後藤りせ
4 件の小説ジュリ。
人間の体温さえ感じることのないワンルームのマンションの窓を、今夜は雨が激しく音を立て打ち付けてやがてその雫はそっと垂れ流れていく。 あたしは新宿を濡らしていく雨が好きだ。 ベッドに潜り込み放り投げたままのiPhoneを、極彩色に施された長いスカルプのネイルで這わせる。 「ジュリ、1.5KでNNしてくれるぞ」 「ウケるwww」 「ナンバー外れたから必死www」 「どうせまたホストだろ??」 「あいつ性病じゃん」 「所詮1.5Kの価値しかないwww」 ネットの匿名掲示板。 乱立されたあたしのスレッドには、ただただ中毒性のある甘ったるい書き込み心が並べられていて少しだけ心が安堵する。 どんなに汚い言葉で罵られていても、あたしは孤独ではないのだと感じさせてくれるから。 窓の向こうの景色に視線を逸らす。 雨は更に激しさを増して、薄っぺらい窓硝子をひたすらに叩いている。 あたしの心の深いところに埋もれているぐちゃぐちゃになった気持ちを、この雨に溶かして全て逝かせてくれたのなら。 生きていけるのに。 生きていけるのに。
ミライ。
「ミライちゃん、ありがとう。今日もすっごく良かったよ♡」 ラストの客が、趣味の悪いネクタイをぎゅっと締めながらニヤニヤと口角を上げて笑う。 さっきまでこの客の性癖である激しく尻を叩かれ性器を足で弄ばれ唾液でドロドロと顔面を汚されて悦び喘いでいたプレイさえも、一瞬で脳内から抹消したかのように、これから現実に溶けていくのだろう。 あたしが客の見送りのためスタッフにコールを鳴らしているとき、びちゃびちゃと汚らしい音を立てて耳を舐められた瞬間、あたしはそのネクタイでその首を締め殺してやりたい衝動に煽られた。 そしてエントランスまでの螺旋階段を降り、マニュアル通りに舌を絡めたキスをして、あたしはニコニコと笑いながら用意されたテンプレートを投げ付けた。 「今日はありがとうございました♡またミライに会いに来てね♡」 23:55 もうすぐこのネオン街の夜が終わる。 そして独りぼっちのワンルームに、望まない朝が来る。 あたしは「ミライ」という源氏名を脱いで、本名のあたしに戻っていく。 あたしにはなにもない。 心がぷつんと途切れるように、本名のあたしに戻る瞬間は、とても虚しく、とても切なく、ただただ怖いんだ。 どんなに汚らわしい性癖をぶつけられても、あたしを必要として貰えるのなら、あたしは生きている価値を見出せる気がするから。 あたしは、こんなに弱かった?? 誰か、教えてよ。
ルイ。
am4:57 今日も昨日となにも変わらずに狭い空がグラデーションを作り、オレンジ色をした朝があたしを包み込み静かな風俗街に朝を告げる。 高く大きな雲の間から差し込む太陽の光は、あたしにはとても眩しくて、目を細めて睨んだ。 タクシーに乗り込み、人間の体温さえも感じられない1LDKの行き先を告げる。 風俗街の夜はとてもキラキラしていて、あたしにはとても温かかったんだ。 あたしのぽつんと空いた孤独を、都合良く埋めてくれるのは、そんな生温い理由だけなんだと思う。 偽物のルイヴィトンの財布に詰め込んだ、くしゃくしゃになった一万円札。 それが、あたしの今日を生きた証だった。 誰もが手にしてはすぐに飽きて呆れて踏み潰すようなハッピーエンドが、あたしにはとても眩しくて。 でもね。 お金では買えないモノなんて、きっとあたしには手に入らないんだ。 どんなに怖くて震えていても、どんなに心が削ぎ落とされても、どんなに涙が止まらなくてぐちゃぐちゃになっても、源氏名を脱いだ本名のあたしのことは、誰も知らない。 あたしのことを知らないこの街でしか、あたしには生きていくことが出来ないなんて、自分が一番よくわかっているくせにね。 ねえ、すごく、淋しいよ。
ダイヤモンド。
キラキラと眩しく輝く風俗街が、白い冬に包まれる。 窮屈に立ち並ぶ店の前に大きく掲げられた女たちのパネルは、いやらしく笑顔を作り、この街を誘惑する性欲の捌け口。 掌で掬い上げたら溶けてしまいそうなほどの小さな雪が、あたしのミルクティー色の髪に舞い落ちて、うっすらと白いベールを作り、ただの水分に変わっていく。 今の気持ちをどれだけ探しても、言葉にする術がひとつも見当たらないんだ。 あたしは舞い落ちる刹那の降る空を見上げることも、そこに立ち止まることもなく、ただ淡々とこの風俗街を歩いている。 今夜もあたしは本名のあたしを脱ぎ捨てて、卑猥な言葉とポーズを求められ、またたった何枚かの諭吉のために心を少しずつ削っていく。 不安定な夜を戦い抜くことに、あたしはときどき胸が押し潰されそうになるよ。 眩しいくらいに輝くモノを追いかけ続けて、闇の中に突き落とされたこの身体は、ただの戦闘機でしかない。 ずっと聞きたかった答えは、きっと今夜も聞けないまま、また鮮やかな眩い夜に溶けていくんだ。 あたしの生きていく理由も、あたしがここで生かされている理由も、全てはあたしの中にあることなんてもう何年も前から知っているくせに。 あたしは今夜もあたしを騙しながら、抜け出せない闇の中を生きていく。 キラキラした眩い夜が終わるまで。 だって。 あたしはたった1人では決して輝けないから。