mari
29 件の小説第十二節 側にはいられない
開国派の州が卯州と未州の勝利に沸いているころ 劉、彗、慎は司の屋敷へと呼ばれた ―司の屋敷にて― 先の卯、未連合軍の勝利は大きいものです。 …鐡殿を失ったことは鎖国派にも大打撃でしょう (志、誇りのために命を捨てる…私には…できませんね) 司は鐡の壮絶な死の事実に目を伏せた ……おそらく、今後は猛様が亥州の軍も率いるのでしょう 劉が言う そうでしょうね。彼ならば亥州の兵たちも納得してついて行くでしよう。何より、鐡殿が敬愛して止まない方ですから兵たちも鐡殿の志を引き継いで猛殿に忠義を尽くすはずです 司は冷静に答える 卯州との道が閉ざされ、山は越えられないとなれば‼︎ もう寅と亥の軍は子州へと合流すると考えるのが妥当では⁉︎ 彗は興奮気味だ ええ。その可能性は大いにあります …そして私が独自に辰州に送り込んだ「影」によれば廉殿はすでに軍を率いて子州に向かったそうです。海路を使って。 なんと⁉︎海路を使って⁉︎ 劉は驚きを隠せない (いつの間に⁉︎海路では戌州の前を通らなければならないはずだ‼︎) ど、どうやって…⁉︎ 慎が口に出す どうやら、戌州と午州の勝敗がついた直後、間に密かに子州へと向かったようです。 その時であれば戌州も疲弊しており海にまで目が行き届かないでしょう 司は淡々と答える しかし…そんな…大群が船で動けばいくらなんでも気づくのでは? 慎は疑問をぶつける どうやら少数精鋭部隊だけを連れて行ったようです (なぜだ?子州に向かうと言うことは廉様は「今から本格的な決戦が始まる」と予想したからではないのか?) 慎は廉の考えを計りかねていた 廉殿は…なにやらお考えがあるのやもしれません。 もしかすればそこに入り込める隙が生まれる可能性があります。それを見逃しはしません 司の目が鋭くなる さて、そうなれば決戦は間近。鎖国派も子州に集まるでしょう。 ……具体的な戦いの場はどこになるのでしょうか? 慎が控えめに聞く そうですね。燿様は民に影響が出るのは極力避けたいとお考えになるでしょう。となれば子と酉、戌の間にある広大な平地。そこがもっとも考えられる場だと思います…。おおよそ半里ほどですね。 司が少しだけ苦い顔をした どうかされましたか? 司のその雰囲気を劉は見逃さなかった 平地での戦いは良くも悪くも「逃げ場」がありません。 大群での乱戦では仕方がありませんが、「緻密な戦略」を組み立てにくい…そこだけが厄介ですね… しかし、文句ばかりは言っていられません。最大限の成果をここで挙げます。幸い、この平地は丘や岩場もそれなりにあります。そこは絶対に開国派が死守します。いいですね? 司のその言葉に三人はすぐさま動き出す ――――― (まず、この州の兵の数と兵糧の確認…それから) 慎の頭は回り続ける …‼︎………‼︎………ん‼︎し…………‼︎ どこからかの声に慎は気づかない 慎‼︎ うわ‼︎ 慎は驚いて声を出してしまった 鈴が後ろから慎に抱きついていたのだから お、驚いた‼︎鈴‼︎びっくりするじゃないか⁉︎ …ごめんなさい。呼んだんだけど聞こえていなかったみたいで… 鈴はしゅんとした あ…、すまない。 慎…あの… 鈴、すまない。これから…決戦の準備をしなければならないんだ ………え? 鈴は目を見開いた た、戦いに…行くの?慎も…? ああ。前から言っていただろう?すぐ「明日」という訳ではないけれど近々始まる。おそらくこれでこの国の未来が決まる。 慎の顔はいつになく真剣だ で、でも… 鈴、もう行かないと でも‼︎ 鈴は今までに出したことのない大きな声を出す 慎はそんな鈴の姿に驚く ねぇ…慎は…直接戦うの?だって仲間集めとか武器集めとか、そういうことをしてるんだって言ってたよね?だったら…だったら‼︎慎が直接兵として戦うことはないよね⁉︎ねぇ⁉︎ 鈴の悲痛な声が響く 鈴、戦いに行くことは前から言っていたはずだ。そして俺は君に約束をしただろう?「必ず鈴と鈴の未来を守って帰ってくる」って 慎は鈴の頭に優しく手を乗せた (わかってる…わかってた……でも、慎のやっていることがそういう…後方支援みたいなことだったから「もしかしたら…」って思った…のに) 鈴は無表情のまま俯き、一粒涙を落とした 慎にはその涙は見えない 鈴。大丈夫だから。絶対に帰ってくるから。だから、待っていてほしい 慎のその声と言葉は鈴の心を縛ってしまった ………………わかった 鈴はそれしか言わなかった (少し、混乱しているかもしれないな…) 鈴、じゃあ俺、もう行かないと。気をつけて帰って ……………うん そして慎は走り出した
第十一節 犠牲を払って
―五日後― 卯と未の連合軍は卯の州で敵を待ち構えていた いよいよですね 聖が緊張した声で呟く ええ‼︎準備は抜かりないです 光は希望に満ちた声で応えた (山脈は絶対超えてこない。雪がまだ残っているあの山を大群が超えてくることはまず不可能だ。たどすると、ここを通る他に卯の州に入る道はない) 光の瞳が鋭くなる ここで‼︎ 「「必ず狙い撃つ‼︎」」 ――――― (卯の州に入るにはここを通るしか道はない。何か仕掛けてくるのならここだろう。さて、何をしてくる?) 彼は自ら軍を率いて先頭に立っている それが寅の州の士気をこれでもかと上げていた そしていつもの雰囲気とは違い、至って冷静に戦況を見ている その時… ドーーーーンというけたたましい爆音が響いた なんだ⁉︎ 猛は辺りを見渡した すると自分から少し離れた後方、自軍の隊列に大きな穴ができていた それだけで何人も葬られてしまったようだ な…なんだ…あれは…⁉︎ (爆破物⁉︎しかし、こんな出鱈目な威力のものが⁉︎もともと置いてあったのであれば俺が気がつく‼︎あの威力を出すには相当な大きさなはずだ‼︎横から投げ込まれたとは考えにくい…となれば…) 上からか‼︎ 猛は道の脇、崖の上を見る 崖の中腹には下からはよくは見えないが投石器のようなものを確認することができた この爆発物は未州が外界から取り入れたものの一つであり、一つだけでもかなりの爆発力があるものだ。 