Marin.

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Marin.

しばらく低浮上です。

孤独の世界で。

「初めて会った日のこと、覚えてますか?」 辺り一面の向日葵。 じりじりと肌を焼き付ける太陽。 ミーミーと鳴り響くセミの声。 そんな景色の中には合わない、静かな声色で言う君。 「もちろんだよ」 君がリップを落として、僕がそれを拾って。 なぜだか君に一目惚れされて。 あの日は今日みたいに、暑い日だったね。 一歩前を歩く君が、帽子を抑えながら振り返り、目が合う。 その目は今までに見たことのないぐらいに哀しい目をしていた。 目線をずらして、また戻して 「来世でも、逢ってくれますか?」 彼女は哀しい目のまま微笑んだ。 「きっと」 だから僕も口を静かに閉じて、口角をあげた。 一歩、彼女が前に出て、僕にハグを求めるように両手を広げる。 1年、彼女との時間は長いようで短かった、そう感じる。 8月31日、今日が彼女の命日だ。 最期こそ、彼女の期待に応えてあげたい。 彼女には幸せになってほしい。 地面を強く踏み込み、彼女の腕の中に飛び込んだ。 右手にはしっかりと感触があった。 生あたたかい彼女の血が僕の手に伝ってくる。 いつの間にか手の震えは止まっていて。 たどたどしい言葉で感謝を言う綺麗な君とは逆に、僕は 『今、刺してる』 そんな事しか思えなかった。 真っ青な空、真っ黄色な向日葵、そして真っ赤な血。 まるで色の三原色みたいだ。 そんなことを思いながら、彼女の腹部に刺さっているものを抜き、地面に雑に捨てた。 傷口が開き、血がどくどくと流れてくる。 だけど、そんなことを気にする必要はなかった。 僕にもたれかかったままの彼女の頭と腰に手をやり、強く抱きしめる。 何も動かず、音もしない彼女ですらも愛おしいと感じたから。 何分後だろうか、セミの声が一層強くなったころ。 僕は彼女を離し、地面に横たわらせた。 黄土色の土に、溜まっていた血が染み込んでいく。 僕の白シャツには彼女の血がベッタリついていて。 嬉しかった。 彼女を救えた。 彼女の役にたてた。 僕の手からは彼女の血がぽたぽたと垂れていく。 まるでそれが今までの2人の思い出のようで。 寂しくて、手をお皿にして思い出を掬う。 それなのに、 掬っても掬っても、僕の手には留まってくれない。 僕の中で、どっと何かが込み上げてくる。 「殺してくれ」と泣く彼女はもういない。 この世界にすらも彼女はいない。 こんなつもりは、なかったはずなのに。 “それ”は捨てたはずなのに。 ほとんど無意識に腹部に突き立てていた。 彼女のときよりずっとずっと落ち着いていて。 大きく息を吸った。 何も苦しくない。 赤黒い血がどくどく流れている。 呼吸もゆっくりになっている。 僕も誰かに、抱きしめてもらえるかな。

