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108 件の小説
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急募

物語を書きたい欲と反比例するようにネタがないです。 無名学生の分際で大変おこがましいのですが、良ければ、「こんな作品見てみたい」とか、リクエスト的なのがあれば教えて欲しいです。まじでなんでもいいです。おらにねたをわけてくれ。 よろしくお願いします。 ot

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虎狼

二年前の事になります。 ある運命から、私は人を殺しました。理由を知らぬ者には不可解で残酷に見えるかもしれません。他者からの理解を乞うような人間ではありませんから、把握してくれとは言いません。私というダーザインの美学に則った、私の価値観に基づく善行なのですから。 Yという友人がいました。彼は博学才穎で、同じ志を持つ同い年の書生でした。親が名のある金持ちでしたから、困窮した私とは違って肥えていました。これはボツワナの一点物だと、首にかけている石を掲げては、いつも私に自慢するのです。それでも、私は彼を悪い奴だとは思いませんでした。毎日美味い飯を食わせてくれましたから。 それに、趣味も合いました。芸術をする仲間なのです。私が人形の技術に長けているように、彼はコラージュが得意でした。一度彼の作業小屋へ邪魔させて頂いた時分に見た、ジョルジュ・ブラックがとても壮観で感動したのを覚えております。 「芸術は爆発ではないのだよ、君。やれファットマン、やれリトルボーイ。世界を熱狂させる絵画は、崇高から生まれるのだよ。描く人間の物の見方、生まれが重要だ。それを軸にする事によって、奇怪な発想が伴ってくるんだ」 彼はいつもこう言います。葉巻を咥えながら、煙で部屋を満たしながらくちゃくちゃ喋るんです。名のある芸術家のような威厳をひしひしとこの身に感じました。新時代のアヴァンギャルド。彼は、間違いのない確かな革命家でした。 綺麗に歪んだ口角、上がった目尻、丁寧に整えられた頭髪。偉大というのは、このような特徴を意味するのだと実感しました。 その頃、私には夢がありました。 人形作家として作品を制作する中、私は『泡沫』をテーマとした作品をと考えました。世界に残る事のない儚さが売りの芸術。私はそういう物に惹かれます。優美な情念が心に快感を植え付けるのです。 Yもそれには同意しました。 「儚さは重要な要素の一つだ、君。いつかは消え失せてしまう物だから美しいのだよ。不細工な石膏も、不細工な油絵も変わらない」 そう言うYに、私は聞きました。 「人が美しいのも、それが理由なのかな」 「いやはや、面白い事を言うな、君。いやはや、本当に。君がそう思うのなら、そうなのだろうよ」 彼は、くふふと息を漏らすように笑いました。 この時、私は感じたのです。彼は全てを知っている芸術の理解者で、そんな人に教えを頂ける私は、とても幸せ者なのだと。そんな彼が美しく居られるように、私は生を捧げようと思いました。 以上が三年前の日常で、それから半年後に、彼は病気になりました。それなりの重病だったらしく、入院もしたと聞きます。 その間に、私は作業小屋の管理を任されました。近頃空き巣が横行していましたから、家を空けておくのは中々無謀だったのです。 彼の作業小屋は綺麗です。様々な作品があります。全てに共通しているのは、題材が人間だという事です。動植物はあくまで脇役なので、主役は人間、特に女でした。肌を光らす艶かしい女、若々しくて、生命の利点がこれでもかと詰まった命の作品でした。 どれもこれも濃密で、Yという一人の不世出的な才能を誇示しておりました。 だけど、だからこそ感じる違和感が、私の肩を叩いたのです。 「なぜ、未来がある人間を芸術の題材にするんだろう」 芸術は退廃的な様がいいのだと彼は仰りました。終わりがあり、着実に終わりへと歩を向けているシーンが人間の美的好奇心をくすぐるのだと、彼は確かに仰りました。 「これを芸術と呼んで良いのかしらん。いや、これも新たな形。先見の明をお持ちのあの御方が、新たな境地に辿り着いた証なのかもしらん」 それでもその時はまだ疑問で収まりました。それがゆっくりと、煮詰まっていくように例の衝動へと変わっていくのです。 約二ヶ月後に、Yは退院しました。 その時、私は喜びと同時に、確かな奇怪さを感じたのです。 Yは、莫大な金がかかる手術を経て長生きの道を選びました。どう考えてもおかしいではありませんか。 私はYに尋ねました。 「なぜ、長生きをする道を選ぶのですか?」 私は彼を、退廃的な死ではなく、苦しみの汚濁にまみれた生を望む人間だとは、思ってはいなかったのです。終わりある命だからこそ美しい。それは命を拒絶するのと同義であり、延命にて生き長らえようとする傲慢な人間の言葉ではないではありませんか。何度も言うように、私はYという男を敬愛しておりましたから、どうしても得心できません。 彼は痩せ細った体を震わせながら、逆に私に問いました。 「俺は、芸術ではないのだよ、君。君もお前も。