monte cristo
16 件の小説人生は残酷であり美麗である。
人生に絶望してる人は多くいる。 私もその一人であった。 なぜこんな残酷な運命なのかと自分を呪っていた。 だがある日気づいた。 我々はこの世界に都合よく奇跡的に生まれた。 それなら我々には何か果たす目的、ゴールがあるはずだ。 ゴールが偉業を成し遂げることである人もいれば、ただ幸せに暮らすことである人、死である人もいる。 そのゴールがわからないから皆もがいている、苦しんでいる。 だがゴールがわかれば世界は単純になる…というよりもがく必要がなくなる。 人はただ一点のゴールに向かうしかない。 どんな生き方をしようとただ一点に向かう。 それが人である。 私はそのゴールを見つけた。 それをゴールと仮定した時にあまりにも都合よく私がそのゴールに向かうように行動していたからである。 なりたい職業とかそんな単純なゴールではない。 もっと概念的な何かである。 そこに幸せがあれば私は嬉しかったかもしれない。 だがそこに幸せはなかった。 私はその幸せではないゴールのために日々を生きていかなくてはならない。 どうか知ってほしい。 我々はただ一点に向かって歩いている。 だがそれを先に知ってはならない。 人生は残酷であり続けなければならない。 人生を美麗にするのはその人自身でなくてはならない。
第八章 エリーニュ・S・赤芽
その男は突然現れた。 私たち“クローバー”の隠れ家に。 なんの前触れもなく…以前高架下で橋爪先輩から感じた不思議な雰囲気を纏って。 「…ごきげんよう。ここがあの有名な組織、クローバーの隠れ家ですか」 突然現れた高級スーツを着た男に驚きながらも、すぐに銃を取り出した部下が言った。 「何者だ!」 男は微笑みながら話し始める。 「怪しい者ではありませんよ。私はあなた方の味方ですよ」 ボスである私が今度は聞いた。 「味方?なぜだ?」 「私はあなた方が本当は何がしたいのか…を知っているからです。そのための援助をしたいんですよ」 私は彼を嘲笑うかのように聞く。 「ほ〜?私たちが何のために動いているか知ってるというのか?では言ってみろ」 男はクローバーのボスから目を逸らさず言う。 「どうしても許すことができない三人…がいるからではないですか?」 ボスの女は動揺した。クローバーのメンバー以外にそのことを話した覚えはない。なぜこの男が知っているのか。そして橋爪先輩とは見た目が違うのに同じ雰囲気を纏っているのはなぜか。何より…橋爪先輩は亡くなっているはず。 「お前…何者だ?」 女が訝しげに聞くと男はすかさず答える。 「私の名前はエリーニュ・スミス・赤芽です。父はアメリカで莫大な資産を持っていましたが、昨年他界しましてね。今は訳あって日本で父の資産を引き継いで生活しています」 「…なぜ私たちの目的を知っている?」 赤芽は微笑み続けている。 「それは言えませんね」 「そんな怪しい奴の援助を受けると思うか?」 「…そうでしょうね。ではこういう言い方ではどうでしょう?私は大内彩花さんと橋爪悠馬さんの代理人です。彼らの最後の望みを叶えるためにあなた方を援助したいのです」 「…その二人は死んだ」 「ええ、でも彼らの最後の望みはあなたも知ってるでしょう?聞かなくても予想できるはずです」 「…赤芽…さん。二人だけで話せる?」 「いいでしょう」 二人は組織の隠れ家にあるリーダー室を訪れた。 「あなたからの援助は正直受けたい。この組織にはお金が全くないから。でもあなたが何者かはっきりするまでは…とても援助なんか…」 赤芽はリーダー室に置いてある写真に目を向けた。その写真はまだ水谷や大内が現役で卓球選手をしている時の部活全体写真だった。 「こんなものをここに置いて…いいんですか?あなたの素性が明るみになってしまいますよ」 「…思い出…だから」 「なるほど…」 「あなたからはいつか感じた橋爪先輩と同じ雰囲気がある…あなたは本当に誰?」 しばらく赤芽は答えなかった。水谷は質問を変えてもう一度質問をする。 「橋爪先輩や大内先輩と何の関係があるの?」 赤芽は重々しく答えた。 「…はぁ…君までも危険に晒したくはないんだがね…」 急に赤芽が丁寧な敬語でなくなったことに水谷は驚いた。 