英兎
36 件の小説2月26日
たとえば離れていても、おもいどおりの今日じゃなくても、君にとって良い今日だったら、僕の今日が爛れていても、それでも良いんだ。 ただ、君が生まれてきてくれて、僕の名前を呼んでくれるから、それが、嬉しいんだ。 それをすごく綺麗な言葉にして、君に伝えたい。 それが、たとえば、そうじゃなくても、僕は、君に、そう、伝えたい。 ずっと、生まれてきてくれて、ありがとうって思っているし、それが、そう伝わってるって、 信じてる。
来月
別れてから、一年、ずっと、あなたに伝える言葉を探しているのに、見つからないままで、年が明ける。 顔を合わせれば、どうしても、ケンカするような感じになっちゃうし、その度に、もう、無理なのかなって思う。 気持ちがなかったら、お互い連絡もしてないし、きっと、お互い怒ったり、泣いたりしないんだと思って、なんとか歩いてる感じ。 最後に二ヶ月前にケンカして、今、除夜の鐘を一人で聴いてる。 お正月は初詣くらい誘えるかな、なんて考えてたけど、クリスマスすら、何もなかった。 まあ、もしも、サンタクロースがいるなら、て、話なんだけど、いい子にしてないと、来ないらしい。 「クソが」 待ってるだけじゃダメなんだろうけど、多分、これ、しつこくしたら、余計に嫌われるやつだ。 そもそも、鏡に映る、自分の目がなんか嫌な感じで、どこで見たのかな、と、思ったら、スーパーで発泡スチロールのお皿に乗った新鮮なお魚だった。 愛は与えるもの。 恋は与えられるもの。 嫌われることを怖がって、嫌われないように考えるよりは、好かれるためには、どうしたらいいのか考えるべきだった。 電話の受話器のマークをタップすると、コール音がなった。 コール音が鳴る間、手がじっとりする。 天使の顔した悪魔が、やめとけって、ずっとグズグズ言ってくる。 何十年前にもこんなことあったな。 今は、まず、その子の両親や、お兄さんが出てくることはないから、まだ、楽だけど。 「、、、はい?」相変わらず、可愛らしい声でいらっしゃる。 「久しぶり、元気?」このやりとりも、懐かしいな。 「、、、どうしたの?」わかってたけど、心が折れそうになる。「あのさ」声が少し裏返る。わざとらしく咳払いを一つして「誕生日にご飯行かない?」 しばらく何も返事がないまま、受話器越しに小さなため息が聞こえる。 いや、そういうのいいよ、って、声が聞こえる。 「、、、焼肉、とか」少しでも、言葉を探した。 それから、彼女は少し、間が空いて、小さく「、、、うん」と、言った。 どっちの「うん」なんだろう。ここまできたら、不安に駆られて妙なことを口走る前に纏めよう。 間違ったら、ごめんなさいで良いや。 少しでも目の下の隈消して、まともな服ってあったかな。 髪型セットまでしたら、気持ち悪がられるかな。 髭は、剃ろう。
忘れてください
「ただいま〜」 我が家へ帰ると、君はキッチンから、いつものおかえりと声をかけた。 ガサガサと花束を渡すと、嬉しそうに匂いを嗅いだ。 「ありがと〜!」にっこり微笑む君の笑顔に僕のささくれた心が綻んだ。 「きれいだよね」 「今日のご飯なに?」 「ジャガイモと豚肉と玉葱を煮たやつだよ」彼女はそう言って「肉じゃがだね」て、僕が言うと、笑った。 「もう、できる?」彼女は、まだ、笑ったまま頷いた。 「手、洗ったらご飯よそうね」 「価値観が違う人とは、どこまでも分かりあうことはできないと思うの」諭すように、彼女は呟いた。 「、、、そんな、価値観の同じ人なんて、いないと思うよ」どうしようもないのを知りながら、なんとかそう、絞り出した。 服装が嫌い。行きたいところが違う。最近、全然喋ってくれない。朝、起きてくれないよね。 少しずつ、僕らは、すれ違っていった。 顔を合わせれば、文句ばかり。 少しずつ、僕ら嫌いになっていって、自分のこと分かってくれないって言って、僕も君の気持ちを考えていなかった。 ケンカしたいわけじゃなかったのに、気がつけばケンカしてた。 隣の芝生ばかりが眩しく見えて、羨んでいた。 「ねえ、廊下の電球切れてるんだけど」ふいに話をするなら、こんな感じ。 「うん、替えとく」 「そう言って、いつやってくれるの?て、いうか、電球切れてるの分かるよね?