佐和
8 件の小説正と性
朝、制服に着替えて駅に向かう。 春風にスカートの裾がひらりと揺れる。 これに変わったお陰で、偏差値が上がったとさえ言われているくらい可愛い女子校の制服。 見た目はそこそこだなと自負しているけれど、このスカートは似合わないな、と思い続けて一年半が過ぎた。 せっかくだから、女性専用車両に乗ろう。痴漢対策として出来たって聞いてるけれど、本当に有難い限りだ。 もし、この世に先に男性専用車両だけが存在したなら、男尊女卑とか騒ぎになるのかな。でも、むさ苦しくて需要がないか…?そもそも、女性専用車両って…?男女平等ってナニなん?と思っちゃうけど…きっと、それでも女性専用車両は存続し続ける気がする、女性は偉大だし、結局強いから…等々考えたりしながら 今日も、その歪な恩恵を受ける。 この車両の子達は、もしかしたら、過去にイヤな思いをした女子達なのかも知れないけど、それなら私が守るよ。単に、自意識過剰なだけのヒトも居るのかな… 見た目は女子。 だから、誰からも咎められない。 私はL… 視姦しちゃってる点では 男子の痴漢と大差ないかも…ただ、ほんの少しの理性で行為に及ばないだけ…だ。 好みの子がいっぱい。 特に朝はキマってるから… 楽しい…
電気体質
私は電気体質… 冬は勿論バチバチ。暗闇では火花が見える事もあって、キャンプの火おこしとか出来るんじゃないかと思う。冬だけと言わず、梅雨以外パチパチしてしまうから家族や友だちに嫌がられる。彼氏が出来てもそれを理由に別れた事もある。 静電気を貯められる缶が開発された。飲み物を飲んだ後の空き缶を専用のボックスに入れると単三電池の大きさに圧縮されて、蓄電池になり、持ち運ぶだけで電気が溜まり、個人差はあるが大体1ヶ月程度で電池として使えると言う代物。 空き缶のリサイクルになるだけでなく、電気代が高騰する中、この先更なる開発が期待されている。 (1ヶ月は長いなぁ…しかも圧縮ボックス高っ!) そう思いつつも、試しに購入することにした。 バックの中に入れているだけで、私の静電気は起こらなくなった。 家族や友だちからも嫌がられなくなった。しかも、2〜3日でフル充電になる。我が家は単三電池を買わなくて済むようになった!空き缶も減った。それどころか、購入したいと言う人も増えた。 大きな蓄電池用の圧縮ボックスも販売されて、迷わず購入! 寝ている間にベッドに置いておくと2ヶ月でフル充電されて、ちょっとした家電などにも使えるようになり、電気代高騰に抗う事が出来て、母にも喜ばれた! 発明者さん、ありがとう‼︎ 電気体質、最高‼︎‼︎‼︎
秘 密
秘密(ひみつ、英語:secrecy)とは、個人ないしひとつの組織、団体が、外集団に対して公開することのない情報を指す言葉。 外部に知られることによる不利益を回避するために用いられることが多い。ウィキペディアより引用 更に かくして人に知らせないこと。また、その内容ともある。 同僚に言わせると、私は、秘密主義らしい… 筧麻奈美、35歳 独身。今の会社に勤めて10年が経った。昇給も微々たるモノで安月給だから、都内での一人暮らしの生活はカツカツで…副業としてクラブでバイトをしていた事もある。昼は夜の自分を隠し、夜は昼の自分を隠すという、どっちつかずな存在の私は、昼も夜も自分の話をするより、相手の話を聞いているのが楽だし、楽しかった。 それなりに?色々あったけれど、何とか、これまでやってこられた。周りにも色々な人が居たから、大概の事?に、共感出来ると思っている。相手の考えが、自分の考えとかけ離れていても、自分とは違うなと思うと同時に、世の中色んな人がいるな…と、そぅ思えるし、立場に立つのは難しいけれどそうしたいと思う。会社員だけで暮らしていたら、そう思えなかったかも知れない。夜働いてみて分かった。世の中、本当に色んなヒトがいる。 