「…え?」 「…私はかつて違う名前で呼ばれていた。橋爪悠馬という名前で。だがその男は死んだ…何も守ることができなかった無力な男だったからだ」 「…うそ…あなたが…」 「本当は危険でも私一人で計画を進め、君には私の正体を隠しておきたかったんだがね。やはり計画には君のような右腕が不可欠だ」 かつての先輩が姿形を変えてでも生きていた喜びに水谷は涙を流した。 「…本当に…本当によかったです…」 「…泣いている暇はない。すぐに計画に取り掛かるぞ」 「…はい!」 「詩織…何があってもあの三人を地獄に落とすと…誓えるか?」 「はい!どんなことでもします!」 「ではさっそく…取り掛かってもらいたい仕事がある」 赤芽と詩織の話し合いの数十分後、赤芽はクローバーの隠れ家を後にした。隠れ家を前には執事の“森川”と赤芽が所有している高級車が待っている。 「赤芽さん…遅かったですね。ここには何があるんですか?」 赤芽は微笑みながら答えた。 「いや…少し野暮用でね。家に戻る…出してくれ」 「かしこまりました」 しばらく森川が車を走らせていると赤芽が話しかけた。 「森川…君はずっとこの街にいるのか?」 「ええ…出たことはありません」 「そうか…私はここは初めてだ。いつかゆっくり案内してくれ」 すると森川は嬉しそうに答えた。 「喜んで!」 数十分後、赤芽の自宅に到着した。 「赤芽さん。到着しました」 「ん…今日はもう遅い。明日から家の奉公をしてくれ…今日は帰っていいぞ」 「かしこまりました…失礼します」 森川は赤芽の高級車を降り、自身の自家用車に乗り換えると一礼をして敷地を出た。 「…あいつにはそれなりの保護を引かないとな…」 赤芽の自宅は山奥に建てられている。莫大な資産により超高級自宅で一人で住むには広すぎる敷地である。 「…詩織もここに呼ぶか…いや、森川と詩織を会わせるのはまずいか…」 詩織…その名前が脳裏に浮かんだ時、赤芽は数時間前の詩織との話し合いを思い出した。 「すぐに取り掛かる仕事ですか?」 「ああ、あの三人に私が接触しても平気かどうか確かめるための大事な仕事だ」 「まずは何を?」 赤芽は少し笑いながら答える。 「…三人を一か所に集めたい。パーティでもなんでもいい。彼らが必ず出席するような場を作ってくれ」 「でも…クローバーのリーダーとして顔が知れてる私が…」 「君にはクローバーのリーダーとしては一旦退いてもらう。もちろん実質的なリーダーとしては陰から指示を出してもらうがね。…私の秘書としてこれからは動いてもらう。変装してだ」 詩織は目を輝かせた。それは秘書として働けることなのか、赤芽のそばにいることができるからなのかは赤芽にはわからなかった。 「わかりました。なんでもやります」 「さっそく君に資金を預ける。五千万あれば十分だろう」 「はい」 「それから…俺には今執事がいる」 「執事…ですか?」 「執事の名前は森川大聖だ」 詩織は目を見開き、身を乗り出して聞いた。 「森川先輩ですか!?どうやって!?彼を見つけたんですか!?私たちもすごく探したんですよ!?」 赤芽は悲しそうに答えた。 「…見つけた当時は以前の面影はなかったよ。相当辛い思いをしてきたんだろう。君と同じようにな」 「彼に向けられた弾圧は私よりずっと酷かったですよ…」 「彼の両親は3年前に亡くなり、ホームレスになっていたよ。餓死で死んでしまう寸前を保護した。それからは私の前世について知られないように執事として地位を与えた」 「私は森川先輩に…」 遮るように赤芽は言う。 「会わせない。私と君はもう復讐の世界に入り込みてしまっている。だが…まだ彼は入っていない。彼だけは明るい世界で生きてほしいんだ」 「…そうですね」 「私の復讐が終わる前に彼には遠くに行ってもらうつもりだ。それまでは彼は私の資金を用いて保護する」 「悲しいですが…我慢します」 赤芽は立ち上がり、帰り支度を始めた。 「…ああ。ではさっき言った仕事、頼んだよ。出来次第私に連絡してくれ。」 「わかりました」 詩織との会話の記憶を思い出し終わると赤芽は広い一室で一言呟いた。 「罰を受けるのは私だけで良い…」
あなたならどうする?
