Lily

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Lily

名前▶︎Lily 年齢▶︎15⤴︎ 書いてるもの▶︎恋愛系一次創作中心 好きなもの▶︎アニメ、漫画、ゲーム など ※不定期で投稿しますができるだけ続けられるように頑張ります!

幸せを君に

−ある日、俺は死んだ。交通事故だった。学校からの帰り道で、それはあまりにも突然の事で、最初はまさか自分が死んだなんて思いもしなくて、痛みも何も感じないうえやけに軽い体でそこらじゅうをさまよっていた。 −そんなある日のこと、ようやく自分が死んでいるのかもしれない、と気づいた頃だった。突然俺の目の前に天使が舞い降りてきた。 「_こんにちは、人間くん。私の事、見えてる?」 現実とは思えない出来事を目の当たりにしてしまった俺は、驚きのあまり腰を抜かしてその場に倒れ込んでしまった。 「...み、見えるけど、君は、誰...?」 「ああ、驚かせちゃった?ごめんね。...信じてもらえるかは分からないけど、私は天使だよ。」 意味の分からない事を言ったその小柄な女の子は、よく見ると背中に大きな白い翼を広げていた。 「て、てんし、、?何の冗談─」 全く理解できず、冗談だと思いそう言いかけると、その子は淡い黄色の瞳を少し細めて小さく微笑んだ。 「冗談じゃないよ。私は天使なの。神様から死んでしまったのに現世を彷徨い続けてる人間がいるから、天国まで連れてきて欲しいって言われたから私は今ここにいるの。」 ─信じられない、それしか出てこなかった。自分が既に死んでいること、目の前にいる女の子が天使だということ、どれも現実味が無さすぎて呆然と立ち尽くしていると、自称天使の女の子が俺の手を無理やり引っ張りどこかへ連れて行った。 ─目が覚めると、目の前には今まで見たことのないくらい綺麗な花畑が広がっていた。あまりにも綺麗で現実離れしたような景色を見ると、俺は今の状況を認めざるを得なかった。 ─俺はもう死んでいるのだ。 「...やっと自分の状態が分かったみたいだね。じゃあ早速話を進めようと思うんだけど、私が神様に頼まれたのはここに連れてくるだけじゃないんだよね。」 「...そう、なのか?じゃあ何を...」 不思議に思い天使に問いかけると彼女は一瞬驚いたように目を大きく見開いたあと目を細めて微笑んだ。 「興味津々だね。...んー、なんて言ったらいいのかな。ここの案内、とか?」 白い羽をパタパタとさせながら喋る彼女を見て、彼女が本当に天使であることを自覚した。そして、それと同時に“綺麗だ”と思った。 「なんとなく分かると思うけど、ここは天国で、現世で善良な人間だと神様が判断した死者が連れてこられる場所なんだ。そして私は天国に来る死者を導き、案内するのが役目。改めてよろしくね。」 優しく微笑みながら握手を求めるようにそっと手を差し出す彼女を見て、今まで感じたことがない感情が芽生えた気がした。 普通の人間なら学生のうちに一度は体験するであろうその感覚は、人と関わらずに生きてきた俺にとって未知のものに近く、教室で女子が騒いでいた事を思い出さなければ気づかなかった。 その感覚を自覚してしまうと、どうしても挙動不審になってしまい、天使に色んな場所を案内してもらったが、天使に夢中になりすぎてほとんど覚えられなかった。 「...ねえ、君大丈夫?さっきからずっと上の空なんだけど...私何かしたかな?」 「え?...いや、別になんでもない...」 「えー?そうかなー」 いたずらっぽく笑う彼女は初対面の時とは違う人のように見えた。これはいわゆる“フィルター”というものがかかっているからだろうか。理由はよく分からないが、彼女がとても魅力的に見えていた。 「─さてと、ある程度天国の案内は終わったんだけど、これから君はどうしたい?」 「...あー、えっと、そうだな...」 心の中ではまだ彼女と一緒にいたい、と思っていた。しかし、こんなことを言ってしまったら彼女を困らせてしまうに違いない、と思い言葉に詰まってしまった。 「ちなみに私はまだ君と一緒に居れるよ?ちょうど暇なんだよね」 「...本当に?」 「本当だよ。...もしかして、私と一緒に居たいとか思ってた?」 「いや、そんなんじゃ、ないから...」 「そうかなー?」 怪しみながらニヤニヤしている彼女を見ながら俺はかなりドキドキしていた。俺の心の中が全て見透かされているような気がしたのだ。 「...うーん、まあいいや。暇だから君が転生するまで一緒にいるよ。君といると楽しそうだしね。」 ─それから、俺と天使の穏やかな天国ライフが幕を開けた。 天国で生活していく上でお互い名前を呼び合うのは当たり前のことだろうと思い名前を聞いたが、どうやら天使に名前は無いらしい。そして、天使には人間個名前を呼んではいけないという決まりがあるらしく、お互い名前を呼び合うことは不可能であった。 正直不便だな、とは思ったが、この決まりを破るとかなり重い罰が下されるらしい。それなら仕方ないか、と妥協することになった。 ─それからの日々は何の変哲もない穏やかな毎日だった。食べる必要もないのに料理をして、時にはお菓子を作り、小さなパーティーを開いたこともあった。寝なくても大丈夫な身体であるにもかかわらず、毎日暗くなれば眠りにつき、明るくなればなんとなく目を覚ます、とにかく自由だった。 そして月日は流れ、天使との生活は気が付けば現世では50年が経っていた。 天使とはいえ異性と共に50年も同じ時を過ごすなんて、そこらへんにいる老夫婦と大して変わらないのでは?と思いながらもいつもと同じ日々を送っていた。 ─そんなある日、俺のもとへ白い鳩が手紙を持ってやってきた。その鳩は俺に手紙を渡してすぐにどこかに行ってしまい、なんの要件か確認ができなかった。 中身は一体なんなんだ、と思い封筒を開けると、そこには"転生のご案内"と書かれていた。 「...転生、か。もうそんなに月日が経ってしまったんだね。...寂しいけど、もうすぐ君とはお別れだね。」 ─そう、ついに来てしまったのだ。俺が転生する、それはこの平穏な天使との生活の終わりを意味するものだった。 この日からのことはほとんど覚えていない。正式に転生をする日が来るまでの1週間、ただ時間が流れるのを待つだけの、無駄な時間を過ごしてしまった。そのまま、俺はついに転生の日を迎えてしまった。 「...なんだか、寂しいね。こんな形で人間と別れることなんて今までなかったから、余計に。」 優しく吹く風に白くてサラサラの髪をなびかせながら話す彼女の表情は、どこか憂いを帯びているようだった。 「...ところで、次の転生先はどこなの?」 転生先、というのはいわゆる来世のことで、1週間前に届いた手紙に書かれていた。 「...次も人間だってさ」 "─こんにちは、人間の君。君の人生はたいそう立派で世界に大きな影響をもたらした、なんてものではない、周りに決められた道を進むだけのありふれたものだったけれど、今までよく頑張ったね。 君の死に様は決して美しいと言えるものではなかったし、無慈悲で残酷だったけれど、君は立派だったと思う。 さあ、前置きはこれくらいにして、君の転生先が決まったよ。君の来世は人間だ。 人間はとても難しい生き物だ。ときに傷つけ合い、愛し合い、生きて死んでいく。これから君は何度も苦しい思いをしていくかもしれない。 けれど、決して人生に絶望してはいけない。死にたくなるような日々が、長く長く続いても、生きていればきっと光が差すはずだ。その時が来るまで、死ぬ気で耐えて、死ぬ気で生きて欲しい。 死ぬその時に、生きててよかったと思えるように、生きるんだ─。" ─差出人が誰かも分からないその手紙の内容は俺の中にあった錆のようなものを綺麗に剥がしていった。全てを肯定して、包み込んでくれる、優しくて暖かい手紙だった。 「─そっか、また人間なんだね。それじゃあ輪廻に行こうか。準備はいい?」 「...ああ、行こう。」 転生が行われる場所、輪廻に向かうまで俺たちは何も発することはなく、あっという間に到着してしまった。 「─じゃあ私はここまでだね。...何か、言っておきたいことはある?」 俺の方を向いて少し悲しげな微笑みを浮かべる彼女の体は、少しずつ崩れていっているように見えた。正確には俺の体の方が崩れていっているはずだが、何故か俺には彼女が崩壊していくように見えた。 「...俺は、ずっと周りに合わせて生きてきたから、その、自分がどうしたいのかとか、自分がどう思っているのかとか、よく考えたことがなかったんだ。」 「うん、大体は知ってるよ。私は天使だからよく分からないけど、大変だったんだよね。」 生きていた頃のことを思い出して胸が苦しくなっている俺の気持ちを察したのか、天使は陽だまりのような暖かい手でそっと頭を撫でてくれた。 それがなんとも言えない包容力があり、心が一気に軽くなったような気がして、いつの間にか頬には大粒の涙が伝っていた。 「─私たちの言う通りにしなさい。」 「これが一番お前のためになるんだ、文句を言うな」 生きていた頃のことを思い出そうとしても、どうしても嫌な記憶しか出てこない。 ─そうだ、俺は生きてる間、ずっと苦しかったんだ。何もかも決めつけられて、都合のいいように俺を操っていた家族や先生も、それに合わせて自分を封じ込めて生きていた俺自身も大嫌いで、ただひたすら苦しかったんだ。 「...ごめん、泣くつもりじゃなかったのに、迷惑だよな。」 「......」 顔を手で覆って泣いている俺に対して、天使は何も言わず優しく抱きしめてくれた。 「...そんなことないよ、大丈夫。大丈夫だから、今は沢山泣いていいよ。」 この子は本当に優しい。突然泣いてしまった俺を見ても何も気にせず寄り添ってくれる。俺は、そんなこの子が、どうしようもなく好きなんだ。あの時感じたもの、それは"恋"だったんだ。 「...なあ、こんな時に変かもしれないんだけど、どうしても言いたいことが今できたんだ。」 「...もちろんいいよ。どうしたの?」 俺を抱きしめていた手をそっと背中から離し、俺と向かい合う形になり、彼女は俺をじっと見つめた。 緊張で冷や汗は止まらないし、手も震えるし、目の前にいる大事な人ですらまともに見れない。言葉に詰まってい間にも俺の転生までのタイムリミットは迫ってきているというのに。 今言わなきゃ、転生してしまえば記憶は全部消えて元も子もなくなる。俺は震える手をなんとか抑えて天使の手を握り、話し始めた。 「...俺、今まで自分の気持ちをよく考えたことがなかったって言っただろ?」 「うん。」 「...だから、恋とかもよく分からなかったんだ。でも、君は違った。俺の心の奥にあった重たい何かが、無くなったような気がして、君が、俺にとって特別な存在なんだって、心の底から思えたんだ。」 無我夢中で話続けている俺に対して、彼女は何も言わず、表情を少し硬くしたままただ聞いていた。 「...俺は、君のことが好きだ。」 ようやく俺が思いを言い終えてから彼女はゆっくりと口を開いた。 「...話してくれてありがとう。君の気持ち、ちゃんと知れて良かった。それと、好きになってくれてありがとう」 そう言って天使は俺の手を握り返して頬を少しだけ赤らめて笑った。 どうしようもないほどその顔が可愛くて、見惚れてしまって、タイムリミットが迫っていることに気づかなかった。ふと彼女の足を見ると形が崩れてもうほとんど足は見えなくなっていた。 「...もう時間みたいだね。...じゃあ最後に、私からも言っておきたいことがあるんだ。いいかな?」 「ああ、もちろんだよ」 俺が頷きながら返事をすると、天使はありがとう、と言って話し始めた。 「出会ったばかりの時、天使は人間の名前を呼んではいけないっていう決まりがあるって言ったけど、実は1度だけ呼んでいい時があるの。それは、人間が転生する時。 ...私は、君の名前を呼びたいと思ってる。初めて私のことを好きだと言ってくれた君の存在を覚えておきたい。君という存在がこの世界から完全に消えてしまっても、私だけは絶対に覚えておきたい。 ...だから、君の名前を教えて。」 先程俺の手を握りしめていた天使の手は、酷く冷たかった。きっと俺と同じように緊張していたのだろう。 「...俺の名前は、琥珀っていうんだ。俺の目の色が琥珀色だから。」 「そういえば、私と目の色同じ色だったね。すごくいい名前だ。君に合ってる。」 いつものように優しく微笑む彼女の目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。そして、いつの間にか俺の手を握っていたはずの彼女の手が消えていた。とうとうタイムリミットが来てしまったらしい。 「...もう時間だね。それじゃあ、本当に最後の言葉だ。よく聞いてね。」 体が徐々に崩れていき、自身の体が光の粒と化していく彼女の目を俺はしっかりと見つめた。 「...君は、今から君じゃない新しい命に生まれ変わって、新しい人生を歩んでいって、いつか死ぬ。この世界ではそれは当たり前のことで、なんて事ない日常の中の一部だけど、私はそうは思わない。人が生まれ変わっていくというのはすごく尊くて、特別なものだと私は思う。 前世の記憶が無くなって、君は私のことなんて全部忘れてしまう。それでも、私はこれを君にどうしても伝えたい。 どんなに真っ暗な人生でも、現実に、世界に、絶望することがあっても、頑張って、諦めないで。逃げてもいいし、泣いてもいいし、死にたいって思ってもいい。 でも、いつか生きててよかったと思える日が来るかもしれない。それがいつなのかは分からないし、来るなんて確証もない。それでも、信じて、強く生きて欲しい。君は、私にとって大切な人だから。」 ─生まれて初めてこんなことを言われた。友人と呼べる人もいなかったし、親でさえも俺が大切だとか、愛してるだとか、一度も口にしていなかった。 初めて言われた言葉に、嬉しいとかそういう感情は湧いてこなかった気がする。言葉に出来ないような、ふわふわした感覚だった。 「─もうお別れの時間だね。生まれ変わるのはどう?怖くない?」 「...怖いよ。今までの事を全部忘れる事が、怖くて仕方ない。」 「...大丈夫だよ。私はずっとここにいる。世界中の人が君を忘れても、私だけは覚えてる。それに、君はすごく優しいから、転生先はきっといい場所になるはずだよ。」 「本当に、俺の事忘れない?」 「絶対忘れないよ。」 ─私と一緒にいてくれてありがとう。君のおかげで私は天気でいられてよかったって思えた。本当にありがとう。 ─来世ではたくさんの幸福が訪れますように。大好きだよ、"琥珀"。 ─この言葉を最後に、"琥珀"という名前の少年の存在は完全に消えた。残っているのは天使である私の中にある記憶だけになってしまった。 琥珀が消えた日から、何か大切なものがなくなってしまったような気がして仕方なかった。今更何を考えても、あの子はもう戻らないのに。 「─まさか天使の君があんなに死者に翻弄されるときがくるなんてねえ。」 「...神様、そんな事を言うために天国まで来たんですか?」 「うーん、まあそれだけといえばそれだけかなー」 ヘラヘラと笑いながら話すのは"神"と呼ばれる者で、死者の世界の頂点に立つ男だ。 「そんなにあの男の子が魅力的だったのかな?」 「...まあ、そうですね。神様には分かりませんよ。...あの子を理解できるのは私だけでいいんです」 ─琥珀、君は知らなかったと思うけど、私は君が死ぬ前から見ていたんだよ。 毎日親の言われた通り同じ時間に起きて、同じものを食べて、学校に通い、誰とも話すことなく、言われたことをやるだけの日々を送っていた君を見て、私は助けてあげたくなった。 助けてあげたい、私の祈りが届いたのか、君は突然交通事故に遭って亡くなってしまった。 天国で過ごしている君の顔は生きていた頃とは全然違っていて、安心しているのが見ただけで分かるぐらいだった。そんな君を見て、私も心のどこかで惹かれていたのかもしれない。 「─俺は、君のことが好きだ。」 その言葉を聞いた時、私は本当に嬉しかった。自分の中にあった正体不明の感情、それが恋だと教えてくれた君が、なによりも大切だと気づけた。感謝してもしきれない。 「─それで?君は人間にはならないのかい?」 それは、なんとなくされそうだなと予感していた提案と全く同じだった。 私たちのような死者の世界の住人は基本的に人間になることなんて有り得ないのだが、神の気まぐれと住人の意向が上手く噛み合えば人間になることができないことは無いらしい。 「...なりませんよ。私はずっとここで、あの子の未来を見届けるんです。何十年、何百年でもいい。それぐらいあの子は天使である私にとって大切な人なんです」 「ふーん、まあいいけどねえ。...じゃ、そろそろ戻るよ。神は忙しいからね。」 そう言ってヒラヒラ手を振りながら神様は私の元から去っていった。何を考えているのかまるで読めない。 ─琥珀がいなくなってしまってからの天国は本当に退屈で、何をするにも琥珀との思い出が蘇ってきてそれはもう居心地が悪かった。 これで良かった、そう何度も自分に言い聞かせたが、その度に上手く気持ちを抑えられず一人で泣くことが多かった。琥珀に会いたい、それだけが私の心を支配していた。 あの子は今幸せに生きられているのだろうか。理不尽な事に苦しめられてはいないだろうか。ちゃんと自分の人生を歩めているだろうか。 どう工夫しても琥珀のことが気がかりで、どうしても我慢できずとうとう現世の様子を見に来てしまった。 「─早く起きなさーい!」 「もう起きてるってば!わたしもう6さいだもーん!」 現世を見て一番最初に目にとまったのは6歳になったばかりの元気な女の子だった。 周りから見れば"ただの元気な子ども"だと思う。しかし私には違って見えた。 ─間違いない。あの子は琥珀の生まれ変わりだ。 「...そっか、もうあの日から6年も経ってたんだね。」 私が呆然と月日が過ぎていくだけの日々を送っていた間に、琥珀の生まれ変わりは元気に成長していた。 「まま早くー!」 「ちょ、ちゃんと靴履きなさい!」 笑顔で母親と走っているその子を見て、私は琥珀が転生する間際に言った言葉を思い出した。 "来世ではたくさんの幸福が訪れますように。" 「...良かったね、琥珀。」