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孤独の世界で。

飴玉は溶けてゆく

深夜0時。 甘ったるい匂いと共に彼は現れた。 最後に会ったのは1年前なのに、 銀色に光る口ピに舌ピ、人差し指と中指の指輪も。 何ひとつ変わってない姿にひどく安堵する。 カランコロン 口の中の飴玉を小さく響かせて。 「今夜、いい?」 小さく微笑んで彼は言った。 頭では断らなきゃと思っているのに 口は言うことを聞いてくれない。 「いいよ」 彼の瞳から目線をズラして一言、そう答えてしまった。 何度目かの彼の訪問。 リビングのソファに並んで座って。 気まづい空気が流れる。 「お茶だすね」 この空気から抜け出すため、そうソファを立とうとしたとき 彼が私の腕を掴んで。 「ここにいて」 なんて柄にもないことを言う。 それでもいやだ、なんて言えなくて。 彼の言う通りに、またソファに座る。 彼が隣にいることがあまりにも久しぶりで 恋人でもないのに、不覚にもドキドキしてしまう。 「ねぇ、」 沈黙を破って静かに彼は言う。 顔をそちらに向けると、彼の顔が近づいて 私の唇と彼の唇が重ねられた。 彼の口ピが当たって、ひんやり冷たい。 そのまま何十秒も離してくれず、先に私に限界が来た。 彼を無理やり引き剥がして 軽く呼吸を整えながら。 下手、と笑う彼を睨む。 キスなんて久しぶりだったからしょうがないじゃない。 彼は笑ってパーカーのポケットに手を突っ込んだ。 「まぁまぁ、飴いるでしょ?」 「は、」 困惑してる私をよそにポケットから手を出して私の手に飴を持たせる。 袋が手のひらに刺さって少し痛い。 たけど、それ以上にバクバクと心臓が痛い。 「もっかい、キスしていい?」 彼は私の手を握ったまま、熱を帯びた目でそう言った。 あぁ、ダメなのに。 何度目なのだろう。頭では分かっているのに嫌だとは言えない。 きっとこれ以上彼のそばにいたら、彼を好きになってしまうのに。 彼の顔が近づいてきて 唇が重なるーー そのときだった。 『テレレレレ』と、彼のスマホが鳴り響く。 同時に彼の顔が離れていく。 スマホの画面をチラッと見て 「電話出てくる」 と、部屋の外に出ていった。 小さくため息をついて顔を正面にやる。 机の向こう側にあるテレビが反射して私が映っている。 部屋には加湿器の音だけが響き、 ドアの向こうからはうっすらと彼の話し声が聞こえてくる。 ヘラヘラとタメ口で、たまに敬語で話す彼。 敬語で話してるとこなんて聞いたことが無かったから、なんだか新鮮で。 つい、聞き耳を立ててしまっていた。 でも声が小さくなったのか、ドアに吸収されているのか、会話の内容はほとんど分からない。 2分程、格闘していただろうか。 「はーい」と、 最後の言葉であろうその言葉だけ、はっきりと聞こえた。 電話が終わったらしく、 ドアが開く。 彼は中に入らず、部屋の外から 「ごめん、明日朝早くなった」 変わらない声のトーンでそう言った。 それはつまり。 彼との夜はこれでおしまいということだろう。 ぐっと、寂しいに似た感情を抑える。 「なら、しょうがないね」 なんともないように立ち上がり、彼を見送りに玄関へ向かった。 「じゃーね」 私に背中を向けて靴を履きながら、静かに言う彼。 「うん」 さっきと同じ、無表情で声のトーンを変えずに言ったつもりだったのに 実際に出た声は今にも泣き出しそうな、情けない声だった。 その瞬間、バッッと彼は振り返り、私の顔を見る。 本当に泣いているのか確かめたのだろう。 でも私は涙一滴も流していない。 そんなことに気づいたのか気づいてないのか、私の前髪を右手でフワっとあげ、 おでこにキスをした。 「また今度」 手を離し、軽く微笑んで言う彼。 その手はもうドアノブにかかっていて。 私に何かを言わせる気はないみたい。 滞在時間は25分。 そうして彼は出ていった。 予定も連絡先も分からないのに。 今日みたいなことがまた起きるのだろうか。 静まりかえった部屋。 だめだ。もう寂しくて。人肌が恋しい。 もしかしたら、さっきの電話は女からで。 もしかしたら、明日早いのも嘘で。 今、涙一滴も出ないのに、 何で彼が離れていくことが嫌で、寂しいと感じたのだろうか。 考えてもきりがない。 でも、確かなことがひとつ。 あんなクズ男に恋なんて絶対に報われない。 変わらない性格。ああやって女を泣かせてきたんでしょ。 もうずっと昔に、彼に恋なんてしないと自分の心に誓ったから。 だから。さっき貰った飴玉を開けて、口のなかに雑に放り込んだ。 飴ばかり舐めてるのも変わってなかった彼。 大事に食べて、とかなんとか言ってたような気もするけど、 もうどうだっていい。 私は彼に恋なんてしていない。そしてこれからも。 私は口の中のまだ大きい飴玉をガリガリと噛み砕いた。