僕たちは誰でも可能性を秘めている。 何だって出来るような可能性が。 全てを凌駕するほどの可能性が。 芸能人になることも。 有名大学に入ることも。 お金持ちになることも。 ヒーローになることも。 誰かに想いを伝えることだって出来る。 でも… この世でたった一つだけ自らの努力ではどうしようもないことがあったとしたら。 あなたはそれを受け入れるだろうか? それともそれすらも打開しようとするだろうか? たとえ… 周りから悪人扱いされようとも… 邪道だと罵られても… 大切なものが離れていくとしても… 自らの道を切り開くだろうか。 あなたのその手で…
きっと…また会えるから
愛しい。 忘れられない。 また会いたくて。 そう思ってはいけないと知っていても… 想ってしまう… もう一度会いたくて。 許されないことだと知っていていても… 想ってしまう… “きっと…また会えるから” “…夢で言うのは簡単だよな”
愛するあなたへ
彼女は昔こう言った。 “きっと私より大切だと思える人に出会うから” そう信じた。君の言うことだから。 でも日常を過ごせば過ごすほど信じられなくなっていく。 脳裏に焼きついている君の声。 忘れることなどできない後ろ姿。 全てを許せるその笑顔。 せめて…“大切”…とだけは思わせて。 彼は昔こう言った。 “君のことは大切だけど…俺でなくても幸せになってほしい” そうしたい。あなたがそう言うなら。 でもあなたと離れるほどそう感じなくなっていく。 脳裏に焼きついているあなたの声。 忘れることなどできない後ろ姿。 全てを許せるその笑顔。 せめて…“幸せに”…とだけは祈らせて。
第七章 死と誕生
「復讐…できるのか?」 悠馬は女神三人に聞いた。真ん中にいるメガイラが優しい微笑みを浮かべてそれに答える。 「ええ、もちろん。私たちが復讐を始める手伝いをしてあげる。そのために来たのよ」 「…始める手伝い?」 今度は左にいるティーシポネーが答える。 「私たちはあなたの復讐を直接は手伝えない。あなたに必要な情報と地位を与えることはできる」 「…でも…俺はどうやって…復讐をしたら…」 アレークトーが悠馬の前に来て答える。 「それはあなたが決めるの。彼らをどうするか。単純に殺すのか…それとも最高の苦しみを与えるのか…全てあなた次第よ…」 「…まずどうするんだ?」 メガイラ、ティーシポネー、アレークトーは悠馬を囲んで立った。そして話し始める。 「まずはあなたには生まれ変わってもらうわ。全く新しい人間に。あなたと同い年の」 女神達が順々に話していく。 「アメリカ一番の石油王、ドナルド・スミスは知ってる?彼はつい昨日死んだわ。ある人に復讐されてね。あなたには彼の資産を引き継いでもらう」 「あなたはドナルド・スミスの隠し子として生きてもらう。もちろん彼に隠し子はいないけどね。でもそうすれば日本に来ても怪しまれることはないわ」 ここで一順してメガイラに話は戻ってくる。 「手に入れた資産を思う存分復讐に使うと良いわ。日本にいては計画も立てづらいでしょ?まずはアメリカにいてもらうわ」 ただ一方的に話されて悠馬はポカンとしている。 「俺の…この体…俺自身はどうなるんだ?」 「あなたはここで死体として発見される。あなたは死んだことになるわ」 続けてティーシポネーが言う。 「これが私たちの与える“地位”よ」 「…じゃあ…情報って…?」 「細かい情報はあなたの莫大な資産を使って調べるといいわ。でも私たちから基本的な情報を教えてあげる」 次にアレークトーが話し始めた。 「まず広沢麗央についてのことよ。彼はあなたを陥れた後高校に復学したわ。そしてあの事件をきっかけに有名になっていった。その知名度と自身の事件とを関連づけた政策で今年衆議院議員に当選したわ」 「…俺を利用して…成り上がったのか…」 「次に青木蓮…彼は元々高校ではバスケットボール選手として活躍してたわね。広沢が有名になった後は彼が集めたお金を賄賂として活用して有名チームに入ったそうよ。広沢にとって青木は恩人だからね」 「………小野平は?」 「あの事件の功労者として表彰され、学校ではヒーロー扱い。成り行きで野波沙記を手に入れたわ。今では婚約してるみたいね。そして事件解決が高いポイントになったみたいで今は検察事務官として働いているわ」 「…そうか」 メガイラが悠馬を見て言う。 「さあ、これがあなたに与えられる全ての情報…ああ、もう一つあったわね」 「…なんだ?」 「全ての人があなたを見捨てたわけじゃないのよ。中には信じてる人もいた」 「…誰だ?」 「水谷詩織…彼女は大内彩花からの連絡の意味を理解してた。だからあなたが犯人じゃないこともわかった。唯一あなたを信じていたわ。