水無月涙
4 件の小説水無月涙
高校2年 来年受験だというのに小説書いてるアホ 気まぐれで小説書きます カクヨムとなろうでも活動してます 歌詞書いたり曲作ったりしてるので投稿は不定期 気が向けば新しい話を投稿します
輪廻の先に
ソレは、暗い空間に存在していた。 ソレは、とある一点を観察していた。 ソレが観察しているそこには、六つの階層からなる1つの世界があった。 ソレの目には、その世界の生命の営みが映っていた。 生まれ、生を謳歌し、死に、そして転生する。 その営みを、ソレはただ一心に見ていた。 その営みは、ソレの目には水面に浮かび、消えゆく泡沫のように映った。 見るものが見れば、鴨長明の方丈記の「淀みに浮かぶ泡沫はかつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」という一説を思い浮かべたことだろう。 しかし、ソレはそのようなことは知らない。 ただただ幼子の好奇心のように、ソレをみていた。いや、事実幼子なのだろう。ソレは人々の信仰によって生まれた、新たな神なのだから。 そして、ある時。ソレはとある1つの魂に目をつけた。 その魂は他の魂と違い、上から3つ目の階層に存在する世界――ややこしいので小世界と呼称することにしよう――をずっと巡っていた。 別に他の小世界に行けないという訳では無い。ただ単に、その魂が望んでその小世界に留まり続けているのだ。 ソレはその魂に興味を持った。故に、声をかけたのだ。 「お前は何故、他の小世界へ行くでもなく、そこに留まり続けるのか」と。 その魂は答えた。 「それが、俺の生き様だからだ」と。 ソレには意味がわからなかった。生き様とは何か。そして、なぜ生き様にこだわって同じ世界を廻り続けるのかが。 三階層目の小世界は戦ばかりの世界だ。魂たちは、この世界を修羅道や修羅界と呼ぶらしい。一階層目、二階層目に比べると生きるにはかなり厳しい世界だ。 そのような世界に生き様というものを見出す。 その考えが、ソレには分からなかった。故に、観察することを決めた。 観察を決めた次の生を1周目と呼称しよう。 1周目の生。 刀剣類に才能があったのだろう。 幼い頃から剣の修練に励み、15で初陣。 その後、20で子を成し、35で戦で殿を務め、多勢に無勢で戦死。 2周目の生。 やはり刀剣類に才能があったようだ。 幼い頃から刀の修練に励み、13で初陣。 その後、18で子を成し、38で戦死。 3周目 2週目とあまり変わらぬ生だった。 17で初陣、22で子を成し、29で戦死。 ソレはなんの意味があるのだろうか、と思った。 ただただ、生まれ、子を成し、戦で死に、転生する。 それを繰り返すことに、なんの意味があるのだろうかと。 それでもソレは観察を続けた。 15周目 個々人の資質は魂によるものなのだろうか。これまで刀剣類以外を使った生は1度しか無かった。 この生も結局戦死した。 20周目 この生は珍しく弓を使っていた。 弓にも適性があるのだろうか。4本同時などのトリックショットを連発していた。 しかし、結局戦死。 30周目 やはり刀剣類を持つと動きがいいように見える。 しかし、やはり戦死。 この頃になると、ソレは「戦死することが目的なのではないか」と思い始めた。 しかし、その考えは死ぬ直前の行動で違うと悟った。死を、回避しようと戦うその姿は鬼気迫るものがあった。 まだ死なぬわけにはいかない、まだ死ねない。 そのような顔をして剣を振るっていた。 ソレは、疑問を持った。 何故、そこまでして戦いの中に身を置くのか、と。 故に再び尋ねた。 