俺達は、描く人間じゃあないか」 この言葉を聞いて、私の中の何かが、音を立てて崩れるような心がしました。吹き付ける風によって崩れる岩石のように、何か世界という物が、真っ黒のカンバスに消えて行くような苦しみを体に発見したような気持ちになりました。 私は、心を吐き出すようにYに気持ちを吐き出しました。 「あなたも私も、立派な芸術ではないか! それならば、私があなたを描いてみましょう! 終わりのある芸術作品として、私の得意とする人形劇の主役として、あなたを幸福の王子にしてさしあげましょう。あなたが教えてくれたゲイジュツを、私が思い出させてあげましょう!」 その時のYの顔は、あまりに酷くて、私の芸術家としての本能を刺激しました。うわあと弱気な声を立てて、彼はどこかへ行ってしまいました。尊大で、自尊心を飼い慣らしていたあの男ではありませんでした。 だからこそ、病院が私は憎くてしょうがなかった。治療という名の布教活動。命に縋れと業を推奨する真の悪役は奴らなのです。嗚呼、あなたにはわかりませんか、そうですか。それでも私は主張しましょう。医師の所業は、命、またはそれを取り囲む世界への冒涜であると。 死へ向かって歩く生命の、背中を掴んでは連れ戻す、大罪だ。 私はYを追いました。いえ、もはやその時には、Yではなかったのかもしれません。似ても似つかない、信念を捨てた哀れな獣。臆病な自尊心、尊大な羞恥心の末に虎になった李徴は、確かに虎になりました。だが、あの男はそれにすらなれなかったのですよ。下劣な民同然、狭き門を押し広げて道を行く。恐れをなした様は、チェルモンスキーの作品以上だ。人間失格。いや、獣、生命失格でしょう。そう思いませんか、君も。 いやはや、人間という物は醜い。無意識下では誰であろうと死に抗おうとする。意識している間にのみ自我が体の主導権を握れるのです。私も。君も。Yも。 だから、私は人殺しに至ったのです。 Yを追いかけて、山道の方へと行きました。あすこは人気が少なくて、私のアトリエにも近かったのです。塵も積もれば山となる。端金をかき集めて、やっとの事で借りた私だけの命。「そんな私の願いの地で、彼の事を、黄色と茶色を混ぜて作ったアンティークゴールドで、染めてみたいと思ったのです」 私は、彼を殺しました。追いかけて、木の根に転けたYに、後ろから手を回して絞殺しました。うぐうと蛇のような嗄れ声で呻いていました。顔の色をカメレオンのように変えて、最終的に人形になりました。 私は、彼をアトリエに運びました。とても重くて、やっぱり人間なんだなあと思いました。痩せていたにしろ、彼は六尺はある長身でしたから、深夜になるのを待って、裏口からこっそりと招き入れました。時々目が合ったので、見つめたり、微笑み返したりと、退廃的で愉快な時間を楽しみました。 そして、その日の夜には、もう作業を始めました。石膏で彼を覆ったのです。即身仏からインスピレーションを受けました。崇高な存在に仕上げたかったのです。 そして、黄色と茶色の絵の具を混ぜて、アンティークゴールドを作りました。茶色の絵の具が切れていて、一時はどうなるかと思いましたが、赤、黒、黄色はあったので、それらを混ぜ合わせる事で当座を凌げました。販売店が閉まっていましたので、とてもひやりとさせられました。退廃的な死を迎えた者を、放ったらかしにするわけにはいきませんから。 そして、ついに完成したんですよ、それが。 いやあ、凄かったなあ。アトリエの中に佇むイエス像そのものでした。モチーフで言えば仏教的な面が多かったかもしれませんが、出来栄えにおいては宗教は関係ありませんでした。日本人は無宗教ですから、とても丁度良く感じます。 嗚呼、あなたに見せられないのが勿体無い。 残念な事に、火事が全てを燃やし尽くしてしまったのです。 確か、きっかり二週間前の事でした。 その日の講義を終えて、アトリエに向かう最中に見たのです。私のそこから煙が昇っているのを。 うわあと思って、そこから駆け出して急いだのですが、着いた時にはもう遅かったのです。作品の殆どが黒焦げになっていて、Yの人形も駄目になっていました。黄金の塗装が、漆黒に早変わりですよ。これでは、本当にオスカー・ワイルドだと思って、いやはや、少しだけ笑ってしまいました。あれは多分、諦めと絶望から出た苦笑でした。 以上が、私の与太話になります。現物がない今となっては、法螺にしか聞こえないのが悔やまれます。 本当に、壮観だった。この世の美があの瞬間だけ、私のそこに結集したような気がして身が疼きました。込み上げてくる笑いが、芸術の良さを噛み締めていました。 現在、世界には何万と芸術家がいらっしゃいますね。もちろん私も、それに君もです。素晴らしい芸術家ではありませんか。価値観が違おうと、私は君の芸術を評価しますよ。 だからこそ、貴方も私のこれを、法螺としてではなく、真実として存在した抒情詩のような物として記憶してもらいたい。 まあ、現物がないのにどうしろと、という話ではありますが。あはは。 それにしても、今考えると不思議だなあ。 本当に、どこから出火したんだろうか、見当がつきません。 原因を知りたいです。じゃないと、作品達は報われません。 嗚呼、ジョルジュ・ブラックの『レスタックの家』、有り金を全て費やすぐらいには高かったのに。

