東真直@短編を書く人

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東真直@短編を書く人

短編集『紙の牢獄』発売中。小説は公式オンラインショップやAmazon、TSUTAYA調布駅南口店にて発売中です。Kindleでは無料サンプルが読めます。

ヘル・ドライバー

コツンと車の窓が叩かれた 外にいる黒服と目が合うと 俺は軽く会釈してから ゆっくりと車を動かした 俺の担当プレイヤーは もう死んだようだった 自宅からデスゲーム会場まで プレイヤーを送り届ける それが今の俺の仕事だった 地獄への案内人というわけだ 一応帰りも乗せる予定だから ゲーム終了まで会場で待機するが 実際に乗せることはあまりない 死体運びは俺の仕事じゃないからだ 最初の頃は帰宅が早ければ早いほど 胸が締め付けられる思いだった だが今となってはなんとも思わない それどころか早く死んでくれとさえ 心の中で願う始末だった 仕事は早く帰りたいものだろう プレイヤーと顔を合わせることはない 行きも帰りも黒服達が乗り降りさせ 移動中は睡眠薬で眠っているからだ ただ送迎車の運転席には小窓があって そこから一方的に覗くことはできた ボロボロの服にボサボサ頭の浮浪者 チャラそうなペラいパーカーの若者 高そうな毛皮に身を包んだおばさん 見た目に傾向らしきものはなかったが みんな金が無いことだけは同じはずだ 俺もまたその一人だった 非合法な仕事だとは知っていたが 工場勤務では借金は返しきれない そんなとき昔の悪い友達に誘われて 返済するまでの仕事とすることにした 業務自体は至って簡単なものだった プレイヤーを乗せてただ帰るだけ 会場は山奥などの僻地が多いから いつも片道二時間くらいかかるけれど それだけでネジを回していた頃の 何倍も稼ぐことができた この調子で働いていれば もう少しで借金を完済できる そう思っていた頃だった あの少女に出会ったのは 制服から察するに恐らく中学生だと思う 平日の昼過ぎに乗せられた彼女は 学校も行かず送迎車に揺られていた ここまで若いプレイヤーは珍しく 時折小窓から彼女の姿を覗いていたが 気にしないように自分に言い聞かせた 彼女にどんな事情があるかは知らないが きっと今日この子はゲームで死ぬだろう 今更なけなしの心を痛めても なんの救いにもなりゃしなかった 会場に着くとサイドミラー越しに 彼女が黒服達に運ばれていくのが見えた 「早めに死んでくれよ」と呟いたのが 祈りか呪いかなんて俺自身も知らない 何本目の煙草だっただろうか 車の灰皿に隙間が無くなった頃 コツンと送迎車の窓が叩かれた 窓を叩く回数には意味がある 一度だけ叩いたときはプレイヤー死亡 二度叩いたときはプレイヤー生存だ あの子はよく粘ったみたいだったが これでようやく帰れると 車を動かそうとしたときだった コツン、と黒服はもう一度窓を叩いた サイドミラーを覗くと黒服達が 眠らされた少女を運ぶ様子が見えた プレイヤーが死んでいれば直帰できる プレイヤーが生きていた場合は 当然だが家まで送り届ける必要がある プレイヤーには死んでもらった方が 俺の仕事は少なくて済む だがこればかりは今でも変わらない 生きててよかったと思ってしまうのだ 早く死ねと願った心で生還を喜んでいる 矛盾を抱えたまま車は会場を後にした だが少女の生還を喜んだのも束の間 次の日に乗せたのもまた同じ少女だった そうして初めて少女と出会って以来 俺は毎日のように彼女を送迎した それはつまりあの制服姿の少女が 勝ち続けていることを意味していた 学校にでも通うように制服で現れて 下校かのように当たり前に生きて帰る そんな異常な存在の送迎をしている内に 早く帰りたいなどと思わなくなっていた 気がつけば「頼むから今日も生き残れ」 車内でそう祈っている自分がいたのだ だがそれよりも強く祈っていたことは 「もうこれっきりにしてくれ」だった このゲームに勝つ方法はない もちろん一度や二度勝つことはある だがそれで大金を手にしてしまうと もうまともに働く気が無くなるのだろう そうして何度も何度もゲームに挑み いつか必ず死ぬことになる 俺自身はゲームに参加したことはない だが最後にプレイヤーを送った先が 自宅だったことは一度もなかった だがそれでも少女は勝ち続け また次のゲームへと向かい続けた 彼女にはどれだけの借金があるのだろう ロクでもない親の肩代わりに違いない そんなことを車中で考えていたのは 少女へ肩入れし過ぎているせいもあったが 俺自身の借金が完済間近だからでもあった 今日と、明日でこの仕事から足を洗うーー するといつものように窓が叩かれる コツンーー 一瞬ドキッとしたが少し間を開けて コツンと二度目のノックがされた サイドミラーで彼女の姿も確認した すると普段は喋らない黒服が 手で窓を下げるように指示してきた ほんの少しだけ窓を下げると 「いよいよ明日が、最後ですね」 黒服は薄笑いを浮かべて言った いつものように少女を乗せて いつものように指示された場所へ向かう いつものように狭い山道を抜けて いつものように黒服達が少女を運ぶ 全てがいつも通りのはずだったが 昨日から胸のざわめきが止まらない (「いよいよ明日が、最後ですね」) 息苦しくなって車の外へ出ると 少女が大きな屋敷に運ばれるのが見えた どうやらあれが今回のゲーム会場のようだ 少女を見送りながら大きく深呼吸をして 周囲を見渡していたときだった 他の車がいないことに気づいたのは 普段は参加者の数だけ送迎車がいる そしてプレイヤーの死の順に帰るのだ 俺達が一番乗りか最後だったのだろうか そんなことを考えていたときだった 黒服の一人がこちらへ近づいてきた 心臓がキリキリと悲鳴を上げ始める もしかしたらやはりそうなのかと 一度ゲームに関わった俺は ここで殺される運命なのかと だが不安は黒服の言葉にかき消された 「最終日お疲れ様です。  もう帰ってよろしいですよ」 殺されるなら今ここだと思っていた それも仕方がないと受け入れてもいた だが黒服の言葉から得たのは安心よりも もう一つの疑念からくる焦燥感だった 「帰っていいって、だってまだーー」 俺の言葉を掻き消したーー、爆発音 振り向くと屋敷全体が炎に包まれていた 少女が屋敷へ入ったのはついさっきだ ゲームオーバーの結果とも考えづらい だとすれば彼女は最初からーー 「帰って、よろしいですよ」 黒服の口調だけは丁寧だったが 「帰れ」と言っているのがわかった ここで口ごたえすれば殺されてしまう いいじゃないか俺は助かったんだから 早く帰ろうさっさと死んでくれたんだ 俺は俺自身の弱さに説得されて 逃げるように車へ戻りアクセルを踏んだ サイドミラーには真っ赤な屋敷が映っていた 送迎車を指定の場所へ返した後も 誰かに追われている様子はなかった どうやら本当に解放されたらしい 俺みたいな奴が警察に行こうと 誰も何も信じないということだろうか これでもう明日から運転しなくていい 誰も地獄へ連れて行かなくていい やっと親の借金から解放されたんだ そうして自由の身となった俺は 翌日また車を運転していた レンタカーを借りて向かったのは 昨日少女を連れていった山奥だった 着くとそこにあったはずの屋敷は 綺麗さっぱり無くなっていた 車を降りて痕跡は無いかと歩くも タイヤ痕一つ見つからない まるで全てが夢のようだった 昨日の燃え盛る屋敷もこれまでも 連絡手段も失った今となっては 全ての地獄も地獄へ送った人々も 何もかも幻のように感じられた 「また、工場に戻ろうか」 決められた部品にネジをはめ ドライバーで固定していく 部品やネジが割れたって 怒られるけれど誰も死なない 俺もまた工場の部品に戻ってーー 「私達は、部品じゃない」 言葉と衝撃はほぼ同時に伝わった 腹から鈍い痛みがじわりと響く 視線を下げると尖ったなにかが 腹を突き破っているのが見えた その直後に尖った何かは引き抜かれ 痛みと熱で思わず声が漏れる よろめきながらも振り返ると そこにいたのは死んだはずの 制服姿の少女だった 彼女はどうやって生き残ったのかは 土と焦げでボロボロのその制服から 推測する他はなかったけれど 意識が遠のきもう考えられなかった 地面に崩れ落ちて這いつくばる 最後に歪みゆく視界に捉えたのは 凶器を振り上げる少女の姿だった 「地獄へ堕ちろ」