「なぜお前は戦いの中に身を起き続けるのか」と。 魂は答えた。 「それが俺の生き様だからだ」と。 ソレは更に尋ねた。 「生き様とは何か」と。 魂は答えた。 「俺の中にあって、誰にも変えられない。俺の信条のようなものだ」と。 そして、魂は再び転生していった。 だがソレは、その言葉の意味を理解出来なかった。 いや、正確には理解はした。しかし、その真意が分からなかったのだ。 故に、観察を続けた。 50周目 一騎討ちで敗死。 60周目 四方を囲まれ、物量による敗死。 100周目 戦にて千騎を屠殺し、力尽き死亡。 200周目 敵中で暴れ、三千騎を屠るも敗死……………… どれほどの時が流れただろうか。 1周目から換算して、人間の時間にしておよそ7000年。200周目を超えた。 そしてソレは、その魂の「生き様」をなんとなくだが理解した。 そして、ソレは答え合わせをしようとし――やめた。 答え合わせをするのは、その魂を冒涜することだと思ったから。 故に、ソレは観察をし続けることに決めた。 その魂を理解するためではなく、その魂の行く末を、生き様の行く末を見守るために。
初任務
食事が終わり、午後。皇宮の警固番の仕事だ。皇宮の警固にあたる滝口の武者は、午前午後と分かれて訓練する。因みに六家で滝口の武者として皇宮に仕えているのは私と文紀だけ。殿下は皇族なので護られる側として、霙、朱莉、零夜の3人は北面の武士として皇宮に仕えている。 「まぁ、継承者になったからと言って、普段の生活と何ら変わりのない生活を送っているのだがな」 文紀の言う通り、継承者になる前と全く変わらない生活を我々6人は送っている。朱莉は「霙と爛れた生活を送りたい」などとぼやいていたが、霙がそれを許さないだろう。彼は厳しいからな。たとえ身内であろうとも。 「さて、このまま何も無いまま終わってくれるといいねぇ」 そんなことをぼやいてみる。それがフラグとなることも知らずに。 日暮れが近くなり、もうすぐ私の仕事も終わるだろうと言う頃、その報告は入った。 「宗矩様!文紀様!今すぐ皇宮第3会議場へお越しください!」 そう言って、1人の華族が駆け込んできた。 何かあったのだろうか。 「わかった、直ぐに向かおう」 そう答え、私は文紀と共に第3会議場へと向かった。 第三会議室へと入ると、陛下と殿下が待っていた。 「近衛文紀、召喚に応じ参上致しました」 「扇谷宗矩、召喚に応じ参上致しました」 陛下を膝をつき、挨拶をする。 「よい、急な呼び出しに応じてもらい感謝する。他の3人も呼び出している故、しばし待て」 継承者を全員呼び出すということは、おそらく外道が出たのであろう。しかし、私たちは外道送還の経験は無い。どうするのだろうか。 しばらく待っていると、霙、朱莉、零夜の3人も会議室へと入ってきた。 「全員揃った故、召喚の理由を伝える。天草に外道が出現した。諸君らには、これを還して貰いたい。もちろん、初任務故に、教導役として六家から1人ずつ、計6名を派遣する事とする」 やはり、外道の出現だったか。そして教導役が付くのか。初めての外道送還だが、何とかなりそうだな。 「半刻の後、此処へと再集合せよ。そして車にて現地へと向かってもらう。では、各々準備せよ」 『はっ!』 6人が陛下のお下知に返事をして、席を立つ。 服装は、道着がいいだろうな。 屋敷へ戻り、腹に晒を巻き、道着に着替え、愛刀の夜烏を佩用する。 そして、数珠と匕首を懐に入れる。 小太刀の二振りを腰に差して準備は整った。 「宗矩、用意はできておるか?」 部屋の外からそう声をかけてきたのは祖父の宗保であった。 「えぇ。出来ておりますよ、御祖父様。