ルリカラ
11 件の小説ルリカラ
空想が好きな黒猫です。 普段は他サイトで長編を書いています。短編はあまり書かないので投稿頻度は低め。 サムネイルはいつも適当に作ってます。 よろしくお願いします!
神と魔物の対話
とある世界、とある場所。 魔物である俺は神と対話していた。 何もおかしな事はない。 自分の信者を増やすために神が直接話しかけてくるのは、この世界ではよくある事だ。 だが、俺は神には興味がない。 何を言われようと信仰する気はないのだ。 「毎日祈りを捧げるのです」 神は言う。くだらない戯言だ。 「あなたの仲間も、既に私の信者となっているのですよ」 知ったことか。俺には関係ない。 しかし、神は俺を諦めない。 神は語る。 自らの作り出したこの世界。 信仰によって得られる恩恵。 他の信者の幸せそうな様子。 もっとも、どんなに言葉を並べらても、俺にはおとぎ話のようにしか聞こえなかったが。 いよいよ神はいらだってきたらしい。 いささか無理矢理な言葉で俺を引き入れようとした。 「私に祈れば、あなたは必ず幸せになれます。逆に祈らなければ、あなたは大きな不幸に見舞われ、大切なものを全て失うでしょう」 その言葉に、俺は反応した。 「なんだと?」 「だから祈るのです。あなたに必ず幸福を与えましょう」 俺は神を睨みつけた。 「ならばなおの事、お前を信じるわけにはいかない」 「なんですって?」 「俺は他人に与えられた幸福に縋るほど落ちぶれちゃいない。 自分の幸福くらい、自分で見つけられる。 お前に縋らなくても、不幸は乗り越えられる。 あまり自分を過信しすぎない方がいい。 見ていて気分が悪くなる」 神は怒り狂い、呪いの言葉を吐き出した。 俺は鋭い牙を剥き出しにして、神の喉元に食らいつき、噛みちぎった。 途端に神は静かになった。 奴を食いちぎった口の中は、汚物のような味がした。
五感と感情
私はどうやら、五感を記憶できないらしい。 そう感じたのはいつの事だったか。 子供の頃からずっと感じている、私の劣った記憶力。成長し、多くの人と関わるにつれて、それは異常なのだと自覚した。 病気と呼ぶほどではないだろう。ただ忘れっぽいだけ。 でもそれは、いつだって私を困らせた。 あれ、この人の歌声、力強くて素敵だなって思ったはずなのに。 どんな声だったっけ? 思い出そうとしても、脳内再生されるのは声真似をした自分の声ばかり。 あれ、あの絵、透き通るような色使いで綺麗だなって思ったはずなのに。 どんな色だったっけ? ああでもないこうでもないと色を探すうちに、どんどん本物から離れてしまう。 あれ、あの料理の味、すごくおいしいからまた食べたいって思ったはずなのに。 どんな味だったっけ? 甘い?しょっぱい?それとも少し辛かったかな? 匂いは?形は?感触は?温度は? 何一つ、私は思い出せないのだ。 だから料理も、工作も、絵も、これと言って好きにはなれない。目標としたものも、完成したものも、どんなものかすぐに忘れてしまうから。 私は、今感じている事しか、明確に思い出すことはできないのだ。 しかし不思議なことに、感情だけは忘れない。 声は覚えていないけど、 格好よかった事は覚えているからその歌声が好き。 色は覚えていないけど、 綺麗だと思った事は覚えているからその絵が好き。 味は覚えていないけど、 美味しかった事は覚えているからまた食べたい。 私は「心の動き」だけは覚えていられるようだった。 そうか。だから私は文字を書くのかもしれない。 最近になって、ようやくその事実に気付いた。 文字を読む事と、絵を見る事は違う。 色や形を認識するのは目だが、読んだ文字を物語に変換するのは、その人の「心」に他ならないからだ。 だから物語は、いつだって心の中にしか無い。 五感に結びつかないからこそ、それはどんな記憶よりも鮮明に、私の中に在り続けることができる。 だから、私は今のままで良いのだと思う。 私の記憶力は少し変わっていて、普通とは違うし、困ったことも多いけど。でも、私はこれを誇っている。 私は様々な事を感じられる心を持っていて、それを表現する術も知っているのだから。
素晴らしい思いつき
