萎落
6 件の小説仮面じゃないの
太陽に透けた髪が茶色く光るから好き。 香水は、沢山かけると母には叱られるし、鼻を覆う様な仕草をしてくるけれど、香りという強さを纏ったみたいで好き。 真紅のリップも、真っ黒のマスカラも、上にグンと上がったアイラインも、煌びやかな目元のラメも、全て、私のためにある。 右耳に開けた二つの穴に着けたシルバーも、左の一つだけ開けた穴に着けたガラスも、 私のためにある。 私を守るためにある。
軌跡をたどりたい
あの人と同じ道を歩いていると思ってた。でも、そうじゃなかったみたいだ。 私はこの道が好きだ。 雨が降っても、雷が落ちても、嵐が来ても、雪が降っても。どんなに歩き疲れても。 私はきっとこの道を進むだろう。進み続けるだろう。 もし私が、この道に背を向けて歩いてみても。 きっとまた、つま先をこの道に向けるだろう。 この道の先に何があるのか、この目で見たいんだ。 この道の先に辿り着いた時、私をあの人と同じ眼差しで見てもらえるか、知りたいんだ。 この道をまだ足でさえ歩けず、汗水垂らして、惨めに這ってる私。 歩くよりも飛ぶ方が楽だと知っている。 それでも私は歩きたい。 一歩一歩、この道に刻みたい。 才能を持つ蝶である前に、 自分の意思で地を自由に歩める、人間でありたい。
罪を抱いて眠る
身体は食べた物で出来ている。 骨も、血も、この無駄な肉も。 私にとって、減らすことが正義だった。 食料と食欲を。 でも、おいしいものを食べると幸せだった。 でも、同時に罪を背負った。 食べてしまった。 接種してしまった。 蓄えてしまった。 これ以上、いらないものなのに。 食べる喜びを噛みしめず、もがく今日でも、 いただきます。 この言葉だけはちゃんと言おうと、そんな理性は保ってる。 私の思いと裏腹に彼らの命を無駄にしない様に。
それでも私はまだ光を求めた。
本ベルが鳴り響き、ホール内は闇に包まれた。 高まる心臓でまだ幕が降りたままの舞台を見つめる。隙間から見える光が想像を膨らませる。 音楽と共に幕が上る。見開いたままの未熟な私の目には彼らだけの世界が広がっている。 作り物のはずなのに、彼らの生み出すそれらは生きていた。スポットが一人一人を輝かせる。輝かせているのはスポットなのか、それとも彼ら自身なのか。彼らの発する一言一言が私の心に脳に、ホールに、果てしなく響く。発声、全ての技術が完璧だったのだろうか。汗、曇りない眼、手先、足、声、演出力。全てが私には眩しかった。 そう、この世界は私には眩しすぎた。
クリスマスはほどけない
銀の鈴が鳴る代わりに母の怒号が家に響いた 甘いはずのケーキがしょっぱくて鬱陶しかった あれが欲しいこれが欲しい全部欲しいと顔も知らない赤い帽子のおじさんに願った 他の家の煌びやかな庭のライトアップの向こうを見つめた 光らない庭の現実を窓から見つめながら眠った 朝日が射した枕元には器用にラッピングされた包装紙が置かれていた 丁寧な包装をぎこちなく解くと淡いピンクの手編みセーターが入っていた 袖を通すとセーターは優しく私を包み込んだ その優しさが私にはくすぐったかった セーターの網目一つ一つが確かに光を放っていた 他の家の煌びやかな庭に負けない優しい光を。
走れ私
走る人を見てた。 私も走りたくなった。 追いつきたくて私は走った。 走る楽しさを知った。 追いつきたくて私は走った。 呼吸の仕方を教えてもらった。 追いつきたくて私は走った。 全部忘れるために。 追いつきたくて私は走った。 あの人の様に。 追いつきたくて私は走った。 あの人のために。 追いつきたくて私は走った。 景色の美しさを求めた。 追いつきたくて私は走った。 一番早く走りたくて。 追いつきたくて私は走った。 美しい景色を見たくて。 追いつきたくて私は走った。 呼吸が浅くなる。 追いつきたくて私は走った。 足が動かない。 追いつきたくて私は走った。 なぜ私は走っているのだろう。 走っているあの人を見た。 私は憧れた。 走っているあの人を見た。 光る汗が眩しい。 走っているあの人を見た。 速かった。 走っているあの人を見た。 引け目を感じた。 走っているあの人を見た。 果てしない向こうを見て嬉しそうに笑っていた。 引け目を感じた。 走っているあの人を見た。 引け目を感じた。 走っているあの人を見た。 引け目を感じた。 走っている足を止めた。 私は疲れてた。 私には走れないのかもしれない。 私は一番になれないのかもしれない。 私はなぜ走れないのか。 あの人が走る道に背を向けて走れたら。 もしこのまま足を動かさなかったら。 もし私が最初から足が速かったら。 あの人よりも先に走り始めてたら。 あの人よりも先に走る楽しさを知っていたら。 あの人よりもたくさん走っていたら。 あの人よりも楽しめていたら。 あの人よりも呼吸が続いたら。 あの人と同じ目で見てもらいたかった。 また、走りたくなった。 靴紐を硬く結んだ。 また、走りたくなった。 苦しくなっても良かった。 また、追いつくために私は走った。