築2年
7 件の小説過ぎた日のたね 6
「中塚さん、どうしたの?」 僕がそう聞くと、彼女は俯きながら答えた。 「あのね、私と一緒に、万引きしてくれない?」 ……は? 僕は返す言葉が見つからない。 「え、それってどういうこと」 「いいからはやく!」 中塚さんはそう言うと、僕の手をグイグイと引っ張った。 このまま着いていく訳にもいかないので、僕は抵抗する。 「いや、ほんと意味わかんないって!」 すると彼女は泣きそうな顔をして、 「お願い!今大変なことになってるから助けて!」 と叫んだ。 何がどうなっているのかさっぱり分からない。 頭の整理がつかないまま、僕は家を出た。 僕達はあのスーパーの中に入った。 「私、今脅されてるの。ここで万引きしてこいって言われた」 彼女は小声で、早口でまくし立てた。 「え、いやどういうこと?なんで?誰に?」 僕は焦りを隠せずに問う。 中塚さんは気まずそうに言った。 「モリタ、くん」 ひとつ、ため息をつく。 どうして急に? なんで中塚さんを? なんで万引き? 何が目的なのか? ……もうそんなことはどうでもいい。 本当に気持ちの悪いアイツを、僕は許さない。 酷い目に遭ってほしい。 僕は出口に向かって走り出した。 待って、と中塚さんの声がするが関係ない。 どうすればアイツのニヤニヤした顔を壊すことができるだろうか。 警察に連絡すれば、アイツは捕まるだろうか。 いや、証拠もないし、もし防犯カメラにうつっていたとしたら、とっくに捕まっているだろう。 第一アイツが自信満々に万引きのことを言ってきたのだ。 捕まらないという確信があるのだろう。 じゃあ、僕が、アイツに罰を与えればいい。 万引きで逮捕されるのと同等の罰を。 ドンドン、とドアを乱暴に叩く。 その時、僕のスマホがブー、と鳴った。 モリタコウスケ、と表示されている。 「もしもし?元気?」 嫌いな声が聞こえてきた。 「お前、どういうつもりなんだ」 できるだけ低く、圧をかけるような口調で言う。 そんなのお構い無しに、アイツは呑気な声で言った。 「まあ、そう怒らずに。早く万引きしなさい」 僕はスマホを握りしめた。 「お前、まじで殺す」 アイツは続けた。 「お前が俺を殺す前に、俺が中塚さんを殺すけど」 ……は?今何て言った? アイツの声はとても低く、圧がこもっていた。 「だから、早く万引きしろ。ショボいものでもいいから」 僕はやっと振り絞った声で、 「お、お前、キモい冗談やめろ、ふざけんなよ、まじ、で」 モリタコウスケは、そんな僕を見下すように、 「もういい、お前が信じないなら」 と吐き捨てた。 と同時に、プツ、と電話の切れる音がした。 冗談冗談。 アイツも、流石に殺しまではしない。 中塚さんも家に帰ってるだろうし。 自分に言い聞かせる。 「殺す」 その声を思い出した途端、僕はあのスーパーに向かって走り出していた。 中塚さんはもうスーパーにはいなかった。 殺す。 殺す。 殺す。 万引きしないと、中塚さんが、アイツに、殺される。 僕の友達は、人を殺そうとしている。 殺す。 殺す。 殺す。 僕の震えた手が目の前にあった何かを掴み、カサ、という音が僕のよれたポケットの中で鳴った。
信切
