moon6

5 件の小説

moon6

読むのが好きで勢いで書いたりしてます。 下手の物好きの横好き

チャノキ

やっと座れたと思ったのに、最悪だ。 今日は特段、朝から最悪な日というわけではない。目覚めも割と良かったし、朝ごはんもパンを一枚食べるぐらいの余裕はあった。行きの電車では、たまに見かけるイケメンも拝めたし、むしろラッキーとまで言える。 あのお局に、長い説教と自慢話を聞かされるまでは。責任は押し付ける。仕事はできない。気品を漂わせてるだけ。 典型的なダメ上司。そのくせ、男社会でやってきた自負からか、五十超えた女の性なのかミスにはねちっこい。 その後からだ、取引先との交渉が難儀したり、満員電車に押し潰されそうになったり。終いには、やっと腰を下ろした次の駅で、隣に座ったおじさんが加齢によるものか喫煙によるものか、はたまた両方なのか。臭いがキツすぎる。最悪だ。 これも全部、あのお局のせい。明日の昼休みはミニお茶会を開くとか言っていた。例のごとく、自慢話を聞かされるだけだ。めんどくさすぎる。 気づくと人はまばらだ。隣の臭いに耐えかねて、反対側に席を移すと、近くのおじさんのリュックの脇に、緑茶のペットボトルが刺さっているのが見えた。 見覚えがあると思ったときには、懐かしさに包まれていた。 「おばあちゃん、今日ね、○○ちゃんに嫌なことされたの。」 台所で料理を作るおばあちゃんの背中に向かって言った。おばあちゃんちの空気は好き。なんだか落ち着く匂いがするし、しゃべってると眠くなっちゃう。 「先生はね、みんな仲良くって言うの。だからおーちゃんは怒ったりしないの。でもね、やっぱり、嫌だったなぁ。意味わからないし。仲良くしなきゃだめかな。」 すると、おばあちゃんは私が飲んでるペットボトルの緑茶を見て言った。 「おーちゃんは、緑茶好き?」 「うん、好きだよ?いつも飲んでるし」 「じゃあ、紅茶はどう?」 「紅茶きらーい、なんかちょっと苦いし、美味しくない。」 「でもね、おーちゃん。緑茶と紅茶って同じ葉っぱからできてるんだよ。」 「え!うそだよ!あんなに色も味も違うんだもん。」 「ううん、ほんとなの。元々はチャノキっていう植物の葉っぱからどっちもつくられてるのよ。抹茶もほうじ茶も玄米茶も、ウーロン茶だって同じ葉っぱなのよ?乾燥とか発酵とかが違うだけでね」 小学生の私は、半信半疑だった。いや、ほぼ信じてないしほぼ疑っていた。発酵とは何かもあの時はわかってなかった。 私はね、と祖母は私の目を見て言っていた。 「私はね、人も一緒だと思うの。元々は人っていう同じ括り。でも、これまでの環境とか過ごし方で色んな性格の人がいる。 だからね、好き嫌いがあって当たり前なの。嫌なのに無理に仲良くする必要はないのよ。」 「違うところがあるとすればね、人は茶葉と違って一度の人生で味を変えることができるってことかしら。」 「味?」 「そう、好きなことをしたり嫌なことと向き合ったりして、その人らしい味を出していくの。その時々の味をたくさん知って、身につけていくのよ。そうして、色んな味の中から自分らしい味を出せる人が、私は魅力的だと思うの。」 まだ難しいわよね、と微笑む祖母が鮮明に甦った。今ならわかる、あのとき祖母が言った味の意味が。続きの言葉を思い出し、にやついてしまった。 「もし、この先で苦手だったり、嫌だなって人がいたら言ってあげなさい。」 昼休み、お茶会をしに来たかのような顔をしてあからさまにウキウキしているお局から鋭い視線と声が飛んでくる。 「あら、あなた。どこにいくの」 はやくミニお茶会の輪に参加しろ、と圧のある言い方をしてきたお局に、祖母から教わったセリフをそのまんま笑顔でぶつけた。 「どうしても、この味が嫌いなんです。」

