ヤミイロミヅキ
4 件の小説ヤミイロミヅキ
「ダーク」をメインテーマに創作しています。狂愛/仮面/切なさ/悲哀/病み/孤独/メリバ。日常のほの暗さから、涙するほどの大きな闇まで。あなたのお好きなヤミイロ話を見つけてね。リクエストも受付中。
[週刊]今日も私は嘘に耳を塞ぐ 1
「あら、東雲さん。おはよう」 職場の先輩である今野さんが、従業員室に入ってきた私を見て声をかけてきた。 仕事用にと、今野さんは髪を一つに結い上げてはいるものの、まとまりきらなかった髪がバサバサと額や首周りに残っている。 「おはようございます」 私はにこりと愛想笑いを浮かべる。 だらしなく見える今野さんの姿に嫌悪感を抱いた、というわけではない。 ただ何となく、モヤリとしたものを感じたのだ。 そんな私の内心に今野さんは気づかない。 私の取って貼り付けたような笑顔に気を良くしたのか、今野さんはニタニタと笑った。黄ばんだ歯が、薄い唇の向こうからちらりと覗いて見えた。 「今日も寒いから、風邪引かないように気をつけてね」 「はい、ありがとうございます」 「それじゃ、また後でね」 バタン。 ひらひらと手を振りながら従業員室を後にする今野さん。 彼女の姿を作り笑いで見送る私。 一人になった瞬間、私はふっと笑みを消した。 (思ってもないこと、よく口に出せるよね) そう。今野さんは私の体調など気にしてなんかいない。先に言っておくが、私の思い込みが激しいというわけではない。 私には分かってしまうのだ。 相手の言葉が嘘かどうかが。
ヒトを恋しく思う
ふとした、本当ほんとうにふとした瞬間に、私は今自分が人という存在を恋しく思っていたのだと気づいた。 私の向かいのボックス席に座る、男性のお客さん。店員さんと目も合わせず、ボソボソと低い声で注文をしている。不機嫌なのだろうか、仕事終わりで疲れているのだろうか。 そんなことを考えながら、私は自分のご飯をぱくり。一口食べた。 いや、もしかしたら違うのかもしれない。 私の頭の中で、別の想像が働いた。 向かいの男性は、実はお店の常連さんなのかもしれない。毎日のように同じ時間に通い同じ料理を注文しているのに、店員さんが「今日もお疲れ様です」とか「いつもと同じお料理にしますか」と聞かなかったことに対して寂しさを感じているのかもしれない。 我ながらバカバカしい妄想だ。ぱくり。私は小鉢の漬物を口にした。パリパリと小気味いい音が、私の耳をくすぐる。 だが、あながち見当違いとは言えないかもしれない。 男性は席に座るなりすぐにベルボタンを押していた。メニューを開いていたかどうかですら定かではない。 となると、ひょっとすると、もしかしたらば、その可能性もあるかもしれない。 しかし、何故私はこんなことを考えているのだろうか。ごくり。水を一口含み、一旦頭をクリアにする。 私は自分自身に疑問を抱いた。 私だったら、店員さんに自分のことを覚えていてもらいたいだろうか。それはそれでちょっと恥ずかしい気もする。常連風を吹かせて「いつもの」なんて頼めない。形だけでもメニューブックは開くし、変わってないと知っていても最後まで目を通すだろう。 でも、もしも、本当にもしもだけど、覚えてもらえていたなら。 それは、ちょっぴり嬉しい。 このお店に来なければ出会わなかった人が、自分の存在を覚えてくれる。今まで見知らぬ誰かで、今もなお名前も知らない誰かだろうに、自分という生き物を認知してくれる。 本来、人は忘れる生き物だ。よほど強く印象に残らない限り、忘れられてしまうのが普通だ。明日私がこの店に来たとして、きっと今日の店員さんはほとんど忘れているだろう。記憶に留めるというのは、存外難しい。 だからこそ。 記憶の片隅に留まらせてもらえるというのは、ありがたい話だ。ずずず。私は味噌汁をすすった。まだ温かい。 やはり先程の言葉は撤回しよう。私は、人に覚えていてもらいたい。そして私を覚えていてくれた人に感謝したい。人との関わりが希薄な私にとって、誰かに覚えてもらえているということは、それだけで世界と繋がっているのだという証になる。 私は一人じゃないのだと、感じることができる。 ここまで思考を巡らせて、私は苦笑いした。 何だ、一人が好きだと思っていたけれど、意外とそうでもないんだな。カチャン。食べ終わった食器を机の脇に置く。 ここで、話は冒頭に戻る。私は、本当は人恋しいのかもしれない、と。
雨の日に