言わないと、全然やってくれないし、それだって、すぐ、やってくれないじゃん!」 辟易する。これ以上言ってもケンカになるだけだから、黙っていると「都合が悪くなると、すぐ黙るよね!」 「ああ?うるせえな!」 最近、ずっと、こんな感じ。 長く、付き合っていると、だんだん諍いばかりして、仲が悪くなるって知っていたけど、去年までは手を繋いでスーパーで買い物してたのに、て、思う。 君の荷物が、少しずつ、この部屋からなくなっていく。 僕の好きなワンピースがなくなって、君の好きなクッションもなくなって、君が、帰らない日が多くなった。 「、、、もう、限界だと思う」 薄暗い部屋で君は、ぼそっと呟いた。僕は、ずっとスマートフォンを見ていた。 「何が?」 「もう、付き合ってる意味ある?」 正直、彼女のことは好きだけど、そんなこと言われたら、苛立つ。 「好きにしたら?」バンと音を立てて、ドアが閉まる。 テレビは笑っているけど、部屋は急に静かになった。 僕にしては長く付き合っていたけど、終わる時は突然終わるんだなとぼんやり思っていた。 不意にダイニングテーブルに座って、君が、そのクリスマスケーキの可愛らしさに感動している姿が見えて、涙がこぼれ落ちた。
悲しい歌を聴く定義
失恋して、悲しい歌をひたすら聴いてる。 気落ちするだけだから、アップテンポな曲聴いた方が良いのかな、だとか考えながら、気がついたら、聴きながら、また泣いている。 「もう、辛気臭いから、やめろって」僕もそうとは思うんだけど、もう、ここまできたら、いっそ気持ち良くなってきて、病みつきになってる。 「しょうがないべさ」 忘れてください。忘れてください。忘れてください。って、ずっと繰り返してて、ひどく泣ける。 痛みは消えないままで良いって、すごくよくわかる。 もう、痛みしかないんだから、ずっと、痛いまんまで良い。 彼女は生きてるし、会おうと思えば会えるんだし、ただ、ちょっと、嫌そうな顔されること考えたら、胸が軋んで、動けなくなる。 実際、友達がずっと落ち込んでて、辛気臭かったら、まあ、気になるよな。 「そのうち、彼女でも作るわ」そう言うと、友達は少し気が晴れたように顔を綻ばせた。 君が好き、君が好きって、内容の曲を付き合ってた時には、よく歌ってたけど、サビで声が裏返ったりすると、なんとも言えない表情を浮かべるのを思い出して、歌ってるうちに冷めてしまう。 もしも、あなたが、壊れていても、どこにもいなくても、どこにもなかったねと、また笑ってほしいと、思う。 ああ、そうか、悲しい歌の歌詞の中にしか、今の僕の気持ちはないんだな。 なんか、納得した。
七夕
離婚届にサインをしてから、半年経って、毎月一度は、会える距離だった。 その日は七夕祭りをしていて、子ども達を誘ってみた。 陽射しが暑いというか、重いというか、ただ、歩いているだけで汗だくだった。 暑い、暑いと文句を言いながら、僕らは歩いていた。 「あの、旗がある所?」と、暖人が、砂漠で見つけたオアシスみたいな顔で尋ねた。 「違うよ。アレはビアガーデンだね」そう言うと、まぼろしかー、と言って、肩を落とした。 「パパ、あーちゃんはもう、ダメかも」あかりも挫けてきた。抱っこをしようかとも思ったけど、多分、余計暑くなるだけだから、やめておいた。 「ほら、着いたよ」そう言うと、二人はちょっと元気になった。 「お祭り久しぶり!」ちょっと、心が軋む。 「とりあえず、なんか食べよう」暑いから、かき氷とポテトを買った。 お祭り自体は質素なもので、ちょっと飾り付けされているのと、屋台が並んでいるだけだった。 短冊に何を願ったのか、だとか、天の川見に行こうだとか、頭に浮かぶ言葉はどれも、一拍考えちゃう事ばかりで、結局、気の利いた言葉は何も言えなかった。 元々、僕はあまり喋らないから、いつも通りだったのが幸いだった。 もっと、面白い事を言えたら、今頃は、と、思うけど、今日は楽しい夏休みの思い出だから、そういうのはなしで。 「パパ、こっちきて!」暖人がそう言う時は、何かして欲しい時だった。 連れてこられると、ゴミ箱しかなかった。 「射的していい?」 ああ、そっちかと、急いでかき氷とポテトのゴミを投げて。「良いよ。ちょっと待って」 「子どもは三百円ね」強面だが、目元が優しげなおじさんがそう言って、コルクの弾を五つ置いた。 「あー!外れた!」 あかりも外したが、残念そうに微笑んだ。 「次はー、当たった!ねえ!見た?」暖人は見事に命中した三十円のガムを両手で掲げた。 僕は、目を細めて、一緒に喜んだ。 目を細めると、笑って見える。 「すげーな!天才でしょ」そう言って、もう一回、目を細めた。 望んだ形ではないのかもしれないけど、少しでも、良い思い出になれば良い。
