月雫しわす
6 件の小説読めない手紙
読めない手紙 土方が交番を飛び出して、どのくらい経っただろう。 何もわからずがむしゃらにただ走っていたことに我に返って落ち着いて歩き出す。 (俺は誰を思い出したかったんだろう)はぁとため息をつくと、土方は「何やってんだ…」そう呟いた。 それにしても何も考えずに探してたとはいえ、最終的に前住んでいた古いアパートに戻ってくるなんて…まったくの無自覚だった。 今住んでいるところを契約するのと同時にこのアパートは引き払ったからもう自分のものではない。自分が住んでいた玄関あたりを見るとそこに誰かいる。相手はこちらに気づくと話しかけてきた。 「お前、土方だな?」 聞き覚えのない声だ。落ち着いた声の低い男性の声。 「失礼ですけど…あなたは?」 「俺は〝オルト〟」 オルトという男はふてぶてしく立っている。 「あんたの今の住所がわからないからここで待ってた。あんた宛の手紙を持ってる」 「俺宛の手紙…?」 土方はオルトから手紙を受け取った。少しボロボロな感じの手紙だった。送り主を見ようと手紙を確認するが文字が書かれていない。 「あの、これ何もかかれてませんけど…」 オルトは頭を掻きながらやぼったく言った。 「俺が交換したのは万年筆だけだからな」 「え?」 どう言う意味だろう…考えてるうちにオルトは「じゃあ”借り”は返したからな」 そう言って男はその場を去ってしまった。 土方は白い封筒を開ける。中に数枚紙が入っている。だが、どの紙も文字は書かれておらず白紙の紙があるだけで手紙とは呼べなかった。 「なんだこれ」 訳がわからない、この手紙を渡してきたあの男はなんのためにこんなものを渡してきたのだろうか。 土方は真っ白な手紙を懐にしまった。この手紙を送りたかった人は何故俺にこの手紙を渡してきたのだろう。白紙の手紙の事をしばらく考えていたが、眉間を指で押さえるのをやめると同時に土方は考える事もやめた。 ***** 小麦畑が金色一面に輝いている。風が吹くとなびいて波をうっていた。サワサワと麦がそよぐ音とともに風車の羽が軋む音がしていた。 そこは廃れた廃村で人は誰もいない、地図にも載ってないような辺鄙(へんぴ)な場所だった。本田がここに来たのは、何年前になるだろうか…。まだ安アパートに住み着く前の話だ。たった1人ふらりと現れて使われなくなっていた小麦畑の中にポツンとある古屋に住み着いた。 話かける相手も誰もいない、たった1人で電気も、水道も何もないこの場所に、本田は住む事を決めた。それが一番だと思ったから。本田の生活は小麦を収穫しパンを作り、1日分の水を川から汲み、日が登れば起きて日が沈めば1日を終える、そんな生活をしていた。そこに、ある男が訪れる。その男は”対価”と引き換えに、物や願いを叶えた。その対価は取引する相手の大切なものの価値で、願い事の重さと対等であるものを対価とした。 初めて本田が、オルトにあった時願ったことは年に一度土方が幸せに暮らしているか教えて欲しいという願いだった。対価は本田が持ってきていた生活必需品全てだった。 何もない村でそれは厳しいものだったけれど、本田はすぐに了承した。そして一年に一度本田はオルトから土方の様子を聞けることになった。 「オルトくん、待ってたよ」 ニコニコといつも笑顔でオルトを出迎えると本田は質素なパンを出す。 「お茶があればいいんだけど…」 本田が困った顔で笑うとオルトはパンを口に運んだ。 「しゅんたは本当に変わってるよな、俺に食糧渡して。対価でもないのに」 「気持ちだから。今日もよく来て下さいました」 ふふッと笑って本田は会釈をした。 「それで、土方くん…元気だったかな?」 「元気といえば元気だな。ユリって女と暮らしてるのに変わりはない。この一年の出来事といえば喧嘩してしばらくユリが家を出たとかそんな事」 「え?!喧嘩?!だ、大丈夫だったの?」 「2、3日したら女の方が頭冷やしたみたいで戻ってった」 「そっか…よかった」 オルトは本田をじっとみる。微笑んでいる本田を見て毎回思う 「お前は変なやつだよ」 「ふふ、また言ってる」 小麦畑がサワサワと音を立てるのをしばらく聞いた後本田は言った。 「オルト君、お願い聞いてくれる?」 「対価もらえれば、なんでも。」 「手紙を書きたいの」 「手紙?アイツにか?」 「うん、届ける訳じゃないんだけど…」 本田は手に力を込めた。 「土方君への気持ちがね、会えてるわけでもないのに膨らんでいくの。どうしようもなくて…手紙に書いたら、落ち着くかなって思って。だからペンが欲しい」 「…へぇ…じゃあ対価は…なんでアンタが男なのにそんなに長い髪をしているか、にしとくかな。理由あるんだろ?」 「え…そんな事でいいの…?えーと」 本田は腰より長い髪を邪魔にならないように三つ編みにしている。本田はその髪を優しく撫でた。 「まだ髪が短い頃、土方くんに褒めてもらったの…しゅんたの髪は柔らかくていいな…って」 「それだけ?」 「う、うん」 「お前本当に変だな。そんなに好きなら…いや、なんでもない」 オルトは言いかけて、やめる。そして続けた。 