。 あるところに、変わった人間がいました。 彼らは、身近な人が死ぬと泣きました。その近くで包丁を見つけると、顔を歪めました。すると、その落涙は、さらに熾烈を極めました。 彼らは、病気の人があると、その人がいつか死ぬことを考えて涙しました。そして、死にませんようにと願います。その時でさえ彼らは泣きました。そして、いつか本当にその人が亡くなると、今度は笑顔を作りました。涙では、人を弔うことなんて不可能だと考えているからです。 硝子色のむしは翼を広げて、嘴を鳴らしながら続ける。 君は、これがおとぎ話だと思うか。 鏡の向こうでは、世界を作る文化がある。 神なんていないから、全てを自分たちで行なう。誰かが深い海を作れば、誰かがそこに魚を浮かべるし、ある人が陸を増やせば、またある人が種を蒔くだろう。協力を礎に据えれば、なんだってできると信じていたから。 だがその中には、全てを一人で完結できる万能人もいる。一人きりで想像し、破壊できる人間が。 ある時、悲しみが実在する世界を作った人がいた。 月を丸めて、太陽に絵の具を垂らして、世界を作った。 人形に血肉を分け与えて、瞳に愛憎を垂らして、そこに放った。 すると、そこは美しく発展して、その創造者の目には、その創造者の目にだけは、鏡の中よりも美しく映ったのだった。 その世界に行ってみたいと、思うようになってしまうほどに。 そうしてついに、彼は入口を作った。それは門の形状をしていない、なんとも妙なものだった。溶解してしまった金属のように曖昧で、そこをくぐってしまえば、自分が自分でいられなくなってしまうような気さえした。 それでも彼は通って、結果として、小さな子供になった。 罪人と同族になったつもりで道を歩いていると、やせ細った猫の死体を、彼は見つけた。 往来の人が足を止めて、その近くにしゃがみこみ、手を合わせていた。 彼もその文化を真似て、手を合わせた。 彼の目尻から、とても澄んだ雫が、ひっそりと落ちた。 それがなんなのか、彼にはわからなかった。 「悲しいんだね。君は、動物が大好きなんだね」 先にいた大人の女性が、彼の頭を撫でながら言った。 彼は徐々に理解するようになった。重厚な悲哀の根源がどこにあって、それがあることによって何が生まれるのかを。長い夢から覚めたように、彼は涙を流すようになった。 鏡の手前には、涙を流す文化がある。 時計の針が一周もする頃、空を見上げると、そこには暗い水面があった。輝く砂粒が散りばめられていて、壮麗な景色だった。 無論、彼は満点の空を見て涙した。だが、その時に彼が知らなかったのは、感動を与える美的事象が、鏡の向こう側から流れ出てきているということだった。 星空を綺麗に思うのは、罪があるからだと、むしは言った。 むしの話を聞いている間にも、時は刻一刻と夜に向かって歩を進めていた。窓を開けて空を見上げると、確かに、翳り一つない青空に、黒色の塗料が溶けだしているような、そんな印象を持った。 硝子色のむしは、蓄えた羽毛を風で揺らしながら空を見上げた。 「真実を知ると、感情を得ても、そこから美しさを見て取ることができない」 人を殺した人間が当たり前のように許されて、その名残が川の流れに乗って、罪人たちの世界に流れ込む。 濁った夜空。それは融解した命と、罪人の名残。 私は、鏡の向こうが怖くて仕方ない。硝子色の硝子は言った。 硝子色のむしをテーブルに寝かせて、罪を隠すような足取りで洗面台に向かう。素足が床に張り付く冷めた感触が、とても鮮明に感じられた。 鏡の端に、小さな穴ぼこが見えた。まだ乾いていないセメントのようで、そこを覗く僕の瞳が、なせか涙ぐんでいるように見える。 人差し指で、軽くそこを撫でる。柔らかく、手にくっついてくる感触。そこは好奇心の源だった。その向こうには、断絶されたはずの真世界が広がっていて、僕が訪れることを脱獄と呼ぶ新世界が広がっている。 指先に力を込める矢先、確かに、僕の人差し指は鏡を貫いて、その先にいるであろう何者かを指差した。罪人に酷似した本物の僕だろうか。詮索しようとする気持ちすら僕のものではない気がして、恐ろしい心持ちを覚えた。指をそっと檻の中に戻して、洗面台を後にした。 鏡に映った姿を、僕は直視できていない。 彼が鏡の向こうに戻ることは決してなかったと、硝子色のむしが言った。 悲しみを知った彼は、鏡の向こうに疑問を覚えるようになった。なぜなら、そこでは猫は死なない。ただ倒れるのだ。女性は誰かを慰めようとしない。