でも…それゆえに弾圧を受けた」 「…そうか」 「そして…今では反社会勢力“クローバー”のリーダーをしてる。表向きでは反社会勢力として活動してるけど…これは広沢麗央、青木蓮、小野平義樹を失墜させるために水谷が作った勢力よ。彼女…すごいわね」 弾圧されても信じてくれていた水谷に悠馬は感謝の気持ちを覚えた。 「…ちなみにあなたさっき彼女に会ってるわよ?」 「…?…まさか!?」 「ええ、あなたが橋爪悠馬だってことはわからなかったらしいけど…」 悠馬は復讐でいっぱいだった心に何か温かいものを感じた。 「さて、じゃあそろそろあなたを生まれ変わらせますか」 悠馬は目を瞑り、一切の雑念を心から取り除いた。心にあるのは…自分を陥れた者達への憎悪と復讐心。 「準備は良い?」 「ああ」 そしてあたりは眩い光に包まれた。 美しく煌びやかな光を放っている街、ニューヨーク。そこに聳え立つ高級マンションの一室で、ある男は目を覚ました。 「…ここは…」 「起きたようね」 そこにはつい数分前まで話していたメガイラが立っている。 「…アメリカか?」 「そうよ」 「他の女神はどうした?」 「後はあなたを見守るだけですもの…あなたにはあとひとつだけ伝えることがある」 悠馬は訝しげに聞いた。 「…なんだ?」 「あなたの名前よ。あなたはもう橋爪悠馬じゃない」 悠馬は内心ドキドキしながら聞く。 「俺の名前?なんなんだ?」 「あなたの名前はエリーニュ・スミス・赤芽。良い名前でしょ?」 「赤芽?日本人じゃないんだろ?」 「…あなたの顔はそんなに変えてないわ。日系アメリカ人として生きていくのよ。だから赤芽を混ぜたの。それにエリーニュ・Sって書くとエリーニュエスになるでしょ?」 「そんなシャレはいらないんだけどな。ま、ありがたく受け取っとくよ」 メガイラは満面の笑みを浮かべて光だした。 「じゃあ、復讐頑張ってね。私たちは空の上であなたの復讐が成功することを祈ってるから」 そう言い残すとメガイラは瞬く間に消えていった。 そこにはかつて高校生として幸せに暮らしていた者が…形を変えて紳士の姿で立っていた。 水谷詩織…それは五年前まで使われていた名前。弾圧の記憶を思い出す忌々しい名前。私は今でも橋爪先輩の無実を信じている。そして大内先輩のことも。 「ボス。今日が橋爪悠馬さんの出所日です。様子を探ってきました」 私は五年前から“クローバー”という組織を立ち上げている。私は七年前の事件の前日大内先輩から送られてきた“青木、広沢、小野平”の三人の名前が事件の真犯人であると踏んでいる。その三人に罪を償わせるために立ち上げた“クローバー”だ。組織のメンバーのほとんどは私と親しくしていて私を信じてくれた同級生又は後輩だ。その一人が橋爪悠馬について報告してきた。 「…様子はどうだった?」 「かなり弱っている様子でした」 「そうか…確か保護場所は叔母の家だったな?」 「そういう報告を受けています」 「とりあえず橋爪先輩の回復を待とう」 先輩の回復を待った後、クローバーの隠れ家に来てもらい詳しい話を聞く予定であったが翌日事態は急変した。 「ボス!橋爪さんが行方不明になったそうです!警察が目下捜索中とのこと!」 「叔母の家には行ってないのか!?」 「はい!」 「私たちも探すぞ!刑務所から一日で行ける距離の場所をしらみつぶしに探れ!警察には見つかるなよ!」 「はい!」 だが結局その日には見つけることはできなかった。警察で保護されたという情報も入ってこない。さらに翌日も捜索をした。今度は私自ら捜索隊に加わった。 そしてある高架下で奇妙な男に出会った。横になり痩せ細っていて見た目は完全にホームレス。だがその男の周りに漂う神々しい雰囲気…それがその男を奇妙にさせていた。 「あなたここで何してるの?」 気づいた時には声をかけていた。 「痩せ細ってるけど…何も食べてないの?」 奇妙な男は手だけで返事をした。“あっち行け”と。だがどうしてもその男から離れる気にはなれなかった。橋爪先輩と関係があるかどうかはわからない…だが放って置けない気がした。 「…あっち行け」 ようやく男は喋った。男は顔を上げたがやはり謎の雰囲気でよく顔は見えない。 「食べ物…あるよ」 「…いらん」 どうしても受け取れないわけ、人と関わりたくないわけがあるらしい。私は不思議に思いながらもその場を後にした。 結局その後橋爪先輩は死体で見つかった。私が行った高架下である。つまりあの神々しさを纏った男は橋爪先輩だったのである。 私はその日から一週間涙が止まらなかった。大事な先輩を二人も失った。 それから一年後のある日。その男は突然現れた。一年前高架下で見た橋爪先輩と同じ雰囲気を纏った男が。クローバーの隠れ家に…来たのである。
悪って何?
