シャイニー
18 件の小説海に届けたい
好きな人、がいた。彼は海を越えたところにいて、私に初めて言葉を超えた繋がりを教えてくれた。留学先で出会った、彼の瞳に目を奪われた。 届けたい。何度も、そう思った。瓶に手紙を入れ、海に流したこともあった。彼に届くことを願って。 でも、結局そんなのは幻想なのだと思った。国が違う限り、彼と会うことはないし、ましてや付き合うなんてことはない。でも、海を見るたびに彼のことを思う。彼は今、どこで何をしているのだろうか? そんな切実な疑問を心に抱きながら。 海に届けたい——。さざなみに消されたその願いを、私はいつまで持っているのだろうか。 波の音が、ひどく煩く聞こえる。 ◇◆◇ 「幻想なんてさ、海に流そうよ」 僕は紗奈にそう言った。確かに、彼女は彼のことが忘れられないのだろう。それでも、僕はどうしても彼女に振り向いて欲しかった。もう会えない人を恋煩うよりも、彼女の隣にいるのが僕であって欲しかった。 「無理だよ。海を見るたびに、彼を思い出すの」 そこまで言われると、僕はもう何も言えなかった。ただ、胸が痛くなるばかりだった。 彼女を好きになったのは僕が先だったのに。留学中のストーリーも誰よりも早く見ていたのに。それなのに——彼女は顔も名前も知らない彼に惹かれた。それが、とてつもなく辛かった。まるで、僕の人生がぽっと出の脇役に奪われたかのようだった。 辛い。と同時に悔しかった。彼女に振り向いてもらうために、必死で努力していた自分が否定されたようだった。 海なんて、嫌いだ。海さえなければ、彼女がどこか遠くに行くことはなかったのに。 恋に溺れ、海をもがきながら彷徨うようだった。呼吸をするのに必死で、波に身を寄せるしかなかった。 僕は水平線を見つめる彼女の横顔を眺めていた。 「隼人くんはさ、海を見て何を思う?」 彼女は海を見つめながら言った。広く、何もない海をただ見つめながら。 「好きな人と結ばれない辛さ」 自分でも驚くほど、素直に出た。もはや告白しているようなものだった。 「私と一緒だね」 皮肉なことに、指向は違えど僕も彼女も海に対する思いは同じだった。彼女にとって海は恋を表すのに対し、僕にとって海は失恋を意味するのだと思った。 彼女の隣にいていいのは、僕ではなく彼なのだろうか? 海に問いかけるが、返事はない。 ただ波の音だけが、ひどく煩く聞こえる——。 「好きです」 「え?」 気付けば声に出ていた。僕は急いで、「海が」と付け加えた。彼女はくすりと笑った。笑ってから、言った。 「ありがとう。ごめんね、こんな話をして」 その笑みは苦笑いだったのだろうか? 期待した僕が間違いだったのだろう。僕は顔が焼けたかのように赤面する。 「——私もそろそろ海に流さないとね」 何を、かは言わなかった。だけど、それが何を意味するのかはわかった。 「私も好きだよ」 「え?」 それから彼女はくすりと笑って付け加えた。「——海が」
恋を乞い、愛を願う
童話「青い鳥」では、「本当の幸せは遠い場所ではなく身近な場所にある」と教わった。だけどわたしには、どうしてもそれが解釈に依存するのではないかと思ってしまう。 人が幸せだと思う時——誰かを好きになったとき。テーマパークに行ってるとき。好きなことをしているとき。どれも非日常という共通点を持ち、逆に日常が続くと人は退屈する。かくいうわたしもそのひとりだった。 わたしが中学生だった時、初めて人を好きになった。Mくんと話しているだけで心がどきどきし、夢心地だった。今まで退屈だった現実が一気に晴れ、毎日がテーマパークにいるようだった。Mくんと話してるだけで幸せで、目が合うだけでも嬉しかった。 わたしは放課後に親友のYちゃんに、Mくんの話をよくしていた。Yちゃんはわたしの話に興奮しながら聞いていて、わたしの恋の応援をしてくれた。 Yちゃんは隣のクラスのIくんと付き合っていたので、よく恋愛について相談していたりした。その時、Yちゃんの言葉に印象に残ってるものがある。 ——Iくんと一緒にいるだけで落ち着くんだよね。恋愛って、どきどきするものじゃなく、幸せな感情になるのも恋愛だと思うんだ。 この時、Yちゃんの気持ちは恋なのではなく、愛なのではないかと感じた。