南波
10 件の小説あめ。
朝、いつも通り6時半に起床し、とりあえずテレビをつけた。 重い瞼、生ぬるい光に明るいテレビ、憂鬱な心なのに今日の天気は曇りのち雨らしい。 天気と心の状態は伴う。と私は勝手に思っている。 というか8割くらいの人はそう思って生きているのではないかと思う。 なんならテレビの星座占いよりも天気予報の方が当たるし、星座占いも天気予報も悪い日なんて外に出ない方がいいに決まってる。 そんな事を考え準備して、星座占い8位の私は出勤した。 いつも通りのはずなのに空は重く、 今日はなんだか嫌な予感がするな なんて空を見ながら思うのだ。 15時頃、会社内の窓から雨が降り出しているのが見えた。 上司から呼び出され私のミスを指摘された。 ほら、やっぱり言わんこっちゃない。 空が私の今日の運勢を教えてくれてたんだと確信し、休んでやったら良かったと唇を噛む。 私が働いている会社はほわいとぅなので18時には退勤できる。 それだけでも充分ありがたい、友人なんて夜中に帰ったりしているんだ、感謝感謝 なんて今日は死んでも思えない。 ビニール傘を重い体で支え、特に嫌な事を言われたわけでもないのに泣きそうになりながら帰る。 雨の日はただひたすらに心も体も重く、何にもないのに泣きそうになる。 雨が降って欲しい場所だけに水が落ちればいいのに、私が見上げる空はいつだって青く、夜になれば星が見えればいいのに。 「気のせいなんじゃない?俺もそう感じる時あるよ〜」 元彼にそう言われたのを唐突に思い出した。 あんな空気みたいに軽い奴に言われたって私の心の内が分かるもんか。絶対に分からんだろう。 元彼はとても人間性の軽い人だった。 付き合ってる当時は気づかない、何故なら恋は盲目だから。 言葉も行動も空気のように軽く、当然愛も軽かった。 人をそんなふうにおもうのは良くない。 私もそう思うけれど人の気持ちを知ったように自分も経験した事あるなんて上から被せて話す人が嫌いになった。 軽蔑の目…いや、区別の目で見るようになった。 自分の好まない人とはつるまないようになった。 家に着き、やっと心が今日1番ほっとした。 あーあ、ほんと雨の日に外に出るもんじゃないよ。
エアコン
着込んでも着込んでも寒い冬、とれだけ服を脱いで全裸になっても暑い夏、そんな中で付けるエアコンが嫌いな人などいないと思う。 うちはあまり裕福な家ではないので基本的にリビングに冷房や暖房をいれることはないが、1つだけ許されているエアコンルールがある。 寝る間だけはつけてもいいのだ。 こんな暑すぎてセミまで溶けてしまう夏は寝る前の15分間自室に冷房をつけて部屋をキンキンにしてから寝ることが許されている。 そして天国になった部屋の更に天国なベッドへダイブ!そして寝る! こんな幸せなことがあっていいものか⁉︎ 来年に向けた受験勉強、ただでさえ気温も暑いのに先生や一定数もう受験に熱くなる生徒達。 唯一冷えた行事に思わせるプールの更衣室はサウナで、メインのプールは冷たすぎる。 そして水と戯れた後の疲れ切った体に眠すぎる国語の授業。 そんな1日を優しくゆるしてくれるこのひんやりとしたベッド。 生きててよかった〜 エアコンの風に直当たりの場所で顔に風を当てる。 すると何故か私の大好きなあの川を思い出させるのだ。 小学生の頃、夏になると家族でよく田舎の川に泳ぎに行っていた。 私は水泳も習っていて泳ぐことが大好きだったし、なんにせよ広々としたどこまでも続くあの川で泳ぐのが大好きだった。 中学生になってからは行っていないが、あの山の川独特のツンとした水の冷たさや蝉の鳴き声、山の匂い。 何故か部屋のエアコンの直当たりする場所で風にあたっていると思い出すのだ。 またあの川に家族で行きたいなと毎年夏になると思う。 はあ、夏最高。 来年はあの川に行けるといいな。 そう思い明日に向け、ひんやりとしたベッドで眠るのだ。
