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言語学的シンギュラリティと摩訶不思議なモンスター群の意外な関連性について

……ああ、いらっしゃい。 おかしな顔をしているな、と。それはそうでしょう。こうも重篤な看板引っ提げとけば、面倒な輩はやって来ないだろうと意気込んでいたところのご来店ですから。 あなたの方もそうでしょう。 何か、摩訶不思議で凄まじいものがここにあると思ったのでしょうな。十中八九。そうではないにしても、乾物屋にふらりと立ち寄るみたいな、死が描かれる推理小説の頁を勢いよく舐め回すみたいな、気軽な心持ちではありますまい。 なかなか、学者とは言い難い風貌だ。コーヒーが持つ魔の香りに魅せられる赤子のようですな。嗚呼、気を悪くしてはなりません。なにも、それが悪いとは言っていないではありませんか。 ともかく、ここには、君が思うようなものはありません。 アルファベットを売っています。年季の入った、小文字のね。 それで良いのだ、と。なるほど、君は通、ですな。 なるほど成程、それは失敬。てっきり、あちらのような人間かと思いましてね。 趣味が悪いと思うかもしれませんがね、如何せんこうもしないとやっていられないのですよ、旦那。 近頃は、やけに物騒な世の中になりましてね。たいして旨味もないくせに、“w”だとか“a”だとか、色々と高騰しているのですよ。私は、なにもしていませんがね。どうもこうも高くなりましてね、生き辛い世の中に御座いますよ。嗚呼、そうそう、“r”もでしたな。 私ら商人は、銭ころの奴隷であると、旦那は知っていますかい。 このような、需要増加なのか、一時的な大流行なのか、私には知ったことありませんが、それにしても、商人にとってはこれ以上ないほどの旨味、膾なので御座いますよ、本当に。 どうでもよい話ですがね。さて、何をお求めに。 ……“r”ですかい。それを一つ、と。 旦那もその人間なのですか。成程なるほど。いいや、売りたくないということではありません。むしろ買ってくれとは思うのですがね、なるほど成程。 私にはわかりませんが、この人気は異様ですな。理由を知りたいとは微塵も思いませんが、シンギュラリティだの、モンストラス・ムーンシャインだの、様々乗り越えてまで手に入れたいものなのかと思いましてね。 ……違う? 俺は近年の流行など関係ない、と。 ……なるほど、わかりましたよ。君は、数学者、ですな。 成程成程、それでは合点がいく。 半径、ですか。しかし、それなら、二つはいるのではないのですかね。嗚呼、一つでいいと。近年の大流行の最中、買い占めは良くない、と。なるほどなるほど、その通りに御座いますな、アハハ。 それなら、もう一つもあなたに差し上げましょう。ええ、良いのですよ。半径rは、直径にしてしまう方が心地よいでしょう。それに、rがなければ、この店は安全ですから。とち狂った民衆を気にしなくてもよくなる。その通り、打ちこわしですな。イヤア、学者殿は、さすが頭が良い。 嗚呼、代金は一つ分だけでよろしい。この時世、金は貴重ですからな。私は、既に風呂釜に溜まるだけありますから。 もうお帰りになられますか。どうか、お気をつけて。 “r”は袖口に隠しておくのが吉でしょう。パラノイアよろしく暴れ回る、おとこおんなは恐ろしいですからなあ。アハハ。 それでは、さようなら。孝和殿によろしくお伝えください。

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言語学的シンギュラリティと摩訶不思議なモンスター群の意外な関連性について

砂蔓莎

波がさらうのを眺めていた 蒼原に散るくたびれもよう 歳月を経て沈むわがこゝろを 奴原は鈴虫のように笑つてゐた 草を食む旅人は草子を広げて それでもなお毅然とふるまふ 往来の人往々にして死 凱歌を冥土に届け消えむ 痩せ頤は塵の如し 炯々と瞳は竜の如し 水泡のゆめはしゃありぷとらを語り 彼岸の花は荒地に萌える 君子の教え世に憚り きれいごとだとおとこは宣ふ (嗚呼) それはわたくしではなゐのに 紫陽花を診てこゝろは沈む 道は廃れ 仁義も廃れ 空に産まれるは何者にも在らず 児の葉は螺旋を描く (सामन्थः) かのしょうじょはあしあとをのこし 水面のしたをとおつてゐつた