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飴玉は溶けてゆく

駄菓子と君と

暑い夏の日だった。 「一緒に抜け出そう」 昼休みの誰もいない屋上で。 1つ上の先輩、彼はそう言った。 困惑している私の手をとり、 彼の自転車の後ろに乗せて。 「どこへ行こうか」 ひとつ、呟いて自転車を漕ぎ出す。 初めて学校を抜け出した。 後ろでは学校のチャイムが聞こえてくる。 きっと今頃みんな急いで授業の支度をしてる。 そしてそのうち私を探し出す。 帰ったら怒られるんだろうなぁ。 「ちゃんと、掴まっててね」 そんな考えを遮るように彼が言う。 荷台を握る手を強め、 「別にいっか」そう思いながら、ただ右側にある海を眺めていた。 学校を抜け出してから3分くらいだろうか。 「着いた」 彼がそう言い自転車を止める。 私も彼に続いて自転車を降りる。 着いたそこは、小さな駄菓子屋だった。 小さなラムネ色のクジラの看板に“駄菓子屋”と書いてある。 駄菓子屋なんていつぶりだろうか。 小学校以来? いや、もっと前かなぁ。 「ばあちゃん、久しぶり」 彼の声が聞こえ、ハッとする。 彼はもう自転車を塀に寄せ、扉を半分開けていた。 急いで彼の後を追いかけ、お店に入っていく。 「こんにちはっ」 「いらっしゃい」 おばあちゃんは目をうんと細めて笑った。 目がだんだんと開いてくると 私の顔をじっと見つめてゆっくり口を開く。 「……おや、べっぴんさんだねぇ〜。かい君の彼女さんかい?」 「えっ! いえ! ちがいます!!」 チラリと、なんとなく彼の方を見る。 そんな私たちの会話には口を開かずに、すでにカゴに数個の駄菓子を入れていた。 ラムネとラムネとラムネと…… ラムネ、好きなのかな。 彼が振り返り、目が合う。 「俺がお金出すよ」 何を言われるかと思ったら。 「いや、大丈夫ですよ!」 ずっと私に良くしてくれているのに、 さらに奢ってもらうなんて、絶対駄目。 「駄菓子、好きじゃなかった?」 「そんなことは」 「なら…!」 「でも……」 ゆっくり肺いっぱいに息を吸い込み、静かに小さくため息をつく。 負けた…。たくさんの光を含んだ目で私をじっと見つめる彼。 ずるいでしょ……それは。 「なら……きなこ棒で」 「おっけー」 彼は今日一の明るい声を出し、カゴにきなこ棒を入れた。 「奢ってくれて、ありがとうございました」 お店の外に置いてあるベンチに2人並んで腰掛けて、お礼をする。 「どういたしまして」 彼はそう言いながら、飴のように包んであるラムネを開けようとしていた。 「ラムネ、好きなんですか?」 彼が口にラムネを入れたとき、さっき疑問に思ったことを問いかけた。 彼は数秒考えてから答える。 「まぁね」 返ってきたのはそれだけで、包み紙のガサガサとした音が響く。 「……なんでここに連れてきてくれたんですか」 ふと、頭によぎった疑問。 彼は、ピタッと止まってまた数秒考えてから言った。 「うーん、なんとなく?」 「…そうですか」 そこで会話は終わった。 黙ってきなこ棒の袋を開ける。 きなこ棒……。昔好きだったなぁ。 いつぶりだろうか。 久しぶりに食べるきなこ棒は昔よりも甘く感じて。 古い記憶が頭をよぎる。 涼しい風と、海と駄菓子の匂い。 隣に彼がいて。 彼といると気持ちがふわふわして。 彼との時間が心地いい。 日が沈み始め、だんだんと空は暗くなってきている。 買ったお菓子は全て食べ、しばらくベンチに座っていたら、こんな時間になってしまった。 もうすぐ5時のチャイムがなるだろう。 小さくギコギコという自転車を漕ぐ音が聞こえてくる。 彼が後ろを見ないのをいいことに、少し上半身を後ろに倒す。 藍色とオレンジ色の空が視界いっぱいに広がった。 「また行こ」 自転車を漕ぎながら彼が言う。 夕焼けに染まる雲がまるで綿菓子みたいで。 それが綺麗で、なんだかワクワクして。 儚くて、寂しくて。 彼の隣でまた見たいと思った。 だから。 「次は、アイスを食べませんか」 その日が、まだ暑いと願って。