ほのかちゃん
ヒモ彼氏に買い物を頼まれたので近くのスーパーへ行った。 ついでに晩御飯の材料と彼氏に頼まれていた「俺が好きそうなお菓子」を悩みに悩んで選んでいた。 どの商品も値上がりばかりしていて財布に優しくない、でも彼の生活も自分の生活もあるので必死に普段働いているけれど追いつかない。 彼は来月から働くと言っているのでそれでなんとか2人で支え合えたらと思っているけど。 彼は駄菓子が好きだ。 よっちゃんイカとかそういうもの、とりあえず3つ買っておこうと思って手に取った瞬間肩をたたかれた。 振り返ると小中高一緒のほのかちゃんが居て「雪ちゃん、久しぶり」と手を振っていた。 ほのかちゃんは昔から美人で優しくて、男子という男子は全員惚れさせるくらいの魅力しかない子だった。 それでいてどんな人であれ男女問わず優しく話しかけてくれる女神だった。 陽キャと言うわけでもなく、陰キャという訳でもない、美人と言ったら「ほのかちゃん」という名が出てくるのに悪い噂を1度も聞いたことがない。 私は学生時顔をよく褒められていた。モテた経験はないと思っていたけれど卒業後密かにモテていた事を知った。 ほのかちゃんといい勝負だと当時は言われてたが、彼女の性格がいいことからもライバルと思った事もなく、廊下ですれ違ったり電車が一緒だったら話す程度のほどよい仲の良さだった。 そんなほのかちゃんと再会した嬉しさの前に虚しさを感じた。 彼女とはインスタグラムで繋がっているが、優しそうな旦那、そして子供、手作りの綺麗で美味しそうな料理、たまの旅行。 ケータイ越しから見ているだけとは違う、ほのかちゃんの実物の幸せオーラに圧倒された。 そのざわざわした心のままほのかちゃんとよくある世間話をして「相変わらず綺麗で」と素直に思ったことを伝え、またねとスーパーを去っていった。 彼女がいなくなった後、自分の置かれている現状を身に染みて感じた。 私は普段ラウンジで働き、休日はパパ活をして稼いでいる。 ラウンジはともかく、パパ活は手っ取り早い稼ぎ方だ。 汚いおっさんと食事だけでなく枕だってたまにするしその方がお金がもらえる、彼氏を支える為にはお金が必要だ。 彼氏だって私の稼ぎ方を認めてくれている。 過去にはホストに騙され全財産取られた事もあるし、DV彼氏が居たこともある。 今はヒモだけど、この人と幸せになりたいと思っている。 彼がどう思っているかは分からないけれど。 身分の差を感じた。 かつてあんなにほのかちゃんと同じ土俵に居たように思えたのに今では月とスッポン。 いや、スッポン以下のなにか。 彼女は私のような馬鹿みたいな生活を送ったことがあるのだろうか。 私のこの人生を見てどう思うのだろうか。 でも表面上彼女は幸せそうに見えるので、その通り幸せだと信じたい。 ほのかちゃんには普通の幸せがよく似合う。 かつてあんなにもいい勝負と言われていたのに私の完敗だ。 人生何が起こるかわからない。 ほのかちゃんが幸せなら私はそれでいい。 私はこの奇妙な幸せを抱いて生きていく。
