羽生.
10 件の小説羽生.
ハニュウと読まれがちですがハブです。 前のアカウントに入れなくなったのでもう新しく作りました。 名前も変えてるので、前のアカウント名は伏せておきます。 同性愛を扱う小説が多々あると思います。 よろしくお願いします
運命
運命なんてあると思いますか? 私は、んなのクソだと思いますけど、『ない』とは思いませんね。 人間相手に運命なんて感じたことないですけど、絵とか、本とか、音楽とか、そういう、 いつも私の人生を変えてきた奴らとの間には、確実に運命があったと言えますね。 つまり何が言いたいかと言いますと、 世界はかなり単純だということです。 こうしたらこうなってしまうかもしれない。 こう言ったらこう思われるかもしれない。 そんなのは所詮妄想であり、もし自分の選んだ道が間違いだとも思えるほど困難であっても、そんなもんはその先のクライマックスをさらに劇的にするための 演出でしかない。 そう思って生きて仕舞えば良い。だって実際そうだし 世界はほんとに、単純だから。
丁寧な暮らし。
13:52 今日は無駄に早起きしてしまったから、溜まってるタスクを終わらせて充実した1日にする予定だったのに気がついたら正午を過ぎていた。 まあ、今から始めれば問題ないだろう。 立ちあがろうと、手をついたはいいがサラサラと音を立てて手が沈んでいった。これだからビーズクッションには座らないようにしていたのに。 ビーズクッションに沈んだ自分の体はまるで鉛のようで立ち上がるのに五分ほど時間を無駄にした。 開け放っていた窓から流れ込んでくる風は涼しい風。流れ込む光は、先ほどの豪雨からは想像もできないほどキラキラしていた。 しらこい顔しやがって、と太陽にまで悪態をつく始末。 昨日の夜ご飯は何か残っていただろうか。フライパンの蓋を開けるとほとんど残っていないホットサラダが顔を出した。 トマトなんて干からびてるぜ。 今から作るなんてことできないし買いに行きたくもない。米も炊きたくないし、この絶妙な量のホットサラダを無駄にするのも忍びない。 冷え切ったホットサラダに弱火を当てた。 なんだか物足りない気がしてチーズをかけてみた。 火が通るのを待っている間、スマホで音楽アプリを開いてスピーカーに繋ぐ。 ノーミュージック、ノーライフ。 午前中自分が使い物にならなかったのは音楽をかけていなかったからだな。 そうこうしているうちに火が通っただろう。皿にホットサラダを移した。 机に置いてから、ふと物足りなさを感じて冷凍庫にポテトがあることを思い出す。 見るとトースターでできるらしく、こんな便利なもの誰が買ったんだと小さな笑い声が漏れた。 静かな部屋でふと出た自分の声ほど虚しい気持ちになる物はないが、今は音楽がある。その虚しさもいくらかマシだ。 アルミホイルを敷いて三つポテトを出した。 8分から9分。 どっちだよ。 トースターは8分と9分の間、みたいな器用なことはできないらしいから、9分に設定した。 てか何気に長いじゃないか。 ジー。トースターが音を立てて内側をどんどん赤くしていく。 さっき皿に移したホットサラダの元までいって一口口に運んだ。 少し。濃い。 チンッ。トースターが音を出した。 ポテトを皿に移すのが面倒で、そこからのそのまま箸でポテトを食べた。 ゆっくり咀嚼している間、一層音楽の音が大きくなった気がした。無論、気のせいである。 私はもう一度ホットサラダの元まで戻る。 二口目を食べる。 あー。冷めてる。 右足を椅子の下でぶらぶらと遊ばせ、左膝を抱えたままもう一口。 足を立てて食べるなんて素行が悪いにも程があるってものだ。 直さないけど。 まだ寝巻きのスウェットを纏う私には、窓からの風が寒く感じた。さっきまでは、少し気持ちいい風だと思っていたのに。 ふと窓の外を見た。 窓の淵に止まったのは白い鳥。手のひらサイズで黒色で模様が入っていた。 じぃとその鳥を見ていると、なんだか聞き覚えのある鳴き方をする。 無論、私は鳥の種類なんて見てもわからん。 やがてパタパタと音を立てて鳥が飛び立った。 私も鳥を眺めるのに飽きた頃だったからちょうどいい。おまえも飽きたんだなきっと。 あー。 少し掠れた自分の声が脳内に響いた。 真上を向いた時頭の重さに耐えられずガクンと頭が後ろに倒れたから喉が潰れてるんだ。 あーー。 なんもしてねぇのに疲れた。 大きく息を吸うと、雨上がりの空気が肺を駆け巡り脳を浄化するようだった。 あー。すっきり。 目を閉じて大きく大きく伸びをした。 ―丁寧な暮らしは、私にはまだ早いらしい。
