Kasirawa
23 件の小説孤り
怠惰で単調。 それが浅はかな人生の振り返り。 いつになっても憧れの高校生活なんてやって来ず、その癖に現実にあぐらをかく。 人は待っているだけでは何も得られない。 それが分かっていながら待ち続けていた末路。 またここで無条件で自分を好いてくれる、それでいて綺麗な女子でも現れてくれないか、と頬を指でつついてくれないか、と。 無機質で、無意味で、無価値な妄想 この妄想の原因と結論は「俺が孤り」であるということ。 まだ図書館に残って勉強しているあいつらを思いながら、ため息をついて俺はその事実と向き合った。 活発で順調。 それが手っ取り早い人生の振り返り。 青春の甘酸っぱさを噛み締めながら充実した高校生活を送る。その幸せに酔いしれる。 人生は行動した者勝ち。 それが分かっているから送ることが出来た生活。 またここでなにか涙が少し流れるくらいのロマンチックなことを起こして、さらりと感動的な結末を迎える。 なんて有意義、なんて充足感。 でも私は知っている。 結局孤り。 隣にいた彼の温もりさえ、奪ってしまうような寒さの中で、白い息を吐きながら。
三木和葉の独白
私は、小鳥遊結花さんのことは詳しく知りません。 よく遊んでいたのが椎名さんや、金子さん、水野さんだったくらいで。 私はあまり積極的じゃありませんし、小鳥遊さんもそうだったと思います。そんなに喋ったこともありません。 でも、小鳥遊さんは椎名さんたちとは少し違って、私のことを気にしていないようでした。 私は小鳥遊さんのそういうところが好きでした。私のことを腫れ物とせず、教室というひとつの空間にいる一人として接してくれたからです。 一度だけ、小鳥遊さんとちゃんと話したことがあります。 私がミステリを読んでいた時です。 彼女は私にミステリが好きか聞き、私が頷くと、 「私もミステリは好きだよ。順番が整えられているからさ。」 私がぽかんとしていると、彼女は 「ミステリはその推理劇なり、どんでん返しなりを後半に、メインディッシュとして持ってくる。つまり前半部分は、『メインディッシュの味を一番引き出した』構成なり順番になってるってことじゃん?」 と言いました。そして、 「でもそれならほかの物語だって、構成は練ってるから、ミステリだけを贔屓する理由にはならないって思うでしょ。でもミステリはメインディッシュがちゃんとしてる。だから好き。」 とも。 こんなに饒舌に喋る小鳥遊さんは、その日が最初で最後でした。 私はそのときは、あまりその話を理解できませんでした。 彼女のある意味独断的な思想だと思っていたし、 そんなことを考えるんだなと少し驚きました。 でも彼女の言ってる意味が少し分かった気がします。 彼女は順番を愛していました。同時に「メインディッシュ」を愛していました。 なぜ、彼女が死ななければならなかったのか私には分かりません。 もし会えたなら、かける言葉は決まっています。 「次は何をするの?」
椎名遥香の独白
私は派手なものが好き。いや…それは違うかな? 私は可愛いものが好き。…それも違うか。 私は私が好きなものが好き。これがしっくりくる。 そんなわけで、私は自分の「好き」を1番に考えてきた。 だから、教室の隅で本を読んでる地味…静かな三木ちゃんとか、 ずっと機械の声、あぁ、ボカロ?かな、を聞いてる柳瀬ちゃんとかの気持ちはよく分からなかった。 でも結花のことは私結構知ってたと思う。 あの子は私の友達ってちゃんと呼べる関係だったと思うよ。 だって何回もスタバの新作飲みに行ったし、プリクラ撮ったし、校外学習の班も一緒だった。 結花は優しかった。いい匂いもしたし。でも今考えてみたら、私がグイグイ行き過ぎたのかなとも思う。 たまに咲に「あんまり結花連れ回しちゃダメ」って言われたし。 でもなんだろうなー。私たちは親友になれなかった。 なりたかったわけでも、なりたくなかったわけでもなくて、それは時間が過ぎたら勝手に「なれるもの」だと思ってた。 だからかな。私たちは足りてるようで足りてなかったのかな?って今は思うよ。でもその足りなさは別に他で埋めればいいことだとも思ってる。 結花には冴木がいたし。 二人は円満だったと思うよ。私はあんまり冴木の良いところが分からなかったからあれだけどね。 だから分からない。結花が死んじゃった理由は。 私が嫌われてたのかな? でも結花からたまに言われたことはあったよ。 「私は遥香になってみたい」って。