2010年 3月19日 三隅和葉 『もうあの人には感謝してもしきれない。どこの誰かもよく分からない男の話を信じてくれた。親切にしてくれた。私は、今も彼を本当の親のように思っているんです』 俳優・三隅四季の追悼10周年祈念作品として、三隅四季の人生を描いた映画が公開された。 父・三隅四季は、私によく『親切な俊郎さん』の話を聞かせた。 父は可哀想な人だった。 父は実の親に捨てられ孤児として育った。 孤児院は過酷な環境だったそうだ。 日々子どもたちに暴力を振るう職員。 食事はろくに与えられず、与えられたとしても生ゴミのような食事と水だけ。 年下の子供へのいじめや暴力なんかは日常茶飯事で、当時孤児院の最年少だった父はいつも標的だったらしい。 常に死にたいと思っていた、と。 父は15歳になった時、孤児院を出た。 いくつもの重労働をこなし、やっとの思いでボロボロのアパートに住むことができたらしい。 その1年後、ある住人の火の不始末によってアパートは全焼。 その日は給料日だった。 父は完全に住む家を失った。 同時にお金も、食料も失った。 その日から父はホームレス生活を始めた。 花の蜜や草を食べて生活した。 時には虫を食べたこともあったらしい。 ある日、通りかかった不良が父を殴ったり蹴ったりした。 父は夢中で住宅街の方に逃げた。 何とか振り切ったが、その時既に父の精神は崩壊寸前であった。 もう死のう、生き地獄よりはマシだと。 父が路上に座り込み、目を瞑ろうとした時、味噌汁の暖かく心地よい芳香が父の鼻をくすぐった。 父は吸い込まれるかのように匂いのする方へ向かった。 『楠 俊郎』 その表札がかけられた家の前で、父は立ち止まった。 戸を夢中でとんとんと叩いた。 「はい」 返事が聞こえて戸が開いた時、父はヘナヘナと座り込んでしまったらしい。 「少し家に入れて貰えませんか。事情は後で説明します、お願いです」 そう声を振り絞った父に、『親切な俊郎さん』は 「どうされたのですか。ぜひお入りください」 と笑顔で答えたようだ。 父はこれまでのこと、今自分がどんな状況なのかを話した。 『親切な俊郎さん』は暖かく落ち着いた雰囲気を纏っており、父は安心して話しながら大泣きしてしまったそうだ。 そんな父を見て『親切な俊郎さん』は、 「あなたが今住む場所がないのであれば、私の家で生活されてはどうでしょうか」 と言ってくれたそうだ。 『誰かにあんなに親切にしてもらったことがなかったから、感動して味噌汁を飲みながらまたさらに泣いてしまったよ』 と、父が笑いながら私に話していたことを思い出す。 そこから父は22歳で上京するまでの6年間、『親切な俊郎さん』の家で過ごした。 『俊郎さんは本当に親切だった。俺が眠れずに苦しんでいる時も、俺の部屋に来て声をかけてくれたんだ。俺が仕事に行く時も、わざわざ玄関の外にまで出て見送ってくれた。素性の知れない男なのに、俺を信じてくれていたんだ。俺も親切な俊郎さんをすごく信頼していたよ』 『親切な俊郎さん』は父を信じ、父もまた『親切な俊郎さん』を信じていた。 父は、自分が俳優になって売れっ子となり、たくさんお金を稼げるようになったことにこの上ない喜びを感じたようだ。 これで『親切な俊郎さん』への恩返しができる、と。 でも、やっぱり父は可哀想な人だった。 2000年 5月7日 三隅和葉 父が亡くなってから49日が経った。 私は遺品の整理をするため、父の実家に向かう。 『楠 俊郎』 孤児である父の実家はこの家だ。 主人の『親切な俊郎さん』が亡くなってからは、父がこの家の手入れをしていた。 父が亡くなり、この家はじきに空き家となる。 玄関から居間に入ると、畳特有の匂いがした。 父が手入れをしていたおかげで部屋は整理整頓されていて、ホコリも少ない。 年季の入ったタンスを開ける。 主人の趣味なのか、小さなプラモデルやミニ麻雀などおもちゃが沢山入っている。 もうひとつの引き出しを開けると、何枚か重なった封筒が入っていた。 私は、ん、と手を止めた。 1番下の封筒に、『四季へ』と書かれた封筒があった。 裏を見ると『楠 俊郎』と書かれている。 ……読んでみてもいいだろうか。 封はされていないようだった。 私は、父宛ての手紙を読み始めた。 1963年 7月28日 楠俊郎 四季、お前は私のことを「親切だ」と言う。 突然だが、それは間違いだ。 私は決して親切な人間ではない。 最期にこんなことを言うのも申し訳ないのだが、私は決してお前を信じてはいなかった。 あの日、お前がこの家を尋ねて、快く受け入れたのは、お前を信じたからではない。 少し話は飛ぶが、私の過去の話をしよう。 お前がこの家を尋ねた日の1か月前に、私の妻はこの家を出ていった。 私は毎日妻に暴力を振るい、暴言を吐き、パチンコに入り浸るような生活をしていた。 それでも私は妻を愛していた。 妻は出ていったあと、他の男と再婚した。 噂で聞く限り、親切で、紳士的で、上品で暖かい雰囲気を纏った男。 ……私もそんな奴になれれば、妻が戻ってきてくれるかもしれない。 馬鹿な考えだとはわかっている。 私は頭が酷く弱いので、単純な考えしか出来ない馬鹿なのだ。 お前がこの家に住むことになったとき、近所の人は私のことを「親切な人」やら「すごい」やら言って褒めた。 私は上手くいった、と思った。 近所の人から見た私は完全に『親切な楠さん』となった。 「私は四季のことを信じている」 口ではそんなことを言っても、私はお前を常に疑っていた。 お前が眠っている時は、お前の身元について何か手がかりがないか部屋を探した。 お前が仕事に行く時も、どんな道を通るのか、途中で何か怪しい行動をしないか後をつけた。 犯罪をするような奴ではないか、もしそうだったら私は『犯罪者を匿った頭のおかしい奴』になってしまう、と常に不安を抱えていた。 お前が犯罪をするような危険はないと分かってからは、お前をどのように育てたら私の印象が良くなるだろうか、とそればかり考えた。 私の妻は高野ナントカという名前の俳優が好きだった。 四季、お前はそいつによく似ている。 もしお前が俳優になれば、私は『俳優を育てた奴』となる。 妻ももしかしたら気づいてくれるのではないだろうか。 そんなことは有り得ないとわかっていても、その考えは頭から離れなかった。 私はなんと愚かな人間なのだろうか。 意味の無い体裁ばかり気にして、目の前の大切な人をちゃんと見ていなかった糞野郎だ。 私のしてきたことは許されることではない。 最期だからとこうして今までの罪を吐き出すのもずる賢い。 四季、本当に、本当にすまなかった。 謝って済む問題ではないと分かっているが、本当にすまない。 ささやかだが、私の命を捧げる。 少しでも償いになることを願う。 2010年 3月19日 三隅和葉 父は病死したと言っていたが、この手紙から推測するに、楠俊郎は自殺を考えていたのだろう。 自殺をする前に病気で亡くなった。 楠俊郎は決して親切ではなかった。 父は楠俊郎を信じていたが、楠俊郎は父を信じてはいなかった。 父の信頼を利用して自分を良く見せようとした。 これはあんまりではないか。 父があまりにも可哀想過ぎるのではないか。 最期の最期で罪を償うだけで何も反省していない。 信じていなかったことを謝っているようだが、楠俊郎はこの手紙の中で 『私は四季を信じている』と頑なに言っていない。 死ねば済むと 思ったのだろうか。 死んでも、父の信頼を裏切った楠俊郎はいなかったことにはならない。 どこまでも保身的で、強欲である。 父の中の楠俊郎は最期まで、『親切な俊郎さん』のままであった。 父が死んだ今、それが覆されることはない。 父の追悼作品によって、楠俊郎は世間からも『親切な俊郎さん』となるだろう。 こんなことがあっていいのだろうか。 『もうあの人には感謝してもしきれない。どこの誰かもよく分からない男の話を信じてくれた。親切にしてくれた。私は、今も彼を本当の親のように思っているんです』 ……父の言葉を思い出す。 もうこれでいいのだろうか。 父も真実を知らない方がきっと幸せだ。 父も楠俊郎も亡くなっているのだ。 今さら掘り返すべきではない。 父の信頼を裏切った嘘つき野郎。 私一人でもこう思っていれば、父は少しでも報われるだろうか。 完