悪は大抵の場合、正義に敗れる。 倒されるべくして倒される。 でも本当に倒してしまっていいのか? 悪には二種類いると僕は思う。 根っからの悪と…ならざるを得なくてなってしまった悪。 後者の方が圧倒的に多いと思う。 彼らは底知れぬ憎悪に溺れながら“悪”になる。 どうしたらいい…? どうすることができる…? どうすることができた…? 一番悪いのは彼らを“悪”にする状況を作り出してしまった彼らの周囲の人々かもしれない。
第六章 エリーニュエス
ある高架下で死にかけてる男がいた。彼の名前は橋爪悠馬。七年前同じ高校に通っていた女子生徒を殺害したとして逮捕され、二日前に釈放された。しかし保護場所である叔母の家には行かず、高架下で横になっている。 「………沙…記…」 最後の力を振り絞って愛しく想う人物の名を口にした。そしてゆっくりと目を瞑った… 「あーあ…それで死んじまっていいわけ?」 女の声が聞こえた。一時間ほど前に確かに一人の女が自分に声をかけたが明らかにそれとは別人だ。 「おーい!聞いてんのかよ?」 また聞こえた。しかも最初とは違う声で。二人もいるのか。 「ダメだこりゃ…生きる気がない」 明らかに最初の二人より低い声が更に聞こえた。つまり今自分が横になっている高架下に女が三人もいるということだ。まさか自分を探しに来た警察かと思い、身を起こして目を開けようとした。だが目を開けようとした瞬間、目に痛いほどの光が差し込んでくる。何事かと思い徐々に目を慣らして開けていった。そこには神々しく輝く三人の女性の姿があった。 「…夢でも見てるのか?それとも俺はもう死んだのか?」 「ざんねーん!あなたはまだ死んでませーん!」 真ん中にいる女性が笑顔で言う。悠馬には状況が理解できないでいる。 「…だ…誰だ…?」 今度は悠馬の質問に左の女性が答える。 「ふふふ、私たちは復讐の女神よ!」 悠馬はその意味を理解できなかった。 「…驚かないわけ?」 「…いや…え?」 「だから!復讐の女神!わかる!?」 左の女性が声を荒げると真ん中の女性がそれを制した。 「ティーシポネー、その辺にして。とにかく!あなたは死んでないの。そして私たちは復讐の女神、エリーニュエス。聞いたことない?」 さらに悠馬はポカンとした。 「…いや…聞いたこと…ない…」 「あそう、左からティーシポネー、真ん中の私がメガイラ、右にいるのがアレークトー。全員復讐の女神。三人合わせてエリーニュエスって呼ばれてるわね」 「あ、ああ」 一向に理解できない悠馬に女神たちは苛立っていた。 「ったく!あんたのために来てやったのになんなのよ!」 アレークトーが口を開いた。 「そんなに怒んないの、アレークトー。この子はこれから復讐者になるんだから」 悠馬はメガイラのその言葉に反応した。 「…復讐?なんのことだ?」 「ふふ、あんたが何で逮捕されたか知りたくなーい?」 「…!わかるのか!?」 さらにメガイラは笑って答えた。 「もちろん!私たちは女神ですもの。なんでも知ってるわよ」 「…お…教えてくれ!なんで俺はこんな目にあったんだ!何がどうなってんだ!」 すると今度はティーシポネーが答えた。 「あんたは陥れられたのよ。あなたが友達と思ってた人からね」 「誰だ!」 悠馬の方に身を乗り出してアレークトーが答えた。 「青木蓮…広沢麗央…そして…小野平義樹」 「…!!!」 「残念だったわね。あなたはその三人に嵌められてここまで酷い仕打ちを受けたのよ」 「…なんでその三人が俺を…?」 「はいはーい、全部話してあげるから。ゆっくりね」 そして三人の女神たちは悠馬が逮捕されたわけを話し始めた。 七年と半年前、冬の花火大会があった日に時は遡る。 「なあ、小野平。お前あの女手に入れるためならどこまでやる?」 自身が恋焦がれていた女子を取られて怒り狂っている小野平に青木は聞いた。小野平は何を聞かれているのかわからなかった。 「…どういう意味だ?」 「いや…もしもよ?お前が本気であの女を手に入れたいなら手伝ってやるぜ?」 「もう遅いだろうが!」 そこで広沢が話に割り込んできた。 「俺の復学の計画にお前があの女を手に入れる計画も加えるんだよ」 「…計画?そういやそんなこと言ってたな…どんな計画だよ?」 広沢は笑いながら返した。 「お、乗り気になったきたな」 「黙れ…いいから言え、青木」 「広沢の暴行事件の罪を誰かになすりつけるんだよ」 小野平はその言葉に鼻で笑う。 「そんなことできるわけねーだろ」 「そう…俺もそう思ってた。5分前まではな」 「…あ?」 青木は薄ら笑いを浮かべて続ける。 「そこで橋爪と大内が出てくるんだよ。橋爪に全ての罪を被ってもらう。橋爪が悪人で小野平があの女を助ければ…お前は女を手に入れられる」 続けて広沢が言った。 「お前…橋爪に嫉妬してんだろ?