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「─あの、朝霧陽葵っていますか?」 賑やかだった教室がその声を聞いた途端静まり返った。理由は恐らく入学して半年も経っていない1年生の教室に先輩が後輩を指名で呼び出してきたからだろう。 「...えっと、陽葵、ですか?今教室にいないみたいで...すいません」 怯えたような気まずそうな顔をしてクラスメイトのひとりがその先輩に謝りに行くと、先輩は首を傾げた。 「...え、別に謝らなくてもいいんだけど...」 「お前が笑いもしないから怖いんだろ、ごめんな、こいつちょっと表情筋が死にかけでさ」 「いやそんなことないから、これでも愛想悪くならないようにしてるから」 「それは人付き合い下手すぎるだろ」 後ろからヘラヘラしながら話す高身長の男子生徒が来て僕のクラスは余計恐怖心が増してきた。そして1年生の教室の前で言い争いをする先輩たちの図に僕も多少戸惑っていた。 「─え!?お姉ちゃんなんでここにいるの...!?」 教室の凍りついた空気を壊すような明るい声が廊下から聞こえてきて、先輩たちもその声の方を見た。 「...なんでって、これ、陽葵の体操服でしょ?私の荷物に混ざってた」 「あ、ほんとだ!忘れたかと思ってたから助かったよ!お姉ちゃんありがとう大好き!!」 「はいはい」 お姉ちゃんと呼ばれたその先輩は朝霧さんに抱きつかれて少し嫌そうな顔をしていた。 「...楽しんでるところ悪いんだけど、妹ちゃん、クラスの子達に俺達のこと言った方がいいかも」 「あ、はい!...えっと、この人は私のお姉ちゃんの朝霧菖蒲!あと後ろの先輩はお姉ちゃんの友達の伊吹陽向さんだよ!」 「...えーっと、陽葵の姉、です。初めまして」 朝霧さんの姉と知ったクラスメイトは一気に空気が和らぎ、安心したような顔になった。 「...あ、なあ朝霧、次の授業小テストじゃね?俺範囲知らないんだけど」 「...伊吹はそろそろ勉強を覚えた方がいいと思う。...じゃあ、またね陽葵」 「うん!またね!伊吹先輩も!」 「ん、またなー」 こうして嵐のように先輩たちは自分たちの教室へ走って行った。その後、朝霧さんは自分のせいでクラスメイトを驚かせてしまったことを謝ったが、周りの人は誰もそれを気にすることなく、朝霧さんの姉の話で持ち切りだった。 僕としてはあのお姉さんは朝霧さんとは真反対の人みたいで僕と似た雰囲気だと思った。それはどうやら朝霧さんもわかっていたらしく、姉の話をしていた時「お姉ちゃんは私と違って真面目」とヘラヘラしながら言っていた。 「─なあ朝霧、早く部活行こうぜ」 見るからに陽キャのオーラを纏っている男子に囲まれたそいつは教室中に響くような声で私を呼んだ。いつもの事だがたまにすごく不快に感じることがある。 「...そんなにでかい声出さなくていいから。部活行きたいなら早く準備しなよ」 「え、お前準備終わってんの?早くね?」 お前がずっと喋ってたから先に準備したんだよ、と思ったが空気を壊さないためにそれは言わないように我慢した。 「...いいから、早く行くよ」 さっさと教室を出ていく私のあとを慌てて追うそいつは、いつも仲良くしている陽キャ男子たちにニヤニヤしながら見られていた。このニヤニヤがどれだけ私を不快にしているのか、こいつは多分気づいていないのだろう。 ─伊吹陽向は私のクラスメイトで、2年連続同じクラスで出席番号も前後になっている。 私とは全く合わないタイプの陽キャで、いつもクラスの中心にいるような人だ。手当り次第人に話しかけるタイプなので、私は入学初日からずっと話しかけられている。それは別に構わないのだが、私が嫌なのは周りの男子だ。 私と伊吹が同じ部活になってしまったこともあるとは思うのだが、ずっと私に話しかける伊吹を見てクラスの男子たちは私たちが付き合いそう、と思ったらしく、よくからかわれるようになってしまった。そのノリが私は本当に嫌で何度も伊吹に言ったのだが、全く変わる素振りを見せなかった。 「─お疲れ様でーす」 気の抜けるような挨拶をする伊吹と共に向かったのは私たちの所属する園芸部の部室だ。部員が多い訳では無いが、部員同士の仲はいい方だと思う。 「2人ともおつかれー!じゃあ部員も揃ったし、始めよっか!」 園芸部は今は3年生が5人、に年生は私と伊吹2人のみ、1年生は4人ほどだ。 「ねえ2人とも見てよ!この前また新しい花言葉集見つけてさ、表紙がすっごい可愛かったから買っちゃったんだー!」 「やめときなって言ったんだけど、胡桃は1回決めたらもう変わらないタイプだから」 キラキラした目で話すのは部長の逢沢胡桃先輩で、その隣に座ってやれやれと言いたげな顔をしているのは副部長の桐原千夏先輩だ。2人とも先輩後輩関係なく優しく接してくれる先輩で、2人のお陰で部活の雰囲気はいつも柔らかかった。 「へー、よくわかんないけど良かったっすね!」 「でしょー!ちーには止められたけど私は買ったこと全然後悔してないんだー!」 「...あの先輩、そろそろ水やりに行きませんか?今日暑かったですし」 「あ、そうだね!行こー!」 園芸部は基本的には花や野菜などの植物を育てて日誌を書くことぐらいしか活動が無く、それ以外は部室で好きなように過ごすことばかりで、私にはその空気が居心地の良いものだった。 「そろそろ咲くかなー、ねえちー、これそろそろ咲きそうだよね!」 「うんそうだね、蕾が膨らんできてる。無事に育って良かった」 「...じゃあ、水やりも終わったので、帰って日誌書きましょうか」 咲きそうな花を見て嬉しそうな顔をする部員たちは満足したように部室に戻って行った。 「朝霧、今日カメラは?」 「...ある。もう撮ったよ」 「え、まじ?仕事早すぎだろ」 「伊吹が遅いだけだよ」 「お前な...」 私は高校に入ってから園芸部で育てた花をカメラに収めるのが趣味になった。咲いた花だけでなく、成長する過程を写真に撮れるのはなかなかできないと思ったのがきっかけだった。 「─よし、日誌終わり!今日はもう自由かなー」 「朝霧、今日も写真整理する?」 「...うん、そうだね。伊吹も残る?」 「お前が残るなら俺も残るよ。どうせ帰っても暇だしな」 ─そうして時間は流れ、私が写真整理をしているうちに気づけば残った部員は私と伊吹だけになっていた。 「─もうこんな時間だ。伊吹ごめん、待たせたよね」 「気にすんなって。俺が話しかけてたから時間かかったみたいなとこあるし」 伊吹のこういうフォローをしてくれるところは嫌いじゃない。というか、結構嬉しかったりする。性根がいい人なんだろうな、と改めて実感できるからだ。 「...あ、そういえばさ、今度私の家の近くの神社で祭りがあるらしいんだけど、来る?」 「...え」 私が何気なく放った言葉に、伊吹は激しく動揺したようで、分かりやすく目が泳いでいた。 「...?急にどうしたの?」 「...あー、いや、俺の事誘うんだなーって」 目を泳がせたまま話す伊吹の顔は少し赤くなっているような気がした。 「...どういうこと?」 「いやだから、祭りに異性の同級生誘うって、周りからどう見られるか分かってんのか?」 「......あ」 しばらく考えてからその意味をようやく理解した。 「...えっと、ごめん、今のは忘れて...」 そう小さく呟くように言って帰ろうと立ち上がると伊吹は勢いよく私の手首を掴んで引き止めた。 「待てよ。...祭り、行くよ」 「...いいよ、気遣わなくて」 「気なんて遣ってねえよ。...お、俺が、朝霧と祭りに行きたい。」 時間が止まったようだった。カップルが腐るほどいるであろう祭りに私と二人で行くことを了承するとは思わなかった。 「...そっか、じゃあまた連絡するよ」 「あ、ああ、分かった」 その後一緒に帰りはしたもののお互い何となく気まずくてほとんど会話はなかった。 ─この後、今日あったことを陽葵に話して家が大騒ぎになるのはまた別の話。

