べっこう飴
33 件の小説硝子を口に含む 6
『水曜日予定あけて』 寧々からのLINEはいつも急だ。 肩に掛けたタオルで髪の毛を乱暴に拭いて俺は溜息をついた。 『場所は?』 『内緒。十一時に拓海の家行くねー』 それ以降のメッセージに既読がつくことはなかった。 俺行くってまだ言ってねぇよ。 「まだ」と思ってる時点で決まっている答えについては今は考えたくない。 「で、結局どこ行くんだよ」 車窓の外流れる景色をぼんやりと眺める彼女に俺は聞く。 「まーだー」 「へー」 舐め腐った表情に俺が頭をはたくと「暴力はんたーい!」と大袈裟に騒ぎ立てる彼女は実に元気そうだ。 聞いたことのない名前の駅で彼女に手を引かれて降り立った。 残暑の日差しが眩くて、日傘を差す気もなさそうな寧々の頭に被っていたキャップを被せる。 こちらを見やってきゃらきゃらと笑い声を上げる姿をずっとこのまま留めておきたいと思った。 「うっ……キーン、」 「自分で言う奴初めて見たわ」 寧々が頭を抑えて唸る様子を見守りながらかき氷を口に運ぶ。 彼女が連れて来てくれたこのレトロなかき氷屋はセルフでシロップをかけ放題のお店だった。 カウンターに並んだ瓶の中で揺れるカラフルなシロップが写真映えするらしく、店内には若い女性客がちらほらと座っている。 「シロップ全部かけたら何味になるかな」 「俺は付き合わねぇからな」 「ちぇ、おもんない」 イチゴに、メロンに、ブルーハワイに、あとレモンとか混ぜたら面白そう! どう考えても組み合わせたら不味そうなラインナップを指折り数える様子も可愛いらしく見えるから俺も結構重症だ。 「かき氷のシロップってさ、色が違うだけで、全部同じって話あるよね。本当なのかな」 くるくると銀のスプーンを回して寧々が小首を傾げる。 確かめたいから、目閉じてよ。 シロップよりも魅力的な甘い囁きに促されるままに目を閉じた。 唇に触れる銀のスプーンの冷たい気配と風鈴の音。 口に入れたかき氷の味なんか当然覚えていない。 「寧々」 「なぁに」 「かき氷、来年も食べに行こう」 あの時、彼女はどんな表情を浮かべていたのだろう。誰を瞳に、映していたんだろう。 「生きてたらね」 柔らかい、拒絶。 胸の奥をざらりと逆撫でさせる焦燥。 差し出された腕を掴んで指先に口付けても彼女は頬を染めることもないのだろう。 ムカつく。 掴めない。 掴みたい。 お前のこと、全部知りたい。 何もかも。 指先から、髪の一本一本まで、 「……雨?」 彼女を家まで送る帰り道、予報は晴れだったのに雨が降り始めた。 あいにく、互いに傘は持っていない。 身体が弱い彼女を雨に濡らすわけにはいかない。 かといって走らせるのも、 やらかしたな。 「拓海」 濡れた前髪の下できらきら輝く彼女の瞳に思考を阻まれる。 華奢な指が俺のTシャツの裾を掴んだ。 「家、おいでよ」 いつも会う時の連絡は彼女から。 会う時は大体俺の家かホテルのどちらか。 彼女の家に誘われたのは、これが初めてだった。
五月病
俺は、生き急いでいるんだろうか。 スマホから顔を上げる。 電車はトンネルに差し掛かっていた。 明るすぎる蛍光灯と不安定な地面。 握った単語帳の文字が蠢いているように感じた。 別に立っていられる。 立っては、いられるのだ。 それなりに転んできたから、 それなりに立ち上がり方は知っていた。 這いつくばってでも勉強をしてきた結果が不合格だったあの日のことはよく覚えていない。 涙は出なかった。 ただ、気がついたら日は沈んでおり、 酒の強い父が珍しくウイスキーを片手に酔っぱらい、皿を洗う母の肩が静かに震えているのを目にした。 真っ暗なスマホの画面に写る自分の顔は表情はつるりとしたのっぺらぼうのように表情がない。 「俺はまだ何も諦めるつもりは無い」 この気持ちに嘘は無い。 第一志望には合格したいし、大学生活は楽しみたい。可愛い彼女は欲しいし、車の免許も取りたい。 あぁ、でも。 初夏を感じさせる若葉も 梅雨の気配がする蒸し暑さも カレンダーの日付も その全てに追い詰められているような気がする。 浪人生最初の模試。自己採点はまだしていない。 使って二年目の参考書は既にもうボロボロ。 共通テストのあの朝、息の白さを思い出す。 不安と緊張、焦りと少しの希望。 不安はあったけど、後悔はなかった。 だからこそ、分からない。 何を間違えたのか、ただ、運が悪かったのか。 何も、見えない。 細い細い糸は光の刺さない暗闇だと手繰り寄せるのが難しい。 気づいたら針を進めている時計をぶっ壊してしまいたい。 何をどうすれば正しいのか。 どうしたら、良かったのか。 どうやって、なんで。 なんで、俺なんだよ。 なんで落ちたのは、俺なんだよ。 背負ったリュックの重みが増す。 吸い込んだ酸素が重い。 口の奥で酸っぱいものが混じり合う。 込み上げてくる何かを必死に押し戻した。 しんど……。 「やりたいようにやったらいい。金のことは気にすんな」 気にするよ、そりゃ。 「お前なら絶対いけるって!大丈夫!」 そんなの、分かんないだろ。 「一年頑張れたんだから、もう一年頑張れるよ」 伸び代、あんのかな、俺。 あと一年頑張ったら、本当に報われるとも限らないのに。 高い金、払って貰ってんのに。 そんな価値が、あんのかな。 俺が今やってる事って本当に意味あるか。 他者を介在させない強さを持て。 父の言葉だった。 浪人したいことを話した夜だった。 お前もちょっと飲むか? 少し笑いながら勧められて初めて飲んだハイボールは苦くてあんまり美味しくはなかった。 「俺にそんな強さ、あんのかな」 目の前にあったナッツを俺も齧って父の言葉を待つ。 「裕二にはそれが出来る強さが絶対にあると、俺は思う。」 何て重くて、心地の良い期待だろうと思った。 「ははっ、なんだそれ。何の根拠だよ」 「まぁ、俺の息子だしイケるだろ」 「余計に不安だわ」 足の裏の感覚が少しづつ戻ってくる。 よれよれの単語帳に嘘は無い。 あの一年で覚えた知識がある。 蓄えた忍耐力もある。 肩の力を抜くのは来年の春休みでいい。 ゆっくりと息を吸う。 夏の気配に対する恐れはもうなかった。 生き急いで何が悪い。 可能性も意味も価値も定義付けるのは自分であると言うなら、俺はそれを無限だと定義しよう。 予備校最寄り駅まで後六分。 その間に二十単語は見直せるな。 俺は、自分のこういう図太さが嫌いじゃない。
ひととせ