見たこと無い色と見えない色
入学式も終わり、高校生活が始まりを迎えた。 穏やかな春の日差しに包まれて―。 なんてことを言っている場合ではない。 他人の頭上に「色」を見られる俺は、入学式の日、 頭上に「見たこと無い色」を浮かべた生徒会長と「色が見えない」女子に出会った。 そして入学式の日、「色が見えない」女子は 俺の方を見て唖然としていたのだ。 その原因も分からない。 途方に暮れているともう放課後だ。 することを探していたその時、 「ようやく見つけた!」 ん?俺は声がした方を見る。 教室の入口に立っていたのは 頭上に色を浮かべていない女子だった。 つまり俺たちは再会した。あの入学式以来だった。 窓際の席の俺に近づき、窓にもたれるように俺の横に立った。 「あんた、何者?なんで頭の上に色なんか浮かべてんの?」 は?訳が分からなかった。なんとか落ち着いて 「まず自己紹介からしないか?」 すると彼女はハッとしたように 「あっ、ごめん。私の名前は七宮 彩葉。 1年生。何?好きな食べ物でも言う?」 「いや、別にそういうのはいい。 俺の名前は古賀 蒼太。同じく1年生だ。」 「なんて呼べばいいか知らないけど蒼太! あんた何者なの?頭の上にある青色は何?」 俺はだんだん理解した。 「もしかして、俺の頭の上に色が浮かんでいたりするのか?」 「その通りよ。」 「もしかして、色が浮かんでいるのは俺だけだったりするのか?」 「その通りよ。」 そういう事か。彼女、七宮には俺の色だけ見えるらしい。 だが、それが心と連動するかは分からない。 ただ、連動することはほぼ確定だろう。 つまり、俺は彼女の心の色だけ見えず、 彼女は俺の心の色だけ見える。 俺はその事情を七宮に説明した。 彼女は戸惑うことなくそれを受け入れた。 俺にはそれが意外だった。 「あ〜。そういう事ね。だからあんた青色浮かべてるんだ?」 「どういうことだ?」 「なんかつまらなそうじゃん。熱くなることがないんでしょ?」 「まぁ正解だな。」 「じゃあ蒼太は、私の色は見えないんだよね?」 「あぁ。こんなことは初めてなんだが。」 「へぇー。じゃあじゃあ、私の色今何色だと思う?」 好奇心を目に浮かべ七宮は俺に聞いた。 初めての質問だった。 「黄色とかか?」 「それはねぇー。」 七宮は間を置いて 「内緒。」 と言った。 彼女は人差し指を唇に当て、首を傾ける。 彼女の肩まであるツヤツヤの髪はふんわりと揺れ、 魅力的な大きな目が俺を見つめる。 夕焼けに照らされた彼女の姿に、思わず 「可愛い…」と漏らしてしまった。 「ちょっ、は?あんた何言ってんの? もっ、もう帰る!」 俺は七宮の心の色は見えない。 でも、彼女の顔が真っ赤に染まったことは 心が見えなくても、俺には分かった。 七宮が去ってから。 「あっ、あのー。少しよろしいでしょうか?」 見た事の無い色を浮かべた生徒会長は、 俺しかいない教室に訪ねてきたのだった。
君以外の心が見える僕と、僕の心だけ見える君の話
はっきりとは覚えていない。 小学生になって少しの頃から俺は他人の頭上に「色」を見ることが出来た。 それがその人間の「心」と連動していると気づいたのは、4年生になったときくらいだと思う。 はっきりとは覚えていない。 ただ、高校1年生になったばかりの俺の目には今も、他人の心の「色」が頭上に浮かんでいる。 それは、大きさと色が変わる。 大きさは感情の大きさ、色は感情の内容を示す。でも、赤だから 怒っているとか、青だから悲しんでいるとか、 そんな簡単なものじゃない。 純粋に、ひとつの色だけが浮かんでいることなど見たことがない。 それは喜怒哀楽諸々の感情はいつもどこかにはあって、 ひとつだけがそれを支配することはないからだと思う。 そんなことを振り返っている入学式。 俺はそこで初めての経験をした。 「生徒会長より新入生への挨拶です。」 生徒会長か。