御祖父様が教導役なのですか?」 私は返事をして、祖父に質問を返した。 祖父が教導役ならばやりやすい。父に教導役をされるのは何か嫌なのだ。 「あぁ、そうだ。これでも現役なのでな」 驚いたことに祖父は未だに現役のようだ。 「どうした?儂が現役なのが驚きか?」 そりゃあそうだろう。祖父は今年で米寿を迎える。そんな老人が現役など、誰が信じられようか。 「そうかい。ま、時間も迫っている事だ。皇宮へ向かうとしよう」 そうして、祖父と共に屋敷を出て、皇宮へと向かった。 第三会議室には、盛仁親王殿下と東雲宮貴仁王殿下が既に待機されていた。殿下も道着を着ており、横には小龍景光が置かれてあった。 「お待たせ致しました、盛仁殿下、貴仁殿下」 「いや、そんなに待っては居ない。それに、予定の時刻まではまだ時間がある」 そうして、私と祖父は席に着いて他の継承者達の到着を待った。 程なくして、継承者全員が揃った。 各家の教導役は、天皇家が東雲宮貴仁王、扇谷家は祖父である宗保、冰龍家は霙の叔父にあたる雷夜さん、久我家が零夜の兄の赫夜さん、暁家が朱莉さんの叔母の橙子さん、近衛家は文紀の叔父の文裕さん。 「では、そなたらに命ずる。静岡に出現した外道を送還せよ。教導役は継承者に力の使い方を伝授。そして送還の補佐をせよ」 『はっ!』 そうして、軍の用意した車に乗り込み、現地へと向かうことになった。 1台目の車に継承者、2台目の車に教導役が乗り込み、出発する。 車の中は、運転席と助手席以外の座席は無く、床にクッションが敷いてあるだけであった。6人が眠るスペースはあるのでありがたかったが。 目的地までは1晩ほどかかるという事だったので、皆、車の中で睡眠を取る事となった。 各々、眠りやすい位置を見つけて眠っていた。 殿下は運転席近くで横になり、零夜は助手席にもたれ掛かる形で眠っていた。文紀は壁にもたれ掛かり、私は後ろの隅の方で横になっていた。霙は、朱莉さんを抱き締め、扉にもたれかかって頭を撫でていたが、数分もすれば眠ってしまった。朱莉さんは幸せそうな顔で霙にもたれかかって寝ている。 私もそろそろ眠くなってきたので眠ることにした。 目を閉じて静かにしていると、次第に私の意識は眠りへと落ちていった。 目を開けると、外はまだ暗かった。周りを見渡してみると、霙と目が合った。 「起きたか」 霙が私にそう言った。 「あぁ、起きた」 私がそう言うと、霙は黙って頷いて、朱莉の頭を撫でた。本当に霙は朱莉を溺愛しているな。 そう思いながら、私は窓の外に目を向けた。そこには、明るく輝く月が見えた。少しも欠けていない望月が、西の空へと沈むところであった。 「なぁ、霙。お前は、不安じゃないのか?」 私は霙にそう問いかけた。なんの理由もない。ただ気になっただけ質問だ。 「もちろん不安はあるさ。でも、私がやらないと、皆が危険に晒される。朱莉さんも、弟妹達も。だから僕はやらなければならない。皆を、危険に晒さないために」 その発言に、私は違和感を覚えた。霙の一人称は「俺」であるはずだ。しかし今、目の前にいる人物の一人称は「私」と「僕」の2種類であった。 それに、霙は朱莉のことをさん付けで呼ぶことは無い。 更に言うと、霙は朱莉さえ無事なら弟妹などどうでもいいという考えだったはずだ。その霙から「弟妹達が危険に晒されないため」などという発言が出ることはものすごく違和感を覚えた。 「なぁ、霙。お前…本当に霙か?」 私がそう聞くと霙は「しまった」と言いたげな顔をしてそれから微笑んで言った。 「あはは。俺は多重人格なんだ。皆には内緒にしててくれよ」 霙が多重人格ということは衝撃の事実であったが、私たちのやるべきことは変わらない。