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窓際の差別主義者

車椅子に乗った青年が バッグを落としたのが見えた 駆け寄ってそれを拾い上げ 青年にお渡しすると 彼は眉をひそめて私の手から バッグを取り上げ去っていった やはり私は 差別主義者のようだった 会社に着いてお手洗いへ向かうと トイレの前では行列ができていた 男女の区別が無くなって 全て個室になってからは もうすっかり見慣れた光景だった 用を足した自分と入れ替わりに 女性が個室に入っていくのを見て 申し訳なくなりながら 自分が働く部署へと向かう 部署と言っても私一人だけだ 地下のコンクリ剥き出しの一室で 私はいつも書類の整理をしている 窓もない部屋の窓際社員なのだ 今どき紙の契約書なんてと思うが かえってこれが一番安全らしい さながら無線傍受を恐れた軍の 伝書鳩飼育小屋のような場所だった この部屋には日に数人が訪れては 必要な書類を見つけてすぐ出ていく ほとんどはそれをただ見送るだけだ だがたまに小柄で華奢な女の子が 大量の紙の山を持ち出すときがある 見るに見かねて手を貸そうとして 怪訝な表情で断られた矢先に 床中に書類をぶちまけたりする そうして渋々了承を得て私も持ち 彼女の部署まで一緒に書類を届ける 全員の冷たい視線を背中に浴びながら 私はまたコンクリ部屋へと帰るのだ 車椅子に乗っていてもバッグは拾える 個室トイレなら男女どちらも使える 華奢な女の子でも二往復すれば運べる 偏った属性の人だけを助けるのは差別 今どきはそういう考えらしかった 私も頭では理解しているつもりなのだが どうにも心は馴染めないままだった 私がまだ若かった頃は 女性専用車両なんてものがあったし デートで男が女に奢るのも普通だった 男が少し育児をすればイクメンと呼ばれ 大学などあらゆる領域で女性枠もあった それが今では映画館のレディースデーも 差別的だとして消えてしまった 差別的だったあの頃が 時折たまらなく恋しくなる 昼休みの時間になると 私は誰よりも先に会社を飛び出す 二十分ほど歩いた先の小さな煙草屋では 多くのサラリーマンが灰皿を囲んでおり ほとんどが同年代以上で若い人はいない 今どき灰皿なんて個人商店にしかなく みんなここで一日分を吸い溜めるのか なかなか灰皿の側から離れようとしない そうして私達の吐いた煙が狼煙のように 綺麗な青空へと昇っては散っていった 昼休みが終わり会社に戻っても 私がやるべきことは特にないので 昔読んだ本を何度も読み返している 古い本は倫理観も古くて馴染むのだ そうして少しすると訪問者が現れた オーダーメイドの青いスーツの彼は 革靴をカツカツといくらか鳴らすと ファイルを一つ取ってドアへと向かう けれどそこで立ち止まると 「そこでなにをやっているんだ」 身を翻した青いスーツの彼はーー 私の同期はそう訊ねたけれど 言葉通りに質問しているわけではない 彼は私がどうしてここにいるのかも ここで何もしていないのも知っている セクハラ、パワハラ、なんとかハラ等々 もはや自分の罪状が何かもわからない そんなことをしたつもりは一度もないが 自認になんの意味もないことはわかる 「もうなにも、しないんだよ」 もう私はなにもしない そう決めてしまった私より この時代でまだ頑張る同期の方が よほど大変だろうなどと思った そんな無責任な思考を浮かばせながら 今日も会社を出て自宅へと向かう 帰ったら専業主婦をしてくれている妻が 料理を作って待っているのだ 私が仕事を辞めない理由はそれだけだった そうしていつもの帰路についていると あるご老人が杖を落としたのが見えた よく見るとそれは白杖だった 私は咄嗟にその杖を拾い上げて ご老人の手元へそっと触れさせた 彼の不安げな表情にパッと花が咲く 「ありがとうございます」 どちらが先にそう言ったかわからない 私達は何度も「ありがとう」を重ね それ以外の言葉を交わさずに別れた その日の夕飯が特にうまかったのは なにかをしてしまったからだろうか