『思いわび さても命はあるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり』 転校して行ったあの子の小さな抵抗。 黒板に白いチョークで書かれたその言葉をそっとなぞる。 小春日和のうららかなるこの日には、きっと似合わないこの歌を誰もいない教室で諳んじた。 子供だからと突き放したのは私なのに、 そんな君をきっと大人にしたのも私なのだろう。 「先生」 生意気で不器用な優しい男の子。 私の大切な生徒の一人。 告白もさせてあげなかった。 それが正しいと思ったから。 上ずった声と赤くなった耳を今でも覚えている。 あの子の視線が、緊張した肩が、紅潮した頬が、 「それ」を全て語っていた。 恋、ね。 突き放せば良かったのだろうか。 「倉橋くん」 「暇だったから」 国語科室の立て付けの悪い扉を閉めにくそうにして、いつもあの子はそんな言い訳をした。 私もまたその言葉のそれ以上を追求することはなかった。 私の思う「正しさ」は酷く不正確できっと的を射てないことくらいは分かっている。 だって。 あの子の、眼。真っ直ぐで、ひたむきな熱。 いじらしいと思った。 かわいいとも、思った。 だけどそれが何になるというのだろう。 どうしよう。 苦しい。 罪悪感。 どうしよう。 怖い。 私は教師なんだよ。 だってまだ子供。 生徒だし。 未成年。 そんなの、許されない。 年上に憧れてるだけ。 世間の目とか。 どうせすぐに忘れる。 気づかないふりを。 大人の対応を。 それは、私もあの子も幸せにしない。 人の数だけ正義があるのだと誰かが言う。 正しさはいつだって私達が優先したいことの順番に過ぎないのだから、それはきっと事実で。 私は私が思う、正しい教師でいたかった。 それはあの子の為とは程遠い。 ひとえに、私の為に。 「なぁ、先生…俺、父の仕事の都合で来月からこの街を出ることになったんですよ」 明日の天気を語るかのような軽い口調でそれは告げられた。 最近視力、落ちたから。 背に隠したその手が震えているのなんか私には見えなかったよ。 「…そうなの」 今日は、寒いね。だから声が震えそうになったんだと思うの。 彼の少しシワの寄ったズボンから飛び出した大きな足が一歩前に出る。 「先生「ネクタイ」 歪んでる。 そう呟いて、きっと今しなくても良かった歪んだネクタイを直してあげようと伸ばしかけた手を彼に掴まれる。 見上げた瞳の奥に渦巻く好意。 「なぁ…寂しい?」 きっと、見透かされている。 私の下らない意地も、体面を気にしていることも。 泣いてしまいたいくらい、彼の熱はずっと苦しい。息もできそうにないくらい。 「…寂しい」 「それって「だって、」 掴まれた手をゆっくりと振りほどいた。 この子がこれ以上傷つくことのないように。 「倉橋くんは、私の大事な生徒だから。勿論、寂しい。けれど新しい高校でも貴方なら大丈夫だとも、思うよ」 ごめんね。 でも、私は後悔なんかしないよ。 あの子の机だけが減ってしまった三学期の教室に冬の日差しが差し込む。 大きな喪失感を感じると共に、私はどうしようもなくほっとしていた。 角張った文字で書かれた百人一首。 つれない恋を嘆く歌。 「ひととせ、貴方を思ふ」 届ける気もない返事を、誰もいない教室で小さく呟いた。 春も、 夏も、 秋も、 冬も、 貴方の幸せを願いたい。 でも、会うのは今日が最後でいい。 『つれないあの人のことを想って、これほど悩み苦しみ、もう死んでしまいそうだ。それでも命はどうにかある。ただ、あとからあとから零れ落ちるのは私の涙であることよ』 「」
砂糖に浸かる
互いの傷に砂糖を塗り込むような関係を築いてきた。 靴擦れの起こした足をハイヒールに突っ込んで、そっとマンションの扉を開ける。 早朝の静けさに、僅かに私の罪悪感が漂っていた。 「…ボディソープ無くなってたことくらい言っとけばよかったかな」 改札を潜る前、壁にはられた石鹸の広告を見てそういえばと思い出す。 でももう彼とはインスタもLINEも繋がっていない。言う術は持ち合わせていなかった。 「今日の夕ご飯は肉じゃが」 この連絡が私と彼が会う時の合図だったように思う。 「食べる」 「何時」 「二十三時とか」 「おそ」 「泊まる」 互いの責任を負わない愛情表現は楽だった。 適当な連絡。 雑なキス。 手は繋がなくて良いけどハグはして欲しい。 空いた心の穴を埋める為に甘い言葉は多めに吐いた。 彼は料理も甘めな味付けが多かった。 それは私にとっては都合が良くて 夕ご飯をご馳走してもらうお礼に次の日の朝食は私が作った。 「目玉焼きは何かける派?」 「卵焼き派」 「え、作る前に言ってよ今度ね」 会う頻度はまちまちなので今度が来週なのか来月なのかは分からない。でもそれで良かった。 良かったんだけどな。 「私は醤油派だよ」 「へー、俺砂糖」 「噛み合わないなぁ」 箸で潰れた黄身と醤油がマーブル模様を描く。 今朝焦がしかけたトーストを口に含むと彼からの視線を感じた。 「次はフレンチトースト食いたい」 「んー、気が向けば」 どこから好きは始まるのだろう。 学生時代の頃は簡単に見い出せた答えが最近難しくてしょうがない。 キスできたら好き。 連絡を待ち始めたら好き。 彼のことばかり考えてしまったら好き。 フレンチトーストは難しくないけど 作るのに時間が掛かるから面倒くさい。 そう考えてみるとフレンチトーストを作れる相手は好きと考えてもいいかもしれないな。 私が急にこんなことを言い出したら彼は何て返すかな。 「好きな男でもなきゃフレンチトーストなんて作らない。もしくは気まぐれか」 「そういうもん?…え、俺のこときらい?」 「別にすきだよ」 「…フレンチトースト」 「えめんどくさい」 不満げに珈琲に一般的基準をかなり上回る砂糖を入れてスプーンで掻き混ぜる様子を見守る。 これだったら他のジュースとかでも飲めばいいのに彼は珈琲に拘るのだから不思議だ。 「じゃあ俺を恋人にしてくれたら作ってくれるの」 彼の口から零れ落ちたその言葉は軽薄に響いた。 「さぁね」 この男は昨日にも明日にも同じことを別の女に言うのだろう。 もう好きという感情だけで恋にはできない。 だって私はもう少女じゃない。 「フレンチトーストに乗せるアイスはレディーボーデンが良いの」 責任を伴わない愛も 雑なキスも 適当な連絡も 楽で都合が良かった関係が今は苦しい。 それが何でなのかなんて 答えなんか出さない。 でも、 次に彼と会うのが最後にしよう。 もういつ来るか分からない連絡も待たないし、 彼の肉じゃがは食べない。 「フレンチトースト、冷蔵庫」 朝起きたら横に彼女はいなかった。 予感がした。 終わったのだと。 彼女は流行りの曲を口ずさみながら目玉焼きを焼いてよくパンを焦がしかけるような子だった。 