恐らく、あと一刻もしないうちに到着するだろう。その時には多重人格であることなぞ関係ない。我々の任務を、使命を遂行する。ただ、それだけなのだから。 現地へと着くと、何か禍々しい気配が気配がした。 「この禍々しい気配が外道の気配だ。お前たち、よく覚えろよ」 貴仁王が皆にそう言って、気を引き締めさせた。 「早速外道を還して行こうか。手本を見せるからよく見ておくように」 そう言って教導役の6人が前に出た。目の前には外道に取り憑かれたであろう人間がいる。 「まずは人間道だ。結界を張って、外道と我々を外界から隔離する。《人間道、絶魔結界》」 祖父がそう言って印を組むと、周囲から人の気配が消えた。 「次は修羅道、畜生道、餓鬼道だ。どの継承者でも良いから、外道を弱らせ、輪廻の門を開く」 そう言いながら、雷夜さんは外道を切り刻んでいく。 「赫夜、頼む」 「《餓鬼道開門》!《縛》!」 赫夜さんが餓鬼道の門を開けた。そして、文祐さんが口を開いた。 「最後が地獄道と天道だ。他の4人は門を開くことは出来ても還すことは出来ない。だから我らが要なのだ」 そして、貴仁王が前に出た。 「道を外れし愚か者よ、この場に捉えたその魂魄。業火の渦へと還が良い。《外道送還》!」 そうして、手に持った錫杖を外道ごと、門に向かって突き込むと、外道は門へと吸い込まれ、門は閉じた。 「これが外道送還の手順だな。取り敢えず、六道の力を解放してみろ。慣れてないと飲まれるからな」 そう言われて、皆、力を解放した。 「六道解放《人間道》」 そう言って解放したものの、なにかに飲まれたりすることは無かった。 「天道と人間道は飲まれるような力では無いのでな。飲まれるようなことは無い」 祖父が首を捻る私にそう言った。それならば良かった。その時だった。 「ガァァァァァァァァ!」 「グゥァァァァァ!」 「グルァアァ!」 文紀、零夜、朱莉さんの叫び声が聞こえた。 驚いて其方を向くと、文紀と零夜には角が生え、朱莉は獣耳と尻尾が生えていた。 その隣では、角が生えた霙が佇んでいた。 「ほぅ、冰龍の小僧は自力で修羅の衝動を抑えおったか。彼奴が降ろしているのは……酒呑童子であるか。よく自力で抑え込んだものだ」 祖父は霙を見て感心していた。 「当然ですよ。霙は氷炎の剣士の中でも歴代最強ですから」 そう言って会話に入ってきたのは、雷夜さんだった。 「ほう、歴代最強とな?」 「えぇ、霙は、歴代で誰も成し得なかったことを――全ての極伝と合戦技法を習得を成したんです」 それを聞いて、祖父は大層驚いた。それはそうだろう。極伝の習得には文字通り死の淵を彷徨う必要があるという。合戦技法の習得には過酷な脳開発が必要になる。それの両方を成すことは、現実的に不可能だと考えられてきた。霙が、それを成すまでは。 霙は、齢15にして全ての極伝と合戦技法を習得してしまった。これを成した時、誰もが思った。霙は、産まれてくる時代を間違えたのだと。それほどの才能であったから。 「なるほど。それならば、酒呑童子を降ろすことによる戦闘衝動を抑え込んだことにも納得がいく。よく見れば近衛の小僧が降ろしたのは鬼灯であるし、暁の娘っ子が降ろしたのは空狐であるか。久我の小僧は羅刹を降ろしておるし、今代の宿命の子は歴代最強ということかの」 祖父はそう言って笑ったのだった
継承者の日常