少なくともわたしは、Mくんのことを考えるたびにどきどきし、M君と過ごした日々を何度も思い返す。幸せには二種類あり、それが恋と愛なのではないかと思った。 あれから月日は流れ、気づけば高校生となっていた。Mくんは別の高校に進学して、想いを伝えることなく卒業した。 わたしは後悔した。話してるだけで満足してしまい、次の一歩を踏み出すことができなかった。この時、わたしは思った。 幸せは、失って初めて気づくものなのだと。 「青い鳥」の教訓も失った日常、すなわち非日常から気づく幸せなのではないかと感じた。皮肉なことに、幸せも不幸も同じ非日常の中にあるのだろう。 そんな中、高校になってSくんと知り合った。気づけばよく一緒に帰る仲になっていて、一緒にカフェなどにも寄った。わたしは次第にSくんに惹かれていき、気づけば好きになっていた。 それから、わたしはSくんと付き合った。告白は彼の方からで、わたしは喜んで承諾した。 彼と一緒にいたい。彼と一緒に遊びたい。彼と一緒に過ごしたい。そういった気持ちが徐々に膨らんでいき、気づけば彼に幸せになってほしいという気持ちも現れていった。 彼から幸せを受けるたびに、彼に幸せになってほしいという気持ちになる。そして、幸せを共有したいという思いを抱く。これが幸せの伝染なのだと思った。今思えばこの感情が愛なのだとわかった。 今ではわたしが幸せとは何かと聞かれると必ずこう答える。 ——幸せとは、誰かの幸せを願うこと。
アナベル
化学の先生が言っていたことがある。リトマス試験紙は紫陽花と色の変化が反対だという。紫陽花の色が土壌のpHによって が変化することは知っていたが、最近まで私も逆で覚えていた。 私自身、そんなに紫陽花に思い入れがあるわけではなかった。ただ、校内の中庭に咲いてある程度で、普段から意識していたわけでもなかった。 それなのに、私はなぜここにいるのだろう? 私はどんよりとした空を見上げ、中庭のベンチに背を預ける。 信頼していた彼氏には、好きな人ができたからと言って別れを告げられ、私は生きる意味を失っていた。 友達には、また新しい人ができるよ、と言われたが、一度経験したトラウマはすぐには癒えない。しばらくは恋なんて出来っこないし、一生過去の恐怖に苛まれながら過ごすことになるだろう。 裏切るのは一瞬だが、裏切られた傷跡は一生残り続ける。 そんなこと、考えればわかるはずなのに、なんでアイツは平気でヘラヘラしていられるのだろう。 腹が立った。同時に悲しくもなった。怒りと絶望がとぐろのように渦を巻く。 雨が降る。私は傘も差さずに目を瞑りながら顔をあげる。タイミングが良かった。雨は涙を誤魔化すのに都合がいい。空が一番私の気持ちをわかってるのかもしれない。皮肉なことに彼よりも。 私の心も空と同化して雨が降る。私は、髪が崩れるのも気にせずに、ただ雨に打たれていた。 ふと前を見ると紫陽花が目に入った。紫陽花の花言葉は、移り気、浮気。紫陽花が土壌によって色が変わると同じように、彼も人によって色気が変わったのだろう。私は負けたのだ。顔も名前も知らないあの人に。 紫陽花には毒があるというように、彼の浮気は私にとっての毒だった。毒は次第に全身を蝕み、私の心身を苦しませる。私は次第に体が硬直していき、足の感覚がなくなっていくように感じた。 その時、ふと雨が止んだ気がした。見上げると、傘が差し出されていた。 「何してんだよ、こんなところで」 傘で顔こそ見えなかったが、声で誰かわかった。それは、最近まで付き合っていた元カレだった。 期待していた私がバカだったのだろうか? 私は不貞腐れながら言った。 「放っておいて」 私が言うと、彼はタオルを私に差し出した。 「とりあえず、これで髪拭けよ。綺麗なやつだからさ」 私は無言のまま、ただタオルを見つめる。受け取る気力もなく、ただ俯いていた。雨音だけが、その場に響く。 「あの時はごめんな。自分でもどうかしてたと思ってる」 静寂を破ったのは彼の声だった。私は、思わず声を荒げて言った。 「ごめんで済む問題じゃないでしょ」 「悪かったって、本当に反省してる。こう言ってはなんだが、アイツとは別れたからもう一度やり直して欲しいんだ」 「は?」 