真っ黒な水面を揺らして珈琲を飲む彼女。 寝癖の残った髪の毛とまだ何も塗られてない肌。 独占欲も愛もない透明な眼差しは心地よかった。 すきだったと思う。 でもこれが恋人にしたい好きだったのかは分からなかった。 布団に潜っていても目玉焼きもトーストも焼きあがることはないので鈍い身体を起こす。 冷蔵庫の中、バットに沈んだフレンチトーストを覗いて何となく冷凍庫を開けた。 「レディーボーデンはないか」 溢れた笑いを拾ってくれる人はいない。それが寂しかった。 ばーか、気まぐれだわ。 ここに居たらそう言ってそうだな、あの子。 彼女のことだから インスタもLINEも、もうブロックされてるだろう。 既読がつくことはきっと無い。 別にそれで構わない。 「お供に珈琲が飲みたかったな」 嫌いな珈琲をそれでも飲んだのは彼女が淹れた珈琲だったから。 ちゃんと、特別だった。 満員電車は嫌いだけど人の少ない電車で座ってぼんやり窓を見つめるのは好き。 自分の最寄りの駅名が聞こえて立ち上がる。 駅前のコンビニで朝ごはんを買わなきゃ。 階段を登った先は雲ひとつない青い空。 私は彼のことを考えていた。 無意味で無価値で何の生産性もなくて、 それでも楽しかったあの時間。 いつかこの恋も砂糖に浸して、 綺麗な部分だけをなぞって眺めていられるのだろうか。 いっそ、未練タラタラで檸檬の砂糖漬けでも作ろ。 砂糖漬けの消費期限は半年と意外と短い。 彼の最寄りの駅名もその頃には忘れているだろう。 …
硝子を口に含む 5
丁寧という言葉が似合う人だった。 「好きだよ」 俺がそう言うと、少し寂しそうに「私も」と笑う優しい女性。 「綺麗」 お目当ての鰯の群れを見て子供みたいにはしゃぐ様子を想像していたけれど、思いのほか彼女は落ち着いていた。 硝子の向こうの青の世界を見つめる様子が何故か遠く思えて。 伏し目がちに微笑む姿に胸がどきりとする。 子供みたいに無邪気な癖に彼女はやっぱり大人だった。 「海月の水槽も綺麗らしいよ」 「それも見たいなぁ、でも」 あと少しだけ。 そう彼女は囁くように言うと煌めく銀色の群れを見つめる。 横顔をずっと見ていたいと思うのに振り向かせたくもなる。 なぁ、君の憂いのある表情が憎いよ。 他の男の影なのかと思うと愛おしいのに憎らしい。 「渡辺、シャンプーかなんか変えた?」 口にしてから後悔した。いきなりクラスの男からこんなこと言われるのってきもいんじゃないか。彼氏でもないのにミスった。 でも慌てて俺が謝る前に 「ふふっ…ヘアミスト付けてるの。石鹸の香りなんだよ」 頬を赤くして余りにも嬉しそうに笑うから柄にもなく「爽やかで良い香りだな」なんて言ってしまった。 思えばこの日の俺は変だった。 頭がふわふわして落ち着きもなくて。 それでも朝はまだ大丈夫だった気がする。 二限目からだろうか。頭痛と目眩が酷く、吐き気が込み上げてきて、弁当を完食するのは諦めた。 保険室、行くべきだよな。 でも来週もう定期試験なのに全然勉強が追いついてない。今、休むと後がしんどい。けど駅伝近いし無理するのもなぁ。 ちょっと休憩。寝たら少しは良くなるだろ。 ガンガン叩きつけられたような頭の痛みから逃れるように机に突っ伏した。 多分そのまま暫く寝てしまってたんだと思う。 近くで誰かが動く気配がして頭の近くに何かが置かれたのが分かった。 窓から吹き込んだ風が春を呼び込む。 あ、 ふわっと香る石鹸の柔らかい匂いは覚えがあった。 薄く開いた瞼の視界の端に写るスカートの影。 教室を去る気配を感じて暫くしてから俺はゆっくりと顔を上げた。 「…これ」 伏せた額の近くで淡く感じた冷気は置かれたポカリが原因だった。 ……気づいてた? 俺の体調が悪いことなんか拓海にもバレなかったのに。 カッと体温が上がった気がした。上擦る心音。 こんなことで単純な奴だと言われるだろうか。 でも無視出来ない。見過ごせない。 「昨日、渡辺来ただろ」 購買で買ったコロッケパンを頬張りながら拓海が意味ありげな視線を送ってきた。 「うん。ポカリ貰ったよ」 「……ふーん」 なぁ拓海。 俺は俺の気持ちに覚悟を決めるために友達の名前を呼ぶ。 「ん」 「好きな人、出来た」 「やっとかよ」 頭を搔いて呆れたような顔で拓海が俺の背中を小突く。 「うん」 心に染み付いて離れない石鹸の匂いがそれを知らせていた。 「紫乃」 青い光に照らされた彼女が振り返る。 「紫乃、好きだよ」 「ふふっ…うん、私も」 好きな人が手に入った時、 それでも消えない不安はどうしたらいい。 もういつでも手を繋ぐことが出来る。 電話を掛ければ出るだろう。 名前を呼べばきっと彼女はこっちを向いてくれる。 その頬の柔らかさも体温も照れた時の仕草も全部もう知っていて。 でも、不安。不安。 だって彼女は今も俺じゃない誰かのことを考えている。
硝子を口に含む 4
「何処かに連れてって」 「滅茶苦茶な要望だな」 濡れた髪もそのままに寧々は扇風機に向かって「このままじゃ暇だー」なんて、脅しにもならないような言葉を発する。 身体が弱いことを忘れたような行動をとる所が彼女の悪い癖。 私はドライヤーを持ってくると「熱い」などという文句をねじ伏せて寧々の髪を乾かし始めた。 気持ちよさそうに目を閉じる様子は隣のビルでよく昼寝をしているあの猫の姿と重なる。 「何処かってどこなの」 「んー、紫乃の思う何処か」 全く回答になってない返事が返ってきたので放置することにした。 無言で私が自分の髪を乾かし始めると暫くは不服そうな頭突きを背中に浴びせてきたけれど、やがて飽きたのかカーペットでごろごろする姿が見える。 「寧々、葡萄ジュース飲む?」 「飲むー」 冷蔵庫にある半額で手に入れたカマンベールチーズとクラッカーを並べると機嫌良さげに彼女が摘み始める。 グラスに注いだ濃厚な紫が手の中で水面を揺らした。 「来週からねゴッホ展が始まるらしくて。ちょっと遠いから交通費は掛かっちゃうけど行かない?」 「……行く」 彼女が私のグラスに自分のものをカツンと当ててくる。 それが紫乃の思う何処か? さぁ、でも寧々の行きたい場所でしょ 「ふふ、うん」 彼女には彼女の悩みとか苦しみがあるのだろう。 此処ではない何処かを求める時は逃げたい時だと思うから。 「絵は今も描いたりする?」 「時々かな」 俯けた顔がグラスを傾ける様子はアルコールを摂取したことないとは思えないほど様になっていた。 「いつにしよ」 「来週の水曜がいい」 水曜…水曜、二十三日だから、あ、その日だめだ。 「その日は用事あるから別の日がいいなぁ」 「…柳君?」 「うん」 鼻の奥まで香る葡萄の匂いは夏の匂いがした。 