私の一日は小鳥の囀りで始まる。目を開けると目の前には愛しい婚約者の姿があった。 「おはよう。愛綺」 「おはようございます。宗矩さん」 互いに挨拶を交わし、私は手拭いと着替えを持って庭へ出て、井戸へと向かう。 井戸へ着くと、まずは顔を洗う。その後、頭から水を被る。簡易的な水垢離だ。 水垢離を終え、体を拭き、着替えを済ませて屋敷の中へと戻る。朝食は一家全員が揃って摂るという決まりになっている。 食堂に着くと、父母と愛綺、そして弟の宗孝が居た。 「父上、母上、おはようございます」 「あぁ、おはよう」 「えぇ、おはようございます」 父母に挨拶をして、私は自分の席へと着いた。 「兄上、おはようございます」 「あぁ、おはよう。宗孝」 宗孝に挨拶を返して、弟妹達が揃うのを待つこと数分。一家全員が揃った。 「さて、では頂こう。合掌。頂きます」 『頂きます』 父が食事の挨拶をし、我々もそれに続いて挨拶をして朝食が始まる。 今日の献立は冷奴、焼き鮭、ほうれん草のおひたし、味噌汁、雑穀米だ。 華族の食事にしては質素だと思われることも多いが、六家ではこれが普通だ。 いや、冰龍家の稽古後に出される食事の量はこれの4倍は軽くあるが。 朝食を摂り、稽古へと向かう。まぁ、霙の家――冰龍家の道場なのだが。 木刀に道着を引っ提げ、道場へと向かう。こういう時の移動は車を使うことは少ない。六家の屋敷は全て徒歩圏内にあるからな。 「おはよう、宗矩」 「おはようございます、殿下」 道場へ行く途中、殿下と会ったので、共に道場へ向かうことになった。 「二日酔いにはなってないかい?」 「大丈夫ですよ。零夜が心配ですけどね。酒弱いですし」 「そうだね」 そんな会話をしながら歩くこと数分、道場へと着いた。 「「おはようございます。よろしくお願いします」」 挨拶をして、道場へと入り、更衣室へ向かう。 更衣室では、霙と文紀が着替えていた。 「おはよう、2人とも。二日酔いにはなってねぇよな?」 そう言って霙は笑った。 「おはよう、霙。僕は問題ないよ」 「おはよう。私も問題ないよ、霙」 そう言うと、霙は「それなら良かった」と言って笑った。 私と殿下が着替えていると、零夜が更衣室に入ってきた。 「おはようございます……」 元気が無いな。二日酔いだなこれは。 「おはよう、零夜。二日酔いか?」 「あぁ、二日酔いだよ……頭痛え……」 零夜が着替え始めると、霙は更衣室を出て行き、バケツに水を入れて戻ってきた。 「ほれ、飲め」 あぁ、コイツ本気でしこたま素振りさせる気だ……。 そうして、着替えた零夜は水を飲まされ、稽古時間中ずっと素振りをしていた。 「よし、今日の稽古を始めるぞ。まずは素振り5000から」 霙がそう言い、私たちの稽古が始まる。 私たちは門下生や内弟子たちの稽古とは違い、かなり厳しく稽古をつけているらしい。 そして霙はかなりスパルタなのだ。どのような点がスパルタなのかと言うと―― 「盛仁、体幹がブレた。100追加」 少しでも体勢を崩すと即座に回数が追加されるのだ。そしてそれを他人にだけではなく自分にも課しているのだから私達も文句は言えない。 「文紀、鋒を腰の少し下辺りで止めろ。200追加。 朱莉、鋒がブレた。100追加。 宗矩、余計なことを考えるな。300追加」 げ、あと150で終わりだったのに。というか、追加された量私が1番多いし…。 結局、6500程で素振りは終わった。 「次、乱取り行くぞ。水分取ってこい。零夜は水分とったらそのまま素振りしとけ」 乱取りは2人1組になって行う…のだが今日はどうするのだろうか。 「よし、お前らかかってこい。一本くらい俺から取って見せろ」 1対4でやるのか。それなら、一本くらいは取れるのではないだろうか。そう思いたい。そうして、1対4の乱取りが始まった。 結論から言おう。霙1人に私たち4人が束でかかっても勝てないことがわかった。