佐々樹
7 件の小説あなただけ。#2
「…え?好きって。」 岬くんは戸惑っていた。 そりゃそうだ。 いきなりこんなことを言われて冷静にいられる人はごく稀だ。 もうこれは取り返しがつかない。 『岬くん、君を私の相談役に任命する。』 もう、こうするしかない。 「…は。」 『いいから、話ぐらい聞いてよ。』 私はまた涙を流した。 目の周りは風で冷たく冷えていた。 「ちょっ泣くなっ。わかった。とりあえず外に出よう。」 『うん…』 私は、自分が何故岬君にこんなことを言っているのか、理由も分からなかった。 話したこともないはずの岬くんに。 でも、聞いてほしい、誰かに。 私にこの気持ちは、あまりにも支え切れない…。 靴を取るては力が入らず震えていた。 私は靴を置いた後。 岬くんに聞いた。 『ねぇ、源先生の恋人。知ってる?』 岬くんは表情を変えなかった。 そして簡潔に 「知らない。」 さっきまで私が泣いたら慌ててたくせに。 『ドライだね、君。』 クールというのか、それかただ無愛想なのか。 「で、源先生が好きという水沢さん。一体何があったんですか。」 なんか、仕方なく聞いてる感が半端ない。 でもしょうがないよね、無理矢理だったし。 『先生、生徒とキスしてたの。さっき見たんだ。』 岬くんは、まだ表情を変えなかった。 『好きって言ってた。私が先生に言って欲しかった1番の台詞。』 私が1番望んでいた言葉。 先生に名前を呼ばれながら好きと言ってもらうのが私の夢だった。 岬くんは少し真剣な顔をした。 「靴。はいたら?」 『あ、うん。』 私は靴を履いて正面玄関を出た岬くんを追いかけた。 「何で好きなの?そんなに。」 岬くんは聞いた。こちらを見ずに前を向いて。 『…名前だよ。』 「名前?」 『そう。私ね、小学校の頃からずっと名前間違われててさ、高校も間違われるんだろうなぁって思ってたの。』 『でもね、源先生はちゃんと私のことアキって呼んでくれたんだ。』 「…それだけ?」 『うん、そうだよ』 「たったそれだけで好きになったの?」 岬くんはやっとこっちを向いてちょっと驚いた顔をした。 『きっかけなんてどうでもいいんだよ!大事なのはどれぐらい好きかなの!』 「そーゆうもんなんだ。」 私が足を止めると、岬くんも止まり私の方見た。 「どうしたの」 大事なのは好きの大きさ。 私は源先生の色んなことを知ってる。 たくさん調べて好きなタイプも聞いて。 私の方が、あの子よりずっと。 『好きは…大きいはずなんだけどなぁ…』 あぁ。涙が止まらない。 視界がぼやけて何も見えない。 目を閉じれない。閉じたらすぐに溢れてしまう。 私は今日、何回泣けば気がすむのだろう。 やだ、泣きたくない。 岬くんもいるのに。 やだ。やだ。 止まれ、止まれ。 もうこれ以上虚しくなりたくない。 流れるな、溢れるな。 お願いだから…。 『止まってよ……』 私から出たその言葉は、私が何度も望んだもので。 誰かが、私を抱き寄せ言った。 「じゃあ、忘れればいいじゃん。その"恋。"」
あなただけ。#1
天希。それが私の名前。 "てんき"と読むわけでも"あまき"と読むわけでもありません。 ちゃんと名前を呼んでくれるのは、"あなただけ。" 『はじめまして、水沢天希(あき)です!読み方はしっかり覚えてくださいね!』 それが高校に入って初めてみんなに向けた台詞。 私の名前は天希という。 てんきでも、あまきでもなく"あき"と読む。 初見の人は、絶対に私の名前を間違うまでがお決まり。 高校生までになると皆んな自己紹介をそんな深くまで聞かない。 だからこそ漢字を見てみんなが私の名前を呼ぶ。 今までは"てんき""あまき"が定番だった。 稀に水沢天までが苗字と勘違いして、希(のぞみ)と呼ばれることもあった。 泣けるものだ。 そんな私は今、高校生。 高校に入って早3ヶ月。 私は今、恋をしている。 私は今、教師に、恋をしているのだ。 _ 私の恋の相手、それは担任の源先生。 担当教科は国語。 年齢は25歳,血液型はO型 トマトが苦手で好物はエビフライ♪ 学生時代はテニスをしていて、雰囲気は凄く爽やか♪ でも性格は大人びている、でも可愛いっ♪ それが私の好きな人、源先生。 