意味がわからなかった。ちっとも反省しているように見えない。ここまで来るともはや、呆れて言い返す気にもなれなかった。 「今度はお前だけを愛するからって。約束する。だからお願い、やり直してくれ」 私は右手で頭を支え、これ見よがしにため息をついてみせる。反論する代わりに手で、もういいよ、とサインを送る。 「本当だよ。アイツと別れてから、考えてみたんだ。本当に好きだったのはお前だったんだって。信じてくれ」 正直、呆れと同時にほんの少しの嬉しさも残っていた。それはまだ彼のことを忘れられない自分がいたからなのだと思った。だけど、そんな欲望に身を委ねるほど精神的に余裕はない。 「もう新しく好きな人できたから」 嘘だった。だけど、そう言わないと彼を忘れられる気がしなかった。しばらく沈黙が続く。その沈黙を断ち切ったのはまたしても彼の声だった。 「ほんとに嘘、下手なんだから」 声が聞こえた刹那、私の目の前に何かが差し迫った。ほんの数秒のことだった。はじめは何が起きたかわからず、フリーズしていた。それから口先に残るわずかな温かみを感じ、それがキスだったのだとわかった。気づけば彼は自分の傘をベンチにかけてその場を去っていた。 今更ながら顔が熱くなった。私は今、キスをされたのだ。頭が今になって今の状況を認識し、だけど信じられない自分もいた。彼のことしか頭に入らず、他のことがなかったかのようにさえ思えた。心臓の鼓動がうるさい。私の頭は彼のことで頭が一杯だった。まるで付き合う前のあの頃のように、私は恋に溺れていた。 私だって紫陽花と同じだ。あんなに彼のことを忘れると決めたくせに未だに彼のことを好きになる自分がいる。私はキスの感覚を思い返すように、唇を指で触れた。 雨はただ、激しくなるばかりだ。 ◇◆◇ 結局、彼と復縁することはなかった。意外にも、失恋のショックを癒す方法は時間なんだと感じた。私はなんとか心を持ち直し、元気に毎日を送っていた。まるであの頃悩んでいた自分が嘘かのように晴れていた。 今の私は、新しい恋を探している。次は前みたいなのではなく、純愛のようなプラトニックな恋をしてみたいと思っている。 帰り道、友人と別れた後の帰路の途中に白い紫陽花、アナベルが咲いていた。 アナベルの花言葉は——一途な愛情。
いすとり
放課後、前の席の花蓮が振り返りながら言った。 「今日、行きたいカフェがあるから一緒に行こうよ!」 わたしは、頬杖をつきながら言った。 「いいよ。じゃあゲームして負けた方がおごりでー」 「望むところ」 花蓮は、今にも待ちきれない様子をしている。わたしは、人差し指を出しながら言った。 「じゃあ、前はしりとりをしたから、今度はいすとりゲームで!」 「でも、音楽は誰が止める?」 言われてみれば、他の人はもうすでに帰っていた。わたしは、少し考えてから言った。 「専用のアプリがあるから、それを使おー」 「それいいね」 わたしは、アプリをダウンロードして早速準備に取り掛かる。 「イスはわたしのイスを使うね。音楽が止まった時に先に座った方が勝ちで」 「りょうかい!」 スマホを花蓮の机にセットし、わたしたちは向かい合ってイスの近くに立つ。 「じゃあ、ゲームスタート!」 曲を再生し、わたしたちはイスの周りを時計回りに歩く。 歩いてから数秒後、音が一瞬だけ止む。瞬間、花蓮がイスに座った。花蓮は、やってしまったという顔をする。音楽はまだ流れていたのだ。 「ごめん、静かになったから音楽止まったかと思った……」 花蓮は今にも泣き出さんばかりだ。花蓮は続けて言う。 「前にもずるしてしまったね。わたし、前のしりとりで友香にずるするなとか言ってたくせに、最低だよね……」 花蓮の泣き出しそうな表情を見ると、わたしまで胸が痛む。その瞬間、音が止んだ。わたしは花蓮のイスに座り、言った。 「わたしも、間違えて花蓮のイスに座ったから、ずるしちゃった。これで、お互い負けだね」 わたしが言うと、花蓮は吹き出した。わたしも釣られて笑ってしまう。花蓮は、笑いを堪えながら言った。 「前もそんな感じだったね」 「じゃあ、今回は割り勘で」 「うん!」 それから、わたしたちは教室を一緒に出た。下駄箱で、わたしは花蓮に聞く。 「そういえば、花蓮が行きたいカフェってどこの?」 「駅前にオープンしたてのカフェだよ」 「じゃあ、いすとりに負けないようにね」 夕日が差す中、わたしたちの笑い声だけが響いていた。