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浸り

喫茶店で朝から小説を読んでいた。 有名だが自分にとっては読んだことのない作家のものだった。 喫茶店で読んでいたのも理由がある、何度か家で時間を作り読む試みをしたが、例に漏れず寝てしまった。 作品が面白くないとか、自分に合わないとかそういうことではない。少し偏った知識は必要かもしれないが、小説として面白いものだった。 寝てしまう、が喫茶店に行く理由に直結はしないだろう。ただ単純に喫茶店で本を読む自分を味わっているのだ。もちろん本を読み切りたい気持ちもあるし、あの空間が好きなのも事実。だがそれ以上にそこにいる自分、をしたいのは明らかな気がする。 だからといって本が好きな自分、を出したいわけではない。実際に読書は好きだし、それを見せてどうこうという気はまるでない。 ただ、その本のうまみをちゃんと味わえているのかはわからない。何度目かに読んだ時に気づくこともままある。 だからこそ、好き=知ってる(詳しい)の雰囲気が苦手だ。さっき読んでいた本もそこに書いた少し偏った知識はほぼないまま読み続け、面白いと感じている。そんなもんなのだ。 好きなものは好き。それまででいい。そこに深度はない。 と言いつつも、自分がどう見られているかどう見られたいかはきっと気にしている。じゃなきゃ喫茶店で小説を読む自分なんてやらないし、こんなにつらつらと自分の思ったことを書いてわざわざ載せるなんてことしないだろう。 自分が好きならそれでいいと思う反面、必要以上の客観視をしてしまう。 こう思っていることが隣の人にバレてたら恥ずかしいな、いやそしたらこの恥ずかしいなって思ってる気持ちもバレてるってことで、いやそしたら。終わらん。そもそも何故隣の人は思考を読む力を持つ前提なのか、でもそれを繰り返してしまう。 右折禁止の出口は右折したくても車が来てなくてもしない。でも1人の時に限る。一緒にいるやつに律儀でめんどくさいやつだって思われるというよりも、その形で自分の情報が新しく入るのがもうめんどくさい。そいつは多分右折禁止の標識にすらきっと気づいていないだろうけど。 この投稿自体も、上辺だけで付き合っているやつに見られたら恥ずかしいのだろうか、いやあれは…と言い訳を探すのだろうか。きっとするんだろうなぁと思う。 これを書いているのも、小説読んだ後で活字スイッチがオンになっているだけ。でも情緒に問題はなく、普段の脳内を書き出したに過ぎない。 そんなことを考えながら本屋に行き、好きな作家の新作を購入する。活字スイッチも客観脳もフル稼働している。 あー朝から活動して気分いいなって思ってたのに帰るときには、幼稚園の送迎バスが子ども降ろしてる。もうお昼過ぎ。午前中の過ごし方これで正解? あ、今俺の後に小便器使ったおっさん、コーヒー臭いかもごめん。

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ストーリーテラー

市街地から離れた、田舎道に佇むよくある一軒家。特に取り立てるトラブルもなく、過ごしてきたであろう家で、ある夜、夫婦が殺害された。 そこに住んでいたのは、60代前半と30代前半の男、50代後半の女の3人。 当時、それぞれ別の場所にいた。女はキッチンで洗い物をし、60代とみられる男はリビングで新聞を読んでいた。 なんでもない光景だが、それは突如として壊された。 第一発見者は30代前半の男。彼は、事件直前に家を出ている。警察の調べによると、1人で徒歩5分ほどのコンビニに行っていたらしい。帰宅したところ、発見。 防犯カメラによって、男のアリバイは証明された。男は施錠して家を出なかったため、密室とは言えない。警察は躍起になって捜査を行った。密室でないとは言え、たった5分で2人を殺害した動機は、また何が目的でこの家を狙ったのか。はたまた、何かしらのトリックを使って30代の男が2人を殺害したのか。 まぁ問題はそこではなかったのだが。 結論から言えば、あの夫婦、いや、2人組は業界では有名な臓器ブローカー。彼らが直接手を下すことはないが、表向きは夫婦として見せることで、怪しまれることもなく、相当な利益を得てきた。少し目立ちすぎたことと、彼らの傲慢な性格もあり、色々な方面から煙たがられていた。 30代の男はある組織の下っ端だ、連絡手段として使われていただけ。この事件のせいで、切られることになるだろう。 じゃあ誰があの2人を殺したのかって? おいおい、お前らの目は節穴なのか? 現場の状況、被害者の本性、人間関係、これらの詳細な情報見ただろうに それ、誰から聞いたんだよ。