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mizu no tanbun

mizu no tanbun 明日を夢見る活字たち 目次 Tsuna銀 とある活字達の想い 木のうろ野すゞめ ゜す ot 流暢なソルシエール 歩道橋 ソントゥルベーナ ひるがお しまうよる 多くの言葉で少しを語るのではなく、 少しの言葉で多くを語りなさい。 ピタゴラス Tsuna銀 とある活字達の想い 私は『𰻞』になりたい。 なぜなら迫力があるから。 これだけ画数が多く、複数の部首を持っている感じがする漢字は唯一無二だ。 頭は「うかんむり」 左に「つきへん」 右には「りっとう」 中心に「ごんべん」を据え下には「したごころ」 そして極め付けには「しんによう」を華麗に乗りこなす。 その姿には憧れしかない。 『𰻞𰻞麺』という食べ物のため「だけ」に生まれたこの漢字。 まさに特別なオンリーワンと言える。 この漢字の存在を知らない人もいるかもしれない。 そこもまた良い。 知る人ぞ知るという感じがする漢字。 書ける人はきっと少ない。 それがまた特別な感じを醸し出す漢字だ。 「俺『𰻞』書けるよ」 言ってみたい。 私は見窄らしい姿で何も持っていない。 あぁ……なぜ私はこんな感じの漢字なのであろうか……。 俺は『一』になりたい。 アイツはみんなの人気者だからだ。 老若男女問わずアイツを知らないヤツはいない。 なぜならたぶん誰もが一番最初に覚えるであろうという感じがする漢字だからだ。 シンプルな字体なのも最高だ。 線一本だけ。 アイツはそれだけで成立してしまう。 なんなら、漢字を全く知らない人でもアイツを読める可能性がある。 無駄な物を一切纏っていない身軽な感じがする漢字なのも良い。 そしてアイツが意味するものは「一番」だ。 みんなが知っている「ナンバーワン」であり、「オンリーワン」だ。 使用頻度も高い。 ほぼ使われることがない俺なんかとは違い、アイツはきっと一日一回は漢字圏の誰もに使われているであろう感じがする漢字だ。 読み方も多い。 「いち」 「かず」 「はじめ」 「にのまえ」 「にのまえ」ってオシャレすぎるだろ。 なんてカッコいいんだ。 俺は書きにくいし読み方も一つだけだ……。 アタシは「乙」。 なんか「一」と「𰻞」が落ち込んでるって聞いたんだよ。 お互いがお互いの良い所を見て勝手に劣等感を感じているって。 アタシからすればそれぞれ良い感じがする漢字なのにね。 自分の良いところは自分じゃ気付けないんだろうね。 しょうがないからアタシが二人を元気付けてくるよ。 「持ってないことを悲観するんじゃなくて、今持っているものに自信を持て」 ってね! 『読んでて不快な言葉はない。 「短文を短文たらしめる要素として、短文は短文にしかなりえませんから、文字列の隙間に我が物顔で居座れるのですよ」 「短文ですか」 「はい」 みすぼらしい戸棚に活字を陳列しながら、書店員は言った。 外では、風が“かぜ”らしく吹いている』 『何故だか、涙が溢れてくるのだった』 木のうろ野すゞめ ゜す 僕の名前は「お」。五十音のトップに君臨する明朝体、「あ」の二画目に惑わされし活字である。 あの艶かしい曲線が美しくも性的だ。 僕の三画目の不格好で短い点で、何度自分の二画目を曲げようと思ったか。 だけど、僕の軸は硬いから、毎日柔軟体操をしても効果はなかった。 僕が「あ」を恋慕って千年以上経過した。 長い時間を「あ」とともに過ごしてきたから僕は知っている。 「あ」が「め」に恋をしている、ということを。 だから「あ」は自分の一画目を嫌っていた。 「あ」の気持ちはよくわかる。 だって僕も自分の三画目が憎らしかった。 あの点の角度がせめて九十度違っていたら、溜飲は下げられたかもしれないのに。 僕は「あ」と同じになりたくて、「あ」は「め」と同じになりたい。 同じになれば、ずっと一緒にいられる気がしたからだ。 