一方的に踊らされたのだ。 「よし、いい感じに疲れ果ててんな。じゃあ、形稽古だ。輝煌から行くぞ」 乱取りが終わると形稽古がある。乱取りと形の違いを修正していく。 「盛仁、もう少し脇を締めろ。 朱莉、もっと踏み込め。 零夜、水飲んで素振りしろ。最低でもあと2000。 文紀、余計なことを考えるな。 宗矩、踏み込みの衝撃を伝えられていない。踏み込み位置を3センチ後ろに」 相変わらず、霙の修正指示の精度はとてつもなく正確だ。その気になればミリ単位で修正することもできるだろう。 そうして、形稽古が終わると、1番過酷と言っても過言でない、補強トレーニングが始まる。 「取り敢えず、腕立て100、擦り上げ100、四股200を3セット」 今日のメニューもいつも通りキツい。だが、これも強くなるためだと思えば……。 「196、197、198、199、200。よし、3分休憩して2セット目行くぞ」 ふぅ、キツい。しかし、かなり慣れたな……。初めは腕立て50も出来なかったのに。 そうして、それを3セット終えて、次のメニューに移行する。 「次は……錘を背負って道場の外周を5周だ。錘は5キロな」 道場の外周は1周でも2キロはある。それを5周もするのか……。しかし霙も共に走るのだから文句も言えない。それに恐らく霙は錘を10キロほど背負うのだろう。自他共に厳しく指導するのが霙だからな……。 「よーし、始めるぞー。一番遅かった奴はこのメニューもう一周な」 そう言って霙は走り始めた。普通なら、最下位になりたくないので必死に走るが、それでは直ぐに体力が切れてしまう。なのでこれは如何に早いペースを長時間保っていられるかの訓練なのだ。 そして、最下位は殿下だった。 「よし、盛仁。もう一周やろうぜ」 そう言われた殿下の目は絶望に染っていた。 今日の稽古が終わった。 「神殿に礼」 神殿に向かって礼をし、その後、師範へ礼をする。 「師範に礼」 『ありがとうございました』 そうして稽古が終わると、シャワーを浴びて昼食を摂る。稽古後の昼食は、六家の平均的な食事量の4倍から5倍はある。ただ、食事のバランスはきちんと考えられているので、量だけが多い食事という訳では無いが。 「ふぅ、疲れた。しかし、この調子で4年で極伝を習得できるのだろうか」 「そうですね。4年で習得できるのでしょうか」 殿下とそのようなことを話していると、霙がシャワールームへと入ってきた。 「問題ないぞ。来月からもっと厳しい稽古をつけるからな。4年でと言うのはだいぶ余裕を持った期間で、実際は2年で習得まで持っていくつもりをしている」 さらっととんでもないことを言いおったなコイツは。 「まだキツくなるのか…」 殿下も文紀もげっそりしたような顔をしている。おそらく、私も似たような表情をしているだろう。 『いただきます』 シャワーを浴び終えた私たちは、食堂で食事を摂っている。今日も、量が多いな…。 「きちんと飯を食うことも稽古の一種だ」とは霙が言っていた。だが、これほどの量を食わずとも……。 「言っとくが、お前らの稽古量を考えるとこれの1.5倍は食わんとエネルギーを補えんのだぞ。食事で摂ると膨大な量になる栄養素などもある故にプロテインやサプリメントなどを飲ませてはいるがな」 私の考えなど、彼にはお見通しだったようだ。まぁ、この程度の量なら問題なく食えるのだが、矢張り量が多いとしり込みしてしまう。 「ほれ、朱莉を見てみろ。お前より食ってる量多いからな?」 霙にそう言われて朱莉さんを見ると、私の目の前にある料理の1.5倍ほどの量の料理が乗った皿が朱莉さんの目の前に置かれていた。 「ほれ、早く食えよ。昼からは皇宮だろ?」 そうだった。昼からは皇宮の警固番の仕事があるのだった。 そうして、目の前の料理を素早く平らげ、私は殿下や文紀と共に皇宮へと向かったのだった。