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五月蝿い乗客

その日駅のホームには 俺以外誰もいなかった 着いた電車に乗り込むと ガラガラの車内にいた男は 俺を見て深い溜息を吐いた いつもの電車に乗り込むと ギュウギュウ詰めの車内で 誰か叫んでいるのが聞こえた 「この電車は脱線するんだ!」 狭い車内に響く野太い声に しかし誰も聞く耳を持たない みんなスマホや広告に視線を向けて そんな人間などいないよう振る舞う これが都会の電車の常だった 頭のおかしい奴とは関わりたくない それでも叫び続ける誰かに向かって 別の誰かが「ウルセェ!」と怒鳴った そして次の駅に停車すると 叫んでいたのであろう男が 車外に突き飛ばされたのが見えた その男と入れ替わるようにして 一匹の蝿が車内に入り込むと ドアが閉まり電車は発車した 男はホームでうなだれながら ただ走り去る電車を眺めていた いつもの電車に乗り込むと 車内はいつもより空いていた とは言っても混雑した車内で 叫んでいる男が見えた 「みんな早く降りるんだ!」 しかし誰も聞く耳を持たない みんなスマホや広告に視線を向けて そんな人間などいないよう振る舞う これが都会の電車の常だった 頭のおかしい奴とは関わりたくない 男はずっと何か叫びながら 隣の車両へ移動していった 誰も何も言わないけれど 車内の空気が軽くなるのを感じた 電車が次の駅に停車すると 一匹の蝿が車内に入り込んできた 追い払おうと小さく手を振るが ドアが閉まり電車は発車した 蝿はさっきまで居た男のように 車内を五月蝿く飛び回っていた いつもの電車に乗り込むと 車内には座れる席があった 駅も人が少なかったけれど 今日は祝日か何かだったろうか そんなことを考えながら座ると 隣の車両からやってきた男が 「信じられないかもしれないが」 と近くの客に何か話しかけ始めた どうやらこの電車は脱線するらしい 男は俺の座る席の人達の前にも来て 「お願いだから次の駅で降りてくれ」 と頭を下げると次の車両へと移った みんなスマホや広告に視線を向けて 聞いていないような素振りだったが 電車が次の駅に停車すると 何人かがドアの外へと出て行った 彼らと入れ替わるように 一匹の蝿が車内に入り込んでくる そうして電車は蝿を乗せたまま 残りの客を乗せて動き出した その日駅のホームには 俺以外誰もいなかった やがて電車がやってきたが 電車もまたガラガラだった この時間に通勤している人達は 一体どこへ行ってしまったのか 言いようのない不気味さから 電車のドアが開いても すぐ乗り込むことができなかった だがこれに乗らないと遅刻だ 俺は重い足を持ち上げると 不自然に空いた電車へ乗り込んだ いつもは鮨詰め状態の車内だが 今日は座席の真ん中で足を広げた そうして暫く電車に揺られていると 隣の車両から男が一人移ってきた そのことにどこか安堵したが 男は俺を見るなり深い溜息を吐いた そうして男は俺の正面に座ると 足を広げて両手を膝に置いた 「少し、お時間いいですか?」 変な奴に絡まれたと思って 俺は視線をスマホへと落とした 男は俺の返答を待たずに続けた 「信じられないかもしれませんが、  この電車は間も無く脱線します。  だから次の駅で降りてほしい」 何を言っているのかわからなかった ただホームから感じ続けた違和感が 男の言葉にリアリティを与えていた 「お願いします。どうか、どうか」 男の口調は不気味なほど静かだった 視線は上げていないが目の前の男が 俺をじっと見つめているのがわかる そうこうしている内に電車は止まった 目の前のこの男から逃げられるなら 一本くらい見送ってもいいんじゃないか そんな揺らぎが心臓の鼓動を早めたとき 耳の近くを不快な羽音が通り過ぎた 思わず体がのけぞり手で振り払う すると蝿は男の手の甲に止まった 男はその蝿を振り払うでもなく ただ見つめ微笑んでいた 「お前もそろそろ降りなきゃな」 ホーム上で発車ベルが鳴り響く 俺は思わず立ち上がりドアを見つめた 今しかない今しかない今しかない! そうして一歩足を踏み出したそのとき 俺の目の前でドアが閉まった 理由のわからない絶望感と共に 俺はまた席へと落ちるように座り込んだ 「正直ね、わからないんです」 ゆっくりと男の方へと顔を上げる 蝿はどこかへ飛び去ったのか もう男の手にはいなかった 「乗客をみんな逃がせたとしても、  運転士はどうなるのかとか。  脱線した先で巻き込まれた人とか、  そこまで考えると電車を止めないと、  意味が無いんじゃないのかとか」 男の目尻からは涙の雫が落ちて さっきまで蝿のいた手の甲を濡らした 「でも、何度も叫び続けていたら。  不思議ですよね、記憶はないのに。  少しずつ乗客が減っていったんです。  だからこれしかないって、思って。  思うことにして、頑張って...。  そしたらきっと今日は終わるって」 頭では何も理解できていないのに 心では彼の言葉がわかる気がした もしも数十分前に戻れるのなら 俺は絶対この電車に乗らないだろう 「すみません」 そんな言葉しか出てこない俺に 彼は涙を拭うと精一杯微笑んで言った 「また明日、がきますように」