過ぎた日のたね 5
「え、は?え、万引きしてないって言ってたじゃん。まじで言ってんの?」 動揺してしまい変な声になってしまった。 うろたえる僕の前で、モリタコウスケは平然としている。 「そう!まじ!」 元気な声が暗い道に響く。 もう本当に気味が悪い。 怖い。 「お前さ、なんでそんな呑気でいられんの?馬鹿なの?ふざけすぎだろ。やってることまじでやばいよまじで」 僕は我慢出来ずに、感情のまま捲し立てた。 ちょっと血が昇りすぎたか、と思って顔をあげる。 「俺用事そういえばなかったわ。また明日な!」 そう言うとモリタコウスケは踵を返して歩き始めた。 「いや、待っ……」 呼び止めようとして、やめた。 これ以上アイツには何を言っても意味がない。 こっちの身が持たない。 ……わからない。 アイツはこんな気味の悪い奴だったのだろうか? 万引きは犯罪で、それを平気でやってのける奴と僕は友達なのか? そもそもアイツは本当にやったのか? アイツはなんであんなにふざけた様子なのか? 何かのドッキリなのか? ……考えれば考えるほど気持ちが悪くなってくる。 もうアイツのことは何も考えたくない。 もうアイツと喋りたくない。 会いたくない。 学校に行きたくない。 もう、早く家に帰りたい。 僕は自転車を漕ぎ始めた。 やけにペダルが重かった。 帰ってからのことはあまりよく覚えていない。 多分すぐ寝た。 何も考えたくなかった。 辛い、というか、体から力が抜けてしまったような感じ。 虚無感というのだろうか。 僕は今日、学校を休んだ。 お腹が痛いと言ってサボった。 なんか気が滅入ってしまったからだ。 考えないようにしようと思っても、どうしても考えてしまう。 モリタコウスケは万引きした。 僕の友達が万引きした。 ……なんでこんなことになったんだろう。 ピーンポーン 重い腰を上げ、インターホンの画面を確認する。 見覚えのある顔が映っていた。 (中塚さん……?) 玄関のドアを開ける。 「あの、こんにちは」 クラスメイトの中塚しおりが、怯えたような顔で立っていた。
過ぎた日のたね 4
嫌なことに委員会が長引いて、終礼から1時間半が経とうとしていた。 小走りで教室に向かう。 ガラガラ、と扉を開ける。 「すまん、遅くな……」 僕は目をみはった。 教室後方の棚の前で、モリタコウスケが仰向けになって倒れていたのだ。 すぐに駆け寄る。 「おい!大丈夫か!」 起きる気配はない。 先生を呼ぼうと立ち上がった。 「でーん!!」 振り返ると笑顔のモリタコウスケが立っていた。 「こんな手に引っかかってんのおもろ、寝てただけでーす!てかだいぶ遅かったな、お前」 もうなんかイライラを通り越して気味が悪い。 「まじお前うざ……」 そう言って睨んでみても、コイツはニヤニヤしたままだ。 「帰ろ、俺早くゲームしたい」 「ごめんて」 2人で教室を出る。 「俺もお前ん家でゲームしてっていい?」 「いいよ、親も仕事だし、新しいゲーム買ったから対戦しよ」 校門を出ると、自販機が目に入る。 僕はちょうど何か飲みたい気分だった。 「ちょっとジュース買うわ」 するとモリタコウスケは言った。 