それを卯州が繊細な技術でいくつも纏めて「大爆発を起こす一つの爆弾」を作り上げたのだ (固まっていてはまずい‼︎) 全員‼︎固まるな‼︎バラけて走れ‼︎ 猛の声が響く…かと思われたが第二撃が彼の声をかき消してしまう (クソっ‼︎このままでは全滅してしまう‼︎どうすれば‼︎) 猛の顔が歪む その時 うおおぉおおぉ‼︎ とその投石器に向かって突っ込んでいく一つの影が見えた (あれは……鐡⁉︎なぜ一人でそんな所に⁉︎) 寅の州の後に亥の州の軍が追随して進軍していたのでもっと後方にいるはずだった (あれは気のせいじゃなかった‼︎この道に入ってから俺にかかった影‼︎不自然なところから影が出ていた‼︎何か仕掛けられていると急いで確認してみたらこれだ‼︎だが、もう好きにはさせない‼︎猛殿の邪魔はさせない‼︎) 影の違和感に気がついた鐡は単身で崖の中腹にいる投石器部隊に切り込みに行った 投石器部隊は鐡の登場に驚いたがそれでも彼らも兵士。 例え鐡が強くても多勢に無勢であった …ぐっ………だが…ただで死ぬほど俺は潔くは、ない‼︎ 鐡は最後の力で卯の兵士から火種を奪った そして自らその「とんでもない威力の爆発物」が積み上げられている所へ突っ込んだ (俺は…こんな事しかできない…憧れのあなたに届く事はできなかった…猛殿、どうかこの国を…) その瞬間、崖の中腹は大爆発を起こし崖が無惨に崩れ落ちる 猛様‼︎ここから離れなければ‼︎ 部下が猛を無理矢理引っ張った 鐡…………鐡、鐡‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ ――― 寅と亥の連合軍は撤退を余儀なくされる 卯州との道は今、完全に閉ざされてしまったために彼らは今後直接卯州、ひいてはその先にある未州、丑州に手を出せなくなってしまった ―――― やりましたね 聖がほっと胸を撫で下ろした ええ。鐡殿の捨て身の攻撃は想定外でしたが、一時的にでも彼らを退けられたことは大きい。 しかし、鐡殿が戦死されたとはいえ亥の軍はほぼ無傷でしょう。寅の軍も全滅ではない。我々を侮り軍の半分ほどで進軍していたことが彼らにとって逆に「吉」と出ました… 光の言葉は少し焦りにも似たものが滲んでいる …そうなれば道が閉ざされてしまった以上、子の州と合流すると考えた方が良さそうですね。巳や申もそろそろ動き出すでしょう。ほぼ全ての鎖国派が「子州へと集まる」時が来ます… 聖もその強大になるであろう力を想像して身震いをする ――――― 「卯の州と未の州の連合軍があの寅と亥の連合軍を追い返したってよ‼︎」 酉の州でもそんな話で持ちきりだった (このまま…勝ち続けられるのだろうか…きっと次は更に大きな戦いとなる…その時…俺は…) 慎は俯いてしまう
第十節 広がり続ける
―酉の州― そうですか…響殿が…。 響の自刃の話を聞いた司は目を伏せた 司の前には劉、慎、彗がいる しかし‼︎これで鎖国派の力を一つ削ぎました‼︎ 彗は意気揚々と話す ……勢力だけを見ればそうだ。しかし一つの気高い命が失われたことは変わらない。彗、見誤ってはいけない 劉が嗜める も、申し訳ありません。失言でした 彗も素直に謝罪した これで鎖国派は本格的に動き出すでしょう 寅や亥などはいきりたっているでしょうね 響殿の自刃は彼らに間違いなく「力」を与えるはずです ……辰の動きが見えないのが気になりますが (廉殿は何か考えがあるのでしょうか…?) さて、おそらくですが寅や亥は卯を狙うでしょうね 子の動向、辰の動向を見つつ援軍要請があればすぐに動けるようにしましょう 司は指示を出す 御意 司の屋敷からの帰り道 (あ……) 慎は鈴を見つけた 鈴も慎に気づいているようだがいつものように駆け寄っては来ない (だがこれから忙しくなる…。話す時間はないな…。) 慎の顔が暗くなったのを劉と彗は見逃さなかった 慎、行ってあげなさい。私たちが動く。他の門下生もいるのだから、大丈夫だ と劉が微笑む そうだぞ。これから…どうなるかわからないんだから こっちは気にせず話してこい 彗も賛同してくれている 二人は慎の背中を押した …ありがとうございます 二人に礼を言って頭を下げ慎は鈴の元へ走り出す 鈴、鈴‼︎ 慎は鈴に駆け寄る 慎… 鈴は少し暗い顔をしている …どうしたんだ? だって…戦いが始まっちゃった…すごく怖いよ…。 酉がどこかと戦うのもすぐなのかなって 鈴は泣きそうだ …… 慎はどんな言葉をかければいいのかわからない 慎は今、戦いの準備をしてるの? ああ。おそらく次は寅や亥が動く。卯や未を狙うだろう。だから援軍要請をされたらいつでも動けるように、武器や兵糧、仲間を集める仕事をするんだ。 (だったら…もしかしたら…) 少しだけ鈴の顔が明るくなった 慎、もう一度約束してね。「慎だけがどこか遠くへ行かない」って 約束する。絶対に守るから 慎は鈴の手を握って誓った ――――― 辰の州 (響殿は誇り高い死を選ばれたか…私は…) 廉の心はあの会合から揺れ続けている 自分の視野が「目の前」だけを見続け極端に狭くなっていたことを痛感したからだ (この国の「本当の未来」を見据えていたのは彼らの方だったと認めざるを得ない) しかし… 廉は呟く (今更鞍替えをすることは私の矜持に反する…しかし、積極的にこの戦いに参加することが…果たして「燦の国」にとって良いのだろうか) 彼の心は曇り空のようだった ―寅の州― なんてことだ‼︎響殿が‼︎ 猛は苛立ちを隠せない その場には亥の州の鐡もいる 誇りを忘れない見事な散り様‼︎天晴れでごさいます、響殿‼︎ 鐡は涙を流した 最早、ぐずぐずはしていられない‼︎我々で開国派を潰す‼︎ 猛の鼻息は荒い 燿様は戦いを経験されたことがない‼︎そこを早急に叩かれてしまっては…燿様を抑えられてしまったら例え我らが戦えたとしても「負け」が確定する‼︎ …おそらく卯と未は連合になるでしょうな 鐡が呟いた そうだろうな。山脈は越えられん。それでなくてもまだまだ雪深い。そこを超えるだけで一月はかかってしまう… だが‼︎卯と未の連合ごとき、我ら寅と亥の連合の前ではただの「狙われた草食動物」だ その二つを倒してしまえば後ろにいる丑など敵ではない。豊は燿様と同様、戦いを直接したことのない若者。そして気弱な軟弱者だ。侮はないが別段気合いを入れることはしなくていいだろう では、早速‼︎ ああ…五日後だ。