今はこうしていたい。
「なぁ、もうやめねぇ?」 「帰っていいよ。俺1人で探す」 高校三年生の8月。夏休み部活に来ていた俺と幼馴染の勇人(ハヤト)はプール掃除の当番だった。 もう水は張ってあって、プールサイドを掃除するだけだったから楽な仕事なはずだった。 夕方にはもう家にいる頃なはずだった。 しかし現在の時刻は7:35もう少しで8:00。 「見つからねぇよ」 「は?見つけるよ」 俺たちがこんな時間まで熱心に探しているのは、勇人の落としたネックレスだ。 あれは、勇人が毎日つけてるやつだから大事なもんだろうと思い2人して必死に探していたがなかなか見つからない。 そろそろ諦めてもいい頃合いだ。 それなのに 「絶対見つける」 勇人は妙に必死だった。 「なぁ、でも…」 「絶対…!みつける」 勇人のくっきりとした瞳が俺の方をキッと睨んだ。彫りが深く、褐色肌の勇人は少し日本人離れしていてこう真正面から睨まれると迫力がある。 しかしよく見ると、月光に照らされて瞳がキラッと光った。 こいつ泣く。 勇人が泣くところは見たことがないから見てみたい気もする。剣道部の負け知らずは、嬉し涙も悔し涙も見せたことがないのだ。 だけど、幼馴染を泣かせるなんてことはできない。 「わかった。探そ」 俺はプールに飛び込んだ。 「おいっ!大輝!ばか!」 「お前も来い!!プールサイドにねぇなら中だ!」 勇人もプールに飛び込んだ。 水が跳ねて、プールサイドがびちゃびちゃになる。 月が水面に映りゆらゆらと揺れ動く中、俺たちはネックレスを探した。 邪魔な前髪をかき分けて、へばりつくワイシャツに気づかないふりをして、塩素で痛む目を無理やり開けて、水の中を探し回った。 月に見守れながら。広いプールの中を俺たちは探しまわった。 それでも見つからなかった。 少し遠くにいる勇人と目があった。俺はプールの水の抵抗に抗いながら彼の元まで行くと、ずっと思っていたことを口にした。 「なんでそんなにあのネックレスにこだわんの」 「っ…」 「流石に気になるわ。なぁ、勇人」 力を込めて勇人、と名前を呼んだ。俯いていた勇人の肩がびくっと跳ねる。 プールの水面が静かになるくらい、沈黙が続いた後、勇人は勢いよく顔を上げた。瞳に膜を張った水と、髪から跳ね飛んだ水滴がきらりと光って俺は息を呑んだ。眉間に皺を寄せて、苦虫を噛み潰したような顔。切なくて苦しい顔。 勇人は俺が息を吐く間も無くわぁっと口を大きく開けた。綺麗な彼の瞳がぐんっと大きくなった。 「お前が初めてくれた誕生日プレゼントだよ!ばか!」 水面が震えるかと思うほどの、魂の叫びに聞こえた。心の底から出た勇人の声は、俺の体の芯に響いて全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。 またも勇人は俺に隙を与えぬはやさで思い切り俺に水をぶっかけた。しかしその直前に俺はみた、勇人の瞳から溢れ出る水を。 あれがプールの水でないなら、俺が初めてみた彼の涙なら、溢れ出たのはきっと俺のせいだ。 __「おいっ、何。だっ…」 ぐんと距離を縮めた俺に驚いたのか、勇人は俺の名前を呼ぼうとした。でも、今度は俺がそんな隙を与えぬ速さで勇人の言葉を押し込んだ。 勇人の唇はプールの水か、それか彼の涙で濡れていた。 「なにしてっ…」 勇人の瞳は、俺を睨んだ時とは違う弱々しく揺れていて、どうしても愛おしくて俺の右手は彼の左頬に滑らせた。 また、彼は肩を震わせて少し警戒したように俺のことを見上げた。 