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虎狼

波に揺られて

沈む夕日に染まるこの湖面を、ゆっくりと秋風に揺られながら進んだ。しとしとと降る優しい雨と、微かに香る場違いな磯の香り。 対岸へと向かってボートを漕いだ。積まれた荷物には、結局手をつける事もなく今日は終わる。林檎、葡萄、瓶に詰められた惨めな軟水と、冷めたチェリーパイ。 かつて世話焼きな彼女と一緒に食べた、ブロンドの味。 僕の口元を布で拭って、くしゃりと笑う。温かさを纏って、心配性な僕を抱きしめては離れようとしなかった。 己の身が魔に侵されようと、離れてはくれなかった。 ボートを止め、湖面を撫でた。ひんやりとした心地と対比するようにして、彼女の温もりを探していた。場違いな磯の香りをかき消すがごとく香る、穏和な春はもう居ない。 だけど、違った。 声が聞こえた。あの優しくて、抒情歌を得意とした女のさえずりが聞こえたのだ。空の方、天高くそびえ立つあの国から。 「ラーティ。君は、僕を見捨ててはくれないのだな」 風に揺られて、波に揺られて、ボートはゆっくりと岸へ戻る。 『暗くなってきたから、もう、お帰り』 君がいたこの湖で、僕は眠りたいというのに。