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大人の椅子

とある国の大臣は 若く優秀な人物でした 愚かな王に代わって 国を支え続けました けれど追放されたのです 理由は明白でした 手段を選ばなかったのです 刃向かう者皆国政から遠ざけ 自らの周囲には意見などせず 黙って従う者ばかり集めました そのように横暴な態度が 不満を募らせていったのです 命こそ奪われなかったものの 都から追放された大臣は 去り際に貶めた者達を叱責します 「お前らはなにもわかっていない」 「俺じゃなければ国は滅んでいた」 そうして大臣はただの男となり 煌びやかな都を離れていきました 地方に移り住んだ男は わずかな財産を切り崩しながら 屋敷で無気力な日々を過ごしました たまに風の便りで聞く都の様子は 国が混乱しているという噂ばかり 「戦争になるかもしれない」などと 誰かが話しているのも聞きました 「それみたことか」と男は嗤って それを肴に酒を飲むばかりです けれどしばらくすると 不穏な話は聞かなくなりました 暇な男は布で顔を隠して 都の様子を見に行きました ちょうどその日はパレード当日 煌びやかな装飾を付けた兵達が 都の大通りを歩いていました 男が眉をひそめて眺めていると 観衆の誰かがこう言いました 「あの欲張りがいなくなって、  この国もすっかり良くなった」 男は何か言い返そうとしましたが その声は歓声に掻き消されました 王と新たな大臣の姿が見えたのです 男は新たな大臣を睨み続けましたが 大臣が男に気づくことはなく パレードは過ぎ去っていくのでした 地方に帰ってきた男はまた酒を飲み 都での不快な気持ちは肴にしました 今があるのは自分のおかげなのに ここまで国を支えたのは自分なのに それらの功績は無かった事にされ どころか私欲にまみれた人物として 後世までその名が残ってしまう 確かにこの手は汚れているけれど 全てはこの国の為にやったこと けれどそんな言い訳を聞く家臣は もう男には一人もいませんでした 都どころかこの地にさえ 男の椅子など無いのですから それから長い月日が過ぎました 新しかった大臣もまた追放され 別の大臣がパレードをしていた頃 男はどうなったのかというと 家族と畑を耕していました 当時まだ若さ溢れていた男は その若さを屋敷の中で 閉じ込めてはおけなかったのです 最初は暇潰し程度に畑を耕し すると周囲の人々と交流が生まれ 気が付けば家族ができていました あっという間に成長した子供達は 男がかつて大臣だった話をしても 冗談半分にしか聞いてくれませんし 男もまた冗談めかして笑うのでした すっかり新しい地に根を下ろし 子供達も立派に育ち働いている そうなってくると心配事は 動かなくなってきた自身の体でした いつまで畑仕事ができるのだろうか それは子供達も考えることのようで 長男は男にプレゼントを渡しました 「畑は俺達が面倒を見るからさ。  父さんはそこでゆっくりしていて」 長男に与えられたのは椅子でした 手作りしてくれたのであろう 足の部分がカーブした揺れる椅子 庭先に置かれたその椅子に腰掛けると 畑やそれを耕す息子達の姿が見えます 男は手すりと背もたれに体を預けると なんて幸せな時間なんだと思いました 都で働き追放され全てを失った けれどおかげで家族を得た あとのことは全て子供達に任せ 自分はただ椅子に揺られていればいい よかったよかった 本当によかった ん?おいそんなやり方じゃ鍬が折れる 違うそうじゃない腰が入っとらん ーーさんとこに挨拶は行ったのか? なんでやってないんだあれほどーー 思わず立ち上がろうとしたそのとき 家に見知らぬ男がやってきました 身なりからして都の人間であることは 容易に想像がつきました 自らと同い年ほどに見えるその老人は 国の危機であると話し始めました 手すりを掴む手に力が入ります 体は背もたれに頼らず前のめりで もう椅子は穏やかに揺れてはいません 話を聞き終えた男はしばらく黙った後 そっと椅子から立ち上がり、嗤いました

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遅咲きのヒロイン

真っ暗にした部屋の中で テレビの灯りが浮かんでいた 女刑事が犯人を追い詰めている 彼女のセリフと重なるように 私の口が無意識に動く 彼女は、私だった 女優としては遅咲きの30歳 売れたのは刑事ドラマだった オーディションを勝ち抜いて 無名から主演に心が弾んだが そのドラマが10年も続くなんて 当時は想像もしていなかった 最初はただただ必死だった 慣れない現場、慣れないテレビ 全てが大変で充実感に溢れていた 頑張った甲斐もありドラマは好調 順調に続きが作られていった 何もかもが順調のはずだった だが数年が経ちふと気がついた 刑事役しかやっていない 他の役のオファー自体は来ていた だがメインとなる刑事ドラマが忙しく どんどん続編が作られていくので マネージャーが断っていたのだ せっかくの代表作だから 今はこれに専念するべき そう頭ではわかっていたものの この頃からズレを感じ始めていた 映画に出たくて、役者になったのに 売れている同期の多くは 若い頃に青春映画を経験し 二十代後半で結婚とか 重めのテーマの作品に出て 三十代ではお母さん役だ その順風満帆さはあくまで 作品の中での話であって 私生活を表すものではないけれど 比べずにはいられなかった 私はいつまで男達に混ざり 俳優からの好意をやり過ごしながら 刑事を続けるのだろうかと 刑事ドラマの撮影に慣れた頃には 他のオファーは来なくなっていた 断り続けたのだから当然だ 現場と自宅を往復する日々で 友人関係も希薄になっていた私は 休みは家に引き篭もるようになった 同期のみんなは今頃 芸能人の友達とかとパーティーを 楽しんでいたりするのだろうか そんなことを頭によぎらせながら 大好きな映画を観て読書をする たまにテレビを点けて 自身が出演しているドラマを観ると 自分が演じているはずの女刑事が 全くの他人に見えてくる それどころか彼女こそが本当の 私なのではないかとさえ思えた この顔は本名よりも芸名よりも 役名で覚えられている ほとんどの人が私のことを 刑事だと思っている 彼女の名前で呼ばれるのが嫌になり 外に出たくなくなっていた 私って誰なのだろうか いつまで女刑事でいるのだろうか そう悩む自分がいる一方で この役を失ったとき私には 何が残るのかと不安になる自分もいた 彼女にファンはいるけれど 私自身にファンはいない そうして私は段々と 刑事役を務めている間だけが 安心できる時間になっていった 演じている間は 自分が何者なのか明白だった もう若い頃の夢なんて忘れていた 刑事を演じ家に帰れば 映画や読書の世界に生き出来るだけ 自分自身でいる時間を無くした その生活がなにより安心できた だが終わらないドラマなど存在しない 主演を務める刑事ドラマが終わった 43歳だった 最終話クランクアップの日 みんなが花束を渡してくれた 色々あったけれど十年以上も共にした メンバーとの別れは悲しかった みんなに感謝を伝えて泣いて 打ち上げに行っても泣いて 二次会でも号泣した そうして日付を跨ぐ前に タクシーに乗って自宅へ戻ると もらった花束を床に放り投げた その日以来、あの刑事ドラマを 見返すことはなかった 真っ暗にした部屋の中で テレビの灯りだけが浮かんでいた 画面の中では同期の女優が 後頭部を殴打されて死んでいた 被害者役のようだ 配信でミステリー映画を観ながら 青白く光った端末を手に取ると ふっと思わず口角が上がる 間も無く玄関のチャイムが鳴ると さっき死んだはずの同期が両手に コンビニ袋をぶら下げてやってきた 彼女は最近、離婚したらしかった カーテンを開けてると部屋に光が満ちた 窓から見下ろせば粒のような人々が 忙しなく動き回っていた 彼女が買ってきた酒を喉に流し込み つまみを食べながら俳優の悪口を言う お互いお金もあって 役者として生きていく夢を叶えて なのに今どうしようもなく楽しいのは こんな大学生みたいな飲み会だった 私達の青春映画は、やっと始まった気がした