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駄菓子と君と

色づいた日。

朝、起きたのは11時30分。 寝起き早々スマホを探し、 まだパッとしない目にスマホの光を入れる。 そして、なんとなくニュースと天気予報を見る。 夏祭りと晴れ……。 「行ってきま〜す!」 ぼんやりとしている頭を起こすように、1階から妹の元気な声が聞こえてくる。 今日は友達と遊んで、夜は祭りに行くらしい。 いつもの事だから何も気にしない。 なんとなく、スマホの画面を眺める。 スマホにも飽きてきて何もすることがない。 なら、ゲームをしようか。 それとも何か食べようか。 どっちもめんどくさい。 エアコンの音だけが響く部屋。 夏休みも後2週間。 課題、しないと。 何一つ終わっていない自分に嫌気がさす。 そう思うだけで動かない自分にも。 ふと、時計を見る。 いつの間にか3時を過ぎていて。 そろそろお腹すいたな、と のろのろと階段を降りていく。 冷蔵庫にあった梨とチョコレートを食べて、また部屋に戻っていく。 電気も付けず、着替えもせず、そのまま椅子に座り、ゲームの電源をつける。 課題も一緒にしながらゲームを進めていく。 それなのに、ゲームだけがクリアに近づいていく。 それが何か嫌でため息をついた。 また時計を見る。 ゲームを始めてから、すでに3時間が経っていた。 「飽きた」 もう一度ため息をついてから、そう呟く。 また今日もゲームだけして、今日という日が過ぎていく。 けれど、そんな後悔はほんの一瞬だけ。 すぐにスマホゲームの気分になり、スマホを手にとる。 『ピロンッ』 パスワードを入れようとしたその時、誰かからメールが来た。 スマホのロックを解除し、メールを見る。 その瞬間、今日という日に色がつく。 今日という日が特別になる。 「よろしく」で止まっていた、たった2文しかない彼とのトーク画面にもう3文、追加されたのだ。 『今日の夏祭り、一緒に行かない?』 『うん』 『なら、7時集合で』 「奈那が祭りに行くなんて」と驚いている母をよそに その時間に間に合うように、急いで支度をする。 顔を洗い、メイクをし、髪を結び、浴衣を着る。 なんとか15分前に家を出れた。 けれど、慣れない浴衣と下駄のせいで絶対15分以上かかってしまっている。 急がないと。 そう思い、早歩きで祭りに向かう。 人がだんだん増えてきて、屋台が見えてくる。 そして、鳥居のところにいる彼が目に入った。 制服とは違う姿にドキッと心臓がはねる。 近づくにつれ、ドキドキと鼓動が速くなっていく。 「ごめん、遅れて」 「大丈夫、俺も今来たところだから」 まだ、一瞬しか目を見て話すことは出来ないけど、 慣れないメイクも髪型も浴衣も、全部あなたの為。 ちゃんと、可愛くみえてる? 沈黙を破るように彼が目を逸らしながら言う。 「ぇと……すごく、似合ってる」