私から自分の話なんかしたところで…と思う。そもそも、私個人に興味なんてないのだから。 相手から質問されたとしても、流れに乗った気の利いた返しが出来る訳でもないんだ。真面目に答えたら、大体驚かれたり、ひかれたりするのがせきのやまで… そして、私の居ない所で、 「麻奈美って、〇〇なんだってー。」 「えーーっ‼︎」 と言う会話が繰り広げられ、尾鰭背鰭… 世の中のヒトは、昼も夜も大概にしてこーゆーのが大好物みたいだ。場所としては、トイレとか休憩室とかが良いみたい。文字としても密を隠す訳だから、見つけた蜜は特別甘い味がするものなのかも知れない。この中に身を置くと、何か、気持ちいいホルモンでも放出されるのかも知れない。 私の居ない場所で、自分の話で盛り上がられるのは、あまり良い気がしない。 良い話の場合、そもそも盛り上がらないみたい。 こと 「えーっ‼︎」と驚く側も、直接自分と知り合いの場合は、尚イヤだ。 だから、赤裸々な自分語りをしないことが私の中での“賢者”となって 関心を寄せてくれた事には感謝しつつも … 秘密主義は もともと、気質によるのだろうか…。 環境や経験によるモノなのだろうか…。 いずれにしても、私って “秘密主義”だったんだ… 私は、不利益を回避しているの…か 言わなければ言わない程、噂される側であり続けてしまうのかも知れない。 さて、今日も会社へ行ってきます。 私はどんな事になっているかしら?笑
僕の冒険〜キラキラ編〜
「それーーーっ‼︎‼︎‼︎」 僕は、隙を見計らって自分では開ける事の出来ない重厚な扉の外へダッシュした。 隙と隙間が大好きなんだ… 「上手くいった。ここは一旦隠れよう。」 姿勢を低くして茂みに身を隠し、辺りをうかがう。微かに僕を呼ぶ声が聞こえるけど、出ていかない。せっかく飛び出したのだから、直ぐには見つかりたくないんだ。外に出るのは、何年ぶりだろう。 目を閉じ、家の中とは違う空気を吸い込む。ひんやりとした空気が、鼻のあたりを刺すように僕の中に入ってきた。懐かしくて、心地良い。 茂みから頭をだして辺りを見渡し、安全を確認し歩きだす。外に出て自分の足で歩くのも、久しぶりだ。 ワクワクする… 凛として歩いていると、なんだか白いモノが空からちらちら降ってきて、僕の狭い額に着地した。僕は濡れるのが好きじゃないから、頭をプルプル振ってみたら消えてしまった。 何故だろう… 近所の子ども達の笑い声が聞こえてきた。ゴロゴロと白い塊を転がしている。 僕は子ども達の甲高い声も、どちらかと言うと苦手なんだ。 気付かれない様に、ささっと通り過ぎよーっと… 歩き続けると、どこからともなく、チキンの匂いが届く。若い時の様な食欲はないけど、匂いには敏感なんだ。お腹は歩くとタプタプ左右に揺れる様になったけど。 完全におじさん…だな… 通りを渡って路地に差し掛かった時、何か不思議な金属の音がした。びっくりして、振り返ってみた。 しばらく固まって目を凝らす。 誰も、いないや… 白い地面に、僕の足跡だけ。キラキラしてるから目を細めた。もぅ、飛び出した家は見えない。 また前を向いて少し進むと、今度は犬に吠えられた。 これじゃ、まるで不審者扱いだ… 犬も苦手だから、ちょっと怖くなって、また違う茂みに隠れる事にした。それでも、好奇心の方が優って、また歩き出す。 辺りは暗くなり始めていた。 どうやら前に住んでいた駅の近くまで出た様だ。 懐かしいけれど、注意しなきゃ… 駅前のでっかい木が、キラキラ光っている。大きな箱を抱えて忙しなく歩くヒトや、でっかい木を眺めている2人組が何組か。いつもなら、足早に通り過ぎるヒトたちばかりなのに…キラキラをバックに写真を撮ったりしている。 女の子が「あ、見て、可愛いよ」と隣の男の子に話しかけ、繋がれた手をそのままに、僕を指さしていた。 