好きになってはいけない人だと分かってる。 だって漫画とかでも禁断の恋って描いてあるでしょ? 分かってる、でも、好きになったら仕方がない。 次の恋が見つかるまでは諦められない。 新しい恋なんてそんな簡単に見つからない。 だって、源先生が天希の"初恋"なんだから。 私が源先生を好きになったのは、高校に入って初めての呼名。 私は、いつものように先生に名前を間違われるんだろうとため息をついていた。 小学、中学、と名前をしっかり読まれたことがない。 今回も変わらずそうだろうと。諦めかけていたその時。 「水沢"あき"さん。」 ほら、また…。 『…え?』 「水沢さん、名前を呼ばれたらえ?ではなくはい。ですよ笑」 先生が微笑みながら私に言う。 『…はい。』 嬉しかった。 あなただけが、 初めて呼んでくれたんだ。 今思うと、読み仮名を振っていたのかもしれないけれど。 そうと分かっていても、嬉しかったんだ。 私の名前を、あなただけが呼んでくれた。 私はその瞬間から、先生を想うようになった。 といっても、教師ということもあって、なかなかアピールはしにくいんだよなぁ。 私は放課後,テスト勉強のため教室に残っていた。 今日も、何も話せずに終わってしまった。 あぁ、憂鬱だ。 早く帰ろう、優しい母が待ってる。 私は鞄を持ち教室をでた。 職員室覗いたら、いたりするかな。 帰りにちらっと見てみようかな。 私、今ちょっと気持ち悪いかも。 先生の前では優等生でいなくちゃ。 好かれるためならいくらでも頑張らないと。 先生に好きといってもらうためならいくらでも… ____「_先生。だめだよこんな所で。笑」 え? 今声が聞こえたような。 …国語準備室? 私は扉からそっと覗いた。 わずかに、声が聞こえた。 「大丈夫。もうみんな帰ってるよ。先生達を仕事に集中してるから。」 _. この声は明らかに、源先生の声だ。 顔を出し、見ると。 そこには源先生と、制服の乱れた女子高生がいた。 …なんで? 源先生、なんでなの? 「好きだよ…」 源先生は女子高生の首筋に唇を押し付け、女の子は先生のシャツをくしゃっと握っていた。 「そろそろ戻るよ、仕事があるしね。」 「はーい!ばいばーい、先生♡」 やばっ先生がくる。 私は走った。 今までにないほどに。 苦しくて、悲しくて。 胸が熱くて、重くて。 涙が出てきそうなほどに。 私は、私は__。 『ふぁっ』 いったい…あ、人にぶつかっちゃった… 『ごめんなさいっ』 「大丈夫…って水沢さん?なんで泣いてんの?」 『え?』 私は驚いた。無自覚に流れていた大粒の涙に。 『……岬くん?』 クラスメイトの岬くん。 名前しか知らない同級生。 「何で泣いてん…あ、先生。」 先生っ 「先生、水沢さんが泣いっぐっ」 私はとっさに岬くんの口を塞いだ。 「…水沢さん、大丈夫ですか。目が赤いですよ?」 私は先生の優しい顔にまた涙が溢れそうになる。 『…もっ問題ないです!すいません!』 私はその時あった精一杯の力で笑った。 「…そうですか。2人とも遅くならないようにするんですよ。」 『はい!』 先生は背中を向け階段を降りていった。 『ふぅ』 「ぅんぐぅぅふぁはぁふぇ!」 『わぁっごめん!』 「!はぁはぁはぁ……死ぬかと思った。」 『ごめん…でも岬くんが先生に言おうとするから!』 「だめなのかよ!」 『だめだよ!』 「なんで!」 『……』 「答えろよ!」 『……私、先生のこと好きなの。』 私の口から溢れた言葉は、紛れもない、大宣言だった。
君の音#5
「えっと…あっごめんなさい、ずっと立ったままだから疲れましたよね。ここ、座ってください。」 喜多川さんはそう言って、自分の座っていた椅子の隣の席をとんとんと叩いた。 確かに少し足が疲れたかも。 『じゃあ、失礼します。』 私は低めのお辞儀をしてから、理科室に入った。 トランペットのケースを椅子の横に置き、私は椅子に座った。 それから数秒静かな空間ができ、私はまずいと思い話を切り出した。 『喜多川さん、朝早いんだね。いつもこの時間に来るの?』 喜多川さんは両手で持っていたフルートを膝に置き。 「えっと、土曜日とかはもう少し早く来るんですけど、平日は毎日このぐらいです。」 私はびっくりした。