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真っ直ぐ

─この世には自分の気持ちを真っ直ぐ言えない人が少なからずいる。たとえば僕みたいな、ろくに人と話すことも出来ない"陰キャ"だったり、自分に自信を持てない人だったり。 素直になれないからといって苦労することなんて無いけど、ごく稀に素直に生きていられる人を羨ましく思うことはある。 「─諦めないで走ってきてくれてありがとう!」 ─高校1年生の体育祭の時、真っ直ぐ僕を見て向日葵が咲いたような笑顔でそう言ったきみに、僕は、“恋”をしてしまった。 「─初めまして!朝霧陽葵です!えーっと、運動が好きです!よろしくお願いします!」 第一印象はあまり良くなかった。テンプレートのような自己紹介をヘラヘラして言う彼女が自分とまるで正反対で、どこか嫌悪感を抱いていた。 「─天宮伊織です。音楽を聴くのが好きです。よろしくお願いします。」 なんの面白みも無い挨拶だった。友達が欲しいとか、キラキラした青春を送りたいとか、そんな欲が無いせいで自己紹介に対する思い入れがゼロに等しかった。お陰で休み時間に話しかけてくるようなクラスメイトは誰もいなかった。 「─天宮くん、だよね!私の後ろの席の人!よろしくね!」 「...よろしく、朝霧さん。」 その日は部活動紹介があり、放課後になるとたくさんの部活が新入生を勧誘していた。もちろん僕は帰宅部を貫く気しかなかったので足早に帰ろうとしていたのだが、朝霧陽葵に背後から声をかけられてしまった。 「見学とか行ってなさそうだけど天宮くんは部活入らないの?」 「入らないよ。やりたいこととか何も無いし。じゃあ僕は帰るから、また明日」 「え、ちょっと待ってよ!せっかくなんだから一緒に帰ろーよ!」 最低限の挨拶を済ませてさっさと帰ろうとすると朝霧さんは僕の新品の制服の裾を引っ張った。真っ直ぐ僕を見るレモン色の目を見てこれは逃げられないやつだ、とすぐに察した。 「...別にいいけど、僕と帰ってもいい事ないと思うよ。」 「何それ?そんなの関係ないよ!私は天宮くんと一緒に帰りたいの!」 お人好しすぎると思った。話し方、表情、仕草、全てが"善人"そのもので、僕は不快になった。こんな人と僕はきっと一生分かり合えないだろう。 「...わかったよ、今日だけだからね」 「今日だけかぁ...まあいいよ!ありがとう!」 ─これが、ひねくれた僕、天宮伊織と真っ直ぐなクラスメイト、朝霧陽葵の出会いだった。 「─位置について、よーい、ドン!」 嫌がらせみたいに辺りを照らしてくる太陽の下では学生たちが絶え間なく歓声を上げていた。今日は体育祭だ。 「─ねえねえ天宮くん!リレー頑張ろうね!ちゃんとバトン渡してね!」 「それぐらい分かってるよ。朝霧さんこそ転ばないでよ」 「分かってるよー!」 初めて一緒に帰ったあの日から、僕はずっと朝霧さんに絡まれている。僕に友達がいないことを可哀想だと思っているのか、単純にたまたま話したい時に近くに僕がいるだけなのか分からないが、僕はずっとうんざりしていた。 「─ただいまより、1年生のクラス対抗リレーを行います。1年生の生徒は速やかに入場門に並んでください。」 クラス対抗リレー、それは僕が体育祭で最も嫌と言っても過言では無い種目だった。他の種目は強制じゃないしさほど目立たないが、クラス対抗リレーとなると話は変わってくる。 全員強制で走らなければいけないし、順位を確かめるために観客は全員走者を見ている。僕のようなタイプの人にとってはまさに公開処刑だ。 「天宮くん!走ってきてくれたらそれでいいから、順位とか気にしないでとにかく走って!」 「...うん、分かった」 気合い入れとしてハチマキを思いっきりキツく結びながら朝霧さんはニコニコして僕にそう言った。僕が走ると最下位になると思っているのだろうか。いや、朝霧さんは多分そういう皮肉めいたことは言わない。そういう人ではないと、僕はこの時何となく分かっていた。 「位置について、よーい、ドン!」 ピストルの音と同時に第1走者全員がスタートを切って走り出した。僕の走順は最後から2番目、つまり朝霧さんはアンカーになる。段々と順番が近づいてきている中、僕は中学生の頃のことを思い出していた。 僕は本当に走るのが嫌いで、中三の体育祭でのクラス対抗リレーの時に僕のせいで最下位になってしまった。体育祭の順位なんて僕は興味が無かったがクラスメイトはそうではなかった。「天宮のせいでアンカーの俺が恥をかかされた」とか「ちょっとはクラスに貢献しろ」とか、散々責め立てられた。あれ以来、僕は本格的に人と関わるのが嫌になってしまった。 「─天宮!行け!」 僕の順番が回ってきた頃には周りの歓声が大きくなっていた。どうやら僕の前の走者が1位のクラスを追い抜いたらしい。なぜ僕にプレッシャーがかかるようなことが起こるのか、と思ったが、とにかく全力で走った。 息がつらい、足が痛い、声がうるさい、いろんな負の感情が僕を支配していた。全力で走ってはいたものの、他クラスの運動部に敵う訳もなく、僕はあっという間に1位の座を奪われてしまった。もう諦めた方がいいいんじゃないか、と思いながらアンカーにバトンを渡した、その時だった。 「─天宮くん、ありがとう!」 驚いた。僕はせっかく1位になったのに、すぐに2位にしてしまった役立たずだ。それなのに、アンカーという重大な役割である朝霧さんは僕に感謝の言葉を放った。意味がわからなくて、しばらくその場で立ち尽くしていた。 「ゴール!!!」 結果は1位だった。後半にギリギリで1位を追い抜いた朝霧さんは全力を出し切ったような顔をしてゴールテープを切った。 「陽葵すごい!相手野球部の男子だったのに追い抜いちゃった!!私感動したよ!」 「ありがとー!私昔から走るの大好きだから走るのだけは自信あったんだー!」 リレーが終わった途端僕のクラスメイトは一斉に朝霧さんを囲んで激励の言葉をかけていた。僕はあの輪に入る資格も勇気も無かったので静かに座席に戻った。 みんな残りの種目の観戦のため席を外していて僕は一人で席に座っていた。すると、後ろから聞き慣れた明るい声が聞こえた。 「─あ!天宮くんいた!」 「...朝霧さん、何?」 「何じゃないよ!リレーお疲れ様!」 「...うん、お疲れ様。1位おめでとう」 僕がそう言うと朝霧さんは少し照れくさそうに笑った。この人は本当に眩しい顔をするな、と思った。 「...天宮くん、なんか落ち込んでる?」 「...別に落ち込んではないけど、僕のせいで1回2位になったし、朝霧さんに負担かけたなって」 僕が静かにそう言うと朝霧さんはキョトンとした顔になった。 「全然大丈夫だよ!天宮くんのおかげで久しぶりに全力で走って1位になれたし!だからね─」 朝霧さんは続きを言いかけたまま僕の手を勢いよく握った。驚いて彼女の方を見ると、朝霧さんは今までよりもずっとまっすぐ僕を見て笑った。 「─諦めないで走ってきてくれてありがとう!」 その後すぐに閉会式となりその日は朝霧さんと話すことは無かったが、この時、僕の中で何かが変わった気がした。 何が変わったのか、家に帰ってずっと考えていたが、なかなか答えが出なくて諦めることにした。 その正体がわかるのはまだあとのことになると思っていたが、僕はこの日が一生忘れられない日になるとは思っていなかった。