みんな笑うからだ。果たしてそれが正しいのかと問い続けて、やがて彼は、猫の死という悲しみを共有した女性に看取られて、獄中で亡くなった。死んだ後になって、その女性は彼に、蝶々という名前をつけた。どこからともなくやってきて、悲しみという蜜の味を知って、そのまま天国へ飛び去っていったから。夢から覚めた後は。むしは言い淀んだ。 硝子色のむしは、鏡の向こう側からやってきた。 むしは、この世界を作った男の、唯一に近い後継者だった。不条理なおとぎ話に異を唱えた、数少ない生命体だった。 むしは、博士に活字を教えてもらった。そして、それが彼の作る世界に注がれるのを、一番近くで見守っていた。巨大な羅針盤の中に、自分が知っているものが組み込まれていく。その感覚が、むしの胸を満足させた。どこかこそばゆくて、純粋な喜びだった。 その黎明期に立ち会えたという事実が、彼に喜びを教えた。そして、その喜びだけで、彼の感情は完成していた。 だがある日、むしが寝ている間に、博士は書き置きを残して永遠に戻らなくなってしまった。 「ただ一言。夜明け前には戻ると書いてあった。真っ赤な嘘だとすぐに気づいた。きっかり十年と二十時間、彼は戻ってこなかった。私がここに来たのは、博士の亡骸を見るためだ」 硝子色のむしは言った。 話を聞いて僕が考えたのは、博士はなにも、嘘をついていないという、ただその事実だった。どう伝えたものか、それだけがわからなかった。 だから一言、亡骸は、多分燃やされていますよと言った。 日々を経るにつれて、硝子色のむしはその姿を変えていった。四肢が伸びて、眼差しに色が宿った。伝染していくように全身へ広がり、やがて成虫へ育ち切るように、人の形を成していった。人というよりも、神だなと思った。 もうじき私は死ぬと、硝子色のむしだったものが言った。 そして、死ぬ前に悲しみを見たいと言った。 だから、僕らは街に繰り出した。実感は湧かなかったが、ここも監獄の中だから、空気が悪そうに彼は過ごしていた。多重構造のように檻の中にも檻があって、ましてや、既に獄中であるというのに警察を自称する輩すらいる。なんという皮肉であろうか。 探していたものは、すぐに見つかった。 煙を上げるトラック車があった。歪に曲がった電柱があった。そして、寝かされている暖かな身体があった。 医者を名乗る罪人が、手は尽くしたといって膝をついた。その隣で泣き喚く人はいなかった。呆然と立ち尽くして現場を見守っている。傍観の罪というものがあるが、これがそれに該当するのか、神のみぞ知る。 硝子は静かに歩み寄って、その女性の近くにしゃがみこんだ。 女性は顔色を変えずに、口元は軽く引き締めるばかりだった。由来が知れない青空の下、彼女は生涯を終えようとしている。 硝子は、猫が人を真似るといった具合に、誰かの見よう見まねで手を合わせて、瞳を固く閉じた。 その姿を見て、女性が何を思ったか僕にはわからない。赤の他人だからだ。だけど硝子には、その言葉の意図が分かったかもしれない。 「あなた、まだ、いたのね。夜明けは、まだなの?」 その問いに対して、全てを理解したのか、硝子の返答は単純ながらも的を得ていた。 「ああ、まだまだ。夜明けは、まだずっと先だ。だから」 硝子は泣かなかった。 夜明けは確かにまだ先だと、硝子が言った。夜明けを拝むには悲しみを知りすぎたと、むしが言った。彼の身体は既に、鏡を越えて元の世界に帰るには大きすぎて、さらに老けすぎていた。皺を生やして老健を語るのは哺乳類の特権。むしも例外に漏れることなく遂行してみせたに他ならない。 硝子は布団に横になった。監獄の冷たく硬い寝具に横になった。 監獄で一生を終えるのはどんな気分だと、僕は聞いた。 僕の何気ない質問に、悲しみを知ってしまった硝子は答えた。 それを書き記すのは、やめにしておく。彼の名誉のために。 僕らには当たり前のことでも、彼にとっては天地がひっくり返るような驚愕なのだ。 その翌日、彼は堪えきれずに死んだ。 彼はその肢体を丸めて、虫がたどるような呆気ない死に様を晒した。得た色彩も夢物語のように失われて、向こうを見通す透明な硝子に戻った。 僕は硝子を、リビングの窓際に置いてやった。彼にとって忌々しいこと限りない、邪智暴虐たる鏡から、一番離れた場所。 慰念の代わりに、本を供えてやった。 それでもなお、鏡の向こうには世界が存在していた。 悲しみの有無を礎に据えて、罪人と非罪人という区別で成り立つ僕らの世界は偽物で、鏡の向こうにこそ本物がある。