「あんなのずっと大事にしてたなんて…しらなかった…笑」 「うるせっ、…」 俺が遠い昔、中学生くらいの時に自分のお金で買ってプレゼントしたネックレス。姉ちゃんのセンスを借りて、頑張って選んだ。俺すらも忘れてたそれを勇人はずっと大事に持っていた。 いつもネックレスはワイシャツの中にしまわれていてほとんど見えなかったし、気がつかなかったのも無理はないと思う。きっと、勇人も俺に気づかれたくなかった。 でも、 やっぱり、 「うれしい。」 「は?」 「すげぇうれしい。大好き勇人。」 「なっ、やめろ、」 「探そ」 「…うん、」 俺たちは探し始めた。あんなの新しいの買ってやるのに、これからもっともっとたくさんプレゼントしてやれるのに。でも俺たちは、あいつは、俺は、あのネックレスが良かった。 よかったね。って言って、彼の首にかけてあげたい。似合ってるって言って、もう一度キスをしたい。 だから、だから見つける。だからさがす。 「くそっ、どこだよ」 俺が小さく毒を吐いた時、俺の小指に何か絡まった。 足に絡まる何かを、手で掴み上げるとそれはあの昔のまんまのネックレス。 「はやと!!!」 「あった!!!笑」 泣きそうな顔してる勇人にダイブして、2人してぶくぶく水に沈んで、2人同時に顔を上げた。 勇人の首に巻きつけて、俺は彼を抱きしめた。 彼の顔は水だらけでよくわからないけど絶対泣いてる。 「もう一回、キスさせて」 「嫌って言ってもするくせに」 「…でも、嫌じゃないからいいよ」 イタズラげな笑みを浮かべた、勇人は自分から唇を合わせた。 俺からのネックレス。 勇人からのキス。 俺たちこうやって与えて与えられて満たされていけばいい。死ぬまで俺たちだけで、丁寧に満たされていればいい。 でも今だけは、少しの間だけは、溢れるくらいの幸せでぐちゃぐちゃになりながら、水の中で手を繋いでいたい。 いずれ綺麗に仕切り直すから。 だから。 −『今はこうしていたい』
虹色の空. 1
髪が、まつ毛がまゆ毛が、皮膚が透き通るような白色で。白色の角膜と空色の虹彩と薄い灰色の瞳孔でできた瞳を持つ青年がいた。 歳は今年で16だか17だか。 彼は親に見捨てられ、村人たちには忌み嫌われていたため、生まれた時から親も兄弟も友達もいたことがなかった。 そんな彼を育ててくれていたお婆も、先日亡くなった。 誰も訪れることのない山の上の小屋に1人ひっそり暮らす彼は今日もその白い髪を風に靡かせながら、混じり気のない白い瞳に、見える世界をそのまま映す。 彼はとっくに感情を失っていた。何かを見て何かを思ったり、誰かに会って何かを思ったり。とうの昔に忘れたそうな。 唯一心を開き、人間らしくいられた相手であるお婆も、もうこの世にはいない。 いよいよ彼の心は完全に閉ざされ、まさに生ける屍であった。 だから、瞳に彼の感情が乗ることはなくずっとずっと、 真っ白いままなのだ。 「ねぇ、こんにちは。貴方よ、貴方に話しかけてる」 「え、俺…?」 ある暖かな日の早朝、彼は木苺に囲まれた場所まで来ていた。 お婆は毎日のようにご飯だけは必ず食べなさいと彼に言って聞かせていた。買い出しに行きたくなければ果物を食べなさい、と。 木苺を小さな口で頬張る彼に声をかけたのは、腰あたりまで伸びた艶のある黒髪を靡かせ、この華やかな場所によく似合う笑顔で微笑む小柄な少女だった。 驚いた彼は久方ぶりに声を発した。もう少し経っていたら声の出し方を忘れていただろう。 「貴方以外に誰がいるのよ」 やさしい笑顔だった。彼に向けてこんなふうに笑顔を向けてくれる人は、お婆以外にいなかったから彼は驚いて嬉しくて、そして少し怖かった。 「俺に近づかないで」 彼女を傷つけてしまいそうで恐ろしかった。 村人たちにたてられた噂がもし本当だったら。 「わかった。じゃあここから話す」 でも彼女はそれでも彼と、普通の人間のように接した。旅人のようだし、彼の噂を知らないとは言えこの珍しい容姿に驚くそぶりも見せないのだ。 「貴方すごく綺麗。私には1人兄がいるんだけど、兄に貴方のこと描かせて欲しいの。」 「は?」 