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去るもの追わず(誤字有りかも)

−それは年末の大掃除をしている時だった。部屋に物が溢れかえっているからそろそろ整理しろ、と家族から言われたので仕方なく片付けをしていた。 「_なにこれ?」 小さい頃によく使っていたぬいぐるみや絵本をしまっている棚からどこにでもあるアルバムのようなものが出てきた。 自分の部屋に保管されていたのだから私のものなんだろうけど、こんなアルバムを作った記憶が全然無くて少し怖さを覚えた。 「_見てみるか...」 恐る恐るページをめくると、幼少期のどこか自信なさげな顔をした自分と元気にピースをする女の子のツーショットがあった。 次のページ、またその次のページ、どれだけめくっても、どれも写真に写っているのは私とその女の子だけだった。 「...そういえば、昔は仲良かったんだ」 アルバムをめくりながら私はその女の子との記憶を振り返り始めた。 −その子の名前は“高瀬 理桜“、物心ついた頃からずっと一緒に居たいわゆる幼なじみだった。 「_なっちゃん!遊ぼー!」 「り、りおちゃん...声大きいよ...」 この頃の私はとにかく臆病で心配性で、できるだけ目立たないようにすることに必死だった。 一方理桜の方は私とは真反対、いつも元気でいつも笑顔で、太陽みたいな子だった。 真反対だったことは事実だけど、1番仲が良かったというのも事実で、ずっと一緒にいると思っていた。だけど、そんなことは無かった。 −時間は流れて、私たちは中学生になった。中学生にもなると、人間関係は大きく変わることぐらいよくある。私と理桜もそんな感じで、お互い別の友達と話すようになって少しずつ疎遠になっていった。そんなある日のこと、信じられない噂を耳にした。 -どうやら、理桜の兄が強盗事件を起こしてしまったらしい。 「_ねえ聞いた?高瀬さんのお兄さん、強盗したらしいよ」 「え、まじで?高瀬さんのお兄さん優しそうだったのに...」 そんな言葉が教室中、学年中を行き交うようになり、あんなに明るかった理桜は完全に塞ぎ込んで学校に来なくなってしまった。 「_理桜、大丈夫?」 いくら疎遠になったとはいえ幼なじみなのでさすがに心配で、私は放課後理桜の家に様子を見に行ってみることにした。 「...夏芽?どうしたの?」 怯えるような目をする理桜を見て、私は胸が苦しくなった。 「最近学校に来ないから、心配で来たんだよ。...えっと、大丈夫?」 私がそばに寄って声をかけると、理桜は突然怒っいるような顔をして私の肩を勢いよく掴んだ。 「夏芽には関係ないじゃん...!なんで夏芽にそんな心配されなきゃいけないの...!?私の事なんて大して知らないくせに...!」 そう声を荒らげる理桜の頬には大粒の涙がこぼれていて、私は呆然としてしまった。 「...ごめん」 言い返せる言葉が見つからなくて、謝ることしか出来なかったこの時の自分を私は呪いたい気分だ。 「...もういいよ、もういいから、帰って」 「...うん、ごめんね。」 -その言葉を最後に、私たちは二度と話すことは無かった。 しばらくして、理桜たちの家族は家を売ってどこかに引っ越して行った。引っ越すことも転校することも知ったのは学校で先生から言われた時だった。私の親にも何も言わず、静かに居なくなったのだ。 「_そんなこともあったなあ...」 アルバムを閉じながら静かな自室で呟いた。今頃理桜たちはどうしているのだろうか、と少し気になったところではあったが、今さら知ったところでどうにも出来ないので忘れることにした。 「_夏芽、理桜ちゃんのこと覚えてる?」 大掃除を無事に終えて、いつの間にか年を越していた頃だった。 「...え、覚えてるけど...」 私が不思議そうに答えると母は気まずそうな顔をして口を開いた。 「...その、理桜ちゃんがね、家族と一緒に最近この辺りに戻ってきたらしいの」 「...え、それ本当なの?」 「ええ、本当よ。...それで、夏芽は理桜ちゃんにまた会いたいと思う?」 そんなことを聞かれるだろうなとは思っていたが、まさか自分がこんな立場になるとは思っていなかった。 「...別に、いいかな」 数秒間考えた結果はこうだ。今さら会ったところで、私はなんて声をかけたらいいのか分からないし、理桜の方も分からないと思う。 「...そう、わかったわ。ごめんねこんなこと聞いて」 気にしないで、とだけ伝えてこの会話は終わり、10数分後には私は近くのコンビニへと向かった。 「...さむ...」 シャツやらセーターを着た上にコートを着てマフラーを巻いていても外は寒かった。雪も降っていたしもう1月なので当然だ。 「_いらっしゃいませー」 年が明けたばかりだというのに働かされているコンビニ店員は可哀想だな、と思いながら私は肉まんとお菓子を買った。 「ありがとうございましたー」 少し疲れているような声の店員さんに見送られて私はコンビニをあとにした。 「...寒いし、早く帰ろ」 白い息を出しながら一人で呟き、少し早歩きで帰っているときだった。見覚えのある顔をした誰かとすれ違った。 「_あの子、元気にしてるかな」 −理桜だ。ずっと一緒にいたんだ。聞き間違えるはずがない。 数年ぶりに聞いた理桜の声で思わず振り返って呼び止めそうになったがなんとか踏みとどまった。あんな別れ方をしておいて何を言えばいいというのか、思いつかなかったからだ。 結局それ以降顔を合わせることなんて無いまま私が別の場所へ引っ越すことになるのだが、理桜が元気に笑って話していたのを思い出すともう一度会って話したいとか昔に戻りたいとかは特に思わない。 −ただ、どこかで理桜が元気で居てくれたのなら、私はそれでいい。そう強く言い聞かせながら私は今も生きている。 なぜなら私は"去るもの追わず"な人間なのだから。

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去るもの追わず(誤字有りかも)