「嫌」 「…え」 静かな部屋には冷蔵庫が氷を作る音がよく聞こえる。 「なーんて」 冗談だよ、本当に。 「柳君に紫乃が取られちゃう気がして面白くなかっただけ」 寧々の明るい笑顔には一部の隙もないくらい嘘なんか見えなくて、それが逆に不自然に思えた。 「隼人は隼人、寧々は寧々だから」 どっちも私にとって大事な人だよ。 友達と恋人は私にとって比べるものじゃないの。 「分かってるもん、紫乃だいすき」 「はいはいありがと」 「信じてなさそーな返事だなぁ」 土曜日でもいい?その日なら一日空いてる。そこがいいー。 あっさり別の日に決まったゴッホ展をカレンダーアプリの予定に追加する。ゴッホは寧々が好きな画家だった。 「ゴッホの絵は本物がいいの」 筆の凹凸が明かりできらきら輝いて、宝石みたいで 「生きてるって感じる絵」 「そんなに素敵な絵なら見るのが楽しみ」 寧々、気づかないで。 「紫乃ごめん、待った?」 「そんなにだよ。行こ?」 今年買った華奢なサンダルはそろそろ見納めかもしれない。 「今日の褒めポイントは新しく塗り直したマニキュアと上手くいった巻き髪だよ」 「申告制なのかよ」 全部可愛い。 求めてた回答を言い当てられてちょっと照れくさくなって顔を逸らす。 「水族館楽しみだったの。鰯の群れが見たくなって」 「特殊な理由だなぁ」 「見たら絶対わかるよ、綺麗だもん」 どちらともなく繋いだ手に心が擽られて笑い声をあげたくなるような気持ちと共に痛みが走る。 罪悪感も嫉妬も不安もファンデーションの後ろに隠して何一つとして悟られてはならない。 だって、まだ貴方の傍にいたい。 揺れるスカートも量に気をつけながら着けた香水も、全部彼の為。 でも嘘をつき続けているのはどこまでも私の為でしかなかった。
硝子を口に含む 3
好きな女がいた。 「あいつの魅力って毒と同じなんだよ」 「ふーん、それってどんな感じ」 あいつと居ると、一緒に死にたくなる。 「拓海」 久々に会う彼女は以前よりも少し痩せていた。 剥き出しの白い肩が、涼しい夜には寒そうに思えて直ぐに部屋に招き入れる。 「今日は焼き鳥とハイボール持ってきた」 「お前飲んだらダメなんじゃねぇの」 冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを出そうとした俺の背中に彼女が抱きつく。 「そういうこと言わない拓海が私は好き」 「…ハイハイ」 前に友達と飲んだ時に余ったつまみも並べて缶のプルタブを開けた。 カシュッという音と共に立ちのぼる炭酸。 温め直した焼き鳥の葱だけを除いてこちらに寄越す様子に呆れた視線を送る。 「葱だけいらねぇよ」 「だって焼いた葱って甘ったるいじゃん。口に残る感じが嫌」 俺は別に嫌じゃねぇけどな。 とはいっても葱だけで食いたいほど好きではない。 彼女が言うには甘ったるいという葱を口に運んでハイボールで流し込む。どちらともなく砕いたナッツの音がやけに響いた。 着地点の見えない彼女の話に適当な相槌を打つ。 飲みなれてない酒で機嫌良く酔う赤い頬を見ているとかぶりつきたくなって視線を逸らした。 酔ってんのはどっちだよ。 「風呂借りるねー」 「おう」 洗面所に置かれたままの化粧水に対して彼女はどう思っているんだろう。 彼女に出会ってから他の女と遊ばなくなった。 でもそれを知れば、あの子はきっともうここには来ないから、 俺はどうしょうもなくこの生産性のない関係を続けている。 「じゃあ、抱いて」 この時、彼女と初めて相対したんだと思った。 別に高校での底抜けに明るい性格が嘘だったとまでは思わないけど、ここに本物があると。 死ぬまで処女とか嫌だと抜かす彼女はどうやら彼氏を作る気はもうないらしい。 「だっていつ死ぬか分かんない人とずっと一緒にいるのはしんどいだろーし」 甘いものが嫌いな彼女の本音がこんなに甘いものだとは俺は思えなかった。 だって俺はこいつの元彼の言葉を聞いてしまった。 一緒に死にたくなる。 それはどういう毒なのだろうか。 「キスすると寿命が伸びるらしいよ」 「…へぇ」 華奢な背中は軽く押したら簡単に倒れた。 ……誘ってんの 掠れた俺の言葉に淡く笑みを浮かべて「だったら嬉しい?」と言うこの女に惚れている時点で多分俺の人生これから下り坂だ。 ゆっくり巡る毒にとうの昔に犯されている俺はこの女がいつ死ぬとしれないことに絶望していた。 「私、死ぬ時は絶対、幸せな気持ちで眠るように死にたいの」 彼女は無邪気な声色で今後の遊びの予定でも語るかのように軽い口調で語った。 「…それは、絶対幸せになるっていう覚悟?」 ううん。 さくらんぼ色に塗られた瑞々しい唇が微笑む。 「どんな時でも常に幸せでいるっていう覚悟。」 きっと彼女は生きていようが死んでいようが、誰と会えなくなることも気にしないだろう。 同じ絶望を分かち合えないという、絶望。 なるほどな。 思っていた以上に彼女の毒は致死性が高いらしい。 机の上には倒れたハイボールの缶が落ちるか落ちないかのすんでのところで留まっている。 他の奴がどう思ってるのかなんて俺にとってはどうでもいい。 俺の知る、早坂寧々はこういう人間。
硝子を口に含む 2
「人魚姫の話、苦手なの」 「えっ?可愛いのに。赤い髪の毛とか」 「ディズニーの方じゃなくて。グリムの方の」 授業中からこっそり見ていたのであろう寧々のスマホには赤い髪の人魚姫が笑顔を浮かべて海の中を泳いでいた。 「可哀想な話だから嫌いなの」 頬杖を付いてこちらを見つめる寧々に私は視線を遣る。 「……んー、もやっとするの」 初めて読んだ時はその物語の儚さとか切なさに幼心にも悲しいと思ったし人魚姫の健気さに涙を流したりもした気もする。でもいつからか。抗おうとしなかった人魚姫に疑問を感じるようになった。 本当に方法は何もなかったのだろうか。何か、できたのではないだろうか。 何も言わず、何も抵抗せず、相手の幸せを願い海の泡になったお姫様は健気だろう。可哀想で、綺麗で、儚くて。 でも私はそれが何だか嫌だった。 泡になった人魚姫が美談とされているのが。 「もー、紫乃はやさぐれんなって」 私の言葉にからりとした笑い声を寧々は立てた。 「いいじゃない。悲しい結末は記憶に残りやすいんだよ。」 だって心を包み込む温かさなんかよりも、刻み込んだ傷の痛みの方が忘れにくいでしょ。 私にも素敵な王子様が現れないかなぁ。…あぁでも、現れても、困っちゃうや。 何処か軽薄な口調で続けられる言葉に私は思わず眉を下げた。言葉を見つける前に寧々にほっぺたを摘まれる。 「…にゃに」 「ぁはは、紫乃はやっぱり優しいね」 三十歳まで生きられるか分からないと彼女は私に言った。