僕は恥ずかしいから、知らんぷりして キラキラしたでっかい木を見上げた。 たくさんの光が点いたり消えたりして 僕もつい見惚れてしまった。 迂闊だった。 ヤバい!…っ‼︎ そぅ思った時には遅かった。 背後から抱き上げられてしまったんだ。 僕とした事が… 「ぁぁ…‼︎ 良かった、見つかって‼︎」 そこには、 懐かしいご主人の匂いと笑顔があった。 ヒトに捕まるなんて…猫失格だ!… 野良の時にはあり得ない。完全にぬくぬくとぬるま湯生活をしていた証拠だ。隙だらけだ… 僕の冒険は終わった…。 家に戻ると、外とは打って変わって暖かい。駅前より小さな木がリビングでキラキラしてた。 点いたり消えたりするから、つい目で追っちゃって、頸がつかれるんだよな… そう言えば、白いのは家には落ちて来ないんだな… 僕の食器の音。 はい。どうぞ…と出された今夜のご飯は 豪華だ‼︎ 僕にはキラキラも、メリーも分からないけど… なんか、いい日だ! 僕の冒険 最高‼︎
終盤
ヒトは、人生の終盤をほんの微かに、自分でも気が付かない潜在から顕在へ変化した時に、自分語りをしたくなる生き物なのではないかと思う。 対象はむしろ特に親しくない相手にこそ、ポツリ、またポツリと打ち明けてしまうものなのかも知れない。 そして、私もまたその一人…。
美月(姫)
一、時々の夜といつもの朝 「… 帰りたい …」 心の奥から“ほんわり”と浮かんでくる様な、説明し難いこの気持ち 学校や、塾に行っている時に思うのならばまだしも、自分のベッドに居るのに、こう思ってしまう。いつからだろう…はっきりは覚えていないけれど、小学校にあがった頃からだった様な気がする。 「嗚呼、また…だ…」 この不思議な気持ちが“ほんわり”と浮かんできてしまう時の、何かきっかけの様な、共通点のようなモノがあるか、考えてみたけれど思い当たらない。 寝付けなくて窓のカーテンを開けると、闇の中に光るまんまるな月が見えた。濃紺と黄金色の対照的なコントラスト、月は良い感じの右上に位置していて、左側の余白感が素敵だと思った。窓枠が額縁みたいで…まるで絵画のようだな…と思ったりした。 何ヶ月か前、この“ほんわり”と浮かび上がる帰りたい気持ちについてネットで調べた事があり、そこにはメンタルクリニックに行った方がいいような事が書かれていた事を思い出して、嫌な気持ちになった。あの時はそれなりにショックを受けたから、クラスメイトの桜にこの一連の話を打ち明けたら、こっちが引くくらい心配そうな顔をさせてしまったので「冗談だよ」と誤魔化すしかなかった事も思い出した。 「わたし…メンタル、ヤバいのかなぁ…」 カーテンを開けたまま、あれこれ考えていたら、瞼が重くなってきて視界も細くなっていった。 開けたままのカーテンのお陰で、部屋に陽の光がさし込んで目覚ましに頼らず自然と起きる事が出来た。 「あら、美月、おはよう!」 ダイニングに行くとおばあちゃんがキッチンから声をかけてきた。 「うん。おはよう。」 テーブルには、ご飯、鮭、ほうれん草のお浸しに、納豆、そして海苔が並んでいる。おばあちゃんが一緒に住むようになって、食卓は一気に純和風になった。ここ最近、立ちくらみが減って体調が良いのは、おばあちゃんのご飯のお陰かなと思っている。私の席の反対側には、空になった器が2セットとお弁当が3つ並んでいる。 奥からネクタイを合わせながらお父さんがやってきて、忙しなく鞄にお弁当を入れながら「お義母さん、いつも助かります。」と言って手を合わせ拝む様な格好をする。おばあちゃんは「はい、はい〜」と笑顔で答える。 「美月、遅刻しない様に。気をつけるんだぞ。行ってくるね。」と靴を履きながら早口で言うお父さんに、私は「ふぁぁーい」とのびをしながら返事をした。昨夜、なかなか寝付けなかったせいで、まだ、頭がぼーっとしている。 