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小説初心者です! 読書と手芸が好きな学生です! 作品に関するアドバイスや感想を言っていただければありがたいです! プリ小説の方でも同じ檎(ごん)って名前で活動しています。夢小説じゃなく、もっと本格的な小説に興味があって始めました! よろしくお願いします!

花嵐をなぐ 4.夕食どき

「俺は33HR一雨昊弦(ヒトフリコウゲン)。よろしくな」 「はい。ありがとうございます」  彩波斗と一緒に帰ってきた昊弦という眼鏡をかけている生真面目そうな青年は自己紹介をしながら、レジ袋に入った弁当を手渡した。袋を少しだけ開いて中身を見るとグラタンが入っている。 「グラタン、やだった?」  昊弦の後ろにいた、アイドルのように整った顔をした青年がまほろの顔を覗き込むように聞いてきた。その顔には不安が滲んでいる。 「いや、食べれますよ。えーと…名前」 「僕、諸星貴祥(モロボシキッショウ)。そうだそうだ、まほろ君ワンちゃん大丈夫?」  朗らかな笑顔を浮かべて聞いてきた。犬は別に苦手ではないので首を縦に振る。すると、良かったと満足げに言い、軽い足取りで玄関へと消えていった。 「なんで犬なんですか?」  ダイニングテーブルに座って食事を摂り始めていた彩波斗に聞いた。口に入ったものをしっかり飲み込んで話し始める。その口元には麻婆豆腐のソースが付いていた。 「この寮には犬がいるんだ。デッカいぞ!音ぐらいある!」 「音の方が大きいのな!」  目一杯手を広げて大きさを表現した彩波斗に音はほっぺをぷくっと膨らませて不満げな顔をした。廊下の方からドタドタと音がして木造の床から振動が伝わってくる。リビングに飛び込んできたのはわんぱくそうな顔をしたクリーム色のチャウチャウ犬だった。そして、まほろを見るなり勢いよく胸に飛び込んで来る。その巨体に思い切りぶつかられて後ろに倒れ込んでしまった。 「わぁ!大丈夫?怪我してない?」 「はい。大丈夫です」  まほろの顔をチャウチャウが青い舌でペロペロと舐めた。まほろがかなり豪快に倒れたため心配してくれているのだろう。もふもふの毛を撫でながらゆっくり体を起こす。倒れた拍子に落としてしまったグラタンは玲央凛が回収してそのまま温めにいってくれているらしい。 「珍しいな。どてらがこんなに懐くなんて」  既に夕食を食べ終わって食器を重ねていた桐華が楽しそうに言った。どうやら、この犬の名前は『どてら』というらしい。そのどてらは今、ヘッヘッと声を上げながらまほろの足元で尻尾を振っている。 「飼ってるんですか?」 「そう。音がこの寮に入る時に、捨て犬だったどてらを拾ってきてそれから飼ってる」  桐華が重ねた食器を運びながら言うと、どてらが跳ねるような足取りでキッチンへとついていった。それと入れ替わりで玲央凛が戻ってくる。無言でグラタンを手渡され、ローテーブルに座るよう促された。 プラスチックの蓋を外すと、湯気がたちのぼり、香ばしいチーズの匂いが鼻をくすぐった。 「まほろ、替えの服持ってるか?」 「持ってないです」  麻婆豆腐を小皿に取り分けていた昊弦がまほろの答えを聞いて、少し意外そうな顔をした。 「部活寮の方にもないのか?」 「ある…と思いますけど。多分」 「まほろ、部活何やってんの?」 「なんだ、お前ら知らないのか?」  皿を片付けてリビングに戻ってきた桐華が人差し指で髪を撫でるようにヘアゴムを取りながら聞いた。足元にはどてらがくっついている。昊弦は桐華の質問を聞いて、これまた意外そうに黒縁眼鏡の奥の目を見開き一人一人に視線を巡らせた。 「百合まほろと言えば、今年のスポーツ推薦入学者の中でも話題になっていたバスケ部期待の新人だろう?」 「あー!なんか聞いた事ある名前だと思ってたけどそれか。バスケ部の奴ら今年は全国優勝確定とか騒いでたもんなぁ。」  桐華が納得したように頷きながらソファに座った。まほろの向かいに座っていた音も驚いて箸を止めてまほろを見つめている。 「と言うか、バスケ部の寮があるなら泊まらなくても良いんじゃない?」  無言で夕食を食べすすめていた玲央凛が冷たく言い放った。それを聞いたまほろが居心地が悪そうに顔を歪める。そして、観念したかのように軽く息を吐いた。 「俺…追い出されたんすよ」

