霧咲水蓮

4 件の小説
Profile picture

霧咲水蓮

NL、BL、GL、ハピエンから死ネタ、メリバまで、多岐にわたって大好きな雑食です。 最近は特にGLを中心に書いています。 投稿頻度はクソ以下です。

プロローグ 風に愛された少女

「きゃぁぁぁっ! ひったくりよぉぉぉ!」  昼下がり、一段と賑やかさを増した街中に、引き裂くような悲鳴が轟いた。次いで男の怒鳴り声が響き、混雑していた繁華街にざわめきが広がる。  なんだなんだと、見えない状況に困惑しながらも、「退け」と叫ぶ男の声に、一気に道が開けた。 「退きやがれぇっ! ぶっ殺されてぇのか!?」 「こっち来る!」 「いやぁぁっ!」  開けた視界の中に、効果そうなバッグを片手にナイフを振り回す男を捉えた群衆に、たちまち混乱が広がる。この混乱に乗じて逃げ出そう、と男がニヤリと笑った。  _その時だった。 「ちょっと待ちなさぁぁぁいっ!!」  怒号と共に、突如として風が吹き荒れる。自然ではまずあり得ない攻撃性を持つそれに、男は思わず悲鳴をあげた。 「あんた、この間あんなにしばかれたのにほんと懲りないわね!」  再び少女の声が響き、風がより強く吹き荒れる。路肩の店々もたまらず商品を抑えるが、その視界に声の主は映らない。男を含め全員が困惑する中、一人が声を上げる。 「おいあれっ! 上だ!」  その声に、数人が空を見上げ始める。そして、驚愕した。 「観念してそのバッグを返しなさい!」  風に巻き上げられた男にそう叫んでいたのは、一人の少女だった。簡素なローブを風にはためかせ、浮遊している。  まだ二十に満たないあどけなさを残した風貌が、不適な笑みを描いた。 「ヒィィィッ! お、お前は…!?」 「お前? この間名乗ったでしょうが!!」  引き攣った笑みを浮かべ、少女が指を鳴らす。するとたちまち風が止み、少女と男の体が傾いだ。 「う、うわぁぁっ!!!!」 「私はサイファ! 覚えときなさい!」  少女が悪役さながらの捨て台詞を吐き、鼻で笑いながら再び飛翔する。  十メートルほどの高さから、男が悲鳴を上げて落下する。そして、その体が地面に叩きつけられる_と、誰もが息を呑んだその瞬間のことだった。 「_フッ!」 「!?」  人混みから人影が飛び出し、最早これまでと目を閉じる男の体躯を受け止める。そしてその人影_少女と同年代くらいの少年は、これでもかと顔を顰めて空を見上げた。 「おいサイファ! 今の結構ギリギリだったぞ!」  烈火の如く激怒する少年の前に、風を止めた少女が降り立つ。そして抱えられて気絶する男を一瞥し、一転しておどけた口調で言った。 「ごめんごめん! 計算よりも人混みが凄くて…でも魔法を維持するのも危険だったし、何より、レオなら大丈夫でしょ?」 「どういう理論だよバカ! てかお前、あれだともうどっちが悪役かわかんなくなってたぞ」 「だってこいつが悪いじゃん」  そう軽口を叩き合う二人に、民衆は唖然としたまま動けない。そして最初に空を指した一人が我に帰った。 「お、おい! お前らすげぇな!」  初めに出た率直な賛辞の言葉に、堰を切ったように歓声が巻き起こった。周囲から聞こえる拍手に、二人は驚いた様に顔を見合わせる。 「嬢ちゃんやるなぁ…!」 「本当、ありがとうねぇ!」 「助かったぜ!」  開けていた道に再び人が溢れ出し、二人はすっかりお祭りムードの民衆に囲まれる。そして、気がついた頃には小さな宴が始まっているのだった。  そんな、とある日の話。