明日良い日になあれ

「─明日天気になあれ」 物心ついた頃から私はこの言葉が大好きだった。理由は“外で遊べるから”といういかにも元気な子供のようなものだったが、今でも青く透き通った空を見ると元気が出てくる。 「─彩晴、起きて、遅刻するよ!」 私の肩を叩きながら大きな声で呼びかけてきた母の声で私は目を覚ました。 「...んー、もうそんな時間...?」 「何のんびりしてるの!早くしないと新学期早々遅刻になっちゃうわよ!」 その言葉でようやく自分の状況を理解できた。今は4月、新学期が始まったばかりで、時刻は8時を指していた。学校が始まるのは8時半だ。 「やっば...!早くしないと...!」 慌ててベッドから飛び起きてクローゼットから制服を取り出す様子を母はため息を付きながら見ていた。 「ちょ、お母さん...!ため息ついてないで早く出てってよ!私着替えなきゃだから!!」 「...はいはい、ご飯は?」 「いらない!」 「─ほんと最悪...こんな時に寝坊するとか...」 歯磨き、洗顔を済ませて適当に髪を結んでカバンを持って玄関に向かいながら大きなため息を付きながらそう言った。 「...じゃあ彩晴、気をつけてね」 「ありがと、行ってきます!」 傘を渡されて今日は雨なんだ、とふと思いながら受け取り急いで玄関を出て学校へと走り出した。 「─私雨の日嫌いなのに...」 走りながら不満を漏らしながら空を見上げると空は灰色に満ちていて見ているだけでも憂鬱になるようだった。 「─1分間に合わなかった...あんなに走ったのに...」 とてつもない疲労感と体力が無いとはいえ全力で走ったのに間に合わなかったという事実が少しショックだったのもあって下駄箱で座り込んでしまった。 「─あれ、もしかして天宮さん?」 のんびりとした声色で呼ばれた方を見るとクラスメイトの出雲くんだった。 「い、出雲くん...!?出雲くんも遅刻なの?」 「んー、まあそうなるね。俺はいつもの事だけど天宮さんが遅刻って珍しくない?」 「寝坊しちゃってさ、もうちょっと頑張れば間に合ってたんだけど...」 「なるほどねー、でも寝坊したのに頑張って来ようとするの偉いよ。俺なら絶対諦めるよー」 呑気に話す彼、出雲雨音くんはいつものんびりしていて遅刻なんて日常茶飯事だった。 遅刻ばかりだし授業中も寝てることが多い出雲くんは先生によく注意はされているけど、生徒から、特に女子からはかなり人気があった。理由は多分顔がかっこいいから、だと思う。 「...あ、早く行かなきゃ、授業始まっちゃう...!出雲くんも急ごうよ...!」 「えー?そんなに急がなくても大丈夫でしょ。俺はいつもの事だし、天宮さんは普段ちゃんとしてるから1回ぐらいサボっても大丈夫だって」 欠伸をしながらそんなことを言う出雲くんはゆっくり立ち上がって歩き出した。 「え、ちょっ、どこ行くの...!?」 「えーっとねー、俺の秘密基地みたいなとこ」 ─出雲くんに着いて行ってたどり着いたのは屋上に1番近い階段だった。 「─はい、ここ座っていいよ。ここなら先生とかも来ないし」 「...あ、お、お邪魔します...」 ぎこちなく返事をして階段に腰を下ろす私を見て出雲くんはクスクス笑い始めた。 「い、出雲くん?何笑ってんの...?」 「あ、ごめんごめん。そんなに緊張しなくていいのにガッチガチなのが面白くて」 緊張するのは当たり前である。なぜなら私は出雲くんのことが好きだから。顔がかっこいいからそりゃ出雲くんを好きな人はいっぱい居るとは思うけど、私はそれだけではない。 出雲くんは私の後ろの席で、去年から同じクラスで入学してすぐの時は話すことが何度かあった。 その時の出雲くんが、中学校にいた私の知っている男子とは確実に違う何かを感じさせた。女の子を大事にしているけど特別扱いとか女たらしとかそんなのじゃなくて、人として大事にしているような、そんな感じがして、段々惹かれるようになっていったのだ。 そして今、その出雲くんが目の前にいて、授業中だから誰もいないという、少女漫画的な展開になっているのだ。 「ちょ、バカにしないでよっ...!」 「ごめんってー。...あ、天宮さん、ちょっと待ってね」 笑うのをやめたと思ったら出雲くんはゴソゴソと鞄を漁ってタオルを取り出した。 「...?出雲くん、どうしたの?」 「...ん、ちょっとじっとしててね」 今まで見たことの無い真剣な顔をする出雲くんについ見惚れていたら、ふわっと頭の上からタオルを被せられて出雲くんの顔が私の真正面にすっと近づいた。 「え、い、出雲くん...!?何、急に...」 「雨で濡れてたからさ、風邪ひいて欲しくないなーって思ってたら、俺タオル持ってたの思い出したんだよ」 傘を差していたとはいえ走っていたのでほとんど雨をしのげていなかったらしく私の髪は結構雨で濡れていたということに気づかなかった。 ふわふわした笑顔を浮かべて私の頭をタオルでわしゃわしゃと撫でる出雲くんの手は凄く優しくて暖かかった。 「...あ、ありがとう...優しいね、出雲くん」 「え?俺優しくないよ?ただ俺は天宮さんに風邪ひいて欲しくないだけ」 「...?それはなんで?」 「...だって、天宮さんが居ない学校とか面白くないんだもん」 「...へ?」 思わず間抜けな声を出してしまった私を見て、出雲くんは一瞬はっとした顔を見せたあといつものように笑って見せた。 「...ごめん、困らせたよね。あとタオルも、嫌じゃなかった?」 「嫌なわけないよ!むしろありがとね!おかげで風邪ひかないかも!」 「ほんと?...良かった。それじゃあ、もうすぐ次の授業始まるからそろそろ行こっか」 「あ、うん...!楽しかったよ!ありがとう!」 「...こちらこそ、ありがとう天宮さん」 私の目を見ながら微笑む出雲くんの頬は少し赤くなっていたような気がしたけど、きっと気のせいだと思ってスルーした。 ─放課後、朝あんなに降っていた雨はすっかり止んで晴れ間が見えてきていた。 「─晴れてよかったね、天宮さん。晴れ好きなんでしょ?」 「あ、うん!...でも、雨も好きになりそうかな〜?」 「...?なんで?」 「内緒!」 私が誤魔化しのつもりで出雲くんにそう言うと、出雲くんは何それ、とケラケラ笑った。 出雲くんのおかげで雨も好きになりそう、なんて口が裂けても言えなかったけど、帰り道一人で水溜まりにジャンプしながら呟いた。 「明日良い日になあれ!」

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明日良い日になあれ

最悪のくじ引き

─今日は席替えの日だ。うちのクラスの席替えは完全くじ引き制なので、どこに誰が来るのか全く予想できない。 とはいえ、私は誰と近くになっても話さないのでどんな席でもどうでもよかった、あの人と近くにならなければ。 「_おい山吹、今日席替えだってよ!」 その声に私は思わず肩をびくっと震わせてしまった。あの人が登校してきたからだ。 「_え、まじ!?よっしゃー、やっとお前らから離れられるわー」 ケラケラと笑いながら大声で話しているのは、クラスメイトの山吹くんだ。彼はいわゆる陽キャで、普段からチャラくて声もでかいし、とにかくうるさい。私はそんな彼がかなり苦手だった。 静かにしていれば実害は無い、と私の友達が言っていたが、どうやら私だけは例外らしい。 「夢宮さんおっはよー!今日席替えらしいぜ!今度は近くになれたらいいな!」 「...そうだね」 山吹くんはどういう訳か他の大人しいクラスメイトには全然絡みにいかないのに私にだけはだる絡みしてくる。正直鬱陶しい。 話しかけられるのはまだいいとして、嫌なのはそれをニヤニヤしながら見ている山吹くんの友達だ。 だる絡みされている私をからかっているのか知らないけど、かなり不快だった。 「ちょ、夢宮さん困ってんじゃん、やめなよー」 「えー?別にいーじゃん、俺は夢宮さんと話してーの」 こんな感じで、山吹くんはやたらと私に絡んでくるし、周りは止めない、地獄みたいな学校生活を送っていた。 「_はーい、席に着いてー、じゃあ席替えするから前からくじを引いて行ってねー」 ─朝のHRが始まり、先生がくじ引き用の箱を持って教室に入ってきた。 前から回ってくる箱からくじを引く度に、クラスメイトからは期待や緊張の声が聞こえてくる。 _山吹くんの近くにだけは絶対なりませんように。そう強く祈ってくじを引いた。 「よし、全員引き終わりましたね。それじゃあ黒板に座席表に数字を書いていくので、自分が引いたくじの番号の席に移動してくださーい」 先生が速やかに黒板に座席表と数字を書いていく教室の中はざわつきが広がっていて、私も少し緊張している。 「_私の席は、あそこか」 自分の新しい席の場所を確認して席に向かうと、後ろから大声が聞こえた。 「_えっ!?ちょっと待って...!?夢宮さんの席そこなの...!?」 「...そう、だけど...」 _なんだろう、嫌な予感がする。 「よっしゃ!俺隣だよ!よろしくな、夢宮さん!」 「...え」 ─終わった。真っ先にそう思った。ただ近いだけじゃなくて、まさか隣なんて、神様は私に恨みでもあるのだろうか。 「なあなんでそんな嫌そうなんだよー、俺が隣じゃ嫌なのかよー?」 「...そんなことない、と思うよ」 「絶対嫌がってんじゃん!俺めっちゃ嬉しいのになー...」 この人の言うことは信用出来ない。課題の提出期限守らないし、先生に怒られても反省してますって、口先だけで何もしてない。 それに、好きな人がコロコロ変わるのを私は知っている。私の聞こえる所で好きな人の話をしていたからだ。 「...ほんとに嬉しいなら私に迷惑かけないでね?」 「...はーい、精進しまーす」 「......」 ─そういうことで、運悪く山吹くんの隣の席になってしまってかなり気分が下がっているのだが、これをきっかけに何かが始まるのかもしれないけど、それはまだ先のお話。