脆すぎる身体では副作用のきつい薬にも治療にも耐えられないらしい。それなら短くても楽しい一生を過ごすことを選んだのだと。 以前よりずっと細くなった腕を見つめて私は震える手を隠すように握り締めた。 「そんなことよりさ、柳君とはどうなの?」 腰まである髪の一房を手に取って指にくるくる巻き付けながら寧々は微笑む。 「……特に何もないけどなぁ」 「ああ!嘘つけ、付き合ってるくせに」 「……うーん、ぼちぼち」 「手はもう繋いだ?」 「黙秘しまーす」 「ちぇ、おもんないぞ!」 明るい言葉にはきっと何の含みも込められてなくて。いっそ、嫌味の一言でも言ってくれたらなんて、理不尽で最低なことを思ったりもする。 寧々が指に髪を巻き付ける癖はいつだって何かを取り繕おうとする時だった。 「…えっ!付き合ったの?おめでとー!」 だって、あの日もそうだったから。 ちょっと驚いたように目を丸くして、でもあの輝くような笑顔で祝福してくれた。 でも、私は知っている。 隼人君のことが好きなのは、寧々も同じだった。 直接寧々にそう言われたわけじゃない。でも言われなくたって、視線とか表情とか、声とか。そういうので、分かっちゃう時もあるじゃん。 寧々は可愛い。 ぱっちりした目に細い足とさらさらの髪。 明るくて、愛嬌もあって、いい子で。 でも、私も好きなの。 私も、柳君のこと、好きなの。 出席番号が近くて、仲良くなるのは早かった。 好きなところはたくさんあるけれど、何がきっかけで好きになったのかを聞かれるとそれは分からない。 でも、この恋の引き返し方なんて思いつかないくらい、好き。 挨拶を交わす度に心臓が止まりそうになる。 彼の色んな表情を見たいし、横を歩く女の子は私がいい。 私だけにして欲しい、 いつの間にかプレイリストは恋の曲で占められていた。 どうしよう。 全然、諦めたくない。 横顔を見ているだけで幸せだったあの頃よりも、ずっと欲深くなった自分が顔を出す。 「今日の紫乃凄い良い匂いする!ヘアミスト?」 「うん!ふふ良いでしょ…つけてみたい?」 「えっ!いいのー?」 「いいよー今日持ってきてるし」 移動教室は被ってる選択科目も多いからいつも寧々と一緒に行動していた。 「あっ、ちょっと用事あるから先帰ってて」 「待っとくよ?」 「ううん。結構時間かかるし大丈夫だよ」 「りょーかーい。じゃあまた明日ね」 放課後、寧々と別れて私は目的の所に向かう。テスト期間だし、相手の時間を奪うのはいけない。 まぁ、それも結局は建前で。 「俺最近さ、数研横の空き教室で勉強してるんだよね」 今朝の柳君の言葉を思い出す。 ごめん、少しだけ。 口実のためにいつも飲んでいるエナジードリンクを差し入れようと自販機に寄る。 「あれ?渡辺じゃん。今日学校残る感じ?」 振り返ると宮野君が立っていた。宮野君とは柳君と喋る関係でわりとよく話す。 「えー残らないけど何となく」 「ふーん」 ちょっと不思議そうな顔をしていた宮野君だが何を思ったか首を傾げてニヤって笑った。 「隼人なら数研横の教室ー」 「ちょっと!」 宮野君も大概、察しがいい。 誰にも言ってないし、割と隠せてる自信がある私からしたら少し複雑な気持ちになる。 「へー、なんか差し入れ持ってくの?」 「はいはい、そーかもねー」 「うーわ、情報提供した恩人になんて態度!」 「わー、ありがとー感謝ー」 「絶対思ってないやつ」 いつも通り軽口を叩き合いながら話していると宮野君は思い出したようにポケットに手を突っ込んだ。 「そうそう、これやろうと思って声掛けたんだった」 「チョコレート?」 差し出された赤色の包装を訝しげに私は見つめる。 「なんか加藤先生の書類運ぶの手伝ったらお礼に貰ったんだけど、俺、甘いもの嫌いじゃん?」 「いや知らないけど」 「…まあ、いいからやるよ」 「ふーん?まぁ貰っといてあげる」 「なんで上から?」 テスト期間になると塾の自習室に残る人が多い。時々教室で勉強している人もいるもののそれもかなりまばらだ。 そわそわする足取りで私は柳君のいる教室に向かう。 「っ…」 咄嗟に扉の影に隠れた。 入ろうとした教室で見たのは、突っ伏して寝ている柳君の脇にそっとポカリを置く寧々の姿だった。 窓の光が差し込む教室で微笑む彼女があまりにも綺麗で。神様にさえも二人が祝福されているような気がした。 そっと見つからないように踵を返す。 柳君がいつも飲んでるのはエナジードリンクじゃん。…なんでポカリ、意味わかんない。 私の方が、…私の方が。 「……不味い」 初めて飲むエナジードリンクは喉が焼けるような味がした。 そういえば宮野君からチョコを貰ったなと思い、口直しに使おうとスカートのポケットから取りだす。 でもなんでかな。 この不味い不味い恋の味を消してしまうのはなんでか今は嫌で、結局またポケットにチョコレートを戻した。 あー、面倒くさい。女って、面倒だ。 恋してる女はもっと。 いつもよりも荷物の少ない通学鞄も、 履きなれたローファーも、今は全部重い。 見上げた空の陽光を手を翳して遮った。 着ている制服すら煩わしくて、 このまま走り出して転んで一生立ち上がりたくない。 「……叶わない、なぁ」 口の中で転がした恋心はまだ呑み込めそうにない。 だからこそ余計に、驚いた。 「俺、渡辺のこと、好きだ」 一瞬言われたことの意味が分からなくて、ぽかんとした表情で彼を見上げた。 「……え、本当に」 「…本当に」 「渡辺と…付き合いたい、です」 頭一つ分上の柳君の顔が真っ赤に染まるのを見つめる。彼は冗談で告白するような人じゃない。 「わ、私も…好き」 「柳君と…付き合いたい」 「……よっしゃ!」 満面の笑みでガッツポーズをした柳君にぎこちない手つきで抱き締められた。 夢みたい。 自然と口から笑い声が零れる。 彼の白いシャツからは制汗剤と、僅かに汗の匂いがした。 私は、寧々のことを考えていた。 可愛いあの子の顔。明るくて愛嬌のある性格。 何一つ叶わないと思っていた。 叶わないと思っていたあの子に初めて勝てた気がした。 感じるのは罪悪感と優越感。 優越感を感じているということは劣等感を感じていたということで、勝ったと思っている時点で私はきっとあの子に負けている。 でもいい。柳君が、私のものになるならなんでもいい。 複雑なマーブル模様を描く心に私はそっと蓋を閉じた。 「ねぇ、柳君」 「ん?」 「いつから?」 いつから、私のこと好きになったの? 「…前にさ、」 柳君が何処か眩しげな顔で目を細める。 そして私を見下ろして柔らかく微笑んだ。 「渡辺が、俺が放課後勉強していた時にポカリを置いてってくれたことがあるだろ」 「……え、」 それは。 「あの日俺、多分風邪引きかけててさ。体調悪くて。」 だから起きた時、ポカリが置いてあったのに本当にびっくりして。嬉しくて。 「あぁ、好きだなって、思った。」 ちょっと照れくさげに、柳君はくしゃっとした私の大好きな笑顔を浮かべた。 目の前が真っ暗に染まる。 ああ、それは、寧々だ。 寧々なんだよ、柳君。 「それで次の日にさ、拓海に渡辺来ただろって言われて…渡辺?」 「…ううん」 固まった表情筋に力を入れて柔らかな笑顔を作る。彼の手の温かさが今はこんなにも辛い。 「…よかった。柳君が喜んでくれて」 ……
