絵空
11 件の小説記念日
23時50分 あの人はやっぱり来なかった。 せっかく作った料理も、すっかり冷めきっている。 でも、それは彼女のせいじゃない。もともと忙しい時期だし、「ごめーん、微妙かもー」って言ってたし。私が勝手にやったことだ。 あの人、先輩は覚えていないだろうけど、今日は付き合って1年の記念日。サプライズってわけじゃないけど、ちょっとだけ豪華な食事をしようと思っただけ。 スマホの画面を付けては消してを繰り返す。通知はゼロ。昼に送ったメッセージは未だに未読。 きっと忙しいのだろう。そう納得しようとするけど、退屈な時間がネガティブな妄想を生み出し続ける。 もしかしたらなにか事故に巻き込まれたのかも。 私と過ごすのが嫌になっちゃったのかも。 他の女の所に行ってるのかも… 23時55分 状況は何も変わっていない。相変わらず淡い期待を抱きながらソファーで横になっている。明日も仕事だし、そろそろ寝たほうがいいんだけど… 突然持っていたスマホが震える。慌てて通知を確認すると先輩からのメッセージだった。 『ごめん』 謝罪、一体何に向けての? 今日来れなかったこと? メッセージをスルーしていたこと? それとも… 弱りきった精神が最悪の事態を妄想する。 もうスマホを見ることができない。うつ伏せになって現実から目を背ける。 ふと玄関からの物音に気付き顔を上げる。 「間に合った!?」 プレゼントを抱えたあの人が、息を切らして立っていた。 時計を確認する。 時刻は深夜0時ちょうど。 「ギリギリアウトです。先輩」
あしきりおじさん
この学校には『あしながおじさん』ならぬ『あしきりおじさん』が出没する。 おじさんは春頃になるとどこからともなく現れ、受験生達にちょっかいをかけてくるらしい。そのせいで足切りのごとく受験生は減り続けており、ついた名前が 『あしきりおじさん』 教師陣も困り果てているようだ。 かくいう私も、入学試験を受けるため、この学校に足を踏み入れようとしている。おじさんの噂はあるが学校自体の評判はすこぶる良い。 教室に入るまで警戒していたが、結局それらしいおじさんは見当たらなかった。 そのまま一次試験は何事もなく終えることができた。このままおじさんが現れなければいいが… 二次試験は点が足りなくて普通に受けられなかった。
夕日を訪ねて
「みてみて!これすっごくきれいだよ!」 たまたま向かいに座ったガキがどこかの風景画を見せつけてくる。 子どもってのはなんでこう臆面もなく初対面の人間に話しかけてくるかね。 「あー、そうだな」 適当に相槌を打ってやり過ごそうとするが、楽しそうに説明を続ける。 「これはね、日本っていう国で一番高い山の景色を描いた絵なんだ!向こうについたらいってみたいな~!」 「へぇ……そうかい…」 それにしてもやけに赤い?オレンジがかった絵だな。まるで燃えているみたいだ。 「本当にこんな景色があるのか?赤いしめちゃくちゃ暑そうだぞ」 「あるよ!!この絵を描いた人は日本に住んでたことがあるんだって!だからきっと本当だと思う!!」 「ふぅん……まぁいいか」 地球っていうのは住みやすい環境だと聞いたことがあるが、どうせ子どもの言うことだ。 「あっ!みえてきたよ!!」 窓の外を指差す。そこには前もって資料で見た地球の姿があった。 「あれが地球か?」 「うん!あともう少ししたら着くね!!」 だが資料と違って少し青い領域が広いように見える。 「ねぇお兄さん!お兄さんは地球に行ったら何するの?」 「オレか?オレは……まぁ仕事だ」 「仕事?どんなことするの!?」 「これだ」 カバンからポラロイドカメラを取り出し、坊主の写真を撮る。 「わぁ!!びっくりした!」 ポラロイドカメラなんて見たことも聞いたこともないだろうな。目を丸くして止まってしまった。 「ほれ、やるよ」 出てきた写真を坊主に渡す。 「えっ?くれるの?」 「ああ、記念写真だ」 「ありがとう!」 嬉しそうな顔を見せながら写真を受け取ると大事そうに胸ポケットに入れた。 「地球でなんの写真を撮るの?」 「さぁな、レトロなカメラで撮った地球の写真はどれも高く売れるんだ。手当たり次第に撮りまくるさ」 「ふーん、どこ行くか決まってないならさ、この絵の場所に一緒に行こうよ!」 「絵の場所って、どこかわかるのか?」 「大丈夫だよ!だってあの山の絵には『日本の一番高い場所』って書いてあったもん!」 「その絵を描いた場所は山じゃないだろ」 「うぐっ……でも、とにかくそこに行けば見れるよ!」 「海に沈んでなけりゃいいけどな」 「え?」 「いや、なんでもない。いいだろう、ちょっとばかし付き合ってやるよ」 「やったー!」 こうして俺は坊主と二人で地球に足を踏み入れることになった。 「そういやお前、名前は?」 「僕はね~……