五日後、卯に攻撃をする ではそれまでに‼︎ (見ていろ‼︎必ずお前たちを…響殿の仇を取り、この国をあるべき姿へと導く‼︎) 猛の瞳は獲物を捉えた肉食動物のようにギラついていた ―巳の州― (やれやれ、響殿…なにも自刃などしなくてもよかったと思いますけどねぇ。樹殿なら捕らえこそすれ、殺すことはしなかったでしょうに。それにしても…私も随分と視野が狭くなっていたようですねぇ…。これは…「乗る船」を見誤れば…慎重に動かねばなりませんねぇ…。) 中の瞳が怪しく鋭く光る ―申の州― (全く。誇り高すぎるのも考え物だな。国の存続、ひいては自分たちの存続が最優先だろ…。生きてりゃなんとでもなるんだ。だが、こりゃ…少し考えるべきかな。俺にだって沢山背負ってるもの、大切なものがあるからな) 颯の表情はいつになく真剣だ ―子の州― (響…何ということだ‼︎私が…私がもっと早く動けていたらこんな事には‼︎大切な同志を失ってしまった‼︎これから戦いは激化していくだろう…他の鎖国派の同志達が響と同じようになってしまったら‼︎私はどうすればいい‼︎どうすれば皆を…この国を…どうすれば…) 燿は打ちひしがれていた
第九節 引き裂き、覆う
司が帰ってきたと連絡を受けた劉はすぐさま慎と彗を連れて司の元へ駆けつけてた そして驚愕する つ、司様⁉︎そのお怪我は一体⁉︎ 司はことの経緯を説明する 交渉は決裂し戦うことが決定してしまったこと、話し合いの場から出た瞬間に愛国心が強い男が斬りつけてきたこと その話を聞いて彗は憤慨する な、なんという事を⁉︎ 鎖国派は何を考えているのか‼︎ 彗の怒りは収まらない 彗、落ち着くんだ。司様の前だぞ? 慎が嗜める 落ち着いてなどいられるわけがない‼︎ 皇家の若人が感情のまま戦いの火蓋を切り、子の州で開国派の代表の一人である司様に怪我を負わせるなど‼︎あってはならないことだ‼︎ 彗は顔を真っ赤にしている 彗殿、どうか落ち着いて。私は大丈夫です。 司の言葉で彗は渋々ながら落ち着きを取り戻し、座った …司様、そうなれば早急に… 劉が口を開く ええ。 司は立ち上がる 今こそ、「この国の未来」を掴み取るときです‼︎早急に戦いの準備を‼︎……抜かりは許しません。 彼の鋭い目が三人を射抜く 御意‼︎ 三人は強く返事をした ――――― 初めに戦いの火種が燻り出したのは「午」と「戌」であった 二つの州を繋ぐ関所を午側が勝手に閉じてしまったのだ そして閉じられた関所を不審に思った戌側の関所を管轄している役人が見に行ったところ、狙撃され殺されてしまった そのことに対して戌側は午側に対して「そちらからの宣戦布告とみなす」と伝え、戦いの火蓋が切って落とされようとしている ―戌の州― (まさか、こんなにも早く戦いが始まってしまうとは…) 樹は暗い表情をする 戌の州と午の州は樹が当主になってから比較的良好な関係を築いてきただけに樹も落胆を隠せない (しかし、やるしかない。このまま引き下がっては無意味に殺されてしまった役人にも申し訳ない。そして、この戦いの勝敗が今後の戦いの行末を左右すると言っても過言では無い‼︎) 樹は覚悟を決めた (早めに決着を付けた方がいい。子の州の準備が整う前に。そうすれば午の州は地理的に孤立する) 樹は外界から手に入れた近代武器「ガトリング砲」を使うことを決めた (寅や亥と比べれば午は兵の練度は落ちる。この武器の懐へ入ることはできないだろう。人海戦術もこちらのすぐ後ろに開国派の州が連なっている為に避けてくるはずだ) 樹は考えを巡らせる ―午の州― なんてことを‼︎ 響の怒声がこだまする だれが「殺せ」などと命じた‼︎ 近寄られた場合は威嚇射撃のみだと言ったはずだ‼︎ (午の州だけでは…開国派の州は戌の州の後ろに全て連なっている。子の州からの援軍はまだ期待できない。燿様はまだこんな戦いを経験などされていない‼︎自分の州の準備で手一杯だろう。そうなれば我らは孤立無縁も同じ‼︎だから最初の火蓋を切るようなことは避けたかったのに‼︎) 響は苦悶の表情になる そんな二人の当主の思いを受けたように戦いが始まり、心の余裕の違いからか、戦いは瞬く間に戌の州が主導権を握っていく (さあ、後は…響殿を捕らえるのみ。…早まらなければいいが…‼︎) どうしても陣へと行く為には午の州の市街地を通る必要がある その為に要らぬ争いごとが起こることが予想されるが、できるだけ民への被害を抑えるよう戌の軍には言い聞かせてある そして樹は響の立てこもる陣へと向かう部隊の帰りを待った そして――― 樹様‼︎捕縛部隊が戻ってきました‼︎ その知らせを受け樹は走った 部隊長‼︎ い、樹様‼︎ 部隊の全員が頭を下げる そんなことはいい‼︎響殿は⁉︎ ………我らが到着した時には…申し訳ございません‼︎ …そ、そんな… 樹は驚愕する 彼の…周りの者達は…? 皆、響様と運命を共にしたものと思われます… 部隊長の声も苦しげだ (なんてことだ…‼︎一番避けたかった…あなたが命を断つ必要など…どこにも‼︎ただやり方が…信じた道が違っただけ、この国を思っていた気持ちは一緒のはずだったのに‼︎) 樹はこれ以上ないほと悔しそうな顔をする 樹様。響様のご遺体の側にこちらが。 部隊長は手紙を二通差し出した 一通は樹宛、もう一通は… 豊殿宛………ですか。 (彼を…弟のように思っていたのなら…何故⁉︎) そんな気持ちを抱えたまま樹は響からの手紙を開いた ――樹殿―― 私が命を断つことの責任をあなたが感じることはない。 これは私なりの責任の取り方なのだ。 私の当主として選んだ道の誤りが無関係な命を奪い、午の州の民を戦火の恐怖に陥れ、結果として「国を守る」という責務さえ果たすことができない。そんな私を私自身が許すことなどできないのだ。私の命で何かが変わるとは思わない。このやり方しか知らぬ私はやはり「時代遅れ」なのだろう。 樹殿、もしあなた方が未来を掴んだとしたら、どうかこの国を今まで以上に強く美しい国へと導いてほしい。 外界にも負けない、しかし美しさは失わないそんな国を。 例え魂となってもこの国を思っている。―響― (何故…何故‼︎) 樹は手紙を握り締め膝をついてしまった ―――― そして戌と午との戦いは戌の大勝利で幕を閉じた