二月はイベントが多い。 細かくいうと、食べ物系のイベントが多い。 節分で豆を撒いて食べ、恵方巻きを黙々と食べ、 そしてバレンタインにはチョコを食べる。 (ここではもらえるかどうかは考えないこととする) つまり食いしん坊にとってはなかなかに嬉しい月なのだ。 「でもさ、ちょっと面倒だよね。だって、節分の日は豆も恵方巻きも食べられるのに、チョコ食べるにはバレンタインになるまで十日くらい待たなきゃなんだよ?せっかくならまとめて食べたい。」 これが堕落した食いしん坊、もとい母の意見だった。 ちゃんと日が割り当てられているのだから、それぞれの意味を考えて大切に食べて欲しいと思う。そもそも母はチョコを渡す側ではないのか? 「そこで、全部をまとめられる画期的な方法を考えてみました!」 嬉々とした表情で母は語る。 「最後まで黙ったまま…」 ふむ、これは恵方巻きの要素だな。 「アーモンドチョコを…」 なるほど、チョコと豆を混ぜたのか。 「好きな人に向かって投げる!」 …えっ? 「で、最後まで投げられたら恋人と結ばれるの!どう、素晴らしい思いつきでしょ?」 待て待て、なぜそうなった? 鬼が面食らってしまうぞ? そんな事をする人の所には逆に寄り付かなくなりそうなものだが。 そもそも一度に食べたいからまとめたんじゃなかったのか。結局アーモンドチョコしか食べられないぞ?いいのかそれで? 色々とツッコミ所が多い気がするが、一つだけ言うことにしよう。 「黙ったまま恋人にアーモンドチョコを投げ続けたら…絶対に振られると思うんだけど。」
そっと、囁く
あなたの事が、大好きです。 あなたのおかげで、今がとても幸せなんです。 この幸せが、ずっとずっと続いてほしいと、そう思うんです。 でも、知っています。永遠なんて、そんなものは無いんです。 いつかきっと、興味は薄れてしまうのでしょう。 お互いを忘れて、ただの他人に戻るのでしょう。 あなたを手放す日が来る。 あなたに手放される日が来る。 あなたを手放したくなる日が来る。 来るかどうかも分からない、そんな遠い未来の事が、今はただただ怖いのです。 あなたの手に触れるたびに。 あなたに名前を呼ばれるたびに。 あなたの横顔を見上げるたびに。 これが最後かもしれないと不安になる私の思いに、あなたは気付いていないのでしょうね。 ねえ、もしこれを伝えたらあなたは「愛が重い」と嫌がりますか? それとも、「大丈夫、そんな事は起こらない」と、優しく慰めてくれますか? その答えを聞くのが怖くて、私は今日も口ごもるのです。 ねえ、だからせめて、あなたの背にそっと囁かせてください。 明日には変わってしまうかもしれないけど、それでも今、確かにここにある私の心を。 「あなたの事が、大好きです。」
黒い聖夜
クリスマス。甘いクリームのケーキに、豪華な料理、家族が集まって、楽しい時間を過ごす聖夜。そして、子供が何より楽しみにするのはプレゼントだ。 その日は一年間良い子にしていた子供にはプレゼントが配られる。おしゃれな手袋やマフラー、流行のマンガ、最新のゲーム、子供たちが望むものならなんでも、サンタクロースは用意してくれる。 でもそれなら、悪い子には……? ーーーーーー いよいよ明日から冬休みが始まろうというこの日、教室に残った子供たちが話すのは、もっぱらクリスマスの話題だった。 「今日の帰り、うちにおいでよ。新しいクリスマスツリー買ってもらったの!」 「今日は家族みんなでケーキを食べるんだ。駅前のお店の新作なんだって!楽しみだなぁ!」 「サンタさんに何お願いしたー?」 そんな無邪気な声が放課後の教室に響いていた。僕はなんとなく自分が場違いなような気がして、ランドセルを背負ってそっと教室を出ようとする。 「おい、待てよユースケ!」 今まさに教室を出ようとした僕をそう呼び止めたのは、同じクラスのアキラだ。 「なんだよ。」 「お前はクリスマスは何をもらうんだ?」 「えっ…」 アキラはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。 「…特に何も無いよ。」 「はあ?」 馬鹿にするように、アキラは大声を上げる。 「おいおい、クリスマスなのにプレゼントも無いのかよ!