六道の継承と宴
「今この時を以て、汝、扇谷宗矩に継承者の座を譲り渡す。宗矩よ、誓文を」 「我等が力、我が刃、全ては皇家の繁栄のために」 人間道の祭壇。我が屋敷の地下に設置された、先祖代々受け継いできた祭壇の前で、私は誓文を口にした。 その瞬間、何かが自分の体に流れ込んでくるのを感じた。それが人間道としての力であることを、そしてその力の使い方を、理解した――いや、理解させられた。 私の家、扇谷家は、先祖代々人間道の力を継承し、六家のひとつに数えられている。 六家とは、それぞれが六道の力を受け継ぎ、その力を以て邪を祓う役目を負った6つの家のことである。 天道を継承する天皇家 人間道を継承する扇谷家 修羅道を継承する冰龍家 餓鬼道を継承する久我家 畜生道を継承する暁家 地獄道を継承する近衛家 この6つの家が、六家であり、日本の繁栄の要となって来た。 我々六家に課された使命は2つ。六道輪廻の円環から外れた魂、「外道」を輪廻の円環へと還すこと。そして、天皇家の守護である。 そして、六家には、何年かに1度生まれると言われる、「宿命の子」がいる。父によると、私がその「宿命の子」であるらしい。 我々「宿命の子」に課せられた使命はただ1つ。「災禍の大邪神」とも呼ばれた、史上最凶の外道、「闇外道」を再封印することだ。 「闇外道」の封印が緩み、解けそうになった時、私のような宿命の子が六家に生まれるらしい。 私が宿命の子として生まれたということは、闇外道の封印が30年程度で解けるということだと父は言っていた。恐らく、あと10年もしないうちに解けるであろうとも。 この話を聞いた時、何故私なのだ、父でも良かったでは無いかと思ったものだ。闇外道の恐ろしさはよく聞かされて育ったし、家の書物にも詳細に記載されている。 しかし、私は逃げる訳にはいかぬ。それが、私の、私達の、この世界に課された使命なのだから。 数日後、私は他の宿命の子と共に皇宮の地下にある祭壇へと来ていた。そこには地蔵菩薩と大日如来が祀られている。地蔵菩薩と大日如来――閻魔大王と天照皇大御神に継承者の代替わりの報告をするためだ。 「六十九代目天道継承者、範仁が六道継承者の代替わりを六家を代表して申し上げます」 陛下が口上を述べる。今回の代替わりは六家全てがほぼ同時期だったため、通常であれば各家の当主(若しくは先代継承者)と継承者がこの祭壇で報告を行うのを、陛下が代表して行っている。 陛下の口上の後、天道から順に名乗っていく。 「六家が一、天皇家が末裔、天道継承者盛仁でございます」 「六家が一、扇谷家が末裔、人間道継承者扇谷宗矩でございます」 「六家が一、冰龍家が末裔、修羅道継承者冰龍霙でございます」 「六家が一、久我家が末裔、餓鬼道継承者久我零夜でございます」 「六家が一、暁家が末裔、畜生道継承者暁朱莉でございます」 「六家が一、近衛家が末裔、地獄道継承者近衛文紀でございます」 全員が名乗りを終え、代替わりの報告が終わった。 この後は、六家のみの祝賀会が皇宮の一室で行われる。 祝賀会と言ってもそんな堅苦しいものではなく、どちらかと言うと交流会に近い。儀式のように、五つ紋付のような正装をする必要は無いのだから。まぁ、それでも色紋付は着ないといけないのだが。 「よう。どうだい?継承者となった気分は」 祝賀会で私にそう声をかけてきたのは修羅道の継承者、冰龍霙だった。紺の色紋付を来ている彼は、心做しか不安そうに見えた。 