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波に揺られて

Mondlicht

ムーンシャイン 1:月光 2:戯言 3:密造酒 4:頭のおかしい難解理論 青年サシートスは太陽が嫌いでした。眩しい日光が嫌いでした。小川と夢を干上がらせるその暑苦しさが嫌いでした。 そのため、月が好きでした。優しく見守ってくれる月光が大好きでした。星々を受容する優しさが好きでした。そして何より、日によって姿を変えるその美しさが好きでした。 サシートスはいつも月に言うのです。 「太陽の代わりに、朝も僕たちを見守っていてくれませんか」 それでも、月は呟くのです。 「私は、太陽の光に生かされている、いわば傀儡なのです」 いつもこんな会話を続けては、仲間からもらった酒瓶が空になるまで共に過ごします。この日も密造酒を浪費しては、ふらふらになりながらも家へ帰るはずでした。 ですが、そうはいきませんでした。仲間に誘われて、普段以上の酒を煽ったせいか、酷く泥酔していたのです。 青年サシートスは顔を赤く染め、それでも二本目のムーンシャインに口を付けながら叫びました。 「それならば、太陽を殺してしまいましょう! そして、共に冥土へ行きましょう!」 月は驚きました。驚きましたが、それでも予想していたかのような反応を見せました。この日はちょうど中秋の名月。こんな日は、何かしらの変数が起きる事は運命付けられているのです。 「それならばサシートスよ。今すぐに民を集めるのです。そして、太陽を信仰するあの国へ攻め入りなさい」 以外にも、月は無慈悲な夜の女王なのでした。いつでも変わりません。姿に欠けた部分が生じていようと、確固たる威厳は満ち満ちているのです。 「太陽が消える時、つまりは、方舟が消滅するその時に」 「私が、かのモーセのように貴方達を先導しましょう」 サシートスは剣を握りました。そして、同志の疲れきった耳に、魂の賛美を轟かせました。 「太陽を攻めろ! 独裁者を攻めろ! 大地も大洋も我らの物だ。悪鬼に反旗を翻し、この美しい世界を月の名のもとに守るのだ!」 民は笑い、滾り、鎧に身を通しました。全ては我が主の為。汚れた明日に、反骨精神を見せつけるため。 『我らに矜恃の栄光を! 人類帝国に尊厳ある破滅を!』 月が姿を現したのと同時に、人類の帝国は闊歩を始めました。 遠くにある太陽の国へ向けて、その汚くも美しい歩を進めたのです。 この勝負の勝敗は、誰にだって予想できません。神々は呆れて視線を向けませんし、人類の中に賢き記録者はいません。 裏を返せば、『絶対』がないという事なのです。 世界内存在は才能を持って生まれます。それなのに、努力をしないせいで無に帰します。 その常識が、変わろうとしているのです。民は努力という鎧を身につけ、変わろうとしているのですから。自分で選んだ道を進み、死への先駆的覚悟ができているのです。 そして、それから何年も経ったある日、太陽は姿を消しました。 民の足跡と共に。

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Mondlicht

『第1回NSS』夜景に思うこと

久方ぶりに見る夜景は、どこかが違っていた。 場所の違いはおそらく原因ではない。墓地から星空や閑静な海面を眺めているわけだが、寒気や気配はない。霊感はないし、今更心霊の類も信じていない。 あれをくぐり抜けた今、もはや心霊は敵ではないのだ。 だから今夜ぐらい、綺麗な景色と共に彼らを想おう。 持ってきたのは美味い酒。退職金はたんまりと貰えたから、それなりに良い物が買えた。問題があるとすれば、あいつらがブランデーを好まないという可能性を考慮していない点にある。 死ぬ間際に好きな酒を言わなかった彼らの怠慢に原因があるのだから、そこは譲歩してくれると嬉しい。 片手で栓を引き抜いて、戦友が眠る大地にそれを注ぐ。澄んだ液体の中で、星がきらりと微笑んだように見えた。 海は凪いで静かに囁く。寒風も優しく吹きつける。どれだけ待ち焦がれた事か。 「やあポール。それにジョー、デッカード。あとは、敬愛すべき俺らのサミュエル中尉に、老いぼれのハバナード!」 「戦争は、終わったよ。良い夜だ」 瞳で滲んでた涙は、空気を読んでひっそりと落ちてくれた。 ついに、俺達の静かな平和が訪れたのだ。