硝子を口に含む 1
ビー玉を呑み込む夢を見た。 翡翠のような緑の硝子を日に透かして中を覗く。 何かを通して世界を見れば、もっと綺麗に見えるかと思って。 口内で丸い玉を転がすと歯にぶつかる音が内側から響いた。 冷えた感触が心地好い。 消化先のない異物を取り込んだはずなのに不快感はなかった。僅かな圧迫感と共に食道を通り、心臓をすり抜け、胃に達する。 そしてこの硝子は何処に行き着くのだろうか。 分かることがあるとすれば、 私がビー玉を呑み込める側の人間だったということだろう。 「紫乃これ見て!」 「んー?」 持ってきた梨を剥き終えて並べていると兎の形じゃないと文句を言われる。贅沢な。 「暇で読んでた漫画のシリーズすっごく面白かったから読んで!!」 「何ジャンル?」 「少年漫画!」 布団の上で転がりだらしなく手を伸ばす寧々にフォークに刺した梨を手渡してから、指差された漫画を見る。 「…なんか、薄くない?漫画にしては」 「あーだってそれ番外編だもん」 「……」 本編見せてくんない?えーだってそっち先読んで欲しくて、胸きゅんシーンめっちゃ多いの!いや本編見なきゃ何もわかんないでしょ。イケるイケる。意外と分かる。 「もうすぐ映画化するらしいから見たいんよねー。あ、映画化っていったらさ、キミユメも実写映画化するらしいよ。紫乃、柳君と見に行ったら?」 か れ し 。 咀嚼した梨を呑み込んで意味ありげにフォークを回してみせる寧々。化粧なんかしていなくても綺麗な顔がいたずらに笑う。 「うーん、実写化かぁ…」 「あれ紫乃って漫画の実写化だめだっけ」 「そういうわけじゃないよ」 「あーそれじゃあ、凪君が少女漫画とか興味無いのかぁ」 この会話をそれ以上続けたくない私は寧々の口に皿にまだ残っている梨を突っ込んで曖昧に微笑む。 病室の白い壁に囲まれていると、いとも簡単に私の心を見透かされいるような気がしてどことなくいたたまれない。 「漫画、ありがとうね借りてくよ」 「あーぁ、本当はこっちの薄いのから読んで欲しかったのに」 「前向きに検討しとくね」 「なんて後ろ向きな回答」 唇を窄めたむくれた顔で首を傾げる寧々の短い髪が鎖骨の上を滑る。高校の頃は腰まで伸ばしていた絹のように綺麗な髪は今は肩より少し上のあたりで切りそろえられていた。 「寧々」 「なぁに」 言いたかった言葉は全部喉の奥につかえて、結局零れ落ちたのは言っても仕方ない意味の無い言葉。 「…死なないで」 「んー、死ぬよ」 私も、紫乃も。人間はいつか、みんな死ぬじゃん。 「まぁまだ後十年くらいは生きれる予定だからさ」 検査入院も後二日で一旦家に帰れるし、私は全然元気だよ。 「…うん。ごめん今日ちょっと弱くなってる」 「んーん。そんな時もあるさぁ。まぁ漫画読んだらすぐに感想をLINEで送ってよー」 「はーい」 底抜けに明るい笑顔で手を振る寧々に手を振り返して病室の扉を閉じた。ストレッチャーを押す看護師さんに会釈して消毒液の匂いのする廊下を邪魔にならないように歩く。 言えない。 病院を出ると残暑の厳しい日差しで直ぐに額か汗が零れ落ちた。日傘やハンディファンごときではこの暑さは防げないみたい。 アイス食べたいなぁ。 電車の時間を見ようとスマホを見ると柳君こと、隼人からメッセージが来ていた。 『アイス買いにコンビニ来てるんだけど紫乃も食う?それだったら買ってそのまま紫乃のところ行くよ 』 大学生になってから一人暮らしを始めた。 大学から少し離れているけれど、実家よりも隼人の地元に近い。 『食べたい!あ、でも今隣駅にいるから、私の部屋先入っといて!鍵はいつものところあるから』 『は〜?あそこ危ないからやめとけって言ったじゃん。よし、俺が持って帰っといてやろーか』 『私の鍵の予備なんでやめてくださーい』 自然に上がりそうになる口角を誤魔化そうと唇力を込める。家に着くのは二十分後かな。 「私の食べたかったアイス!」 「俺、紫乃のことなら何でも分かるから」 「ふふふ、じゃあ紫乃検定三級合格で」 「低くね?」 スイカを模したアイスを咥えて不満気に顔を顰める彼の目蓋にキスをする。 「アイスありがと」 ますます顔を顰める姿が可愛くて、自然と頬が緩んだ。 「ん。キスしたいから目閉じて」 「いや」 「なんでだよ」 「今日瞼の調子悪くてアイプチしてるから目閉じたら白目なる」 えっ見たい。やだよ、絶対隼人笑うもん。いやいや、どんな時も紫乃は可愛いから絶対笑わない。…ほんとに? 「ーっふ、ぁはは」 「ほら!」 「違うって!かわいいかわいい」 「嘘つき野郎ー!」 至近距離で見つめ合って、互いに笑いが止まらなくなる。唇に柔らかいものが触れて、くすくす笑いが零れ落ちた。 遠くから聞こえる風鈴の音。 視界の隅で捉える窓枠に切り取られた青い空。 誰が思うだろう。 渡辺紫乃は嘘をついている。
月曜日の逃避行
「幽霊が一番よくいるんはなぁ、電車の中や。」 まだランドセルを背負って、休み時間にはドッヂボールに明け暮れていたあの頃、仲の良いお坊さんが居た。 「普通そういうのって心霊スポットとかやないん」 名前も聞いてないおっちゃんは、面白くてちょっと変わってて、色んな話を二人でした。 遊びに行くと「内緒やぞ」そう言って煎餅とかどら焼きとかをいつもくれた。 その日は、どうしてそんな話になったんか。ホラー映画を友達と家で見た話をしたのがきっかけやった気がする。 「……通勤しよるんや、あいつら」 おっさんは、ココアシガレットそっくりな煙草を咥えて苦々しく呟くと火をつけようとしたライターを閉じた。真っ白な煙草が吸殻に押しつけられてそのまま折れ曲がる。 俺は貰った煎餅をばりばり齧るのをやめて、おっさんの顔を見た。 悲しいとも、悔しいとも、寂しいともつかない。 ただ、どうしようもなくやるせなくそれは今も俺の胸に何色にも染まらない渇いた音を響かせている。 「何も死んでからまで、通勤なんかせんでええ。」 くたびれたスーツに重い革靴。