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視えない少女

学校の屋上には幽霊がいる そう聞きつけた生徒達が たまに屋上へやってくる けれど何にも起こらないので 飽きてすぐに帰ってしまう 私はずっとここに居たのに いつからいるのか どうしているのか 私にだって思い出せない わかっているのは二つだけ 屋上から出られないことと 誰にも視えないってこと 今日は屋上にカップルが来た 元気いっぱいな女の子に 気だるそうな男の子 女の子がいっぱい話してて 男の子は適当に頷いていた いいな〜なんて思っていたら 鐘が鳴って二人は出て行ったが 屋上のドアへと消えていくとき ふと立ち止まった男の子と 私は目が合った気がした それから数日後のお昼 彼は一人で屋上にやってきた 床に座りパンをかじり始める そんな彼の隣になんとなく座る これといって特に反応はない 今度は彼の正面に回り込んで 目の前で手を振ってみる やっぱりなんの反応もない 顔をギリギリまで近づけてみる 私が「やっぱ気のせいか」と呟くと 小さく「近い」とだけ返ってきた 幽霊として初めて聞く悲鳴が 自分の声だなんて思わなかった それからというもの私達は 屋上でよく話すようになった とはいえ彼はあまり話さないから いつも私が一方的に喋ってしまう 話し相手なんて久しぶりだから 『いつから視えるの?』 『いっつもパン食ってんね』 『屋上って入っていいの?』 彼の返事はいつも短くて 「うん」とか「ああ」とか そんなんばっかりだったけれど 私は嬉しくてたまらなかった だって返事があるっていうことは 独り言じゃないってことだから けれど『視える少年』との会話は いつも同じ人物によって遮られた 「相変わらず一人飯かよー?」 彼にそう声をかけるのは 元気いっぱいな女の子だ カップルだと思っていたけれど どうやら二人は幼馴染らしい 彼女が屋上へやってくると 少年はドアの向こうへ消えてしまう 彼しか私を視える人はいないけど 彼を視える人はいくらだっている そんな当然のことを自覚させられた しょせん私は幽霊で 生きてる彼女には敵わない 彼と話せる喜びよりも 彼女に奪われる辛さの方が 上回ってしまった頃には 私は隠れるようになった 男の子が屋上に現れても 物陰に潜んでやり過ごした 彼はしばらくはいつも通り 屋上にやってきていたが やがて姿を現さなくなった ひとりぼっちの屋上は広いと 前より薄くなった手を見て思う あの二人に出会うずっと前から 少しずつ体は透けていて 比例するように記憶も失われた 手のひらを空へとかざせば 青や白のインクが手に滲む このまま彼との記憶だけを抱えて 空へと溶けてしまいたかった そうして段々と意識さえ あやふやな時間が増えた頃だ 屋上の床に座り込んでいると 誰かがドアを開ける音がした 咄嗟に後ろを振り向いたが そこにいたのは彼ではなかった 幽霊を期待する野次馬でもない 浴衣姿の女の子 彼と幼馴染の少女だった 彼女は少し辺りを見渡すと そこらに腰を下ろして空を眺めた 黒い空には月だけが浮かんでいる 私もなんとなく傍に腰を下ろす 彼女には私の姿は見えない 触れられないし声も聞こえない 「いるんでしょ、そこに」 交わらないはずの私達だったが 彼女は空を見上げたまま 一方的に話しかけてきた 「アタシ、幽霊とか信じてないから。  視えもしないし、聞こえもしない。  たとえアイツがいるって言っても、  視えないんだからいないのと同じ」 幽霊である私に話しかけているのか 自分自身に言い聞かせていたのか どちらにせよ彼女は 視えないものに話しかけ続けていた 「アンタは死んでてアタシは生きてる。  アタシならアイツの側に、  ずっといてあげられる。  死んでるアンタなんかに、  負けるわけない」 それは何も言い返せない現実で だから私は彼から距離を取った 生きている彼女に奪われる日々が辛くて けれど彼女の言葉を聞いていると なんだか同じだったような気がしてくる 私もまた彼女の時間を 奪っていたのかもしれない そのとき破裂音が聞こえて 黒い空には色とりどりの花が咲いた 「遅いな、始まっちゃったよ」 彼女の浴衣と打ち上げ花火で 今が夏休みなのだと気がついた 彼は屋上に来なくなったのではなく 学校そのものに来なくなったのだと 「アタシにアンタが視えなくて、良かったね」 あなたに私が視えなくて、本当に良かった 「視えてたら絶対仲良くなれなかった」 視えていたらこんな話 聞かせてくれなかっただろう そうしてしばらく二人っきりで 打ち上げ花火を眺めていると 後ろからドアの音が聞こえた 私達が振り返るとそこには 甚兵衛に身を包んだ男の子がいた 「似合ってねーなー」 『似合ってるじゃん』 二人の視えない少女の声が 花火の合間を縫って重なった

