鏡森 翡翠

4 件の小説

鏡森 翡翠

別アプリにてミステリ作家として活動していました。ミステリの他、倫理などをテーマに幅広いジャンルを描きます。

せめて今は友達で

好き、嫌い、好き、嫌い。 私の声と一緒に千切られた花弁が1枚、また1枚と舞う。花弁はゆらりゆらりと落ちていき、軈て風に吹かれて何処かへ旅に出た。 好き、で終わった花占い。私は頬を赤めて俯いた。 知っている、こんなのはただの占いに過ぎない。 花占いみたいに簡単に成立する恋じゃあない。 それでも夢を見たかった、少しでも、あの子を好きでいていいって思いたい。この恋が禁忌じゃないと思わせて欲しかった。 「ねぇねぇ、同じクラスだよね?」 凛とした声。 私は振り返った。彼女と出会ったのは、入学式のすぐ後、歩いていた私に彼女が話し掛けてくれたのが始まり。 「うん……私2組なんだけど」 「やっぱり、私も。もしかして……って思って話しかけちゃった!」 不思議な子だった。 長い綺麗な黒色のロングヘア、その瞳は日本人とは言えど珍しい真っ黒な茶色を含まない色。凛としていて真面目そうなのに、お茶目な話し方をする。少しちぐはぐな子。 優しげな笑顔は彼女の純粋さが滲み出ていて、ああ、この子はきっと親に大切に育てられた深窓の令嬢なんだろうなと思った。 一見話し掛け難いオーラを感じたけれど、話してみれば思ったよりも明るくて、大したことない話でもからからと笑ってくれた。 決して容姿が端正な訳では無い、体型も痩せ方ではあるけれどモデル体型と言う訳では無い、平凡な筈なのに、有無をも言わせぬ圧というような、絶対的な強者のオーラを感じさせられた。 入学後、彼女と同じグループに入った。 全く別のタイプが集まった子達のグループ、そこでも彼女は目を引いた。 彼女と一緒に居て色々と知っている事が増えた。まず、彼女は可愛いものが好き。後、盛り上げ上手。でも、煩いタイプではなくて寧ろ煩いのを嫌う、真面目な子。生徒会をやっていたようで高校でも生徒会に入るらしい。あと体が少し弱い、絵が上手くて、怖いものが嫌い。 彼女のことを知っていく度に、彼女が大好きになった。 幸いにも彼女は私と趣味があった。 私たちは複数人いるグループに一緒に属していたけれどその中で彼女は私と1番一緒に居てくれた。移動教室もいつも2人だった。 いつの間にか私たちはとても仲良くなった。 親友といっても、過言では無いはずだ。 その頃になると私は友情を感じると共に彼女に対して恋情を抱くようになっていた。 愛おしくて堪らないのだ。 無意識な仕草が私をどきりとさせる。 彼女の髪から香る女の子らしい匂いが鼻腔を擽って、艶やかな指が触れる度にどきどきした。その唇に触れたいと何度思ったのだろう。 異性だったのなら、彼女にも愛してもらえる恋人になれたなら、その唇に触れる事も許されたのだろうか。唇を奪って、彼女の視線を私だけに集めることも可能だったのだろうか。 或いは彼女の艶やかなロングヘアに手を通して抱き締める事も出来たのだろうか。 白い肌に赤い花を咲かせて、紅潮させる事も可能だったのだろうか。 嗚呼、なんて醜いのかしら。 友達をこんな目で見ている私が嫌になる。 あの子は、彼女は、私を友人だと思って一緒に居てくれているのに。名前を呼ばれる度、彼女の黒い瞳に私が映る度、勘違いしそうになる。彼女の優しさと友情が痛いくらいに突き刺さった。 「どうしたの?」 「ううん、何でもない」 「そう、じゃあ行こうか」 何の戸惑いもなく差し出された手。 私はその手を取った。 この行動も彼女にとっては友達との戯れ合いでしかないのだろう。 大切な思い出を並べて私の醜い恋情と一緒にし舞い込んだ。 彼女は純粋なお姫様、純粋だけど、時々傲慢で、偶に強欲で、怠惰な事が多い、正義に反するものには憤怒し、びっくりするくらい辛い物も苦いものも食べられる悪食、嫉妬するところが可愛くて、行動全てに色欲が滲み出ていて、そんな原罪者。 罪悪だって構わない 今だけはお友達として隣にいさせて欲しい。 100年経っても愛しているから。