zoo‼︎YES‼︎
最初に言っておくが私は別に動物が好きではない。 だって臭いし、うんちするし、何考えてるか分かるようでわからないし。毛があったり無かったり。 あんなの何がいいのか分からない。 でも、でも今日だけは分かる。 好きな人と動物園に来たからだ。 何で好きでもない動物を見に動物園に来たかって? そんなの彼が動物好きだからに決まってる。 彼は人類も愛し、更に動物まで愛する心の広い殿方なのだ。 そして《好きな人の好きなものは全て好き》がマイルールなのでつまりそういうことだ。 彼がYESと言えば世界は平和に、彼がNOと言えば世界は終焉を迎える。 恋をすれば6割の人間がそうだろう、いや、7割かも。 そして私達は今マレーグマを見ている。 一生同じ場所をぐるぐるぐるぐる回っているあの愛くるしい生き物‼︎ 山登りしている時に1番遭遇したくない! でもあんな恐ろしい生き物を彼は 「可愛いねえ」 そう言うんだから可愛いに決まっている。 アイドルグループにでも入れ、マレーグマ。 私がプロデュースしてやるよ。 「見て‼︎」 彼が指差した方向にはクマさんソフトクリームがある。 シロクマとク、クロクマ…? 「僕は食べるけど夏子ちゃんは食べる?」 いただくに決まってるだろ、夏子、クマさんソフトいただきます。 「お会計同じでお願いします。夏子ちゃん僕が食べるから合わせてくれたんでしょ、ここは払わせて」 私そろそろ死ぬのかな…?好きな人が奢ってくれるソフトクリームなんて世界で1番美味しいに決まってるだろ…? ありがてぇ… そして彼はチョコ味のクマさんソフトクリーム、私はバニラ味のクマさんソフトクリームを食べることに。 「一口食べたいから一瞬交換しよ」 え。え。もちろん交換しますけどその意味わかってますか…? 私は何も言わずに頷いて交換した。 「やっぱりバニラも美味しいね!」 この子何も考えてないの〜⁉︎⁉︎⁉︎ 間接キッスだよ⁉︎⁉︎ よく考えろ私、好意のないやつと間接キスなんかできるか…?これはまだ私の事を生理的に受け付けてくれているから出来る行為だぜ…? 感謝します!ありがとうございます! その後もくっさいペンギンコーナーも薔薇の香りのように私は深呼吸出来るし、ゾウのクソデカいうんこもゴディバのチョコレートを見るかのように微笑ましく眺めた。 そして横でキラキラ輝いたお目目で動物を見る彼をチラチラチラチラ見た。 動物ってこんなに素晴らしい生き物なんだ! なんやかんや昼からの動物園はあっという間に夕方の閉店時間になり、蛍の光が流れ出した。 蛍の光ってなんか悲しい曲だよな。 もっとアップテンポな洋楽とか流してくれよ… 彼は最寄り駅の改札まで送ってくれるらしく、控えめに言って神だ。 4月でも暗くなると冷えて寒くなる。 もう解散は悲しいけど親も早く帰ってこいって言うだろうしな。 明らか自分のテンションが下がっていってる事がわかる。 すると彼は 「夕方になると冷えるね、ほら、こんなに手冷たくなっちゃった」 と言って私の手を握ってきた。 「あ、夏子ちゃん手あったかいんだね!」 いや心まで暖けえよ。 ファンサぱねえな、おい‼︎‼︎ 彼の(人たらし?の)お陰で心も体もぽっかぽかのニッコニコで帰った。 彼もニコニコしながら「次は猫カフェ行こうね〜!」 わたくし猫アレルギーですが、是非お供させていただきます!