0
0

星空を見上げる夜に

【 満点の星空を 】 「…はぁ。今日も疲れたな」  誰もいない夜の街並みに、私の独り言が溶けて消える。魔法の街灯が辺りを照らし、空にはあまり星は見えない。  すでに店仕舞いがなされた商店街を歩きながら、私は気が付けば二度目のため息をついていた。 「家帰ったら…宿題やって…ご飯食べて…」  独り言をボソボソ呟きながら、私は夜の帷に目を向けた。ほんの少しだけ見える明るい一等星が、私と同じ様に一人ぼっちで輝いている。 「…疲れたぁ…ん?」  考えるのを疲れた私は、ふと視界の左に見えた明かりに足を止めた。ほとんど真っ暗な街並みに、唯一明かりのついた場所があった。  【NOIR】と書かれたシンプルな看板がかかったその店は、こじんまりとしてシックな雰囲気を醸し出している。紫色の鬼火が灯されたランタンがぼんやりと入り口のドアを浮かび上がらせていた。 「綺麗なお店…喫茶店かな?」  私は少し考え、少し手持ちの小銭を確認する。そして、猫の足のようなドアノブに手をかけた。 「こんにちはー…」  からんからん、とドアベルが鳴り、静かにドアが開く。すると、視界に茶色と黒で統一された店内が広がった。いくつか二人掛けのテーブルがあり、正面には大きな丸窓を背負ったカウンターがある。  そこでグラスを拭いていた青年が、ベルの音に顔を上げる。 「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」 「は、はい」 「カウンターでよろしいでしょうか」 「大丈夫です…」  手を拭いてカウンターから出てきた青年に誘われ、私はカウンター席の真ん中あたりに腰を落ち着ける。  とても綺麗な青年だった。すらりと高い背をバーテンダー服に包み、少し長い黒髪をひとつに結っている。同色の瞳が、緊張しつつ席に座った私を見て細められた。 「ご注文、お決まりでしたらお受け致します」 「あ、えっと、何がありますか? 少し喉が渇いていて…」 「当店はメニューは特にございません。お申し付けくだされば、なんでもお作りいたしますよ」  彼の返答に、私は目を丸くした。なんでも、と言われると逆に迷ってしまう。私は少しの間考え込む。 「えっと、疲れが取れるものがあれば…」 「かしこまりました」  小さく一礼し、彼は少し見ていてください、と言う。少し戸惑いながらも、私は視線を上げた。  カウンターの奥には、彼を挟んで大きな丸窓がある。店に入ってきた時にも目に入った、豪奢な窓だ。澱みのない滑らかなガラスを、シンプルながら細かな意匠が施された金の枠が縁取っている。 「これはとても高価な魔法道具でして、少し特殊なのものです。そして、当店の仕入れ先の様なものでもあります」 「仕入れ先? ただの窓じゃ…」  そう言いかけて、私は言葉を止めた。窓の中の景色に、目が吸いつけられる。  そこにあったのは、さっきまでの寂しい夜空ではなく、満点の星空だった。 「え、なんで…」 「この窓は、世界本来の空につながっています。私の個性魔法と掛け合わせると、なんでも作れてしまうのです」 「え、ど、どういう…」  見た方が早いですね、と言って青年は水差しとグラスを手に取った。空の水差しを窓にかざすと、ガラス製のそれは透明な光を零す。  息を飲んで見つめる私の前で、青年が何かを唱えた。すると突然、水差しの中が液体で満たされる。 「ふえっ!?」  素っ頓狂な声を上げる私の前に、彼はグラスを置いた。そこに氷をいくつか落とし、水差しの中身を注ぐ。 「お待たせ致しました。今日の夜を閉じ込めた、【星空のソーダ割り】になります」  窓のガラスと同じように澱みない声で告げる青年を、私は唖然として見返す。何も言えない私の眼前で、氷がからん、と涼しい音を立てた。 「お客様? 大丈夫ですか?」 「えっ、あっ、はいっ!」  青年の声に、カウンターに座る少女_スピカは我に帰った。彼女の着る魔法学校のローブが、その動きに合わせて激しく揺れる。 「説明した方がよろしいでしょうか…?」  心配そうにそう訊く青年に、スピカは勢いよく頷いた。 「はい、お願いします!」  尋常じゃないくらいの勢いでいう彼女に少々気圧されながら、青年は苦笑して続けた。 「それではまず、話しやすくするためにも基本情報の照らし合わせをしておきましょうか。そのローブ、魔法学校ですね?」 「あ、はい。すぐそこの…」 「では、個性魔法とは何か、わかりますね?」  青年の問いかけに、スピカは頷く。 「個性魔法っていうのは、この世界の全ての生き物が持つ魔法のことですよね。一人につき必ず一つは与えられる、自分だけの魔法だと教わりました」 「正解です」  教科書を丸暗記しているスピカの返答に、青年は微笑んで頷いた。 「私の魔法は少し特殊でして…この窓で空を映すことにより、いろいろなものを作り出せるのです」 「なるほど…便利なんですね」 「まぁ、それで商売してますしね」  軽くため息をついて苦笑する青年に、つられてスピカも笑みをこぼした。 