「いいけど、そこじゃなくてスーパー行こ。俺ジュースとお菓子買いたい」 ……ドキッとした。 言ってることは普通なのだが、昨日のことを思い出してしまい気が気でない。 「どうしたそんな顔して」 不安が顔に出ていたのか、モリタコウスケがニヤニヤしながら言ってくる。 「いや別に。行こう」 僕は平然とした声で言った。 買い物は何事もなく終わった。 ……まあそれが普通なのだが。 コイツがグミを手に取ったときはヒヤッとしたが、何事もなくて良かった。 コイツは呑気にお菓子とジュースの入ったレジ袋をブラブラ振りながら歩いている。 モリタコウスケの家は、がらんとしていた。 質素な部屋。 必要最低限の物が置いてあるだけ、という感じだ。 「お前、兄弟とかいんの?」 少し気になって聞いてみる。 モリタコウスケは冗談交じりに答えた。 「ああ、そういえばいたわ、弟」 僕は鼻で笑いながら言う。 「今思い出したのかよ」 モリタコウスケもフッ、と鼻で笑った。 一通りゲームの対戦を楽しみ、くだらない話をすると、夕食の時間が近くなった。 「そろそろ帰るわ、ありがと」 と言うと、 「俺用事あるから途中まで一緒に行く」 と返事が返ってきた。 僕は自転車を押しながら、モリタコウスケと2人で暗くなった道を歩く。 「お前さー、今日ずっと考え事してたでしょ」 モリタコウスケが言った。 コイツは、僕が万引きのことを考えていたとわかっていて聞いているのだろう。 「あのグミ、本当に万引きしてないよな」 どうせとぼけて「やってない」と言ってくるだろう。 さっきスーパーに行ったときも何事もなかったし、とぼけられても、もうこの話は終わりにしよう。 面倒なことになるだけだ。 「あ、バレた?」 返ってきた言葉に、僕は耳を疑った。 「……は?」 ニヤニヤした顔が言う。 「万引きしちゃった」
過ぎた日のたね 3
* * * * * チャイムが鳴ったと同時に、あいつが席を立ってこちらに向かってくるのが視界に入った。 俺は気づいていないフリをして頬杖をつく。 カサ、という音に思わず口角が上がる。 「なに?いらないの?」 「いらない」 そいつがムスッとした顔で言った。 「昨日買おうとしてたじゃん。せっかくだから貰えばいいのに。お金返さなくていいし、0円だよ?」 『0円』という言葉を強調して少し煽ってみる。 するとそいつは呆れたような顔をして、 「別にそこまで食べたかった訳じゃないしいい。あと、放課後俺の委員会が終わるまで待っといて」 と言った。 俺も呆れたような顔を真似して、 「はいはい」 と言うと、そいつは席に戻っていった。 俺は返されたグミをかじり、1限の授業の予習を進める。 だんだんつまらなくなってきて、右の方に視線をやると、あいつが何やら難しい顔をしながら読書をしていた。 ……いやあいつ、絶対考え事して本の内容入ってきてないだろ。 多分俺とこのグミのことを考えているんだろう。 ああ、可笑しい。 なんかイメージと違った。 怖い見た目で、暴言を吐いたり悪さを平気でするような奴だと思っていた。 ……案外ビビりで臆病で人の目を気にするような奴なんだなあ。 やっぱりダサくて弱虫な奴だ。 フッ、と鼻で笑って視線を机に戻す。 俺はシャープペンシルの芯を替えて筆箱に直し、机に突っ伏した。
過ぎた日のたね 2