ギフテッド
望んで手に入れたわけではなかった。わたし自身、そんな才能、欲しくなかった。 それなのに—— ただ後悔だけがわたしの脳内を彷徨う。苦しくて、息ができない。 ——咲はいいよね。将来有望で。 そう、友人の百香は口にした。その言葉は、わたしにとってひどく傷むものだった。 わたしはただ人より暗記が得意なだけだった。画像記憶をすることができ、教科書の内容は一言一句すべて覚えることができた。だけど、嫌な写真も忘れることできなかった。わたしは百香のあの顔を、今でも色褪せずに頭の中に一枚の写真として記録されてる。 ——あーあ、わたしだってそんな特殊能力、望むなら手に入れたかったな。 望むなら——わたしだってその特殊能力を手放したかった。なんなら、百香に譲りたかった。本来、特殊能力なんて、望む人に恵まれればいいのに。わたしは自分自身を呪った。自分が嫌いになる—— 先生は、わたしのことをギフテッドと呼んだ。ギフト、それはプレゼントととしての意味が広く知られているが、ここでいう意味は才能だ。ギフテッドと聞くと、天才という認識があるかもしれないが、わたしからしては生まれ持った特殊な能力以外は一般人とさほど大差がないと思っている。 実際、わたし自身画像記憶ができるという点を除けば他の人と大差がなく、むしろ劣っている方だった。体育だって得意ではなかったし、数学なんて全然できない。なんなら、この前の数学の定期テストで一桁の点数を更新したことがある。確かに、数学の公式はすべて覚えているけど、肝心の使い方が分からず、全然解くことができなかった。 だからみんな勘違いするんだけど、ギフテッドだからってなんでもできるわけではない。特定の分野だけ得意なのであって、それ以外は一般人なのだ。わたしはよく知らないけど、サヴァン症候群と似たようなものだと思ってる。 それなのに百香はいつもわたしを妬んでいた。わたしは、単に普通に接して欲しかった。だけど、そんなことが無駄だってことはわかっていた。 結局、百香は最後までわたしと打ち解けることはなく、卒業した。それ以降は連絡も取っていない。 わたしはここまでの回想を頭の中に残ってるアルバムから写真を取り出しながら遡った。 もういいんだ。 わたしはそう思うと、アルバムを閉じた。 それから、同窓会が開催された。 二次会の時、たまたま隣が百香だった。百香はあの時とは全然違っていた。 「あの時はごめんね。咲には言ってなかったけど、私、ほんとは咲が好きだったんだ」 百香はただ、続けて言う。 「望むなら——咲と同じ大学に行きたかった」 その言葉を聞いた時、すべてがつながった。百香は、勉強をがんばってた。だけど結果が出ず、いつもクラスでは下から数えた方が早かった。 「だけど、私、バカだったね。違う大学行っても、咲とは仲良くいれたはずなのに。勉強だけでなく、中身も不器用だったんだって今でも後悔してる」 思えば、百香はわたしのことを一度も嫌いとは言っていなかった。百香は、わたしと同じ大学に行ってわたしと一緒にいたかったんだ。 これを聞いた時、わたしは百香に言った。 「望むなら——わたしはこれからも百香とずっといたい」 これは本心だった。心の底から望んでいた。百香とずっと友達でいたい。ずっと一緒にいたい。百香は微笑を浮かべた。 「ありがとう。だけどね、もう無理なんだ」 頭が真っ白になる。恐る恐る、わたしは聞いた。「なんで?」 「私、もうここを出るんだ。専門学校卒業したら、東京の方に就職することになってて」 わたし自身、心のどこか底でハッピーエンドを期待していた自分があった。最後まで百香がずっと一緒にいてくれて、これが最高のギフトになるのだと望んでいた自分があった。だけど、そんなのは夢物語だ。 自然と涙がこぼれる。そんな時、百香は言った。 「望みはね、自分で叶えるものだってわかったの。私は、ずっと東京で内定をもらうのは不可能だって思ってた。だけど、必死にがんばってやっと内定をもらうことができたんだ。だからね、咲もきっとこれからいろんな望みを叶えていくと思うんだ」 百香の言葉に自然と涙が止んだ。気づけば百香は笑っていた。優しい笑みだった。 「望むなら——咲には幸せになってほしい」 その言葉にわたしは救われた。これこそがわたしのギフトだったのだ。 あれから数ヶ月が経った今となってはわたしは一流企業に勤めている。だけど、あの百香の笑顔だけは今も鮮明に頭の中に写真として残っている。