毎朝この時間…私には到底無理だ。 でもそれ以上に、喜多川さんの練習に対する熱意が凄いことは分かった。 … あ、またこの空間が… うっ…息苦しい… 「…あの。」 『ふぁい!』 やばいめちゃくちゃに変な声だ… 『ごめんなさいっ!』 「いいですよ、少し面白かったです!」 喜多川さんはにこっと柔らかく微笑み、私を慰めてくれた。 『えっと、どうしたの?』 切り替えて、喜多川さんの話を聞こう。 「えっと、そんな深く話せる話題とかじゃないんだけど、夏野さんって佐々野君と付き合ってるの?」 『えっ』 喜多川さんの口から出たのはとんでもないセリフだった。 夏野というのは私、夏野美奈子の事。 そして、佐々野とはさっき登校中に会った私の幼馴染。佐々野昇だ。 『ちょっちょっと喜多川さん!なんてことを言うんだ!!』 私はかなり焦った。 それはしてはいけない誤解だったからだ。 「え、夏野さん、ちょっと涙目になってる?」 喜多川さんはびっくりした表情をして私を見た。 『だってあいつと付き合ってると思われるなんて心外だよ!』 だって嫌いなんだよ!涙目になるよそりゃ! 「で、でも、結構佐々野君って人気あるよね…?」 そう、昇は野球部の一年生レギュラーということや少し顔がいいということもあってか、女子から異様に人気がる。 不覚にも、中学の頃は幼馴染の私もよく昇の連絡先を聞かれたものだ。 『そ、そりゃあ、一般的には人気なのかもだけどさ!私は嫌いなんだよ!あいつの事!』 「夏野さんめっちゃ必死だね。」 面白がっているのか、 喜多川さんは少し口角が上がっていた。 「でも何でそんなに嫌ってるの?佐々野君の事。」 『そ、それは…』
君の音#4
私は驚いた。 この時間でも、会えるんだ。 聞けるんだ。 『嬉しい。』 私ははっとして、自然に溢れた言葉を閉じ込めるようにして両手で口を塞いだ。 何を言っているんだろう私は。 ただのクラスメイトと遭遇しただけで何を盛り上がってしまっている自分が恥ずかしい。 とりあえず、ケースを持って。 第二理科室。行ってみようかな。 でもいきなり行って、ストーカーなんて思われたらどうしよう。 それは嫌だ。避けたい。 でも。 …ちょっと覗くぐらいならいいよね。 私は、音楽室をでて、第二理科室へ向かった。 綾乃から、変な話を聞いたばかりなのに。 不思議と気まづくならない自信がある。 だからなのか。私今、すごくにこにこしてる。 走り方も無意識にたったったっと軽い足取りだった。 この走りは、私の小さい頃からある嬉しい時の癖だ。 私は第二理科室の前まで来ると、再び華やかな音色が聞こえた。 私は眉を上げ、口も少しにやけていた。 私はちらっと扉から顔を出した。 そこには、予想通りの喜多川さんの姿があった。 髪を一つに結って夏服を着ていたので、今までと少し印象が変わっていた。 でも相変わらず愛らしい容姿をした喜多川さんに私は惚れ惚れしてしまった。 口数は少ないものの、これほど可愛いければモテるはずなのに。 男子ってわかんないものだなぁ。 「あの、」 私もこんな顔が良かったなぁ。 「あっあの、ど,どうかしましたか?」 …え? 『え?』 あれ。目の前に、喜多川さんが… 「あ、お,おはようございます」 喜多川さんが少し堅く微笑みながら、私に挨拶をした。 『おはよう…ございます。』 朝早いから寝ぼけているのだろうか。 頭がぼーっとしてしまっている。 …… 『あっちっちがっごめんなさいっ覗き見なんて趣味の悪いことっ』 やってしまった…絶対変な人だと思われたよ。 ばれると思ってもおらず、もちろん言い訳なんて用意していない。 私はとにかく何度も喜多川さんに頭を下げた。 「そ、そんな謝らないでください!だっ大丈夫ですから!」 喜多川さんは焦りながらも混乱しながら必死に私を説得した。 あわあわとしている喜多川さんを見ていると,私はすこしほっこりした。 私は顔に両手を添えた。 …顔、熱いな。
君の音#3 ⚠︎恋愛要素が含まれます
