時雨 天

4 件の小説

時雨 天

外の世界に憧れる変なヤツと海の魔法使いさん

 毎日俺のところに来る変なヤツ。いつもニコニコ笑って、楽しそうに外の世界の話をする。初めは外の世界なんて興味ないし、鬱陶しいかったけど、段々慣れてきた。今は、小鳥が囀っているのと一緒。  ふーんと返事はしつつ、分厚い本のページを捲る俺に対して、ずっと喋っている。適当に相手にされているのに、気づいていないのだろうか?  見た目からしても鈍感そうな雰囲気。俺が嫌そうな表情をしても、なんとも思わない。ニコニコ笑って、喋り続ける。  俺は、はぁーと長いため息を吐いて、分厚い本を閉じた。  「毎日、毎日、俺のところに来て、楽しい?」  「うん、楽しい‼︎ 」  満面の笑みで返されて、頭が痛くなってきた。  また、ため息を吐いた後、その場を離れようとすると腕を引っ張られる。  「どこ行くの、まだ話終わってないよ?」  「……まだあるのかよ」  「あるよ‼︎ それでね、外の世界には、美味しい食べ物がたくさんあるんだよ‼︎」  「美味しい食べ物なんて、この海の中にもある」  「そ、そうだけど、ここ以上にあるってこと‼︎」  虹色に光る、美しい尾を俺にペチペチと当ててくる。  「いてーよ……別に食えりゃ、なんでもいいし。ってか、外の世界は危険だから、憧れるのはやめとけ。人間なんて、俺たちを見たら、捕って食うから」  「そんなことないよ‼︎ 優しい人間もいる‼︎ はず‼︎」  根拠がないのに、なぜそこまで自信を持てるのか。  「あ、ねぇ‼︎ 僕を魔法の薬で人間にしてよ‼︎ そしたら、食べられる心配もないし」  「却下」  俺は分厚い本を変なヤツに投げた。その本を慌てて受け取る姿を見た後、そこら辺に生えていたワカメを引っこ抜いて、ガブッと食べる。  「ねぇ、お願い‼︎ 君しかいないんだ、海の魔法使いさん‼︎」  「魔法は安売りじゃありませーん」  「んじゃぁ、僕のお宝あげる‼︎」    「いらない、却下却下。なんでそこまで、外の世界が気になるのか、どうして人間になりたいのか?人間になって、どうする?」  「人間になって、美味しいもの食べて、温かい砂の上を歩いて、そして可愛い子と結婚する‼︎」  「聞いた俺がバカだった、さっさと帰れガキ」  俺は自分の真っ黒な尾で、変なヤツをベチンと追い払う。あ〜と情けない声を出し、クルクルと転がるように流されていく。  やっと静かになったと安堵。ぷかぷかとその場で漂っていた分厚い本を手に取ると、また開いて読む。幾度、読んでも面白い本だから、気に入っている。  なのに、あの変なヤツが毎日来るようになってから、しっかりと読む時間がない。それにイラっとする。  後、どこで俺の情報を手に入れたのだろうか。俺がかの伝説の海の魔女の弟子の魔法使いだと。そして、この場所をどこで知ったのか。  だいたい人のお願いを聞くのがめんどくさい。なぜなら、愛だの恋だの、ダイエットなど。自分で努力すれば、叶うはずのモノを魔法の薬1つで叶えようとする。後、お願い聞いた後のお代をくれない奴が多すぎる。こちとら、タダ働きはごめんだ。材料だって、集めるのが大変だし、作るのにも時間がかかる。  魔法だから、全部簡単にできると思っているのに腹が立つ。本当に頭がお花畑の奴が多すぎる。  あの変なヤツだってそうだ。――くだらない。  「イライラして、本に集中できない」  「じゃぁ、僕と人間になってさ、外の世界を満喫しようよ‼︎ そしたら、イライラしなくなるよっ‼︎ どうかな?」  いつの間に帰ってきたのか。ゾワっと鳥肌が立った。  「気持ち悪いヤツ」  「あー、そんなこと言わないでよ、みんなに言われる」  「言われているのかよ」  「うん、変わったヤツって言われる。ちゃんと、ナッツって名前があるのに」  頬を膨らませて、拗ねる変なヤツこと、ナッツ。  栗色の耳にかかるくらいの髪先をいじいじといじる。  「あ、そろそろ帰らないと。また明日も来るね、海の魔法使いさん。いつか人間にしてね」  手を振って、またニコニコ笑いながら去って行った。  また明日も来るのかと思うとゾッとする。いい加減、引っ越しをしようと思うが、なかなかこれがめんどくさい。めんどくさがり屋な俺だから。   ――人間になりたいなんて、本当に変わったヤツ。海の世界が一番いいのに――