鈴は割れる
第八節 火蓋 次の日、運命の会合 いよいよ始まりますね 樹は何故かにこにこしている ええ。どうなるか…、これで決まります (燿様だけなら樹殿が丸めこめるのに…二人で参加とは。やはり廉殿は一筋縄ではいきませんね) 司の目は鋭くなった そして二人が待つ部屋に「皇家の燿」、「辰吉家の廉」が入ってきた 樹と司は立ち上がり頭を下げる 廉も頭を下げた では、始めよう 燿が短く宣言する (これで決まる。手を取り合えるのか、戦うのか) 樹の目が先ほどのにこにこしたものから一変して鋭くなった まず…我々は決して『「戦う」ことに肯定的であるわけではない』ということだけ頭に置いておいてもらいたい 燿が控えめながら意志のこもった声で伝える はい。こちらもそうでございます。 樹がにこやかに答える そちらは…開国派は開国した後のこの国のことはどう考えておられるのか? どう優しく考えても列強の食い物にされる未来しか見えてこぬのだが 廉の口調は厳しい ええ。諸外国がこの国を食い物にしようとするのならば全力で抵抗します。この国の誇り高い民はそんな「無理やり」な外国の力を受け入れはしない。ですが、ずっと殻に閉じこもり続けることは世界の情勢を見てももう不可能です。それこそ「燦の国」自体が跡形もなく滅びてしまう 司も一歩も引かない しかし、「今まで」この国は美しい姿を保ち続けられていた。そんな外界の力、文化を入れずとも、ずっと続いていく。続いていける力がこの国にはある 燿の瞳には確かな希望があった …燿様…。それは「あり得ない」と断言させていただきます 樹の声はいつもからは想像できないほど冷たかった あり得ない…だと? 燿は少し不快感を出す ええ。「ありえません」 なぜだ…? 「昔」と「今」では何もかもが違うからです。 違うなど… 燿は悔しそうに顔を少し歪める 違います。我々、燦の国ではなく「外界」が昔とは何もかも違うのです。 樹は声は冷たいが顔はにこやかであり、それが非常に恐ろしい 「外界」が…違う…? 燿は受け入れたくないのか本当にわからないのか…驚いた顔をする ええ。外界の国々は積極的に交流し、時には戦って文化を…特に「軍事」を発達させてきました。世界中を船で航海もしているようですね。「世界の国々」から得られる力、技術。どれもこの国にはない強大な力です。その力の前に「ずっと閉じこもり続けていたこの国」はどんな抵抗ができますか?瞬く間に滅ぼされるのがおちでしょう。抵抗すらままならない。そうなってからではもう指を咥えて見ているしかない。…そんなこの国の姿…燿様は耐えられますでしょうか? 樹はこれでもかと叩きつける … 燿は黙ってしまった 自分の視野の狭さを痛感してしまったようだ そんな彼の姿を見て廉が口を開く 我々が一丸となって外界を追い払えば良いのでは?そちらもそれを望んでいるはずだ …その後は? 司も負けない その後…だと? ええ。「その後」です。先ほど廉殿もおっしゃっていましたね。『開国した後どうするつもりか』と。ではこちらからも。鎖国派の皆様は仮に外界を追い払うことができたとしてその後はどうするおつもりですか?…外界と戦ったこの国はかなりの痛手を負うでしょう。再起には長い時間がかかる。その間にまた外界が攻めてきたら?閉じこもっているこの国では二度目の進行など絶対に耐えられない。断言できます。そしてその二度目の進行で確実に全てを奪われる。 長い目で見ればどちらが「この国の未来」を守れる道なのか、お分かりになるはずでは? 司は止まらない …一度目に徹底的に叩き潰せばよいのだ。 二度と逆らおうなどと思えぬほどに徹底的に。そうすれば少なくともこの国が再起するまで手は出すまい。 廉は探るように言う いえ。そんなことはないかと思いますよ? 司はしれっと言う なんだと⁉︎ 廉殿、外界が「一つの国」だとでもお思いですか? っっ⁉︎ 廉とて気づいていなかった訳ではかなったが、あまりに目の前の「今の状況をどうするのか」に囚われすぎていて失念していた 漁夫の利を狙う国があって当然です。 司は止めを刺すように言う それでも、このまま「こもり続け」ますか? 司のとどめの一言が燿と廉を貫いた (これで決まったと思いたいが…素直に引き下がってくれるだろうか…?いや、それほど甘くは無さそうですね…) 司は瞳の鋭さを解かない それでも… と今まで俯いていた燿が言葉を発する やはり、この国が「列強の食い物にされて美しさを失っていく様」など受け入れることはできない‼︎ 燿様… 廉が少しだけ困ったように呼びかける 外界が少しでもこの国を脅かす…壊していくことは耐えられない‼︎私は断固として開国など認められない‼︎其方たちが折れぬのならば戦いも辞さない‼︎ 燿は言ってしまった… 今、その言葉を言うことがどのような未来を引き寄せてしまうのか。 彼自身が言った『「戦う」ことに肯定的であるわけではない』という言葉を反故にしてしまうことがどういうことなのかということを今の彼は見ることができなくなっている …燿様、それは…交渉決裂と受け取らせていただいてよろしいのでしょうか? 樹が冷たい目で聞く …構わない。私の思いは変わらない‼︎少しも…ほんの指先も‼︎この国に外界の力が入ることなど認めない‼︎ 決まってしまった…。 もう、話し合う余地は燿が叩き切ってしまったのだ …わかりました 樹の目は氷のようだ この国の「義」に則り、お二人が子の州から出るまでの安全は保障する… 廉は少し暗い顔だが「こうなっては仕方がない」といった雰囲気だ ……お心遣い、感謝いたします 司が頭を下げる (…避けたい未来でしたが…腹を括るしかありません) 四人が会合の会場であった「子国寺(ねこくじ)」を出た際…事件は起こる 「おのれ‼︎この国を魂を外国へ売り渡そうとする国賊が‼︎」 一人の男が刀を手にして樹と司に斬りかかった‼︎ 樹殿‼︎‼︎ 司が咄嗟に樹を突き飛ばす そして… 司は腕を斬られてしまった 司殿‼︎‼︎ いえ…腕を斬られただけです…。幸い、深くはないようですね…。 そうは言うが司の腕からは血が溢れている この者を捕らえよ‼︎ 廉の声が響く 警備に捕えられた男は 私は間違っていない‼︎開国派など全て国賊だ‼︎この国を守れるのは鎖国のみ‼︎ と喚いている あ…… と燿は固まってしまった (燿様はまだお若い。