大変な役職をよくこなすな。 そんなどうでもいいことを思っていた矢先、俺は声を出すのを我慢するのに必死だった。 え?なんだあの色は。見たことがない。 新入生の前へ歩いてきた生徒会長の頭上の色、 それはおかしかった。 大きさは普通だ。でも、混ざり方か、 色の種類か、なにかがおかしかった。 黒では無いが、それに近い諦め?のような色だった。 俺は、それを形容する言葉を知らない。 見たことがなかったから。 そうして生徒会長の頭に釘付けになった俺は更なる初体験をした。 「新入生、退場。新入生、起立。 皆さん、大きな拍手でお送りください。」 前列に座っていた新入生から退場していく。俺は後ろの方だから、先に退場していく、これからの同級生たちを見ていた。 そこでだ。俺はおかしなものを見た。 1人の女子。名前も知らない彼女の 頭上には何も浮かんでいなかった。 俺はそんな人間を見たこと無かった。 そして次の瞬間、彼女は僕の方を見て、慌てて目を逸らし退場して行った。 どういうことだ。立て続けに意味のわからない事が怒っている。 俺は、色と感情が個人によって連動するので、その色が表す細かい心情こそ全てを知っているわけでは無い。 だが色自体は網羅したつもりだったし、 出会ってきた他人全ての頭上に色は浮かんでいた。 それでも生徒会長の頭上の色は見たこと無かった。 それでも同級生となる彼女の頭上に色はなかった。 この2つで頭がパンクしそうになった時、 俺は退場の番がきたことを悟った。
恋砂糖3
太陽は容赦なく照りつけ、僕たちを溶かそうと必死なようだ。 暑い暑い。まだ6月だというのに。 もう放課後だというのに。 もう隣の席でなくなった白木さん。 彼女は、僕の隣の隣の斜め前だ。あんまり見えないけれど、 今日も真面目に、彼女は勉強している。 あれ以来、僕達には進展がなかった。 席が離れたことも影響しているはずだ。 僕は、白木さんに話しかける勇気なんてないし、 眺めてるだけで充分だから、 これ以上は望まない。 すると、数少ない友達かつ、帰宅部で僕の後ろの席の原川が シャーペンで背中をつついた。 「もうやめろって、普通に声かけろよ。」 僕が振り返る。すると原川が 「お前ほんとに、ずっと白木さんの事見てるな。」 「バレた?」 「バレて欲しいのかってくらいには見てるぞ。 ガン見だ。ガン見。」 「仕方ないだろ…」 「何が仕方ないんだか。まぁ、そんな純粋片思い一途マンを 見放すほど俺は冷たくない。」 饒舌に話し始めた原川。 「来週の土曜日、隣の市で夏祭りがあるんだよ。 屋台付き、花火付きだ。 結構有名だし、お前も知ってるだろ? 誘ったらどうだ?」 「誰をだよ。」 「分かってることを聞くなよ〜。まぁこれは提案。 お前がどうするかは、お前に任せるぜ。」 なんだコイツは。助け船でもなんでもない。 祭りのことは知っていた。 だが白木さんを誘うのは… 「いい提案だとは思うが、流石にな。」 「何なんだよ。根性無し。」 グサッ。なかなかの痛みだ。 白木さん…。俺が夏祭りに誘っていいような人か? そんな葛藤に駆られる。 すると椅子がゴゴッと引かれる音がした。 音の方を見ると、白木さんが突然立った。 そして僕の方に歩いてきた。 彼女は僕の前で立ち止まり、 「あの…聞こえてるんだけど?」 と気まずそうに言った。 最悪だ。原川を刺す。そう決意した。 だが、 「私夏祭りの日、予定ないんだよね?」 白木さんの顔が、徐々に赤くなる。 「だから…ね?」 そう言って彼女は一目散に駆けてった。 え? 僕も原川も目を丸め、開いた口が塞がらない。 そういうことなんだろうか。 そんなことがあっていいんだろうか。 あまりにも甘すぎる現実に、 僕はついていけなかった。 そして、僕の口から最初のお誘いをしなかったことを とてつもなく後悔した。
恋砂糖2