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最悪のくじ引き

キューピットに幸あれ

−私にはギャルの大親友がいる。といっても出会ったのは高校に入ってからだから仲は1年かそこらだ。とはいえ人と話すのが苦手な私にとってはすぐに打ち解けてくれる人はありがたかった。 そんな彼女はどうやら最近恋をしているらしい。毎日のように幸せそうなため息をつきながらとある人を見つめている。 「_はー、まじで雪瀬くんかっこいー...」 「...仁恋、ほんとに千咲のこと好きだよね。正反対なのに」 「だから好きなんだよ!!だってウチみたいなやつにも優しいんだよ!?」 私の親友、桐崎仁恋の想い人は私の幼なじみ、雪瀬千咲だ。 千咲は昔から大人しくて頭がいい、真面目くんタイプで、ギャルの仁恋とは正反対だった。だから仁恋が千咲のことを好きだと知った時は本当にびっくりした。 「ねーお願いだよ涼夏、幼なじみならウチと雪瀬くんのキューピットになれるでしょ...!!」 「...まあ、いいけど...」 「やった!!涼夏大好きー!!」 「...はいはい。...あ、千咲、今時間いい?」 「_いいけど、俺に何か用?」 そう言いながら千咲は少し不機嫌そうな顔をして近づいてきた。 「...あ、私じゃなくて仁恋が用あるらしいんだけど...」 私がそう言いながらゆっくり仁恋の方を見ると仁恋は咥えていたパックジュースのストローから勢いよく口を離した。 「...そうなの?桐崎さん」 「え...!?あ、う、うん!話したいなーって思って...!!」 なんてことをしてくれたんだ、みたいな視線を仁恋から感じたけれど気にせず2人を残して教室から出た。 「_あ、如月さん!やっほー!」 廊下を歩いている時に大きな声で手を振りながら私を呼んだのは、最近千咲と仲良くしてくれている八雲玲緒という男の子だった。 「...八雲くん、声大きい...」 「え、あ、ごめん!!嫌だった...?」 「別に、嫌ではないけど...」 申し訳なさそうに手を合わせた八雲くんに私がそう言うと、途端に明るい顔に変わった。 「まじ!?良かったー!俺如月さんに嫌われたらまじでショックだからさー」 「...?そんなに私に嫌われたくないの?」 私の問いかけに八雲くんは一瞬間を置いて顔を赤くしながら応えた。 「...そ、そうだよ!!俺千咲とか仁恋に嫌われたとしても如月さんにだけは嫌われたくねえから!!」 「...あの二人が八雲くんのことを嫌いになるなんて無いと思うけど私が八雲くんのことを嫌いになることも無い、と思うよ」 「...え、ほ、ほんと...?」 「...うん、だから、安心して_」 私が安心していいよ、と言いかけた時だった。突然後ろから大きな声が聞こえたと思ったら、八雲くんよりも少し背の高い男の子が私の横を勢いよく駆け抜けて八雲くんの肩に腕を回した。 「_あー!八雲がまた女の子口説いてるー!」 「なっ...そんなんじゃねえよ!!ただの友達だから...!」 「ほんとかー?お前さっきから顔赤いぞー?」 たしかに、八雲くんの顔は私と話している時ずっとほんのり赤い。耳も少し赤い、気がする。 「気のせいだろっ...!とにかく、如月さんを口説こうとなんてしてないから...!如月さん、誤解だけはしないで...!」 「...う、うん。...あ、私そろそろ仁恋達のところに戻るから、じゃあね。」 「あ、うん!またな!!」 ニヤニヤしながら私と八雲くんのことを見ている例の男の子に目を合わせないよう平然を装っている中、私の心の中ではある不安が生まれていた。 "─私が八雲くんのことを好きなの、バレてないかな...” ─そう、私は八雲玲緒くんのことが好きだ。仁恋の中学からの友達らしくて、初対面の時からかなり親しげに話してくれる人だ。 仁恋に似ていて、人と話すのが苦手で目も合わせられないような私にも明るく話しかけてくれるし、いつも元気で眩しい笑顔を浮かべている。 そういう明るくて表情豊かな八雲くんに私は少しずつ惹かれていって今に至る。 自分で言うのも変だが私は表情が乏しいから誰にもこの気持ちはバレていないだろう、と思っていた。 「...涼夏、玲緒のこと好きでしょ?...わかりやすいよ」 たった1人、幼なじみの千咲だけにはすぐに見抜かれてしまった。それ以来千咲以外の誰にも悟られないように平然と振舞っている。 ─梅田くん、っていう人にバレていないだろうか。かなり不安だが、バレてないだろう、と自分に強く言い聞かせていつも通りの無表情で仁恋と千咲の所へ戻った。 ─今私が優先すべきなのは仁恋と千咲のキューピットであることだから。 「_八雲さー、あの子のこと好きだろ?」 「...はぁ...!?そんなんじゃねえから...!」 如月さんと話し終えた後、途中から割って入ってきたこいつ、梅田にこんなことを聞かれるなんて、不愉快そのものだった。 「...いやー、お前結構分かりやすいぞ?」 「だから違うって...!女の子と話すのに慣れてないだけだから...!」 「んー?じゃあ桐崎さんはどうなのかなー?」 「...あ、あいつはただ中学が同じだっただけだよ!だから如月さんのことを好きとか、そんなんじゃねえから!!」 俺は周りの人に聞こえない声量で強くそう言って、俺の肩に回された梅田の腕を振り払って自販機に向かった。 ─誰もいない自販機でパックジュースを買い、近くの階段にへたり込んだ。 「_あー、まじで危なかったー...。...俺、やっぱわかりやすいのかな...」 ─そう、俺は梅田の言う通り如月涼夏という女の子が好きだ。というか、かなり好きだ。 きっかけはただの一目惚れだけど、今は本当に如月さんのことが好きだ。 普段は大人しくてクールだけど、笑ったらすげえ優しい顔になるし、実際めっちゃ優しいし、クールなのにスイーツとか可愛いものとかが好きなのとかめっちゃギャップ萌えするし、とにかく俺は如月さんのことが大好きだ。 そんなわけで如月さんのことを大好きな俺だが、今は自分の恋愛よりも優先した方がいいものがある。それは千咲と仁恋のことだ。 仁恋が俺の友達である千咲のことが好きなのはかなり分かりやすいしほとんどのやつが気づいてると思うが、どうやら千咲も仁恋のことが気になっているらしい。 千咲は如月さんよりも更に表情が乏しくて何を考えているのか分からないから、多分これを知っているのは俺だけだろう。そこで俺は仁恋と千咲の距離を縮めるべくキューピットとして行動しなければならないのだ。 本音を言ってしまうと如月さんともっと仲良くなりたいと思っているが、今はキューピットとしての役割を全うしようと思う。 ─2人のキューピットの想いが互いに伝わるのはいつになるのか、まだ誰も知らない。