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色づいた日。

前髪よ、さらばだ。

今から、前髪を切る。 前髪を水で濡らして、クシでといて、ハサミを持って、 この長くて、邪魔な前髪とはおさらばだ。 目の少し上を狙って ザクッ ザクッ シャキッ シャキッ 顔を上げて、鏡を見れば、 あぁ、なんてセンスがないのだろう、と。 眉毛の上で真っ直ぐに切りそろえられた前髪。 バッチリ見える、今にも光を失いそうな目。 明日、これで学校に行くのか。 あんまり似合ってなくて、気分が沈む。 家族に見せたら、姉からは笑われ、弟からは「おそろいだね!」 親からは「サッパリしていいじゃん!」と。 次の日、友達に笑われるのを覚悟して、朝を迎える。 登校中は自転車で前髪が崩れるからバレずにすんだ。 問題は教室に入る時。 踊り場の鏡で変に見えないように整え、教室の後ろのドアから静かに、バレないように入る。 そして、早歩きで自分の席に向かう。 運がいいことに、今は廊下側の後ろから二番目の席だ。 支度をし、席に座る。 よし、ここまでは誰にも気づかれてない。 もう、大人しく座っておこうか。 いや、一旦トイレに……そう立ち上がった時、 友達が前のドアから教室に入ってきて 「え!ゆうか髪切ったの!?」 そんなことをデカい声で言う。 その瞬間、バッッ! とみんなが一斉にこちらを向く。 あぁ……終わった……。 ほとんどの人はすぐに私から目線を外したけど、 女子の何人かは近づいてくる。 「可愛い!」 「イメチェンしたの?!」 「まぁ…そんなとこ」 この歳にもなって、こんなにも盛大に失敗したことを言うのは、恥ずかしくて濁してしまう。 「結構切ったねー!」 「めっちゃ似合ってる!」 「可愛いよ!」 なかなか女子たちからの褒める言葉は止まらず、 そのうち、朝のチャイムがなった。 周りにいた女子たちは自分の席に帰っていく。 はぁ……。 みんなが今度は周りの席の人と話す中、静かにため息をつくと、 隣から肩をちょん、とされる。 顔をそちらに向けると、私をじっと見つめた彼がいた。 「超似合ってるじゃん」 彼は、微笑みながらそう言葉を発した。 誰のどんな言葉よりも頭にすんなり入ってきて 顔に熱が集まっていくのが分かる。 でも短い前髪では顔が丸見えだ。 だから、ありがとうだけ言って、机に突っ伏して。 突っ伏しながら 君にそう言ってもらえるなら、このパッツンな前髪もいいかもしれない、と。 ちょっぴり、そう思った。

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前髪よ、さらばだ。

春の嫌気

「桜、素敵ですよね」 彼と初めて会った時のことを今でもよく覚えている。 さらさらな髪に間から見える、色素の薄い茶色の目。 うざいくらいに整った顔。 公園のベンチに座っていた私の横に、フワって座ってカッコつけて言う君に、正直、嫌気がさした。 私はどう見たって桜なんて見ていない。 目線が桜を捉えていない。 そんな私に気づいているのか、いないのか去年も綺麗でしたよね、なんて。 この人は一体、どういうつもりなのかと思ったよ。 その日は丁度5時の音楽がなり、彼の言葉は無視して帰った。 その頃の私は彼に一切興味が無かったからね。 でも次の日も、彼は私の隣に座って昨日より桜減っちゃったね、なんて言う。 その次の日も、その次の日も彼は来た。 私は何も喋らないのに、彼は毎日のように公園に来て私に話しかける。 「今日の朝ごはんは昨日の残りのカレー食べたんだ」 「ここに来る途中で青い花を見つけたよ」 「昨日服畳んでる時に袖に穴見つけてさ」 そんなたわいも無いことばかり。 でも、密かに、そんな毎日を楽しんでいた自分がいた。 今日は何の話なのだろう、と。 そのうち彼が公園に来ることが当たり前になっていて、 私の生活に、横に、彼がいることが日常になっていた。 やほ、そう言って近づいてくる彼がいることが少し、嬉しかった。 彼との時間がただただ、心地よかった。 だけどある日、彼は公園に来なかった。 その日は、いつもと同じような日だった。 ただ、一瞬、ほんの少しだけ。世界が綺麗に見えたような気がした。 でもそれはきっと、前日に雨が降ったから。 雨水が光に反射してただけ。 風邪でも引いたのかと何週間か待ってみるも、彼は来ない。 1ヶ月、2ヶ月と時間が経っていく。 彼は1日も来なかった。 ✿ また今日も、公園にきてベンチに座りながら彼と過ごした日々を思い出していた。 私はまだ、彼は来るという希望を捨てられずにいる。 彼が来なくなってから、もう2年。 彼が横に居なくなってから、2回目の春が来た。 2年前みたく、桜が綺麗に咲いて、静かに舞っている。 彼はもう、私には飽きたのか。 他に話し相手を見つけたのか。 本当は、恋人がいたのか。 そんなマイナスな考えが頭で回っている。 そういえば彼に、私の名前を教えていない。 何回も聞かれて、自己紹介されたはずなのに。 彼の下の名前も分からない。 もっと、話をしておけば。 もっと、彼を知ろうとしていれば。 もっと……。 心の奥底でそんな後悔だけが滲み出てくる。 ここにいると、嫌でも彼との時間を思い出してしまう。 彼のことを思い出しては、苦しくなる。 だから、もうこの公園に来るのは今日で最後。 長いようで短かったなぁ。 もうすぐ、5時のチャイムがなる。 最後に公園を1週歩こうと、視線を上げ、正面を向く。 ーー彼がいた。 ……え? 「やほ」 呆然としている私にそれだけ言って近づいてくる。 さらさらな髪に色素の薄い、茶色の目。整った顔。 2年ぶりに見る彼はなんら変わっていない。 いや、少し髪が伸びたかな。 まるで、昨日も会ったかのような表情だ。 今までどこにいたのか、私の質問には口を開かない。 私の横にフワって座ってから、カッコつけて言う。 「ちょっと冒険にね」 そんな彼に少しだけ、久しぶりの嫌気がさした。 だけど、私が今から言う言葉に、彼はこれ以上の嫌気がするのかもしれない。 「ねぇ、名前は?」