「消えない提出物」
「消えない提出物」 花枝凛作。 提出したはずの宿題が、なぜか毎日机に戻ってくる。 捨てても、破っても、翌日には元通りになっている。 わたしは、久しぶりに探偵欲が芽生えてきた。 「この事件、わたしが解決してみせる!」 わたしは、友達の佐伯くんに自信満々に言ってみせた。 ◇◆◇ 「いろいろとツッコみたいところだが、まず、この名前は誰だ? 花枝凛作? 凛作ってことは男か?」 今話してる彼はわたしの友達の晃くんだ。わたしは、彼の言葉に頬を膨らます。 「失礼ね。花枝凛が作ったって意味よ。それと、ペンネームね。本名で活動するはずがないじゃない」 「まぁ、ミステリーを書きたいかのはわかるが、ここまでの駄作じゃもはやコメディだろ。どうせあれだろ? 近年話題の生成AIなんかに頼ったんだろ」 「あら、何も書いてないくせにずいぶんな物言いね」 「穂花がミステリー好きとして正直な感想が欲しいって言ったんだろ」 わたしは晃くんの言い方にムスッとする。 「もういい。別の人に読んでもらう」 「あぁ、そうしてくれ」 わたしは、振り向かずに彼の元から去った。 ◇◆◇ 「消えたはずの提出物が翌日には戻る。提出物が勝手に復元されるはずがないから、誰かが別の紙で再現して戻しているということになるね」 佐伯くんが顎に手を当てて言う。 「そうだね。問題は、誰が、何の目的でしているかだね」 「犯人と動機——」 「どうしたの?」 「いや、ほんとにそれだけかなって思って」 「どういうこと?」 わたしは佐伯くんの目を見て聞いた。佐伯くんはゆっくりと口を開いた。 ◇◆◇ 「それで? 私に何をしてほしいの?」 わたしの友達、樺恋が聞く。 「だから、感想を聞かせてほしいの」 「ふーん」 樺恋は顎に手を当てる。まるで佐伯くんみたいに。 「ねぇ、この佐伯くんのモデルって誰?」 「誰って、わたしの創作に決まってるじゃない」 「もしかして、晃くんじゃない?」 「ちちち違うよ!」 「動揺してるー。ぶっちゃけ好きなんでしょ?」 「もう! そんなことより、早く感想言いなさいよ!」 わたしは手を腰に当てて、怒る仕草をしてみせる。 「まずね。この佐伯くんだけど、下の名前が書いてないじゃない。それと主人公って、この花枝凛で合ってる?」 「それはペンネームに決まってるじゃない。あと、名前くらいストーリーに関係ないでしょ」 「それもそうね。とにかく、一つ言いたいのはあなたの小説には致命的な欠点があるってことよ」 「どんなの?」 「それはこの後に出てくるこの場面なんだけど」 そう言って樺恋は、わたしの小説のある部分を指した。 ◇◆◇ 「消えたはずの提出物が元に戻る。そんなことは普通あり得ない。ならどうやって、復元をしたかだ」 「どうやってって、別の紙にわたしの筆跡で書いたんでしょ」 「よく考えてみろ。人の筆跡で書くのは簡単じゃない。ということは、筆跡を誤魔化すのが得意な書道部が考えられるが、わざわざそこまでするはずがない」 彼の言うことは真理がついている。 「つまり、これはわたしの自作自演だって言いたいわけ?」 わたしは彼の疑いに不快に思いながら聞く。その時、ある人物が現れた。見ると、わたしたちの担任の先生だ。 「もう遅いから帰りなさい」 わたしは、探偵ごっこはここまでだと知り落胆する。 その時だった。佐伯くんがこう言ったのだ。 ◇◆◇ 「つまり、あなたはこれがフーダニットでもホワイダニットでもなく、ハウダニットと言いたいのね」 「だに?」 「ミステリーの用語くらいは押さえなさいよ。つまり、犯人当てでも、動機当てでもなく、トリック当ての小説ってこと。確かに復元をするということはかなり困難であることはわかる。