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電話口の息子

妻はよく息子と電話する だが「あなたも話す?」と 受話器を差し出されても 俺は理由をつけて断った 息子はもうこの世にいないから 不妊治療の末の流産だった 妻は事実を受け入れられず 空想上の息子を創り上げた 仮に生きていたとしても 息子は話せる年齢ではないが そんな正論は役に立たない そしていないはずの息子は リビングにも現れるようになる それは夕飯のときだった 俺の前に用意された食事は既に 何者かが食べた後のようだった 「あら、食べちゃったのね」 言いながら妻は食事を用意する きっと自分で食べたのだろうが 息子が食べたような口ぶりだ 妻が創り出した息子は それからも至る所に出没した 食器が落ちて割れてしまったり 壁にペンで落書きされていたり 置き時計の時間が狂っていたり どれも妻の仕業に違いないが 「あの子が」の一点張りだった 食事がなくなるなんてことは もはや日常茶飯事で 妻は最初からもう一食分を 用意するようになった もうすっかりそんな日々が 俺にとっても日常となっていた そんな油断した頃だった 窓ガラスが突然割れたのは ここはマンションの五階だ 誰かの不注意でボールなどが 飛んでくる高さではなかった それが突然粉々に割れたのだ しかし俺が最も驚いたのは そのとき妻がいた場所だった 俺と妻は確かに二人でいて 窓は二人の目の前で割れたのだ これまでの異常は視界の外 俺がいない場所で起こっていた だが今回の異常はどう見ても 妻は関与していなかった 「あらあら、割っちゃっーー」 「ダメだ!!近寄るな!!」 咄嗟に出た俺の大声に 妻の肩がびくりと跳ね上がった すると今度は息つく暇もなく 固定電話が鳴り出した 恐る恐る受話器を耳に近づける 電話口からは何も聞こえてこない 「おい」何も「お前は誰だ」聞こ 「はジめまシデ、ぱバ」 除霊を頼むか引っ越そう そう提案したけれど 妻は「嫌だ」と譲らなかった 「息子に会えなくなるから」と だがどう考えても『アレ』は あんなものは息子じゃない そうして家に起こる異常は 日に日に悪化するばかりだった 食器棚が急に倒れて危うく 妻が潰されそうになったり コンロの火が勝手に点いて 危うく火事になりかけた 食事は一食分では足りず 用意した三食分全てが 食い尽くされるようになった このままじゃ俺達は いつか『アレ』に殺される そんなとき今度はスマホに 知らない番号から着信があった 何度か無視し続けていたが 少し間を置くとまた着信がある 気が狂いそうになっていた俺は 特に考えもなしに電話に出た 「おいなんだ!なんなんだ!  俺達が何したってーー」 『落ち着いて、時間がない』 それは以前に聞いた声とは違い 落ち着いた男の声音だった 電話口の相手が誰なのか 考える間もなく相手は続けた 『怖がらないで、僕を信じて』 「おい、それはどういうーー」 そこでプツりと電話は切れた 何者かはわからなかったが 事情を察していそうな口ぶりに 俺はますます混乱を深めていた 『用意された分しか食べない。  だから一食も用意しないで』 翌日にかかってきた電話では それだけ言い残して切れた 言っている意味がわからないし 相変わらず誰かもわからない そうして頭を悩ませていると 妻が今晩の食事をテーブルに 並べているのが目に入った (『一食も用意しないで』) 「今晩は外食にしないか」 そう言った自分に驚いたが 他に頼りがあるわけでもない せっかく作ってくれた料理は ラップして冷蔵庫にしまった 盛られた料理は食われても 冷蔵庫の中身を直接 食われたことはなかったからだ 『怖がるほどに力を持つ。  怖がらないで、冷静に』 さらにまた翌日の電話では すぐに電話は切れなかった 言う通りにしたからだろうか 「お前は、奴は、誰なんだ」 『信じるものに、僕らはなる』 今日も食事は外食で済ませ 俺と妻はソファで横に並んだ 何があってもここから動かない どういうわけなのだろうか 俺は電話口の男を信じていた すると貼り替えたばかり窓が 目の前でパリンと割れた 妻は耳を塞いで過呼吸気味に 「ごめんなさい」と謝り始めた 産んでやれなくてごめんなさい 殺してしまってごめんなさい 俺はそんな妻の肩を抱き寄せた 「お前のせいなんかじゃない!」 テレビが倒れて液晶の破片が散る 「誰のせいでもあるもんか!」 電球が割れて辺りが闇に沈む 「あの子はお前を恨んでない!」 固定電話が悲鳴のように鳴り響く 「テメーは息子なんかじゃねぇ!」 俺の怒声が暗闇に響き渡ると 固定電話は途端に静かになった 灯りを付けようとスマホを出す するとあの男から着信があった 俯く妻に画面を見るよう促して そっと通話開始のボタンを押す 『パパ、ママ、ぼくはへーきだよ』 「本当に?怖くない?痛くない?」 『だいじょうぶ、おなかもいっぱい』 「私、なんにも。なんにも、、、」 『いっぱいくれたよ、だからへーき。  だからねママ、しんぱいしないで』 『コレ』もまたきっと息子ではない 『アレ』とほとんど同じものだろう だが妻の絶望から生まれた『アレ』と 夫婦の希望から生まれた『コレ』は 別物であるとそう信じたい 少なくとも俺たち夫婦を救ったのは 電話口の息子に違いなかった

