とあ
22 件の小説こんな僕でも救われたい 三
〜前回のあらすじ〜 見つけた家から出てきたソフィアさん。優しくて綺麗なソフィアさんは、屈強な男と子供二人を連れてきた。子供に名乗ろうとしたとき、主人公は言葉を詰まらせて… それでは本編をどうぞ! 思い…出せない? さっきまで覚えていたはずの、忘れないはずの自分の名前。僕はまた、頭がぐちゃぐちゃになった。 心なしか、視界が歪んで見える。 「…わからない。」 「はぁ?」 独り言のように小さな声で呟いた僕に、男の子は怒ったように大きな声をあげた。なんでこんなに高圧的なんだ…。 ふざけてるのかと言われたが、本当に思い出せない。思い出そうとすればするほど、動けば動くほど沈んでいく泥沼のように奥に沈んでいく。どうしたんだろう… 「…僕はアル。」 「わ、私はルイス。よろしくおねがいします。」 混乱している僕に二人は、諦めたように話した。 そこで僕は頭が痛くなって、考える事をやめた。 なんとも言えない沈黙ができた。これ、どうしよう… 「わからないなら新しく考えてみるのはどうかしら。」 パンっと手を叩いたソフィアさんはとても柔らかく微笑んでいる。 てか、新しく考える?確かにもう帰れないのかもしれないけど、現実を突きつけられている感じがして、少し嫌だ…。希望なんてないから諦めろって、言われてるみたい。 「クレアはどうや!」 「いいわね!クレアってね、笑顔の女神の愛称なの。」 ボイルさんの提案にソフィアさんは頷いて私の方を見た。楽しそうに話す二人に、少し胸が痛くなった。 笑神様?てか神様の愛称とか、呼んでいいものなの? 「ここに来てから、疲れとか緊張とかで、笑えてないでしょう?これからは私達があなたを笑顔にするわ!いつまでも笑顔でいられるように。笑顔って、幸せだから出るものなのよ。」 瞼がじんわりと熱くなった。そんな事を言われたら、僕が酷いやつみたい…。顔を下げたままの僕にソフィアさんは続けた。 「大丈夫。きっと帰れるわ。今はわからないけど、みんなで帰る方法を見つけましょう。ね?」 「…はい」 柔らかくて暖かい声。 申し訳なくなって、僕は顔をあげて、微笑んでみせた。それに安心したようにみんなが少し笑った。 そうして僕は、今日からクレアとしてこの村にソフィアさんの家で住まわせてもらう事になった。 村の人達はみんな優しく僕を受け入れてくれた。僕が転移した次の日には、宴会まで開いてくれたんだ。 決して嬉しい事じゃないはずだったのに、僕はすっかり笑顔で喜んでいた。むしろ現代で過ごす日々より非日常で、楽しい。 その日の夜、酔い潰れた大人達、仲のいい子供達が眠ってしまった宴会場の窓から、一人月を眺めていた。 その月はとても綺麗で、現代の夜に見る月とは全然違ってて、でも同じでキラキラと輝いていた。 みんな…どうしてるだろう。 急にいなくなってびっくりしてるかな? ごめんねしばらく帰れそうにないや。
こんな僕でも救われたい ニ