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【籠の中の鳥】

 世界を魔王の魔の手から救って、平和が訪れたと思っていた。みんなが幸せで暮らしていけると。――なのに、そうではなかった。  「もうどれくらい、ここにいるのかな……」  唯一の光が差す小さな窓を見上げながら呟いた。手を伸ばしても届かない。冷たい石畳の床に横になる。ひんやりと伝わる感覚に慣れてきたところだ。  自分自身は一体何をしたと言うのか。どうして、この狭くて冷たい牢屋に入れられているのだろうか?  何度問うてもわからない。何もわからない。  「ただ、世界を救っただけなのに。みんなの笑顔を守りたかっただけなのに……」  涙が出てきた。じわりと。何度泣いたことか。  勇者になって、魔王と闘い、命懸けで世界を救ったことの何がいけないことなのか。祝福してもらえると思っていたのに、それは間違いだった。  「次の脅威になるから、閉じ込める……次の脅威ってなんだよ、そんなことするわけないじゃないかっ」  誰もいないからよく声が響く。久しぶりに出た大きな声。喉が痛くなり、少し咽せた。  勇者なのになぜこんな仕打ちに。武器も力も全て奪われた。ここから一生出られない。死ぬまでこの冷たい牢屋の中。  「……誰か助けてよ」  ぽつりと呟く。誰一人、仲間は助けに来てくれない。もしかしたら、仲間じゃなかったのかもしれない。仲間だと思っていたのは、自分だけ。  悲しい、悔しい……憎い――  真っ黒い感情が、心の奥底深くに生まれた気がした。  ふと、遠くから悲鳴が聞こえた。何かあったのかなと思ったけど、自分には関係ない。知らないふりをしようとしていたら、いつも監視が来る重い鉄の扉が吹き飛んだ。  驚いて起き上がり、砂埃が舞う方を見る。  「あ、おった、おった。探してたんや」  変わった訛りで話す赤毛の男。見た目の年齢は、20代くらいと思う。目を丸くしながら、赤毛の男を見つめていると、牢屋の扉近くまで近寄ってきた。  そして、しゃがんで僕と目線を合わす。  「籠の中の鳥は、空へと羽ばたきたいやんな?」  「……は?」  「だーかーら、羽ばたきたいやんな?」  スクっと立ち上がり、牢屋の扉を強く蹴ってきた。  僕は怖かったので、思わず首を強く縦に振った。すると、赤毛の男はニヤリと笑った後、扉に触れる。扉は、見る見るサラサラの砂に変わって、崩れた。  「これでアンタは自由。空へと羽ばたける」  ツカツカと牢屋の中に入ってきて、僕の腕を強く引っ張り、無理矢理立たせる。一瞬、砂にされるかと思ったが、何も起こらなかった。  「……あの、なんで僕を助けてくれるんですか?」  「世界を救ったの勇者なのに、この仕打ち、可哀想だなーと思っただけ」  「本当にそれだけのために……?」  僕がそう言うとまたニヤリと笑った。  「……なぁなぁ、憎いやろ、この世界」  「べ、べつに、そんなことはっ」  ちくりと心を刺された気がした。さっきまで真っ黒な感情があったから。鼓動がどんどん早くなる。  「思ったやろ? 憎いって。命をかけて魔王と闘い、世界を救ってみんなが幸せになれる、そう思っていたのに、人々は次の脅威としてアンタを恐れ、ここに閉じ込めた。じゅーぶん、この世界に対して憎いと思うけどなぁー」  掴まれていた腕にどんどん力が込められる。痛い、と思い振り払おうとするが、振り解けなかった。  「苦楽を共にした仲間すら、助けに来てくれない。誰も助けてくれない。冷たい牢屋で死ぬまでここで1人」  耳元で言われた。どんどん心の奥底で膨れ上がる憎しみ。この男の言う通り、憎い、憎い、憎い――  「ハハっ、いい目になったやん」  たぶん、さっきまでの僕の目は死んでいたと思う。  「んで、どーする? ここから出る? それとも、止まる?」  掴まれていた腕をもう一度強く振ると、するりと解けた。そして、僕は牢屋の外へ出た。  「ここから出る」  「んー、その返事待ってましたっ」  ニヤニヤとしながら、僕の横にくる赤毛の男。2人揃って、ここから立ち去った。    ――さぁ、人間が作り出し“魔王”が籠の中から、今、解き放たれた――