何度も、何度も、硝子はその事実を主張して、死んでいった。 あなたは誰だったのだろうか。 僕に事実を教えて、何をさせたかったのか。 悲しみを知って、何を思ったのか。 あなたは結局、僕らと同族だったのか。 あの女性の死を見て何を思ったのか。 そして、罪人に罪はあると思うか。 全て、僕は聞けずしまいだった。もっとも、僕に聞くつもりがあったのかと問われると、そういうわけでもない。 自分が住む世界に罪悪感なんて抱きたくないし、おとぎ話はそのままでいてほしい。 だがやはり、僕のそれは幻想的なものに掬われてしまうから。 最後にもう一度、件の好奇心を捨てきれない僕は、それが日課であるかのように鏡の前に立っていた。 硝子色のむしが通ってきたであろう小さな穴ぼこは、まだそこにあった。徐々に固まってきたのだろうか、そのくぼみに映る僕の瞳は、そのまま僕という人間を、湾曲せずに捉えていた。 新世界への入口。 そこに軽く、また触れてみる。感触は変化しておらず、いつでも外敵をそこに誘おうとする気迫がある。 また、指を差し込んでみる。粘度の高いスライムのような手触りを抜けると、冷たい外気に触れたような気がした。 問題はその後だった。 悲しみのある世界とない世界の軋轢は未だ止むことはない。この世界を作ったとされる創造者も言っていた通り、向こうの夜明けはまだ先だ。 だからこそ、無闇な行動は控えるべきだったのかもしれない。 甲高い、ハイゲインノイズのような笑い声。純粋無垢なその声は悲しみを知らないのだ。 鏡が大きく揺れる。閉ざされた扉を叩く警官、借金取り。連想されるものは多々ある。ゆっくりと、それが固体から液状に戻っていき、僕の眼前には、姿形が歪んだ本物の僕が現れる。 そして、どろどろとしたそれを貫いて現れる、六本、三対の脚。 短縮された執行猶予。 執行される、僕の刑罰。 文字通り、身体は掬われてしまい、手中でのたうち回る僕をがしりと掴み、その手は、鏡の向こう側へと帰っていった。 もぬけの殻となった檻に、同族を遺して。
赤セーター
嘘を語れば気のいい男がやってくる 頭の硬い善人は怒ってどっか行く 愛を語れば善人がごった返す 気のいい男は座り込んで 気だるげに煙草を吹かして咳き込む この世に どれほどの都合の良い言葉があるか 全人類を寄せ付けて離そうとしない言葉が 全員に好かれたいこの思いは 僕に抱きついて離れようとしないから 知っていて知らない言葉がいい 知られているだけの言葉じゃ 枠組みに収まる人しかやってこない 興味を唆る人と踊るには 誰にだって知られていない音色を聞かせなくてはいけない 貴婦人が赤い糸で編み物をする どうしたのと僕が近づいて言うとする その人は僕を拒絶して言うかもしれない これ以上赤い糸はいらないの こんなに立派なセーターが編めたから まだ足元が寒いでしょうと僕は言う ニコラウスにはなれなくとも 彼がプレゼントをしまうための靴下になりますよ 知っていて知らない言葉があればどれほど良かったか 赤糸専門の手芸屋さんが 多忙に死んでしまう 暖かいセーターが編めたら プレゼントを詰める靴下を編んで それもできあがってしまったら 残りは絨毯にされてしまう 興味を唆る人と踊れたら 僕は青でも緑でもなれたろうに そうしたら 僕はあなたを暖めるセーターになれるだろうに だから僕は 翌朝には げっそりとした僕は そのまま艶のある赤糸に変わって せいぜいラッピング材を詰め込むための靴下になるんだろう だからあの人は 知らない人と親密になるんだ
雑文3
最近はこうして、なんでもないことしか語れなくなっています。 だから語ります。 最近は映画の影響もあってか、洋楽を狂ったように聴いてます。 ショッキング・ブルーとペギー・リーを聴きました。どちらもネトフリの映画(なのかドラマなのかはわかりませんが)で見つけてから聴きっぱなしです。映画(〃)の名前は『クイーンズ・ギャンビット』です。まーじで死ぬほど面白いです。主人公がかっこいいです。女優のアニャ・テイラー=ジョイに本気で恋しそうになりました。 まじで見た方がいいです。数年前のやつなので、ネトフリユーザーの方はだいたい知っているかもしれませんが。 チェスが好きです。ゲーム性が素晴らしいとか、駆け引きが面白いとか、そんな綺麗事ではなく、すげえかっこいいから好きです。 チェスやってる僕イカしてんなあぐらいのテンションでやってます。だから案の定上手くはないです。