Dignity
「何か変な感じがするね。実感が湧かないと言うか、慰安旅行をしにいくような心持ちだよ、今」
カワードリスは言った。その気持ちに多少なりとも同情の意を示したのは、紛れもないフリードリヒのみである。その他の乗客は、二人がこれから、永訣の瞬間を迎えることを知らない。
二人が苦楽を共にした、この国においての朝の話である。
カワードリスを窓側の席に座らせて、フリードリヒはその隣に、年老いた体で腰かけた。別の地へ赴くという高揚感は何一つとして存在していない。旅の先で待っているのは、楽しい観光でも、辛い生活でもない。それは平等な終わりであった。各々が持つ生死の権利を、カワードリスは主張しているのだ。そして、その瞬間にフリードリヒがそばにいるのを願った。オランダ行きの飛行機は、二人を天の国へ連れて行く。一人は本来の意味でのその場所へ、もう一人は、精神的な意味合いでのあの世へ連れて行かれるのだ。
「君が悲観することはないさ。これは僕の結論なんだ。それに、なにも自決しようっていうんじゃない。僕はただ、最後まで、自分の意志で物事を決めたっていう誇りを持ちたいんだ」
同乗する老人は何も語ろうとしない。歳が離れているとしても、今から尊厳の精神に殉死する男にできる説法など知らなかった。そして、それはこの場にいる数十人の旅客も同じであった。各々が目的があったとして、それは、まだ先にも人間として生きる予定が見込めるための目的なのだ。
フリードリヒは黙るままである。これではどちらが不治の病なのか、わかったものではないと内心では考えている。
数刻後、やっとのことでフリードリヒは口を開いた。
「あっちに着いたら、まずは美味い飯屋に行こう。最後ぐらい、俺が奢ってやるから。屋台料理とか、お前好きだろう。そうだ、キベリングでも食いに行こう」
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2025/7/18 12:51
最終編集日時: 2025/7/18 23:27
ot
フォロバしますが、投稿しなくなったら凹んで外します。