〜前回のあらすじ〜 落ちたペットボトルを拾おうとして異世界転移した主人公!焦りと不安の中、出会ったスライムにライムと名付けた。 主人公は前向きに、ライムと頑張るみたいです! それでは本編をどうぞ! 僕はとりあえず小川の流れに沿って歩いてみた。歩いても歩いても変わらない風景に、不安が積もっていくけど、ライムが励ましてくれている気がする。 かなり歩いたところで、遠くの方にポツポツと家が見えた。 救われた気持ちになって、急いで近づく。 決して大きくはなかったけれど、全体的に白色で塗装され、現代で見慣れたオリエンタルモダンな外観の家だった。 ※オリエンタル…東洋らしい 他の家も似たようなもので、僕が想像していた異世界の住宅ではなかった。さすがにインターホンはなかったが、郵便受けは僕の家のものとよく似ていた。 緊張しながら扉をノックすると、気の良さそうな綺麗な女性が出てきた。麹色のふんわりとカールのついた髪の毛、細めで少し眉尻が下がった眉、前髪もふんわり横に流れていてお姉さんって感じ。 ※麹色…米麹(こめこうじ)のような薄い赤みの灰黄色 白いダボっとしたトップスに、ベージュの入った黒いマーメイドスカートを着ていて、とても目を惹かれた。 最初は驚いていたけれど、事情を説明すると、とても優しく接してくれた。 言葉は通じるみたい。 女性は、ソフィアと名乗った。 この世界は、やっぱり中世ヨーロッパのような社会らしく、ソフィアさんには姓がないそう。でも、服装や建築の仕方など、とても雰囲気に合っていない。 僕は更に混乱した。 ソフィアさんは、僕に色々と教えてくれた。 僕以外にも何人かこっちに迷い込んだ人がいたそうだ。その人達と交流をしていくなかで、様々な技術が取り入れられ、今の状態になった。ただ、帰り方はわからず、転移した人はこっちで生涯を終えたらしい。 僕の不安はピークに達した。僕は、このまま帰る事ができない。一生ここで生きて、死ぬしかない。友達や家族にはもう会えないし、話す事は叶わない。 泣きそうになった。なぜか涙は出なかったけど。 ソフィアさんも悲しそうな顔をしていた。 ソフィアさんは、しばらく泊まっていいと言ってくれた。 僕が暖かいスープを飲みながら、冷たいのを出して欲しかったな思っていたら、ソフィアさんは少し外に出るからと、僕に本を渡してくれた。今は、一人が何より怖い。行かないでほしかった。 ライムにかじられた本を見ながら、言い訳を考える。やっぱり僕は、ライムのおかげでソフィアさんが帰ってくるまでの間、楽しく待つ事ができそうだ。 あんまり時間はかからなかった。しばらくして、ソフィアさんは笑顔で、屈強ゴリラボディの男の人と、僕と同じ年齢くらいの子供を二人引き連れてきた。 多分僕は、あからさまに顔がひきつった。 「よお姉ちゃん、大変やなあ。俺はこの村で鍛冶屋してるボイルや。よろしくなぁ」 見た目から想像できた圧倒的ダミ声。ボイルさんは黒く焼けた腕を伸ばしてきた。僕は手を取って握手する。 「こっちの二人はリュウジさんとこの子供。この村の数少ない子供なの。仲良くしましょうね。」 ソフィアさんは、ひどく優しい声でコミュ障の僕にとってかなり残酷な言葉を吐いた。 子供の方を見ると、茶髪をおさげにした女の子が、少し高圧的に僕を睨む金髪の男の子の後ろに隠れている。 ソフィアさんは、子供達にほらほらっと促していたが、仲良くなんてなれなそうな雰囲気に、僕はすごく逃げ出したかった。 「えっと、こんにちは。名前聞いてもいいですか?」 「人に名前を聞くときは、先に名乗るのが礼儀だろ。」 できるだけ優しくを心がけて声をかけたのに、男の子は突き放すように話した。顔の血管は浮き出ていないだろうか。多分ソフィアさん達がいなければぶん殴っていたかも。 「そ、そうだね。ごめんね。僕は…」 言葉がつまった。 男の子は睨む目を不思議そうな顔に変えた。 思い…出せない?