「そんなに気分がいいものではないね。宿命の子という重責に押しつぶされそうな自分がいる」 私はそう言って手に持っている猪口の中身を飲み干した。 「まぁ、そうだよなぁ。俺も結構、いや、かなり不安だしな」 霙がそうなのだから、私のこれは仕方の無いものだろう。ビビりだなんだと宣う輩は放っておけばよい。皆、一様に硬い顔をしている。霙や朱莉さんでさえも。 「何の話しをしているんだい?僕も混ぜてくれよ」 そう言って私たちの近くに座ったのは、天道の継承者である盛仁親王殿下であった。 「宿命の子の重責に押しつぶされそうだ、という話をしていたのですよ。殿下」 私がそう言うと、殿下もそうだったようだ。納得したような顔をして、しかし、神妙な顔をして彼は言った。 「あぁ、そうだね。僕も不安だよ。でも、我々がやらねば他にやる人が居ないんだ。腹括ってやるしかないだろう。それに、我々がやらねばこの国の、ひいては世界の人々が危険に晒されるのだ。必ずやり遂げねばならん」 そう言った殿下の目には確固たる意思が見て取れた。矢張り、こういうところは皇族なのだろう。民のことを第1に考える。我々がかくあるべしと父から教わる華族の、皇族の姿。殿下の姿は正にそれだった。 「うん、目付きが変わったね。2人ともいい目をしている」 覚悟が決まった、とは言い難い。だが、殿下の言う通り、我々がやらねば世界の人々が危険に晒されるのだ。ならば、恐れている暇などない。 「あぁ、恐れている暇など、我らには無いのだ。邁進せねばならん。我らに課せられた『宿命』を果たすために」 霙がそう言った。その目には先程までは見えなかった覚悟の色が見て取れた。 「そうだね。私たちの『宿命』を果たすために、一刻も早く強くならないと」 そう言って会話に入ってきたのは、畜生道の継承者で、霙の婚約者である暁朱莉だった。 「そうだな。少なくとも全員極伝は使えるようになってもらわないとな」 私は、霙のその発言にギョッとした。 私だけでは無い。殿下も、朱莉さんも、零夜も、文紀も。継承者全員が霙に「冗談だよな?」という目を向けている。 「言っとくが、本気だからな。合戦技法は兎も角、極伝くらいは使えるようになってもらわないと困る」 霙は平然とそう言ってのけた。 「霙?どれくらいで…とかある?」 朱莉さんがそう聞くと、霙は少し考え込んでから口を開いた。 「まぁ、4年以内には実戦で使えるレベルには仕上げるつもりでやろうと思ってる」 かなり急ぐな…。矢張り、コイツは闇外道と戦うことを見据えているな。 「わかった。頑張ろうか」 そう言って、餓鬼道の継承者、久我零夜が霙へと答えた。その目には覚悟と好奇心、それと不安感が見て取れる。 「やるしかないか」 そう言ったのは、地獄道の継承者である近衛文紀だった。彼は殿下と同様、既に覚悟が決まっているようだ。矢張り、皇族の傍系だ。そう思わせる佇まいであった。 その後は思い思いに話をし、酒を酌み交わした。久々の無礼講であったため、お互いの思い出に花を咲かせた。矢張り、幼馴染はいいものだな。プライベートな場では身分差を気にすることなく接することが出来る。 それからさらに一刻程経った。そろそろ解散して明日の稽古に備えようということになった。私や殿下はもちろん、酒に強い霙や文紀も酒を飲むのを止めて水を飲んでいた。 「二日酔いになったら水しこたま飲ませて素振りさせるからな」 霙はそう言って笑った。 「じゃあ、そろそろお開きにしようか。また明日から稽古の日々だよ。それじゃあ、また明日、道場で会おう」 殿下がそう言って、解散になった。殿下に挨拶をして、馬車に乗って各々屋敷へと帰って行った。