良い機会だと思うぜ〜」 「………」 「ちょうど罪を被ってもらう奴を探してたんだよ…橋爪なら大内と繋がりがあってちょうどいい」 「…もっと…詳しく話せ…」 それから五ヶ月後…再考に再考を重ね、三人の計画はまとまった。 「よし…まとめるぞ…」 「ああ」 「まず学園祭の準備中、学園祭の前日だな。その日に橋爪には俺の作った銃に触れてもらう。それで奴の指紋をつける。奴はステージ作りの工具を必ず取りに行く。そこに銃をばらけさせた状態で置いておく」 青木が説明に小野平は質問した。 「橋爪以外が取りに行く可能性もあるだろ」 「いや…橋爪以外のステージ係のメンバーは委員会の集会があるといっていなくさせる。必ずあいつが取りに行くように仕向ける。よし…次にその日の下校時間後に大内を攫う。あいつは音源係だから必ず下校時間まで残っている。そこで攫う」 今度は広沢が質問した。 「何で攫う?」 「この橋爪が触った銃だ。もちろん俺らの指紋はつかないように手袋をする。あー、攫うのは俺と広沢だ。そこから俺と広沢は大内と一緒に屋上で過ごす。そして大内に次の日の朝に屋上に来て欲しいと橋爪に連絡させるんだ。まあ逃げられないように足でも撃っとくか」 広沢が訝しげに聞いた。 「騒がれたりしないか?」 「口はしっかり抑えるさ。さて次は橋爪が屋上に着いたら俺らはしっかり隠れることだな。そして悠馬が立ち去ったら大内には落ちて死んでもらう」 またしても広沢が聞いた。 「立ち去らなかったらどうするんだよ?」 「ここで小野平の出番だ。夜のうちに完成したステージを壊しておけ。ステージが壊れているっていう連絡があれば橋爪が急いで立ち去るはずだ。そして大内が死ねば警察の調べが入る。その日のうちに小野平は匿名で橋爪が犯人である事を警察に言うんだ。警察が入る前にその前に俺らは橋爪の机の中に銃を入れておく。これで警察は橋爪を犯人として扱う」 そして説明は広沢に変わった。 「そして俺の出番だな?警察が橋爪を犯人として扱い始めたら俺は橋爪に脅されて大内と水谷に暴力を振るったって言えば良いんだな?」 「そういうことだ。殺しを厭わない奴から脅されたんだ、仕方ないと思われるさ。それで晴れて復学の道ができる」 そこで小野平が割って入った。 「俺はどうやって沙記を手に入れれば良い?」 青木が快活に笑って答えた。 「匿名の電話は自分であるって言えば良いんだよ。お前は殺人犯を捕まえたヒーローだ」 こうして三人の計画は実行に移った。 三人の計画は順調に進んでるように思われた。だが、その計画には誤算が二つあった。まず一つ目の誤算は銃に森川の指紋もついてしまったこと。森川は早めに帰ってきてしまったのだ。そう、森川だけは本当の委員会の仕事だったのだ。それゆえに計画よりも早く帰ってきてしまい、悠馬と一緒に工具を取りに行ってしまった。 そして二つ目の誤算は彩花を誘拐した後、彩花に水谷にも連絡をさせてしまったことだ。彩花は青木と広沢の目を盗んで水谷に “広沢、青木、小野平” という文言を送っていた。それをバレないようにするためにわざわざ悠馬には電話を入れるという行動に出たのだ。そうしたことによって広沢と青木はその電話を止めることに気を取られ、彩花が水谷に連絡を入れたことには気づかなかった。 そして時は戻り七年後。悠馬のいる高架下。 「これがあなたが逮捕されたわけよ」 悠馬には信じられなかった。そして信じたくなかった。小野平に関しては一緒に卓球をやってきた仲間であるはずだったのだ。 「…俺は嵌められたのか………」 そしてその時悠馬の中で何かが壊れた。人として大事な物が。今まで大切にしてきた物が。そして自分自身に新たな感情が芽生えたことを自覚した。 「どう?あなたを嵌めた奴らに復讐したいと思わない?」 女神の一人メガイラがそう聞くと、悠馬は新たに芽生えたその感情が復讐心であることを知った。
冬花火 第五章までの人物紹介
皆さんこんにちは!monte cristoです! 「冬花火」も早いもので第五章まで来ました。 見てくれてる人もいるようなので軽く登場人物紹介をしようかなと思います! これを読んだら物語が少しわかりやすくなるかもしれません! ①橋爪悠馬(はしづめゆうま) 今作の主人公。 高校では卓球部に所属しておりその強さは全国でも通用するレベル。いつも明るく元気でどこか憎めないキャラ。正義感が強く、将来の夢は警察官。大切なものを守るためならなんでもする男。 第五章までには二人の彼女が登場したが… ②森川大聖(もりかわたいせい) 悠馬の親友。 悠馬と同じく卓球部に所属しており中々の強さを誇る。いつもおとなしくみんなの会話を静かに聞いている。 第五章ではどうなってしまったのか…? ③大内彩花(おおうちあやか) 第一章では悠馬の彼女。それ以降では元カノとして登場する。 悠馬、森川と同じく卓球部に所属している。 高校一年生の時の学校内暴行事件の被害者の一人。 