恋人
田中なおこには付き合って2ヶ月と9日の彼氏がいる。 晶馬は職場で出会った男性で、 第一印象から1番打ち解けにくいと思っており、なおこと何もかもが真反対で、1つ一緒のなにかがあると言えばヒト科の動物というところぐらいだった。 別になおこのタイプの男性ではなかったし、なんなら苦手なタイプであまり関わりたくはなかったのだが、ただ、なおこには真面目なところがあり、晶馬の男らしい真っ直ぐなアプローチに「この人も人間なんだな、男性なんだな」と素直に驚き、そして好きになった。 晶馬はとても活発な人間で、友人に誘われればすぐに飛んで行きお酒も強く、一度会った人の顔と名前は忘れず、インスタグラムのフォロワーはなおこの何十倍もいる。 なおこは意外にもひっそりとインスタグラムをしていて、どれも数少ない友人やペットをほんのり載せたり、変な絵が描けたとか、どちらかというとtheインスタグラム!というよりダサい日記に近かったので付き合う前に晶馬からインスタグラムの交換をしたいと言われた日には外人が土足で自分の秘密基地に入られたような気分になったが、自分は自分だと思い、気にしない事にした。 その後、なおこがあげたストーリーに晶馬が反応した事が数回あった。 なおこの自分でも認める変なインスタグラムは晶馬にとっては新鮮で面白かったようだった。 なおこにはストーカーとまではいかないが、好きな相手をネットで探る癖がある。 その日も晶馬はカラオケに誘われ遊びに行っていたので他の人のストーリーに写っていないかと探っていた。 LINEの返事が遅く、不安だった。 絶対とまでは言わないが彼は浮気をしない。と、なおこは思っている。 2ヶ月と9日だけど晶馬の事は少し信用している。 結局何百人ものフォロー中の人のストーリーを見たが晶馬は写っていなかった。 ただ嫌なものを見てしまった。 派手な映えな女性の投稿だけに彼は定期的にいいねをしていたのだ。 男友達だって鬼のようにいるのに女性の投稿だけいいねしていた。 自分には1度もいいねなどしてくれた事なんてなかったのに。 なんだか気分が悪い。 晶馬の口癖で、よくなおこがした行動について「こういうことする女の子って俺嫌いだな〜」なんていう事がよくあり、なおこはそれを言われるたび1度だってそういう行動を取らないようにしていたので、私だって、私だってこんな派手で可愛い映え投稿にだけいいねする男の人って嫌い!と感情が爆発してしまった。 承認欲求を身近な人で済ます人間が嫌いだ。 0から始めて全く自分を知らない人に評価されない事を知っていて身近な人達にいいねを貰っているなんて、愚かな話だ。 晶馬も晶馬だ。いつもハッシュタグばっかり付けて投稿して、恋人も友達も写さず自分ばかり載せている。 中身のない人間に見える、そうはなりたくない。 でも分かっていた、インスタグラムの良さはその人の良さや楽しかった事をシェアするアプリで、自分をアピールする場なのだ。 自分を映えにアピール出来ていない自分が嫌いだったのだ。 ただ、晶馬のいいねにはまだ苛立ちがあり、その場ですぐ衝動的にLINEをしてしまった。 「私は可愛くて映えな女性の投稿ばかりいいねする男の人が嫌い」 秒で既読が付いた。 その後ですごく後悔してしまった。 負の感情を衝動的にぶつけてしまった、しかも彼にだって事情はあるかもしれないのに。 終わりだ。きっと彼に愛想を尽かされる。 だが、彼はなおこが思った反応はしなかった。 「初めて俺に感情ぶつけてくれたね笑なんか嬉しい笑。嫌な気分にさせたならごめん!今カラオケ中だからまた明日にでも話そう!!」とだけ返事が来た。 その数秒間なおこには感情が無かった。 自分の発言に申し訳なく思ったが相手に感情をぶつけるのはすごく悪いことではないのかもしれない。 彼じゃ無ければきっと関係が悪化していたと思う。 そして付き合っていたのが彼でよかった。晶馬じゃなきゃだめだとも初めて思った。 こんな心優しい人は離しちゃだめだし、私はまだまだ彼のことについて分かっていなかった。 でもやっぱり感情をぶつけた後に会うのはなんだか苦しい。そしてその奥で少し心が躍っている。明日が楽しみ。