「兄は絵の才能がすごくあるのだけど、突然絵を描かなくなってしまったの。兄は綺麗な青年を見てしまったから他の物を描く必要はないと。なのに兄様ったら家から一歩も出ないものだからその青年のことを見つけ出せるわけなくて。だけど私が見つけた!」 「は…?」 わけがわからなくて、思わず彼は同じ言葉を繰り返した。 「貴方が兄様の言う美しい青年だわ!」 「何言って…」 「私分かるわ。絶対に貴方よ。こんなに美しい人あったことないもの。」 そうやって嬉しそうに無邪気な笑顔を見せた彼女は、「兄様と一度会ってみて!明日のこの時間にこの場所で!」と叫ぶようにして言ってから、鼻歌混じりの軽い足取りでこの場を後にした。 静かになった木苺畑にポツンと取り残され、彼は小首を傾げた。 次の日の朝、木苺の畑にいこうかいかまいかかなり悩んだ青年だったが、自分にあそこまで興味を持ってくれた少女を裏切ることはしたくなかった。 「あ、…」 しかし木苺畑にいたのはあの少女ではなく、大きめの荷物を背負った、彼よりも少し大人っぽい男だった。 男は彼を見るなり息を呑むようにして立ち止まった。 「…みないで」 彼の口からは聞こえないほど小さな小さな声が絞り出された。 しかし、男にはそれが聞こえていなかったのかもしれない。 「あの…!貴方の名前は…」 「……内緒。」 青年は俯いたまま口をつぐんだ。 すると、男は予想外の反応をした。 からっとかわいた笑い声が聞こえてきて、青年は思わず顔を上げる。そこには優しい顔をした男。 心がそわそわする感覚を覚えた。 「わかりました」 無邪気な顔で笑った男の顔は、昨日の少女の笑顔と瓜二つだった。 −「うち、来ますか」 青年は透き通る瞳をゆらゆらと揺らして、そう云った。
金髪短髪無愛想。
「俺は悪くねぇだろ」 「どうせお前が喧嘩ふっかけたんだろ」 「はぁ?」 朝のホームルームが始まる前、うちのクラスの不良生徒である鬼川岳斗が担任に廊下に呼ばれた。 これが一度や二度の事ではないからなのか、クラスメイトはまったく興味を示していない。 しかし、扉のすぐ近くに自席を構える俺は気がきでならない。声がよく聞こえるから、という理由もあるがそれだけではない。今回鬼川が担任に呼ばれた理由が何となくわかってしまっているのだ。 どうしてもやりとりが気になった俺はそれとなく彼らの会話に耳を傾けた。 するとやはり、俺が心当たりのあった事案であることが判明。 そして彼がいつも通り担任に誤解されて理不尽な説教を受けていることも判明。 俺は真実を知ってる。真実を見た。 それなのに、俺は2人の前に出て真実を話す勇気なんてなかった。 扉を一枚挟んだ向こう側で、担任が鬼川に大きな声で叱責するのを聞いて、俺はぎゅっと目を瞑ってしまった。 「おい!帰ろうぜ石田!」 朝の出来事が忘れないまま1日が過ぎ、そして帰りのホームルームも終わってしまい、今日部活の午後練がない俺は友達に一緒に帰ろうと誘われていた。 「あー。ごめん。俺ちょっと先生に頼まれてることあんだ。」 「あ、まじ?待とうか?」 「いやっ、多分時間かかるから先帰って」 「そっか!おっけ〜」 「ごめんな」 俺は友達と別れてからダッシュで教室を出て理科準備室まで走った。 できるだけ早く、一秒でも早くつかなければいけない。どこから湧いてくるのかわからないそんな責任感に押し急かされるように俺は足を動かした。 理科準備室のある技術棟に入ると人が全くおらず、思う存分全速力で走った。 野球部の足がここで活かされるとは思わなかった。 ガラガラ 途中まで全速力だった俺は理科準備室が近くなると足を遅めて、何事もなかったかのように静かに扉を開けた。 すると罰として準備室を掃除している鬼川とそれを監視している担任がいた。 「おぉ、石田。どうかしたか?」 「先生教職員会議ですよね。先生方探してましたよ!」 「あっ、そうだったな。どーしたもんか」 「俺が鬼川のこと見ときますよ。時間になったら帰らせます」 「本当か?助かる。じゃあ石田、よろしくな。鬼川ちゃんとやれよ」 「……」 担任は、早足で準備室を出て行った。 