人生に欠かせないモノ
漫画好きな彼と一緒に暮らし始めて七年が経った。2LDKの賃貸マンションには和室もあって、畳の匂いが落ち着くねと2人の意見が珍しく一致してここに決めた。「和室にはそれぞれ「人生に欠かせないモノ」を置く事にしよう!」当時二十二歳だった彼が、子どもの様な笑顔で無邪気にそう言っていたのをつい昨日の事の様に思い出す。三年余計に生きている私の人生に欠かせないモノってなんだろうと考えていたけれど、すぐに思い当たらなかった。これと言って趣味のない私には和室に置くモノが見当たらなかった。反対に、多趣味な彼には欠かせないモノが沢山あって、あれやこれやと飾ったりしている姿を眺めるのは、羨ましくもあり微笑ましくもあった。「早く知里も欠かせないモノ置いた方が良いよ」ゴルフグッズを車のトランクから和室に移動しながら彼が言った。
押し入れに山積みになっている漫画は、彼ほど漫画を読む人生を送ってこなかった私にとって、ただスペースを取るだけの邪魔モノだった。私たちの部屋が片付かないのは、私の片付けが下手なのもあるけれど、この漫画のせいも十分にあると思っていた。彼は自分の好きな漫画を邪魔モノ扱いされたくなくて、さりげなく私に漫画を読むよう勧めてくる。まあ、彼の好きなモノを理解するのもいいかも知れない、そぅ思って私も時折彼の漫画を読むようになった。
たまたま手に取った漫画が、騙し合いのストーリーで、世の中にはこんな人達もいるのかと、自分がどれだけ性善説でなまぬるく生きてきたのかを考えさせられるキッカケになった。その衝撃的な展開の速さには中毒性があって、すぐに続きが読みたくなり、あっと言う間に最終話まで読み切ってしまった。
その漫画との出会いを機に、ただただ押し入れを占拠していた邪魔モノから、私の生活でも欠かせないモノになりつつあった。押し入れを開けた時についつい溢れるため息をつかなくなくなったどころか、ワクワクしながら襖を開ける様になったのだ。
都心に勤務している彼の朝は早く、毎朝決まって五時にはシャワーを浴びる。その日も彼は普段と何も変わらずベッドから出てお風呂場へ向かった。
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カテゴリー: その他
投稿日時: 2022/11/2 8:12
最終編集日時: 2022/11/2 10:59
注意: この小説には性的または暴力的な表現が含まれています
佐和
不束者ですがよろしくお願い致します。