お兄ちゃんが洗面所から歯ブラシを口に入れたまま顔を出して「行ってらっしゃい、気をつけて〜」とお父さんの背中に声をかけていた。 「ああ、ありがと。日向もな」と立ち上がりドアノブに手をかけ、外の光にシルエットが浮かび、ドアの向こうに消えていった。 歯磨きを終えたお兄ちゃんは、一番大きいお弁当を鞄に入れながら、「行ってくるー。今日部活で遅い」と言って玄関を出た。おばあちゃんが「夕飯はー?」と聞いた時にはドアの鍵が閉まる音がしていた。 いつもの朝。 私は、テーブルの鮭に目を落とした、鮭は産まれた河に戻ってくるという。鮭も帰りたいと思うのかな、と取り止めのない事を考えつつ、昨夜の帰りたい気持ち、今は?と自問自答してみた。昨夜ほど帰りたいと思ってしまう気持ちがはっきりしていないので、なんとなく安心して、ついていたTVの音が耳に届きはじめた。天気予報が始まり、今日は1日秋晴れらしく、今夜は満月だとお天気お姉さんがにこやかに伝えていた。 「ちかーっと、塩からかったかな」と言いながらおばあちゃんがお味噌汁をテーブルに置く。確かに少し味付けが濃いめだけれど、お母さんの味噌汁に似てる気がして、心まで温まって元気になった。 学校のジャージに着替えて、お弁当を入れたカバンを背負う。 玄関まで見送ってくれるおばあちゃんに「行ってきます」と伝えて階段を降りる。エントランスには、同じマンションに住む桜が待っていてくれて、一緒に学校へ向かった。昨日見たTVの話などをしながら、途中、調神社の前を通る。 私はこの調神社が何となく好きだ。引っ越してきた家の近くということもあって馴染み深いせいだと思う。お兄ちゃんと2人の遊び場だった。鳥居がないところや、狛兎がいることは、他の神社と違っていて、ある意味、違和感を感じる人も多いかもとお兄ちゃんは言っていたが、私にとっては落ち着く場所だった。お父さんから、「鳥居はね、結界なんだよ」と聞いた事があるけれど、結界の意味が良く分からなかった。ただ結界の無い神社という事は分かった。奉納のために鳥居をなくしたらしいとお父さんが教えてくれた。そんな神社の境内に向かって道路から軽く一礼して「私のメンタル、大丈夫でありますように」と祈り、少し先に行ってしまった桜を追いかけた。 十六時頃、私は桜とは別々に下校した。帰りは裏道から調神社の脇を通る。広場には子連れのママさん達が集まっていた。ベビーカーが並んでいる。私のお母さんも、あんな風に、私が遊ぶ姿を見守ってくれていたのかな?と思い、ちょっと跳ねる様にカバンを背負い直して家へ急いだ。今日は塾に行かなくちゃいけない。ちょっと面倒くさいけど、来年は三年生だ。お兄ちゃんの様に、都内の高校に行けたら楽しそうだなぁと思い、そう口にしたら、「そう思うなら、もう少し勉強するんだな」とばっさり言われてしまった。これまでより、ほんの少しだけ前向きに、取り組まなきゃいけないなぁと思う様になった。塾には自転車で向かう。葉の色が色付く季節は空気もさっぱりしていて、自転車で走っていて、風を切るのが気持ちいい。帰りは少し暗くなりかけていた。 … 帰りたい … あ、まただ… ぃゃ…今向かってるから、帰ってるよ、と自分に応えて力いっぱいペダルをこいだ。 「ただいまぁー」と玄関を開けると「おかえり」と笑顔のおばあちゃんに安堵した。さっき感じた変な気持ちを洗い流したくて、お風呂に向かった。お風呂から出たらちょうど、お兄ちゃんも帰ってくる時間になる。今日は一緒にごはん食べられる!…あっ、遅くなるって言ってたっけ。先にご飯にしよう。おばあちゃんが作ってくれたカレーをおばあちゃんと一緒に食べよう。おばあちゃんの作ってくれたカレーは美味しいけれど、なんだか昨夜より落ち着かない。 ニュースでは、今夜の満月が映し出された。 … 帰りたい … そうか、毎晩ではないけれど、強く、こう思ってしまう共通点は、“夜”だ。 時々の夜。 誰にも相談できない。二〇二一年、中学二年生の秋。ぼんやりと佐賀にいる幼馴染、“海斗”を思い出していた。コロナが蔓延し始めて、しばらく会っていない。最後に会ったのは、二年前だ。私が十二歳で、海斗は十六歳だった。 つづく… ※フィクションです。説明、設定、詳細にズレがあるかもしれません。ご容赦ください。