つまらない奴だなあ!」 「別に、なんだっていいじゃないか…。」 「俺の家はな、今日は大きなローストチキンを食べるんだぜ!母さんが買ってきてくれたやつなんだ。それをみんなで食べて、その後はケーキを食べて、最後にクリスマスプレゼントをもらうのさ!いいだろ?新しいゲームソフトだぜ?冬休みの間、俺ん家に遊びに来いよ!使わせてやるからさ!」 僕は本当に嫌気が差してアキラから目を逸らした。 アキラはいつもこうだ。僕の家があんまりお金持ちじゃない事を知ってからずっと、事あるごとに自分の事を自慢してくる。文房具の種類から家族旅行の行き先まで、僕のことを見下しながら自慢話をするんだ。 「別にいいよ。興味ないし。」 「はあ?なんだよつまらない奴だなあ!自分にプレゼントが無いからって嫉妬してるのか?」 不機嫌そうにまくしたてるアキラを無視するように、僕は教室を飛び出した。 ああまったく、本当に嫌味な奴。確かに僕の家は、豪華な食事もプレゼントもケーキも無いけど、今日は普段働いてるお父さんとお母さんが早く帰ってきて、一緒に夕ご飯を食べるんだ。僕にとってはそれだけで十分すぎるほど幸せなんだ。それなのに、クラスのみんなに聞こえるような声で馬鹿にするなんて…。 はあ、と一つため息をつく。アキラは僕とは違うんだ。お金持ちで、性格に難があるし弱い者いじめしてるのもよく見かけるけど、成績がいいから先生は目をつむってる。授業参観の時に母親を見かけたことがあったけど、随分と大切にされて、可愛がられているみたいだった。きっと欲しいものなんて、サンタさんに頼まなくたっていつでも買ってもらえるんだろう。 ああ、本当はサンタクロースなんていないんだ。だってサンタクロースは良い子のところにしか来ないんだから。あいつの所になんか絶対行かないはずだ。それなのに、アキラはプレゼントもケーキももらえるんだ。 「こんなの不平等じゃないか。」 ーーーーーー その日の夜。僕はどうにも寝付けなかった。家族みんなでご飯を食べた時間は幸せだったけど、一人で布団を被るとアキラのことを思い出してしまうのだ。 (アキラは今頃、最新のゲームをしながら夜更かししてるんだろうな。アキラのお母さんだって、どうせ明日は休みだから、なんて言ってアキラを甘やかしてるんだろう。あんなに嫌味な奴なのに、あいつは僕より幸せなんだ。) 「本当にサンタクロースがいるなら、僕のところにも来てくれないかな。僕は勉強は苦手だけど、ちゃんと早く寝るし、他の人を虐めたりなんか絶対にしないのに。少なくともアキラよりは、良い子だって…思うんだけどなぁ。」 呟く声が弱々しくなる。なんだか悲しくなってしまった。 その時、コンコンと窓を叩く音がした。 「やあ、ユースケくん。今年はいい子にしてたかな?プレゼントを持ってきたよ。」 聞いたことのない、変にこもった声が窓の向こうから聞こえる。誰だろう?こんなに遅い時間なのに。 僕は恐る恐る起き上がって、カーテンを開ける。その向こうにいたのは…! 「サンタクロース…?」 温かそうなふわふわの服を着て、雪のように真っ白な髭を生やしているお爺さんが、そこにはいた。乗っている空を飛ぶソリには、大きな袋が積まれている。僕は慌てて窓を開けた。 「メリークリスマス、ユースケくん。」 「あ、えっと…。」 僕はしどろもどろになりながら答える。 「サンタ、さん?」 「ああそうだよ。今年いい子にしていたユースケくんに、プレゼントのお届け物だ。」 そう言って、サンタクロースは大きな袋から一つの箱を僕に手渡した。あんまり大きな箱じゃない。中身は一体なんだろう? 「遅くなってしまってごめんね。君が最後の順番だったんだよ。プレゼントは気に入ってもらえたかな?」 「うん!僕、プレゼントなんて初めてだよ…!」 「そうかい、それは良かった。」 サンタクロースは満足げに頷いた。 「おいおいユースケ!そんなちっちゃな箱で大喜びするなんて可哀想な奴だなあ!」 「えっ?」 聞き馴染みのある声が聞こえて、僕はびっくりした。ふと見れば、大きな袋の向こうに、アキラがいるのが見えた。 「俺はいい子にしてたから、サンタのソリに乗せてもらえるんだぜ!いいだろ?