「特に怪しいものではないので、安心してお飲みください」 「あ、はいそれじゃあいただきます…」  いざ実飲、となると緊張してきたスピカが、背筋を伸ばしてグラスを手に取る。照明の光に翳すと、透明感と奥深さを併せ持つ群青色が瞬いた。 「これ…星入ってる…?」 「空をそのまま閉じ込めましたらね。今日の綺麗の星がそのまま入っております」  今度こそいただきます、とスピカはグラスに口をつけた。そのままグイッと液体を煽ると、スピカは目を輝かせた。 「美味しい!」  グラスから口をはなし、その中身を二度見して彼女は続ける。 「なんか、うまく言えないけど爽やかな味ですね…! なんかスッキリします」 「お口に合った様でしたらよかったです。空は常に変わり続けますからね。はっきり言って味は保証できません」 「え、そうなんですか!?」  さらっと青年がこぼした爆弾発言に、スピカはまたも驚いた声を上げる。それって店的に大丈夫なのか、と首を傾げる彼女を置いて、青年は言った。 「そういえば、お疲れなんですか?」 「あぁ…まぁ、そうですね」  さっきのオーダー内容に再び触れられ、スピカは少し視線を落とした。グラスの中の星空に映る自分を眺めながら、彼女はポツリと言葉をこぼす。 「ちょっと…学校とか家のこととか、あんまうまくいってなくて」 「そうなんですか…」 「二つ上の姉がいて…彼女はなんでもできるエリートなんです。世界からも注目されてて、私はそれを追いかけようとずっと頑張ってきたんです」  グラスを少し傾けるとサラリとした液体がその動きに合わせて波打つ。星屑を様な煌めきに目を細めて、スピカは続けた。 「でも、私は姉と違って、どれだけ頑張っても実らないタイプだったみたいで。学校でもなんか、全然うまくいかなくって…」  はぁ、とため息をついて、スピカはもう一度ソーダを飲む。随分減ったグラスに、何も言わずに青年が二杯目を注いだ。 「固有魔法もものを浮かせられるだけで、使いようないし…なんか、打ち明けられる人もいなくて、どうすればいいのかわからなかったんです…」 「今は、言葉がスルスル出てきますか?」  青年の優しい言葉に、スピカはふと気付いたように顔を上げる。 「あ、ほんとだ…あなたとは初対面なはずなのに、なんで…?」  首を傾げるスピカに、青年は穏やかに微笑んで言った。 「そういう魔法だからですよ」 「魔法?」 「はい。私の固有魔法で作ったものには、不思議な力が宿るのです。例えばこのソーダなら、心を落ち着け、蟠っていた物を洗い流す効果_それで、言葉がすぐに出てきたんでしょうね」 「なるほど…」  感心したように頷く彼女に、青年はさらに続けた。 「でもまぁ、おひとり様につき一日一品しかお作りできないのがネックなところです。今日はもう、お客様にはこの水差し一杯分しかお出し出来ません」 「でもすごいです…あ、それじゃあ私、常連になっちゃおうかな」  名案とばかりに、スピカは嬉しそうに言った。ポニーテールにまとめた長い茶髪が、その動きに合わせて軽快に跳ねる。 「そしたら、こういう綺麗で不思議なものたくさん飲めるでしょう?」  悪戯っぽく笑う彼女に、青年は優しく微笑んだ。 「勿論。それでは、こちらもとびきりのものをご用意しなければですね」 「ありがとうございます!」  微笑みにとびきりの笑顔で応えたスピカは、もう一口ソーダを煽った。 「最後の一口…あぁ、もったいないなぁ…」  名残惜しそうにグラスの底に残った僅かな液体を煽り、スピカはふうと息をついた。   それじゃあそろそろお暇しようかな、とスピカは荷物をまとめて腰を上げる。椅子から降りて身だしなみを整えた彼女は、ポケットから財布を取り出して言った。 「お代、いくらですか?」 「お代、ですか?」  サラリと告げるスピカに、青年は豆鉄砲を撃たれた鳩のようにポカンとする。そんな彼に、スピカは首を傾げた。 「そりゃあ飲食店で飲み食いしたんだから…あ、食ってはいないか…じゃなくて、お代を払うのは当然でしょう?」 「あ、あぁ、そうですね…しかし…うちは私の魔法で商品を生み出しているので、お代は頂かなくても大丈夫ですよ」  思い出したように取り繕う青年に内心疑問を浮かべながらも、スピカは納得して頷いた。 「あ、そうだ! 私、スピカって言います!」 「スピカ、さんですね。お綺麗な名前です」  軽やかに踵を返そうとしたスピカは、これから常連になるのだからと名前を名乗る。それを快く受け取った青年は、また満月が映る静かな湖面のような微笑を浮かべた。 「私のことは、気軽にマスターとでもお呼びください。【NOIR】は、いつでもスピカさんを待っていますよ」 「はいっ!」  跳ねるような声を喜び一色に染めて、スピカは店を後にした。  星が綺麗な、夜だった。