暴行事件をきっかけに心を閉ざすが新たな事件に巻き込まれる…? ④野波沙記(のなみさき) 第三章以降の悠馬の彼女。 彩花と同じくある事をきっかけに心を閉ざしかけている。だが悠馬との出会いをきっかけに元気を取り戻していく。 悠馬と幸せな学生ライフを過ごしていたはずだが… ⑤小野平義樹(おのだいらよしき) 悠馬と同じく卓球部に所属している。 野波沙記のことをしつこく狙い、何度も告白しては振られている。元々卓球では敵わない悠馬に嫉妬していたが沙記を取られたことでその嫉妬心は…? ⑥広沢麗央(ひろさわれお) 悠馬と同じく卓球部に所属してい“た”。 学校内暴力事件の犯人。 普段は清廉潔白を演じていたが事件によって裏の顔がバレた闇の深い人物。 第三章で再び登場するが、その目的とは? ⑦青木蓮(あおきれん) 小野平のクラスメイト。 お手製の銃を作るなど機械には詳しい。 冬花火の日に小野平と広沢を会わせる。 第三章のラストでは意味深な言葉を残す。 ⑧水谷詩織(みずたにしおり) 悠馬と同じ卓球部に所属する一個下の後輩。 彩花と同じく学校内暴力事件に巻き込まれる。 ⑨塩崎美希(しおざきみき) 悠馬と同じ卓球部に所属する女子部員。 悠馬と沙記を繋げた恋のキューピット。 ⑩大林勝頼(おおばやしかつより) 悠馬と同じ卓球部に所属していて、部長を務めている。 とにかくモテない。
第五章 絶望の牢獄
「さて…そろそろ話してくれてもいいんじゃないのかな?」 警察署の取り調べ室で年配の警官が悠馬に問いかけた。 「だから知らねーって!なんで俺が彩花を殺さなきゃいけねーんだよ!」 彩花殺害の容疑をかけられている悠馬はとてつもない剣幕で反論しているが警官はそれを相手にはしない。 「彩花さんが屋上から落ちるのと同時刻に君が校舎から出てくる所を見たという生徒が多くいてね」 「ああ!そうだよ!彩花に呼ばれて屋上に行った!でも彩花はいなかったんだ!何回も言ったろ!?」 警官は聞く耳を持とうとしない。 「…だって君しか屋上にはいなかったんだし…白状したら?」 「だからなんで俺が殺さなきゃいけねーんだよ!」 「付き合ってて別れたんでしょ?」 「…そうだけどよ!」 警官は完全に悠馬のことを犯人扱いしている。 「ていうかなんで彩花が殺されたってわかんだよ?俺はてっきり自殺したのかと」 「あー、彩花さんの足にね…銃によるものと思われる傷があったんだよ。で今朝その銃が君の学校の机から見つかってね」 悠馬は驚き立ち上がった。 「は!?知らねーよ!?銃!?」 「まあまあ、落ち着きなさい。今君の指紋と銃に付いていた指紋を照合してる」 「俺の指紋なんて出てくるわけねーだろ」 警官は悠馬を笑いながら言う。 「あとね、匿名で電話があったんだよ。大内彩花は橋爪悠馬に殺されたって昨日の夜にね」 「意味わかんねーだろ!絶対うちの生徒だろ!」 警官はまだ笑いながら続ける。 「もちろん鵜呑みにはしてなかったんだがね。君を調べれば調べるほど犯人である証拠が出てくる」 「いい加減にしろよ!やってねーって言ってんだろ!?」 「ま、やってないなら銃から指紋なんて出てくるはずないよな?」 「あたりめーだろ!」 取り調べは翌日まで続いた。早朝悠馬を取り調べていた警官が席を外したが三十分ほどで悠馬の元に戻ってきた。 「さてさて橋爪君。指紋照合の結果が届いたよ。君の指紋は銃に付いていた指紋と一致した。君がやったんだね?」 「…!!!」 「驚くことはないだろう?君が使った銃だ」 驚きで言葉を失っている悠馬に警官はさらに続けた。 「それに加えて二年前に起きた君の高校での暴行事件も君が広沢という人物を銃で脅してやらせたそうじゃないか」 悠馬はその言葉の意味が全くわからなかった。 「…え…?」 「昨日までの勢いはどうしたんだね?証拠が見つかってしまえばしょうがないか」 悠馬は驚きと焦燥感で機能していない喉に無理をして声を振り絞った。 「…お…れ…俺は…やってない!!!」 「そうかそうか…それは裁判で言うといい」 「…ま…待て…」 「ああ、それと銃には森川大聖の指紋も付いていた。森川も何かしらの関与があるのだろう?」 「し、知らない、本当に知らないんだ!」 「…何も話す気はないか…覚えておくといい…この国では殺人をした者には生きる価値がない…その身をもって償え」 警官はそれだけ言い残すと取り調べ室を出た。 その後悠馬は裁判を受けた。だが既に抜け殻と化していた悠馬には何も答えることはできなかった。悠馬は何も考えられないまま事は進んでいく。結局悠馬十七歳だったので検察官送致などを経て、懲役十二年が科されることになった。 「…沙…記…」 悠馬は一人独房のなかで呟いた。なぜこんなことになったのか。何が俺をこうさせているのか。ひたすらに考えていた。答えは一向に出る気配がない。 「悠馬!悠馬!こっち来て!」 沙記が自分を呼んでいる。 「ほら!この服可愛いでしょ」 どうやら新しい服を見に来たようだ。 