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私の全てが気に食わない

私の全てが気に食わない。 元々大嫌いだった。 私と母を捨てて臭くなるくらいの香水を付けた新しい女の手を取って出ていった父によく似た自分が大嫌いだった。 ふわふわとしていて可愛らしいお姫様みたいな母と対象的な父譲りの見た目も、性格も、嫌いだったんだ。 母は私を大切な娘とよく言ってくれていたが、私はそれを嬉しいと思うと共に「お母さんに似ていれば良かったのに」と自己嫌悪した。 最低な父に似ている私が嫌い。 母の優しさを素直に受け取れない私が嫌い。 私の全てが気に食わない。 「愛想悪くて笑わない子ね」 「誰の事?」 「ほら、学級委員のあの子。」 「ああ!あの子。剣道部の子だよね、確かに誰かといるところ見た事無いな。」 「前にあの子のお母さんが授業参観来てたんだけどさ、お母さんの方は凄いふわふわした可愛い感じの人だったんだよね」 「真反対じゃん。似てないね。お父さん似なのかな」 走る、走る 気づいたら走っていた。 愛想悪いのは分かってる。 母に似ていないのも知っている。 忌々しいあの男にそっくりな事も分かってる。 ああ、ああ! そうね、そうよね。 私は似てないの。母に。 私の全てが気に食わない。 なりたい、母みたいな人に。 母の全てが欲しい、私もああなりたい。 脳裏に父の顔がチラついた。 忌々しいわね。本当に嫌い。 変わりたい。父の面影を消したい。 そう思った瞬間、衝動的に私はメイク道具を買い漁っていた。 アイプチをして二重にしてみた。母の顔を何度も見て、可愛らしくなれるようにメイクをしてみた。黒い髪を母と揃いの茶色に染めた。髪の毛は巻いてみた。 鏡に映る私は母に似ていた。 それだけで嬉しかった。 メイクをしている時だけの魔法、落としたら解けてしまう魔法、それでも、嬉しかった。初めて自分が好きになれた気がした。 嬉しい、嬉しい! 私の全てが気に食わない。 性格も気に食わない。 だから、見た目だけじゃ意味がない。 言葉遣いを女の子らしくしてみた。 顔に笑顔を貼り付けてみた。 まるで母みたい。 私の全てが気に食わない。 なら、新しい仮面を被ってあげる。 ほら、私の全て可愛いでしょう?

