繋ぐ

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ピンクの鯨

第四章 夢の泉 マナは“ピンクの髭”を胸元にそっとしまい、静まり返ったマニマニの街を歩いていた。 灰の鯨が消えたあとの空気は、まるで浄化されたかのように澄んでいた。 街の建物はやわらかく形を変え、まるで彼女の進む先を導いているようだった。 「この髭が……ピンクの鯨のものだとしたら、どこから来たの?」 マナの足が止まる。 彼女の目の前には、見たことのない建物が浮かんでいた。 それは巨大な水晶のドームだった。 表面には無数の夢の欠片がきらめいており、近づくほどに人の記憶や声がささやいてくる。  わたしは空を飛びたかった  あの人に、もう一度会いたい  ほんとは絵を描くのが好きだった 涙がにじむ。 誰かの夢が、この場所に眠っている。 水晶の中心に、小さな泉が湧いていた。 その泉は水ではなく、光そのものだった。 そしてマナは直感する。 ここが、この都市マニマニの心臓部——**夢の泉(フォンターナ)**だと。 泉の前に立つと、胸元の“ピンクの髭”が淡く光を放ち始めた。 「……反応してる」 マナが手のひらに髭をのせると、それがふわりと浮かび上がり、泉の上空でひとりでに回り出す。 やがて泉の光が渦を巻き、そこに一つの影が浮かび上がった。  それは、ピンクの鯨ではなかった。 それは少女の姿をしていた。 けれどその瞳には、空の広さと海の深さが宿っていた。 「あなたが……鯨?」 その少女はうなずいた。 そして口を開く。 「私は“夢を編む者”。あなたが出会いたい“ピンクの鯨”はまだ眠っている。 でも、その鯨は、あなたの夢の中に息をしている。」 マナは息をのんだ。 「私の……夢の中に?」 「そう。だからあなたが“夢を信じ続ける限り”、鯨も生き続ける。 この髭は、あなたが夢を手放さなかった証。 さあ、選びなさい。夢を育てるか、夢を忘れるか。」 少女の声が泉に響き、周囲の空間が淡いピンク色に染まり始める。 マナは、絵本を開いた。 祖母の描いた、まだ見ぬピンクの鯨がそこにいる。 「私は、夢を育てたい。 それがどんなに寂しくて、苦しくても。 だって、それは私がここにいる意味だから。」 泉が静かに波打ち、光がマナの身体を包み込む。 その中で、彼女は確かに“誰かの声”を聞いた。  「もうすぐ、目を覚ますよ」 それは、あの絵本の中で語られていた、ピンクの鯨の声だっ

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ピンクの鯨

ピンクの鯨

第三章 灰の鯨 世界が裏返るような音がした。 水面に手を伸ばした瞬間、マナの身体は重力を失い、柔らかく、けれども抗いがたい力に引きずられていた。 視界は滲み、音は遠のき、彼女の足元にはどこまでも続く深い“夢の海”が広がっていた。 その中心に、それはいた。 灰の鯨(アッシュホエール)。 皮膚はすすけた鉛色。両目は閉じられ、代わりに黒い涙がこぼれ落ちていた。 まるで、かつて夢を持っていたが、それを捨てた何かのように。 マナはなぜか泣きたいような気持ちになった。 それは恐れではなく、どこか切なく、懐かしい感情だった。 「……あなた、ほんとは……」 その時、灰の鯨の瞼が静かに開き、マナの心に声が響いた。 「夢は、痛い。叶わぬ夢は、もっと痛い。 だから、もう眠っていたかった。 けれど……きみの声が、届いたんだ。」 その言葉に、マナの胸が締めつけられた。 「あなたは……私の夢の亡骸……?」 「そうかもしれない。 でもきみが忘れなければ、私はまだ“影”でいられる。 ……さあ、試されるがいい。夢の強さを。」 その瞬間、灰の鯨の尾がしなって空間を打ち、無数の夢のかけらがマナに襲いかかってきた。 色とりどりの“かつての夢”。 空を飛びたかった少女の翼、 海になりたかった少年の瞳、 愛されたかった誰かの指先。 どれも温かく、でもどれも失われていた。 マナはその中で、ただ立ち尽くしていた。 心が溶けそうだった。 けれど、そのとき、彼女の中で一つの想いが火を灯した。 「私は……まだ、“ピンクの鯨”に会っていない。 その夢は、捨てない。 誰が忘れても、私が覚えてる!」 その言葉とともに、マナの胸元の絵本が光を放った。 祖母が遺した、“ピンクの鯨”の絵本。 絵本のページから光があふれ、それが灰の鯨の身体に差し込む。 鯨は一度、苦しむように身をよじらせ、 そして静かに、息を吐いた。 「……ありがとう。 夢を……まだ、見ていいんだな。」 そう言って、灰の鯨は光の粒となり、マナのまわりを旋回しながら消えていった。 その中心に、一本の“ピンクの髭”がふわりと落ちてくる。 それは絹のように細く、けれど不思議な重みと温もりを帯びていた。 触れると、遠い歌声のような、夢の残響が指先に伝わってくる。 マナはそれを大切に両手で包み込む。 「……待ってて、ピンクの鯨。私は必ず、あなたに会う。」 そう呟いた瞬間、足元が再び揺れ、夢の海がマナを地上へと押し戻していった。