「お前まさかそれ」 「なに?どうかしたの?」 「0円ってどういうことだよ」 「そのまんまの意味」 僕は目の前の気味の悪い友人を睨みつけた。 「このグミ、あのスーパーから盗んできたんだろ。まじでやばいよお前」 するとモリタコウスケはキョトンとした顔をしながら口角を上げて言った。 「ちがうちがう。これ、近所の人から貰ったやつだから。俺が盗むわけないし」 「いや…」 そのとき、ホームルームの始まりのチャイムが鳴った。 みんな席に着き始める。 モリタコウスケは手をひらひらさせながら自分の席に戻っていった。 あの表情、あの声音、 ……昨日の言葉からして、間違いなくアイツはグミを万引きしたと思う。 そして万引きした挙句僕にこのグミを渡し、呑気な態度でいる。 まじで気味が悪い。 ホームルームの諸連絡なんかいつにも増して耳に入ってこない。 まずはこのグミをアイツに返して、追及して、店の人に謝りにいくべきだ。 でもアイツに追及しても意味がないような気がする。 絶対さっきみたいに嘘を平気でついて誤魔化してくる。 そもそも平気で万引きするような奴なのだ。 まるで万引きは悪いことではなく当たり前にすることだと思っているかのようだった。 もしかすると、万引きに慣れて罪の意識がないのかもしれない。 それでもやばいのは変わらないけど。 アイツに罪の意識があろうがなかろうが、犯罪は犯罪だ。 でも店の人に言って許してもらっても、学校に万引きのことが伝わって面倒臭いことになるだろう。 もしかすると僕も万引きしたと勘違いされるかもしれない。 ……黙っておくべきだろうか。 今のところアイツが万引きしたことは店の人にバレていない。 そもそも、まだアイツが万引きしたかどうか分からない。 証拠がないから。 本当に近所の人から貰っただけなのかもしれない。 うん、もうそういうことにしておこう。 まあとりあえずグミはアイツに返すか。 ホームルームの終わりのチャイムが鳴った。 僕は片手にグミを持ってアイツの席に向かった。
過ぎた日のたね
僕達は学校帰りにスーパーにお菓子を買いにきた。111円のグミを手に取ったときに、お金を忘れたことに気づいた。 「俺、やっぱ買わないわ、お金忘れた」 モリタコウスケは言った。 「じゃあ、盗んじゃおうか」 僕は鼻で笑いながら言った。 「お前なに言ってんの?盗まんし」 「いや、お金ないからお菓子買えないんでしょ?俺も一緒にやってあげるからやろうよ」 僕はてっきり冗談で言ってきたと思っていたが、モリタコウスケはキョトンとした顔をしている。 「いや本気で言ってんの?お菓子とか絶対いる訳じゃないしさすがに万引きはやばいだろ」 するとモリタコウスケは馬鹿にしたような顔をして言った。 「お前、弱虫だね」 まじで意味が分からない。こんな変な奴だっただろうか。 まだ冗談だろうという気持ちが大きいが、コイツが本当に万引きしそうな様子だったので、とりあえず今日は帰ることにした。 「意味わかんないし。俺明日買いにくるからいいんだけど」 「お前が買わないなら俺も明日でいいよ、本当に盗まなくていいね」 「ニヤニヤすんな早く帰ろ」 僕は怪訝な顔をして言った。 コイツと一緒に帰る気が失せたので、図書館によると言って1人で帰ることにした。 自転車を漕ぎ始めたとき、モリタコウスケが「また明日」 と言ったのが聞こえた。 今日は寝坊して、急いで自転車を漕いできたのでとても疲れた。 意外と早くついたのでのんびり服装を整えながら教室に入った。 「おはよう」 モリタコウスケが少し嬉しそうな声で言ってきた。 昨日のことを自然と思い出してしまう。 「ああ、おはよう」 席に着いて床に置いたカバンを漁っていると、僕の机の上でカサ、という音がした。体を起こして見ると、モリタコウスケがグミを置いていた。 昨日僕が買おうとしていたグミだった。 「なに、くれんの?」 「うん」 「ありがと、もらっていいの?」 モリタコウスケはニヤニヤしながら言った。 「全然いいよ、0円だったし」 ※やる気ある時、続き書きます。