こういったことには不慣れであろう。しかし、なんてことだ‼︎) 廉は二人に頭を深く下げた 本当に申し訳ない‼︎先ほど「子の州での安全は保障する」と言ったばかりなのにこの体たらく‼︎ 彼の声は後悔に染まっている 顔をお上げください、廉殿。こういったことがあるかもしれないということなど、常に覚悟しております。特に今回のような場面では。 司がしっかりと答える … 樹は何も言わなかった すぐに手当を。そしてお二人が州を出るまでは信頼できる護衛を付けさせていただく。 廉の声は嘘偽りのないものだった そして司は手当を受け、樹と共にそれぞれ酉の州、戌の州へと帰って行った 帰りの別れ際、護衛達には少し離れてもらい樹と司は話し合う まさか、こんなことになるとは…司殿の怪我のことも含めて私の落ち度です 樹は目を伏せる 樹殿。それは違います。おそらく話し合いをする前から戦いうかどうかは髪の毛一本ほどの細さでしか繋がっていなかった…。簡単な衝撃でぷつりと切れてしまうほど細い希望でした。怪我のことも。廉殿にも言いましたが私は常に覚悟しておりました。樹殿とてそうでしょう? 司は強い光を宿した瞳で樹を見つめる 司殿………はい。ありがとうございます。 樹は顔を上げる では、州へと帰りすぐさま戦いの準備を。 はい‼︎ そうして二人は別れた
鈴は割れる
第七節 決裂 夜…豊が樹の元を訪れた 樹殿…私は…皆様と…。開国派としてこの国を守りたいと思います‼︎ それまでのどこか弱々しかった雰囲気はなくなり芯の通った声で表明した ありがとうございます‼︎豊殿が協力してくださるのはとても心強いです‼︎ 樹は微笑む …あれ?響殿は? 豊は困惑する。 響殿はお手紙をくださいました。 我々とは道を分つと。 え……そんな… 豊はその優しい瞳の眉をこれでもかと下げてしまった 仕方がありません。響殿はどちらかといえば鎖国派寄りでしたし。鎖国派に入ると手紙にありました。 それが彼の「心の在り方」です。責めることなど誰にもできません。…残念ではありますが。ですが豊殿がこちらに来てくださっただけでもこの話し合いは有意義なものでした 樹は豊の肩に手を置いて語りかけるように言葉を紡ぐ そう…ですよね。個人的には響殿は私の兄貴分というか、憧れだったので少し…残念ですが、私も自分の意思で開国派の一員として粉骨砕身すると決めたのです。それこそが私の「心の在り方」だと響殿もわかってくださいますよね‼︎ 豊が顔を上げる (数刻前とは比べ物にならないくらい強い意志をお持ちになられましたね、豊殿。非常に心強いです) 樹は目を細める そして次の日、燿との会合のために樹は子の州へと出発した。それぞれ二人。四人で会合を行うという約束なので司も同行する その間、光も聖も豊も。 それぞれの州へと帰り「最終手段」のために準備を進めておく 一方で慎たちは いよいよ明日、皇家との会合…か 劉の門下生たちはそわそわしていた …もしうまくいったらこの国の全員で諸外国と対等に渡り合える…よな? 彗がぼそっと呟く ああ。その為の会合だ。樹様と司様なら…きっとお二人ならやってくださる。 彗の言葉を聞いた慎が安心させるように言う その日のそれぞれの仕事、役目を終えて門下生たちは一度自分たちの家へ帰った (…明日。明日で決まる。この国の全員で諸外国に立ち向かうのか。それともその前に国内で戦うことになるのか) 慎は少し怖さも感じられる表情をしながら歩く 慎‼︎ どこからか声が聞こえた 慎は辺りを見渡し、鈴を見つけた 鈴‼︎ (やはり鈴を見ると安らぐ) 慎の顔が優しくなった どうしたんだ?もう暗くなるのに。一人では危ないだろう? どうしてもお節介を焼いてしまう。それほどに慎は彼女を大切に思っている もう‼︎このくらい大丈夫よ‼︎相変わらず心配性だね‼︎ 鈴は少し頬を膨らませた そんな姿も可愛らしい ね?もう帰るんでしょう?一緒に帰りましょ? 鈴が慎の手を引く ああ。帰ろう。 二人は手を繋いで帰る ねぇ… 鈴は少し控えめに声をかけた なんだ? 慎は…怖くないの? え? 突然鈴がそんなことを聞くので慎は驚いてしまった 怖いって…何が? 慎自身、分かっていない だって…慎と同じ…劉先生の門下生の人が言ってるのを聞いたの。 明日、「戦う」か「戦わなくてもいいのか」決まる…って あ、ああ…そのこと…か ようやく慎にも鈴が何を言いたいのかわかった気がした (もし戦うことになったらもちろん俺も戦場に行く。…鈴を置いて…。戦場に行く以上、死ぬかもしれない。それは鈴もわかっている。だから…こんなことを) 慎は困った顔をする。こんな時、なんと答えれば鈴は不安を拭えるのだろうか 私…怖いよ。もし慎が戦場に行ったら…。もう会えなくなっちゃったら… 鈴は立ち止まって俯いてしまった 鈴… 慎は言葉が出ない 少し間を置いて 正直… 慎は口を開いた どうなるかわからない。戦わなくていいのか、戦いになるのか…誰にも、わからない。でも…もし戦うことになったとしても…それは必要なことなんだ…この国の未来を守る為、鈴を…守る為だ 慎の言葉とその表情を見て鈴は黙ってしまった そ、…そうだよね。必要なことだよ…。 ずっと慎が悩んでたのも、頑張ってきたのも知ってるから…だから…応援したいし「頑張って」って言いたい。でも…でもね…? 鈴は静かに涙を流し始めた 鈴… 慎は鈴を抱きしめた 彼女は「見えない未来とそれに巻き込まれるかもしれない『自分』を心配して涙を流している」と思ったからだ。 大丈夫。例え戦う未来になったとしても鈴を悲しませたりしない。約束する。 彼女を抱きしめる腕に力がこもった うん…わかってる…。でも慎、もしそうなったとしたら…慎は…(行かないでいてくれる?) 必ず鈴と鈴の未来を守って帰ってくるよ 慎は優しく包み込むような声で言った 鈴はそれ以上は何も言わず慎の胸の温かさだけを感じた 慎…ごめんね。変なこと聞いて。もう大丈夫。私、信じてる。もしそうなったとしても慎は帰ってくるって 鈴は自分で涙を拭った ああ。信じていてくれ。必ず、守るよ 慎の声は「信じても大丈夫」だと思わせてくれた
鈴は割れる
