三角ニカド

5 件の小説
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三角ニカド

はじめまして。よろしくお願いいたします。

#後悔

 あの頃、僕達はまだ幼かった。  ノイズの流れるラジオから、宇宙人の声が聞こえてくると信じて疑わなかった。  でも、僕達はもう、大人になってしまった。  クラーク・ケントが僕を励ましてくれる事は、もう、無い。  ラジオから流れて来るのは、きっと、絶望と、悲しみの声ばかりで。  そういえば君はネバーランドに行きたいと行っていた。  でも君を迎えに来たのは、妖精では無く白馬の王子様だった。  どうして僕はあの時君を南瓜の馬車に引き込まなかったのだろう。  遅刻魔のウサギは、時計を気にしてる。12時を回った今も、ずっと。ずっと。解けない魔法は君のままで。ただ、ずっと。  本当は、僕が君を抱いて飛び立ちたかったのに。空に広がるのは青空ばかりで。太陽は巡り、月が流れる。  時折、君から聞こえるノイズは、酷く優しく、温かくて。  僕はその旋律に凍えきってしまいそうだよ。

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#約束

「……久しぶりだな」  騒がしい蝉の声が響き、項垂れる様な日光が降り注ぐ、雲一つ無い空の下、貴方は駅に姿を現した。  昔と変わらない穏やかな声。日焼けした肌と、適度に細い体。私はこの体が好きだった。引き締まった筋肉に抱かれ、愛を囁かれるのが、とても心地よかったから。  ーー約束通り、10年経ったわよ。ーー  私は微笑み、そう呟く。貴方はバツが悪そうに、俯いた。 「ごめん、実は俺、結婚してるんだ」  ううん、そんなに低い声で頑張らなくていい。私、知ってたの。貴方が他の人と一緒になった事。それに……。 「残念、私もよ」  君は、驚いた表情で顔を上げた。  会話の無い時間が続いた。微風に包まれながら、遠くの山を二人で眺めていた。 「逃げるか。二人で」  ふと、思い詰めた様な顔で彼がそう言った。 「辞めておくわ」  私はゆっくりと指をさす。 「だって、あの山の向こうには、何も、何も無かったもの」  じりりりり。と鐘の音がして、駅に電車が停まった。 「ねえ、私たち、大人になっちゃったね」  彼の横を通り過ぎ、電車に乗った。  窓を開けると、がたん、がたんと揺れる車内から、彼との思い出がさらさらと外に流れて行く気がした。

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#砂

赤いお星様から、砂が流れ落ちます。 彼は、寂しく微笑み、夜の帳を纏います。 「生きてまで、守りたいものは?」 世界は、こんなに歪んでいて、そして、まわる、ただ、回ります。 吐き気に襲われて、涙が出ます。 泣けば愛してくれますか? 死ねば手を繋いでくれますか? 破片が砕け散り、私は、ようやく空を見る事が出来ました。 ああ。星が。星が消えていきます。 貴方は砂をすくい、涙を流しています。 君の羽が欲しくて、空に、手を伸ばします。 指の間から砂が零れ落ち、私は一人になりました。 世界は、涙の理由を求めています。 私は、やはり孤独なのでしょう。 目を瞑ると、暗闇に君が浮かびます。 おやすみなさい。おやすみなさい。 砂が絶えた時、私は眠りにつきました。

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#6月27日 金曜日 晴れ

共感覚って知ってますか? 色に匂いを感じたり、音に肌を触られたりする様な知覚現象なんだそうです。 僕はこの現象に振り回されている1人です。 何かを本を読んだり、曲を想像したり、場面や人の顔を頭の中で思い返したり処理する時に、全く関係の無い、昔に通っていた小学校の校庭や図書室や帰り道の坂道みたいな、ノスタルジィな風景が同時に風景として映るんです。 子供の頃の通学する風景に、最近出会った人が映る。 紛れもなく、これは作られた記憶です。 頭が、頭の中の、脳を司る何かの中枢が作り上げた、デタラメの風景です。 そんなまがいものに、僕の心はひどく揺さぶられてしまうのです。 何故この様な事が起こるか、僕は考えました。 そして導き出した1つの仮説。 それは、頭の、記憶の引き出しの数が限られている、ということ。 メモリをオーバーしたデータは、通常古いもの、要らないものから消えていくのが普通です。 しかし、僕の考えでは、人の頭の中では、消去より、上書き。もっと踏み込むなら、同じ入れ物にまとめられるんだ、と思ってます。 入れる場所の無い最新の記憶。ふと適当に選んだ昔の引き出しを開けてみる。おや? 空きがあるじゃないか。昔の僕は未熟だから、少し入れてすぐ次の棚を使っていたのか。 ではとりあえずここに一緒に入れておこう。いつか整理出来るその日までーー。 これが、僕のなかの共感覚の正体なんだと、そう思います。 古い記憶と最新の記憶が共存し、僕は、今から出会う全てにノスタルジックな切なさを感じてしまうでしょう。 生き辛い、それなのに美しい、そんな世界に僕は存在しているのです。

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#星降りヶ丘

 昔、君と初めて流れ星を見た日から、 僕はずっと君を殺したかった。  君の命が、僕の手によって儚く散り、消え行くのを、間近で観察してみたかったのだ。 「ねえ、流星群、見に行かない?」  時が過ぎたある夏の日、君はそう言って僕を誘った。気付くと、僕達は、もう高校生になっていた。体も心も成長し、それでも尚、僕の願いは変わっていなかった。    その夜、あの日と同じ様に、丘の上で一緒に星を見た。  澄み切った夜に沢山の星が流れる中、空を見上げ「綺麗ね」と微笑む君の顔が、とても美しくて、思わず(でも、その目に映っている星より、君の方がよほど、綺麗なんだよ)と、伝えてしまいそうになった。そして、僕は、やはり彼女を殺してしまおうと思った。  その白く細い首に手を掛けようと、ゆっくりと手を伸ばす。長い間待ち望んだ、夢の様な瞬間である。覚悟を決め、ごくりと唾を飲んだ。 「あのね」  急に彼女がそう言うものだから、僕は驚いてしまい、慌てて腕を引いた。  あのね。と君は繰り返す。 「……私、好きな人に振られちゃってさ」  よく見ると、彼女は、涙を流していた。  ぽた、ぽたと落ちる水滴が、街の情景を映し、きらきらと輝いた。 ……ああ、綺麗だな。  張り詰めた風船が萎む様に。熱した鉄が冷める様に。いつしか、僕の彼女に対する殺意は無くなってしまっていた。  美しく、魅力的で、まるで夏の夜空に輝くベガの様な存在だった彼女は、きっと何処かへ消えてしまった。  僕の目の前に居るのは、ただの、か弱い『女の子』だった。  星の様に流れるその涙を、そっと指ですくってあげた。すると、同じように、僕の目からも涙が流れた。きゅっと胸が縮む様な、苦しくて、悲しい気分。  そうか、僕は、彼女を好きだったんだ。  嗚咽をあげ、泣き咽ぶ彼女の横で、共に夜空を、流れる星を見た。  数多に光る星々は、僕達の淡い恋心の様に、  儚く、輝き、散っていった。

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#星降りヶ丘