かりんとう
6 件の小説私が私であるために
彼は私が望む言葉を、まるで売れる占い師のように当ててしまう。 それは決まって必ず「私が私である」ことを忘れてしまいそうな時。 彼の一言一言が、雫になって、私の心の皿に優しく落ちてくる。 それが形を変え、揺れを無くし、心の皿に殉ずることを決めた時、私はこれほどまでにない心地良さに包まれる。 いつかこの皿に溜まった雫が溢れ出してしまったら、私は「私が私である」ことを完全に忘れ、その快楽と中毒性に甘えてしまうのだろうか。 いつか雫が落ちることを忘れてしまったら、私は不安と悲しみに暮れ、物欲しそうな顔で雫が落ちてくることを期待し、見上げているのだろうか。 ──────「私が私であるために。」 最後の時。 私は電車に乗り込んで彼は人気の多いホームに静かに佇む。こんなにも人が多いのに、彼以外が霞んで私の瞳に映る。 彼の目をじっと見つめて、そういえば彼は少し渋色がかった瞳だったということを思い出し、さよならの手を振った。 彼は無心で私を見つめていた。 身体が横に揺れたことを感じて、電車が発車することに気づいた。中央に居た彼が少しずつ左にずれた。 電車に揺られ、潤んだ瞳から乾いた涙が零れたことを感じ、静かに目を閉じた。
美しさを求めて
彼女は美しくなりたかった。 どんな時もどんな瞬間も綺麗でいたかった。 私は彼女が傷ついた時、誰よりも美しくなることを知っていた。 彼女が傷つく姿をずっと見てみたかった。 美しくなる方法を教えるからと、彼女を2人だけの秘密基地によんだ。 不思議がる彼女の頬に、愛をこめて手を上げ、下ろした。少しだけ頬が赤らんだ。 とても美しかった。彼女を押し倒して、馬乗りになりながら交互に、手を上げ勢いをつけ下ろす行為をした。五発繰り返した。 より赤らんだ頬を見て嬉しくなった。 抵抗しようとする彼女を静かにさせたいと思い、髪を持って頭を持ち上げ、数回地面に叩きつけてみた。 彼女は抵抗しなくなった。応答もしなくなったので、体を何回も揺さぶった。 少し開いた目から、瞑らな瞳で私の目を見た。その後笑顔になった。 愛しいという感情を初めて知った。 私はもう一度手を上げ、広げた掌の形を変えて下ろした。 最初よりも鈍い音がした。 あれから何時間か経った。 彼女の顔は真っ赤でよく見えない。 赤い液体にまみれた顔を拭って、形を変えた鼻や目を見た。 彼女は笑顔のままだった。 きっと彼女は私に心の底から感謝するだろう。 誰よりも美しく生まれ変わったのだから。
色々な物差し
「○○って本当に性格良いよね!!」 「○○と言えば、優しい人!!」 「誰とでも話せて本当に凄い!」 あぁまたこの言葉かと思う。 私の容姿を褒めてくれる人っていないんだなぁとつくづく感じる。 それを友達に言っても、 「人は容姿だけじゃないよ! 中身の方が大事!!」 と返される。それは重々承知していることだが、どうせ社会に出たら顔の良い人が優遇されるものだし、ひいきされることだってたくさんあるはずだ。 私は自分が嫌いだ。 容姿じゃ勝てないと勝手に勝負して、 心をまあるく磨いて装って、それを剥がせばこんなひねくれた固まりが出てくる。 私の親友は、こう言った。 「○○って、人のことをどんな物差しで見ているの?」 初めて受けた質問に、しばらく考える時間を使った。 今の話だと、容姿になるのかなと答えた。 「○○の中の物差しはそれなのね。でも私は違うよ。この違いって当たり前の事だと思わない?それぞれ違う顔違う心を持ってて、育ってきた環境も違うんだからね。」 と親友は話を続けた。 「人のことを○○のように容姿っていう物差しで見る人もいれば、内面しか見ないって言う人もいるし、どちらもって言う人だっている。 