第六節 会合 ―樹と司の話し合いから七日後― 午と丑の代表と戌の州で話し合う日が来た ようこそ、いらっしゃいました。 お二人が来てくださることを心待ちにしておりました 樹のなんとも言えない威圧感が放たれる 今日は司殿と、「卯月(うづき)家」当主「光(ひかる)」殿、未の州「未陰(みかげ)家」当主「聖(ひじり)」殿もいらっしゃっています。 と樹が有無を言わせない速さで紹介した こちらこそ。皆様と意義のある話し合いをしたい 午の州代表「馬屋(うまや)家」当主、響(ひびき)は何やら険しい顔をしている は、はい。私も…。皆様のお話を聞いて…慎重に決めたいと思います 丑の州代表「牛窪(うしくぼ)家」当主、豊(ゆたか)は少しうつむき加減で挨拶をした (さあ、ここが正念場ですね…) 司がニヤリとした では、率直にお聞かせください。 お二人は「どちらに協力するのかを」 司は始めから切り込む …先に…確認しておきたいことがある。 響が口を開いた なんでしょうか? 司が返す この戦いに「外界の兵器」を使うおつもりだと… はい。そのつもりです 樹がしっかりと返事をする …承知した。 響は何かを決めたような目をする (おっと…これはいけませんね) 司の目が光る しかし、それは「戦いが起こったら」の場合です。もちろん準備はしますが。 どのみち、今後は少しずつこの国の門を開いていく必要があるのは明白でしょう。そういったものが入ってくるのも「遅いか」「早いか」になるだけです 光が続けた それに… とその言葉を聖が繋げる 単純な「武力」だけでは鎖国派に勝てないのは目に見えていますからね…。 それほど彼らの「兵力」は侮れない。 渡り合うためには必要でしょう。 それは…そうでしょうな 響の歯切れはまだあまり良くない あ、あの‼︎ 今まで黙っていた豊が声を上げる もし…もし。皆様に協力して…仮に負けてしまったとしたら…。どうなるのでしょうか? まぁ、少なくとも当主の我々はそれ相応の処罰があるでしょうね。 この国の「州」という在り方を無くさないのなら「家」が無くなることはまずない。歴史を見てもそれは揺るがないかと。この「州」という形が「燦の国」そものもですからね。「今まで」を大切にしている鎖国派がそれを大きく逸脱するような決断はしないかと思います 司はあっけらかんと答える 豊は青くなってしまった それでも…どちらかには付いていないとまずいと思います 樹が続けた もちろんお二人には我々に力を貸していただきたいと思っております。 ですが開国派、鎖国派。どちらにも付かずにずっと「中立」を保ち続けるのは…どちらかに付くよりも険しい道なのではないかと思います これ以上ないほど真剣な目だ …そうだろうな。こうなった以上「中立」でい続けることは一番危険なのかもしれない 響は呟く 「今」だけではなく「今後」も見据えてご決断するべきかと思います 樹が突きつけた 三日後、皇家の燿様と会合があるのですよね? 聖が樹に問う ええ。その会合で決まります。「戦うか」、「我々全てが手を取り合う」のか 樹の口調に力が籠る わ、私は…この国の、皆様と手を取り合えたら…いいなと思っております。本当に…。 豊は控えめに言う ええ‼︎もちろん‼︎私も‼︎しかし… 光も賛同するが こちらにもあちらにも譲れない大切な物がある…なかなか難しい未来かも…しれません… と目を伏せてしまった …わかった。 少しだけ。今日の夜まで考えさせていただきたい。必ず今日中に返事をすると約束しよう。 響が宣言する その言葉を聞いた豊も わ、私も。少し一人で整理したいと思います。必ず夜までにお返事をいたします (そう言われてはこれ以上食い下がるのは得策ではありませんね。……二人ともに手応えがある…とはいきませんでしたか。しかし決まってしまえば仕方がありません。次の燿様との会合に目を向けるべきですね) 司は早くも「次」を見据える
鈴は割れる
第五節 流れ そして一月が経ち…酉の州において。 戌の州代表「狗城樹」と酉の州代表「鳳司」が対面する時が来た 司殿、お久しぶりでございます 樹はいつもの優しい笑顔だ こちらこそ、樹殿。お会いできて嬉しい限りです 司も笑顔で返す では… この国の未来について 「「話し合いを始めましょう」」 劉殿にも来ていただきました と司が紹介する 樹様、ご無沙汰しております 劉は頭を下げる 劉殿‼︎息災でしたか?あなた方のご活躍は司様からの書状で聞いております‼︎本当にすごいお方だ 樹は嬉しそうだ さて… その司の一言で空気が変わる 樹殿、現状はどうです?我々二つの州だけでは流石に太刀打ちできないですよ? ええ。もちろん。他の州にも協力を仰ぎました。 今のところ、確実に手を貸してくださる州は卯の州「卯月(うづき)家」、未の州「未陰(みかげ)家」ですね。 樹が答えた (か、簡単に仰っておられるがこれは凄まじいことだ‼︎) 劉は驚きを隠せない しかし… と樹は目を曇らせた いかがいたしましたか⁉︎ 劉は食い気味に聞く さすがに皇家もこの状況を掴んでいます。鎖国派の彼らも準備をしているようですね…。 そうでしょうね…何もなく無抵抗に開国してくれるなどあり得ない。鎖国派…といえば…。 司は頭を抱える 皇家の子の州だけならともかく他の「鎖国派」は「武闘派の州」である 寅の州、辰の州、巳の州、申の州、亥の州。 「武」を重んじ、「義理」を重んじる州達だ。 皇家への恩顧をお返しするために立ち上がるでしょう。 それに… 樹はそこまで言って止まってしまう その言葉を司がつなげた 近代武器には勝てないかもしれないが、彼らは恐らく鬼気迫る勢いで戦うでしょう。懐に入られてしまったら勝ち目はないかもしれませんね 司が表情を変えずに事実を口にする それでも、まずは話し合いの場を設けるべきでしょう。 いきなり戦争を吹っ掛けるほど相手も直情的ではないかと。 劉が進言する そうですね。 彼らとて無駄な血が流れるのは避けたいはずです 樹は悲しそうだ まだどちらに着くのかはっきりしていない州の立場を明確にしなければなりませんね 「丑」と「午」ですか… 平和主義と言えば聞こえがいいですが、あまり日和見を決め込まれても困ります 司が少し棘のある言葉を口にする ええ。