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消費者代行

今どき映画なんて観てるのは ニートか金持ちしかいない 特に俺みたいな営業職は 日々いろんな客を相手にする そいつらの好む話題に合わせて コンテンツを消費していたら 時間がいくらあっても足りない だから俺のコンテンツ知識は 全てAIに要約させたものだ これが案外バレないもので AIがどっかから拾ってきた 薄っぺらい感想を話すだけで あっちがベラベラ話してくれる 俺の話なんてどうでもいい あっちは話したい話ができれば 最初からそれで満足なんだ 俺はきっかけを与えればいい おかげで業績は右肩上がりだった 営業なんて楽なもんだ そう思っていた矢先 また一件のアポを取った 今度の社長はゲーム好きらしい ゲームなんて学生以来やってないが いつも通りAIに調べさせれば大丈夫 そう思っていた商談だったが 結論から言えば大失敗に終わった 途中まではよかったんだ いつも通り適当に話題を振って いつも通り向こうも乗ってきた だがしばらく話していると 段々相手の表情が曇ってきた そうしてついに言われたんだ 「ゲーム、好きじゃないですよね」 心臓が杭で打たれたように傷んだ 「社長が詳しいだけですよ」とか 精一杯誤魔化してみたものの 相手の表情は陰るばかりだった そうして呆れた声で言われたんだ 「最近、多いんですよ。SNSとか。  AIに調べさせた内容だけで、  話を合わせようとしてくる人。  そういう人の話って似るんです。  だから、分かっちゃうんですよ。  知識だけで体験を共有してない」 冷や汗が止まらなかった もう自分に話せることはない 「この人、舐めてるなって」 少し考えればわかることだった 自分が考えるようなことは 同業者なら誰だって思いつく AIに同じように情報を集めさせれば 同じようにまとめるに決まってる もうこのやり方は通じないだろう 久々に落ち込んで会社に戻ると 察してか同僚が話しかけてきた 営業先であった話をすると 同僚もあの社長を知ってるようで 「あ〜」と声を漏らして言った 「アイツ、自分でやってねぇよ。  ゲーム実況にハマってるだけ」 その言葉に思わず耳を疑った だって事前にSNSでも調べたし さっきもゲームにハマってると 実況なんて言葉一言も 言ってなかったじゃないか 「映画にハマってるって言って、  撮る方だと思う奴がいるか?  今どき自分でゲームやる奴、  暇人か実況者くらいだろ」 ゲームなんて学生以来やってない 仕事だけで精一杯だったから でもそれまで俺を支えていたのは 間違いなくゲームだった だからあの社長に言われたとき (ゲーム、好きじゃないですよね) 心底辛くなったのは 浅はかさを見抜かれただけじゃない ゲームが好きだったはずなのに 否定したいのにできなかったからだ なのに野郎偉そうに語っておいて ゲーム実況観るのがゲーム好きだと? ゲームが好きっていうことは ゲームをやるのが好きってことなんだ 理不尽な怒りなのはわかっていた 俺もあの人も同じ穴のムジナだ だからこそ腹が立ったんだろう その日はさっさと帰路に着くと 道中の電気屋でゲームを買った 今日の話題に上がったゲームだ 袋を抱えて足早に歩き出す 次第にイライラした気持ちは 懐かしいワクワクに変わっていた 早く帰ってゲームをやらなきゃ

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汚れたランドセル

息子が虐められている そう確信したのは 「ランドセル忘れてきた!」 と息子が言って雨の日に 手ぶらで帰ってきたときだった あんなに大きなものを 忘れることなんてあるだろうか 翌日息子が持ち帰ってくると ランドセルはびしょ濡れで 明らかに外に野晒しにされていた やはり学校に忘れたわけではない ランドセルを風呂場で洗いながら 虐められているのを想像するたび 涙と鼻水が溢れて止まらなかった このところの息子は 不審な言動が続いていた 帰宅が妙に遅い上に 顔に小さな傷をつけて帰ってきて 「友達と遊んでただけ」と言う 普段はあまり欲しがらない 小遣いまでねだっていた 「遊ぶから」としか言わなかったが 誰かにたかられていたに違いない ママ友に電話で相談してみると 『そういえばうちの子も、、、』と 帰りが遅いことを教えてくれたが あまり深くは訊かずに切り上げた 彼女の子も虐められている そんな可能性もあったが 彼女の子『が』息子を虐めている その可能性もあったからだ 担任の先生にも相談してみたが 「特にいじめの様子はありません」 そんなことを言うばかりだった まだ若い先生で信用はできない 息子に直接訊いてみても 「平気だよ」と笑うだけ 「辛かったら転校してもいいんだよ」 そう言ったときの息子の必死な拒絶が 状況の深刻さを物語っているようで 不安は募るばかりだった 親が変に出しゃばっても かえって息子の立場を悪くするだけ 頭ではそう分かってはいても 焦る気持ちは日に日に増すばかり そんなある日ふと付けたテレビで とある特集番組が放送されていた “いじめが原因で命を絶った子供” 遺影を前に泣き崩れる両親の姿に 胸を針で刺されたように傷んだ 『気づいてあげられなかったんです』 そう泣き叫ぶ母親の声が 私自身の声のように聞こえた 手遅れになる前に動かなければ そうして息子を尾行することに決めた 翌日の下校するタイミングで 校門を出た息子の後を尾けた 息子の周囲には他にも 何人かの子供達がいた あの中の誰に虐められているのか それとも全員なのか じきに分かれ道へ差し掛かると 子供たちは下校ルートを外れて 草木の茂る空き地へ入っていった 私も息をひそめながら彼らを追う すると子供たちは立ち止まり 草むらの中でしゃがみ込む そのときママ友から着信があり 慌ててその場にしゃがみ電話に出た 『そういえば前言ってた話だけど』 草木が邪魔で子供達の様子が見えない 『息子が深刻そうな顔で言ったのよ』 すると誰かの泣き声がーーいやこれは ーー鳴き声だ 「子猫って飼っちゃダメ?って」 ゆっくりと立ち上がると 草むらの先に段ボールの箱が見えて 中では小さな子猫が震えていた 段ボールにはタオルが敷き詰められ 息子が紙皿にミルクを注いでいる 猫はそれを一心に飲んでいた びしょ濡れのランドセルはきっと 猫の一晩の雨避けにしたのだろう 「ママが飼っていいってさ!」 ママ友の息子がそう言うと みんな嬉しそうに歓声をあげた 私はお礼を言って電話を切ると 静かに来た道を戻ろうと思った だが急に鼻が痒くなって その場でくしゃみをしてしまった 私は猫アレルギーなのだ そりゃあ息子は私に相談できない 驚いた子供たちと子猫が いっせいにこちらを振り向き固まった 息子は特に目を丸くしている 「あ〜……、こんにちは〜」 私はそう言ってぎこちない挨拶をした 「新しいおうち、連れてこっか」 子供たちの素直な返事と私のくしゃみに 子猫はちょっぴり驚いていた