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一番星

本当にこの街に帰宅する人のラッシュなのか、と疑いたくなるほど駅前は人で混み合っている。大した街ではないため、少し歩けば人通りはまばらだ。 マフラーに顔を埋めながら歩いていると、香ばしい匂いが鼻先をかすめた。 「やっぱりさ、人間って傲慢だと思うの」 甘辛タレの焼き鳥を、頬張りながら妻は言った。たしか、仕事終わりにお互い駅で降りた時間が被り、そのままチェーンの居酒屋で夕食を済ますことになった。 最初は上司の愚痴からだったが、多少の酔いも手伝い、気づけば人間の至らない点まで話は飛躍していた。妻は酔うとよく、話のスケールがでかくなる。 「一番星って言うじゃない。あれ、何か知ってる?」 「陽が沈む頃に、一番最初に見える星のことだろ?知ってるけど、それが傲慢と何の関係があるんだよ。とりあえず一旦水飲めって。」 さすがに酔いすぎかと、笑いながら指摘すると、一口だけ水を含んでから妻は言った。 「あれって、ほぼ金星のことなんだって。」 「人間には確認できないほどの数の星が宇宙にはあるっていうのに、一番になるやつは大体決まってんのよ。たかが人間の目視で明るく見えるからって。それって傲慢だと思わない?他の星に対して失礼だよ。」 人間の至らない点というより、もはや星目線で話し始めてからは止まらない。 「星の数ほど女はいる、とかも言うけどさ、星の数と比べたらそんなにいるわけないじゃんね。」 「そもそも、沢山いる中で自分に選択権があるって思ってるあたりがほんとに傲慢だよ。まぁ死んだら星になるっていうのはロマンがあっていいけどね。」 怒りなのかすら定かではないが、妻の話は結局いつも、なぜだか納得してしまう。 「大体、私たちが最初に見えてんのは金星じゃなくて地球なのに…」 これぐらいで潮時とみた私は、会計を済ませ、よろける妻を支えながら家路に着いた。 そういえば、あのときから焼き鳥は食べてないかもしれないな、などと考えながら歩いていると、街灯もだいぶ少なくなってきている。もうじき家にたどり着く。 帰ったら、まず風呂に入って、溜まってる分の洗濯もしなきゃいけない。洗い物も増やしたくないし、夕飯はありあわせの物でいいだろう。少し酒を呑んだらすぐに眠くなるはずだ。 街灯が少ないせいか月が出ていないせいか、今日は星がよく見えた。 目を凝らしても、数えきれない。彼女が言うように、そんな中から一番を決めるのは傲慢かもしれない。 それでもいい。 失礼だと怒られても、どれだけ傲慢と言われようとも、私はまた君を探すよ。

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最後の晩餐

最後の晩餐だとしたら、何を食べたいか? 多少言葉の差異はあれど、会話を広げるためのネタや質問として、この手の話をしばしば用いる。見聞きしたことが一度はあるだろう。 きっと大抵の人が、自分の好きなものや普段手軽に食べられないものを挙げる。 そこにどれほどの拘りがあろうと、適当に思いついたものだろうと、その場で時間を過ごすためのものにすぎない。 私は職業柄、死というものが身近に存在する。 人間の肉体も意思も消失してしまう現象が、ものとして該当するかはわからない。しかし、大抵の人間が恐れる最後の時、先程の例で言う、晩餐後は人間に必ず訪れる。 訪れるタイミングは、人によって様々だ。年齢も時間も原因も。今まで色々な死を見てきたが、こればかりはいつその時が来るかはわからない。だからこそ思うことがある。 なぜ最後を晩餐と限定しているのか。イエスが処刑される前のあれのせいとするならまだわかる。あの印象はやはり強いだろう。しかし、今時の人間が、処刑を待つ身になることはほぼない。寿命や病気、事故によってそうなってしまうことがほとんどだ。 それならば、一体どれだけの人間が例の質問をされた時に想像した、理想の晩餐を行った上で、死ぬことができるのか。 私が担当してきた客から得た知見だと、その可能性はほぼないといえる。 寿命であれば食べる物は限られるため、好きなものを好きなだけというわけにはいかない。病気も同様なことが多い。事故であれば、そんな機会すらもない。 職権濫用かもしれないが、客から話を聞くとよく言っているのが、人間は食事を雑にしてはいけない、ということ。 これは私も同感だ。絶対毎回そうしろ、とは言わないが、できる限りは満足する環境で食事をするべきだ。 最後の食事は、朝食や昼食かもしれない。はたまた、何の気なしに手に取ったグミ一つになる可能性だってあるのだから。 実は人間もこんなことわかっている。ただ、現実味がないために意識の底で蔑ろにしているだけだ。 食事に限らず、人間の悪い習慣といえる。それではだめだ、拾える幸せはたとえどんなに小さくても拾っておいた方がいい。 それがあなたという人間の型に貯まる、幸福のカタチになっていくのだから。 あぁ、偉そうだったか。 経験値がそこらの人間とは差があるものでね。 先に言わなくて申し訳ない、 私の職業は死神。

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