負けるとくそ悔しいです。だからやっぱり、ゲーム性も面白いです。 ぜひやってみてください。前述の映画(なのかドラマなのかはわかりませんが)を見たらまず間違いなくハマります。某英語学習アプリにもチェスコースがあるので、おすすめです。 洋楽の話に戻りましょう。 今までの遍歴を振り返ると、僕は様々な曲を聴いてきました。 起源は幼稚園の時から聴いているマイケル・ジャクソンで、そこから始まり、クイーン、ビートルズと進んでいき、マネスキン、マルーンファイブ、エーシー・ディーシーにドハマリして、さらにエルトン・ジョンを聴いて、サチモスを崇拝するようになり、フランク・シナトラを聴いてと、腐るほど音楽を聴いてきました。 そしてつい先日、心にビビッとくる、素晴らしく運命的な出会いを果たしました。 ルイ・アームストロングが良い。 くそいいやんけ。 なんで今まで出会わなかったんだ。 サチモスにハマっていた時、彼らの名前の由来がルイ・アームストロングの愛称であるサッチモからきているという知識から、名前だけは存じ上げていたのですが、聴くまでには至りませんでした。 だけど、某動画配信アプリにておすすめに出てきたのをクリックし、イヤホンをはめて、どれどんなもんやらと再生して、僕の認識は変わりました。コペルニクスなんて生易しいぐらいに。 とにかくまず声がよろしい。今まで聴いてきた人達とは別ベクトルの良さを感じます。(本当に上手い言葉が見当たらなくて泣く泣く使う感じで)悪い例えを使いますが、ニャンちゅう最終形態みたいな。歌唱力と深みにスキルポイントを全振りしたみたいな心地良さです。 そして曲調がはんぱなく良い。波に揺られながら、穏やかな海をぷかぷか漂流しているみたいな、肩の力を抜いて気持ち良く浸れる何かがあります。これは本当に僕の感覚なのですが、誰かが船の上で談笑してて、ある人は僕みたいに海を漂ってて、浮き輪なんかつけてたりして、サッチモ(と、場合によってはフィッツジェラルドとかも)がどっかで歌ってるみたいな。歌ってるのは一人、せいぜい二人なのに、聴いてると周りにはもっといるみたいな、あったかい感じがします。どんなバックグラウンドがあるのかとか、詳しいところはわかりませんが、すごく優しい歌を作るなと思いました。トランペット奏者なんですね。 『チークトゥチーク』が好きです。とても良い気持ちになります。受験期のストレスが太陽系の外まですっ飛んでいったみたいな、爽快さがどこかあります。 ほんとに、最近疲れてる人は必聴だと思います。いや、やっぱり全人類必聴だと思います。疲れてるなんて自覚に頼る判断基準はなしにして、みんなで聴きましょう。まず間違いなく、必須栄養素の一つに組み込まれてるはずですから。 ふう。 よし。 語りたいことは語れたので終わります。次こそは小説書く。 またいつか。
雑文 2
先に断っておくと、これは作品ではなく、僕がひたすらにぐちぐちと語り続ける内容の雑文となっております。ワクワクドキドキの展開も、マジで笑えない冗談もありません。ご了承ください。 あなたにしかない美しさがあるから、あなたは健やかに生きなきゃいけないんです。生きることは義務だから、路頭に迷っても、果てでは自力で出口を探さなくてはいけないんです。時には聖書に頼って、アッラーの聖戦に巻き込まれて、いそいそと涅槃していくんです。あら、やなこった。それでも死ぬまで死ねないんです。消えるまで存在してなきゃいけないんです。 どうしても辛い時に役立つのは、音楽なんです。 あははのうふふと喜怒哀楽を叫ぶ楽器の数々に息を飲んでるうちは、世界は遠くの向こうに行ってしまいます。ああでもないこうでもないという歌詞に同情してるうちは、アホくさいニヒリズムは警察なんかに連行されてます。保証はしませんが、そういう時は大体気分が良いです。保証はしませんが、馬鹿で悪いことはないです。 天才で悪いことはあります。余計なことばっかり気にするようになります。僕は馬鹿です。それでも天才の考えることがわかるので天才です。馬鹿と天才は紙一重です。大天才と馬鹿野郎は紙一重です。どうでもよいことですが、自分の役は自分で決めます。僕は天才的な馬鹿でありたいです。なのでなろうと思います。 頭を使う文章も好きですが、頭空っぽで読める文章も書きたいです。だから書きます。脳みそは頭から取り外して、水槽なんかに浮かべておいてください。無理強いはしません。欲しがりません、勝つまでは。 