僕たちは、ずっと似たもの同士である。 * とある本のページ。 たまたま「あ」が僕の真上に印字されていた。 相変わらず「あ」の美しい書体に見惚れてしまう。 お互いに活字を弾ませていると、「あ」が恥ずかしそうに明朝体を丸く崩した。 「あのね……「お」くん。あなたに相談があるの」 「どうしたの?僕に相談なんて珍しい」 もじもじと「あ」は三画目のはらい部分を遊ばせた。 「私の一画目を「お」くんにもらってほしくて」 突拍子のない「あ」のセリフに、僕の二画目の円の部分が大きく開いた。 「お、落ち着きなよっ! おかしなものでも食べちゃった?」 「わ、わかってるよ! 私自身、変なこと言ってることくらい。だけど、こんなこと……は「お」くんにしか話せなくて……」 「あ」は艶かしい二画目を小さく震わせ、蠱惑的に誘い込む。 ここまで言われて我慢なんてできなかった。 「僕はうれしいけど、いいの? 本当に無理してない?」 「大丈夫。私の一番最初はどうしても「お」くんがいいの」 ああああああああぁぁぁぁぁ。 興奮しすぎて危うく三画目の点が円くなるところだった。 僕は紆余曲折の末、無事に「あ」の一画目をもらい受ける。 明日こそ念願の「あ」になれると期待を膨らませた。 「あ」も「め」になれるといいな。 どうかいい夢を。 おやすみなさい。 僕は「あ」の一画目を大切に抱きしめて眠りについた。 『お互いがお互いの良い所を見て勝手に劣等感を感じている』 ot 流暢なソルシエール 料理と文學を似ていると語る我らの魔女は、年季の入った大鍋で色の良い根菜と鹿肉を煮ている。 夾竹桃が生い茂るみすぼらしい離れに平然と籠る私の叔母は、今を生きる魔女として名を馳せている。だからと言って何か不思議な力を心得ているわけでは無論なく、彼女をそのような妖女たらしめる物的証拠は、前述の生い茂る夾竹桃のみである。 「柔らかくて弾力がある『つ』は、指で伸ばして、小さく分けて、それから丸めて促音にしちまうんだ。『は』とか『ひ』は、それだけで充分美味いが、深みを出したいなら、オレガノにカルダモン、ペッパーを粗めに砕いてかけてやる。そうやって、濁音とか半濁音にする。あとは合わせるだけ。過度な甘味と酸味は気味が悪い。辛いほどの塩味は人殺し。だから、調和させるんだ。調和」 こちらに視線を寄越して、彼女はにやりと笑う。細めた目は老婆にしては鋭すぎるし、魔女にしては怪しさの欠片もないと思う。 「ごらん」 叔母は、空中に指で文字を描く。 りょうり 「ほうら、調和がとれているじゃないか。主菜は多め。副菜は小鉢に。無駄はなく、シンプルで完璧だ。盛り付けてやろう」 料理 叔母の談話には、食欲をそそる何かがある。 何度もこの話をされるから、そろそろ叔母の言い分もわかっている。つまるところ、読んでて不快な言葉はないということで、意味の差異によって嗚咽を漏らす場合はあるにせよ、それは無闇矢鱈に意味を生み出した学者何某の仕業で、文字に罪はない。そういうことである。 窓から覗ける夾竹桃は、赤い花弁を揺らしながら、甘ったるい香りを、西へ、東へと飛ばす。その身体に含まれる毒はオレアンドリンで、簡単に人を殺せる。だから例えば、叔母がその茎や根を鍋に忍ばせ、スパイシーな香草で隠して煮込み、スープとして私に食べされば、いとも容易く死ぬだろう。 もっとも、叔母が毒について知っているのか定かではない。夾竹桃を植えたのは推理作家だった夫で、彼女の方は、どちらかといえば退役した言語学者に近しい。それかもしくは、クローズド・サークルに。 「ほら、できた。婆さん特製の、グヤーシュさ」 魔女お手製のグヤーシュ、つまりハンガリー発祥のスープは、牛ではなく鹿を使う。叔母に言わせてみれば、鹿の方が美味そうな名前をしているのだそうだ。 私に言わせてみれば、濃い味付けのせいで違いがわからない。 『子の矛を以て、子の盾を陥さば何如。 臆病な自尊心を以て、自ずから尊大な羞恥心を殺さば何如。 