祈り
どうしても、明日を決めたがる。 答えを決めたくなる。 こうじゃなきゃいけない気がする。 こうであった方がいい気がする。 あなたがあなたで良いと言われたいだけなのかもしれない。 その答えは、人の表情の中にあると思う。 例えば、彼なり彼女が違うと言っていても、笑っていたら、それで良かったと思う。 理想とは違っていても、微笑んでくれたら、それで何もかも信じようと思う。
またね
前を走ってた車のおじさんが、太い腕を大きく振っていた。 どうやら、左折するバスに向かって振っていたようで、通りがかりにバスを見ると、小さな男の子が小さく振っていた。 きっと、無邪気な男の子のバイバイが、おじさんの気持ちを気持ちを動かしたんだと、思う。 きっと、小さな男の子みたいになれたら、世界中は笑顔で溢れるんだろうと、思う。 目が合って、微笑んで、手を振って、またねって。
桜咲く
「ねえ、結婚する前に水族館行ったの覚えてる?」グラスを鳴らしながら、さくらは言った。 「うん、なんとなく」そう言うと、少しむくれた。 「覚えてるわけないよね」ごくごくと喉を鳴らせて、グラスを空けた。 「さくら、ドクターフィッシュにビビってたよね」そう言うと、驚いて「覚えてるの?」ひどい言われようだ。覚えてないけど、なんか覚えてる。「断片的に、だけど」 「意味わかんない」やっと、笑った。 「なんか、素っ気なかったよね」 当時は、感情出すのが苦手で、素っ気なかったかもしれない。僕の感情を引っ張り出してくれたのは、君なんだけど。 「照れくさかったから」 君はにやにやしながら「かわいいね」って、頭を撫でた。 「素直になればかわいいのにな」過去形。 「まあ、ね」ちょっと、笑ったところで、二杯目が空いた。「同じので良いの?」君は、うん、ありがとうと言ったから、ウォッカを少し注いで、アセロラジュースを混ぜた。 「昔、こればっかり飲んでたよね」その時は、焼酎と混ぜてたけどね。 「ね」昔の話は、少し、寂しくなる。壁の薄いアパートで、二人でひっそり笑い合ったりとか、花束買って帰ったら、喜んでくれたりとか、もう、戻らない時間が蘇ってくる。 「すぐ、変な道入ろうとしたよね!あれ、ほんとやめて欲しかった!」僕は笑って「楽しいかなって、思った!」 「全然楽しくないよ!虫、凄いし!」 「ごめん」そう言って、笑った。 ひとしきり笑った後に、まるで、ため息を吐くように「なんで、あの時、そう、できなかったのかな」と、君は呟いた。 しばらく、なにも言えなくて、挙句に出たのは「うん」だけだった。 「うん。だけで終わらすのやめてって言ったじゃん」ちょっと笑いながら、さくらは言った。 「うん、どう言ったら分かんないんだ、相変わらず。変に言って、さくらに嫌われたくないから」 ちょっと、長めにため息を吐いた。 「少しは、成長したんだね」さくらはそう言って、頭を撫でた。 「ごめんね。生意気、言った」そう言って、笑った。 「そろそろ、帰るね」 「送るよ」僕がそう言うと、君は、少し、頷いた。
金木犀
夜道を散歩していると、冷たい風に乗って、金木犀の香りが鼻をくすぐった。 辺りを見回しても、金木犀は見当たらなかった。 夜に香りが強くなって、姿は見えなくても、良い匂いがするから、幽玄なんて花言葉が付いたのかな、だとか、真っ黒な木を見つめながら思った。 強い香りに誘惑。花が小さいから、謙虚。 「新しいボディーソープ買ってきたよ。金木犀の匂い、良い匂いだよね」君はドラッグストアから帰ってきて、嬉しそうにしてた。 「そっか」 「お風呂に置いとくね」 「うん」 金木犀の香りがすると、君の寂しそうな顔を思い出す。 別れてから、金木犀の香りが鼻をくすぐる。 見えないのに、香りがするのって、なんだか似ている。 