ばかやろう
「どうしたん?」 スマホから流れる君の声。 緊張で顔がとても熱くなる。 「ちょっと、聞きたい事があって…」 「うん」 私はその先の言葉を口に出せなかった。 喉の先で詰まっている。 沈黙ができてしまった。 私は覚悟を決め、 「あの、私の事好きですか?」 早口で言葉を押し出した。 三月、公立高校の受験が終わった。 私は私立専願だったため、午前中だけの登校だった。 受験の前日、私は君にメールを送った。 振られて別れてからも好きだった君。 いつもどんな時でも君を探して、目で追っていた。 ずっと、視線をたどったり周りの人に勝手に嫉妬したりもしていた。 本当に、大好きだった。だから、とても迷った。 君は多分私が嫌いなんだよね。 ブロックされたメールの画面を一人眺めていた。 もしそうなら、君に声をかけられるわけがない。 だって君は優しいから。 優しすぎるから女の子のちょっとしたお願いを断れない。 君が私から離れたいと思っているのに、それなのに、 一緒にいたいなんて、言えっこない 私は、君に幸せになってほしいんだ。 君が嫌がる事はいや。 私が君を苦しめる事になる。困らせてしまう。 私は、そんな事言えない。ただ君の幸せを願いたい 「いや、あの、私の事好きじゃない!微塵も考えられへんって感じならさ、全然断ってもらってもいいんやけど、友達になりたいななんて…」 君は私が必死に言葉を繋ぐその瞬間を、優しく相槌を打ちながら、丁寧に聞いてくれた。 恥ずかしさと辛さで声が小さくなる。 それでも、君は紳士に対応してくれる。 そんなところとか、好きだったんだよ。ばか… 「いいよ」 笑う声が聞こえた。 決してあざ笑うとかそんなんじゃない、どこまでも優しくて暖かい笑い。 よかったと、思ってしまう。 卒業式が終わった。打ち上げが終わった。 君とは結局何も話せず終わってしまった。 声を、かけられない。 君がみんなと色々話しているのもあるけど、勇気が出なかった。 なにもできなかった。 ドライヤーで髪を乾かしている時、涙が溢れてきた。 終わってしまった。完全に。 もう、君と会う事はできない。 最後のチャンスだったのに。 私は何も変わっていない。本当に何も。 何が友達になりたいだ。 好きだったんだろ? 言えばよかったんだ。最後だったんだから。 私のばかやろう。 こんな風になる事なんて、わかってたじゃんか。 どうして私は…こうなんだろう 私なんて大嫌い。 君なんて、大好きだったよばかやろー!
死体と踊ろう
「私が殺してあげる」 私は、持っているハンマーを勢いよく振り下ろした。 すごい音が、閑散としたこの部屋に鳴り響いた。 何度もハンマーで殴りつけた。 顔には血が飛び散っている。 これじゃあ、だめだ。 私は腰に巻いてあるベルトを手に取った。 そうして彼の首にそっと巻く。 こんな事をされても抵抗しない彼は、私の夫。 二年前に車に轢かれてからずっと植物状態。 その時は、頭が真っ白になった。 医師に、目を覚ます可能性は低いと言われた。 そうして迫られる。 延命処置をするか、殺してしまうか…。 答えはすぐには出ず、延命処置をしてもらった。 たとえもう目を覚まさないとしても、私に笑いかけてくれなくても あなたはまだ、生きているんだから。 あなたの心臓は、動いているのだから。 あなたの温もりは本物なのに… あなたにとって、どちらの方が良いんだろう。 あなたは死ぬ事を望むだろうか。 希望もなく生き続ける事は、どれほど残酷な事だろう。 やっぱり苦しいよね。辛いよね。早く、楽になりたいよね。 彼の体は、もう十分頑張った。 これ以上無理やり動かすのはかわいそうだ。 だから、 私がこの手で殺してあげよう。 ベルトを締める手に力が入る。 彼の顔にも、私の手にも、水滴が付いている気がするが、そんなの知らない。 愛してる 誰よりも、あなただけを、ずっと。 私もすぐに後を追うから。 彼は、動かなくなった。 心臓は止まっていた。 私は彼の顔に付いた血を拭きとってやった。 そうしてそのまま、彼の胸の中で眠りについた。 夢を見た。 あなたの夢。 愛しい愛しい、大切な人。 私は彼の胸に駆け寄り、思い切り抱きついた。 そのまま、声をあげて泣いた。 本当にこの選択は正解だったのだろうか。 頭を駆け巡る思いは、滴を流すたびに増えていった。 目が覚めると、あなたの横顔。 昔に戻ったみたいだった。 彼の目から、涙が一粒こぼれた。 なぜだか、彼が全てを許してくれたような気がした。 私はあなたの手を握り、完全に夜が明けるまで舞い踊った。 全てを忘れるみたいに。 この時間を噛み締めるみたいに。 そうして私は、あなたの唇にキスをする。 「いこうか」 一歩前に足を進める。 涙はもう、止まっていた。