人生に欠かせないモノ
漫画好きな彼と一緒に暮らし始めて七年が経った。2LDKの賃貸マンションには和室もあって、畳の匂いが落ち着くねと2人の意見が珍しく一致してここに決めた。「和室にはそれぞれ「人生に欠かせないモノ」を置く事にしよう!」当時二十二歳だった彼が、子どもの様な笑顔で無邪気にそう言っていたのをつい昨日の事の様に思い出す。三年余計に生きている私の人生に欠かせないモノってなんだろうと考えていたけれど、すぐに思い当たらなかった。これと言って趣味のない私には和室に置くモノが見当たらなかった。反対に、多趣味な彼には欠かせないモノが沢山あって、あれやこれやと飾ったりしている姿を眺めるのは、羨ましくもあり微笑ましくもあった。「早く知里も欠かせないモノ置いた方が良いよ」ゴルフグッズを車のトランクから和室に移動しながら彼が言った。 押し入れに山積みになっている漫画は、彼ほど漫画を読む人生を送ってこなかった私にとって、ただスペースを取るだけの邪魔モノだった。私たちの部屋が片付かないのは、私の片付けが下手なのもあるけれど、この漫画のせいも十分にあると思っていた。彼は自分の好きな漫画を邪魔モノ扱いされたくなくて、さりげなく私に漫画を読むよう勧めてくる。まあ、彼の好きなモノを理解するのもいいかも知れない、そぅ思って私も時折彼の漫画を読むようになった。 たまたま手に取った漫画が、騙し合いのストーリーで、世の中にはこんな人達もいるのかと、自分がどれだけ性善説でなまぬるく生きてきたのかを考えさせられるキッカケになった。その衝撃的な展開の速さには中毒性があって、すぐに続きが読みたくなり、あっと言う間に最終話まで読み切ってしまった。 その漫画との出会いを機に、ただただ押し入れを占拠していた邪魔モノから、私の生活でも欠かせないモノになりつつあった。押し入れを開けた時についつい溢れるため息をつかなくなくなったどころか、ワクワクしながら襖を開ける様になったのだ。 都心に勤務している彼の朝は早く、毎朝決まって五時にはシャワーを浴びる。その日も彼は普段と何も変わらずベッドから出てお風呂場へ向かった。 ベッドの揺れを感じて、私はうっすら目を開ける。学生時代から朝が苦手で起きてもすぐに動けない質である事を一緒に住む前に打ち明けていたので、私が彼の出勤時間に起きれない事について、彼はこれまで一度も責めたことがない。それどころか「無理しなくて良いよ」と言ってくれた。私はそんな彼に心から感謝して、調子の良い朝にはお弁当を作る事もあった。 彼が実際どう思っているか、聞いた事はないけれど、身体の相性は悪くないと思う。求めてくるのはいつも彼からで、昨夜もそうだった。その心地よい疲れからか、今日は頭が回らない…。うーーん…と伸びをしながら寝返りを打ち、なんとか開けた細い視界には、見慣れた部屋の風景がぼんやり映り始める。窓からは、うっすら明るくなりかけた光が差し込んできていて、私のまつエクとクロスして部屋の風景の手前にぼやけた光の粒を放つ。思考は定まらないけれど、いつも通り、彼のがっしりした背中を見送った。その瞬間、 (あ、この人、浮気してる…) そぅ思った。何故そう思ったのか自分でも分からない。香水の匂いだとか、口紅の跡だとか、キスマークだとか、疑う材料を見つけた訳じゃない。自分でも良く分からない心の声に、思考がどんどんクリアになっていく。なんだろう。これまでに感じたことのない違和感… (いや、ずっと私が気付けなかっただけ?)