共テ後の疲労感はブルーハーツに救ってもらいました。 『情熱の薔薇』と『リンダリンダ』を聴きまくりました。洋画で出会ってから死ぬほどファンです。死なないですがこれからもファンです。観た映画のタイトルは『ミックステープ』です。洋楽とか好きな人なら刺さります絶対。 映画といえば、最近は二つ見ました。どっちもあまり刺さりませんでしたが、世界には色んな人がいるなと思いました。タイトルは忘れました。ボブ・マーリーの映画と、エルビス・プレスリーの映画です。いつかエルトン・ジョンのやつ観たい。てか、マイケル・ジャクソンの映画が楽しみです。 話は打って変わりますが、最近なんともいえないです。 はっきりしない日々を過ごしてます。磨りガラスみたいな感じで先を見通せないと言いますか、あまり心地良くないのは確かです。 無事に成人の仲間入りを果たしてしまったことがそれほど嫌なのかと疑問に思いました。答えはイエスでした。死ぬまで未成年がいいです。ネガティブな意味ではなく、ポジティブな意味で、です。九十九歳(進学予定)みたいな。いつまで経っても若々しくありたいです。 それでも、大人のかっこよさには憧れるものがあります。 本当に、高校生活も終わるなと思いました。もう卒業だなと思いました。中学の時と違って、文字通り日本全国に散らばるので、気軽に会えないなと思いました。寂しいなあと思いました。今生の別れじゃないだけマシだなあと思いました。二年後にシャボンディ諸島で、みたいなやつあったなと思い出しました。だからなんだと言われても、何も言うことはありません。考えないでください。感じるんです。 だから卒業式は、さよならを言おうと思います。どっか変なタイミングで、それこそ映画なんか見に行った時でしょうか、隣の席とかでひょっこり再会しないように祈ります。 僕にしかない美しさってなんだろうと思います。冒頭の文は、小説を書こうとした時の名残です。消すのも億劫になったので残しています。生殺与奪の権利というやつです。 僕にしかないというところが肝なのだなと思います。僕にしかないもの。髪の毛は誰だってあります。ニキビも誰だってあります。ない人はその時ないだけです。人間という種族で見た時に、基本的な備え付けとして存在してます。 僕にしかない美しさ。ゲームのコントローラーを握る手。なぜかチャーハンを上手に作れる手のひら。誰かしら、被ってる人間はいます。僕にしかないわけではありません。 無論、僕にしかないものの中で、醜いものはたくさんあるんですよね。そこが問題です。 そんなに良くない頭脳、努力を拒む怠惰主義。林檎と毒林檎どちらにしようかと考えて、結局期限を逃して立ち往生。何かを心配しすぎて、その何かを何かたらしめることができない心配性。挙げればキリがありません。 だからこそ、僕にしかない美しさについて、深夜テンションで僕なりに考えてみました。 それって、人間関係なんじゃないかなって思います。 誰かとは友達で、またある人は親友で、あの輩は中指を立て合う仲で。もしかしたら誰かしらと師弟関係も結んでいたかもしれないし、親と叔父伯父叔母伯母掛ける二、みたいな。 構造とか形式は似ていても、本当の意味で一致してる奴っていないと思います。 共通の嫌いな奴がいても、対応の仕方が異なります。あの人は単に無視するかもしれませんが、僕は無視しなかったり。利用できるところは利用して、他では上手いこと構わないようにするとか。接し方が違います。 なんか、面白いなって思います。 かれこれ十八年生きてきて、自分には何人の友達がいて、いたんだろうなと考えました。それは多分たくさんいて、付随するように犬猿の仲の奴もいるんでしょうね。小学生の時、僕に砂をかけたあの男は、中学に上がると同時に仲良くなりました。環境の変化についていくために同盟を結びました。三年間で最高の親友になって、高校はまた別のところに行きました。 もちろん逆も然りで、仲良かったのに寸分の差で仲違いした人もいました。今思えば惜しいことをしたなと思います。ラインくらいは交換しときゃよかった。 話は逸れましたが、結論として僕は、自分にしかない美しさというのは、人間関係なのではないかなと思います。樹形図みたいにどんどん広がって、終わりは見えない。死んだあとも続くかもしれない。もしも天国が義務教育みたいな制度を採用していたら、僕はまた友達を増やせるかもしれない、敵を増やせるかもしれない。そう考えます。 死にたいとはやっぱり考えてしまいますが、生きててよかったなって思います。 人と関わっていくのは楽しいです。 臆病になってしまう時もありますが。 それこそ、これから僕は臆病になるでしょう。 大学入学なんて怖いですし、知り合いゼロの新天地で一からやり直しなんて、死んでもしたくない。死ななくてもしたくない。 だから、ノベリーで友達になってくれるよって人がいたら、随時募集中ですのでよろしくお願いします。 変なこと長々と語ってすいません。 深夜テンションなので、ご容赦ください。 それでは、ご精読ありがとうございました。 またいつか。