次の日、私は朝早くに家を出た。 多分、6時半ぐらいだっただろうか。 私は目を擦りながらマンションの階段を降りる。 早く出た訳とか。 特に理由はなくて。 ただ、ただ単に人が少ない状態で練習がしたかっただけ。 でもいざ外に出てみると、同じ制服を着た子も、いつも挨拶する近所のおばさんもいなくて。 ちょっと変な感じだった。 私の家から学校までは、歩いて10分。 家を出てから、近所にある市立の中学校の前を通って信号を渡る。 すぐそこにあるスポーツ用品店を過ぎると家が何軒も立っていて、私はそのまま直線に歩いていた。 するといきなり、静かな通学路に声が響いた。 「美奈子。」 それは_幼馴染の昇だった。 昇はスポーツ用品店の一人息子。 うちの野球部の、一年生唯一のレギュラー。らしい。 『何でこんなに早いのよ。』 私はずっと前からこいつの事を好きになれない。 何故かは、うまく説明できないけれど。 「野球部の朝練、お前さんも今日はずいぶん早いな。」 『朝練…ねぇ…熱心ですこと。』 「高校野球にはあの甲子園があるんだぞ。そんな呑気に寝てらんねぇよ」 『甲子園…か。私には関係ないけど』 野球なんて興味ないし、何がそんなに楽しいんだろ。 『それじゃ私行くから』 私は学校の方へそっぽを向いた。 「相変わらず愛想が悪いこと。」 私はその言葉のむかっときて 『知るかっ』 と言い残し、私は昇を置いて先を走った。 やっぱり嫌いだ。 あの手のタイプは、いくら一緒にいても好きになれない。 何かに一生懸命。 少し暑苦しくて。 かなりおちゃらけてて。 そして…。 いや。もうこの話はやめよう。 少し。イライラしてしまう。 私は正面玄関に足を踏み入れた。 正面玄関から、階段を一階上がれば二階にある音楽室に到着する。 私は2階の廊下を歩いている時、音楽室の扉が開いていることに気づいた。 時計を見てもまだ7時にもなっていない。 学校自体、6時から開いているものの。 この時間から学校へ来る人は中々いないだろう。 なんせ今来た私でも、通りすがりの先生に驚かれたのだから。 私がこっそりと音楽室を覗いても誰もいない。 不思議に思いながらも私は荷物を机に置き、楽器を準備室から取り出した。 ♪~♪♫~♬ 『これって、喜多川さん…?』
君の音#2
『……』 私は1日経っても、喜多川さんの音を忘れることができなかった。 気づけばずっと、頭の中で喜多川さんのフルートが再生されている。 まるで依存してしまったような感覚だった。 あそこまで上手なのに、なんでうちみたいな弱小校にきたんだろう。 きっと喜多川さんの実力なら、推薦で有名校に行けたはずだ。 私はずっと考えていた。こんな小さな事でも分からないともやもやしてしまう。 私の昔からの悪い癖だ。 「…美〜奈子!!」 後ろから大きな声と共に強い衝撃が走った。 綾乃が私の背中に勢いよく飛び込んだのだ。 『綾乃、重いよ』 「う、重い…確かに最近食べすぎたけどぉ…」 綾乃はかなりの大食いで、体重に関していつも長い登下校と部活に助けられている。 「ってそんなことはいいんだよー!早くお昼食べに行こう!今日は天気いいし!外にしよ!」 体重の話をした直後なのに、流石綾乃だなと感心した。 外に出ると程よい日差しが差し込んでいる。 綾乃と私は庭にあるベンチに向かった。 私はベンチに腰を下ろして、小さな取っ手付きの袋からお弁当箱を取り出した。 「まだ小さな水溜り残ってるね」 綾乃は手のひらと同じぐらいの水溜りを指差していった。 『うん、そうだね』 私は相槌を打ちながらお弁当包みをほどきながら聞いた。 『ねぇ、綾乃。うちのクラスの喜多川さんって話したことある?』 「ふぇ?なんで?」 『いつも1人だから。どんな子なのかなって。』 「そっか、うーん、そうだなぁ』 綾乃は何かを思い出したような表情をして口を開いた。 「私自身は話したことはないんだけどさ、喜多川さんと同じ中学の子に聞いた話なんだけど、聞く?」 綾乃は少し焦らして、私を見た。 『何か知ってるの?聞きたい。聞かせて。』 どんな小さな事でもいいから、喜多川さんを知りたい。 こんなに人に興味を持ったのは初めてだから。 私は期待の眼差しで綾乃を見た。 「あんまし、いい話じゃないんだけど。喜多川さんって、中学の時、部活で色々やらかして、停学になったんだって。」 え?と、私は少し戸惑ってしまった。 『え?やらかしたって…何を?』 「それは私もわかんない。部員に暴力振ったとか、怪我させたとか、噂なら色々あるけど。今んとこ事実は不明。」 混乱で頭がいっぱいだ。 だってあんな素直そうな喜多川さんが、停学になる程の事をするとは思えない。 私はまたもや、喜多川さんという疑問に襲われてしまった。 綺麗で華やかな喜多川さんは、一体どんな人間なのか。私は一日中考えていた。