お前は親からプレゼントももらえない悪い子だもんなあ?」 こいつの所にも、サンタさんは来たんだ。とても残念な気持ちになって、僕はサンタクロースに視線を向けた。 彼は幸せそうな笑顔のまま、大きく頷いた。 「君も、ソリに乗りたいかい?」 「えっ、いいの…?」 思わずそう口に出して、しかし僕はすぐに黙り込んでしまった。 いい子だからソリに乗せてもらえる。それはとても嬉しい。でも、隣にアキラがいるなら…。 「ううん、やっぱりいいや。僕はもう寝ないと。」 「おやおやそうかい?それなら仕方ないね。」 そう言って、サンタクロースは僕の頭をそっと撫でた。 「ありがとう。これで決まったよ。」 「え?」 次の瞬間、目の前にあったはずのサンタクロースの姿は消えていた。ソリも、大きな袋も、アキラも。 夢だったのかもしれない。そう思ったが、僕の手には小さなプレゼントの箱がしっかりと握られていた。 (夢じゃない。本当にサンタクロースが来てくれたんだ。でも、あれは本当に、サンタクロースだったのかな。僕が知っているサンタクロースは、赤い服を着ているはずなんだけど…。) ーーーーーー 次の日、冬休み初日。クラスの連絡網が回ってきた。 アキラが行方不明になったらしい。 昨日、家族と一緒に食事をして、部屋に入ったのまでは間違いないらしいのだが、朝になると部屋には誰もいなかったのだそうだ。玄関の鍵は閉まっていて、靴も荷物もそのまま。警察が捜索しているそうだが、まだ見つかっていないらしい。誘拐犯がまだ近くにいるかもしれないので気をつけるようにとの連絡だった。 「でもね、私見たの。」 電話を切る直前、クラスメイトは言った。 「昨日の夜、サンタクロースがうちに来てね、プレゼントをくれたのよ。それでその時、ソリに一緒に乗っているアキラを見たの。」 「えっ?」 「私もソリに乗らないかって言われたんだけど、他の子ならいいけどアキラと一緒なんてごめんだもの。適当な事を言って断ったの。あの時ソリに乗らなくて正解だったわ…。」 でもこんな事言ったって、大人は信じてくれないもの。と、残念そうに言って彼女は電話を切った。 僕は電話を置いて考える。 サンタのソリに乗って、アキラはどこへ行ったのだろう。どこへ連れて行かれたのだろう。 もしあの時、僕もソリに乗っていたら、どうなっていたんだろう。 サンタクロースの言葉を思い出す。 『ありがとう。これで決まったよ。』 サンタクロースは、僕が最後だと言っていた。あの時、彼は何を決めたのだろう。 真っ黒い服を着た、あのサンタクロースは。
クリスマスソングの記憶
少し浮き足立つような、ワクワクする気持ちが抑えられない季節になった。店に入れば美しく飾り付けられたツリーやリースが私を出迎えて、キラキラと光るイルミネーションはまるで夢の中にいるような楽しい気分にさせてくれる。 私はとある店で、そんな雰囲気に包まれながら買い物を楽しんでいた。 店内ではクリスマスソングが流れている。ジングルベル、赤鼻のトナカイ、慌てん坊のサンタクロース、そりすべり…お馴染みの曲が次々に流れて、思わずマスクの下で笑みを浮かべてしまう。 しかしとある一曲が流れた時、私は思わず顔をしかめてしまった。 (この曲は…。) 別に嫌いな曲じゃない。有名な曲なのは知ってるし、テレビでも頻繁に聴く曲だ。私は知らないが、きっと曲名も素敵なのだろう。 しかしこの曲を聴いて想像するのは、煌びやかな町の景色やクリスマスのご馳走、恋人とのデートなどの楽しい思い出ではない。 十二月の、寒くて憂鬱な朝を想像してしまうのだ。と言うのも、この曲の出会いが最悪だったせいだ。 私がまだ小さかった頃、朝は母親に起こされるのがルールになっていた。 しかし私は寝起きが悪く、起こされてもなかなか起きれない。さらに冬の時期は寒さも相まって布団から出たくない。そんな朝はいつも憂鬱な気分になる。 そして、その時母親が目覚ましがわりに使っていた曲が、その曲だった。だからその曲を聞くたびに、あの辛い朝の記憶が思い出されてしまうのだ。 そんな事を考えている間に、次の曲が流れ始める。 (きっといい曲のはずなのになぁ。出会いって大切だ…。) そんな事を一人思う私なのだった。
幸せは逃げる?