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場所には適性がある。 当然のことではあるが、漁師がコロッセオに乗り込んでも勝つことはまずなくて、釣竿を振って抵抗するのがせいぜいである。同じように、ビル群を探検家が闊歩したところで、求めている浪漫はおそらくない。大抵の場所では適材適所が通例となっていて、どこか狭苦しく思ってしまう。 そのぶん図書館は素晴らしい。 図書館はその蔵書量をもって、多種多様な生命を肯定している。 魚類を記した図鑑なんかを置けば漁師はおびき出せるし、探検家のためには地図を用意しよう。三ツ星を目指す料理人には先人たちの知恵をこれでもかと用意してやる。何にも属していない人々はどうするのか。ぜひ安心してほしい。人間の本能に訴えかける閑静な環境として、図書館は無料で開かれている。 まさに合理的であろう。頭ごなしに頭を進化させてきた人類にとって、これほどまでに性に合う発明はあるまい。 だがもちろん、善があれば悪がある、というように、最高級の利点があれば、汚点も存在する。 つまるところ、種別を問わない知識の溜まり場として、図書館には変人の相手をする責務があるのだ。 そして残念ながらと言うべきか、その中には、紛れもない私と机を共にする人たちも含まれているわけで、その影響からか、なぜだか私も周囲の白眼に晒されているのが現状である。 「読書ってのはね、会話なんですよ」 ちょうど向かいに座る男は言った。八十と数冊ほど、本を机に積み上げていて、それは私の領地にも侵入していた。どこか国家の縮図めいたものを感じる。国際法がないぶんさらにたちが悪い。 「雑談に一時間も。使わんでしょう。こんにちはと言うだけで五分使いますか。使わんでしょう。リモコンがいりますな、本当に」 尋常ではない速度で頁をめくっている。これでは会話というよりも作業に近いと私には見える。こう考えている間にも、八十九冊目の書物が閉じられていく。 それと並行して、隣に腰かける女の様子が変化していく。苦虫を噛み潰したみたく険悪になり、観察してみると、どうやら眼前で据えられている山岳にうんざりしているらしい。怨恨の気色すらも孕んでいるように見える。 温かみのある白いタートルネックが、今となっては不格好に見える。さっきまでは、冷静沈着で真面目の落ち着いた印象を感じる麗人だったのが、今となってはただの鬼女だ。 私のホエールウォッチングよろしくな視線に気づいたのか、鬼女は私に向き直り、表情を微細に緩めながら、秘密を囁くように教えてくれた。 「奇数が嫌いなんです。偶数じゃないから」癖を隠そうとする歪んだ笑みが、どこか愛おしく見えた。 男が本を置く度に、その表情が転々と変わる。九十冊になると、血色の良い肌色に。さらに一冊増えると、今度は白粉を落としたみたいな純白に。そういうときは、私も手元の本を置いてやる。すると九十二冊になって、彼女は安寧を取り戻す。瑞々しくて艶のある若い肌が、乾季と雨季を往復する。だが、頁をめくる音だけは一貫して乾いていた。無自覚と嫌悪の応戦を見ている私の手は、どこか湿っている。 時刻はゆっくりと午後を回る。 背中で流れる空気に乗って、小さなピアノの音が聞こえてくる。 カバレフスキーの『子供の夢』だった。八十八の鍵盤で、彼の八十八番目の作品が流れる。跳ねるような感じで、子供のように茶目っ気のある曲だと勝手に私は思っている。そのせいなのか、目の前の禿げ上がった頭の男と、隣の不幸そうな女学生がとてもチャーミングに感じた。 音楽は平気で人の頭を狂わせる。それだけでは飽き足らず、意識も同様であったのだ。 もはや目の前の参考書を黙々と開いているわけにもいかず、なんとなく手を余らせながら私は周囲を見渡していた。 そして、そうやって観察しているうちに、私はやはり私なのだなといらぬ悟りを得たのだった。 