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【アナタは振り向いてくれない】

 どんなに頑張ってお洒落をしても、どんなに頑張ってダイエットをしても、どんなに頑張ってアナタにアピールをしても、アナタはいつも違う世界を見つめている。  私の知らない笑顔。私の知らない照れ顔。私の知らない声色。どうしてそれらは、私には向けられないの?  走っても走っても追いつかない背中。伸ばした手さえ届かない。抱きしめてもすり抜けていく。  私よりも可愛い子。小柄で細身の体型。誰にでも優しくて、少しふわふわしている。周りにお花が飛んだいそうな感じ。見ていると危なっかしいので、ついつい守ってあげたくなる。  アナタはそんな子の世界に行ってしまった。  私の方があの子より、アナタのことが好きなのに。どうして、なんで、私を見てくれないの?  大粒の涙がこぼれ落ちる。鼻の奥がツンっと痛いし、ずるずると溢れ出る鼻水。  心が、アナタを思うだけで、どんどん締め付けられ苦しくなる。 「こっちを振り向いてよっ‼︎」  喉の奥から出た言葉。私の願望。でも、叶わない。  ほら、私の好きなアナタは、振り返らずに笑顔であの子のもとへ。そして――         私は一人残された。  

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【雨が降れば本番の合図】

 ぽつりと雨粒が額に当たった。空を見上げると雨粒が、キラキラと光りながら降り注ぐ。  雨粒が当たる度に、体の奥底から喜びが込み上げてきた。思わず笑みが溢れる。両手を広げ、その場でくるくると回った。  そして、歌いたくてうずうずしてくる。――大きな声で歌いたい。この誰もいない雨の中、1人のコンサート。  目を瞑り、息を大きく吸い込み、そして、歌い始める。雨の音が丁度良いBGM。歌えば歌うほど、楽しくなってくる。  体はずぶ濡れなのに、なぜか軽くなってきた。まるで自分の背中に羽が生えたかのように思う。  世界がキラキラと輝いて見える。手を前に伸ばし、そして、天へと――  全力で歌ったから、息が上がった。ふと、人の気配を感じ、前を見ると赤い傘をさした女の子がワタシを見つめていた。  ――マズイっ‼︎  乗っていた葉の上から飛び降り、ぴょんぴょんと跳ねて、池へと向かう。――ぽちゃん  「今のカエルさん、お歌がとても上手だった」    傘の取手をクルクルと回し、カエルが飛び込んだ池を見つめていた女の子。クスリと笑い、また来るねと小さく呟いていた。

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