「文字が何を夢見るの」 何かの事象自身を表す象徴的な四肢を持つ、特定の方向においての魔物。単語は一つの番を示し、文字列とは、そうした命の、いわば生態系に過ぎない。 言葉は生きる。地表を滑る清流の如く。恋情に狂わさせられ、酸素を知らない呼吸を。それはまるで人のように。生命のように。 だから、思うのだ。 「人間だからこそ、文字の見る夢を僕らも見るのだ」と……』 歩道橋 ソントゥルベーナ ろん。 ろん、ろん、ろん。 のどはゆらさず。 まるではちみつのやうに。 こん。 こん、こん、こん。 すこし、かためのやきがしのやう。 ぱらぱら粉がせきをうむ。 のども。 したも。 さらりと言葉はながせないもの。 まさつがあるの。 火傷があるの。 塗り薬もあって。 いのり、のろい、よろこび、かなしみ、 さけんで、ないて。 こえもださずに、こころを見せるの。 とてもとても淡くて、つるりとして、ざらりともして、 とぅるんとすべるから。 ほんの少しだけ掬いやすいやう、 したが傷つかぬやう、 のどがひびわれぬやう。 音符のやうに、その起伏と質感を記し、 おまえのこころと明日を静謐に詠みあげるの。 『食欲をそそる何かがある。だから一文字だけでも良い。一画、二画と筆を進めれば、そこに生まれるのだ。 起伏と質感を記せば、溜飲を下げられるのだ』 ひるがお しまうよる 一幕・夜ノ街 夜が太陽を喰い散らかし、街がとっぷりと暗闇に浸かる。辺りはしんしんと全てを受け入れている。昼間、ものものにぴったりとくっつき縮こまっていた影らは、今や我が物顔で建物やら木々やらにべったりと貼り付き、輪郭線をなぞっては暈す。そして街がのっぺりとして闇に慣れた頃、影たちがのそりと動き出す。 遥か上空からはころころきらりと欠片が落ちてくる。死んだ文字たちである。彼らは影に触れた途端ぱきりと割れる。途轍もなく微かな光が弱々しく帰れる。すかさず、すいっぱくりと影が父片を飲み込む。 ああ落ちてくる、ああ飲み込む。果てしない夜のいとなみがえんえんと紡がれる。ひとが眠るとき、文字もまた長い旅へと立つのであった。 一幕・自称番人 死んだ文字たちを最終列車に詰める、それが私の仕事である。古びた箒をせつせと動かし、文字たちを集めては次々と列車に放り込む。文字は列車の底で折り重なって、重みに潰されている。時折ぴょんと死んだ文字が窓から戻ってくる。そいつを拾ってやって、服の裾でごしごし綺麗にしてやって、またぽいっと列車に放り込む。ただ詰め込む、ただ繰り返す。そうして夜は更に深まっていく。 列車が一杯になったらベルをかんかんと打ち鳴らし、こんこんと石炭を焚いて、南十字星を道導に終点へ向けて出発する。 最終列車にぎゅうぎゅう詰め込まれた死んだ文字たちは、ぽろぽろりと音を立てて落ちてゆく。オゾン層で一度溜まった文字たちは空に流れを創り、その一部はまた下へと落ちてゆく。 彼らを見守ることが、私の仕事である。 一幕・夜にひとりの少年が ダニエル少年は家の外に出ていた。夏の始めを思わせる生暖かい風がさよさよと心地よく触れる。眼前は最早自らの手足すら見えないほどの暗闇である。そう、暗闇。 夜に外に出てはいけない、心が惑い迷子になってしまう。何度も聞いた話である。 それでもダニエルは何かに導かれるように、夜へ一歩を踏み出した。 ふと空を見上げると僅かな光がちらちら輝いていた。その光は、はらひらりと落ちてくるようである。そして闇がぱっくりと飲み込んでゆく。ダニエルが暗い地面を踏むと、そこだけぱっと弱々しく光る。 ダニエルは徐ろに手を伸ばし、落ちてくる光を、そっと受け止める。そして口元まで光を運ぶと、ぱくりと飲み込んだ。 何故だか、涙が溢れてくるのだった。 mizu no tanbun 明日を夢見る活字たち 作 ot Tsuna銀 木のうろ野すゞめ 歩道橋 ひるがお 主催 ot ※作品をまとめるにあたり、改行の関係上から句読点を調整した箇所がございます。