「ねぇねぇどれが良いと思う?」 悠馬は服に悩む沙記に何か言いたかった。だが声が発せなかった。何かがおかしい。なぜ声が出ない。そう強く思った時悠馬は目覚めた。 「!!!…はぁはぁ…」 そこは独房。自分を孤独へと追いやるものだ。 悠馬がこの独房に入って三年が経とうとしていた。裁判や弁護士と毎日のように面会していた頃の記憶はほとんどない。思い出したくないと脳は忘れさせてくれるのだろうか。だがどういった経緯でここにいるかは覚えている。捕まった理由は未だにわからないが。 「また…沙記の夢か…」 この頃しきりに沙記の夢をみる。沙記と面会したことはないため三年前な沙記の姿だ。幸せだったあの日々。もう戻ることができない日々だ。独房に入りたての頃は冤罪を晴らそうと躍起になった…時もあった。だが今はそんな気は起きない。独房にいると面会しない限り外からの情報は入ってこない。両親はどうなったのか。森川はどうなったのか。…沙記はどうなったのか。今はそんなことばかり考えている。 「橋爪。面会だ。」 いきなり来た刑務官がそう告げた。 面会にいたのは悠馬の叔母であった。 「…久しぶりね。悠馬」 抜け殻になっている悠馬にはその人物が誰なのか一瞬わからなかったがすぐに叔母だと理解した。 「叔母さん…」 「ゆっくり話す気はない。用件だけ伝えるわ」 「…叔母さんも…」 悠馬は叔母さんも俺を犯人だと思ってるの?と聞こうとしたがやめた。 「何?」 「いや…なんでもない…それで…用件って?」 「あなたの両親が亡くなったわ。元々犯罪者家族として酷い扱いを受けてきたからね…それに…お金にもだいぶ苦しんだのよ…」 悠馬は今までなんとか生きてきたが、ここで全ての生きようとする気持ちが失せた。心の中で悲しみにひしがれている中、叔母が続けた。 「…それで…ついこの間自殺したわ…本当になんであんなことしたのよ!あんたのせいで家族はめちゃめちゃよ!」 大切な友人の死、理由のわからない逮捕、両親の死、家族にすら信じてもらえない恐怖。悠馬にとってまさにそこは死ぬことも許されない絶望の牢獄であった。 「…あんたが出所したら保護場所は私の所になるから…全く…帰るわ」 ドアを勢いよく開け閉めして叔母は出て行った。叔母が出て行った後、悠馬はしばらく面会室から動けなかった。 「橋爪戻るぞ」 刑務官が悠馬を引っ張るとようやく悠馬は立ち上がり自身の独房へと向かう。 独房へ戻った後、悠馬は出所したあとのことを考えていた。殺人の罪で逮捕された自分は普通に生きていくことはできない。それに加えて、家族すら自分を信じていない。ならばなおさら沙記は自分を信じてくれていないのだろう。そう考えると後は死ぬ以外無いという決断に至った。独房では死ぬことはできない。一日でも早く出所して両親の墓で自分の不甲斐なさを謝り、静かに死のう…そう思った。 それから四年間、悠馬はただ死ぬことだけを思い生きてきた。早く出て死にたいという思いから刑務作業に没頭し模範囚にも認められた。それが功を奏したのか七年で出所できることが決まった。やっと死ねる…悠馬はそう思った。 「橋爪…出ろ」 刑務官に言われるがまま悠馬はすぐに支度をし独房を出た。 「…お世話になりました」 保護場所になっている叔母宅までは警察官が同行することになっている。その道中警察官が悠馬に聞いた。 「街並みは変わってるか?」 「…いえ…変わってる様には見えません」 「じゃあここからは一人で行けるな?」 「はい…」 ここで悠馬と警察官は別れた。警察官は悠馬がこれから叔母宅に向かうと思っている。だが悠馬にはその気はなかった。後は両親の墓に行って、それから死ぬだけ。家族が代々入るお墓があるので場所は見当がついている。悠馬はそこに向けて歩き出した。 思った通りそこに両親の墓があった。 「…ごめんな…こんなことになっちまって…俺にも何が何だかわかんないんだよ…」 悠馬は両親の墓に向けて話しかけた。 「…もうすぐそっちに行くからな…そしたら許してくれな…」 ひと通り話したいことを話し、悠馬はその場を後にした。そして誰も来なさそうな高架下で座る。ここなら静かにしていれば誰も来ない上に、餓死で死ぬことができる…悠馬はそう思った。 しかし飲まず食わずで過ごした二日後、何者かが悠馬に声をかけた。 「あなたここで何してるの?」 声は女性らしかった。 「痩せ細ってるけど…何も食べてないの?」 悠馬は手であっちいけの合図をしたがなかなか立ち去ろうとしないので顔を上げた。顔はフードを被ってよく見えなかったが黒い服に小さく四葉のクローバーが縫い付けてある服だった。 「…あっち行け」 「食べ物…あるよ」 「…いらん」 ようやく女性は諦めたのかその場を後にした。おそらく今のが最後の人との会話だろうと思い、再び悠馬は目を閉じた。 人が滅多に通らないある高架下で一人の男が今、死のうとしていた。