「うわっ、雨降ってきた!」 俺は急いで近くの店の軒下に避難した。幸か不幸か店休日らしい。しかもここの店だけではなく、辺りの店はほとんど開いていない。 いわゆるシャッター街。人気の無い場所で、俺はぽつんと立ったまま雨をやり過ごすことにした。鞄に折り畳み傘は入っている。ただ、ゲリラ豪雨らしく凄まじい勢いで降る雨だ。折り畳み傘では到底太刀打ちできそうもない。 「まあ……少し待てば落ち着くだろ」 特に急ぎの用があるわけでもない。俺はスマホをいじりながらのんびり待つことにした。 「にゃ~……」 その時、どこからか猫の鳴き声がした。こんなどしゃ降りの中で。大きな水たまりも繋がり、川のように雨水の流れができ始めている。猫は大丈夫だろうか。それとも、俺の空耳だろうか。 「にゃ~……」 再び聞こえた猫の声。先ほどと位置は変わってないように感じる。辺りを見回し、猫の姿を探す。いない。見つからない。 (どこだ、どこにいる?) 心配になり、必死で視線を巡らせる。だが、猫らしき影が見えない。やはり聞き間違いだろうか。 そう思おうとした時、俺の足に何かが触れた。 「ん? ……うわっ!」 「にゃ~……」 足元を見ると、猫が俺の足にすり寄っていた。一体いつからいたのだろうか。白黒のぶち猫は、俺を見上げると、再び横腹をこすり寄せてきた。上に伸びたしっぽが、楽しげにゆらゆらと揺れている。 雨の中だというのに、不思議と猫の身体は濡れていなかった。俺より先に軒下にいただろうか。だが、それならばさすがの俺でも気がつくはずだ。 だとしたら、この猫はどこから現れたのだろうか。 「にゃ~……」 俺の疑問を他所に、猫は相変わらず俺の足元にいた。寒かったのか、寂しかったのか、猫は俺の傍を離れようとはしなかった。 試しに撫でてみようか。手を伸ばしかけた時だった。 ザー……。 途端に雨足が強くなる。バタバタと屋根を叩く音がうるさい。横風を受け、軒下も意味をなさない勢いで雨が吹き込んできた。 「おい、お前。濡れちまうぞ! ちょっとこっち来い!」 俺は慌てて鞄から傘を取り出した。急いで傘を開き、そのまましゃがみこむ。猫を手招きし、自分と一緒に入らせる。傾けた傘から、雫がボタボタと落ちる。しっぽに雫が当たったが、猫は一向に気にした様子もなく、ただ大人しく傘の中にいた。 「ったく……。なんて雨なんだ。でもまあ、お前と一緒なら、意外と悪くないかもな」 「にゃ~……」 応えるように、猫はひと鳴きした。 通り雨は、まだ止みそうにない。
空白のトナリ【三分で読めるショートストーリー】
「ん……」 薄く開いた視界の先、ぼやけて見えていた世界が徐々にはっきりとしていく。見慣れない壁。壁を照らすピンク色のムーディなライト。ライトの反対側、カーテンの隙間から差し込む一筋の陽光。その光景に、私の頭は一瞬真っ白になった。 「え……ここ……」 横たえていた身体を起こす。かかっていた布団が身体が滑り落ちる。冷えた空気が肌に触れ、そこでようやく自分が衣服を身にまとっていないことに気がつく。 同時に、頭が一気に覚醒した。 「あ、そっか。昨日……」 そう。昨夜、私は『彼』と一緒にラブホテルに泊まった。思い出した私は、慌てて自分の隣を確認する。だが、隣には誰の姿もなかった。手でベッドの上を触ってみるが、シーツはひんやりとしている。 私は床に落ちていたバスローブを拾い、雑に肩から羽織る。紐を結ぶことがもどかしく、ローブの端を手繰り寄せて前を合わせる。急いでベッドから足を下ろす。床に置かれたスリッパには目もくれず、私は部屋の中を歩き回り『彼』の姿を探した。 「……もういない、か」 室内に、私以外の人の気配が感じられない。諦めて、私は近くにあったソファに腰を降ろした。 背中をべったりとソファに預けて天井を仰ぎ見る。額にかかっていた髪がはらりと耳元を掠め落ちる。私はゆっくりと目を閉じ、深呼吸をした。 「分かっているよ。私じゃ、ないんだよね。……私は、しょせん二番目なわけで。彼は、私を選んではくれないんだよね」 私が起きる前に『彼』はホテルを出てしまったのだろう。きっと今頃、本命の彼女の元にいるに違いない。そう考えただけで、心臓を鷲づかみにされたように苦しくなる。 「……なのにどうして、私は彼と会ってるんだろ」 離れなきゃいけない相手だと、頭の中では理解している。ただ、離れる決断ができないだけで。 自分の中にある寂しさが、どうしても彼から離れるという道を選ばせないでいるのだ。 埋まることもなく、満たされることもない空っぽの心を、『彼』の存在でやり過ごすことしかできない。 後に残るのが、虚しさだけと知りながらも。