2
0
星空を見上げる夜に

淡桜と天気雨。

第一話 「あー…暇だぁ…」 なんとも言えないような溜息をつきながら、私はお弁当箱を片手に中庭に出る。いつもは友達とだべりながら教室で食べるのだが、生憎今日はその友達も休みである。 「あ、桜。もう散りかけじゃん。まぁここでいっか」 中庭の中央に堂々と生えている葉桜。その下のベンチに腰を落ち着け、時間もないので渋々私はお弁当箱を開いた。 卵焼きと、カレー炒めと、のりポテにエビ焼売。味気ないおかず達を米と一緒に口に運びながら、私は頭上を見上げる。 シーズンを過ぎ、ほとんど散ってしまった桜。今では青々しい葉に主役を奪われ、なんとも哀れである。 (…まるで、私みたい) ぼんやりとそんなことを考えていると、不意に頬に何かが滴る感触がした。続いて、ぽたり。冷たい雫はみるみるうちに増えていき、少ししてから私はそれが雨だと認識する。 「え、でも晴れてるじゃん。天気雨? 珍しー」 だんだんと強さを増す雨は木下にいてもお構い無しに私を濡らしていく。でもどうせすぐ止むだろうと割り切り、私はまだ半分ほど残っているお弁当箱を閉じた。 「天気雨ねぇ…」 そう呟きながら空を見上げると、葉桜の隙間に広がる青空、そしてそこから降り注ぐ透明な雨粒、というなんとも幻想的な風景が広がる。思わず私は、息を呑んでその光景に見入った。 「だ、大丈夫?」 不意に、そんな声がかけられる。それと同時に、見上げていた視界がビニール傘に覆われた。傘が水滴を弾く音に驚いて、私も弾かれたように肩を揺らした。 「え…」 視線を下げる。桜しか無かった視界に、濡れたような黒がちらつく。同色の瞳と、パチッと視線が合った。 −時が、止まったような気がした。 「い、いきなりごめんなさい! 雨が降ってるのに傘もささないでお弁当食べてたから…」 視線の先には、困惑する私にさらに困惑した様子で言い淀む少女の姿があった。雨を気にせず景色に見蕩れる私を心配して傘を指してくれたらしい。 彼女の長い黒髪がサラリと肩から零れ落ち、私の頬をくすぐった。 「えっと、大丈夫です。すぐに止むと思ったので」 何とか絞り出した言葉は変に裏返っていて、頬に熱が上がる。心配げに私を見つめる瞳から、どうしても目が離せない。 「そう、なら良かった。でも濡れると風邪をひいちゃうわ」 優しい声が、包み込むように私の耳朶をふるわせる。その心地良さにうっとりとしていると、気がつけば彼女は私の隣に腰を下ろしていた。 「私、二年A組の宮園美桜っていうの。あなた、赤い上履きだし一年生?」 「っはい、1年G組の、野々村叶子です」 にこりと微笑んで名乗る彼女−宮園先輩に、私もたじろぎながら応える。 「野々村…じゃあののちゃんだ」 「のの…?」 先輩は名案とばかりに顔を輝かせてそう言った。私がキョトンとしていると、先輩はさらに言う。 「ののちゃん、可愛くない? そう呼んでもいい?」 キラキラと顔を輝かせている先輩に、私もおかしくなってきて吹き出す。 「ふはっ、なんですかそれ、むっちゃ可愛いっすね」 「でしょでしょ? じゃあ、よろしくねののちゃん!」 「はい、宮園先輩」 ころころを鈴を転がすように笑う先輩とひとしきり笑い、ふと傘を弾く雨音が止んでいることに気づく。 「あ、雨、止みましたね」 「ほんとだ。って、大変! そろそろお昼休み終わっちゃう!」 傘を閉じながら、先輩は思い出したように慌て出す。僅かに濡れたあちこちを花柄の可愛らしいハンカチで拭いながら立ち上がった。 「そうっすね。傘、ありがとうございました」 私も立ち上がってぺこりと礼をすると、先輩はまた笑った。 「大丈夫よ、それじゃあ、また校内でね」 「はいっ」 きっと元からそういう優しい人なのだろう。根拠もなく、おそらく無意識に告げられた「また」に頬をほころばせながら、私は踵を返した。 −チャイムが鳴るまで、あと30秒。 「あれー、野々村っち、なんか機嫌良い?」 「ん、そう〜?」 「ほっぺゆるゆるだぞ〜」 「へーきへーき。一目惚れしただけだから」 「…そっかぁ」

2
0
淡桜と天気雨。

淡桜と天気雨。

プロローグ 私にとって、これまでの人生は空白で、つまらなくて、意味の無いものだった。つい数日前に高校生になったばかりで何を達観したことを言っているのかと思われるかもしれないが、事実である。 モノクロで、ぬるま湯に浸かっているみたいな日々を送りながら、私は今日も、ため息を着く。 −でも、あの日、あの時。あの人に出会って、私の人生は変わった。 これは、そんな物語。私が初恋に出会って、全てが変わった、そんな物語。

3
0
淡桜と天気雨。