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春の嫌気

君にキス

「もうすぐ卒業だね」 白い息を吐きながら、笑顔でそう言う小雪の手は、季節外れみたいに温かい。 「卒業しても私のそばにいてよね」 笑顔のままの小雪の頬は寒さのせいか、ほのかに赤くなっている。 「もちろんだよ」 そう言うと、小雪の温かい手は僕の冷えきって、冷たい手を強く握った。 「寒いね」 身長15センチ差。 上目遣いで僕を見る小雪が、余りにも愛おしくて。 思わず、小雪の温かい唇にキスをした。 ほんの数秒だっただろう。 我に返り、急いで顔を遠ざける。 小雪と目が合い、その顔にやられた。 恥ずかしさで顔が熱くなっていく。 「じゃ、またな」 そう言い、俺はそそくさと小雪から離れた。 顔が赤くなっていることを馬鹿にされないように。 家に着き、少し経った8時頃、知らない番号から電話がかかってきた。 いつもは出ないけど、今日は出てみる。 どうしても、出ないといけないような気がしたから。 何処かで「出ろ」そう言われてるような気がしたから。 応答を押し、恐る恐る声を出す。 「もしもし……?」 「こんばんは、小雪の母です」 電話口から聞こえたのは、2回目の小雪のお母さんの声。 1回目は小雪の家にお邪魔した時に聞いた。 何秒か経ってから小雪のお母さんは静かに、ゆっくり言う。 「……小雪が交通事故に合い、そのまま、息を、引き取りました」 「……え?」 それは唐突だった。 一体、どういうことなのか。 だって僕は、さっきまで小雪と一緒にいた。 一緒に話した。笑った。手を握った。 今もまだ、小雪の温もりが手に残っている。 でも、小雪のお母さんの声は涙ぐんでいて、とても冗談だとは思えなかった。 まるで首を絞められているかのように、思ったように声が出ず、ただ嗚咽だけが口から零れ落ちた。 「…どこに、いけば…小雪に、あえますか……?」 何とか声を出し、そう問いかける。 「桜丘病院に来てください」 僕は、無我夢中で走り出していた。 早く、早く小雪に逢いたくて。 「小雪……!」 病室のドアを開け、息を切らせながらベッドに横たわる小雪に近づく。 小雪以外、何も視界に入らなかった。 吸い寄せられるように小雪に近づいていく。 「私たちは、しばらく部屋の外に出てますね」 そう言い、小雪の家族は部屋の外に出ていった。 僕は突っ立ったまま、小雪の顔を見る。 その顔は真っ白で、無表情だった。 「小雪、ごめん……」 もし、僕があの時逃げ出さなければ。 大人しく馬鹿にされておけば。 もう少しだけ、小雪のそばにいれば。 きっとこんな事にはならなかった。 でももう、どんなに悔やんだって、小雪は帰ってこない。 僕は小雪のそばに居られない。 外には何年ぶりかの雪が静かに、儚く舞っている。 すでに温もりなんか残っていない小雪の手を繋ぐ。 そして、これからの分、一生分のキスをする。 何度も、冷たい唇にキスを落とす。 手は、僕の方が温かくなっていた。 もう、握り返してくれない綺麗な小さい手。 息が漏れることもない唇。 赤く染まることもない頬。 ぽたぽたと白くなった小雪の頬に涙が落ちていく。 それでも小雪の表情は変わらない。 だから僕もキスをするのをやめない。 小雪は、ただただ白く、冷たいまま。 何も、変わらない。