もう死んでる奴が、今すぐ死にたいとでも言うような顔で窓の外を見つめている。 何をする訳でもない。 嫌いな奴を呪いに行くこともない。好きだった人の様子を見に行くこともない。天国にも、地獄にも、神に会う訳でも、世界の秘密を知りに行くわけでもなく。 自殺したことさえも忘れてただ彼らは電車に揺られている。 月曜日、おる 火曜日、今日もや 水曜日、今日もか 木曜日、今日も 金曜日、あぁ。 もうええやん。頑張らんでも、ええやん。 やから、通勤ラッシュの電車には乗りたない。 「…おっさん、その人は今も電車に乗ってんの」 「…いーや、ちゃんと成仏させた」 ふーん、そう言いながら俺は何となくおっさんの顔が見れなくなって下を向く。 別にUFOとか、妖怪とか、全部いるって信じてるとかやねぇけど、おっさんの言葉は本当やと思った。おっさんのする不思議な話は全部嘘なんかやない。 縁側の下では、蟻の行列が途切れることなく続いていた。 「あんな悲しい者になるんやねぇぞ」 今度こそ火をつけた煙草から煙が立ち上る。 独特な苦さが鼻腔を霞めて 皺の寄り始めた大きな手が俺の頭をガシガシと撫でた。 「逃げたきゃ、逃げろ」 でも死なんといてなぁ。頼むから。お願いな。 手元のスマホを見た。 朝の七時十八分。電車が来るまではあと二分。 相良。 電光掲示板の下で俯く顔が見えた。 最初は優等生なあいつが髪の毛を軽く茶色に染めているのを見て、珍しいな、どしたんやろという好奇心でぼんやりと眺めていただけやった。 別に俺の高校はそこまで校則が厳しいわけやないし、あれくらいで先生から目の敵にされることもないやろうしな。 スマホに目を落としていた相良が顔を上げる。 虚。 あまりにも何の感情も乗ってない顔に、ぞくりと肌が粟立つ。得体の知れない何かが彼の周りを蠢いているような気さえした。 人間が持つ第六感ってのは、案外優秀で。 落としたスマホが壊れるか壊れないかはその瞬間に分かるもんやし、本当にヤバい瞬間ってのはちゃんと直前に察せたりする。 二分後、あいつが電車に乗ってる未来が見えへんかった。 当たり前の光景。電車に乗った相良が埋まってる座席を見て、ため息をついて吊革を掴むような、そんな光景。 待ってくれ。 いくな、相良。 殆ど無意識。気がついたら俺は相良に声を掛けていた。 「よ、相良。」 「……おー、倉永か。…どした?」 ぼんやりとホームを眺めていた相良の顔に今度は怪訝そうな顔色が浮かんだ。まぁ、一年ぶりに急に声掛けて来たら驚くやんなぁ。グループ同じだったわけやないし。喋ってはいたけど。 「やー、ホー厶の周り見渡したら声掛けれるやつ相良しかおらんくて。」 居心地の悪さを感じながら頭を掻いた。ヤバ、何話すかなんて当たり前に考えてねぇ。どないしよ。 あ。 俺はニタっと口角を上げた。 「なんかどうしてもラーメン食いたなってさ。 ちょっと相良、付き合ってや」 「朝の七時にラーメン食いたくなる阿呆とかお前だけな」 「ハァ?じゃーお前の目の前にあるその丼ぶりは何やねん説明してみろや」 「ねぇ、煮卵まじで美味しいよ」 俺の文句を軽く躱すと、相良は涼し気な顔でレンゲでラーメンの汁を掬う。 もっと暑そうに食わんか。 やけくそ気味に俺はラーメンを啜った。 「…うまっ!!」 深夜に食べるカップラーメンも美味いけど、月曜日の学校をサボって食べるラーメンがこんなに美味いなんて俺は十八年間生きて初めて知った。 どちらも共通点は背徳感。 学校には丁寧な言葉でラーメンを食べに行くから学校には行けへんことを電話で話した。 「な、え?なんやて?はぁ!?ラーメン?」 「はい、ラーメンっす。それでは谷やんお身体をご大事にしてください。」 「あっ、おいちょとまてっ!!倉な」 スマホの電源はもちろんオフ。 谷やん、先週の金曜日のホームルームで最近血圧の数値が気になるとか言うてたから心配やし、労らんとな。 「…はぁ、受験生なのに」 「おおおお前、余計なこと言うなや」 「動揺しすぎな」 倉永とか受験勉強してるイメージないな。おい、だまりな普段はちゃんとやってんねん。そもそも俺一般やし。……マジ? とりとめのない、馬鹿みたいに中身のない話を沢山した。 その間に一年以上ぶりの気まずさはとうに消えていた。 「おい、不良どもちょっとこっち来てくれ」 「店長!!不良やないっす。不良はこんな優等生みたいな雰囲気醸し出してないすよ。」 「月曜日の朝からラーメン食べに来る優等生がおるか」 ノリの良い店長に呼ばれるままに厨房前のカウンター席に座ると、何やよう分からんがスープを作っているみたいやった。 「これ新作の豚骨スープなんやけどな、ちょい味見して欲しいねん」 立ち上る美味そうな香りにさっき食べたラーメンも忘れてお腹が鳴りそうになる。 「今日の豚骨ラーメンも美味しかったですよ」 相良の言葉におっちゃんは額の汗を拭いながらニカッと口角を上げた。 「一流のラーメンは常に向上心がないと作れへんからな!」 まぁ、実の所な、来月から入ってくるバイトの女の子がめっちゃ可愛いから気合い入れへんとなて思って。 「へーえ!!」 「まじっすか!!いつっすか!!」 「あー、いつやっけ。ちょお待ってカレンダー見な分からん」 なんだかんだおまけで貰った煮卵を飲み込んで俺は見に行くように店長を急かした。 「その日行きますって!教えてくださいよ、相良も来るやろ?」 「あ、俺も行く流れ?」 「当たり前やん!」 高校生に優しいカラオケがある。 学生で人数が一人以上やとドリンク代だけでカラオケが出来る。普段なら人が多くて三時間が限界やけど、何せ今日はど平日の月曜日。それも朝。無限カラオケが始まった。 「やば、もう歌う曲浮かばん!!国歌でも歌うか?」 「ーっふ、あは、なんでだよ。他に絶対あるだろ」 カラオケに飽きて、ダブルバーガーにフライドポテトを食べた後はボウリングに行った。 相良の転がしたボールが真っ白なピンに一本も掠ることなく穴に吸い込まれる。 「ちょっ待って!ぶっはは、ほんまに下手くそ」 「うるせぇな。こっちは初めてなんだよ」 思ってたよりも下手くそやった相良が四回ほどガーターを叩き出した頃に日が暮れた。 「…俺さ、」 「ん?」 帰り道、駅までダラダラ俺らは歩いた。 俺が今日でお金使いすぎたなぁ思いながら軽くなった財布を眺めていると相良の足を止めた。 そんなにここは都会やないから、ちょっとカラオケやボウリングから離れると田んぼが広がっている。 蛙がゲコゲコ鳴く中、割れた道路から剥き出しになった土から緑が見えた。 「俺さ、髪染めた」 「はぁ?そんなん見たら分かるわ」 「知ってたんだ」 「そりゃな。」 夜道は暗い。