ヤミイロミヅキ
17 件の小説ヤミイロミヅキ
「ダーク」をメインテーマに創作しています。狂愛/仮面/切なさ/悲哀/病み/孤独/メリバ。日常のほの暗さから、涙するほどの大きな闇まで。あなたのお好きなヤミイロ話を見つけてね。リクエストも受付中。
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 10
『まもなく、電車が参ります。危ないですから、黄色い線の内側まで下がってください』 馴染みのアナウンスが流れる。 私と園原さんはほぼ同時に顔を上げ、電光掲示板を確認した。 「電車、来ましたね」 「そうですね」 「確か、東雲さんも乗るんですよね」 「はい、そうです」 普通なら、電車が来た時点でサヨナラとなってもおかしくないだろう。 今さっき知り合ったばかりの人間、しかも異性と七駅先まで一緒にいるのは不自然な気がした。 (でも……) 軽くうつむき、次に何と言おうかなと思考を巡らせる。そうしている間に、電車は刻一刻と近づいてきている。妙な焦りが心を駆け抜けていき、口の中がパサパサになる。 一旦離れよう。そう思い挨拶をしようとした瞬間、園原さんから声をかけられた。 「あの、東雲さん。もし良かったらなんですけど、もう少しだけお話しすることはできませんか?」 「えっ?」 「あ、違います。変な意味じゃなくて。電車を降りるまでの間だけでいいので、お話ししたいなと思ったんです。何だか、今日初めて出会ったような気がしなくて」 新手のナンパだろうかと、私は一瞬身構える。だが、園原さんの照れたような笑顔に、悪意は欠片も感じられない。 この人は、本心で言っている。私の直感が、そう告げていた。
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 9
「あ、僕、まだ名前名乗ってなかったですよね。園原樹(そのはら いつき)って言います」 園原さんは人懐っこい笑顔を見せた。 「私は東雲怜(しののめ れい)と言います」 つられて名乗り、私は慌てて口を噤む。今さっき出会ったばかりの人に、本名、しかもフルネームで名乗るなど。不用心にもほどがある。右手で口元を隠し、そろりと園原さんの表情を窺う。 「東雲さん、ですか。あまり聞かない名字ですね」 しかし園原さんは東雲という名字そのものに興味を持ったらしい。アゴに手を当て、「しののめ、しののめ……」と一人呟いていた。 「確かに、私も今まで親族以外で会ったことはありません」 「東雲さんも会ったことないんですね。きっと珍しい名字なんでしょうね」 「そうかもしれませんね」 「ああ、すみません。急にこんなことを聞いてしまって」 「いえ、お気になさらず」 テンポの良い会話。重なる互いの小さな笑い声。心地良いひと時に、いつしか私の心は解れていく。ゆるりと空気が和らぎ、自然と言葉が続く。 (私、普通に人と話せている) 耳を塞ぎたくなるほどの嫌な感覚が、何一つない。 むしろ、もっと園原さんと話したい。 素直にそう思ったのだ。
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 8
なぜこんなにも無防備に笑えるのだろうか。 私は不思議に思った。 いつも人の前では嘘に怯え、気を張っているというのに。 「お気遣い、ありがとうございます」 「いえいえ。何もなかったなら良かったです」 男性はニコッと微笑んだ。邪気の感じられない笑顔が眩しい。 「あ、ついでに一つお聞きしてもいいですか?」 「はい。私でよければ」 「実は僕、今日は仕事でここに来ているんですけど、初めて来る場所で。この駅に行くには、ここから乗る電車で合っていますか?」 男性はスマホの画面を私に向けた。 奇しくも、男性が降りる駅は私の家の一つ前の駅だ。 「はい、合っていますよ。私も同じ電車を待っているんです」 「そうなんですね! いや、下調べしたものの、やっぱり心配で」 男性は胸に手を当て、ほっと息をつく。 その仕草全てが自然なものに見え、気づけば私は再び笑っていた。 「初めての場所って、何回調べても不安になりますよね」 「いや、本当にそうなんですよ。間違えたら間違えたでどうにかなるとは思っているんですけどね」 明るく笑う男性。 私の胸が、すっと落ち着きを取り戻す。 この男性との会話は、何故か安心する。 初めてともいえる感覚に、戸惑う気持ちが浮かんできた。