心霊現象クリエイター
私は心霊映像を作る仕事をしています。 テレビ局から依頼を受けて、お茶の間に恐怖体験を届けるやりがいのある仕事です。 ええ、そうです。視聴者からの投稿なんて紹介されているものもありますが、ああいう系の映像は全部テレビが用意したヤラセということになります。当然ですよね、偶然心霊現象を捉えるなんてこと、あるはずないですから。 番組からの依頼は結構細かく指定されるんです。幽霊の髪型はこうでこんな服を着ていて、といった感じで。準備から撮影、編集まで私一人なので毎回用意するのも大変です。 この前は、どこどこに住んでる〇〇さんの幽霊、なんていう明らかに私怨のこもった依頼が来て少し困りました。その時はちゃんと化けて出てきてくれたのですが、特定の人物だと失敗した時にやり直すことができないので緊張します。 おっと、今日も一本撮影の予定があるんでした。今日は足のない女の霊を撮るので一度足を切り落とす必要があるんですよね。 まぁ、その分私への怨みで幽霊になりやすいとは思いますが… 心霊現象をつくるのもなかなか大変です。
嘘つきの村
この村の人間は嘘しかつかないらしい。 なんとも信じがたい話だ。ボクはその噂を確かめるべく観光に来ていた。 結論から言うと、それは嘘だった。最初のイメージとは違って村の人達は優しく、ボクをとても歓迎してくれた。やっぱり噂は噂だってことか。 その後、雰囲気が気に入ったのでこの村に移住することにした。たまたま空いていた家があったので格安で譲り受けた。まずは挨拶ということで隣の家を訪ねてみた。中から気が良さそうなおばさんが出てくる。 「こんにちは、今日から隣の家に引っ越してきました」 本当は昨日引っ越したのだが、まぁいいだろう。 「あらそう、この村は気に入ったかしら」 「はい、とてもいい村ですね」 ボクがそう言った途端、おばさんは豹変して襲いかかってきた。恐ろしく力が強く、抵抗できない。 意識が遠のく。 一体なぜ? ただ正直に答えただけなのに…
正直者の村
この村の人間は、絶対に嘘をつかないらしい。 一緒に呑んだおっさんが教えてくれた。どこまでホントなのか、ボクはすこし実験してみることにした。広場で遊んでいる子どもを見つけたのでいくつか質問してみる。 「好きな子はいるかな?」 「………いる」 へぇ、こういう質問は、いないって答えそうなものだけど、やっぱり嘘はつかないんだな。意地悪な質問もしてみよう。 「『はい』か『いいえ』で答えてね。君は『いいえ』と答えますか?」 これならどちらで答えても嘘ということになる。 「えっと…」 しばらく考えたあと口を開こうとした所で、いつの間にかその子の母親と思しき人が現れた。彼女は鬼気迫る表情で子どもの口を抑えながら抱きかかえた。 明らかに異常だ、ボクはおっさんを探して事情を聞いてみることにした。 「おっさん、何か知らないか?」 「…し、知らねぇよ」 やっぱり何かがおかしい。この村から早いとこ離れよう。 翌朝、村を発つことをおっさんに伝えに行った。 おっさんはどこにも見当たらなかった
不良