やばいやばいやばい。 隣に座っているのは、僕がいつも見惚れている白木さん。 狭いベンチのせいで、彼女との距離がとても近い。 そして狭いベンチのおかげで、彼女の 甘い香りが、贅沢に感じられる。 「あのっ、白木さんは、放課後はいつも何してるの?」 僕が見ている限り、彼女はいつも 教科書なり単語帳なりプリントなりと にらめっこしていた。 「勉強…かな…」 自信なさそうに答えた。 「そうなんだ…」 続ける言葉が見つからない。 すると今度は白木さんから 「御言くんも、勉強してるよね?」 「うん…(本当は隣の席の白木さんを眺めてるんだけど。)」 ぎこちない会話はなかなか続かない。 だから僕は、思い切って聞いた。 「あっあの!白木さんって、その… あの…なんていうか…気になってる人って!いるんですか?」 上手く言えなかったことなんかどうでもよかった。 彼女の口から発せられる答えしか、鼓膜に届かなかった。 「いるよ。気になってる人はね。」 そう言って、少し首を傾けた後、彼女は吹き出した。 彼女の笑い声が響く。 「御言君って、面白いんだねぇ。」 予想していなかった。 白木さんが、こんなに笑うとは。 そしてその笑顔が、見たことないほど 眩しいとは。 気になる人がいる白木さん。 僕だといいな。と思いながら、 そんなありもしない妄想に想いを馳せる。 「教室に戻ろっか。」 甘い甘い時間が、溶けていった。
恋砂糖
僕には、気になる人がいる。 その人は、別に、透き通るほど綺麗とか、漫画のヒロインみたいに可憐だとか、 そんな人じゃない。 ただただまっすぐで、努力家で、優しくて。 そんな彼女に、僕は見惚れてしまう。 今日もまた、彼女を眺めて、そう感じる。 彼女の名前は、白木和香。 授業中はいつも、何かをメモしていて、 休み時間は単語帳をめくっていて、 黙々とお昼ご飯を食べている。 そんな彼女が気になって仕方ない。 僕の隣で、いつもひたむきな彼女。 今日も見惚れるだけで、話しかけられない。 放課後。なんの部活にも入っていない 僕と彼女は、教室に残っていた。 僕は教室から出て、トイレに向かった。 この学校は、古い校舎なので、 外にしかトイレがない。 用を足して、教室に戻ろうとすると、 白木さんが校舎から出てきた。 すれ違う‥と思っていたら 「御言(みこと)君だよね。」 白木さんが、いきなり下の名前で呼んできた。 僕は、あまりの予想外に、言葉を失いそうになった。 咄嗟に言葉を繋ぐ。 「そっそうだけど、どっどうしたの?」 「いつも隣で見てくるから、少し話してみたくて」 すこし恥ずかしそうに言った。 バレてたー。見惚れてたのバレてたー。 弁明の余地もない。というか、恥ずかしそうなの可愛すぎる。 「あっちのベンチで話さない?」 僕は頷いた。高揚と緊張が止まらない。 2人でベンチに座る。 甘い甘い、そんな香りがした。
真っ赤な嘘
「私ね、自殺するの」 先輩がそう言った。いつもの儚げな瞳は、 より儚く、僕の心を惹きつけた。 僕には分からなかった。なぜ、先輩が そんなことを言うのか。 「なんでですか?」 「なんでだと思う?」 いつもの先輩じゃなかった。 持ち前の天真爛漫さと、先輩ぶった気だるさが、どこかに行ってしまったように。 「僕は先輩に死んでほしくありません。 お願いです。死なないでください。」 「そう言われてもなぁ。」 「そんなに命を軽々しく扱うのはよくありません。 先輩の死を1人でも悲しむ人がいるなら、 自殺なんて、絶対にしないでください。」 「好きだよ。君のそう言うところ。」 思わず顔が真っ赤になった。 先輩がそんなことを言うのは、 普段ならありえない。絶対何かある。 「私ね、本当は天使なの。別の世界から来たの。 君みたいな、私を好きになってくれる人を探して。 でもね、もう時間なの。本来、人間の世界に下ることは許されてない。 だからこの世界の私は死んで、 あっちに戻らないと。」 「天使なら、血の色も違うんですか?」 「そうだよ?私たちは、青色なの。」 「じゃあ見せてくださいよ。」 「無理だよ。痛いじゃん。」 天使にも痛覚はあるらしい。というか、 先輩は本当に天使なのか? 「もうこの世界には嫌気がさした。 私を好いてくれる人以上に、 私を嫌う人が沢山いるから。 だから私は戻るね。いいでしょ?」 僕は何も分からなかった。ただ泣いた。 どんな形であれ、先輩が居なくなるのは、 何よりも辛いことだったから。 「そんなに泣かないでよ。また会いに来るからさ。」 僕は分かっていた。分かっていて、止める気は無かった。