君の音
私があの子の存在を意識したのはついこの間のこと。 同じ吹奏楽部でおんなじクラス。 右斜めの席で、身長順では私の前。 こんなに共通点があったのに、私は、あの子と一言も話したことがなかった。 「美奈子〜私今日部活雨だからなくなっちゃったぁ、だから一緒に帰れない…ごめんねぇ…」 私の親友の綾乃が半泣き状態で私に駆け寄ってきた。 綾乃は小中一緒で、ショートヘアのthe 運動部、みたいな子だ。中学ではバレーをやってたんだけど、高校ではテニス部に入っている。 『しょうがないよ.少し寂しいけど、流石にこの雨で部活はできないよ。』 「うぅ、ごめんね…美奈子は吹部だから通常かぁ、頑張ってね!」 『うん、綾乃も気をつけて帰ってね。』 こんな日常的な会話を交わして、私は音楽室へ向かった。 『失礼します』 廊下より少し暖かい音楽室に、少し風が吹いている。 音楽室には後ろに大きな庭がある。 そこでよく日に強い金管楽器が練習しているんだ。 その庭が全開にしてあるためか、肌寒くなってきてしまう。 「あっ美奈子ちゃんや〜!こんにちはぁ〜!」 最初に声をかけてくれたのは、関西弁が特徴の凪ちゃんだった。 髪が少し癖っ毛で、ふわふわした雰囲気の女の子だ。 凪ちゃんはホルンという楽器を担当していて、私が担当するトランペットと練習場所が近かったからかすぐに仲良くなれた。 『なんで雨なのに庭が開いてるの?』 今日はほとんどの運動部は休みになる程度の雨が降っていたので、何故開いているのか疑問に思ってしまった。 「え?…あ!最近は毎日晴れとったからつい癖で開けてしもたわ〜。うっかりやぁ…」 凪ちゃんの抜けている行動に私は少しクスッと笑ってしまった。 「ほな楽器持って教室まで行こか!」 『うん、そうだね。』 私は楽器の入っているケースを持って教室に向かった。 やっぱり楽器はどれにしろ重いから教室が遠いと手首が疲れてしまう。 でもトランペットはかなり軽い方。 前にサックスのケースを持った時は肩が痛くなってしまった。 私は教室に着き、机にケースを置いた。 その時、楽譜を手に持っていないことに気づいた。 やってしまった。また音楽室まで往復しなければいけない… 私は小さなため息をついた。 『ごめん凪ちゃん!私楽譜忘れてきちゃった。ちょっととってくるね』 そばにいた凪ちゃんに声をかけ、教室を出た。 「慌ててこけんようになぁ〜」 『はーい』 私は凪ちゃんの忠告を聞き、 楽譜を忘れるなんて、私疲れてるのかな…なんて考えながらゆっくり音楽室まで歩いた。 ♪〜 その途中、私の耳に綺麗な音色が入ってきた。 『綺麗な音…フルート?』 私はその音色に惹かれながら、音が聞こえる第二理科室を覗いた。 そこには、私のクラスメイトの喜多川さんがいた。 喜多川さんは、綺麗な黒髪のセミロングで、可愛らしい顔つきをしている女の子だ。 だけど口数が少なくて、いつも教室で本を読んでいる。 私は今まで喜多川さんと話したことは無く、喜多川さんのフルートを聴くのも初めてだった。 まるで耳にお花が咲いたような感覚だった。 昔からフルートはとても綺麗な音色だと思ってはいたものの、これまで聴いてきたものとは違う美しさだった。 「………なに?」 『ふぇっ、』 もしかしなくてもジロジロ見ていたことに喜多川さんは気づいていたらしく、戸惑いの表情で私を見る。 『えっと、別に何ってわけでもないんだけど、えっと、音、き、綺麗だな…って』 私がそう言うと、喜多川さんはびっくりしたような表情をしていた。 「あ、あ、ありがとう」 私はずっと喜多川さんはクールな女の子だと勝手に想像していたから、喜多川さんがとても素直な女の子で私も少しびっくりした。 喜多川さんは少しだけ嬉しそうな顔をしながら演奏に戻った。 私は本来の目的である楽譜を取り再び歩く。 耳にはまだ喜多川さんのフルートの音と可愛いらしい声が残っていた。