「なんなの。なんのつもり」 「俺見てた」 「何が」 俺が箒を手の取って、備品を白いタオルで磨く彼の近くを掃除し始めたから、鬼川は眉間に皺を寄せて変なものを見るような顔で俺をみた。 「今日の朝。小学生の女の子が南高のやつらに絡まれてたから助けてた。その後お前人通りが多いところまでついて行ってやったんだろ」 「全部みてんじゃん…」 「ごめん。俺知ってたのに先生にほんとのこと言う勇気がなかった。」 俺は手に持つ箒を両手で強く握った。 彼の目は見れない。 朝のことを思い出すと、今でも心臓がぎゅっとなる。 「んなのいーよ。慣れてるし」 「ほんとごめん。処分は今日だけ?それとも一週間とか…?」 「一ヶ月」 「はぁっ…?えっ、」 一週間くらいの処分なら俺の交渉でどうにかチャラになると思ったが、一ヶ月と言う重い処分となると俺だけでどうにかなるようなのなのか不安になる。 「小学生の女の子と歩いてたら通報されたからそれの罰も」 「はぁ?そんなのおかしいだろ。俺がちゃんと言う。」 「ばーか。そんなことしなくていいよ」 彼は、ふっと少し可愛らしい顔で笑った。初めてみた彼の笑顔は、とても素敵だった。 「じゃあ俺も一ヶ月一緒にやるわ」 「なにそれ。お前変だよ」 「知ってる」 「まぁ、お前がほんとのこと知ってくれてたんならそれで十分だわ。」 「…なにそれ笑」 ずいぶん調子のいいやつだと思った。 髪の毛は金髪の短髪。ピアス穴は沢山開いてるし、よく遅刻する。 全員にいい顔してできるだけたくさんの人に好かれようと努力するうちに自分を見失った俺とは大違いだ。 彼の髪型と髪色は正直、日本人離れした綺麗な顔立ちによく似合うし、ピアス穴は空いているだけでピアスを学校に着けてきたことはない。遅刻の理由も、今日のアレを見てしまうと何かしら理由があるのかなんて思ってしまう。 俺よりも自分の人生を生きていてすごくすごく、憧れてしまう。 無愛想なやつだと思っていた彼は案外とっつきやすくて、愛らしい顔で笑う。 自分とは違う、少しばかり幸せな生き方をしていそうな彼ともっともっと一緒にいたいから。 少しばかり幸せになった俺の世界で、俺は明日もお前に会うのを楽しみに朝陽を浴びることになるのだろう。 「明日から楽しみ」 「俺もー」 お前と過ごしていたら、もしかしたら、俺も真っ青な空を思いっきり仰ぎ見て、風になびかれながら誰の目も気にせずに大きな声で叫べるようになるかもしれない。 そうなって欲しい。そうなる気がする。 __ そんな気がする。
時間がもう一度動き出した日。
ぐっちゃぐちゃに潰れた煙草の箱からは、やっぱりぐっちゃぐちゃの煙草が出てくる。 そんなこと気にせずに左手の人差し指と中指の間に差し込んで、口に咥えて、左手で風から煙草を隠して、右手でライターをつける。 カチッ、カチッ、カチッ 「クソだな」 持ち主が俺みたいな出来損ないだと、煙草もライターも出来損ないらしい。 そう言えばこの銀色のライターをくれた親父も、死ぬまでクソ野郎の出来損ないだった。 やっと火がついて一気に吸い込んだ。 この時間の人がいないバーでは、机を汚さないなら店内で煙草を吸っていいといつもマスターが言っていた。 そもそもここは禁煙ではないが、マスターが煙草の匂いが好きじゃないことをわかっている常連たちは煙草をここでは吸わないのだ。 もっとも、ここは数人の常連が通っているだけで新規の客は滅多に来ない店だった。 そんなひっそりとしたバーだ。 マスターとは長い付き合いで、いつも夜遅くまでいる俺はマスターと2人だけで話していた。 でも俺が1人で考え事をしたい時は、それをすぐに察したマスターが俺に店のキーを渡して『ちゃんと戸締りしてくださいね』なんていうから本当にお人好しだと思う。 バーテンのいないバーは酷く寂しい。 うなじが見えなくなるほど癖毛の髪が伸びてしまった俺の髪。 最後に切ったのはかなり昔だ。あの時はマスターが引くほど俺を褒めた。 着ているシャツとジャケットはそれぞれ2枚あるうちの一枚。