こんな僕でも救われたい 一
僕は自分が嫌いだ。 僕には長所がない。 周りの人は、絵が上手いとか足が速いとか、頭が良いとか言う。「完璧で凄い」と。確かに、大抵のことはできる。周りよりできる事が多いのかもしれない。だけどそれは、秀でたところがなく、長所がないと言える。 小さい頃みんな憧れる完璧な主人公。なんでもできて、みんなから愛される。 けど、現実はそんなんじゃない。完璧な人にはこれといった誇れることはないし、成功しても自他共に喜びが薄い。 それに、周りの人は避けがちだ。バカな方が可愛いし一緒にいて安心できるから愛されやすい。だからいつも孤独で、本当の自分を見失う。 だから僕は、そんな自分が大っ嫌いなんだ。 それは学校からの帰り道だった。いつも通りのメンバーで、ほぼ同じ道。この日も変わりない日常になるはずだった。 女四人、広い歩道で週末にどこ行こうかと話し合っていた。 最近インスタで有名な韓国料理屋さんや、カラフルなクレープ専門店、夏服買いにショッピング、話は盛り上がっていた。 広い歩道とはいえ横に並んでいたせいで、僕は通行人とぶつかってしまった。 ぶつかった拍子に、持っていた、水の入ったペットボトルを落としてしまう。ペットボトルの水はキャップを開けていたせいでビャーと飛び出した。 ペットボトルを拾おうとして僕の思考は停止した。 突如と変わった周りの風景、いつの間にか消えている友達 驚きのあまり何も考える事ができない。 辺りを見回すと、一面に緑が広がっていて、綺麗な小川が足元を流れていた。さっきまでの街並みとは正反対の自然豊かな場所。 突然の事に、脳が処理しきれず、僕はその場に寝転んだ。 日差しは強すぎず、優しく照りつけてくる。 気持ちのいい晴天の空に、瞼が重くなった。 しばらくして目が覚め、急に焦り出した。 冷や汗か何かを背中に感じる。 (え、待って待って。ここどこ?まさか帰れないとかないよね?) 僕はこれは夢だこれは夢だと頭で繰り返しながら立ち上がる。 急に立ち上がったせいで立ちくらみがした。よろけたその先で、僕は足元にあったボニュボニュしたものを踏んでしまった。大きく滑り、派手に尻もちをつく。 (イッターい!何が起きたの?え、なになに?) すぐに踏んだものを見ると、漫画やアニメで出てくるような、顔の付いたスライムが私を見上げていた。 何こいつ何こいつ。は?え?ちょっと待って、 もしかしてこれって… 異世界転移…ってやつ!? さっきまでの焦りは、飛んでいってしまった。漫画の主人公をみて妄想していた出来事に少し興奮した。何もない僕を変えてくれる、そんな異世界生活が待ってる!と、思った。 けどその興奮は、すぐに消える。 誰も見当たらない平原。スマホはなく、頼る人なんていない。おまけにお腹が空いている。 とてつもない恐怖が襲ってきた。 ああこれが、全身の毛が逆立つって感じなんだ。 夢ならどうぞお覚めください! さっき眠って、何も変わらなかった事実が、僕の心臓を速くした。 そばを流れる小川の水は、飲めるのだろうか。 僕は小川に手を伸ばす。冷たくて気持ちいい水に、少し心が落ち着いた。 怖かったけど、喉が渇いていたし、手にすくった水を一口飲んでみた。暑くて、からからだった喉を通る水たち。 全身ぶわ〜っと救われる感覚がした。久しぶりの冷たい水に、喉が喜んでいる。 落ち着いてきたところで、あいかわらず僕を見上げているスライムに目をやる。どうしていいのかわからず、じ〜っと見つめる。スライムは頭を捻るように不思議そうな顔をした。可愛い!! 敵意はなさそう…かな。 そっと手を伸ばすと、僕の手に擦り寄ってきた。 やばい可愛すぎる 僕はスライムにライムと名前をつけた。 持ち上げると、意外としっかり形があって、物体って感じだった。僕の腕の中でキュウーと鳴くこの生き物は、ずっと抱いていたくなるほど柔らかくて可愛い。 ライムと一緒に、頑張ってみよう!