けど、自作自演の可能性を考えるなら、三人称にしないといけないの。一人称だったら、語り部の心情や言動がどうしても書かざるを得ないから、自作自演の可能性ははなからなくなる」 彼女の言うことは確かに正論をついていた。だけど、一つ納得がいかない点があった。 「でも、これは自作自演とは限らないわ」 「それもそうね。だからあくまで、私が書くならって話で構わないわ。それか、信頼できない語り手で叙述トリックにする手もあるけど」 彼女の口からまたしても意味不明な単語の羅列が出てくる。 「何言ってんの?」 「わからないならいいわ」 彼女がそう言った時、先生が現れた。 「もう遅いから帰りなさい」 わたしたちは、帰らざるを得なくなってしまった。 「わかりました。すぐに帰ります」 彼女はそう言って原稿を閉じる。「続きはまた明日読むね」 「せっかく、ここからが面白いのに」 ◇◆◇ 「犯人は先生ですね」 佐伯くんは先生の目を睨め付ける。 「なぜですか?」 「この提出物、本当は印刷物なのですよ。つまり、あなたはコピー機で印刷して提出物を筆跡まで再現していたんだ」 佐伯くんの言ってることに、わたしは信じられなかった。 「お見事。さすが名探偵ね」 その言葉に、わたしは我に帰った。 「ちょっと! わたしが探偵になりたかったんだけど! なに立場が逆転してるんだよ」 「待って。俺はひとつだけ分からなかったことがあるんだ。それは動機だ。先生、なぜわざわざここまでしたんですか?」 先生はゆっくりと口を開き始めた。 ◇◆◇ 「翌日に読むほどの展開は期待できなかったね」 「なんで! 面白いじゃん! 先生が犯人だよ? 予想できないじゃん!」 わたしは樺恋の言葉に反論する。 「さすがに、ここまでくると先生が犯人だと予想つくでしょ」 樺恋はやれやれと手をやる。「というか、これ立場考えずにその場任せで書いたから立場逆転してるんでしょ」 「あれ? バレてた?」 「バレバレだよ。素人の作品は」 「言いたい放題ね。これじゃ佐伯くんと——じゃない、晃くんと一緒じゃない」 「やっぱりモデルは晃くんじゃない」 「うるさいうるさい!」 それから樺恋はページをペラペラとめくる。 「あれ? 続きは?」「えへへ、思いつかなかった」 「マジか」「うん、マジ」 樺恋は呆れ顔をする。「せめて完成品を持ってきなさいよ」 「仕方ないじゃない。動機が一番難しかったんだから」 「こんな素人の作品なら何でも構わないじゃない」 「素人言うな!」 「私はてっきり、主人公がもしや花枝凛という叙述トリックを期待してたのに」 「それもいいかも」 「いいって、あなたが言ってどうするのよ」 樺恋は原稿をまとめ、わたしに渡す。 「とにかく、完成させてよね。いつでも待ってるから」 「わかったよ」 わたしは、仕方なくその原稿を受け取った。 ◇◆◇ 「それはね、あなたがこうやって佐伯晃くんと仲直りして欲しかったからよ」 その言葉にわたし——穂花は驚いた。それは、晃くんも同じだった。 「え?」 わたしがきょとんとしていると先生は続ける。 「とにかく、今日は早く帰りなさい。樺恋もあなたたちをずっと待ってるんだから」 先生はそう言って職員室に戻った。そして、入れ違いに樺恋が出てきた。 「ごめんね、私が先生に頼んでしてもらったんだ。最近、穂花と晃くんの関係がよくなかったから」 樺恋が落ち込みながらそう言うと、晃くんが言った。 「ううん、気にしないで。俺も久しぶりに楽しかったよ」 この言葉に、わたしも嬉しくなる。 「うん、わたしも。ありがとうね、二人とも」 こうして、一つの難事件が解決したのであった。 ◇◆◇ 「どうだった?」 「まぁ、よかったんじゃない? 推理要素はなかったけど」 その言葉にわたしはムスッとする。 「あったじゃない!」 「ただ単に当てずっぽうで当たった感じしかしないわ。せめて証拠ぐらい提示しないと」 「先生のペンが近くに落ちてあったとかどう?」 「手書きじゃなくてコピーだったっていう設定じゃなかった?」 「あ、そうだった」 その時、晃くんがやってきた。 「なぁ、穂花。俺の提出物、なぜ提出したはずなのに机の上に戻ってあるんだ?」 わたしは思わず展開にクスッと笑って言った。 