くたびれて糸がほつれている。そしてそれに似合う出来損ないの俺。 こんな寂しい空間にいると自分の出来損ないさに呆れるが、この時間をやめられないのはせめて自分が存在していることを忘れないためだろう。 また吸って。吐いた。 ガチャ。カランカラン。 扉が開いて顔を覗かせたのはある少女だった。 すごく小さいけれど、迷子の子供には見えないほど意志のある瞳だった。 「俺に何か用か」 「いえ。そうではなくて」 妙にはっきりとした口調は、その強い瞳によく似合っていた。 「じゃあなんだ」 「ある方から伝言をもらったのです」 「俺に?俺は長いこと人間と関わってないが」 「“俯いてばかりじゃ君の素敵な顔が見れない”」 「は、」 「貴方の幸運をお祈りします。」 そう言った少女はまた扉から出ていった。 あれはここのマスターの台詞だ。忘れるわけない俺が仕事でミスした時も仕事をクビになった時も同じことを言ったな。 あぁ、そう、20年前に。 俺はすっかりあの頃から時間が進んでいない。埃の積もったお前の店と、伸びる髪と割れる爪と増える皺だけが時間の経過を感じさせる。 ここの店は何故かお前がいなくなってもずっと残ってるぞ。細い道の角の暗い場所にあるからもうどうでもいいのかもな。埃が積もって、この店も俺と同じ出来損ないか?いいや違うな。 お前の店はずっとお前が守ってきたままだよ。埃は被っても、何も変わらない。 どうしてもここに通ってしまうのは、お前がいない事実を自分に思い知らせ、悲しむためだ。こうして感情というものをここに思い出しに来なければ、俺はきっといずれ感情も忘れる。 愛や恋、尊敬、友情、ときに性愛もあったかもしれないが、まあそれは置いておいて、とにかく全ての愛、全ての感情がここにあった。 だから、ここに全部置いていった。 お前が俺の全てだったんだよマスター。 勝手にいなくなりやがって。俺はもう今年で55だ。マスターお前は生きてりゃ60か?いくらなんでも若すぎるだろうよ。 俺はこの間ウイスキーを飲んでしまったよ。きっと君が目の前にいたら怒った。やはり飲んだ後に後悔したよ。 お前がいなくなった瞬間この有様だ。酷いだろ?俺にガッカリしたか? しないだろうな。お前は。 心配してくれたんだな。そうだな。お前はそういうやつだったな。 せっかくお前の伝言をあの天使が伝えにきてくれたんだ、いい加減前を向こうと思う。 今日はお前と俺が好きなカクテルを作ろう。ネグローニだ覚えてるか? あの複雑で独特な風味で俺の喉につっかかったもの全部流し込む。そして全てを俺の体の一部にする。きっとなくなってはくれないし、なくなってほしいとも、あまり思わなかったからだ。 この出来損ないの俺にも存在する感情というものはお前のためだけにある。今も昔も変わらずな。 だからな、俺はこの店から感情を返してもらってもう二度とここには来ないことにする。 そうすりゃいいんだろ?マスター。 マスター。 たまらなくなって俺は後ろを振り返っていつも彼がいた場所を眺める。 少しの沈黙の後大きく息を吸い込んだ俺は足に力を入れて強く踏み込み、バーの外へと出た。外は雨が上がったばかりで涼しくて、見上げると虹が顔を出していた。 “My heart remains yours, bound by a love that time cannot touch.” (私の心は君のものであり続ける。時が触れることのできない愛に縛られて。)
綺麗な君。
窓の外を眺める君。 授業中も休み時間も放課後も。窓際の一番後ろの席で外を眺めてる。 そんな君を見つめる俺。 授業中も休み時間も放課後も。彼の席から一番遠い自席で彼を見つめてる。 何故かわからない。だけど少し、いやすごく気になってしまう。 今日の放課後。俺は部活が終わってから、忘れ物に気がつき急いで教室に戻った。 教室には彼が居た。 「……帰らへんの」 「ん?んー。うん。」 彼の曖昧な返事に、話す気がないのだとわかって教室を出ようとした。 でもなんだか、今教室を出たらいけない気がした。 この違和感に。この言いようのない不自然に。 