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『第1回NSS』夜景に思うこと

ストローク

臆病な人間がいるらしい。僕の事である。 心の内では誰よりも権力者だと自負する人間がいるらしい。それも僕の事である。 思考を重ねてミルフィーユみたいにしても、結局行動を起こさない愚か者もいるらしい。例に漏れず、僕の事である。 どれもこれも僕の事で嫌になる。 全ての問いの先で帰結先として存在しているのが僕である。言い方を変えれば、全ての答えを知っている神様のようにも映るかもしれない。そんな神様いてたまるかというのが僕の心境である。 毎朝六時に起きる。アラームが設定されているからだ。それでも二度寝をして七時まで布団にいる。アラームの役目は『二度寝への導き』だからだ。活字のように無限にある文化の中で、これに関しては万国共通だという確信がある。 朝は米を食べる日もあれば、空気で済ます日もある。貴重な時間を浪費するのが僕の所業、大部分を占める罪状なのだ。もちろん望んでやっている訳ではない。こんなだから雨ニモ負ケテしまうのだと考えてはみる。もちろん、思考の域を出ることはない。 遅刻は免れるぐらいの時間に家を出る。徒歩で学校まで行く。信号機とは一種の博打で、引っかかってしまえば通学路は黄泉路となる。良く言えば刺激的な毎朝なのである。 年中関係無しに汗に蒸れながら教室に入る。この生活を何年も続けており、それにしては変化という物を知らない様子である。 教育の荒波に揉まれ、家へと帰る。明日こそはこの生活を変えてやると考えながら、イヤホンから流れるクラシックに浸りながら歩を進める。『ユーモレスク』、『グノシエンヌ一番』、『乙女の祈り』などが永遠と流れ続ける。その内生活の一部へと本格的に溶け込んでいき、やがて自然となるのを僕は危惧している。 そして夕飯を食らう。果敢な様子で茶碗と一悶着を繰り広げ、突然我に返り箸が止まる。こんな自分で良いのかと考えている訳だ。大抵は数分間のフリーズの末嚥下を再開するのだから心配はいらないと思われる。 湯船に浸かり、それなりに塗りたくり、それなりに髪を乾かして布団へ向かう。意外とこのそれなりが面倒くさかったりする。いやまあ良い匂いはするかもしれないが、言いたいのはそういう事ではない。 布団に向かい、手頃な書籍を枕の隣に置く。頁をめくり、短編をいくつか吟味してから睡魔を招待する。少しだけ説教もしてみたりする。 「昼間に読んだ覚えはないぞ」と。大体は僕が言いくるめられて終わるから、僕は弱いのだと自覚する。 枕に頭を乗せ、思い切り深呼吸をしてみる。その度に、思考がどっと押し寄せてくる。 明日も変わらぬのかと憂いてみせる。飽きているのに続けられるのは、これが人生だからであり、辞めようとするには対価としてそれなりの血が要求されるからだ。この世のどこかに両替機があり、日本円と血を交換できるような場所があったなら良いと思う。あいにく僕には野望がないので、誰かが完成させるまでは待ち続けてやろうと思う。 それで、辛いなとかも考えてみる。 ありったけの脱力感が僕を引きずり込む。 動くためには勇気が必要で、体力が役割を果たす為にも勇気が必要で、刮目するのにも、耳を開通させるのにも勇気が必要なのだと疲れてみる。 金を稼ぐのにも、金を使うのにも勇気が必要で、もはや万象に勇気が必要なのだと思うのである。 だから、勇気ぐらい分け与えてくれても良いだろうと、神に向けて減らず口を叩いた。 臆病な人間で、心の内でのみ弁慶である男の負け惜しみだ。

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ストローク

明かり

『あ』は、羅列された文字達が嫌いでした。 自分の後ろに、鴨の子供のようについてくる『いうえお』が煩わしくてしょうがなかったのです。そして、『ん』が羨ましかったのです。どんな事をしても何も言われない。無価値に見えた自由が彼にとっての願いなのでした。 そして、同じように考える仲間がいました。それが、『か』と『り』です。 『か』に至っては、まるっきり同じでした。鴨の子供のようについてくる『きくけこ』が嫌い。常識を疑い、『いうえお』など、別の文字も導いていきたい。そしていつかは、『あ』のような崇高で賢い先導者になりたい。『か』は群れを離れ、『あ』の後ろを追うようになったのです。 そして『り』は、怠慢な統率者だった『ら』を嫌って群れを離れました。 矮小な群れ。つまりはら行以下を束ねているだけなのに驕り高ぶる姿が滑稽に写ったのです。それだからその地位のままなのだと。ハングリー精神とはよく言ったもので、常識を疑う力があったからこそ『あ』はあすこまで上れたのだと、『り』は考えました。そして、自分もそうなりたいと、彼女は群れを抜け、同志である『か』の後ろにつく事から始めました。 『あかり』となり、愚者を照らす常識嫌いの革命家としての地位を新たに確立したのです。