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 7
「あの、大丈夫ですか?」 頭の上から、男性の声が降ってきた。 聞き覚えのない声に、私は身体を強ばらせながらぎこちなく顔を上げる。 目の前には男性が一人立っていた。 男性は眉を寄せ、心配げな表情を浮かべながらこちらを見ている。 テレビで見る俳優さんに似ている男性は、茶色の髪にラフな服装と軽薄そうな出で立ちとは反対に、どこか真面目そうな雰囲気が漂っていた。 「あの……僕の声、聞こえていますか?」 「えっ? あ……ご、ごめんなさい」 男性の問いかけに、私は我に返った。失礼なことをしてしまったと、私は頭を下げる。 「私なら大丈夫です。ありがとうございます」 「良かった。どこか具合が悪いのかと思って。でも、急に知らない人に話しかけられたらびっくりしちゃいますよね。こちらこそ、すみませんでした」 男性は安心したように目を細めた。おどけた口調で私の緊張を解そうとしてくれているのが伝わってくる。 気づけば私は、男性の前でクスクスと笑っていた。あまりに自然に笑っていることに、私は自分自身に驚いた。
【週刊】今日も私は嘘に耳を塞ぐ 6
こんなブラックすれすれの人がいるが、職場そのものは私に合っていた。 家から電車で約一時間と、通勤時間はかかるものの、移動時間には本が読めるので苦ではない。 あまり職場と家が近いと、近所で患者さんと顔を合わせてしまう可能性もある。 休みがしっかり取れて、定時でしっかり帰れる。 加えて時給がやや高め。 今野さんの存在以外は、まさしく天国であった。 「おはようございます」 気持ちを切り替えた私は、元気に挨拶をしながら一日の業務に取りかかり始めた。 *** 「……お疲れ様でした。お先に失礼します」 形ばかりの挨拶を済ませ、私はそそくさと職場を後にした。 嘘が分かる、というこの感覚のせいで、今野さんとの仕事は私にとって一番負荷が大きい。 嘘だと分かっていても相手に合わせたり、自分を下げて相手が動いてくれるように立ち回ったりと、無駄な労力がかかって仕方ない。 「……疲れた」 駅のホームで、空いていた椅子に座りうなだれる。 この感覚がもっと鈍ければ楽に生きられたのかな、と。 ふと、そんなことを考えながら。
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 5
私が勤めているのは、いわゆる町の診療所『はるの整形外科』だ。 ここで半年ほど受付の仕事をしている。 小さな診療所と言えど来院される患者さんは多く、多い日で百名を超えることもあった。 受付は私と、今野さん。そして水原さんという方の三人でローテーションを組んでいる。基本的に勤務するのは、そのうちの二人だ。 この三人の中では水原さんが一番の古株だ。水原さんはとても親切で、新人の私にも優しく教えてくれる。患者さんからも好かれており、水原さんを「みっちゃん」と呼ぶ人もいるくらいだ。 一方、今野さんはと言うと、仕事ができないわけではない。カルテやレセプトなど、パソコン入力のスピードなら水原さんにも負けないくらいだ。 だが、どうやら今野さんはプライドの塊らしい。水原さんには腰を低くしているが、裏では陰口ばかりを話している。 そして私のこともあまり好きではないらしく、仕事を聞いても教えてくれなかったりする。 患者さんの支払う金額に影響が出るため、頼み込んで教えてもらおうとすると、決まってこう言われるのだ。 「アンタ、ほんっとに使えないね」
忘れたくないのにと願いながら
過去の記憶 忘れたくなくて 自ら蓋をこじ開けて 覗き込む 記憶と共に走る胸の痛みに安堵する 「良かった。まだ忘れてない」と 今日もまた 自ら蓋を開けにいく しかし 何故だろうか いつもの痛みが 悲しみが 胸が張り裂けるような苦しさが 筆舌に尽くし難い虚しさが 今日は 訪れなかった 本来ならば 喜ぶべきことなのかもしれない だが 私の胸中は違った 「忘れないで」 心が そう叫んでいた その時 ふと気がついたのだ 私は 痛みで罰していたようで 実は痛みに甘え 生を見出していたのだと 転んだまま立ち上がれず 泣く子のように 自身を憐れみ 記憶に縋っていたのだと 痛みを感じない というのは 忘れてしまったからではない ましてや 赦してしまったわけでもない ただ 自分で立ち上がる時が来たと 心が告げただけなのだ
