春れ
13 件の小説離散電池
闇が綻ぶ日の出に 夜はどこへ向かうだろう 電池をいくつ並べたら あの木の背丈に届くだろう 電池をいくつ並べたら 海の深さを知れるだろう 雨が途絶えた地に残る 水はどこへ向かうだろう 電池をいくつ並べたら 雲の始まりに届くだろう 電池をいくつ並べたら 空の広さを知れるだろう
雨を恋う
空に白い尾を引く彗星は 何を書き連ねているのだろう 旅の行方、始まりの景色 風を切る音はもう聞こえない 滑らかに流れていく ゆったりと それでも目を離すと消えそうだ 土産は君の目に映った景色がいいんだ ああ、明日は雨かな 海を超えて尾を引く彗星は どこまで書き連ねるのだろう 旅の行方、帰り道の空 君の目の先をもう知りたい どこを歩いているのか ゆったりと 想いを馳せると心が震えた 土産は君の声が映す景色がいいんだ ああ、明日は降るかな
GDW-89
青く染まったその星には 鯨の黒い影が見える 波立つ水面の下に棲む 鯨の黒い影が見える 気体の海を泳いでいく 鯨の黒い影が見える 二千も超えて海を荒らす 鯨の黒い影が見える 地球を呑んでしまう程の 鯨の黒い影が見える 僕の心を惹いてやまない 鯨の黒い影が見える
四十六億年
ゆっくりと昇ってく 宇宙を押し上げて 粒子の温もりを 地表にこぼす とめどなく 降り頻る 眩しい 眩い 日 眩い 眩しい 光の雨に 空は燃える 滑らかに傾き 温もりはやがて 宇宙に押し込まれ ゆっくりと沈んでく
ベル
言葉がきざきざと流れ 夜の街に数多の熱が灯る ずいぶんと見かけないと思ったら 星々は地表に降りていたらしい 眩い輝きが目に痛い 惑星の体温さえも忘れ去り 互いの熱を確かめ合う星々 すると私の心に火が灯り やがて火が身を燃やす 無意識の内に金を浪費する 即席の見栄を提げた右手は虚しく 鍵に垂れた鈴は虚しく 何もかも虚しく 冬の街はいっとう暖かいようで やはりこの部屋も虚しく
コーン
道路の真ん中にとうもろこしが生え 根を張りしゃんと身を伸ばす 雨を受けて風を受けて 雪を受けて波を受けて 長い月日が焦げつき しだいに腰を悪くする それでもなお使命を果たそうと とうもろこしは根を張っている
海の底
ひらりと上品に舞う様が 私にはいっとう美しくて 思わず触れてみるのです 艶やかな髪のその淡い彩りが 貴方の命であると知ったのは また、涙であると気づいたのは 夏の鳴き声が聞こえてきた頃でした いくらか思い出してみて 私は貴方を愛していたとわかりました 今でも、あの場所に行くと蘇ります 貴方が零したひとひらの涙は 宙を舞い、舞い、舞い 足元に溜まります それはやがて消え入るのに 私の中には溜まるばかりです 貴方は私をどう思っていたのでしょうか 雪が溶けたら、ぜひ教えてください
ジロジロギロリ
お前の言葉に噛みついた どくどく染まる胸の底 ニヤリと引く瞳の下 隠したってわかっちゃいる ああ、寝た身を肥やしてしまう 焦げつく言葉は苦々しい どくどく煮える胸の底 ニコリと咲く笑顔の下 隠したってわかっちゃいる ああ、火が身を燃やしてしまう
みぢかいあくび
春の匂いが芽をくすぐる 燃えるように萌えている 僕の心が踊っている 君の声に誘われて 土も花も草も香も 君に誘われて走り出す その一瞬、その一瞬 僕らが戯れてるのは 君の気まぐれなんだって 雨の匂いが花をくすぐる 燃えるように揺れている 僕の心が踊っている 君の声に誘われて 人も布も雲も熱も 君に誘われて走り出す その一瞬、その一瞬 僕らが戯れてるのは 君の気まぐれなんだって
粘土
手のひらで転がして 指先で押し込んで 軽やかに形を変えた 私は想像する なんか鯨みたいだ 手のひらで潰して 指先で引き出して 緩やかに形を変えた 私は想像する なんか猫みたいだ 引きちぎって 付け足して 瞬く間に形を変えた 引き伸びて 縮こんで 流れるままに変わった 遥かで貴方は創造する 私は想像する なんか粘土みたいだ