私が見つからない
私が見つからない。 いや、個性とかの話じゃなくて、体がない。 いつもなら、毎朝、当たり前のようにそこにあるはずなのに。 ないんだよ。私の体が。どこにも。 ねえ、知らない? 「すみません!私の体知りませんか?見つからないんです」 近くで作業をしているお爺さんに声をかけてみた。 「はぁ、全く…。まただ。ここにはよく盗人が出るからなぁ。気がつけば色んなものがなくなってやがる。怖いもんだよ。」 「そうなんですね…。ありがとうございます」 その盗人に、盗られたんだろうか… なに?体を盗むって。どゆこと? 何がどうなってるのかさっぱりわからない。 私はしばらく辺りをさまよった。 ここは、山間部の小さな集落だから、あまり人に会えなかった。 情報を集める事ができず、途方に暮れた。 辺りを見回すと、太陽はもう傾いていた。 いくつにも折り重なる山々の隙間から、淡い土色の光が漏れていた。 美しいその景色も、複雑な心境で、感動が少し薄かった。 今日がもう終わってしまう。 こんな夕方になると、いつも思い出す。 人生で一番不幸な日。 人生が終わったあの瞬間を。 夜中、久しい顔の男が山を訪ねてきた。 ああなんだ、お前の仕業か… 私の体は戻ってきた。皮膚を失った状態で。 またここに捨てて行くのか。 男の背中を見つめながら、やるせない気持ちになった。
俺が生きた理由
アルバート・テイラー 31歳 今日、俺は自殺する イギリスの自殺の名所 ビーチー岬 家から一時間ほど車を走らせた所にあるビーチー岬で車止め、早速飛び込む準備をした。 準備と言っても周辺の確認や車なんかの移動だ。 そこで、目の前の女性に目がいく。 いや、いやいや、まさかな 女性は学生の時に付き合っていた元カノ、ライラ・エバンズのように見えた。 おそるおそる、声を出す アルバート「ライ…ラ?」 俺の声に振り向いた彼女と視線がぶつかる。 彼女は俺を見ると、全く知らない人に声をかけられたみたいに驚いた顔をした。 当たり前だ。 俺の顔は、あの時とは全く違うのだから。 七年前、俺は普通の会社員だった。 異変を感じたのは、秋の風が吹く少し寒い日。 朝鏡を見たら少し目元が腫れていた。 むくみかなと思い冷やすだけしかしなかった。 でも、次第にそれはボコボコと形を変え、右目を完全に覆ってしまった。 それはまるでモ○ハンに出てくるモンスターみたいだった。 怪物… 病院に行ったが原因はわからなかった。 外に出れなくなった。 人と会うのが怖い。 初めこそ、笑い話として友達と話していたが、いつからか酷い言葉ばかり浴びせられるようになった。 もう、嫌だった。 だから、死のうと思った。 ああ、声をかけなければよかった。 どうせ俺の顔を見た人の反応なんてわかっている。 ライラ「アル!?全然変わってないね」 アルバート「え?」 ライラ「あ、いや…成長してないって意味じゃなくて、優しくて落ち着くその声とか、かっこいい見た目とか…気づいたら伸びてる身長とか、変わってな…え?ちょっとどうしたの?大丈夫?」 思わず、嗚咽が込み上げた。 胸がいっぱいになって、抑えきれないほどの涙が出てくる。 俺が悩みに悩んで死のうとまでしたこの容姿を、彼女は見えないみたいに『変わってない』そう言ったんだ。 言葉には表しにくいけど、彼女の言葉が、表情が、まるで氷を湯煎で溶かすように、俺の心を優しく抱いてくれるような気がした。 しばらくこの状態が続いた。 その間、ライラは何も言わずに横に立っててくれた。 少し落ち着いてきて、そういえばと思った。 アルバート「…ライラは死ぬの?」 ライラ「…死ぬよ。もともと30歳になったら死ぬって決めてたし」 アルバート「どうして?」 ライラ「それ以上生きる意味がないからだよ。それに、自分の死期を決めてたら生きたいように生きれるでしょ?」 そう言って微笑む彼女の目には、僕は映っていないみたいだった。 遠く遠く、もっと先を見ている感じ。 ライラ「私は自分のやりたい事やって、生きたいように生きて、死にたいように死ぬの。