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花嵐をなぐ 4.夕食どき

花嵐をなぐ 2.赤毛の少年

「ただいまなのなー!」  元気よく寮内に響く声は男子高校生にしては随分と高く愛嬌のある声だった。 「おかえり」  玄関の方からさらに玲央凛の声が聞こえ、今帰ってきた人物は楽しそうに今日あった出来事を語り始めた。ところどころ聞こえてくる声から考えるに彼は語尾に「〜なのな」とつける口癖があるらしい。漫画やアニメに出てくるようなキャッチーな口癖だが、可愛い声にはあっていると遠巻きに聞きながら思った。  ふと、彼の話し声が止まった。一瞬静かになると、次は玲央凛の声が聞こえた。 「まほろ。来てくれるか?」  未だリビングの真ん中で突っ立っていたまほろはすぐに玄関へと向かった。すると、玲央凛の後ろに先ほどの声の主であろう少年がピッタリとくっついていた。思っていたよりもずっと小さい。おそらく、150cm代くらいだろうか。白と黒の市松模様の猫耳ニット帽が頭の左側に何本かの編み込みがされている赤毛によく似合っていた。その少年はまほろとは目を合わせようともせず、少し怯えたように俯いていた。彼もまた、人見知りなのだろうか。 「まほろ、こっちにいるのが27HRの猫月音だ。」 「よろしく」 「よろしくなのな…」  控えめなぐらい小さな声で言った。これからどう対処して良いかわからず黙り込んでしまった。すると、右肩にずしっとした重みを感じた。振りあおぐといつの間にか後ろに来ていた桐華と彩波斗の姿があった。 「音!大丈夫だぞ!まほろは見た目こそ怖いがしっかりしていて優しい奴だ!それに、多分頭も良い!怖がることはない!」  若干、見た目を揶揄され、出会って初日なのにも関わらずこれだけ褒められて、まほろは行き場のない嬉しいような複雑な気持ちを隠すためか、自分の癖っ毛の黒髪を軽く撫でた。 「そーだぞ、音。まず、まほろはアバ君に連れられてここまで来てんだ。今更音の喋り方一つで軽蔑なんてしないだろうよ」 「…ほんとなのな?」  二人の言葉を聞いて、音は少しだけ玲央凛から離れてまほろの顔を見つめた。 「喋り方って、その『〜なのな』って奴?」  音はまた俯き気味になり不安そうにこくりと頷いた。 「良いと思いますけど。音さんには合ってるって言うか…個性的って感じで」  あまり得意ではないコミュニケーションを安全に遂行するために慎重に言葉を選びながら話すと、話し終わる頃には音は顔を上げて嬉しそうに笑みを浮かべていた。 「ほんとなのな!絶対絶対ほんとなのな!」  そう何度も確認されるため少しだけまほろの頬が緩んだ。うんと言いながら頷くと音だけでなく周りにいた三人まで嬉しそうに顔を綻ばせた。 「そうだ、スマホの充電器貸してもらっても良いですか?三日前ぐらいに充電無くなってからずっとそのままなので」  リビングへ戻り、音にソファに座ってと促されるままに従い一緒に彼が好きだと言うデザイナーのファッションショーの録画を見ていた時、ふと、充電がなくなっていたことを思い出した。充電が切れる前にいくつか松宮から連絡が入っていたはずだ。松宮も同じ煌鐘学園に進学しているため会おうと思えばいつでも会えるのだが、できることなら顔を合わせたくなかったため無視をしていた。しかし、流石にこれ以上心配をかけるわけにもいけないだろう。 「良いよ。オレの貸すよ。ってか、ほんとにお前ここ来るまで何してたんだよ」  ソファのはじに座っていた桐華がわざわざ自分の充電中のスマホを外し、まほろの方へ手を伸ばした。まほろは伸ばされた手に少し古い型のスマホを預けた。桐華はそれに充電器を差し込むと、まほろのスマホの画面を水平に見て、この型のガラスフィルム持ってるから後で貼ろうなと呟き、それを隣に積まれた雑誌の上に丁寧に置いた。どうやら、彼は面倒見がいいタイプらしい。実際、まほろがここに来るまでのことを気にはしているが先程黙り込んだためか、言及する気はないようだ。 「二人、もう帰ってくるそうです」 「私、迎えに行ってくる!」  ダイニングチェアに座って何かを読んでいた玲央凛がそう報告すると、彼の向かいに座っていた彩波斗が忙しなく飛び出して行った。それを見届けると玲央凛はまた小声で囁くように何かを読み始めた。単行本や教科書の類ではなさそうな紙の冊子だ。彼は4組(演劇学科)なので舞台用の台本なのかもしれない。それならば、すんとした凛々しい顔を崩さない、今見ているファッションショーに出ているモデルのような彼の出る舞台はぜひ見てみたかった。 「それじゃ、そろそろ夕飯の準備しましょうか。桐華先輩、箸並べて下さい」 「おっけーい」  しばらくすると、玲央凛が冊子を閉じ声をかけた。桐華はソファから立ち上がり、手首につけていた銀河のような模様が入ったとんぼ玉が着いたヘアゴムで肩ほどの金髪を束ねながら、ダイニングテーブルへ向かった。それに倣うようにまほろが腰を上げると、桐華が少しだけ振り向いた。 「いいよ、まほろ。座ってて、アバ君と遊んで疲れただろ?」 「俺、言いましたっけ?彩波斗さんとバスケしたって」 「いや、言ってないけど。まぁアバ君のことだし、どうせなんかの勝負して勝ったらここの寮に来いとか言ったんでしょ」  ピシャリと言い当てられたことに驚いた。目を見開きながら首を縦に振ると桐華がぷっと吹き出した。 「やっぱりな」  そう言った桐華が目を細めて笑うと、後ろで茶碗にご飯を盛っていた玲央凛も少しだけ口角を緩めた。夕食の準備が一通り終わったところで玄関からただいまという、彩波斗の元気な声と、落ち着きのある低い声と柔らかい澄んだ声が重なって聞こえてきた。

