男子生徒絞殺事件

窓から入り込む風がふわりと鴉の濡れ羽色とでも言うのだろうか、彼女の綺麗な黒い髪が揺れる。長い髪の毛をおさげ三つ編みにして赤枠の眼鏡を掛けた大正浪漫風の彼女は元華族の一族の深窓のご令嬢だ。名前を香月 彼華と言う。 人間離れた人形のような風貌のせいか近寄りがたさがあり、女子生徒も彼女に話かける勇気などなく、誰もが遠巻きに彼女を眺めている。 香月彼華は高嶺の花だった。 遠巻きに眺めていれば分かることもある、彼女は可愛らしいものを好んだ、ペンケースも鞄に付けるキィホルダーも可愛らしいものばかりだった。話す事こそしないが、どういう人物なのか予測はできる。 きっと笑う顔は愛らしく、声は小鳥のように可愛らしく、優しい、お姫様のような人なのだろう。 全員が本気でそう思っていた。数少ない情報から作り出した勝手な妄想、偏見だ。或る意味では理想が形作ったイメージ、それはある事件をきっかけに全てが反転した。彼女は可愛らしいお姫様では無かったのだ。 遺体が見つかったのは早朝、香月が在籍するクラスの中だった。被害者は葛西 夕日、死因はロープによる窒息死、死亡推定時刻は前日の夜中3時頃と見られた。状況から見ても殺人事件に違いないと判断した警察は直ぐに調査を開始し、容疑者を絞り始めた。生徒からの情報により、容疑者となったのは一学年上の風間 直輝、被害者と同クラスの七海 由美、そしてまだ警察には名が明かされていない香月だ。 被害者は生徒は香月がいちばん怪しいと思い乍らも彼女の名前は決して出さなかった。ただ、そういう人間がクラスにいて、彼女が怪しいかもしれないと曖昧に言うばかりだ。生徒たちが容疑者候補として1番に香月を上げた理由は2つ、被害者は数日前から香月に言い寄っていた、 香月は被害者に対して無視を決め込んでいたが、その行動はエスカレートし最近では被害者はストーカーのようにも成り果てていた、その上、香月の私物を盗んだりと可也悪さをしていたようだから、さぞ香月も鬱陶いと思っていただろう。犯行に及んだ可能性は高かった。それでも彼女の名前を言わなかったのは何時の間にか生徒の中で神の偶像となっていた彼女を守りたかったからとしか言いようがない。
鏡森 翡翠
別アプリにてミステリ作家として活動していました。ミステリの他、倫理などをテーマに幅広いジャンルを描きます。