小さな神様
今日、仕事を休んだ。 別に風邪をひいたわけでもなんでもない、ただただやすみたかっただけ。 世で言うズル休みというヤツだ。 とりあえず近くの川辺を散歩した。 老人がちらほら運動をしているのを見ながら川に目を移した。 小魚がヒュンヒュン泳いで、水面は小さな宝石を散りばめたかのようにキラキラと揺れている。 今日、世界のどこかで戦争が起こっているのが嘘かのように晴れていて、日傘をさしている私の顔だけ暗かった。 仕事を休んだ。そんなの海外ではよくあるらしいし、実際仕事をせず遊び呆けている人も沢山いる。 なのに私の心は罪悪感でいっぱいで、心臓は不規則に動くのだ。 私の職場はホワイトで、このちっぽけな人間が休んだくらいで誰かが凄まじく困るというわけではない。 ズル休みというのは何故こんなにも罪悪感で満ちるのだろうか。 私は川辺に座って考えた、水面が眩しすぎて目が焼ける中で考え続けた。 嘘をついて"甘い蜜を吸うことに罪悪感が湧くのではないか"とすぐ結論は出たけれど、やはり罪悪感は消えず、変な不安に侵されてしまった。 もしかすると今日仕事を休んだ事で神様が怒ってこれから何か最悪な事が起こるのではないかと。 それは嫌だ、自分や家族が本当に病気になったり、家が燃えたり、そんなことは起こって欲しくない。 でも、でもそんな事で怒って天罰を下すのには神にしては気が短すぎる。 「大丈夫」と小さく呟いて自分を慰めた。 何故か涙がこぼれた。 「お姉ちゃん、真面目だね。」 ふと隣を見ると小さな男の子が座っていた。 「そんなに考えなくてもいいよ、人間にはね、きゅうそくっていうものが必要なんだよ」 私はぽかんと口を開けたまま、まだ話を続けようとしている男の子の話を聞く事にした。 「そんな事で神様は怒ったりしないよ、逆に今日おやすみしてえらいねって喜ぶよ」 突然男の子は立って私の頭を撫で出した。 「えらいよ。えらいえらい」 その手は小さくて優しく、眠ってしまいそうになるくらいで、泣き止んだ私は目を閉じて、最近の日々を思い出していた。 完璧な努力ではないけれど、頑張るって何かわからないけれど、頑張っている。生きている。 目を開くと、隣に男の子はいなかった。 深呼吸をした。 そろそろ帰ろう。 ズル休みって必要だな、なんて考えながら私は帰り道自販機でジュースを買って帰った。 もしかすると私は今日神様に会ったのかもしれないな、と思い少し口角が上がった。
生
死ぬ時、私は何を思い、何を考えるのだろう。 何歳に死ぬのだろう。結婚はしているのだろうか、子供や孫はいるのだろうか。 考えても考えても未来のことでさっぱりわからないし予測もつかない。 ただ1つ勝手に確信していることは"私が長生きすること"だ。 別に誰かに予言されたわけでもなんでもなく勝手に、そう、ただの勘なのだけれど。 友人と海で遊びながら、ここのビーチでこんな重い事を考えているのは自分だけだと思う。 こんな事は友達と遊んでいる時ばかり考えてしまう、まるで楽しすぎる思考をセーブするかのように。 自分で自分を制御できているのなら自分を褒め称えてあげたい。 帰ったら先週に誕生日プレゼントで貰ったLUSHのバスボムを使おう。 セレブの気分を味わってやる(セレブはLUSHのバスボムを使うかはわからないけれど) 友人はひたすらに笑い続けている。海にきただけでこんなに笑い転げる事が出来るのなら安心だ。 この子が病気になって笑うことができなくなれば、海に連れて行こうと心の中で誓った。 私はひたすらに、太陽光や紫外線で焼けている友人の肩に百均で買ったカラフルな水鉄砲で海水を当て続けた。 帰り道、友人は車の中でぐっすり眠っている。 帰っても軽くお風呂に入ってまた眠るのだろうなと思うとまるで子供のように感じて微笑んでしまう。 なんて可愛らしい友人達なのだ。 幸せを噛み締めつつ、私はまた例のことを考える。 私は死ぬ時、何を思い、何を考え、何歳に死に… バックミラーにうつるはずのないなにかが見える。 これが見えてから、私の幸せはずっとこれだ。