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君にキス

あの日見た君を忘れはしない。

デートの待ち合わせ場所に向かっていると“ポンッ”とメッセージが届いた。 恋人である美優からだ。 『私、悠の近くにいるから見つけてみて!』と。 出来るかどうかは分からないけど 『頑張ってみる!』 そう送った。 やばい。 あれから30分は経っている。 俺は未だに美優を見つけられていない。 人も少なくなってきて見つけやくすくなってきたのに。 やっぱり…… 遠いと何にも見えないや。 近かったらある程度は分かるんだけどな。 『−−残念ですが、後1ヶ月程で悠さんは失明します』 あの日、あの時、俺は頭を鈍器で殴られたような、そんな感覚に陥った。 そして、あの時のことはあまり覚えていない。 ただ、美優をもう見れなくなるショックと、美優を泣かせてしまう罪悪感だけは覚えている。 そんなことになってしまうなら。 俺は美優から離れる。 何日も何日も考えてきた。 いつか目が見えなくなる俺と居ても美優に迷惑をかけるだけで美優は幸せになれない。 美優が幸せになる方法はこれしか無いのだと。 そうやってまた、思い耽ってしまう。 すると、いきなり後ろから「悠!」と驚かされ、普段は絶対ないのに驚いてしまった。 そんな俺を見て、クスッと美優は笑う。 こんなにも明るい笑顔と俺はサヨナラをしないといけない。 そんなことを考えると必然的に顔は曇った。 すると、そんな考えをかき消すように美優の明るい声が響いた。 「あそこの喫茶店行こ!」と。 店に入り、案内された席に座る。 もうほとんどぼやけている目でメニューを見ながらも “後何回こうやって一緒にご飯を食べられるのだろうか” そう考えて顔が歪む俺に嫌気がさす。 ふと、美優の悲しそうな顔が視界に入った。 なぁ、 さっき見つけてあげれなかったから、そんな悲しそうな顔をするんだろ。 ごめん。 もうそんな顔はしてほしくないから。 「悠、私たち、別れよっか……」 別れを切り出そうとした瞬間、美優が先に別れを切り出した。 いつかこうなることは分かっていた。 俺も別れようと思ってた。 だから、 「分かった」 たった一言、その言葉だけを返した。 明日から、 いや、この瞬間から俺と美優は“恋人”ではなくなった。 知ってるか? 好きならどんな人混みの中でも見つけられることを。 俺は30分経っても美優を見つけられなかった。 覚悟はしていたのに。 目から涙が溢れてくる。 男の俺が泣いたらみっともない。 でも下を向いたら零れてしまうから。 ただ、正面で泣いているであろう美優を見つめた。 もし今、俺の目がもう時期見えなくなることを伝えたら、もう一度恋人になってくれるのだろうか。 今みたいに泣かずに、笑顔でいてくれるのだろうか。 いや、きっともっと泣いてしまう。 もう迷惑はかけたくない。 だからこれでよかったんだ。 美優は幸せになれる。 俺は美優を幸せに出来ないから。 俺じゃ美優を幸せにしてあげれないから。 欲を言えば、美優と幸せになりたかった…… −−ごめん。 本当に。