「この事件、わたしが解決してみせる!」 「いや、自分で解決する」 「そんなこと言わずにー! 一緒に推理しよ?」 樺恋は横目に言った。 「推理小説でいう見立て殺人だね。殺人事件じゃないけど」 わたしは顎に手を当てて言う。 「風か誰かの手によって、晃くんの提出物が床に落ちて、心優しい誰かさんが机に置いてくれたとか?」 「いや、それはないだろ。俺が間違って別のものを提出した可能性の方が高い」 わたしたちは、いつの間にかこうして推理し合っていた。 この時のわたしは、樺恋がわたしの小説になぞらえて悪戯で置いたことにも気づいていなかったのだった。
孤独を彷徨う子羊
ある少年、翔は古びた図書館で本を読んでいた。日が暮れた頃、翔はそろそろ帰路に着こうと考えた。変える支度をすると、奥の方で何やら光るものを見つけた。それは、絵本だった。古びた絵本で、タイトルは『迷える子羊の森』。翔はその本に惹かれ本を開いてみた。すると、その本は目も開けられないほど眩しい閃光を放ち、翔はその本に吸い込まれていった。 翔は気付けば羊になっていた。しかし、周りには羊はいない。羊は群れで行動する習性があるはずだ。翔は不思議に思った。そして、翔の前には森が広がっていた。翔は森を突き進んだ。しかし、周りには木しかない。いつの間にか翔は迷子になっていた。その時だった。何やら光るものを見つけた。翔はそれに近づいた。それは妖精だった。その妖精は言った。 「あなたは群れを追い出されて独りで行動しようとしているね。だけど、時にはあなたは手をとり助け合う必要があるの」 妖精は笑顔で続ける。 「私があなたを元の世界に戻してあげるね」 翔は羊の群れのところに戻されるのかと思った。そして、妖精は魔法を唱えながら小さな杖を振った。杖から目も開けられないほど眩しい閃光を放つ—— 気づけば翔は図書館にいた。そして、翔は気づいた。この絵本があの妖精なんだ。そう気付いた翔はたまには図書館で本ばかり読まずに、誰かと遊ぶことも大切だと考えた。たとえ、群れから追い出されても。
私の話をさせてください
読者さん、心して聞いてください。今日は私についてのお話をしてきます。え? 私が誰かって? 私はあなたの理想の人と考えてもらったらよろしいでしょう。あなたが、異性に惹かれるなら私は異性でしょうし、同性に惹かれるなら同性でしょう。とにかく、今は私のことなんてどうでもいいんです。私は私自身の恋バナを伝えたいだけなんです。きっかけはそう、目が合った時でした。私を隅々までじっくりと見る。だけどその目は決して嫌らしい目ではなく、頭の中で整理しながら私を見る姿勢に心が奪われたんです。もう、私の心臓はバクバクです。こんなに素晴らしい人は世界に一人しかいないでしょう。だけど私にはなかなか告白する勇気が出ないんです。だから読者さんには私の恋愛を助けてほしいんです。がんばれーって言うだけでいいんです。ほら、心の中でもいいから今言ってみて? あれ? 聞こえないよ? もっと大きな声で! がんばれー! 私の恋を応援してくれてありがとう。少し勇気を持つことができました。でも、肝心の誰が好きかを言ってなかったですね? 気になります? 仕方ないなぁ。じゃああなたにだけ特別に教えるね? 耳貸して? そうそう。あ! もちろん誰にも言わないでよね? 恥ずかしいんだから! え? もったいぶらずに早く言えって? 仕方ないなぁ。じゃあ言うね。私の好きな人はね、画面の前のあなたなんだよ。え? 予想外って? そんなこと言わないでよ。せっかく告白したんだから、返事を欲しいなー。え? ごめんなさいって? なんで? 私のこと嫌いなの? 画面の向こうだから付き合えないって? なんならもうすでに付き合ってる人がいるって? あ、それは人によるか。でも、ひどいなぁ。でも、仕方ないかぁ。じゃあ、これからは友達として仲良くしようね。ばいばい、さよなら読者さん。あ! 最後に一つだけいいことを教えてあげるね。ここまで文章を読んでくれた人には、小説の中でしか生きれない私の人生を共に歩んできたってことなんだよ? つまり、あなたは私の人生のパートナーってこ——(未完)
わたしの歌