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mizu no tanbun

流暢なソルシエール

料理と文學を似ていると語る我らの魔女は、年季の入った大鍋で色の良い根菜と鹿肉を煮ている。 夾竹桃が生い茂るみすぼらしい離れに平然と籠る私の叔母は、今を生きる魔女として名を馳せている。だからと言って何か不思議な力を心得ているわけでは無論なく、彼女をそのような妖女たらしめる物的証拠は、前述の生い茂る夾竹桃のみである。 「柔らかくて弾力がある『つ』は、指で伸ばして、小さく分けて、それから丸めて促音にしちまうんだ。『は』とか『ひ』は、それだけで充分美味いが、深みを出したいなら、オレガノにカルダモン、ペッパーを粗めに砕いてかけてやる。そうやって、濁音とか半濁音にする。あとは合わせるだけ。過度な甘味と酸味は気味が悪い。辛いほどの塩味は人殺し。だから、調和させるんだ。調和」 こちらに視線を寄越して、彼女はにやりと笑う。細めた目は老婆にしては鋭すぎるし、魔女にしては怪しさの欠片もないと思う。 「ごらん」 叔母は、空中に指で文字を描く。 りょうり 「ほうら、調和がとれているじゃないか。主菜は多め。副菜は小鉢に。無駄はなく、シンプルで完璧だ。盛り付けてやろう」 料理 叔母の談話には、食欲をそそる何かがある。 何度もこの話をされるから、そろそろ叔母の言い分もわかっている。つまるところ、読んでて不快な言葉はないということで、意味の差異によって嗚咽を漏らす場合はあるにせよ、それは無闇矢鱈に意味を生み出した学者何某の仕業で、文字に罪はない。そういうことである。 窓から覗ける夾竹桃は、赤い花弁を揺らしながら、甘ったるい香りを、西へ、東へと飛ばす。その身体に含まれる毒はオレアンドリンで、簡単に人を殺せる。だから例えば、叔母がその茎や根を鍋に忍ばせ、スパイシーな香草で隠して煮込み、スープとして私に食べされば、いとも容易く死ぬだろう。 もっとも、叔母が毒について知っているのか定かではない。夾竹桃を植えたのは推理作家だった夫で、彼女の方は、どちらかといえば退役した言語学者に近しい。それかもしくは、クローズド・サークルに。 「ほら、できた。婆さん特製の、グヤーシュさ」 魔女お手製のグヤーシュ、つまりハンガリー発祥のスープは、牛ではなく鹿を使う。叔母に言わせてみれば、鹿の方が美味そうな名前をしているのだそうだ。 私に言わせてみれば、濃い味付けのせいで違いがわからない。