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キューピットに幸あれ

引き分け

─私たちは、小さい頃から照れたら負け、というくだらないゲームを高校生になった今でも続けている。 最初はすぐに飽きて終わると思っていたけど、やってみると意外と楽しくて、いつのまにか10年が経っていた。ちなみに勝敗は5歳から初めてずっと付いていない。 「─瑞奈、今日もかっこいいよー」 「お前はいつも可愛いな、涼夏」 今日もいつものように褒め言葉を投げ合う。依然として私と瑞奈は動じなくて、言い合った後2秒ぐらいして吹き出すのがお決まりの流れだ。 「...つーかお前、こんなことやってて飽きねーのかよ」 「べっつにー?いつか瑞奈が照れてくれるのかなーって考えたら楽しくてしょうがないよー」 「俺がぜってえ勝つから覚悟しとけよー」 ─これでいい。私たちの関係はこのまま、腐れ縁みたいな状態でずっと続けばいい、そう思っていたのに。 「─ねえねえ、北川くんってかっこよくない?」 「え、分かる分かる!誰にでも優しいし、まじでイケメン!!」 ─過ぎていく時間は一定のはずなのに、周りがスローモーションに見えた。 そうだ、瑞奈は優しくて、スタイルも良くて、顔も、整ってて、モテるんだ、と気付かされた。 「涼夏はいいなー、幼なじみでさ、家も近いんでしょ?」 「え?...まあ、うん、もしかして、瑞奈のこと好きだったりするの?」 誤魔化し笑いを浮かべてそう尋ねると、その子は顔を少し赤らめた。 「いや、別に好きって程じゃないけど、かっこいいなーって...」 手で顔を隠しながらそう言う彼女の顔は、恋をしている女の子の顔だった。こういう顔は瑞奈の近くに居たらよく見るから分かる。瑞奈は昔からモテてたから。 「...ふーん?どういう所が好きなの?」 「えー?それ聞いちゃうー?...えーっとねー、」 それからの事はほとんど聞いてなかった。聞きたくなかった。聞いていたら多分私は耐えられなくなっていたから。 ─放課後、先生に頼まれた仕事を終えて教室に戻ろうとしていたら、教室から話し声が聞こえた。 「き、北川くんってさ、その、好きな人とか、いるの?」 「...え、は!?な、なんだよ急に...」 ─こんな所に出くわすなんて、最悪だ、と思ったけど、今まで瑞奈から好きな人の話なんて聞いたことが無かったから少しだけ気になって気づかれないように廊下で聞いていた。 「いいから答えて!!恋バナしたいの!!」 「えー...そう言われてもな...」 「じゃあじゃあ、気になる人でもいいから、居ないの!?」 「...あー、えっと...」 興味津々な彼女に気圧されてるのか、瑞奈の戸惑っているような声が聞こえていた。 「...内緒」 「...え?」 聞き間違いだと思ったけど、どうや聞き間違いじゃないらしい。瑞奈は、そういう誤魔化しは下手だし、何よりさっきまで興味津々だったあの子の驚いた声が聞こえたから。 「...そういうのは本人に気持ちを伝えることしかしないから、内緒」 そんなところあるんだ、と10年の仲でも知らないことって意外とあるのかも、と思った。 「えー、つまんなーい...まあいいや!私帰るね!バイバイ!」 「...え、あ、また明日」 急に帰ると言い出して教室を出ようとしている彼女を見て私はかなり焦って隠れようとしたが、全然気づかれなかったらしく何も言われず目の前を通り過ぎて行った。 それから1分後ぐらいに、恐る恐る教室に入ると、自分の席に座ってる瑞奈がいた。 「あれ、瑞奈じゃん、何してんの?帰んないの?」 「...あー、お前のこと、待ってた」 少し気まずそうな顔をしてぎこちなく応える瑞奈に私は違和感を覚えた。今まで待ってくれるなんて無かったし。 「えー?何急に、ゲーム終わらせに来たのー?」 「...別にそういう訳じゃない。...あと、お前さっきの会話聞いてただろ」 「え、な、なんの事かなー...?」 「誤魔化すの下手かよ...」 「...聞いてたけど、なんで?」 「いいから座れよ」 そう言って瑞奈の隣の席を指さしたから、何も言わず座った。 「...気にならないのか?...俺の、恋愛事情」 「え、別に...私関係無いし...」 ─嘘だ。本当はすごい気になってるし、聞きたいこといっぱいある。 「...はぁ...まあそう言うと思ったよ。お前昔から自分以外のこと興味無いもんな」 「は?ちょ、自己中みたいに言わないでよ!!」 「悪かったって、自己中じゃねーよ」 いたずらっぽく笑う瑞奈を見て、今まで感じたことのない気持ちをはっきりと感じて、つい口走ってしまった。 「...気になるって言ったら、話してくれるの?」 私がこんなことを言うなんて思ってもなかったのか、目を大きく見開いて呆然としていた。 「ちょ、黙んないでよ、聞かれたことにはちゃんと応えな?」 「...あー、分かったよ、応えりゃいいんだろ?...俺、多分好きな人、いる」 「え、なにそれ、なんでそんな曖昧なの?」 「う、うるせえよ...」 おかしい。今までの瑞奈なら、多分もっと口数が多いはずなのに、全然喋らない。それに、ちょっと顔が赤い気がする。 「えー...ていうか瑞奈、顔赤くない?照れてんの?」 「そ、そんなんじゃねえから...!...つーか、お前は?好きな人とかいんの?」 ─息が詰まるようだった。聞かれるだろうなと覚悟はしていたけど、いざ聞かれると、どう答えたらいいのか分からない。 ─私は瑞奈のことが好きで、すぐにでも本当のことを言いたい。でも、これを言ってしまったら、私と瑞奈を繋ぎ止めてる縁、みたいなものが切れてしまいそうで怖かった。 私が恋愛事情を瑞奈に抱いていても、瑞奈は私の事をただの幼なじみだと思っているかもしれない。それがすごく怖くて、今まで何も言わなかった。 でも、ここで言わないと後悔しそう、直感でそう思った。 「...いる、よ」 「...え、まじで?だ、誰?」 身を乗り出して話に食いついてきた瑞奈に私は心底驚いた。 「...言わなきゃ、ダメ?」 「...知りたい」 「ええ...」 言うのが怖い。幼なじみとしてずっと一緒に居たのが、思い出の中に居る瑞奈が、全部壊れてしまいそうで、上手く頭が回らなくて、何も言えなくて、冷や汗が流れるだけだった。 「...お前、なんでそんな冷や汗かいてんだよ、大丈夫か?」 「え?...あー、うん、大丈夫!ていうかそろそろ帰らない?もう暗くなっちゃうよ?」 「待て、逃げるな」 「バレた...」 ちゃんと言うべきなのだろうか、それだけが頭の中でずっと浮かんでいて、決断に踏み出すことがなかなか出来ずにいたけど、どうやら瑞奈は私から好きな人を聞かないと満足出来ないらしく、観念して言おうとしたら瑞奈が口を開いた。 「...そういえばさ、お前ってもうゲーム終わらせたい、のか?」 「え?どうしたの急に」 「だってお前、好きな人いるならこんなことしててもいいことないだろ、むしろその好きな人に嫌われるかもだし」 ─そうだ、こうなるんだ。いつまでも本当のことを言わないから、離れちゃうんだ。 ─変わりたい。こんな自分じゃだめだ。もう、言うしかない。 「...それは別に、気にしなくていいよ」 「...は?なんでだよ、お前好きな人居るって...」 瑞奈は鈍い。かなり鈍い。幼稚園の頃に女の子に小さな花を貰った時も、小学生の頃のバレンタインにハート型のチョコレートを貰った時も、中学で勉強会しようって誘われたり、デートに誘われたりした時も、全然気づいてなかったほど鈍い。 その鈍さに今まで何も思わなかったけど、なんだか徐々にイライラしてきた。 「...あー、もう、それ、わざとなの?」 「はぁ?お前、さっきから何言って_」 「...わ、私が好き、なのは、瑞奈なんだよ...!」 言ってしまった。どうしよう。嫌われるかもしれないし、友達のままで居てくれるかもしれないけど、私はそのどちらも嫌だった。 「...え、ちょっと待って、それ、まじで?」 「う、嘘つくわけないでしょ、こんなこと...」 体が熱い。これ絶対私照れてるじゃん。ゲーム負けるし、言いたくなかったのに告白させられるし、今日最悪だな。 「...なんか言ってよ瑞奈...って、え...?」 何も言わない瑞奈に嫌気が差して下を向いていた顔を無理やり上げると、顔を真っ赤にした瑞奈が居た。 「...瑞奈、顔、赤くない...?」 「...う、うるせえよっ...!...仕方ねえだろ...」 「仕方ない?何が?」 「...あ、やべ」 「瑞奈、何が仕方ないの?」 私がじっと見つめながらそう聞くと、瑞奈はしばらく考える素振りを見せてから何か決心したような顔をして見せた。 「...好きなやつに告白されたら、恥ずかしいに決まってんだろ...」 「...え?...待って、瑞奈、私の事好きなの...?」 「...そーだよ、悪いかよ」 ─どうしよう、まさかこんなことになるなんて思ってなかった。自分が告白するのも想定外だったのに、まさか瑞奈が私のことを好きなんて想像もしていなかった。 「...えーっと、じゃ、じゃあ、付き合う...?」 ぎこちなく問いかけるとさっきまで顔を隠していた腕を急に退かして身を乗り出してきた。 「は...!?いや、そういうのはもっと慎重に決めなきゃだろ...」 「...両思い、なのに?」 「っ...だって、急に付き合うとか、俺、心の準備してなかったし...」 「私だって別に準備してなかったし、なんなら告白するのも想定外だったんですけどー?」 私がそう反論すると、しばらく頭を抱えたあと顔を手で隠して目だけ見えるような状態でこっちを見てきた。 「...わ、分かったよ、付き合うよ」 「わーい、瑞奈、ありがと」 「...おう、よろしくな、涼夏」 ─そういうわけで付き合うことになって内心めちゃくちゃ嬉しかったけど、あることを思い出した。 「...あ、そういえばさ、あのゲーム、もう終わらせて良くない?」 「...あー、そうだな。...それで、勝敗は?」 「えー?そんなの決まってんじゃん、引き分けだよー」 「...まあ、そうだよな」 笑ってそう言うと、瑞奈も笑ってくれた。今までも別に笑ってくれないってことは無かったけど、今日の瑞奈の笑顔は特別感があって、すごく嬉しかった。 「じゃー引き分けってことで!瑞奈、一緒に帰ろ!」 「...ああ。...でもちょっと待って」 帰ろうとしていたところを呼び止められて、なんだろうと思ったら手首を掴まれていた。 「...?瑞奈?どうしたの_」 気づいたら私は瑞奈に抱きしめられていて、目の前には瑞奈の胸辺りがあった。 「...え、ちょ、瑞奈...?なに、急に...」 「...俺、ちゃんと言ってなかったから。...好きだよ、涼夏」 少し震えた声でそう言った瑞奈の心臓の音は信じられないぐらい大きくて、心做しか体が熱かった。 「...あ、ありがとう、私もだよ」 私がそう返すと安心したようにため息をついてそっと私の背中から手を離した。 「...よし、帰るか」 「...うん...!」 ─今日は色々あった1日だったなー、と歩きながら考えていた。 でも、後悔は無い。瑞奈の気持ちも知れたし、自分の気持ちも言えた。 これからどんな生活が待っているのかとか、そういうのは何も分からないけど、今が幸せならそれでいいと思った。そんな日だった。

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引き分け

衣替え

「─暑い...」 ─今は6月で梅雨真っ盛り。毎日蒸し暑くて外に出ることが憂鬱で仕方が無い。 「...そろそろ制服替えようかな...」 クラスメイト達が続々と半袖の制服に切り替えていく中、私は未だに長袖を着ていた。なぜこんなに暑い中長袖を着続けているのかというと、人前で肌を出すのが苦手だからだ。 小さい頃からコンプレックスというか、なんて言ったらいいのか分からないけど、人前で肌を出すことに対して独特の恥ずかしさみたいなものがあって、夏が嫌いで仕方がなかった。 「_なあなあ、桐生さんってなんでこんな暑いのにずっと長袖着てんの?」 朝、教室に着いてエアコンの効いた快適な空間の素晴らしさを堪能していたら、前の席の神代くんに話しかけられた。 「...えっと、それは...」 なんと答えたらいいのか分からなくてモゴモゴしてたら神代くんが顔を寄せてきた。 「脚もタイツ履いてるし、体調崩さないか心配なんだよ」 たしかに、私は危険なレベルの暑さじゃない限りずっと長袖でタイツを履いている。自分で言うのも変だけど、すごく暑い。 「...あー、えっと、肌を出すのが、苦手で...」 私が気まずそうに言うと、神代くんはハッとして気まずそうな顔をした。 「...あー、なんかごめんな、こんなデリカシーの無いこと聞いて」 「...ううん、気にしないで大丈夫だよ。...苦手だけど、そろそろ暑くなってきたし、半袖にしようかなって思ってたの」 「あ、まじ?その方がいいよ!ずっと長袖とタイツだったら熱中症とかめっちゃ心配だし」 「...あ、ありがとう...?」 「おう!」 元気のいい返事をしながら、神代くんは太陽のような笑顔を見せた。 ─時間は経って夜。寝る前に明日の準備をしておこう、と思い寝転がっていたベッドから起き上がった時、今日の神代くんとの会話を思い出した。 「...半袖、嫌だなあ...」 誰も居ない静かな部屋で、ぽつりと呟きながらクローゼットを開けて制服の夏用、半袖のシャツを取り出した。 肌を出すのはすごく嫌だが、無理をして厚着をして学校で体調を崩して周りに迷惑をかける方がずっと嫌だ、と自分に言い聞かせて制服の準備をして眠りについた。 ─次の日。腕と脚をこんなに出すのが久しぶりで、すごく憂鬱だったけど、なんとか学校に向かって誰とも挨拶を交わすなんてことは無いまま静かに教室の自分の席に着いた。 神代くんに何か言われるのだろうか、とソワソワしていたが、少し挨拶をされただけで何も言われなかった。正直意外だったけど、私はあまり目立ちたくないので少し安心した。 ─放課後。結局神代くんから制服のことなんて何も言われないまま1日が終わり、まあいいか、と思いながら帰ろうとすると、神代くんに呼び止められた。 「...あ、あの、桐生さん、ちょっと話さない?」 「...?いいけど...」 神代くんの気に障るようなことをしてしまったのだろうか、と今日の行動を思い返していると、少し顔を赤くした神代くんが口を開いた。 「...桐生さん、夏服になったんだね」 「...あ、うん、神代くんに後押しされた感じ、かな」 なぜ顔を赤くしているのか全く分からないが、特にそこに触れることは無く普通に返事をした。 「...えっと、それで、その、朝に声かけようと思ったんだけど、ちょっと気持ち悪いかなって思って、なかなか言えなかったんだけどさ」 少し早口で顔を赤くして、目を伏せて話している神代くんの様子に謎しか無かった。 「...?...うん、どうしたの?」 私が問いかけると、神代くんは思い切ったような顔をしてゆっくり口を開いた。 「...夏服、似合ってるよ。」 私は心底驚いた。それだけのためになんでそんなに必死なのか、と。 「...え、あ、ありがとう...?」 「ごめんっ...!いきなりこんなこと言って、気持ち悪かったよな...」 「...いや、そんなことないけど...。...むしろ、褒めてくれて嬉しい。...ありがとう」 神代くんを落ち込ませないように言葉を選んで答えた。すると神代くんはすごく嬉しそうな顔をして見せた。 「まじ!?桐生さん優しいね!ありがとう!...って、やばい、俺今日バイトじゃん!じゃあね!また明日!」 そう言ってカバンを持って走り出していく神代くんは、まるで嵐のようだった。 ─なんであんなに顔を赤くしていたのかは分からないけど、ちょっとは仲良くなれたのかな...?