みんながみんな同じ物差しを持っているわけじゃないんだよ。」 つまり…?と言葉を放った私に続けて、親友は、 「つまり、○○の物差しが○○を傷つけるんなら、新しい物差しを使ってみてもいいんじゃないって話だよ。○○がどうしても、今持っているものがいいって言うならそれでもいいけどね。私は○○が苦しんでいるように見えたから、その方法もあるって助言しただけ。」 なるほどなぁと私は思った。 私が持ってる物差しは、私を傷つけていたんだなと気づいた。 「私は○○の魅力にみんな気づいてないだけだと思うけどなぁー。人のことをよく見ていて気遣いできて、○○が気にしている見た目だって私は素敵だと思うし。 あとー結構ひねくれてるし?」 褒めてんだか貶してんだか。 私は、新しい物差しを探してみようと思う。 今度は私が私を傷つけなんかしない、納得出来るものにしよう。
偽りの善いこと
私は嘘をつきます。 でもみんな、私の表面しか見ていないもんなんで、きっと肩書きは「善い人」 なんだと思います。笑笑 私は電車に乗って、もし老人や妊婦がやってきたら、すぐさま席を譲ることでしょう。 困っているから?ありがとうと言って欲しいから? いいえ、違います違います笑 善い人だと思われたいからです。 こんなことを思いながら席を譲っても、 老人や妊婦は嫌な顔をしません。 私が善い顔をしているからかもしれませんね笑笑 私は偽りの善で、幸せを与えることが出来るのです。 そんなの偽善者だって? それなら悪い嘘をたくさんついてみせましょうか? 席なんて当たり前に譲ってなんてあげませんよ笑 お前は悪い人だ? あなたって物凄く面倒臭い人なんですね笑笑
たんぽぽ
お前はいつも上機嫌だった。 洗濯物を干す時も鼻歌を歌っているし、 料理をする時も愉快なステップを刻みながら、野菜に刃を通している。 お前と一緒に生活してきて何年経っただろう。 気づけばお前は顔に何本もの皺を寄せ、 あの艶があった肌もガサガサで、背丈も腰を屈ませているものだから、うんと小さくなっている。 洗濯物は若い女がやって、料理もその女が作るようになった。 目にしたことがあるのは寝たきりになっているお前の姿だ。 俺は言葉が話せないものだから、お前が安心できる言葉をかけてやれない。 吠えたり、弱々しい声で唸ることくらいしか表現出来ない俺を、お前はそのシワシワな手で優しく撫でてくれる。 お前が微笑みながら俺を見つめるから、俺はそれを満足に思い、受け止める。 俺は外に出て、早々と駆けた。 黄色い色で身をまとうその花を咥えて、 お前のとこまで向かった。 お前はいつもの様に寝ていたから、俺は枕元に花を置いた。 お前がその花を見て、どんな顔を浮かべるか想像がついていた。 楽しみだった。 お前がその花を見る日は、やってこなかった。
居場所
あの人はネットに架空の自分を作ることで、自分を満たしているんだろうな。ほんとは気も弱くて、悪口なんか似合わなくて、もっと、まあるい人なのに。 あの人は、色んな人にいい顔してる。きっと嫌われるのが怖いんだろうな。八方美人ってやつか。まぁ嫌いじゃないけどな。 あの人はまだ、探せれてないんだな。 自分だけの居場所ってやつを。キョロキョロして、きっと自分を見つけてくれる人を見つけてる。 そのうち見つかるさ。根拠とか理由とかそんなもんはないけどな。 私の父は、自身と他人を同じ土俵に立たせることが苦手なんだと思う。 同じ人間なのになあ。不思議だなあ。 父から見た私はどんな風にうつっているんだろう。 どの家庭にもいるような娘? 何を言っても言い返さないロボット? 私はまだ、居場所の名前なんてないのに。 結局、自分のことは自分にしか分からない。 他人の居場所の名前をつけるあなたの 居場所の名前はなんていうの?