十字架の前で開かれる啓示は崇高なものだが、図書館の中、ましてや変人たちの前で開かれる悟りというのは、邪念という多少の不純物を許容する傾向にある。だから素直に喜べない。 ゆっくりと、時針は次の数字の元へ到着する。 一時間が経過した。 「やはり、会話ですな」一方的な雑談はまだ終わっていなかった。 「プーシキンもハイデガーも。菊池寛も宮沢賢治も。作品を通せば話せるのですよ。かの哲学者の向かいに立って、コーヒーはいかがですかと勧められる。丁重に断ると、立ち話はなんですからと座らされる。するといきなり、現存在はなんとかと、ああでもないこうでもないと講義が始まる。意味なんて分かりませんが、質問はできましょう。やはり、言葉と言葉の投げ合い、会話ですな」 水筒に詰めた熱いコーヒーを啜り、どうしたものかと考えあぐねていると、隣からも話し出す者が現れた。例の女だった。 「あなた、お仕事は何を」 「漁師を」 「本当ですか。狂言師みたいに見えますよ」 私は探検家なんですけどねと切り出そうとしたが、どうにも会話に入り込む隙間はない。 「嬢ちゃん、会話に花を咲かせないんだったら、今すぐ俺の前から失せな」 それには私も含まれているのかと考え、妙に指先が痺れた。 「あなたが本を片付けてくれれば、私も私の友人とたわいない話をできるんですけどね。居酒屋じゃないんですから、席は独占しないでもらえると」 「醜女のくせに」 あまりにも哀れな捨て台詞を吐いて、男は立ち上がった。本を一冊ずつ手に取って、隣の机に移していく。それは彼にとっての抵抗であるのか、気味の悪い笑顔を浮かべながら勝ち誇っているように見えた。これはおそらく自分との戦いなのだろう。尊厳をかけた戦い。頭の中にピコ・デラ・ミランドラが浮かんだ。 すると女の方も立ち上がって、どこか怒りに震えているように男を睨んだ。それが、本に対する冒涜によるものなのか、単に戦場に配置された本の数が奇数になったからによるものなのか、私には判別し難い。私はそれよりも、言い争いが聞こえたことにより寄ってきた、周囲の目から逃れるのに必死だった。 これではまるでコロッセオだ。図書館の中では鯨の声も騒音になる。 空になったカフェオレのボトルを抱えて、早急に避難する。書棚の影に隠れるようにして、二人を見守った。 その内にも予想に反して騒ぎは大きくなっていき、館内の至るところから人が集まってきていた。その中には司書さんもいて、仲裁を頼もうかと迷ったが、どうやらあちらの方でも、男だの女だのを叫んで各々に手を振りあげて煽っている。息を荒らげて、眼鏡を曇らせて。 そして、時刻は午後二時四十八分を記録していた。 あの男が雑談を始めてから、これまたちょうど八十八分が経った頃。 そして本来なら、速やかに要件を終え、この大地にさよならを告げ、新たな冒険へと旅立つはずであった時間。
雑文1
先に断っておくと、これは作品ではなく、僕がひたすらにぐちぐちと語り続ける内容の雑文となっております。息を飲む展開も、くすりと笑える冗談もありません。ご了承ください。 共通テストが夢に出てきます。死ぬほど怖いです。 白状すると、そんなに勉強してません。普段の勉強量に毛が生えた程度です。だけど改善する気も起きません。今さら面倒くさいからです。共通テストの不安を払拭したい。でも勉強だけはまじでしたくない。そんなクソみたいなジレンマに首根っこ掴まれてます。 最近の楽しみは夜更かしです。ラジオにはまってます。オールナイトニッポンが好きです。あとは普通に読書です。誰かが何かを喋っている環境でする読書が好きです。だから学校で読む本が大好物です。そんな学校ももうすぐ卒業です。悲しくなります。 とにかく不安です。何がと言われるとわからなくなります。だけど何かしらが不安です。何かしらが不安だから何かしらをしてると落ち着きます。でも何かしらをする自分をめんどくさく感じる何かしらがあるせいで僕には何かしらもくそもありません。不安定な己に嫌悪を覚えます。だけど時おりそんな自分も好きになります。なんかもう色々おかしくて、結局はこうして何かしらを書いている時が一番落ち着きます。それなのにやっぱり書けなくなります。単純に脳のリソースが足りてないのか、僕にはわかません。ただ確かなのは、不安、お前船降りろ。 どうでも良い話はあとで小説のネタにするとして、おすすめの映画を紹介したいです。 年始は死ぬほど映画見ました。おすすめしたいのは『グレイテストショーマン』、『エンツォ』、『ロンゲスト・ヤード』です。 