私の前の席には不良が座っている。 彼女の生活態度はひどいもので、最近は先生にしょっちゅう怒られている。 この前も髪の色について先生と揉めていた。髪の色ぐらいでよくもまぁあんなに怒れるもんだ。染めた私が言うのもなんだが、綺麗な色なんだから許してほしいものだ。 その前は服装の乱れだとかで呼び出されていた。アクセサリーと化粧がいけなかったらしい。没収された時の泣き顔は思い出すだけでゾクゾクする。なだめるのは大変だったが。『あなたからのプレゼントなのに〜』なんて言われるもんだから愛おしくて愛おしくて自分を抑えるのに苦労した。 「今日も家行っていい?」 いつの間にか放課後になったらしい、目をキラキラさせながらおねだりしてきた。一度断ってしょんぼり顔を見てから帰ろう。 そうだ、今日はピアスでも開けてもらおうかな。どんな表情をするのだろうか。痛みで歪んだ顔もいいが、やはりいつ来るかわからない、恐怖に支配された顔が見たい。それに、そのまま学校に行けば間違いなく怒られるだろう。これは見逃せない。一粒で二度美味しい素晴らしいアイデアだ。 この調子だと、彼女はこれからいくつの校則を破るのだろうか。とんだ不良学生だ。
写真
写真にはこの世ならざるものが写るらしい。また、写真を撮られると魂も吸い取られるそうだ。どうも写真というものは人々に霊的な印象を与えるらしい。 私はカメラマンとして多くの写真を撮ってきた。家族写真、学校のアルバム作り、お見合い写真、田舎のしがない写真館ではあるが、ありがたいことに仕事は少なくない。何千何万と撮影してきたが、不思議なものは何一つ写らなかった。だが、写真には確かに特別な何かが宿っていると感じる。 写真館を開業したての頃、知り合いの葬儀屋から写真撮影を頼まれた。この辺りでは、葬儀のときに親戚一同の集合写真を撮る文化があるのだ。葬儀での撮影ということで、心霊写真になったらどうしようなどとくだらないことを考えていたのだが、完成した写真を見た私は涙を流していた。なぜ泣いたのかはわからない。故人も参列者達も誰一人接点はないはずなのに、その写真からなにかを受け取ったのだろう。なんの変哲もない写真だが、そこにはどこか特別な空気があった。“魂が宿る”とは、こういうことなのだろう。被写体の想いが写真を通して伝わってくる。実にミステリアスで情緒ある現象だ。 それ以来、私は写真に対してより真摯に向き合うようになった。今まで撮影してきたすべての写真と、受け取った想いは一時も忘れたことはない。彼らの魂は写真がある限り受け継がれていくのだろう。その手助けが出来る私の仕事を誇りに思う。 さて、今日は卒業式の集合写真だったな。一体どんな想いが待っているのか。
悲観的推測
深夜一時、家族が寝静まった音のない家に、ガラスの割れる音が鳴り響く。 やってしまった。一瞬の気の緩みから、コップを落としてしまったのだ。悔やんでも悔やみきれない。普段の僕ならこんな失敗するはずがないのに。 母はきっと、割ったコップについて詰問するだろう。 『なぜ割ったんだ』 『いくらすると思っているんだ』 階下から人の動く気配がする。下は両親の部屋だ。何を言ってるかはわからないが、会話しているようだ。 父はきっと怒るだろう。 『明日も早いんだ、邪魔するんじゃない』 『よくも俺の睡眠を妨げてくれたな』 階段を登ってくる音がする。僕の心臓は警鐘のように激しく脈打っている。逃げ出したい。いっそ窓から飛び降りてどこかへ避難しようか。 兄はそんな僕を見て罵倒するだろう。 『逃げるとは、なんと卑怯なのか』 『お前みたいなのが弟なんて情けない』 兄の部屋からも、こちらに向かう音がする。もう逃げられない。取り返しがつかないことをしてしまった。ノックもそこそこに扉が開けられる。六つの瞳が僕を捉えている。僕は身構えて言葉を待つ。 「大丈夫? 怪我してない?」 「コップを割っただけか。よかったよかった。」 「泥棒かと思って焦ったぜ。」
ロボット研究所
また一つ歳を重ねた。年々身体の衰えを感じずにはいられん。 彼が元の時代に帰ってからちょうど50年が過ぎた。結局、私の制服姿を見せることも、結婚相手を紹介することも叶わなかったけど、もう一度会うことがあればこれまでの話をたくさんするつもりだ。 「所長、お客様がお見えです。」 突然通信が入った。今日は来客の予定はなかったはずだが… 「すぐに向かおう。また国のお偉いさんかな?」 「それが…その…」 妙に歯切れの悪い反応が返ってくる。 「まぁいい、お茶を汲んできてもらえるかな。」 「かしこまりました。」 私は少し身だしなみを整えてから応接室の扉を開けた。見覚えのある丸いシルエットが目に入る。 「久しぶり、のび太くん」