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4 件の小説

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自分の吐き出したいものをただ吐き出してるだけなので温かい目で見てください。

終わり

物事が終わる時は本当に突然訪れる。 最近始めたもの、何十年やってきたものでもなんでもそうだ。 自分ではまだやりたいと思っていても終わりは突然訪れる。 世の中理不尽だ。 前はよくても一度つまづいただけで全てが終わる。 いくら努力しようと結果が出なければ「お前の努力不足だ。」と一言で終わる。 満足がいっていなくても突然終わる。 本当に理不尽だ。 明日から何を目標にやればいいのか分からない。 もう終わりだと頭では分かっているのに心の中では諦めきれない。 これが後悔と言うのだろうか。 こんなことなら最初からやらなければ良かった。 こんな思いをするくらいなら始めからやるんじゃなかった。 どうせやるならもっと本気でやれば良かった。 今となっては<たられば>が色々出てくる。 でも結局やらなかったのは自分だ。 悪いのは自分なのだ。 それがわかっているのに、頭の中では言い訳しか出てこない。 でもいくら言い訳しようが終わりは終わりなのだ。 13年間の人生が1つ終わるのだ。 苦しくも楽しかった13年間の人生が終わるのだ。 そしてまた、新たな楽しみを探しに新たな人生が始まるのだ。 その新たな楽しみを探しに明日からまた頑張ろう。 これを書き出してそう思った。

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最後の1年

高校野球最後の1年、特待で入学し、未だ公式試合登板0という情けない結果なのだが、そんな自分でもやはり最後というのは力が入る。 関西への遠征ではとある高校でノーヒットノーラン、マダックスを初めて達成したりとそれなりの手応えはある。 でも、それだけじゃあ足りないのが現実だ。 安定感がないのだ。 いつでも使える安定感がないとやはり背番号は遠い。 夏まで残り約80日…時間がない。 嫌いな努力を続けてきたからにはせめて1イニングでもいいから公式試合のマウンドに立ちたい。 両親や今まで面倒見てくれた人達への恩返しがしたい。 今まで馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい。 そのために嫌いな努力をこれまで以上にやらなければならない。 できるだろうか…いや、やるしかないのだ。 最後までやってやってやりきって後悔のないように自分にできることを精一杯やりきる。 それが背番号への一番の近道だと信じて。

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努力なんて嫌いだ

“無駄な努力はない” 今までどんなにこの言葉に励まされ苦しめられてきたことか… “結果が出なければそれは努力とは言わない” なら今まで俺がやってきたことはなんだったのか… 今までの短い17年間の人生“努力”という漢字で表した、たった2文字の言葉にどれだけ苦しめられてきたことか… 元々、努力なんて好きじゃない。だけどやらなきゃいけない環境に流されるがままやってきたらなぜか真面目だの努力家だの周りが言い出してまたまたその言葉に乗せられてなんとなく生きてたら引き返せないところまで真面目で努力家という印象が周囲に浸透してしまった。 本当は声を大にして叫びたい。本当は俺はそんなやつじゃない!本当は高校生らしくはっちゃけたい! でもそんなこと言えずに後1年で高校卒業というところまできてしまった… 高校を卒業したら心は子供でももう社会的には大人だ。 大人になったら親という甘えられる存在もいなくなり、自分を守るためにまた“真面目な努力家”という皮を被る。 高校に入ってからSHRなどで大人達によく言われるが、嘘は吐くもんじゃなかったなと最近常々思う。 もっと自分らしく、自分に正直に生きてこれば良かったなと思う。 でも、もう遅い。 “真面目な努力家”という皮はもう脱げないくらい自分の身に馴染んでしまっているのだ。 だからこれからもその化けの皮を被って生きていく。 この先何年何十年と死ぬまで生きていく。 それが自分に嘘を吐いた“真面目な努力家”の最大限の努力だ。

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努力なんて嫌いだ

カレンダー

夜、勉強をしながらふと顔を上げると去年の月捲りの小さなカレンダーが目に入る。 去年のものなのだからさっさと処分すればいいものを面倒臭くてそのままにしている。 今日は何日だったかと勉強の手を休めて机の上にあったスマホのロック画面を見る。 2月13日 木曜日 (あぁ、明日はバレンタインか…) ロック画面に表示された日付を見てそんなことを思う。 自分には縁もないものでもやはり年頃なら気になってしまうものである。 (まぁそんなことよりもテストが近いからな〜気にもしてられないか) そうやって頭の中を無理やり切り替え、体をぐっと伸ばして手元のプリントに目を落とす。 どうせ自分は貰えないだろうという現実から目を逸らし忘れるためにたまたま机の上にあったミントのガムを口に放り込み、再びシャープペンシルを走らせた。

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