ですから七日後、代表のお二人を戌の州へとお呼びしてあります 樹が凛と答える なんと…さすが樹殿。…私も同席させていただいても? 司の口元がニヤリとする もちろん‼︎そうしていただけると心強いです 樹はにこやかだ そうして二人の話し合いは意義あるものとなった 一方皇家、鎖国派は 開国などもっての外だ‼︎ 声を荒げるのは寅の州代表「寅切(とらきり)家」の猛(たける) 開国などすれば今までこの国が気付き上げてきたものをなくすということがわからんのか…‼︎ 彼の目に悔しかさが滲む 落ち着け、猛。だからこそ、我々が力を合わせる必要があるのだ 落ち着いた声で猛を宥めるのは辰の州代表「辰吉(たつよし)家」の廉(れん)だ 廉殿…しかし…‼︎ まだ猛は落ち着けない様子だ 気持ちはわかりますがねぇ 少し落ち着いて、相手の事を「見る」ということも必要ですしそれこそがこういった局面において大事なことですよぉ? 間延びした喋り方をして更に猛を苛立たせているのは巳の州代表「巳和(みわ)家」当主、中(あたる)である しかし、中殿‼︎私も猛殿と同じ気持ちだ‼︎ 猛の気持ちに同意しているのは亥の州代表「亥国(いこく)家」当主、鐡(てつ)である だーかーら‼︎ちょっと落ち着いて周りを見ろって言われてるだろ‼︎情熱的なのはいいけど時には落ち着かないとモテないぞ? そんな軽口を叩くのは申の州代表「猿山(えんざん)家」当主、颯(はやて)だ そんな鎖国派が話し合いをしている中、何も言葉を発しない人物が一人。 子の州、そしてこの国の代表「皇(すめらぎ)家」当主、燿(かがや)である。 燿様‼︎…どうなさるおつもりですか?開国派は着々と準備を進めております‼︎武力抗争も厭わない構えです‼︎ 猛の大きな声が響く …私は…この国が好きだ… 小さい声がする 私は……‼︎この国の美しい文化も、民の生き様も‼︎「今まで」のようにずっとこれからも変わることなくあって欲しいと思っている‼︎ そのために…戦うことが必要なら…仕方があるまい…。しかし、まずは開国派がどのような考えでいるのかを聞かねば。避けられる戦いは避けたいのが…本音だ…。 燿は少し自信無さげに、しかししっかりと自分の気持ちを言葉にする そんな、甘いことを言っていては…‼︎ そうです‼︎ 猛と鐡が異を唱える 二人とも、燿様の考えを否定するのか? 廉の眼光が二人を貫く っ………申し訳ありません 二人はまだ納得はしていないが頭を下げる では、まず開国派の旗頭。樹殿と話す必要がありますねぇ 中が進言する そうだな‼︎もしかしたら和解できるかもしれねぇし。あっちだって「本気の俺たち」とやりあって簡単に勝てるなんて思ってないだろ 颯が賛同する では…開国派との話し合いの場を設ける‼︎ 準備を‼︎ 燿の声が響いた はっ‼︎ 全員の目に強い力が宿る
鈴は割れる
第四節 行動 ー酉の国へと帰る道中ー 慎はずっと思い悩んだ顔をしていた (本当にこれしかないのだろうか…いや、考えれば考えるほど「今は武力を使っても立ち上がる時」だということが見えてくる。それは…わかっているのに…) 何かが引っかかって慎は前を向けない。その「何か」がなんなのかわからない 慎… 歩きながら劉が語りかけてくる は、はい 気持ちはわかる。できれば「武力」を使わずにこの国が一つにならないのかと。 私も彗もそう思っている。 しかしこれからの私たちの行動で、もしかしたら「武力」に頼らなくてもよくなるかもしれない。その未来を掴むためにこれからさらにみなで頑張ろうではないか。 「武力」は最終手段だ 劉が優しく、力強く背中を押してくれた そう…そうですよね‼︎ これからの頑張り次第では話し合いで済む可能性もあるわけですし‼︎ 慎は覚悟を決めた (同士を増やして、外国の武器などをちらつかせて圧力をかけていけば…やり方は少々汚いのかもしれないがそれで国内の戦いを回避できるなら‼︎) 表情も明るくなる 三人は酉の州へと帰り、それぞれ役目を果たす 劉は州の代表、鳳司への進言へ 他の同志たちは仲間集めを開始する ー鳳家ー 劉殿程の御仁が一体私にどのような? 司はまだ警戒しているようだ 司様、本日はこの国の未来について…お話をしに来た所存でございます 劉は深々と頭を下げる …未来…ですか。 私とてこのまま国が形骸化されるのを良しと思っている訳ではないのですよ はい。 しかし、表立って騒ぎ立てて民たちを危険には晒せません。皇家がはっきりとした意思表示をするのならまた違うのでしょうが。「開国する」というのならお力添えをしますし、「このまま鎖国し続ける」と言うのならば静観を続けます 司は淡々と話す 司様、もし他の州が開国に向けて動き出すとしたらどうされますか? 劉の真剣な眼差しが司を貫く 他の州…ですか。そうですね。そうなれば…まぁ、どこの州かにもよりますが。力を貸しても構わない…と考えるでしょうね。 勝ち目の薄い戦い、泥舟に安易には乗れません 司は手に顎をかけながら考える …戌の州の「狗城(いぬしろ)家」御当主、樹様が立ち上がられます 劉は静かに伝える …なんと…‼︎ 司は目を見開いた 樹殿が…動き始めている…と はい。近々、司様にも書状が届くかと。 …なるほど。戌の州ですか…。確かに樹殿が立ち上がる、旗頭となられるのならそちらにつく州も多いでしょう 司は考えを巡らせる 諸外国の武器や戦術も積極的に取り入れていくつもりでございます 劉は隠さず伝える それは…それはいかがなものかな? 仮に戦いが起こり、勝利したとして…その後諸外国に食い込まれる口実を作るだけでは? 司の目が疑念へと変わる はい。司様のおっしゃる通りです。 しかし、今のままでは…この国自体がなくなってしまうかもしれない。文化も歴史も…「今まで」を全て抜き取られた形だけの国になってしまうかもしれないのです‼︎ そうなってからでは…もうこの国は戦えない。立ち上がることができない‼︎ ならばその危険性を押してでも今は進まなければ‼︎諸外国が無理に食い込もうとするのならまた戦います。 劉の声が響く 戦います…ですか。簡単な事ではないですよ?相手の力は強大。そうなった時民が…兵が…着いてきてくれるでしょうか? 司は少し悲しそうな目をする しかし、燦の国の民たちは誇り高い。