素敵でしょ?」 アルバート「俺とは違う」 ライラ「あー逃げるため?」 その言葉にちょっとイラッとしたけど、事実だから何も言えない。 ライラ「いいじゃん。背中を押したら私が罪に問われちゃうからあんまり言えないけどさ、死ぬ事は決してマイナスな事じゃないと思うよ」 相変わらず遠くの方を見つめるライラの横顔になぜか、光るものが伝っていた。 ライラ「それに、アルはもう十分傷ついたんでしょ?苦しい思いしたんでしょ?もがいて、耐えてきたんでしょ?なら楽になっても怒る人はいないよ。いたら私がぶっ飛ばしてあげるよ」 ライラは拳を作って前方に思い切り伸ばした。 頼もしいな 彼女の言葉一つ一つが、俺の心に染み込んでいく。 そして、ライラ・エバンズの人生は幕を閉じた。 一緒にいこうと思ったけれど、俺は彼女を見届けた。 なんだか、気分が変わった。 もう少し苦しんでみようと思った。 本当に気分だった。 ただ、死ぬのはいつでもできる。 止められなかった彼女の気持ちは、少しだけわかる。 彼女はきっと、人生を楽しめたわけではないだろう。 でも彼女は、誰よりも幸せだと感じていた。 あんなにも満たされた顔でいったのだから。 彼女は最後まで、自分の人生を精一杯生きたのだ。 辛いことも多い世の中だけど、それでも生きてほしい人がいる。 こんな世界でもだ。 生きて、幸せを、嬉しさを、もっともっと知ってほしい。 死ぬのなんて今じゃなくてもいいじゃないか。 今はただ、今だけしかできない事を、全力で楽しんでほしい。
彼女の話 外伝
あれから二年 俺と森田は大学で再会した。 森田の体の森田には、少し違和感があったけれど、何も変わってはいなかった。 咲良は美容系の職業に就くため、専門学校へ行った。 夢が見つかったみたいだ。 俺と森田は、なんとなくだけど付き合っている。 俺は、彼女を好きじゃない。 「森田、帰ろっか」 「はい」 放課後、まだ人がたくさん残っている教室で彼女は頷いて、鞄を肩にかけた。 彼女の言動全てが愛らしく思う。 ああ、本当に… 俺は彼女の手を握る。 今日も俺は彼女が大好きだ。
彼女の話 10(最終)話
私は、昔から人付き合いが苦手だった。 友達なんて数えるほどしかいなくて、ほとんどは、私がボクシングで成果を出した時、凄いと褒めてくれるだけだった。 その時の私は、頑張れば、親も、周りの人達も褒めてくれる。 だから、頑張ろう。そう思っていた。 でも私の妹は体が弱くて、親は妹にばかり構っていた。 でも子供は親が全てだ。 それに加え、世話をしないといけなかったから、ただでさえ少ない友達との時間を削られた。 私はそんな妹のれいなが嫌いだった。 私達二人のための部屋も、ほぼれいなのものだった。 成長するにつれてれいなの体は丈夫になっていき、私と同じ部屋になったが、母は心配で家から出られずにいた。 その日、れいなは部屋で走り回っていた。 親には走らせないでと言われていたけど、勉強が忙しくて余裕なんてなかった。 れいなと違って私は勉強しないといけない。 その時は必死だった。だって、 人より優れていないと、親に見てもらえないから。みんなが褒めてくれないから。 だから、れいなが苦しみ出した事にも気がつけなかった。 私が気づいた時には、れいなは動いていなかった。 息を、していなかった。 私はどうしたら良いのかわからず、あたふたしていた。 母は、私が泣きながらリビングに降りてきた事に驚いたそうだが、私の慌てようにただ事ではないと思ったらしい。 私が、殺してしまった。 私があの時、早く気づけていれば、駆けつけていれば、何か変わったかもしれない。 私は、うまくできない自分がますます嫌いになった。 母は、れいなの葬式から一週間ほどした時からおかしくなった。 人形に話しかけたり、急に叫んだり。 そして、私は空気になった。 母は私を見ない。見えない。 れいなと私の部屋はいつしか『亡き一人娘の部屋』になっていた。 家族全員、精神が限界だった。 気分転換にと、父は母と一緒に私を車に乗せ、そして事故を起こした。 