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男子生徒絞殺事件

窓から入り込む風がふわりと鴉の濡れ羽色とでも言うのだろうか、彼女の綺麗な黒い髪が揺れる。長い髪の毛をおさげ三つ編みにして赤枠の眼鏡を掛けた大正浪漫風の彼女は元華族の一族の深窓のご令嬢だ。名前を香月 彼華と言う。 人間離れた人形のような風貌のせいか近寄りがたさがあり、女子生徒も彼女に話かける勇気などなく、誰もが遠巻きに彼女を眺めている。 香月彼華は高嶺の花だった。 遠巻きに眺めていれば分かることもある、彼女は可愛らしいものを好んだ、ペンケースも鞄に付けるキィホルダーも可愛らしいものばかりだった。話す事こそしないが、どういう人物なのか予測はできる。 きっと笑う顔は愛らしく、声は小鳥のように可愛らしく、優しい、お姫様のような人なのだろう。 全員が本気でそう思っていた。数少ない情報から作り出した勝手な妄想、偏見だ。或る意味では理想が形作ったイメージ、それはある事件をきっかけに全てが反転した。彼女は可愛らしいお姫様では無かったのだ。 遺体が見つかったのは早朝、香月が在籍するクラスの中だった。被害者は葛西 夕日、死因はロープによる窒息死、死亡推定時刻は前日の夜中3時頃と見られた。状況から見ても殺人事件に違いないと判断した警察は直ぐに調査を開始し、容疑者を絞り始めた。生徒からの情報により、容疑者となったのは一学年上の風間 直輝、被害者と同クラスの七海 由美、そしてまだ警察には名が明かされていない香月だ。 被害者は生徒は香月がいちばん怪しいと思い乍らも彼女の名前は決して出さなかった。ただ、そういう人間がクラスにいて、彼女が怪しいかもしれないと曖昧に言うばかりだ。生徒たちが容疑者候補として1番に香月を上げた理由は2つ、被害者は数日前から香月に言い寄っていた、 香月は被害者に対して無視を決め込んでいたが、その行動はエスカレートし最近では被害者はストーカーのようにも成り果てていた、その上、香月の私物を盗んだりと可也悪さをしていたようだから、さぞ香月も鬱陶いと思っていただろう。犯行に及んだ可能性は高かった。それでも彼女の名前を言わなかったのは何時の間にか生徒の中で神の偶像となっていた彼女を守りたかったからとしか言いようがない。 事件発覚から数十分が経った時、香月は学校に顔を表した。封鎖されたクラス前をみて不審に思ったのか、事件現場に顔を出したのだ。 生徒達の空気が少し固くなる。優しい美貌のお嬢様はきっと死体とこの酷い有様に耐えられないだろうと全員が思っていた。 この時全てが反転した。 香月は笑った、現場を見て確かに笑ったのだ。 生徒達が勝手に想像した優しい愛らしい笑みではない、恐ろしく冷酷な冷たい笑みだ。 「……真逆とは思っていたが、矢張りお前さんかい香月。」 刑事は彼女の顔を見るなりそう溜息をついた。 「何のことでしょう?」 「最も怪しい人物にお前さんが挙げられていたのだが……まあ、良い。今日は蒼葉の探偵とは一緒じゃないのか。」 「乱歩先生は後程いらっしゃいます、連絡を入れました。それで、私の出番のようですね、久しぶりの事件です」 「…全く、そんな嬉しそうな顔をするもんじゃあない。」 「あら失礼しました。さて……そうですね、死因は絞殺、窒息死…犯人は力には自信があるのでしょうね、何故被害者の席に態々花を置いたのかしら、ああ…祈り、花言葉までしっかりしている…偶然?違いますね、意図して選んだはず。犯人は花に詳しい少年、いや、このタイプは少女…何かを信仰しているような…被害者は私に言い寄ってきた…だから私が疑われていた、なら、犯人は私を信仰してらした?犯人は私を信仰していらした恋人のいない女子生徒、言い寄る被害者を許せなくなったか嫉妬したか、使命感から殺した、きっとこう思ったのてしょうね<私があの子を守る>」 香月が聡明なのは全員の認識だった。それでも、こんなにさらさらと犯人像が出てくるとは思わなかった。刑事はその言葉を聞いて、手帳に何かを書き足し始めた。 「容疑者の中から選ぶとするなら七海由美、だが彼女は恋人がいた筈、犯人像には当てはまらない、か…」 「その辺は乱歩先生に聞いてらしてくださいな」 「ああ、そうするとしよう。ご苦労だった」 ふわりと下げられた頭があげられた時、生徒のひとりに彼女は自己紹介をした。 「香月さん、君は……」 「<心理探偵>香月彼華とでも名乗っておきましょう。」 心理探偵香月彼華。其の名前は重く心に伸し掛る。 翌朝、同じクラスの佐々木由利香が逮捕された。彼女は香月にご執心だったらしく、被害者が言いよるのをみて汚されると思ったそうだ。香月は連行されていく彼女をどこか冷たい瞳で見ていた。 「香月さん!ああ、綺麗だわ、貴方が好きよ。美しい、美しい、性別さえ違えば、貴方と恋人になりたかったのに」 彼女は狂信者だった。正しく。 香月は彼女に冷たく微笑みこう言った。 「今の時代、恋に性別など関係ありませんが、お気持ちだけ頂きましょう。良いですか?恋とは罪悪です。まぁ…100年経って私が百合の花になっても見つけて下さるというのならその時は貴方と恋仲になっても悪くないですね」 夏目漱石の小説の引用でもある 恋とは罪悪……確かにその通りだと、今回の事件で思い知らされた。 香月は何時の間にか隣にいた蒼葉に声をかけた。 「乱歩先生、貴方は恋とは罪悪だと思います?」 「意図が分からない」 「意図なんてありませんよ、ただ興味本位です」 「……人を愛すのは素敵なことだ、でもその気持ちが殺人に走ってしまうのなら、それは、罪悪なのかもしれない」 「そうですね…探偵として言うならば、そうなのでしょうが、私は乱歩先生の本心が聞きたいです。」 「いつも本心で喋っているよ」 「私は心理探偵ですよ、嘘をついてるのは分かります。まぁ、何れ本音で喋れたらいいですね。その時はまた答えを教えてくださいね。恋とは罪悪かどうか。」