諸外国にいいようにされることを良しとする者などおりません‼︎ 必ず、立ち上がってくれると信じております‼︎ 劉の熱意が響く …そうですね…。古来より幾度となく訪れていた「外界からの脅威」を跳ね除け続け今まで燦の国を守り続けてきたことは、ひとえにこの国の民たちの「気高さ」故でしょう 司が優しく微笑んだ わかりました…。樹殿からの書状を読んでからということにはなりますが、酉の州も立ち上がりましょう。この国の「誇り」を守るために 司は強く約束してくれた 劉が司の信頼を勝ち得ている時、他の同志たちもそれぞれ仲間を集めることに必死だった 集団にはなっていないが、今の状況に不満を持っているであろう若者たちと話す 思想家の塾にも顔を出す 地道なことだが少しずつ仲間は確実に増えていく 慎も非常にやりがいを感じ、生き生きとしていた (仲間が増えていくことがこれほど心強いとは‼︎「数」はそれだけで「力」だ。大きくなれば無視できないものだ‼︎話し合いも有利に進めることができるかもしれない‼︎) 心に希望が溢れる 彼のそんな姿を見て複雑な思いを抱えている人物がいた 鈴である 慎は少しだけ鈴と会う時間を作ることができた 久しぶりだな。すまない‼︎ここの所忙しくてな…。 ううん。いいの。 そうは言うが鈴は浮かない顔だ …どうしたんだ?何か不満があるなら言って欲しい‼︎できるだけ改善するから‼︎ 不満なんて…ただ、少し慎が遠く感じて… …え? 慎、前より生き生きしてる。それはすごく嬉しいよ‼︎でも…なんだか胸騒ぎがするの。このまま慎がどこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって… 鈴は目を伏せた 慎は鈴を抱きしめた 不安にさせて済むない。しかし、どこか遠くへ行くなんてことはないよ。今、話し合いで国が纏められるかもしれないっていう瀬戸際だから…少し緊張していてそれが君に見えたのかもしれないな。でも大丈夫‼︎きっとやり遂げてみせるから‼︎ 慎は鈴に笑顔を向けた うん…うん‼︎きっと慎ならできるって信じてるよ‼︎ 鈴もできるだけ明るく応える
鈴は割れる
第三節 未来のために ―樹との話し合い― 慎と「武力」を使うと進言した志士「彗」(けい)と劉が話し合いの場に出た 皆様のお気持ち、痛いほどわかります。 私とて、武力を使い民を危険に晒すことを「是」とはしない。しかし今この国が一つにならなければ…国自体がなくなってしまうかもしれない、国が無くならずとも「ハリボテ」の…「形だけ」のものになってしまう。それは、誰も望んでいないことでしょう。 樹はよく通る澄んだ声で話す 彼は若くして狗城家を継いだが先代当主、自身の父のころからその知性と洞察力をもってして他州との戦いにおいて多くの戦果を上げてきた逸材だ 私の家臣たちも、同じ思いです。 実はあなた方がいらっしゃる前から幾度となく、話し合いをしてきました…。 今、この戌の州の中枢はみな「一度武を使い国を統制する」ことに賛成してくれています 私たちはあなた方の思いを受け取ります そして私が旗頭となりましょう。 樹は意志のこもった強い瞳で宣言する 彗も劉も樹の言葉に静かに涙を流した しかし慎はどこか浮かない表情だ そして今後どのように動くべきなのかの話し合いもされる 樹が立ってくれた今、他に協力してくれる所も出てくるかもしれない。 私が、協力してくれそうな州に手紙を書きましょう。中立の姿勢を取っている州なら話を聞いてくれるかもしれません。 あとは…鎖国派よりも開国派の方が取り込みやすいかもしれませんね。どういう思惑があれ国の中枢に立てるかもしれないこの機を逃すことはしないでしょう …子の州がどう動くかが鍵でしょう 子の州はこの国の実質的な統治者である「皇」(すめらぎ)家がある。長い間、この家が国の頂点でいたがこの状況でその権威が揺らぎ始めている。 皇家のお膝元なだけあって、「今まで」を重視する風潮です…。民もそうでしょう。 そうなれば‼︎ 彗が声を上げる 皇家を倒すしかありません‼︎ 他の三人が目を見開く 頭の片隅にはあった考えだが口にすることは憚れていた事だ 協力してくれる州と皇家、鎖国派を倒すしかありません‼︎外国の軍事兵器も使って‼︎ その力を目にすれば「もう殻に閉じこもり続けることなどできない」と目を覚ますはずです‼︎ 彗…それでは戦いに勝ったとしてもその後の諸外国の大きな介入を免れない。それに、関係のない民達を巻き込む危険性も孕む。 慎が嗜めるように言う ではどうする⁉︎その危険性を押しても「現状」を変えなければ「燦の国」自体が無くなるかもしれないんだぞ⁉︎ もう悠長なことは言っていられないんだ‼︎俺だって…俺だってそんなこと…わかっているさ… 彗の言葉は小さくなっていく …抵抗することもなく無くなるくらいなら、死んだ方がましだ… もし戦いの後、諸外国が圧力を強めてきたらまた戦うさ…‼︎そのために今のうちに外国から武器や戦術を取り入れる‼︎ そして彗は再び怒りすら感じられる意志を纏う 二人とも、落ち着きなさい 劉の声が静かに届く どちらの気持ちもわかる。どちらも決して間違ってなどいない。 そうですね。お二人は本当に「この国」を愛していらっしゃるようだ 樹も微笑む 私は 樹が言葉を続ける 彗殿に賛成いたします。 「今後」を手に入れるためには「今」をまず手に入れなくてはいけない。 先ほどの優しい目とは違う厳しい目をする (俺だって…それはわかっている…だが、なぜこんなにも気が重いのだろうか…俺が臆病だからから?それとも…) 自分がここでいくら「反対だ」と喚いても、もう「方向」は決まってしまった そうなれば慎も腹を括るしかない では…早速行動に移しましょう。 皆様はなるべく同志を集めることをお願いしたいです。 「仲間」が増えることは心強いですからね 樹が微笑む では、私は国に帰りこちらの「酉の国」の代表「鳳(おおとり)家」の「司」(つかさ)様にこのお話を直接伝えましょう。 酉の国は開国派寄りの中立という姿勢を取っていますから。私が話した後に樹様の手紙が届けばきっとわかっていただけるでしょう 劉が告げる わかりました。お願いいたします。 樹が頭を下げた これで方向が決まり、本格的に動き出す この国の未来はどうなるのか