父と母は、心中しようとしていた。 家族みんなであの世で過ごせるように。 でも、私だけ生き残ってしまった。 意識はあるのに、目が開けないし、声は聞こえるのに、反応できない。 それが、ただ辛かった。 お婆ちゃんはいつも目が覚めないと、すぐ帰ってしまう。 聞こえてるよ。私は、ここにいるよ。 周りの人は私は起きないと、諦めた。 それはとても辛いことで、嫌だった。 意識はあるのに何もできない毎日。 それならと、願った。 もう、明日が来なければいいのにって。 いっその事死んでしまえたらって。 それで目が覚めたら、知らない部屋だった。 どきんとした。 咲良も森田も、同じ事を願ったんだ。 明日が来ない事を。 俺は、もう一度強く森田を抱きしめた。 離れまいと、強く強く。 「俺が、これからいっぱい世界を見せてやる。今度また出かけよう。咲良も一緒に。みんなで。」 「はい…!」 もう二度と、彼女達が死にたいなんて思わないように。 当たり前のように今日を、明日を夢見るように。笑えるように。 俺が、二人を照らしてあげたい。 暗闇の中をもがき続けて疲れた二人を、俺が手伝おう。 これからも、ずっと。 二日後、森田と咲良は元に戻った。 結局原因はわからずじまい。 今でも時々思い出しては、あんな事あったねと話している。 これが神様の仕業なら、イタズラ好きにもほどがある。 でも、ちょっと感謝している。 変わった出会いが、ちょっとおかしな日常が、楽しかった。 今は、前よりすっきりとした朝を起きれている。
彼女の話 9話
「あの…月城くん、」 無言で歩き続ける月城くんについて行く。 空気が重い… やっぱり、怒ってる、よね… 「すみませんでした。」 月城くんはやはり前を向いて振り返る気配はなかった。 「私、あの、月城くんの事…」 その先の言葉が、喉に詰まる。 きゅうって締まって、出てこない。 ねえ、こっちみて 「月城くん、ごめんなさい私、月城くんが…好き、です。」 言ってしまった。 それでも振り向かない彼に、泣きそうになる。 なんて、私は本当に最低だ。 と、月城くんはようやく振り向いたかと思うと、私はグイッと腕を引っ張られ、太い腕に強く抱き締められた。 一瞬、息の仕方を忘れてしまった。 「え!?月城くん?ちょ、どうしたんですか?」 「…ごめんなさい。」 「へ?」 素っ頓狂な声を出してしまった。 「俺、本当にクソ野郎だよな。森田は被害者なのに。俺、部外者のくせに色々…。本当に、ごめん」 まぶたが熱くなる。 心臓は、バクバクと飛び出そうになっている。 「そんな…違います。私がいけないんです。私が自分勝手で、ちゃんとできないから。」 「何言ってんの。森田は悪くなんてないよ。」 違う。私は、望んでしまった。 このまま戻らない事を。 月城くんが私をみてくれる事を。 咲良さんじゃなく、私だけを。 「違うんです!私、このまま続いてほしいって、戻らなければって思っ…」 「俺は、戻らなくてもいいと思う。」 月城くんは食い気味に言葉を吐いた。 「もう、いいよ。外見が違うくても、中身が変わってたとしても、森田は森田で、何も変わらない。そうだろ?」 きゅ〜っと胸が熱くなった。 その言葉は、完全に、私だけに発せられたものだった。 ようやく私を見てくれた。 「これからも、月城くんのお側にいても良いんですか。」 「森田は俺の彼女じゃん」 月城くんの声は、笑いかけるように、優しかった。 ああ、溢れてくる。 君への好きが。 溢れて止まらない。 月城くんの肩を濡らしてしまうほど、溢れ出していく。 「今まで見なくてごめん。森田の事、もっとちゃんと知りたい。」 「…はい」 この人はどこまで人を虜にするのが上手いんだろう。 胸が、君でいっぱいになった。 この入れ替わりが、神様のイタズラだと言うなら、神様はとんだもの好きだ。 そして私は言いたい。 「ありがとう」と 今は、ただこのまま続いてほしい。 何気ない日々が。 どこかおかしな日常が。 いつか来るエンディングを笑顔で迎えられるように。