街灯の白い光だけが頼りだった。歩き出そうとしない相良を見てふと思う。こいつは、帰りたくないのかもしれない。 「なぁ。どう、思った?」 あぁ、きっとこの質問は言葉以上に大事な何かがある。 俺の第六感がそれを告げていた。 人間が言葉という手段を得てもなお、感情を声色に乗せられる生き物であるままなのは何故なのだろうか。 「……正直、意外やなとは思った」 「うん」 「やけどさ、似合っとんで、茶髪は茶髪でさ。まぁでも俺は相良の黒髪も良いと思うけどな」 「……そっか」 なんか気まずなって、手に持ってたエナドリを飲み干した。 炭酸の抜けた甘さが妙に舌に残って、違和感が残ったまま。 何を思ったのか、相良の手が俺の喉仏に伸ばされる。喉を覆う圧迫感と背筋を伝う僅かな緊張。 欄干のない橋をふらふら渡っているかのような異様な不安、恐怖。 逸らすな。今絶対、逸らすな。 相良の瞳の中には不純物のない闇が広がっている。 俺は、殺されるんやろか。 「なん?」 「生きてるなって」 「お前も、生きとるやんか」 相良。 どこへ行こうとしてんの。 「俺、さ。俺、」 今朝もしかしたら、死のうとしてたのかもしれない。 「京香さん」 「あら、おはよう裕二くん」 「今日は赤ちゃんの夜泣き大丈夫だった?」 「うーん、明け方から泣き出しちゃって。さっきようやく寝たところなの」 ちょっと目にクマを作って京香さんが微笑む。 「何か手伝えることがあったら俺も手伝うから」 「ありがと。でも裕二くん今年受験生だからなぁ」 「わぁ。思い出したくないことを」 「ふふっ」 今年の春、父さんと京香さんに待望の赤ちゃんが生まれた。遅めの出産だったけど、母子共に健康で、俺の弟はすくすく育っている。 母さんは俺がランドセルを背負い出して間もない頃に、帰ってこなくなった。 「パパ、ママは?」 「ママは…な、遠くに行っちゃったんだ」 俺の頭をぐしゃぐしゃかき混ぜて父さんが明るく笑う。 「…そっか」 子供心に気づいていた。 あぁ、捨てられたのか。俺も、父さんも。 母さんとの思い出は少ない。 良い思い出は、もっと少ない。 京香さんが家に来たのは母さんが帰ってこなくなって二年ほど経った時だったろうか。 「裕二くん」 面白くはなかった。だって、母さんに捨てられたのに父さんにまで捨てられたくなかったから。 怖かった。 京香さんに父さんを取られたらどうしよう。 そしたら、俺、本当に要らない子だ。 ひとりはいやだな。 ひとりはさみしいな。 「祐介さんと私が結婚することが、裕二くんの為になるなんて、そんな子供騙しみたいなことを言うつもりはないの。だって、はい。今日からお母さんの京香です。なんて言われても戸惑うと思うから」 でも、それでも祐介さんのこと愛してしまったから。どうしても諦められなくて。 だから、今日はお願いしに来たの。 「どうか、裕二くんとお父さんの仲間に入れてください」 「……俺が邪魔者なんじゃないの」 「ううん、二人の邪魔をしてしまうのは私だから。」 おにごっこも、かくれんぼも、「入れて」っていわれたら仲間に入れたげるんだ、僕は。 だってひとりはかなしいから。 「…ふーん、いいよ仲間に入れたげる」 「……ほんとに!ありがとう!」 こんな子供に頭を下げる大人がいることが不思議だった。 今だから思う。京香さんはあの時、俺を小学生の子供としてではなくて、一人の生きている人として尊重してくれたんだろうなって。 「裕二くんはオムライスが好きだよね」 「……そんなことないし」 別にオムライスが好きなわけじゃない。ただ、赤いケチャップで書かれたハートとか、名前とか、…大好き、とか。そういうものが珍しいと思ってるだけで。 「ふふっ、そっか。また作るね」 「…京香さんは、どうしてそんな目で俺を見るの」 「そんな目って?」 「なんか、むずむずする目」 例えば俺がご飯を食べている時。 テストで満点を取った時。 友達と出かけてくると声をかけた時。 優しくて、暖かくて、むず痒い。 そんな目で俺を見て、京香さんは微笑むんだ。 いたずらな茶色い目を瞬かせて京香さんが楽しげな笑い声を上げる。 「裕二くんが、愛おしいからかな」 胸の奥がいっぱいに満たされて、でもちょっと痛くて、泣いてしまいたくなくなった。 もう一回、生まれたかった。 京香さんが本当のお母さんだったら良かったのに。 赤ちゃんが生まれたことを喜べないことがずっと、辛かった。 母子共に健康な方が良いに決まってるし 父さんも京香さんも赤ちゃんが生まれたからって俺の事を蔑ろにするような人達では絶対ない。 全部わかった上で、情けないことを言おう。 羨ましかった。 妬ましかった。 俺の願望をいとも簡単に叶えた弟が。当たり前のように本物の母親からの愛情を享受するその姿にムシャクシャして。 「髪を染めたのも、きっと反抗心からで」 何となくだった。何となく、いつもの美容院でブリーチしてくださいって、頼んだ。 「あれ、裕二くん髪の毛染めたの」 「…うん」 「そっかぁ。かっこいいね」 「…だろ?」 なんで、寂しいなんて思ってしまったんだろ。 どうして、怒ってくれないんだなんて馬鹿みたいなことを考えてしまったんだろ。 「今朝のこと、よく覚えてなくて」 別に死にたいと思って生きていたつもりはなかった。死ぬつもりなんか、全くなかった。 ただ、何となく。 あぁ、きっと魔が差したのかもしれない。 黄色い線の向こう側の光が眩しくて。居心地、良さそうだなって。無性にそこに飛び込みたくなって。 「でも、倉永がラーメン食いに行こなんて言うから」 なんか悩んでたこと全部が馬鹿らしくなった。 「だからさ、ありがとう」 俺の肩に額を当てて「でもやっぱ、朝七時からラーメンは意味わかんないけど」って笑い声を上げる相良。 「俺、相良とラーメン食ってカラオケ歌って、ボーリングでストライク出しただけだけやねんけど」 「ガーターばっかで悪かったな」 舗装の雑な道路を再び俺たちは歩き出した。 「来月あのラーメン屋にまた行かなあかんやろ。まだ死なんといてな」 「あはは、うん。あれ、再来月は俺いなくてもいいの」 「あかん。再来月は俺の気になってる醤油ラーメンの美味しい新店舗が出来るはずや」 太るなぁ。全然太る気なんかなさそうな顔で笑う相良を見ながら思う。 きっとこういう毎日を重ねていけば、相良なりの答えを出すんやろうなって。俺が何か特別格好ええことなんか言わんでも。 やってさ、家族の問題に俺が何か口出すんは違う気するし。 でも別に、何も出来へんわけやないやろ。 何もしちゃ、いけへんってことはないやろ。 「じゃー相良、来月のラーメンも朝七時集合やで」 「普通に放課後がいいわ」