俺は足が動かない。 「もう外暗いで」 「だね」 「…途中まで俺と帰る?ほら、駅一緒やんな?」 「ううん。いい。帰って」 ふっとこちらを振り返って優しく微笑まれた。でも『帰って』という言葉は力強く発せられた。 この違和感と不自然さは拭われなかったが、これ以上彼と話す勇気がなかった俺は教室を出てしまった。 この時の俺の決断が。 俺の臆病さが愚かさが。 なにか大事なものを見えなくしたのかもしれない。 あれから30年。 俺には6年交際した彼女と結婚し、3歳の息子と12歳の娘がいる。 テレビのチャンネルを回していたらあるニュースで手が止まった。人の死が関わることとわかって、子供の教育に良くないだろうから今すぐテレビを消したいのに、リモコンを握る手にはどんどん力が入っていって、汗をかいて、心臓がドキドキと強く鳴る。 “虐めは殺人なんですよ” “高校時代の虐め。大学時代の虐め。大人になってから会社での虐め” “いじめによって人が死にます。みてくださいしっかりと” 東京の高層ビルの屋上に立ち、スマホでライブ配信をする男。 そのライブの映像と、ビルの下から男を撮影する人の映像がなん度も切り替わりテレビで流れる。 「ねぇ、そんなテレビ消してよ」 何か誰か言った気がしたけど、今はこのテレビの向こうの彼がなんというのか聞かなければいけなかった。 “気づかないんですね。周りの人はみんな。” “なぁ。” 彼はライブ配信をするスマホを真っ直ぐと見た。 テレビ越しで彼の真っ直ぐな視線を感じ、そして彼は優しく微笑んだ。 “気づかへんかったやろ。な?” わざと不自然な関西弁を彼は使った。 無駄に誇張した話し方だ。 その後はテレビでは放送されなかったが、彼は喉を掻っ切って死んだらしい。 ビルから飛び降りたら人に迷惑をかけるからだと。 何故彼が死ななければならなかったのか。 そうだよ。あぁそうだよ君のいうとおり俺は気づいていなかった。 虐め?知らなかった。 知らなかった?最低だな俺は。 「パパ泣いてるのー?」 もう彼の姿は映っていないテレビから未だ視線を逸らせずに、まっすぐと彼の目が合った場所を見つめて、泣いた。 君は綺麗で、魅力的だった。 あんなにずっと君を見ていたのに、俺は気づいていなかったんだな。 「ママ〜パパがおかしいよ?」 「えぇ…そうね、そっとしておいてあげて」 ギリギリと音がなるほど奥歯を噛み締めて、嗚咽を堪えた。 笑ったんだよ彼は。最期に。あの時のままの笑顔で。 あぁ…、ほんと、 「こんな事になるなら一緒に帰るんやったな」 俺の小さな小さな押し殺したような声は、誰の耳に入ることもなくすっと空気に溶けて無くなった。 言葉は、誰かの耳に入らなければ溶けて無くなってしまうのだ。
戻らない彼女。
「ねぇ。」 「ん?」 ある日の夕暮れ。幼馴染である剣道部の彼女の部活が終わるのを待って、俺たちはいつも通り一緒に帰っていた。 小学校の頃からずっと、登校も下校も何故か知らないけどずっと一緒だった。 柔道部である俺と剣道部の彼女。柔道部と剣道部は柔道場を1日交代で使用することになっているから午後練が重なることはなく、どちらかが待たなくてはいけない。 それなのに何故か。何故か律儀にお互いを待ってたわいもない話をして帰る。 なにも話さないままの日もある。 彼女が突然声を出したから、今日は話す日のようだ。 「まだ誰にも言ってないんだけどね」 「うん。」 「あ、先生には言った。でも学校の人には言ってない。」 「うん。」 「でもまあ直前になったらみんなにもいうことになるんだけど…」 「おい。早く話せって」 「私この街を出る」 焦ったように辿々しい口調で話していたのに、突然意を決したように俺の言葉に被せて彼女が叫んだ。 俺は驚いて声も出なかった。 静かになんでもない風を装うことしかできなかった。 「いつ?」 「明日」 「は?」 「直前でごめんね」 「いいけど」 隣を歩く彼女の横顔を見た。彼女は前ばかり見て、俺の視線に気が付きながらもこちらを向くことはしなかった。 