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花嵐をなぐ 2.赤毛の少年

花嵐をなぐ 1.巡る光

「私と一緒に帰ろう。まほろ」 葉桜の季節。寂れたバスケットゴールが立つ夜の公園で、まほろは酷く風変わりで、人懐っこそうで、底抜けに明るい青年と出会った。 青年が差し伸べた手を取り、昨夜の雨で泥と茶色くなった桜の花びらが混ざった地面から腰を上げる。 まほろは青年と共にこの青年が住むという学生寮に行かなくてはならない。 中学三年生の秋、萩牡丹学園に敗れ、部活を引退し、少しずつチームメイトとの連絡も断ち、まほろは既に私立煌鐘学園(シリツコウショウガクエン)に入学していた。煌鐘学園は様々な分野の専門的な知識やハイレベルな教育が人気の名門校である。そして、まほろはその中のスポーツ学科に推薦で入学した。まほろの少し前を歩く青年も同じ煌鐘生らしい。その証拠に学園のグラウンドを突っ切って、敷地内の大きな学生寮の方向へと歩を進めている。 「あれ、ここじゃないんですか?」 「あぁ、私達の寮はまだもう少し先だ」 連れてこられると思っていた学生寮を通り過ぎて、その裏にある倉庫の更に奥に続く小道に沿って雑木林へと進んでいく。初々しいクヌギやコナラの洞窟には、一度踏み入るともう後戻りできないような不気味さを感じ、身震いする。それに気づいてかいないか、青年は少しペースを落としてなるべく距離を離さず歩いていく。まほろよりも20㎝は背が低そうな彼の背中を月明かりが白々と照らした。やけに頼もしく見える。夜とはいえ、まだ騒がしい学生達の声が少しずつ小さくなって、完全に聞こえなくなったあたりで青年は足を止めた。 「着いたぞ」 そう言われて目の前の建物を仰ぎ見る。想像していたよりもずっと古い木造建築の大きめな一軒家のような見た目の建物である。林の中のこういう建物といえば嫌でも心霊などに結びつけてしまうが、その建物からは不思議とそんな気はしなかった。おそらく、いくつかの窓から電気がついているのが見え、人の気配がするからだろう。 「ほら、突っ立ってないで!みんなに早くお前を紹介したいんだっ」 軽く弾んだ声を出しながらドアを開け、暖かい光が注ぐ部屋へとまほろに手招きをした。中学を卒業してからというものなんの計画もなしに僅かな金と自身の体のみで家を出て、ここ何日か空腹なまま外で過ごしていたまほろは、久しぶりに人の温かさに触れ気が緩んだのか、ふらっと寮内へ身を投げ込んだ。 「ただいま!」 「お邪魔します…」 「おかえりー。あれ、お客さん?」 青年とまほろが同時に声を出すと、肩ほどの長さがある金髪を靡かせた、まほろよりも背丈のある男がひょっこり顔を出した。その男は青年とまほろを交互に見つめて、青年がこくりと頷くと優しく笑顔をつくった。 「とりあえず、上がって上がって。丁度飯できたから」 たくさんの靴が規律正しく置かれた玄関を出て少ししたところを左に曲がると、一番奥の広い部屋まで繋がった長い廊下があり、左右には等間隔で合わせて6つの部屋がある。そのうちの手前の2部屋はそれぞれ2階に続く階段とキッチンになっており、ドアがついている他の4部屋は寮生個人の部屋として使われている。2階も同じような構造になっているのだという。 奥の広い部屋まで通される。入るとすぐ目の前に大きなホワイトボードがあり、雑多にこの寮生それぞれの予定や家事の分担について書かれている。ホワイトボードを見る限り、所属している寮生は6人らしい。