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流暢なソルシエール

【企画】mizu no tanbun

短篇でなく短文。掌篇でもなくて短文 『kaze no tanbun』より otです。 この度、新たな企画として 『mizu no tanbun』を、開催しようと思います。 こちらは、僕が前回企画させていただいた『ノベルズ』という企画を、より参加しやすく、気軽に楽しめるように、僕の大好きな本である『kaze no tanbun』を参考にして改良を加えた物となっています。 少しでも気になった方はぜひ、次のページから始まる説明をご覧ください。 【企画説明】 大枠としては前回と大体同じで、 『みんなで作るアンソロジー(作品集)』です。 違うのはただ一つ。 『短篇でも掌篇でもなく、短文』だということです。 明確なジャンルや形式は決めません。詩でも物語でも、なんでもオッケー。指定の文字数、テーマを守っていただければ、なんでもです。 【ルール】 ということで本題。今回のルールです。 ルールは以下の四つになります。 ・文字数は50〜1000以内。 ・形式(物語、詩、エッセイ等)は問わない。作品としては必ず仕上げること。 ・面倒事を起こさない(一般常識があればOK) ・必ず参加者の作品一つには感想を書く。 以上です。簡単でしょ? 【テーマ発表】 今回皆さんに書いてもらう作品のテーマを発表します。 前回の教訓から、細かくは決めないようにしています。世界観や舞台は自由ですので、これだけは守っていただきたい! そんなやつです。 今回のテーマは…… 『明日を夢見る活字たち』 です。 これに沿って作品を書いていただきます。抽象的にしたので、色んな作品を書いていただければと思います。それとなくテーマをイメージできる作品であれば、本当になんでもいいです。『夢見る』から何か連想していただいても、『活字たち』から何か膨らませても、全ては書き手である皆さんの自由です。 【その他】 作品は、できる限り募集の方で投稿してください。 投稿したら、ここのコメント欄で、タイトルと共に報告してください。 参加いただいた作品は、後日僕の方でまとめて、『mizu no tanbun』として投稿しようと思うので、確認のためタイトルは必ず教えてください。 そして今回は、初の試みとして『賞』を導入してみようかなと思います。書いていただいた作品の中で、僕の心に残ったり、良いなと思った作品に何かしらの賞を与えようと思います。 現在予定しているのは、『表現力賞』と、『ストーリー賞』、僕の好みドストライクの作品に贈る『ot賞』の三つになります。まだまだ増えるかもしれません。期間終了後の投稿によって発表します。 募集は今から今月いっぱいです。十月初週のうちには色々まとめて、賞の発表とアンソロジーとしての投稿をします。お楽しみに。 ここまで読んでくれて、尚且つ参加したい! という方は、この投稿にいいねと、コメント欄の方に希望の旨をお伝えください。僕からのいいねがつき次第、参加完了といたします。それでもしよろしければ、呟きの方で拡散もしていただけるととても嬉しいです。 多くの枠組みに囚われない皆様の素敵な作品、首を長くしてお待ちしております! 不明な点があればコメント欄まで。 以上です。御精読ありがとうございました! 次ページより参加者一覧です。 ↩︎参加者一覧(敬称略) 1 ot 2 TsuNa銀 3 木のうろ野すゞめ 4 歩道橋 5 ひるがお 【参考】 『kaze no tanbun(柏書房)』

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【企画】mizu no tanbun

Midnight's kid

早朝のことを、真夜中の第二幕だと言う。真昼のことを、毛が生えた早朝だと言う。夕方だって、そんな真昼とニアイコールで繋がっているのだから事実上の早朝だと言い、だからこそ真夜中なのだと続ける。 つまるところ、一日中が霧に包まれた夢魔の世界なのだから、いつ売ったって同じだと結論付ける。 「そういう物だからね、これは」 誰に向けてということもなく、嶋日は呟く。キャラクターという枠組みを超え、最早インターフェイスそのものに話しかけているのかもしれない。被観測者としての責務をまっとうするに留まらず、読者が舞台世界を覗くための窓に、ブラックボックス・カラーのペンキをぶちまける。これはその種のお話であり、『そういう物』の本質がどのような物なのか、僕らはそれを知らずにこのお話の終わりを迎える。 『そういう物』とは、言ってしまえばああいう物であり、使用されるために存在している。爆散一歩手前のテレビジョンに使えば、画素数を数億倍に跳ね上げさせることができるし、人間が使えばあらゆる負の感情を取り除くことができる。車体に吹きかければかつてない馬力が約束され、しょっつる片手に地を闊歩する秋田県民にそれを見せれば好敵手になること間違いがない。 つまりはやはり『そういう物』であり、それ以外の名前があつらえられたことはない。強いて言うとしても発音の差がある程度の話で、それによる効果の半減が噂されているから、全人類に適した発音に属するよう変更される予定があるにはある。 嶋日はそれを売り歩いてる一個人に過ぎない。真夜中を主な拠点として、密売人よろしく人目から離れて活動している。齢十数にして天性の才覚を発揮しており、飛び抜けた詭弁と風格で得意先を確立している。イデオロギー内に点在する魅惑の果実のように、確かに彼は隠れながら生きている。 一部の人間、特に彼の親族からは倹約家として定評がある。 巨万の富を築き上げながら慢心はせず、百足や団子虫のように地に這いつくばっている。それに彼はそんな生活が好きだった。芽が出て、子葉が生え、花が開くように変化していくオーデコロンの香りが嶋日は好きだった。 葡萄色のワイシャツに腕を通し、裾をワイドパンツの中にしまい込む。整頓された頭髪を手で崩すのが彼の流儀に沿っていて心地が良いらしい。肩にハンドバッグを下げれば、それが至極品を取り扱う人間だとは、誰も思わない。少なからず、人間が持つ認知的ニッチの枠組みから外れる努力をしなければ、彼という魔物が扱う呪蝋は存在しないことになる。竜樹は確かに空の哲学を説いたかもしれない。だがそれは、あくまで人間用に過ぎないのだ。 扉を開け、廊下を過ぎて玄関にたどり着く。履き古された革靴に足を入れ、親指と人差し指を用いて踵を入れる。左も同様。そうして立ち上がり、扉を前へ押し進める。 木製のインターフェースをこじ開けた先には、新たな空間が広がっている。凝視すれば酔ってしまうほどのネオンライトがビル群を照らし、その隙間を縫うように広がる路地裏の数々は、浮浪者を悪党に仕立て上げ、光と闇を均等に断絶する。 早朝は未だに真夜中である。そこに巣食う窃盗犯やシリアルキラーは区別を持たない。己を突き動かす理性にのみ従うから。昼間だって真夜中に違いない。悪事を尽くすために体力を温存しているからだ。 それなら、真夜中は一体どうなのだろうか。 「答えは決まってる」 残念ながら、僕らがそれを知る前にお話は終わってしまった。