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ビブリアの陽のもとに

我が物顔で大地に居座る落ち葉を、これまた我が物顔で踏み付けて道を行く。進む風と歩を合わせるようにゆっくりと。それでも調子を崩さないために自嘲を保つ。 忘れ去られた星国。永遠を約束されたように勝利の笑みを浮かべる文明の影が、痛々しい程に自然に殺されている。 “ビブリア”の西南区。誇りのまま消えていった帝国の跡地。 アンクル・サンフォードは答えた。 「矜恃は力を与えるが、それを行使する為の英智を奪う。結局、最後まで生き残ったのは臆病な老犬ばかりだった」 私のようになと一言付け加える彼の後ろ姿は、少なからず亡国の誇り高き戦士のようには見えない。腰は曲がり、屈強な筋肉達は呆れたように彼の元を離れていった。 炯々とした瞳だけが、あの時の名残として場を仕切っている。 どんな生命も時には勝てない。厳格な獅子だろうとそれは変わらなかった。誰であろうと平等な死に抗おうとする。成功した試しがないのに、変わることのない一つの事実としてそこにある。 「やはり生命はいないか。鯨も、鹿も、蟻ですら。みんな北東の方へ逃げてしまった。元よりぼんくらな人間しか興味を示さない土地ではあったが、それにしても殺伐とし過ぎている」 木々が揺れ、行き場のない悲しみが乱れているのを感じていた。植物がまだ存在しているという事実は何の例証にもならない。自我があり、それに見合った機能が身体にあれば、彼らもここにはいなかった。ここで根を張り巡らせてしまったという原罪が、呪いのように立ち尽くしている。 望んでここに存在している者はいない。苔ですら、破滅的な運命の副産物でしかないのだ。 「王がこの地に国を築いたのには理由がある。唯一の理由が」 「ここが、“ダリー・ゲンティア”の生まれ故郷だからだ」 「ダリーは、この星に生まれた者の宿命として存在していたと言っても過言ではない。誰しもが彼女に恋をし、誕生した博愛が力となり、明日を生きるための活力となった。 私は、この瞬間まで様々な星を巡った。ある時は溶岩の星に、またある日には亡者の星に行った。そして最終的には君達の星に行きついた。数多の星を訪れて、宇宙を漂った。 それでも、ダリーより綺麗なブロンドには出会った事がない。 毎朝、誰よりも早く起きて、誰よりも早く教会で祈りを捧げ、皆が起きる頃には美味いダージリンを準備し、森から採ってきた果実を並べる。あの王は、不世出の美貌だけではなく、そんな献身の態度にも惚れたのだろう」 今現在、この地には愛の気配を感じない。着陸を果たしたあの北東区は愛に満ちていた。鹿が鳩と戯れていたり、虎の懐に犬の赤子がいたり。数多の命が営む、種族を超えた確かな生命の灯火があったのだ。西南区は、そんな北東に全てを吸われてしまったかのように枯渇していた。 「ノスタルジーは人の心を好きなだけ殺す事ができる。今となっては、彼女の歌声を思い出さない日はないし、その度に胸が痛みに呻いた。 透き通った歌声があの部屋から聞こえてくる時、兵士は減らず口を閉じるんだ。 そして、微かな風の中を、一人の麗人のハミングが漂うんだ」 胸を押さえながら、過去に恋をする彼は言う。 「正直、少し期待をしていたんだ。彼女の子孫がこの地にいて、もしかしたらまだ発展の一途を辿っているかもしれないと。 だけど、そんな事は全くなかった。淡い幻想だったよ」 手入れが行き届いていない鬱蒼とした森の奥に、その城は鎮座していた。そこかしこに西洋風の技術が見受けられるが、やはりどこかが違っている。美しい夾竹桃がどこか懐かしく感じる。全盛期を知らない私にも、そこに強大な何者かが統治していた帝国があったのだと教えてくれるように。 「さあ行こう。私達の目的はここじゃないだろう。早く、裏の霊園へ。私と共に、同胞に会ってくれ。そして、それを記憶して帰るといい。覚えていてくれる誰かがいる間、私達の誇りは消えない」 老人の先程までの儚さは消え、僅かながらも威厳を取り戻しつつあった。