右側にはテレビを中心としてソファが置かれており、端の方に追いやられたクッションや漫画雑誌からは普段の彼らの生活が垣間見える。左側には4人ほどが座れそうなダイニングテーブルと小さなローテーブルがある。背丈のある男が言ったように、晩御飯の準備としてそれぞれのテーブルに茶碗が並べられていた。 「ちょっと、避けて」 部屋の入り口の前で突っ立っていたまほろの後方から控えめながらよく通る声がした。振り返るとやけにスタイルがいい黒髪の青年が、麻婆豆腐を盛った大皿を運んでいた。こぼさないようにゆっくりとダイニングテーブルの中心にその皿を置くと、上品なレースのついた白無地の割烹着を脱ぎながらまほろに視線を向けた。 「今日、止まってくのか?」 「あぁ、私の部屋の隣が空いている」 元気な青年が腑抜けていたまほろの代わりに答えると、スタイルのいい青年はじっと目を伏せて、不服そうな顔をした。 「部屋じゃなくて、夕食はどうするかと言っているんです。僕は6人分の食事しか用意してませんからね」 「れお、そう怒るなって。今、弦昊(ゲンコウ)と貴祥(キッショウ)がどてらの散歩に行ってるからなんか買ってきてもらおうぜ」 宥めるように背丈のある青年がスタイルの良い青年の頭に手を置き、笑顔で言った。すると、スタイルの良い青年はポケットからスマホを取り出し、誰かに電話をし始めた。昊か貴祥という人物の元への電話だろう。事情を端的に説明しそのまま二、三言交わして電話を切った。 「大丈夫だって、ゆっくりしてってね」 スマホをポケットにしまいながら早口でまほろに言い、脱いだ割烹着を抱えて足早に部屋から出て行った。作業の手際の良さを見る限り、彼は家事を一流にこなせるのだろう。 「それで?アバ君はなんでこの子と帰ってきたの?」 「まほろとは偶然会っただけだ!それより自己紹介がまだだろう?」 背伸びをしてもとより大きい体をさらに広げた青年に聞かれてまほろは黙ってしまった。元気のある青年がそれに気がついてかいないか、雰囲気を崩さないように話を変える。 「私は36HRの冷泉彩波斗(レイゼイアバト)。改めてよろしくな!」 戦隊ヒーローさながらのポーズを決めながら自己紹介をする青年はキリッとした表情や彼の纏う正のオーラからか、一見滑稽なように見えるポーズが様になっている。6組と言うことはまほろと同じスポーツ学科ということだ。 「オレは35HRの鷹阜桐華(タカツカサキリカ)。よろしくな」 長身の青年は話をすり替えられたとこを気にするようでもなく、にこやかに笑いながら話した。見た目や体格の割には随分と可愛らしい名前だ。 「んで、さっきの無愛想なのが24HRの二階堂玲央凛(ニカイドウレオリ)」 「聞こえてますからね」 桐華は悪戯っぽい笑みを浮かべ少し声を抑えたが、キッチンに居たらしい玲央凛には聞こえていたらしく鋭い声が飛んできた。 「れお…あ、玲央凛のことな。あいつ人見知り激しいから今は怖いかもだけど慣れてきたらあれでも可愛げあるから、仲良くしてやってな!」 桐華は、聞こえなかったのか慣れているのか、はたまた怒られるのを予測して喋っていたのか、玲央凛からの怒号は無視して笑顔で喋り続けていた。まほろも人見知りは有る方なので共感するかのようにこくりと首を縦に振った。 そして、一通り今いる人の自己紹介が済んだところで玄関の方でガチャッと音がした。さっきの電話の時に話に出ていた二人では帰りが早すぎるのでこの寮に住まうあともう一人の人物だろう。 「ただいまなのなー!」