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たぶん画家の彼氏

マッチングアプリで出会った カッコよくて羽振りの良い彼は 自身の職業を画家と語っていた だが付き合って数ヶ月が経っても 彼はまだ絵を見せてくれない 正直絵には興味がなかったから 自慢されてもダルいだけではあった とはいえ一枚も見せないどころか ペンネームさえ教えてくれない彼を 不審に思うのは自然なことだった 彼は本当に画家なのだろうか? お金を持っているのは確かだと思う 連れて行ってくれるレストランも 誕生日プレゼントでくれたバッグも びっくりするほど高かったから 奢られ慣れている私といえど 無理していないか心配になった 「僕の絵は高く売れるから」 彼が冗談混じりにそう言うと 「すごいね!」と言う他なかった それに彼の絵こそ見たことはないが たまにデートで訪れる美術館では 彼は楽しそうに絵について語った ルノワールの色彩がどうだとか セザンヌにとってのリンゴの意味とか 正直ほとんど聞き流していたけれど 絵が大好きなことだけは伝わった 「いつか、君の絵を描くよ」 ふいに彼がそんなことを言ってから 一体どれくらい時間が経っただろう 別に期待なんてしていなかったけれど 私にとっては彼が画家かどうかなんて 正直それほど重要ではなかった カッコよくてお金持ちの好青年 そういう綺麗な額縁にしか興味はない だから内心では疑いながらも 絵とかアトリエを見せてほしいなんて 彼の正体に関する深追いはしなかった 彼がどんな絵かなんてどうでもいい 彼がどんな額縁に飾られているか 彼がどんな美術館に納められているか ただそれだけが重要なはずだった 『自称画家の男を逮捕、名画の贋作販売か』 ふと目にしたニュースでは 沢山の贋作がアトリエから押収されていた 犯人の男はそれらを売り捌いて 優雅な暮らしをしていたようだ アトリエから発見された絵画は 一点を除いて全て贋作だったらしい 思わず「あ〜あ」と口からこぼすと 家の床に寝転んでスマホを投げた 悪い男に引っかかるのには慣れていた でも贋作作家っていうのは初めてで 思わず「なんだよそれ」と呟いていた そりゃ絵なんて見せられるわけがない だって自分の絵なんて無いんだから そうして深いため息を吐いたとき 玄関のチャイムが鳴った こんな時間に誰かとドアを開けると そこには逮捕されたはずの彼がいた そうして私が驚くよりも先に 彼は「じゃ〜ん!」と何かを差し出した 「お誕生日おめでとう!!!」 彼が差し出したのは小さな色紙だった 安っぽい金色の縁がついた色紙には アニメキャラのような女性が描かれていた 混乱したまま受け取り彼の顔を見上げる すると彼は照れくさそうに鼻をかいた 「本当は誕生日のときに渡したかったんだ。  でも間に合わなくて、今になっちゃって」 よく見ると描かれた女性のキャラは 顔や服装が私に似ている気がした 「もっと大きく描こうとも思ったよ!!  でもそれだと家に飾るのは邪魔かなとか。  ほらその、絵柄的に恥ずかしいかなとか。  色々考えちゃって。えっと、どうかな?」 「そうじゃなくてっ」と私は声を張り上げて 彼を家の中に連れ込んでニュースを見せた 「贋作作家ってあなたのことかと思って!」 そう問いただすと彼は困った顔で言った 「ごめんね、実は、、、」 彼の長ったらしい言い訳を要約すると 描くのは贋作ではなく油絵とかでもなく ゲームや小説などのイラストらしかった それも胸や足が強調されたような女の子 いわゆる萌え絵を描く人だった 画家と言っても間違いではない 間違いではないというだけだが 「騙すつもりじゃなかったんだけど、  なかなか言い出せなくなっちゃって。  でもどこかで言わなきゃとは思って。  それで誕生日イラスト描こうって...」 画家というミステリアスな絵の具が 彼からどんどん剥がれていった 絵画に詳しい彼の知的な側面も やけに早口で言い訳するところも なにもかもただのオタクにしか見えない 「絵が高く売れるのは、本当なの?」 「え?あ、まぁ。売れてる方だと思う」 だが私にそんなこと関係ない 元々絵なんて興味はない 「お金持ちなのは本当なのね?  無理して借金とかしてないね?」 「借金なんてしてないよ!!  お金使う趣味とかないからさ」 カッコよくてお金持ちの好青年 しかも仕事が趣味のオタク 誰かと頻繁に会う仕事ではなく ファンもきっと男ばかりだろう つまり浮気するリスクは低い 「私のこと、好きなんだよね?」 「もちろん!愛してます!!」 安っぽい色紙に描かれた私の絵は ちょっとキモい絵柄ではあるし こういう絵のなにがいいのか 私にはサッパリわからないけれど 彼が私を大好きなことだけは伝わった 「可愛いじゃん、この絵」

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