アゲハチョウ
毎朝目が覚めて絶望することがある、それは私が生きていることだ。 うつ病になってから私は考え方、性格、顔つき、何もかもが変わってしまった。 毎日死にたいと願い、腕を切り続け、理由もなく泣き続け、生活もまともにおくることが出来ず実家に戻った。 こんな人生をおくる予定ではなかった。 毎日そう思っている。 天井を見つめ、幼少期の頃を思い出す。 小さい頃、私は活発な女の子で、休み時間は必ずグラウンドに出て男子と遊んでいた。 "女の子らしくない"とよく人に言われていた。 長い髪の毛は私の性格に合わず、クラスの男子と同じくらい髪の毛が短かった。 夏は日に焼け、いつも砂っぽく、「可愛い」からは無縁な私を「可愛い、可愛い」という女の子がいた事を思い出した。 彼女の名は白川さん。 別に友人という訳でもないのに何故か白川さんはいつも私にべったりで、一輪車を漕いだり、縄跳びで二重跳びをしてケタケタ笑う私をただ見つめて「可愛い」と言うのだ。 男子からは嫌われていたし、正直私もいい気分では無かったが何故か嫌いになれなかった。 ある日、白川さんは傷ついたアゲハチョウの幼虫を学校に持ってきた。 周りの女子からは気味悪がられ、距離を置かれてヒソヒソ話を始められていた。 時折「へん」だとか「きもちわるい」など聞こえてきたが、白川さんは1ミリも動じなかった。 ただただ席について傷ついた幼虫を手のひらに乗せていた。 赤子を見る母のような目をしていた。 数分後、男子が噂を聞きつけたようで白川さんの周りをゴチャゴチャ囲み、そして去っていった。 残ったのは白川さんのみ。幼虫は男子にさらわれてしまったようだ。 遠くで男子の騒がしい声が聞こえる。 幼虫がどうなったかは結局知らないが、白川さんは窓の外を眺め、そして私の席に寄ってきた。 「今日も可愛いね」、そう言って席に戻って行った。 その時の白川さんの目が忘れられない。 私は何も返すことができず、孤独を感じた。 斜め後ろの席で。 その後何があったか全く覚えていない。 どれくらいの時間でこの出来事があったのかもわからないけれど、何故かこんな時に白川さんを思い出した。 彼女は彼女のまま今も生きているのか、それともどこか遠くの地にいるのか、この世にいないのか。 何故かこんな出来事を私は思い出していたのだ。うつ病の時に。
父親
小さい頃から父親が苦手だった。 今はないが、よく手を出す人だったし、いきなり大きな声で怒り出し物を投げつけたりする人だった。 私はそれが怖くて父が帰ってくる時間の1時間前にどっどっどっと動悸がしていた記憶がある。 食べることが苦手だった私はよく食べ物を残していた。『完食する』事は私にとって宇宙へ行くのと同じくらい難しい事だった。 『ご飯を残す』という事は大人になった今思えば悪いことではない気もするけれど幼少期からそれが身につけばマナーの悪い人間になるかもしれない。父はきっとそういう思いがあったのだろう。すぐ残したがる、食べたがらない私を何時間も叱りつけた。 そして大人になった私は少し劣化して体型も性格も丸くなった父と車で二泊三日の旅行に行っている。 大阪から何時間もかけて車に乗っているのでお尻がビリビリする。けれど車を何時間も運転している父は今日すぐに眠れるのではないのだろうか。 運転する父の横顔を見ながら、私は歳をとった自分の姿を想像した。
思春期