大切なヒトは画面の向こうの住人で
家族。同僚。親友。配偶者。恩人。 普通の人が挙げる「大切な人」というものは、きっとこの辺りの言葉に分類されるだろう。 なので私は、あえて違う言葉を選ぼう。 私の大切な人は「インターネットの配信者」だ。 特定の人物名を挙げられないのが悔やまれるが仕方ない。 私は、その人をとても大切に思っている。 何故だろうか。私は理由を考えてみた。 私とその人は似たような部分が多かった。 当然ながら、最初から知っていたわけではない。 ただ、ファーストインプレッションとでもいうのか。 とにかく直感的に惹かれたのだ。 彼の声に、醸し出す雰囲気に、自分と似た何かを強く感じたのだ。 それからは、彼の配信によく通うようになった。 彼の声に元気をもらい、彼の過去を聞いて応援したいと思い、彼の存在に忘れかけていた笑顔を取り戻し、彼の配信で楽しむという感覚を思い出せた。 ダークワーカーだった私が、人として大切な感情を蘇らせることができたのは、彼の存在に他ならないのだ。 とはいえ、別に恋愛感情を抱いているわけではない。 そしてリアルで繋がりを持ちたいと思っているわけでもない。 ただ、彼の存在に感謝し、私が一方的に彼を大切な存在と認識しているだけにすぎない。 だが、だから良いのでは、とも思う。 特別というのは、時に重たさを伴う。 重たさを彼に感じて欲しくはないのだ。 どこまでも自由に羽ばたいて欲しいし、いつまでもそのキャラのまま笑っていて周りに華を広げて欲しい。 そう願ってしまうのだ。 だから私は今日も、普通の顔をして、いちリスナーとして、彼の配信に顔を出す。 そして心の中で密かにこう思うのだ。 『今日も貴方が笑っていることが、私の幸せだ』
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 4
そんなことを考えながら、私は制服に着替えた。 清潔感のある白い服は、いかにも病院の受付といったイメージだ。 左胸に名札をつけ、ポケットにペンを二本さしておく。 この職場では、ペン二本が必需品だ。 一本は自分用。もう一本は患者さんに渡したペンのインク切れが起きたり、問診票や書類不備の際に記入してもらう時に患者さんに手渡したりする用だ。 ごく稀に渡したまま返って来なくなるパターンもあるため、安価な量産品や製薬会社からの寄贈品を携帯するのが暗黙のルールでもあった。 鏡の前に立ち、髪を結い上げる。身だしなみに厳しい方ではないが、病院という職場に相応しい格好でありたい。 ふと、先程の今野さんが頭に浮かんだ。やはり、見た目も大事だなと一人頷く。 「今日も頑張ろうかな」 鏡に映る自分に向かって声をかける。 もう一度上から下まで自身の姿をチェックし、私は従業員室を出た。
空へと旅立ったキミへの想い
「もういいか」 ある日そう言って、君は僕の前から消えた。 最初は何が起きたのか分からなかった。 メッセージを送っても未読、電話してもコール音のみ。 数日後。僕はようやく諦めがついた。 「ああ。君は空へと旅立ったんだね」と。 誰に裏切られても、君はこの世界を呪わなかった。 ただ、自分の埋まらない心を埋めたくてもがいていた。 僕では代わりになれなかった穴を埋める術を見つけられないまま。 君は、空へ旅立つ決意を、一人でしてしまったのだと。 あれから数年。僕は今、こうして物語を書いている。 それは、君が生前残した言葉があるからだ。 「どうか、私のような人を増やさないで欲しい」 「貴女ならきっとできますよ」 生憎と僕に、君のような優しさはない。 君のような心の広さもない。 君のように、人の言葉に耳を傾けることもできない頑固者だ。 だけど、だけどね。 そんな優しくて、心が広くて、いつも僕の馬鹿みたいな話に耳を傾け続けてくれた君からの最期の願いだからこそ。 僕は、叶えたいと思ったんだ。 僕にできるのは、せいぜいこうして書くことだけだ。 人に伝える話術も、人格も持ち合わせちゃいない。 だから僕にできる『書く』ということで君の願いを繋いでいって。 君のように生きることに迷う人の元に僕の世界が届いて、君のように生きることを諦めてしまう前に手が伸ばして伝えられたらいいと思うんだ。 『キミは、一人じゃない』