吹き付ける寒風を押し返すように、猛々しく。 落ち葉が湿り気を帯び始めている。雨が降り始めたのだ。 「濡れてしまうな。急ごう、君が風邪を引いてしまう」 雨は段々と強まっていく。男の再訪を歓迎しないかのように、風は吹き荒れ、穏やかさから打って変わり怒号のように変化していった。今や、男を赦すのは木陰だけであった。誇りなんていらないと分かっているのだろう。それは傘となり、男、そして私を助けた。 「このオリーブの木は、ダリーが植えた物なんだ。花言葉は、知っての通り『平和』、そして『安らぎ』だ。彼女が願い、欲していたのは一国の繁栄なんかではない。約束された安寧だ」 蠢く雨粒が、木々の隙間を縫って男の頬へと落ちていく。全てが雨粒だなんて、私には言えなかった。その中に一粒でも涙が含まれている可能性を否定しきれないから。 「君の星も、確かに美しかった。世界各地の慰霊碑に連れて行ってくれたな。創世記の戦士が眠り、世界を見つめている場所だ」 「だけど、やはり私の居場所ではない。各地を巡りながら再確認したさ。私は、正真正銘の、あの誇り高き星国の戦士なのだと」 「“死んだ私”が骨を埋める場所は、地球ではなく、ビブリアに位置するあの国なのだと」 「誇りをかけて戦ったあの戦争。躍起になって剣を振るったあの最悪な悲劇。兵士と共にあった王は死んで、生き残った大半は臆病な歩兵ばかりだった」 「戦乱が収まり始めて、臆病な私達は、皮肉な事に勇敢な戦士と同じ事を思ったよ。終わらせてたまるかとな。終わってしまったら、私達がどうなるかなんて分かりきっていたからね。 だけど、終わってしまった。しかも、私達の負けでね。それが意味するのは、戦争から逃げた臆病者の裁判。反逆罪として、斬首が言い渡された。 毎日一人ずつ、慟哭と共に連れて行かれる。 だけど、私は助かった。なぜだか分かるかい? 助けてくれた恩人がいたからだ」 平和を望み、慈愛に満ちた麗人。 優しい笑みを民に向け、いつだって彼らの心となった歌姫。 「ダリー・ゲンティアだ」 天性の美貌を持ち、誰よりも平和を求めたブロンド。 「私“も”、彼女を愛していた」 激しさが、いつの間にか慈雨のように弱まっていた。 「彼女の助けを借りて、私は星を去った。そして様々な所を転々とした。暴れる溶岩と共生する星に行き、同胞を探して亡者の星にも行った」 「そして訪れた七番目の星、橋と海洋の星だった。屋敷の廊下程もない狭い橋が地平線の先まで続いている星だ。大陸なんてない。四方八方振り向いてみても、あるのは一本の橋だけ。 私は、そこで足を踏み外して死んだ。笑ってくれ。臆病者にふさわしい尊厳を蔑ろにした死に方だと」 「私は、一つの後悔を持つ残留思念が具現化しただけの存在に過ぎない。目的を果たしたら、この陽のもとで消えていく」 アンクル・サンフォードの炯々とした瞳は消え、安らかさを携えて戻ってきた。曲がっていた腰はかつての栄光を取り戻し、恩人との再開に備えている。 鍛えられた筋肉も、死装束として戻ってきた。 彼は頭の中で思い出した。これでは、地球の慰霊碑で見たスパルタや鎌倉武士と同じではないかと。臆病だと自負しているのに、客観的に見た実態は誇り高き戦士と変わらないのだなと。 「君とも、お別れだな。この地まで私を連れてきてくれてありがとう。一人の戦士として、感謝をしよう」 いつの間にか雨は止んでいた。 “彼が戻ってきた事を知った女神”が天父に頼んだから。 「壮大で、ぼんくらで、愛らしい。 このビブリアの陽のもとにて終わりにしよう」 その時、アンクル・サンフォードは“ある物”に気づいた。 オリーブの木の下で、ひっそりとこちらを見るように芽吹いた、あの花を。 「君は、私の帰りを待っていてくれたのだな」 「…ダリー」 ビブリアの西南区に位置する誇り高き星国。そこで一人の男は生涯を終えた。彼が望んでいた通りにシナリオが進んだのだ。 望んだ明日は現世にはなかった。それでも、憂いを孕んだ物ではなかった。 オリーブの木の下で、笑顔のまま吹かれた黄金の砂塵は眠る。 一輪のダリアと。 −了