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花嵐をなぐ 1.巡る光

花嵐をなぐ プロローグ

 試合は、終盤を迎えていた。 全国中学校バスケットボール大会決勝。百合まほろ(ユリマホロ)は今、その華々しい舞台で戦っている。 相手は京都の強豪校、萩牡丹学園(ハギノボタンガクエン)。まほろが所属する鴇永学園(トキナガガクエン)とは何度も試合をしてきている、いわゆる好敵手というやつだ。  だが、今回の萩牡丹には少し変化があった。それは、新入部員の存在だ。三年生のシューティングガードで、背はあまり高くもなく、色白で華奢な、よくイメージするような京都の人といった印象だ。  第三クォーターから第四クォーターにかけて仕掛けていたワンツーマンディフェンスで、まほろの相手になっていたその男は、強豪のバスケ部に突然現れてスタメン入りした肩書にふさわしい実力を持っていた。小学生の時からバスケを続けてきて、運動神経にはかなりの自信があるまほろでさえ、ついていくのがやっとというほどに素早く、気がついたら距離が離されたり詰められたりしていた。  点数差はない。残り時間はあとたったの10秒。ボールは鴇永の部長である松宮(マツミヤ)が持っており既に相手コートに運んでいる。ワンツーマンディフェンスなため、実質一対一の状況だ。だが、松宮の相手はエース級の選手だ。ただディフェンスを抑えるだけでは勝てない。そう思い、隙を見てカットインを仕掛ける。それに反応して、松宮がまほろにパスを送り、見事にゴール下までボールが渡った。「勝てる」そう確信してボールを宙に放った。  そのボールはスパンッと爽快な音を立ててゴールに吸い込まれ、ガッツポーズをして喜ぶ暇もなくタイマーに目を移した。  残り2秒。  ほっと一息をつく。  萩牡丹がスローインでコートにボールを投げ入れるところで、 「まほろ!まだ終わってない!」 松宮の声が聞こえた。その言葉を聞いた刹那、あの新入部員の存在を思い出した。急いでコートの中心を振り返えると、想定できる中で最も最悪な事態が起こっていた。新入部員が、センターラインでスローインを受け取りそのままゴールまでドリブルを始めようとしていた。焦ってそれを追いかける。自分の失態だ。自分で取り返さなくてはならない。という思いを抱えながら必死に足を動かす。ボールはまだ投げられていない。なぜなら、逆転のためにスリーポイントラインで止まったからだ。  まだ間に合う。ボールは今、手から離れゴールに向かって投げられた。まほろはそれと同時にスリーポイントラインから踏み切って、鳴り出したホイッスルの音を置き去るほど思いっきり手を伸ばす。中指の先にボールが触れた瞬間、少しでもボールの軌道を変えようと指先にあるだけの力を全て込める。わずかにボールのざらつきを感じた時にはもうまほろの体は地面にたたきつけられていた。一瞬目の前が暗くなり、頭に電流のような痛みが走った。次に視界が開けるとボールはリングの端上で弧を描くように焦らしながらバランスを保っていた。早く落ちろ、願わくばリングの外に。そう強く願いながら行く先を見つめる。  そして、ボールは乾いた音を立てネットに吸い込まれた。  これが、百合まほろの人生で初めての負け試合となった。

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花嵐をなぐ プロローグ