冬で1番寒いのは何月なんだろう、そんなことも私は知らない。でもきっと、きっと1番寒いのは今この瞬間だ。 家に着いてココアを飲んだ。 母が作るココアは世界で一番まったりしている。と私は思っている。 「友達はできた?」 なんて言葉が母の口から聞こえた気がする。 私は窓の外を見た。 ガリガリの木、夏と違う青空、びゃうびゃう風の音がしている。ココアをもう一口飲む。 私には友達が出来ない。 自慢ではないのだけれど現在高校2年生まで友達が出来た事がない。 一時的にお喋りする人間は居たけれど、そうめんのようにちゅるんと去っていった。 それを昨年母にぽろっと言ってしまったのだ。 そこから心配しているのだろう、1ヶ月に1回のペースで聞いてくる。厄介なものだ。 私は友達なんて要らない。必要ない。ひとりがいい。 母と温かいココアがあればいい。 窓の外で木に乗っている小さな生物を見ているとココアが冷めてしまった。 母もいない。 きっと皆んなさっきの風で吹き飛ばされてしまったんだ。 家に居ても帰りたくなるこんな世の中、吹き飛ばされたらいいんだ。 校舎はもう少し暖かい素材で作った方が良いといつも思う。 コンクリート、スチール、冷たい木、石、全部ふかふかの何かにしてしまえばいいいのに。 授業中は何故コートとマフラーを外さないといけないのだろうか。 暇なのでちらと隣の席の人を見た。必死にマスカラでまつ毛を増やしているけどそのちっちゃなまつ毛からは到底ふさふさにはならないな、大人になってマツエクとかまつ毛パーマとかで増やせるんだから今は何もしなくていいのに。 お洒落なんてくだらない。 私はヤンキーじゃないけど将来はドン・キホーテで買ったキティーちゃんのごてごてジャージとスリッパがあれば充分だ。 大人の西松屋がない限り私はこうしようと思っている。 そんなこんなで下校時間が来る。 今日も友達はできなかったな、何故かニヤニヤしてしまう。 人間は何故ニヤニヤしてしまうのだろう。 嬉しいから?それとも悲しいのか?この感情は何て言うんだろう。国語の授業は真面目にやるべきだと今思った。 明日は土曜だから母とショッピングに行く、都会は嫌いじゃない、馬鹿が沢山拝めるから。 私は地面のきったないガムが何度も踏まれた跡や痰を吐かれた跡を見るのが好きだ。 近所じゃ見れないもの。 寝る事が嫌いだ、勿体ない。せっかくの夜という時間を堪能できないなんて一生死ぬまで死んだ後もこの体の構造を恨む。 夜はカーテンを閉めなさいと母に言われているけれど私は真っ暗な部屋をじっと見た後にカーテンを少し開けて外を覗くのが大好きなのだ。 そしてまた真っ暗な天井を見る。星なんか見えないけど私には沢山の夢が見える。 冷えたココアはすぐに熱くなって、木々はお洋服を着る。隣の席の人のまつ毛がふぁさふぁさに伸びて、私に友達が出来る。 その日はそのまま眠りについてしまった。 何故化粧なんてするんだろう。街行く人をカフェで母と抹茶ラテを飲みながら見ていた。 落とすと絶望しないのだろうか。すっぴんで生きていたら朝にガッカリする男性が少なくなるかもしれないという統計を勝手に想像する。 それだったら男性が有利になってしまう。だめだ。 母を見る。母は綺麗だ、私みたいにニキビもないし、なにより前髪がよく似合っている。 なのに年々やつれていく、私は逆にどんどんピチピチになっていく。 「お母さん、私友達出来たよ」 とっさに嘘をついてしまった。 母は嬉しそうに、心底ホッとしたように「良かったわね、どんな子なの?」と疑いの目も無く聞いてきた。 ヤバい。私は嘘をつくのは得意だけど母にはつきたくないのだ。 そうだ、嘘をつかなければいいんだ。 「横にいる素敵な子、家族だけど友達なんだ」 これはまずいかもしれないと母の顔を見た。 母は赤くなって「もう」とだけ言って笑った。 私も何故かおかしくなってクスクス笑っていた。 今が1番温かい季節かもしれない。 「ちゃんと学校で作るのよ」 私は窓の外のきったない街を見た。