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衣替え

鍵〜黒山side〜

─いつも通り、遅すぎず早過ぎない時間に学校に向かい、いつも通り駐輪場に自転車を停めて、いつも通り教室に向かっている時の出来事だった。 そこには、クラスの女子生徒、白川さんが教室の前に立っていた。 「...あれ?白川さん、何してんの?」 俺がそう呼びかけると、白川さんは少し体をビクッとさせてこちらを見た。 「...あー、えっと、教室の鍵が、開かなくて...」 白川さんは人と目を合わせるのが苦手なのか、俺はずっと白川さんの顔を見ているのに視線はドアに刺さった鍵に向けられていた。本人はどう思っているのか分からないけど、そんな所も可愛い、なんてちょっとだけ思ってしまった。 「え、まじ?そんな硬いの?...あー、たまにあるよな、自転車とかの鍵が全然開かない日」 俺は中学からいつも自転車通学なのであるあるなのだが、電車通学の白川さんはそれがよく分からなかったらしく、一瞬だけぽかんとした後にそうなんだよねー、というあまり思ってなさそうな返事が返ってきた。俺会話下手かよ!!と心の中で嘆いた。 「先生呼ぶかー...って、白川さん、手真っ赤じゃん、大丈夫?」 ふと彼女の手のひらを見ると真っ赤になっていることに気付いて、無意識に手を握ってしまった。離すべきか迷ったけど、今手を離すのも不自然と思い、できるだけ優しく握り返すことしか出来なかった。 「え、あ、うん。鍵頑張って開けようとしたら、真っ赤になっちゃって」 そこまでするなら先生を早く呼べば良かったのに、と思ったけど、白川さんが先生と全然話している所を見たことが無くて、年齢とか関係なく人とのコミュニケーションが苦手だということを思い出した。 「ダメじゃん!そういう時は誰かに頼らないとさ。...うーん、血は出てないみたいだけど、皮むけてるところあるなー...」 異性に手を握られて緊張しているのか、白川さんは石のように動かなくなってしまった。その反応が俺には可愛く見えて、手を離したくなかったけど、まずは先生を呼んで鍵を開けてもらうのが先だと思い切ってそっと手を離した。 「じゃあ俺、先生呼んでくるから!手ちゃんと洗えよ?あ、あと血が出たら言えよ!絆創膏持ってっから!」 そう言って俺は白川さんの返事も聞かずに職員室へと走り出した。これ以上白川さんと一緒にいたら感情が抑えられなくなると思ったから。 ─もう気付いてると思うが、俺は白川さんの事が恋愛的な意味で気になっている。というか、結構好き、だと自覚してきている。 意識し始めたきっかけははっきりしていないが、日頃から同じ教室で過ごしていると自然と彼女のいい所が目に入って、そこから気になるようになった、みたいなものだ。 例えば人とぶつかってもすぐに微笑みながら謝るところとか、男女関係なく優しく接しているところとか、そういう所を何回も見たら意識しない方がおかしいと思う。 そういうわけで俺は白川さんが好きな訳だが、白川さんは多分俺みたいなタイプがあまり好きではない。俺は人と話すのが好きだけど、白川さんは人と話すのが苦手そう、というのが大きな理由で、俺はこの現実を受け入れたくなかった。 だが、俺はどうしても白川さんのと話して、白川さんのことをもっと知りたい。だから、積極的に話しかけるようにしよう、と決心した矢先これだ。もう運命と思うしかない。 「─先生、俺のクラスの教室の鍵が開かないらしいんすけど、開けて貰えませんか?」 先程までの気の乱れは忘れて、平然を装って先生に助けを求めた。 「...そうか、教室まで案内してくれ」 俺の問いかけに反応してくれたのは俺たちの学年主任の先生で、顔が怖くて無口な割には可愛いものが好きだと噂の先生だった。 「あ、先生ここです。全然開かないらしくて...」 「そうか、わかった。...本当だ、全然開かないな。...とりあえずスペアキーで開けておこう。後でその鍵は修理に出しておく」 それだけを言って先生は堂々と職員室に戻って行った。先生の迫力に圧倒されて突っ立っていたが、すぐに我に返った。 「よかったなー、鍵開いて」 教室に入りながら俺がそう言うと、白川さんも我を忘れていたのかはっとした顔をした。 「...あ、うん。...えっと、あ、ありがとう。先生の所に行ってくれて」 少しモジモジしながらそう言う白川さんは少し俯いていて、何か気にしている感じだった。 「え?別にお礼なんていいよ、放っておく訳にはいかないじゃん?大事なクラスメイトなんだし。」 実際、大したことは無いものの傷だらけの手をした好きな子を目の前にしたら、流石に放っておけない。そんなことを考えている時、1つの疑問が浮かんだ。 「...あ、そうだ。ずっと聞こうと思ってたんだけどさ、白川さんっていつも早く来てるみたいだけど、早く来て何してんの?」 俺がそう尋ねると白川さんは俺よりもずっと小さい体をびくっとさせてさらに俯いた。 「...えっと、その、掃除、してて...」 彼女の口から出た言葉は、俺の想像とはかけ離れたものだった。 「掃除?え、毎日わざわざ早く来て教室の掃除してんの?」 気になってつい白川さんの方へ近づくと、白川さんはびっくりしたのか後ろへ少しだけ下がった。 「う、うん...変、だよね...」 少し震えた声でそう言う彼女が、なんだかとても弱く見えて、俺はこんなことを聞くんじゃなかった、と思った。 「いやいや、全然変じゃないよ!むしろすげえと思う!だって俺、掃除とか苦手だし、1人の時にしてるってことは目立ちたいって訳でも無いみたいだし、俺は全然いいと思う!」 慌てて言った励ましのつもりの言葉は、支離滅裂だったのではないか、と落ち込んだが、少しだけ白川さんの表情が明るくなったような気がした。 「そ、そう、かな...」 「そうだよ!ありがとう、白川さん!」 明るくなってくれて嬉しくてつい、また彼女の手を握ってしまった。しかも、今回はさっきよりも力が強くなってしまった。 「え、あ、どういたしまして...?」 ギクシャクした返事を返しながら白川さんの顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。白川さんとの距離を縮めるなら今しかない、と直感で思った。 「あっ、いいこと考えた!今日から俺も掃除手伝うよ!」 我ながらものすごく意気揚々としてしまった、と少し反省した。 「え?そんな、悪いよ...自分で言うのもなんだけど、私来るの結構早いし...」 たしかに、白川さんはいつも来るのが早い。俺だってHRの40分前ぐらいには学校に着いているのに、その頃には白川さんは平然と席に着いて本を読んだり音楽を聴いたり勉強したり、色んなことをしている。 でも、そんなことはどうでもよかった。とにかく俺は好きな子と2人きりになれるタイミングが欲しかったから。 「そんなのいいよ!俺が早起き頑張ればいいだけだし、それに、えっと、白川さんと仲良くなりたいなーって思ってたし」 俺がようやく勇気を出してそう言うと、白川さんは呆気にとられた顔をしていた。 「わ、私と仲良くなりたいって、それ、本気で言ってるの...?」 「?そうだけど...ダメ、だった?」 まさかそんなことを言われるなんて思ってなくて、少し落ち込んでしまった。 「...え、あ、いや、ダメとかじゃなくて、私と仲良くしてもいい事なんて無いと思うから...」 ─どうして白川さんはそんなに自分を卑下するのか、俺には分からなかった。可愛くて、優しくて、非の打ち所なんて無いのに。 「何言ってんだよ、人と仲良くなることにいいことも悪いことも関係ねえよ。...あと、俺にとってはめちゃくちゃいいことだから...」 「...?どういうこと?」 ─しまった。思わず口走ってしまった。こんなことを突然言われても混乱するって分かってたのに。言ったことを頭の中で何回も繰り返したら、どんどん顔が熱くなってきたのを感じた。 「っな、なんでもねえよっ...!...ほら、さっさと掃除するぞ」 俺が言ったことの意味が分かってないらしく、ぽかんとしていたけど、すぐに掃除を始めて、みんなが来る前に無事に終えることが出来た。そして、みんなが来れば俺と白川さんはただのクラスメイトで、何も話すことは無かった。でも、少しだけ距離は縮まった気がした。 ─白川さんにとって俺はただの掃除を一緒にしてくれるクラスメイト。だけど俺は白川さんに特別な感情を持っている。何をしてでも彼女を振り向かせたい。 ─これが、いつか現実になれたら、俺はどれだけ幸せだろうか、と思う。

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