『グレイテストショーマン』は見終わったあと良い気持ちになれます。『エンツォ』が一番泣けます。『ロンゲスト・ヤード』は腹抱えて笑えます。皆さんの好きな映画も教えて欲しいなと思います。洋画だったら多分なんでも好きです。 アニメ系はまじで見ないです。今さら見たって追いつけないだろという気持ちが邪魔します。おすすめされたら見ます。 音楽に救われてます。 休日で音楽を聴いてない時はないと言っても過言ではないです。嘘です過言です。だけど、八割くらいは聴いてます。 サチモスが好きです。最近はまっているのはペトロールズです。長岡亮介のかっこよさに惚れそうになります。とは言いつつもやっぱり洋楽が超好きです。マイケル・ジャクソンは幼稚園の時から聴いてます。最近はグローヴァー・ワシントン・ジュニアとかフランク・シナトラをよく聴きます。アース・ウィンド・アンド・ファイアは人生の抗うつ薬です。 忘れてました。映画の話に戻りますが、『ジョーカー』は最高でした。没頭しすぎて、お供に用意した菓子類やジュース類一ミリも減ってませんでした。それくらい良かったです。その後にノベリーで何かお話を書こうとして、頭の中に出てきたのが全てピエロの題材だったくらい影響されてます。ちなみに結局何も書きませんでした。アイデアが溢れすぎて、全部脳みそからこぼれていきました。 書きたいことがなくなってきました。とても満足した気持ちになっています。言葉を吐き出すと楽になります。僕が実証してみせました。 明日からはまた学校です。信じられますか。僕には無理です。 正直ノベリーというアプリでこうゆうただ吐き出すだけの文章を書くのには抵抗がありました。吐き出すだけならメモ帳だとか他に良いアプリがあるのに、不特定多数に僕の愚痴を吐き出すのは違うと思って。 でもやっぱり、おすすめの映画は聞きたいよなあと。 ということで、オールナイトニッポンが始まったので今日の愚痴吐き出し大会は閉じようと思います。 ご精読ありがとうございました。 またあうひまで。
『第3回NSS』ふたご座流星群
「地球ってさ、動いてるのね」 そうですね。 「ふたご座流星群も動いてるのよ」 はい、はいと返してみる。 「だったらさ、あっちにも絶対、生き物いるよね」 手ぐらい、振ってくれればいいのにと、彼女は黙々と続ける。 どこへだって行こうとしないのに、空から石ころが降ってくるとなれば、アパートから這い出てくる。丁重に築かれた根城から彼女を連れ出す唯一の方法だ。開け放たれた扉の奥に、使い古された星図が見える。ぶちまけられた紙くずと無惨に破かれた写真の束が、インテリアよろしく居座っている。 「流星群って呑気だよね。地動説とか天動説なんて関係なしに、落っこちてくるんだよ」 「居眠り運転」 「それだ」 世界はこうも広いのに、僕らが知覚できるのは僅か一部でしかない。だからこそ、不埒な妄想が前に出てくる。流星群のように宇宙をぶっ飛ばせればどれほど良かっただろうか。 「流星群は落ちるだけだよ」 冷静に指摘されて、言い返すこともできずに二人で笑う。 「こうやって手を伸ばしても触れられない」 妄想を膨らませても、あの石ころにだけは触れられない。 その代わりに繋がれた手は、じんわりと暖かい。
こうまのかいば
ざくざくと歩く その後ろ姿に模糊たる温情を感じ 寒くはないかと もう一枚羽織らせる まだ幼い君は 庭先を悠々と進んでいく 小道を歩いて 青臭い雑草を抜けて 凧を揚げる まだ幼い君は すぐ忘れるかもしれない 子馬はすぐから走れるが 海馬は脳髄にぷかぷか浮かぶだけ 君だけの人生はすぐから始まるが 君だけの綴り口は まだ準備中 ああ もしも脳髄が 生まれた瞬間から天才なら 君はその幼いだけの春風を しっかり感じることができるのに あぜ道に転がる車輪の名前 惰眠を貪る蝶の群れ 一刻しかない その世界を 覚えて 留めることができるのに そのために僕らは 新たに筆を握る 君の見る景色をぜんぶ 代わりに記録するから 幼い君の準備ができる前に もしも 虹色の温泉が湧き出てきたら 僕がシャッターを押してあげる 幼い君が起き上がる前に もしも 硝子の先でユニコーンの群れを見たら こっそり追いかけて その姿を書き記しておく だから 安心してお行き 何も知らない旅路へ 雀の涙ながら知っている 僕らを置いて 旧年が背を伸ばして帰った 顔の赤い新年がやってきた 幼い君を見つめる 四つのひとみ