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ピンクの鯨

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第二章 夢の境界線 光の渦がほどけ、足元にぬるりとした風がまとわりつく。 マナは目を開け、そこに広がる景色に思わず息を呑んだ。 都市マニマニ それは“夢”がかたちを持ち、さまよう者の記憶が街路に染みつく場所だった。 空は深い群青。月のように浮かぶ街灯が夜を照らし、建物はどれもどこか歪んでいた。 階段が空に向かって伸び、時計の針が逆に進む。 それでも不思議と、そこに“秩序”があった。 マナは歩き出す。 足音は吸い込まれ、沈黙だけが返ってくる。 「ここが……夢の都市、マニマニ……」 まるで夢の中にいるようで、でもあまりにも肌寒く、静かすぎて、それが逆に“現実”を感じさせた。 やがて、マナは一つの広場にたどり着く。 中央には石造りの噴水。そこに、ひとりの老人が座っていた。 眼帯をした、妙に背の高いその男は、マナを見てニヤリと笑う。 「初めて来たな、夢渡りの子よ。」 「……あなた、誰?」 「名乗るほどのものじゃないが……この都市で“夢の境界”を見張る者さ。」 老人はゆっくりと立ち上がり、手にした杖をトン、と石畳に突いた。 「夢はな、境界を越えると毒になる。現(うつつ)を忘れて、すべてを望むようになるからだ。 ピンクの鯨に出会いたいか。ならば、境界線を越えずに“中間”に立て。」 マナは意味が分からず、ただその言葉を胸に刻むしかなかった。 ふいに、風が鳴る。 噴水の水面にさざ波が立ち、そこに“何か”が映った。 大きな影。水の中を泳ぐ、柔らかな曲線。 鯨、だ。 ただし、その色はピンクではなく、深い灰色だった。 「……あれは?」 「あれは“夢を失った者”の影。ピンクの鯨とは似て非なる存在さ。 だが、あれを乗り越えられねば、本物には会えん。」 マナは噴水の縁に立ち、水面に手を伸ばした。 すると、視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間、彼女は“夢と現の狭間”に引きずり込まれていた。

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ピンクの鯨

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第一章 出会いと別れ 

ソルトシュガーの空は、今日も砂糖菓子のように甘く淡いピンクに染まっていた。 
マナは、その空を見上げながら、古びた時計塔の階段をひとり駆け上がっていた。 両手いっぱいに抱えたキャンディ色の本、風に舞うリボン、そして瞳の奥に宿るひとつの願い—— 「まだ、夢は終わってない。きっと、本物の“ピンクの鯨”はいる。」 
マナがその名を初めて耳にしたのは、祖母が残した絵本の中だった。 絵本には、空と海のあわい狭間を泳ぐ、桃色の鯨の伝説が描かれていた。 人の言葉を話し、夢を食べて育ち、幸せを届けるという幻想の生き物。 
けれど、この都市では“夢”など笑われる時代だった。 誰も空の色の変化にも気づかず、潮風の香りにも無関心で、ただルールと効率に従っていた。 
そんな中、マナは、密かに“マニマニ”への旅を計画していた。 遥か海の向こうに存在すると言われるその都市には、夢と現実の狭間を行き来できる門があるとされていた。 そしてその門を通った者だけが、“本当の声”を聞けると。 
ある晩、マナは時計塔の頂で、微かに震える風の中に「くじらの唄」を聴いた。 
「……やっぱり、いるんだ。」 
翌朝、彼女は旅立った。 鞄には祖母の絵本と、砂糖でできた方位磁針。 目的地は“マニマニ”——世界の潮がすべて流れ着くという都市。 
だが、出発のその瞬間、マナの背後で声がした。 
「おまえの夢は、ここにはないのか?」 
振り返ると、そこにいたのは、唯一の親友・レオだった。 真っすぐな瞳で、だがどこか寂しげに笑っている。 
マナは黙って、そっと絵本を差し出した。 レオはそれを受け取り、ページをめくり、そして小さくうなずいた。 
「じゃあ、信じろ。ピンクの鯨は、おまえが見つけるべきものだ。」 
それが、マナとレオの最初で最後の別れだった。 時計塔の鐘が響き、マナの足元に風が集まる。 風は光となり、少女を包み込んだ。 
次に目を開けたとき、そこは空と海が交わる都市、“マニマニ”だった。 
だがマナはまだ知らない。 その出会いが、彼女の運命をどれほど変えていくのかを。 ピンクの鯨が語る“真実”が、どれほど甘く、そしてほろ苦いものかを——

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