自分に、自信がなかった。価値なんてないって思ってた。わたしには、ヨルシカのナブナさんの曲のような歌詞なんて作れないし、人を惹きつけるメロディなんてなおさら作れない。それでも、創りたいって思った。自分の人生を、曲にしたいって思った。 なんで? そう自分でも疑問に思う。それでも、歌にしたい。曲にしたい。そして、いつしかヨルシカを超えたい。そんな大層な夢を描いている。 いつだろうか。わたしの声がヨルシカのスイさんに似てるって言われた時。そんなことない。スイさんみたいに歌なんて上手くないし、『茜』を聞いてみたらわかるが、あんな低音歌えるはずない。歌上手い人はみんな性別の枠を超えて音域の限界を超えるとでもいうのかって、失礼ながらも思ってしまう。 それでも、歌いたい。わたしの、人生を歌いたい。バンドを組む相手だっていないし、音楽理論なんて全くわかんなくても創りたい。創り続けたい。 カラオケにはよく行く方だけど、行くたびに友達に言われることがある。 ——なんかヨルシカ以外の曲もヨルシカになるね。 そんなことを言われた時、わたしは嬉しかった。声が似ているだけじゃ、そんなことは無理。わたしには、才能がある。あるはずなんだ。 でも、わたしはわたしの歌を歌いたい。わたしだけの歌を歌いたい。だから、中学から始めたギターで曲を創る。ナブナさんみたいな詩のような歌詞ではなく、わたしの人生をそのまま歌詞にして。 わかってる。メジャーデビューなんて厳しいこともわかってる。それでも、わたしは創りたい。創り続けたい。自分だけの、歌を。世界に一つだけの、自分の歌を。そして、わたしの歌を届けたい。わたしの歌で、誰かの心を動かしたい。 わたしは、画面の前にギターを持って語った。一つでいい。散らぬ牡丹の一つでいい。わたしの人生に、価値を与えたい。 それでは、聞いてください。——『わたしの歌』
ブラックコメディ短編集
1「おうむ返し」 「やっほー」 『やっほー』 『やっほー』 (中略) 「記録は十六回! 第一回やまびこ選手権の勝者は太郎です!」 俺は喝采を浴びながら応じる。 「ありがとうご——」 『ありがとうご——』 「なんと! 太郎選手はおうむを使って不正したようです! よって勝者は次郎となります!」 2「帰宅選手権」 「今日門限何時よ」 「5時〜」 「え、何もできないじゃん」 私は不貞腐れる。 「じゃあ帰宅部として、どちらが早く帰宅できるか勝負しよ?」 「望むところ」 こうして私たちはどちらが早く帰宅できるか勝負が始まった。私は自家用ジェットで、ズッ友の花子は走って家に帰る。よし、私が有利だ。その時、花子はニヤリと笑って言った。 「甘かったね、正子。私は帰宅部全国大会優勝者だから学校の目の前に引っ越したのさ」 私は余裕の笑みで言った。 「それはどうかな? さて、今の時間は——」 「5時を過ぎてるだと——何をした!」 「簡単さ。学校の時計の時間をずらしたのさ」 3「メイク直し」 今日、ズッ友の花子に会うと、目の前には化け物がいた。 「え、今日メイク崩れてんじゃん。ダイジョウブそ?」 「まじだ、終わったー」 「もはや崩れすぎて、顔面の原型留めてなくない?」 「すぐに直すってば」 花子はそう言って、その場で美容整形する。その時、顔が首から外れて血潮が飛び散る。 「あーあ、これ、もう元に戻らないよ。メイク失敗だね」 私は目の前の化け物だったものにそう言ったが、返事は返ってこなかった。 4「告白選手権」 「じゃあ約束の場所で」 「ほーい」 翌日、俺は正子と約束の場所に行く。 「正子、好きだ! 付き合ってくれ」 俺は精一杯告白する。その時だった。 「ちょっと待った! 俺は第一回やまびこ選手権王者だ! 俺を選んでくれ!」 次郎はそう言いながら駆け寄った。 「待ってくれ! 俺の方が先に告白した!」 俺が反論すると、正子は言った。 「じゃあ今この場でやまびこ選手権して勝った方と付き合うね」 まずい、今日はおうむを持っていない。が、負ける訳にはいかない。俺は山に向かって言った。 「正子、好きだ!」 『……』 記録は0回。終わった。その瞬間だった。 「太郎、好きだ!」 正子が言った。勝ったのだ。次郎は苦笑しながら言った。 「いや、これは流石に勝てないな」