「はあー。」 まただ。これで何度目だろう。僕は頬杖をついて姉を見ていた。 「ああーめんどくさい。動きたくないよほんとに。はぁ。」 ほら、また。 「姉ちゃん、ため息つきすぎじゃない?」 「え?」 姉が僕に視線を向ける。この人は特に面倒くさがりで、何をやるにもため息と悪態を吐かなければ動けない。 「ため息つくと幸せが逃げるっていうじゃん。今の姉ちゃん、幸せが減るどころかマイナスになってるんじゃないの?姉ちゃんの未来が心配だよ。」 「ふっふっふ〜。分かっていないね弟くん。」 と、どことなくイラッとするようなドヤ顔と口調で姉は言う。 「いいかね?『逃げる』ということは、幸せは今私の所にいるのだよ。」 「うーん…まあそうだね。」 「この私が、手元にいる幸せをみすみす逃すとでも?」 ニヤ、と人の悪い笑みを浮かべる姉。 「ため息で幸せが逃げるというなら、私はどんな手を使ってでも逃げる幸せを捕まえるわ。」 僕の脳内で、イメージが浮かんだ。 姉の周りにいる、『幸せ』たち。それが姉に愛想を尽かして逃げようとする。 姉は逃げるそれらに投げ縄を使ってそれを捕らえる。 そしてにっこりと笑って言うのだ。 「どこへ行くつもり?逃さないわよ?」 ――怖すぎる。 「えっと、姉ちゃん、例えばそれが水みたいに流れる物だったらどうするのさ?」 「ペットボトルにでも閉じ込める。」 幸せをペットポトルに閉じ込める姉、恐ろしや。 「え、えっとじゃあ…それが空気みたいに触れない物だったら?」 「吸うわ。」 「……。」 もう何も言えない。なんなんだ、この異様なまでの幸せへの執着は…! 「私のところに来たのが運の尽きよ。一匹たりとも逃しはしないわ。」 姉ちゃん、僕は姉ちゃんの未来が心配です。
柔らかいバターのような
例えば小説を読んだ時、漫画を読んだ時、新聞を読んだ時。どんな時でもいい。自分がいまいち理解できない比喩表現に出会った事はあるだろうか。 なんかわかる気がするけど、でも自分の中で明確にイメージにできない。 比喩で例えられた物をそもそも知らない。 比喩のイメージはわかるけど、なんか噛み合ってない気がする。 そんな感覚になった事はあるだろうか。 僕にはあるのだ。そんな比喩表現が。わかるようで、わからない。自分の中でむず痒くなるような表現が。 それは、鋭い刃物で周囲の物を切りつける時の表現だった。その文では、切れ味の良さをこう表現していた。 「まるで柔らかいバターのように、簡単に切れてしまう」 恥ずかしい話、僕はこの表現が理解できなかった。 柔らかいバターを切る感覚はわかる。だが、他の物、例えば紙やゴム板なんかを切る時は、バターよりももっと強い抵抗を感じるのではないか? 要するに僕は、それほどまでに切れ味のいい刃物を知らなかったのである。そのため、その表現がさっぱり理解できなかったのだ。 さて、ここで今日あった出来事の話をしよう。 僕が使っているカッターは切れ味がすごく悪い。これではまるで使い物にならないと思い、新しい刃に取り替えることにした。 その切れ味が凄まじかったのだ。本当に軽く刃を当てただけなのに、ほとんど力を入れなくてもスイスイ切れる。切っている物の抵抗をまるで感じない。 しかし刃を入れる瞬間だけはどうしても力が必要で、そこだけ力を入れないといけない。 最初だけグッと力を込め、刃が食い込むと、その後は抵抗なく刃が進む。 僕はハッとした。その感覚はまさしく「柔らかいバターのよう」!そう、あの文の表現する事象とはこの事だったのだ…! 出会ってから何年経ったかすらわからない、その表現の言わんとするところがようやく理解できた喜びに、僕は打ち震えた。そして振り返り、隣で作業していた同僚に声をかけた。 「おい、この感覚…!まるで柔らかいバターみたいだぞ!」 彼は短く、こう答えた。 「ああ、そうかい。」
天使の学校