ずっと、どこで間違えたんだろう、て、考えてたけど、結局、選択肢を間違えたんじゃなくて、ただ、話を聞いて、どうしたら喜んでもらえるかな、伝えたいな、なんて事、考えられなかっただけだから。 「今日、ユブ?!」娘のあかりは、ウキウキしながら、突進してきた。それをくすぐっていなすと、「そうだよ」と言った。 「やったー!マジで?!」息子の暖人の喜びようも凄まじいものがある。普段、シャワー浴びろと言ったら、怠そうに生返事をした挙句、叱られるのに、湯船に浸かるのは好きみたい、というか、目的が違うのだろう。 「ママ、早く入ろう!」僕もママと入りたいけど、流石に四人は入れないから、先に入ろうと思う。 「ご飯食べてからね〜」我が家は、ご飯を食べてから、お風呂に入って、寝る流れだ。 ミイラ取りがミイラになって、朝を迎える。 僕は、頭を洗って、顔を洗って、髭を剃ってから、体を洗う順番で洗っている。 上から下へ。 ボディーソープを泡立ててると、金木犀の香りがする。 もうすぐ、あかりの誕生日で、今年はゲーム機が欲しいらしい。 残業をすると、家に帰るのは遅くなって、子どもたちの寝顔を見るだけの毎日になるけど、おかげでゲーム機を買えて、子どもたちが笑顔になれる。 金木犀の匂いがするおかげで、子どもの誕生日も覚えていられる。 蓋を開けると、嫉妬や妬みや憎悪などが出てくる。箱の底に残っただけ良かったと思うべきか、それに縋る他ない。 それが、微かな光でも。
サクラサク
君の名前は「さくら。」 名前か苗字かと尋ねたら、名前だと言った。 「俺、桜の花が一番好き。」初めて会って、そう伝えた時に、さくらは微妙な表情をした。「ああ、そうなんですか。」 年齢も僕とは、ひと回り違った君は、若い子らしく、ちょっと引いていた。 僕はご飯を作るのが好きで、飲み会をした後日に、ご飯を作ったけど、食べに来ないかと、誘った。 鍋に牛乳にコンソメを入れて、小麦粉と塩胡椒で味付けして、コンキリエを入れた。 「美味しいです。」 「ホントに?良かった!」そう言って、僕も食べて、「いや、コレ失敗だわ!コンキリエ入れたの、失敗!」そう言って、二人で笑った。 「ごめんね〜!いっぱい作りすぎちゃった!」そう言って、二人で笑った。 ご飯を食べ終わって、二人とも酔ってきて、そのままキスをした。 朝方に「ごめんね、付き合うとかそういうのはないでしょ?」って、罪悪感に駆られて言ってしまって、君は静かに泣き出した。 「いや、俺、おじさんだし。」静かに泣く君が可愛いな、とか考えてた。 「そりゃ、付き合ってくれたら嬉しいけど。」 君は鼻を啜った。「付き合う?」 君は小さく頷いた。僕は頭を抱き寄せて、小さくキスをした。 クリスマス前に僕らは付き合い始めた。それから、一月と十日ばかりで、クリスマスが来るのだけど、度重なる合同コンパで、僕の財政は悲惨な状態だった。 ケーキと指輪を買うお金なんか、全然無かった。 「どうよ?ロリコン野郎。」会社の忘年会で、先輩は僕をいじってきた。「はい、順調です。」一回り下の彼女に後ろめたい気持ちはあったけど、負けない様に歯を食いしばっていた。 「もう、クリスマスだってのに、お金なくて参りましたねぇ。」酔ってると、本当に自分に正直になれる。 「何でそんなにお金ないのよ?」 「合コンで、使い果たしました。」 先輩は笑いながら、「ばっかだよな、お前!」 僕も笑って、「はい!」そう言って、また笑った。 「はいはい!ビンゴ大会はじめますよー!」常務が、マイクで、淡々と言った。常務は、そういう役割をきちんと自分でやる方だった。先輩は常務の弟さんなのだが、思った事を悪い事もいい事もハッキリ言ってくれる方だった。 そして、奇跡は起きた。 一等は一万円の商品券。 「おー!やるな!次の飲みでパーっと行くか!」僕はそうした方が良いのかなと少し思いながら、「ごめんなさい!彼女とのクリスマスに使います!」 そう伝えると、愉快そうに、「そうか!」そう言って笑った。 一万円の商品券はケーキと九号と十一号の指輪になった。 ちょっと足りなくて、アクセサリー屋さんのオジさんにまけてもらった。 「えー?指輪ぴったり!何で〜?」彼女も驚いていたけど、僕も驚いていた。僕の好きなバンドが、指のサイズ、九号だったよね?って歌っていたから、なんて、絶対言えない。 でも、君が喜んでくれるから、良かった。