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ビブリアの陽のもとに

『第1回NSS』桜は永遠に知らず

「桜、満開で綺麗だね」 湖面に身を投げる桃色の花弁は何も知らない。 美しく風流な存在として命を賜ったという自覚以外、何も享受できないのだ。それでも桜は一つ、また一つと水面に散っていく。何かを知ろうとするために。何かを知ろうとする己を、儚い存在であると認めてもらうために。 そして、流れて行く。行き先は誰にも知られない。揚々と進んだ先に何があるのか。誰も分からないのは、進んだ先で鎮座しているのが死だけであるのを意味している。 関心は時と共に増大していくが、自由は時と共に減少していく。 「来年も見たかったな」 故に桜も死に向かって生きる。摂理には誰だって抗えないのだ。 「もうすぐ、散っちゃうんだね」 少年は、桜の花言葉を知らない。 頬を撫でる風は全てを知っている。それでも干渉はしない。瞳に涙が滲んでいるのかぐらい教えてくれても良かっただろうと個人的には思う。 今宵も一つ、また一つと壮麗な夜の冥土に皆は集う。 「来世は、苦痛を知らない生命になりたい」 そこに積み上がっているのは、もちろん桜の花。 眠るように死んでいった一人の幼子を温めるように、その上へ積もっているのだった。

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『第1回NSS』桜は永遠に知らず

『ノベルズ』参加者用案内

この度は参加していただきありがとうございます。 こんなに人が集まると思っていなくて、驚きと嬉しさから口角があがりっぱなしです。 次ページにて、簡単にルールをまとめています。 少しだけ追加した事があるので、後出しのようで恐縮ですがぜひ御一読下さい。 【参加者用 執筆の際に守っていただきたい事】 ・世界観を守る事 めちゃめちゃ短くまとめると、 『様々な文化が根付いていて、不思議な現象である“イベント”が起こる未知の大陸ノベルズの物語』 ジャンルとかは自由です。めちゃめちゃ自由に、執筆楽しんじゃってください。 ・投稿したらここのコメント欄で教える事。 秒で読みに行きます。僕の拙い文ではありますが、感想とかも書きたいので、教えてくださいね。 ・参加者の皆様も、最低でも一人には感想を書いて欲しい! やっぱり感想とかコメントいただくのめっちゃ嬉しいですよね。(僕がそうなので) 何かしら書いてみて欲しいなって思います。「おもろ!」でも、「発想天才だ!」でも何でも、ぜひ書いてみてください。 ・投稿は五月三一日まで! めちゃめちゃ時間は多めにとるので、最高傑作書くぞ! の勢いで頑張ってください。もちろん、全然早めに出してもらって構いません。僕もすぐ投稿すると思うので。 万が一時間足りない! という時にはコメント欄で教えてください。まじで失踪だけはやめてくださいね。凹むので。 ↓続きます ・質問とか、気になる点あったらそれもコメント欄へ! 「こうしたらいいんじゃない?」とかも待ってます! ・タイトルの初めには、『ノベルズ』を入れてください。 短編集としてのタイトルです! 以上です。 みんなで楽しい時間にしましょうね! 最後まで読んだら、一応確認のため♡お願いします! ot

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『ノベルズ』参加者用案内