僕はこの学校に今日から赴任する事になった新米教師だ。 今日は先輩の先生について回りながら校内や授業、子供たちの様子を見る事になっている。 朝から校門で待っていると、元気のいい子供たちの声が聞こえてきた。 「おはようございまーす!」 「おにいさん、新しい先生?」 「今日の一時間目ってなんだっけ。」 「いそげー!」 子供たちは口々に話しながら、パタパタと慌ただしく校門を通っていく。 「子供たちはみんな元気がいいですね。」 「そうだろう?なんたってこの学校にいるのは、これからのこの世を担う天使たちなんだから。」 先輩はそう言ってにこりと笑う。その通りだ。まだ幼い彼らはみんな無邪気で、愛らしい。 「さて、そろそろ授業の準備を始めよう。一限目は僕と一緒に、一年生の体育の授業に出てもらう。今日はかけっこをするだけだが、うっかり転んで怪我をする子もたまにいるから、よく見ていてくれよ。」 「はい。」 案内されるまま体育館へ向かう。まだ学校に来たばかりの僕はどこに何があるか分かっていないので、その説明も兼ねて早めに準備をしようというのだ。 まずは用具室の位置に始まり、マットや跳び箱、各種ボールの置き場や更衣室の使い方などの簡単な説明を受け、それを確認しながら子供たちがやってくるのを待った。 やがて子供たちが集まり、授業が始まる。挨拶をして、準備運動、そして授業内容の説明(かけっこをするだけなのだが)。 一通り全て終えると、先輩はホイッスルを鳴らす。子供たちは一斉に駆け出していく。それを捕まえるのは先生である僕らの役だ。 しかし子供相手に手加減をして走るというのはなかなかに難しい。当然本気を出してはいけないし、かといって一人も捕まえられないのはつまらない。その点先輩は慣れているようで、子供たちにうまく加減を合わせて一緒に遊んでいる。 「はあ…、先輩はすごいなぁ。」 「新しい先生は来ないのー?」 心配されているのか、あるいは遊ばれているのか、子供たちがそばに来て話しかけてくる。こっちは一応鬼だというのに。 「よーし、捕まえちゃうぞー!」 「わー!」 「きゃー!」 楽しそうな悲鳴を上げながら子供たちが駆け出していく。その中で、一人だけ少し遅れた子がいた。よし、この子にしよう。 「わっ!」 「よーし、捕まえ……」 もう少しで手が届く、と思った瞬間だった。その子の背中から、白い翼が生えたかと思うと、大きく羽ばたいて空中へひらりと避けてしまったのだ。 「えっ…?」 呆然として立ち止まった僕の数歩先で、その子はバランスを崩して転んでしまった。背中には、綺麗な真っ白い翼が生えたまま。 周りにいた子達が動きを止め、一斉に視線をその子に向けた。驚くような、怯えたような目をして、その子を遠巻きに見つめている。 一方で翼の生えたその子は自分のことに混乱してしまったのか、転んでぶつけた所が痛かったのか、倒れたまま泣き出してしまった。 「おーい、何があったんだ?」 先輩がすぐにやってきて僕に尋ねる。 「ええと、あの子が羽を…」 慌てて答える僕に対し、先輩は落ち着いた様子だった。 「ああ、よくあるんだよな。小さい子だと。」 先輩は慣れた様子でその子に近づいた。 「大丈夫か?少し壁際で休んでなさい。」 「は、はい…。」 先輩に促され、その子は壁にそばに座り込む。それを見ていた数人の子たちはその子に駆け寄って行った。 「大丈夫?」 「羽は痛くない?」 「落ち着くまで休んでていいからね。」 ああ、なんで優しい子たちだろう。まさしく天使だ。 「さて、少し早いけど片付けにしよう!全員整列!」 先輩はホイッスルを吹いて号令をかける。始めた時と同じように並び、挨拶を終えると、子供たちは教室へと戻っていく。 パタパタと慌ただしく、白い翼を羽ばたかせて。 「小さい子はまだ翼をしまうのが苦手だからな。時折出してしまう子もいるんだよ。」 「そうなんですね…。知りませんでした。」 「まあ、初めはみんなそんなものだ。少しずつ慣れていけばいいさ。」 「はい!」 「さあ、急ごう。次の授業も教えることがたくさんあるんだ。」 そう言って先輩は職員室へと『飛び立つ』。忙しい一日はまだ始まったばかりだ。僕も背から翼を出して先輩を追った。 人の世に紛れて、これからの世を担うため。彼らは学び、僕らは教える。 ここは、天使の学校。