俺は夕陽に照らされる彼女の瞳を横から見つめた。 その綺麗な瞳に夕陽のかけらが閉じ込められていくようだった。 まるで、この景色を忘れないように目の中にしまい込んでいるようだった。 「多分もう戻ってこないんだ。」 「へぇ。」 「もう連絡も取れないから電話もメールもしないで。私の家族にも一切禁止。」 「わかったよ」 「……ごめんね」 「いいって」 _____________________ 「はぁっ"…」 朝起きたら、四畳半のボロアパート。一気に現実に引き戻された。 あの時の彼女。久しぶりに夢に出てきて思い出した。 あの時のあの俺がもう35を過ぎようとしているのだ、彼女も相当老けただろう。 あんなに毎日一緒にいたのに、彼女が街を出ていった日からどんどん彼女の記憶が薄れ、卒業する時には彼女の名前までも思い出せなくなっていた。 でもこれだけは忘れない。 忘れたくない。 彼女が俺に言わせたかった言葉を俺はわかっていた。それでも言わなかった。 彼女はあの言葉通りあのあと帰ってくることはくなった。同窓会にも一度も来ていない。 やっぱり言えなかった。言えばよかった。 でも、いえなかった____。
クソ愛す。
音楽をクソ愛するクソ男 そんなクソ男をクソ愛した女 そんなクソ恋愛なんてクソどうでもいいって話。 「別れよっか」 「うん。」 彼女が、眉間に浅く皺を寄せ笑みを浮かべてそう言った。諦めたような呆れたような笑顔だった。彼女の顔を見て思った、俺はクソ野郎だなって。いいや、思えたらよかった。ここで自分のことをクソ野郎だと思えたなら、人としてまだ救い用があった。 俺が恋人と過ごした時間はほとんどゼロに等しいだろう。 彼女が俺の部屋を後した時、俺ギターを握った。 ギターの音が部屋にしばらく響いて、俺はペンを握った。 俺しか読めないほど崩れた字で俺は必死に思いついた歌詞を書き殴る。 紡がれていく言葉。広がっていく歌詞は、 ラブソングではなかった。 音楽をする彼が好きだった。 だから私よりも音楽を選んでくれた時、少しだけほっとしたんだ。 悲しみたかったけど。普通の女の子みたいに、普通に彼とお別れして、普通に悲しみに暮れたかったけど。 音楽をクソみたいに愛してたアンタが好きだったから。 きっと私はアンタの全てに惚れ込んでたんだね。 男は取り憑かれたように、音楽だけを愛して、クソみたいに人生を捧げた。 クソみたいに愛して、クソみたいに全力だった。 女はそんな男をクソ愛した。全てを愛した。 愛するものを愛し続けて孤立して塞ぎ込んでそしてまた愛して、そんなクソな男にしか書けない詩があって、歌えない歌があった。 それが女はクソほど好きで、それをクソほど愛していた。 愛は呪い。愛に呪われた彼らはそれぞれ愛するクソをクソみたいに愛した。 クソ喰らえ。クソ世界。
死刑囚のモーニングルーティン。
起床するのは決まって朝5時。 この時間にはほとんどの住人(もとい死刑囚)が起床しているだろう。 冷たいコンクリートの上を高価な革靴を履いた男が音を立てながら歩く音が聞こえてくる。 身長は178センチ。体重は70くらい。 正真正銘"彼"の足音だ。 皆、彼の足音に対する恐怖心でこの時間に体が勝手に起きるのだろう。 どんどん俺の部屋(もとい独房)に彼の足音が近づいてくる。 カツ、カツ、カツ 彼が前回訪問した時は先週だった。 カツ、カツ、カツ あの時は俺の部屋の前を通って、おそらく隣の部屋のやつが連れて行かれた。 カツ、カツ、カツ 意味がないとわかっていても、息を潜めてしまう。今日だってほら、無意識に息をすっ、と飲み込んだ。 カツ、カツ、カツ 全員、ここの住人は今日死ぬか、明日死ぬかと言う恐怖にさらされて生きている。 カツ、カツ、カツ でもやっぱり、 いざ、こう、終わるってなると なぜだかふっと受け入れられてしまうような気がするよ 「今日、貴方の死刑が執行されることが決定いたしました事をお伝えします。」 「はい。ご苦労様です」 彼が俺の部屋の前で止まった。 それで終いということです。 __ 死刑囚のモーニングルーティン.