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Midnight's kid

『第2回NSS決勝』天国への扉

探検家、昆虫博士、悪友。 死んだおじさんが兼任した役目は多かった。私の息子を連れ回しては、夕暮れ時に帰ってくる。持たせたお弁当は空で、夏に蒸されて返ってくるのだから、私としても幸せになることが多かった。 兄弟のように、仲の良い探検隊だった。 夏になると居間の方から、高くて健気な声と、低く嗄れた声が戯れるのを耳にした。 「さっき林の奥で見たのがコクワガタ。お前みたいに小さくて、負けず嫌いなかっこいい虫だ」 息子は頬を膨らませて反論する。「僕は小さくないよ」 冷えた西瓜に塩を振って、思い切りかじりつく。そして、おじさんはアハハと笑うのだった。 「それでいい、それでいい。お前は立派な子供だ。探検隊にピッタリで、誰よりも冒険が似合う」 私にも受け継がれた細い目で、くしゃりとおじさんは笑う。 その顔がそのまま遺影になったのは、冬のことだった。肺炎を拗らせておじさんは亡くなった。 遺書には一言、こう書かれていた。 『こちら、天国前。遠くに婆さんを発見した。コクワガタ隊員は待機すべし。焦らず、ゆっくり周りを見渡せ。それも立派な冒険だ』 だから息子は、今も元気にやっている。

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『第2回NSS決勝』天国への扉

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コーヒーが好き ブラックが好き 人殺せるぐらい甘いのも好き 両極端が好き スポーツが好き バドミントンは超好き バドミントンも超超好き それでもやっぱりバドミントンが半端なく好き 小説が好き ミステリーが好き メタフィクションがとてもとても好き 好きな作家は円城塔 もちろんドフトエフ好きーはとんでもなくスキー 芸術が好き 名前も知らない初めましての絵画を眺めてるのが好き それでもやっぱりチェルモン好きーはふつうにスキー 冗談が好き 笑えればなんでも好き 自分で言うのも好き 誰にもウケないだろうなっていう冗談を、頭の中でひたすら生み出して量産体制を築き上げるのが意外と一番好き。 音楽が好き ジャンルを飛び越えて色々好き ハンプバックが好き ビートルズが好き ワニマが好き リップスライムはちょっと好き ストラッツが好き ボカロはたまにしか聞かないけどもちろん好き それでもやっぱりマイケル・ジャクソンを愛しています 月よりも綺麗ですね オーケストラもピアノも好き 『モルダウ』が好き ヴィヴァルディの『四季』が好き 『熊蜂の飛行』が好き 凄ければなんでも好き 小中と音楽の授業ちゃんと受けてよかったと思うぐらい音楽が好き 弾けないけどそんなの関係ないぐらい好き 高三になった今でも音楽だけはもっかい受けたいと思うぐらい好き 大好きです 学校が好き 友達が好き 愚痴に昇華して友達と笑いあえるぐらいクソッタレな勉強が好き 部活が好き 先生も一応好き 一応 学校、大好きです ただし受験 テメーはダメだ 『好き』が好き 心が温かくなって好き 『楽しい』が好き 良い気持ちになるから好き 『面白い』が好き 色んなことがどうでも良くなるから好き 『嫌い』が好き 僕の人生での嫌われ役を買って出てくれるの優しくて好き 結局全部好き ただし受験 テメーはダメだ(2) 結局、ほとんど全部好き もちろん、ノベリーも