私は上半身を起こして、昨夜の彼が触れた自分の身体をそぅっとなぞった。途端に身震いがして自分で自分を抱きしめた。耳は、シャワーの音を確認していた。彼の朝のシャワーは毎日決まって20分…行動を起こすには十分な時間だ。この七年間一度も触れてこなかった彼のスマホに手を伸ばした。罪悪感は少しあった。でも彼の漫画にはもっとひどい騙し合いが描かれていたよと自分を正当化した。彼の枕元で充電され少し熱を蓄えたその黒い塊を持ち上げる手は、知りたくない事を知ってしまうかもしれないという不安と、彼が途中でシャワーから出て来てしまい、見つかったらどうしようという怖さで、ガタガタと震えていた。自分の鼓動が早く強くなっているせいか、耳のあたりまでドクンドクンしている感覚がつらい。 スマホにロックはかかってなかった。 彼の私への信頼?を少し感じ取って、胸がチクリとした。一瞬躊躇ったが、彼にはどれだけ私という女が呑気に映っていたのだろうと思ったら、それはそれで馬鹿にされた様な気になって、途中で思い留まる理性をゼロにした。 着信履歴を見た。私の名前や、時折耳にする彼の会社の人の名前をぬって『美桜』という名前があった。妹?いゃ、妹さんは愛子だったはずだから違う。着信の日時は不定期だ。発信歴もある。彼が、その人を必要としてかけた電話だと思うと心臓が喉の辺りまで込み上げてくるような圧迫されている感覚になった。 LINEや、メールに『美桜』の登録はなかった。それどころか女らしき名前登録は私以外なかった。少しだけの安堵と、女性らしい名前が一つも見当たらない事への疑心が交錯する。全て見ている時間はない。裏切られているかもしれないという気持ちで複雑な熱さが胸をあぶり、震えていたはずの手は、握り拳になって、唇を強く噛んでいた。これまで一度も感じた事のない感情に自分が自身に呑み込まれていく気がして息遣いが荒くなっていく。 時計は静かに五時十五分をさしていた。普段うるさく感じる秒針の音が耳に届かない。一旦、落ち着かないと… そろそろ、彼がシャワーから出てくる。 元の場所に、元通りに、スマホを戻さなきゃ… お風呂のドアが開く音がして、 彼はいつも通り髪をタオルでゴシゴシしながら歩いてくる。目覚めている私に驚きながら「おっ!おはよう。起こしちゃった?」と普段と変わらない笑顔で話しかけてくる。貴方が浮気してるお告げが届いたから起きたのよ、とも言えず、盗み見た興奮がバレない様に少しボーッとした調子で「ぉはょぅ」と答えた。疑う事を知らなかった私。彼に演技して見せるのも多分初めてだ。彼の漫画と出会って、そのせいだけとは言わないけれど、私だけが確実に変わっていっている気がした。 そして、彼が私以外を見ている事を認めたくなかった。私は彼の漫画に現実逃避する時間が増えていった。 日曜日の朝、遅めの朝食を彼と一緒に食べている時に、彼が「今度の、仕事で泊まりになる日があるかも知れない」と言ってきた。今まで泊まりなんてなかったけれど、今期は忙しいのだと言う。私は声のトーンを変えない様に「いつ頃?」とサラダにドレッシングをかけながら聞いてみた。「ぅーん、まだはっきりしてないけど、今週末か、来週末か、どっちかだな。分かったら…言ぅ…ね」と目玉焼きを頬張りながら話している彼の語尾ははっきりしない。誤魔化したい気持ちを呑み込んでいる様に見えた。 私は知ってるよ。来週末だよ!と心の中で大声を出しながら、「分かったら教えて」とウインナーをフォークで突き刺して噛みちぎりながから答えた。 スマホを見た翌々日 シャワータイムにお財布の中を見た。罪悪感は不思議と皆無だった。 ここ数年連絡をとっていなかった学生時代の親友の麻奈実を思い出したから。彼女は早くからtrickyで高校生の時既に「彼とホテルに行って、彼が寝たらスマホだけじゃなくてお財布も必ず見ちゃうょ」と話ていた事を思い出したからだ。