ノック
蒸し暑い夏の夜。 冷房をつけているはずなのに汗が止まらず、寝苦しくてとても眠れたものじゃない。 この家に引越して一人暮らしを始めてから、こんな夜が何度かあった。こんな日には、決まってアイツがやってくる。 コンコン 窓を叩く、ノックの音。カーテンで遮られて見えないが、その向こうには確かに、誰かの気配がある。 枕元の携帯電話の通知音が鳴る。俺は起き上がって携帯を取り、メッセージを確認する。 『おーい、相手してくれよ。』 俺はため息をつく。何でこんな時間に連絡をよこすんだ、こいつは。 彼は高校の頃の友人だ。卒業後、俺は進学、彼は就職を選んでそれぞれ一人暮らしを始めたが、そこがたまたま近所だったため、今でも互いの家に行って遊ぶことがある。明るくて裏表のない奴だから、良い友人だと思っている。 ただこいつの感覚はちょっとズレていて、疲れるから、ぶっちゃけ今のテンションで相手したくない。 コンコン おーい… 窓の向こうで声がする。俺は寝苦しさと面倒くささで嫌になって、窓の方を睨みつけた。そしてメッセージの返信をする。 『なんだよ。』 『いやぁ、寝苦しくってさ。退屈になっちゃって。』 『だからって、こんな時間に?』 『まあまあ、そう言うなよ。僕たち親友だろ〜?』 『その親友の睡眠時間を奪うのがそんなに楽しいか?』 『うわ、辛辣ぅ。僕泣いちゃう!』 うん。やっぱりこいつはなんかズレてる。なんて言ってやろうか考えていると、また窓を叩く音が聞こえた。 『何?もしかしてホントに泣いちゃっても良いとか思ってる?』 『反応してくれよぉ、頼むからぁ!』 『うわぁ嫌だ嫌だごめんなさいぃぃ!!』 連続してメッセージが飛んでくる。俺は面白くなってフッと笑う。 『アホ。ちょっと返信遅いからって騒ぎすぎ。』 『だってぇ…無言って怖いじゃん…。』 コンコン、とまた窓を叩く音がした。 …こいつガキなのか? 『なあ〜家にあげてくれよ。退屈〜。』 『ダメって言ったろ。夜はうちに来るな。』 『何でだよぉ!あ、さてはお前大学で見つけたカノジョとイチャラブしてんじゃ無いだろうな!この裏切り者!リア充爆発しろぉ!』 コンコン 『いや、勝手に話進めんな。』 『じゃあ何で駄目なんだよ?昼間はよく遊び行ってるじゃん。』 『夜は一人になりたい。』 『学生さんは頭がカタいなぁ〜!大人の時間は夜からだぜ?』 『未成年が何を偉そうに。』 『…さっきから辛辣すぎない?』 『俺は今、理解のない友人に睡眠時間を削られて、相当頭にきているんだ。』 コンコン 『そう言わずにさ、たまには良いだろ?家にあげてくれよ。て言うか、もうここまで来ちゃったし。開けてくれないと、ピンポン押しちゃうぞー!』 は?おい待て、それはちょっと…! 俺は急いで立ち上がり、玄関に走る。扉を勢いよく開けると、そこに驚いた表情の友人が立っていた。 「おっ、やっと開けてくれ…」 口を開く友人の手を引っ張り、家の中に引き込む。そしてすぐに扉を閉めた。 「はぁ〜。」 「え、なになに?」 「外で騒がれたら迷惑なんだよ。ここアパートで、上にも下にも人が住んでるんだから。」 「もしかしてホントに怒らせちゃった感じ?僕帰った方がいい?」 「…いいよ。こんな時間に外に出て何かあったら困るし、今夜は泊まってけ。アイスとジュースくらいなら出してやる。」 「マジ?いやぁ〜、持つべきものは友だねぇ。」 「ただし、二度と夜にうちに来るなよ。」 「アイス、アイス〜」 彼はそう言って、さも当然のように家に上がり込む。俺はため息をついて玄関の鍵を閉め、その背を追う。 コンコン おーい… すぐ後ろ、玄関の戸の向こうで、声がした。俺はそれを無視して部屋に戻る。 だから、夜は来てほしくないんだ。 冷房をつけているはずなのに汗が止まらず、寝苦しくてとても眠れない。 そんな夜には、決まってアイツがやってくる。