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桜下恋人心中事件

咲き誇る桜の木の下で少女はただ前を向いていた。其の視線の先には何をしたって入り込めない恋人だけの世界が広がっている。 少女___香月彼華は静かに目を伏せた。 桜の木の幹を汚す紅は恐ろしささえ感じさせられ、横たわる屍の首元は鋏でも使って切り裂いたのか肉が裂かれており、赤の合間に骨が見えた。何時見ても慣れないこの光景は多くの人の記憶に何時までもきっと居座り続ける。どれ程の人がこの光景を思い出し、嘔吐くことだろう。 香月は踵を返した。この事件に出る幕はどうやら無さそうだ、痛々しい自殺現場、それでも、きっと二人は幸せに逝ったのだろう。 香月彼華は探偵である、と云えど、事件を解決するホームズのような探偵では無い。 事件解決に導き、被害者の無念を晴らす程香月は優しくはなかった。簡単に云えばどうでもいいのだ、香月にとって事件という物は[興味がある][どうでもいい]の2分類の内後者に属すものであるのだ、それでも彼女は探偵を名乗っている。香月が推理するのは心理だけだ。犯人がどうして何を思って犯行を行ったのか、其の時被害者はどう思っていたのか。事件の解決ではなく、人の心を彼女は推理する。 それが事件解決に繋がるというのがまあ不思議な事だ。香月の心理推理は犯人像を浮かばせるのに最も最適だったらしい、故に中途半端な探偵にも関わらず、警察からは重宝されている。 探偵、といって良いのかすら分からないような人だが、実際に事件を解決しているのだから分類には入るのだろう。 香月は聡明で頭脳戦には強い、かくいう香月はまだ学生である、事件とは無縁の彼女が警察の目に止まったのは相棒とも言えるだろう、同じ探偵の蒼葉乱歩と共に難事件を解いたからそれに限る。蒼葉は三十路近い年齢の香月と対称的な探偵だ。少し人情に欠けるところがあり、香月とのコンビは良いものだったと言える。 香月が心理を推理し、蒼葉が事件を推理する。 正しく2人は良い相棒だった。 探偵が集まれば事件が起こる、そんな法則があるかのように彼女ら2人で出かければ事件に何度も巻き込まれた。 今回の事件もその1つであった。 被害者は瀬野 悟、天音 ふみ子。 死因は首をナイフで切ったことによる失血死、死体を目の当たりにした時、蒼葉は隣に立っていた少女に目を向けた。香月は失望したかのような面白く無さそうな顔をしている。 寄り添うように死んでいた笑顔を浮かべる2人の死体はどこからどう見ても心中だった。 香月と蒼葉の推理は必要ない事件だ。 犯人はいない事件、香月は踵を返す。 「乱歩先生」 冷めた声が蒼葉を呼んだ。香月は少し空を見上げて溜息をつく。 「2人は幸せに逝ったのでしょう。」 「それは、推理かい?」 「さぁ、どうでしょう、乱歩先生は私の推理を推理する事が出来ます?」 全く、気難しいお嬢さんだ。 蒼葉もまた溜息をついた。 「笑顔から見て幸せに逝ったと判断したのかい」 「……幸せかどうかだったなんて分かりませんよ。笑顔はペルソナにすぎません。」 香月は自分の顔をその白く小さい手で覆った。そして舞台に立つ役者のように立ち尽くし、暫くしてその手を退けた。隠されていた顔が再び現れる、先程まで退屈そうに冷めていた顔は笑顔に歪められていた。 「人に与えられた役割とは用意されたシナリオの中で与えられた役を演じて生きることです。昔何かの哲学者か何かが言いましたね。私も先生にだって、仮面はあることでしょう。親の前での仮面、探偵としての仮面…今回亡くなった2人も勿論それを持っています。彼女達は確かに笑顔で死んでいました。でも、もしかしたらそれは“幸せに死んだ恋人”という仮面を被っていただけなのかもしれません。私は何を推理したのでしょう。先生には分かりますか?」 笑顔だからといって幸せに死んだかどうかは分からない。 それでも香月は彼女たちは「幸せに逝った」と言う。ならば、そうなのだろう。香月は嘘はつかない。 苦しまずに幸せに死んだのなら、救いようがある話だ。歩き始めた香月に続き、蒼葉も踵を返して新たな事件を求めて歩き始めた。

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