大好きな先輩を助けられなかったのは僕だから。 今更、自分の恋心と罪悪感のために、先輩に無理強いはできないから。 「じゃあ私は、天使の国に戻る。 君はまた、別の人を好きになって、 別の人に好かれる、これでいいでしょ?」 「必ず戻ってきてくださいね。 お願いですよ。」 「うん、分かった。」 夏の日差しが眩しい。屋上に立つ先輩が、 太陽と重なって、本当の天使に見えた。 「それじゃあ、またね。」 彼女は飛び降りた。何の未練もないような、涼しげな顔で。 人が潰れる、醜い音がした。 僕は、彼女が飛び降りた地面を見た。 真っ赤な血。彼女がついた真っ赤な嘘。 その瞬間、僕の中で、何かが壊れた。
毒リンゴ
彼女は、わざわざそれを隠すことなどしなかった。 天賦の美貌と、それに見合う強烈な魔性。 数多の男を虜にし、それでも飽き足らない。 彼女は、いつも何かを求め、何かに囚われ、そして 多くの人間が彼女に囚われる。 そんな残酷な負の連鎖。 毒リンゴから解放されたい彼女は、 僕たち有象無象にとって毒リンゴだった。 僕と2人きりで、外食を楽しんでいる 今も、彼女の目はどこが虚(うつろ)で、 何を話しかけても、響いていないようだった。 しかし、相手を楽しませる技術は、やはり、同年代の娘のそれより持っていて、 いや、持ちすぎていて、そんなことを気にしているのも馬鹿らしいほどだった。 「山岡さんって、やっぱりかっこいいよねー。 その時計とか、超高級なんでしょ?」 見え透いた嘘と、さらっと探る金銭事情。 「これはざっと、500万円ぐらいかな。」 「ええ〜。時計に500!? 信じられないなぁ、やっぱり金持ちだね。 かっこいいー」 「そんな褒めなくても、なんでも買ってあげるよ。」 「ほんと!?嬉しいー。」 僕のその言葉で安心したのか、彼女が 仮面を外す。素に戻った彼女は、一層 その目をより冷ややかにした。 そうだ、彼女がこの場にいるのは、 お金を稼ぐ為。僕との会話など1ミリも 興味がない。そんなことは分かっている。 その年には割に合わないであろう 高級フレンチを、食べ終えた彼女。 「それじゃ、行こっか。今日はどの店にする?」 僕がそう聞くと、いつもは飛びつく彼女が、今日は何も言わない。 「どうしたの?何か嫌なことあった?」 「いや、そんなんじゃない。 山岡さん、今日はバッグはいいや。 代わりに…」 「代わりに…?」 「ホテル行きたい…」 「は?ほんとに言ってるの?」 彼女から出てきた言葉は、いつもは絶対に 言わないことだった。というか、 彼女が1番嫌っていることだった。 「〇〇ちゃんがいいなら、そうするね」 戸惑いながらに僕はそう言って、 近くのホテルを探す。もちろん、ラブホテルだ。 それなりの高級そうなところを見つけて、 店から出た。そして彼女を連れて行く。 「初めてだね。〇〇ちゃんが、ホテルなんて。」 そういうだけで詮索はしない。それが この世界のマナーだ。 「うん…」 部屋に着くと、早速、彼女はベッドに座った。 やっぱり、「それ」を望んでいるのか? 僕はまだ腑に落ちなかった。 僕もベッドに座った。 「山岡さん…」 何か違う。これはそういう誘いではない。 「どうしたんだい?いつもの〇〇ちゃん らしくないよ?」 「山岡さん…私、怖い。私が怖い。未来が怖い。この世界が怖い。」 彼女は何かに怯えていた。声も体も、驚くほどに震えていた。 「打ち明けてくれてありがとう。 色んなことが怖いんだね。大丈夫。 僕は〇〇ちゃんを守るよ。何かあったら言って。僕にできることは全部やる。」 「ありがとう…山岡さん…」 彼女は泣いた。僕の胸の中で。 自分の毒を、自分の涙で流そうとしていた。 やはり、十五、六の娘にこの世界は厳しすぎる。残酷すぎる。 この世界で、何の痛みもなく生きて行くのは、大人顔負けの諦観と、 止まらない自己承認欲求と、全てに耐えうる防衛力が必要だ。 本来は、これからそれを身につけるはずなのに。 この世界が間違いなく、彼女という、まだまだ真っ赤で、 未熟なリンゴを毒に染めた。 そしてこの世界を作ったのは、紛れもなく僕みたいな男と、 紛れもなく彼女のような、か弱いリンゴなのだろう。