私は麻奈美の行動力に感心したものの、これまで真似はしてこなかった。けれど急にそうしたくなって、麻奈美の言葉を思い出した。後付けの正当化だ。 彼のお財布にはしっかりと旅行代理店の領収書があった。自宅のPCは共有だから店舗に直接足を運ぶしかなかったのだろう。日頃から歩くのが好きじゃないと話す彼を歩かせる美桜に腹がたった様な気がしたが、結局怒りの矛先は彼へと向かうだけだった。 領収書の値段から、事前にホームページで場所のあたりをつけた。夜景を見ながらラウンジでのディナーのプランがちょうど領収書の金額と一致した。私たちはしばらく一瞬に出掛けていない事を思い返しながら、会ったこともないのに少し憎み始めている『美桜』になりきって、その代理店に電話をかけた「彼が予約してくれて。来週末に。えぇ、場所は○○ホテルで良かったですか?」と宿泊先を確認した。個人情報うんたらで教えて貰えないのではないかと思ったが、彼の生年月日や住所を言えた事で、意外とすんなり教えて貰えたので拍子抜けした。一緒に住んでいるのだから、言えるわよ。むしろ『美桜』本人は住所を言えないわね、と変な納得をした。私は彼に騙されて?隠し事されている訳だけれども、この数日で自分も騙す側に成長?した事に驚いていた。 電話を切ってしばらくして彼から「来週末に決まったよ」とメールが届いた。さも仕事中のたった今決まりましたみたいな演出だ。「知ってる!〇〇ホテルだよね!」と返信してみたかったが我慢して「了解」とだけ返した。 当日も彼はいつも通りシャワーを浴びた。「泊まらないで帰ってくるってゅー選択肢はない?」と聞いてみた。彼はこれまで私に見せた事のない苦虫を噛み潰した様な顔で「無茶言うなよ〜」と言った。 無茶か、そうだょね。一ヶ月以上練りに練った貴方の計画だもんね、と思い、それ以上言わずに見送った。言わない事で万に一つでも帰ってきてくれるのではないかと思った。 夜になり、電話をかけてみたが当然繋がらず。いよいよとなってから焦り始めた。私の想像力は足りてなかった。嫉妬で身を焦がすとはこう言う事か…と思い知らされる。 思い切って麻奈美に電話してみた。 「えー。ナニソレ。もぅ行っちゃったんでしょ。じゃ、どーしよーもないじゃん。でもさ、浮気はさー、最後までバレない様にするのが優しさなんだけどなぁ。もぅ仕方ないからさー。もし知里がこの先も彼と一緒に居たいならさー、あんま騒がない方が良いよー。」と言われた。同級生なのに、昔から麻奈美は私よりずっと大人の思考だ。ぃゃ、私は既に32歳。数で言ったら十分に大人だ。私には逆立ちしても麻奈美の領域に辿りつけないと思った。 ベットの上で、身体を持て余す。彼がいつも寝る時間になって、電話してみたけれどやはり出ない。心臓がバクバク暴れ続けて、このまま口から出てしまうんじゃないかと思い、両手で口を押さえた。ずっと続くバクバクは、次第に吐き気に変わっていった。トイレに駆け込み、黄緑色の水みたいなモノを吐いた。逆流に苦しんで涙が出た。悲しくて出たんじゃないと言い聞かせて、肩で息をしながら、鏡を見る。ひどいクマだ。うがいをしてから水で顔を洗った。 時計の針が五時をさしている。彼がシャワーを浴びる時間。朝が苦手とかって、どんなだったっけ?思い出せないくらい朝から、いや夜通し神経が昂っていた。 仕事、行かなくちゃ、、行った方が気も紛れるから…支度し始めてみた。ダメだ、ふらふらする。先輩に連絡して、今日は休んでおく事にした。 彼は一泊だ、きっと昼には連絡がつく、 横になって待てばいい、簡単な事だ、 そう考えて重い身体をベッドに横たえた 十一時 彼から「いつもくらいに家に着くよ」とメールが届く。その字面から、美桜とチェックアウトした事を想像した。また、吐き気に襲われてトイレに駆け込んだ。 身体が彼を許せないんだ、そぅ思った。