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あの日見た君を忘れはしない。

あの日、君と見た景色を忘れはしない。

『私、悠の近くにいるから見つけてみて!』 デートの待ち合わせ場所から少し離れた場所、人混みの中で恋人の悠にそんなメッセージを送ってみた。 すぐに既読が付いた。 けど、返事が返ってきたのは10分後。 『頑張ってみる!』 たったそれだけ。 返信がきてから30分は経っている。 悠はまだ、私を見つけれていない。 だんだん人も少なくなってきた。 やっぱり… 仕方ないから、私が悠のところに行ってやる。 「悠!」 「わっ!」 悠は私の想像よりも大きな声を出して驚いた。 「私の場所、分からなかった?」 「うん」 そう言い、悲しそうな顔をする悠。 でもごめん。 もう慰めてあげる言葉が見つからないの。 だから、そんな悠を見なかったフリをして「あそこの喫茶店行こ!」と明るく振舞った。 店に入り、案内された席に座る。 そして、メニューを見ているフリをして向かいに座る悠をこっそり見る。 ねぇ、 何でそんな悲しそうな顔してるの? そんな顔、しないでよ。 もう、解放してあげるから。 今まで、ごめんね。 「悠、私たち、別れよっか…」 料理も注文せずにそう呟いた。 だって、 さっきのでもう分かったから。 分かってしまったから。 悠はもう、私のことが好きじゃないことを。 ねぇ、知ってる? 好きなら、例え人混みの中でもすぐにその人を見つけられるんだって。 私は、悠のことを好きだからすぐに見つけられる。 けど悠は違う。 私を見つけられなかった。 だから、悠は私のことは好きじゃない。 いつからかな。 でも多分、ずっとずっと前から。 今まで、悠に「好き」と嘘をつかせてしまっていたんだね。 好きでもない私と手を繋がせてしまっていたんだね。 気持ち悪いよね。 ごめんね。 私はもう、悠に嘘をついてほしくないから。 悠に悲しい顔をさせたくないから。 悠に幸せになってほしいから。 だから、ごめん。 悠は少し経って、口を開いた。 「…分かった」 その言葉が聞こえた瞬間、私の視界は滲んだ。 お気に入りのスカートにぽたぽたと涙が落ちる。 その言葉が来ると分かっていたのに。 それなのに私の心は1人になることを拒んでいる。 「ごめんね……」 人前で泣いちゃって。 最後の最後まで迷惑かけて。 ごめんね。 悠のこと、まだ嫌いになれそうにないの。 だけど、悠は私じゃ幸せになれないから。 悠を幸せにしてあげれないから。 欲を言えば、悠と幸せになりたかったなぁ…… −−ごめんね。 本当に。

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あの日、君と見た景色を忘れはしない。

愛に飢えている。

「何回目? 俺、言ってるよね、もう浮気なんかしないでって。俺はお前と離れたくないんだよ。分かってくれるよね?」 「…ごめんなさい…」 一体、何回目なのだろうか。 形だけの謝罪をするのは。 私はただ、私を愛してくれる人と一緒にいたいの。 好き これっぽっちの言葉もくれないで 私を繋ぎ止めようとするこの人を。 私はもう、愛してなんかいないのに。 この人だってもう、私のことを愛していないのに。 また独りになりたくないって理由で私を傍に置いてるだけ。 一緒に出かけたりご飯を食べたりはしない。 ただ、一緒の家に住んでるだけ。 もちろん、部屋も別々。 それでも私は この人のことを愛していなくても。 私を愛していないことなんか分かっていても。 未だにたまに抱きしめてくれる、 この人の腕の中で心地よくなってしまう。 この人の温度と音を欲してしまう。 そんな私は馬鹿だ。 この人を愛すことは出来ないのに、愛されたいと何処かで願ってしまってる。 どうしてもこの人を捨てられない。 この人から離れてしまったら、他に誰が私の隣にいてくれるのだろうか。 毎日、そればっか考えてる。 この人の欲に甘えて。 自分が傷つかないように。 自ら離れようとした。 なのに、 あの考えばっか頭にチラついて離れられなかった。 この人に浮気がバレることを願って、浮気相手との関係を切ろうとした。 浮気相手の腕の中は何も心地よくなかったから。 たとえ、愛されていても。 私がこの人から離れられないことをこの人は知らない。 だから、私が離れていかないように焦って、必死に怒ってくれた事がなにより嬉しかった。 そんなこの人が可愛かった。 この人に私を必要としてもらうことがどれだけ心地いいか。 分かった気がしたんだ。 私はもう、この人に愛されている、という心地良さを味わうことはできないのだろうか。 少しでも希望があるのなら。 もう一回、この人の言葉で愛に飢えた心が満たされるなら。 私はこの人に精一杯の嘘をあげる。 たとえ、私が望んだ言葉が返ってこなくても。 この人が私の傍にいてくれるだけでいいから。 「ちゃんと、好きだよ」

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 愛に飢えている。