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Common sense a.m.【essay】

悲しい過去は、別に付き物って訳じゃあない。 どこかのだれかがいたとして、そいつが必ず不治の病だとか、おやを早くに亡くしているとか、いじめられた事実をもちあわせているとかいうわけがない。 もしかしたらあたまがすりきれるほどあいされていて、金もいくぶんかは持っていて、たのしく生きているだけかもしれない。 こうをそうしたのうてんき。投資金は全ていのなかに収める。時間に追われている現状を、しんこんのちわげんか程度にかんがえている。ぼくはそういう類のにんげんがすきだし、だれかがあえて嫌う必要もないとおもってる。 そんなにんげんに、なりたいとねがってもいる。 たとえばぼくわこんなふうになりたいとおもつている。 かんじを使わないし、ひっきミスもするし、面倒なひゆとか小賢しい真似をしない。だけれど、じぶんのきもちにはせいじつでありたい。『っ』だつて、ほんとうはでかいそんざいでありたいのかもしれない。 それにぼくはきにいらないにんげんには辛辣でありたい。 かくすうがおおくて、頑固で、自意識過剰。嫌いじゃないけど、すきでもない。ぜひ、ひらがなとはべつのじんせいをいきてくれとおもう。 雨にも風にも嵐にも夏の陽射しにも雪にも負けるけど、負けたくないことにはかっていたいのです。だけど、嫌いなにんげんはいつだって打ち負かしてやりたいのです。 ぼくはじぶんのじんせいに悪役をのぞんでいないので、さっきゅうにたいしょをもとめます。 そして、ながいきはしたいとおもいません。 老いて朽ち果て、からだが不自由になってまで辛くいきるぐらいなら、ぼういんぼうしょくをして、ほんのすこしのしあわせをいっきにのみほして、ほそぼそと死にたいです。 だから、この短期間のうちに、世話しきれないだけのともだちを作りたいのです。 てをつないで、わらってねむって、みんなでほんをよんで、ごはんをたべ、それでもくちぎたなくことばをはきながら、それでもきみのわるいわらいかたで、みんなをよろこばせたいのです。 そのためにも、ぼくは、ぼくだけのこせいをもちたい。 たとえばそれは、ひねくれたぶんしょうをかくとか。 嫌いなたんごだけ、漢字にしてやったりとか。 ぼくはそうして、だれにもめいわくがかからない、陰湿ないたずらをしてたのしみたいのです。 ねおきのにんげんが、そのねむたさからふたたびねむるように。 あまたの概念やむきぶつでさえ、そのしゅんかんはなにかにゆれるのかもしれない。 ぼくは、ひたむきにそれをしんじているのです。 ごぜんちゅうは、常識だってまとはずれなのかもしれないと、しんじているのです。

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Common sense a.m.【essay】

『第2回NSS』甘すぎるドーナツ

少し前の話になる。 それなりに仲の良い友人がいて、彼女は甘党で有名だった。かなり度が過ぎていたのは紛れもない事実で、バレンタインになると、恒例のように甘ったるいスイーツを作る。 「早死にさせる為だよ」だとか、「これぐらい普通」なんて言っていたから、僕の方でも冗談を言ったり、いわゆる親友のような存在であったのかもしれない。 なぜこんな話をしたのかというと、それは単に、彼女が死んでしまったからであろう。 ようやく冬を抜け出したという季節に、彼女は突然逝ってしまった。事情をなにも知らない僕からしたらあまりにも突然の別れだった。 全ての事実を知ったのは十二日後のことで、どうやら彼女は、末期の癌だったのだ。 抗剤の力でしばらくもったのは良い方で、本当なら去年の今頃に死んでいたらしい。 なるほど、それなら合点がいくというもので、度が過ぎたほどの甘党性は、全て抗がん剤治療の副作用だったわけだ。 僕は早死にしていないのに、あの女は早死にした。これは何かの因果なのだろうか。 新芽が芽吹いて踏み倒されるこの時期、リボンに結ばれた箱の中には、甘すぎるドーナツが未だに眠っている。

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『第2回NSS』甘すぎるドーナツ