あまり騒がないって、麻奈美、ねぇどんな風に? 私は、何事もなかった様に振る舞えるだろうか? そうだ、漫画を読んで落ち着けばいい。ワクワクしながら開けていた押し入れをゆっくりと開け、何が今の自分を一番落ち着かせてくれるのか考えてガサガサ探す。一向に今読みたい漫画が見つからない。「.違う…違う…これじゃない…」そう言って、泣きながら彼の漫画を手当たり次第、畳に投げ出していた。 どのくらい経っただろぅ。 あたりは暗くなっていた。 散らばった漫画と一緒に畳に横たわっている自分に気付く。 細い視界には心配そうに私を覗き込んでいる彼がいた。「どうしたの?」と聞く彼を見て、どっと涙が出てきたが「なんでもない」と起き上がる。涙が嫌いな彼に泣いていると思われるのは嫌だった。 起き上がった頭は、バグったPCみたいに思考がくるくるしている。心配はするの?隠し事もするのに?優しさって何?美桜って誰?電話出ないとかナニ?この先も一緒にいたい?責めないってどぅするの?騒がない方がいいってどんな?処理しきれない気持ちが押し寄せてくる。 彼に見せなくない涙にはタオルが必要で、私はたたみかけていた洗濯物があるリビングへ行き、おひさまの匂いがするタオルで涙を拭いた。水を飲んで落ち着こうと思い、キッキンに… 私が手にしていたのは水ではなかった。 漫画を片付けようと屈んでいる広い背中。美桜が抱きついたであろう背中… そう思ったら… 「うっ−っ」 彼の短い唸り声が背中越しに肉と肉の振動として伝わってきた。 彼に包丁を突きつけ、私は全体重をかけていたから− あの日から彼の漫画の置き場所は、畳の上になった。人生に欠かせないモノは和室に置くのが私と彼の決まりだから。2人で落ち着くと言っていた畳の匂いはしなくなってしまったけど、私にもやっと、人生に欠かせないモノを和室に置く事ができた。 今日もワクワクしながら押し入れを開ける。見開き気味の瞳の彼に「行ってきます。早く帰ってくるからね」と伝えて− 彼のスマホには時々美桜からの着信がある。だから…それは彼にとっては欠かせないスマホだけど、和室には置いてあげない。 彼が帰宅して一週間後、麻奈美から電話があった。私は自慢気に「一緒に居たかったから、騒がなかったよ」とだけ伝え少しだけ笑った。 ふと、窓の外を見ると赤色灯が回っていた。麻奈美がスマホを耳からそっと外すシルエットが見てとれた。その赤い色に照らされて映し出される麻奈美の顔は、今まで見たことのない哀しぃ表情だった。
べきべきのつの
ぼくの心の中に 正しさという “つの” が生えたのは 保育園の頃だったろうか。 「悪いことをした時や、間違えた時には謝るのよ」そう母から教えられたのが初めて生えた“つの”だった気がする。 コンビニで手にしたモノ、欲しいモノにはお金を払うという “つの” も− それからも 男の子として「こうあるべき」という つのが生え ヒトとして「こうすべき」という つのも生えた。 歳を重ね 大きさや形、色の違うつのが生えていった。 納得がいかないときには歪な形になる事もあった。 “べきべきのつの” がぼくの心に群生していくにつれ、何故だろう…ぼくの居場所も狭くなり、居心地も悪くなっていった、 チクチクする 自分では気が付かないまま べきべきのつのをすくすくと育ててしまっていたのだ。 終いには、概念や価値観となって… がんじがらめに“ぼく”を形成していった。 男の子は強くあるべきとは一体、ナニ? このべきべきつのは時代遅れ…か? 何故だろう ぼくは生き辛くなっていった。 誰かと分かり合えない時には べきべきのつのにヤスリをかける必要があるのかも知れない。 ノコギリが必要になる事もあるかも知れない。 難しい作業だけれど… 何が正しいか… ぼくは、考える “べきべきのつの” 生え方は、ヒトの数だけあって それぞれに…正。