「対価にしては…ちょい足りない…けどその対価ならこれをやる」 オルトは万年筆を一本渡す 「あ、ありがとう」 「礼はいらねぇわ、それインク入ってないから。インク欲しけりゃ…届けてやるから他の対価を用意しろよ」 ニヤニヤと意地悪そうにオルトは笑う 「もう、オルト君は意地悪なんだから!」 むっとして言った後、本田はいつもの穏やかな表情に戻る。 「でも、ありがとう…手紙届けるためにそんな事言ってくれるんだよね。ありがとう」 優しく笑って本田は言った。 「でも、届けなくていいんだ。だからインクは大丈夫」 その日オルトは、何度も届けるよう促したが本田は頷かなかった。本田はオルトが帰るともらった紙へ万年筆の先をつけた。指先が細やかな動きが出来ないためガタガタとした文字だ。インクもなく綴っていった。 ***** 「土方さん、なにぼーっと真っ白な紙見てるんですか…?それ、あきらかに仕事じゃないですよね?」 生蔵が、目を細めながら言った。 「お前さ…これ、なんか書いてあるように見えるか?」 「いや、ただのヨレた紙ですね」 「だよなぁ…」 何事にも無関心な土方が、ヨレた紙を気にしていることで、生蔵はなんとなくサボるなと言えなくなった。 「なんなんですか?それ」 「俺宛の手紙だとかで、もらった」 「手紙?!何も書いてないじゃないですか…!」 「だよなぁ」 ため息をつきつつ、いつもなら貰ったラブレターもそこそこにその辺に置く土方を知っている生蔵は気になった。 「先輩が、そんなに気にするの珍しいっすね」 その間も、土方は左手に手紙を持って眺めている。 「あ!何か暗号なんじゃないっすか?何かの条件で読めるとか!」 「あー…ライト当ててみるとかか」 土方は試しに仕事用の携帯しているライトを紙に当ててみる。 「何もないっすね…」 沈黙が流れて、生蔵は隣の席に戻る。 「土方ぁ!!」 突然先輩から声をかけられた。 「お前、書類仕事サボってんじゃねぇよ!!キッチリ書いて提出しろ!!」 「あ、やべ」 頭をペシっとされて怒られる。土方はたまってた仕事をこなすべく、手紙は一度机の上に置いた。 「腹減った…」 ようやく、仕事が終わり伸びをする。外を見ると空は明るくなっていた。雨も降っているがそこまで分厚い雲ではないようだ。 土方は机を整理する。色々な書類に紛れて例の手紙が下敷きになっていたらしい、土方はそれを封筒にしまおうと手にした、するとそこに一文字読める字があった。 「あれ?」 それは、ペン先で書かれた凹みが残り、周りが塗りつぶされて読めるようになっていた。 「これって」 土方は、机の引き出しから鉛筆を取り出して手紙にあてて鉛筆の鉛を擦り始めた。どんどん、浮かび上がってくる字。そして、その文字には見覚えがある。あの傘についていたメッセージの字と同じだった。全部擦り終える、土方は何故が脈が早くなっていた。何故だろう、手紙を早く読みたい! 『土方くんへ』 その書き出しを見た時、涙がこぼれて落ちた。 どうして、忘れていた?! どうして、あいつを独りにさせた?! 思い出した。全て。俺と本田しゅんたは恋人だった。あいつは今どこに居る?! 探さなくては、謝らなくては!土方は手紙を読み終えると、着替えることも忘れて交番から駆け出し飛び出していった。 土方くんへ お元気ですか?ちゃんと毎日ごはんは食べていますか?風邪はひいていませんか? この度、筆を取ったのはあなたを想うと溢れて、出てきてしまうこの気持ちをどこかにぶつけたかったから。土方くんのことを考えない日はありません。 考えれば考えるほど貴方の仕草、声、匂い、笑った顔が愛しくなります。 以前、貴方が笑うと花が咲くみたいと言ったら、”お前、俺の事すげー好きだな”ってまた笑ってくれた事、何度も思い出します。思い出す度に涙が溢れ出ます。愛しくて胸が苦しいです。貴方と一緒に居た日々が、俺に取って宝物で、幸せでした。俺と同じ時間を過ごしてくれた事本当にありがとう。 一つ、ちゃんと言えてないことを書いておきます。俺は小さい頃、名家の家に生まれたけれど才が無くて世間の目から俺を遠ざけたかった家の人が、俺を部屋から出してくれなくなりました。幽閉です。外に出たら恥ずかしいと言われていました。小さい頃から真っ暗な部屋で動かず過ごしていたら筋肉が弱ってしまって手先足先から動かしにくくなりました。のちに、俺を外の世界で暮らして行けるようはからってくれた人達がいて、外に出ました。元の家の苗字は名乗れなくなったので本田になりました。 これが、土方くんと出会う前の俺です。 家を出た後、土方くんに出会ったあの日、重たい荷物を持ってくれたお巡りさんの土方くん、その後に、そそっかしい俺を心配して顔をなん度も出してくれた事、今となっては奇跡みたいな出来事だったなって思います。だからね、土方くん、出会ってくれてありがとう。 ”呪い”の事は心配しないでください。必ず解いて、ユリさんを護ります。だからどうか、どうか、幸せであってください。 貴方が幸せである事が俺の何よりの幸せです。 ***** 荒い息を整えて、土方は前の住所のアパート前に来ていた。その男がいるか居ないか、わからなかったけれど土方にはその男しか糸口はないと思った。そして、その男はアパートの前にいた。 両手をポケットに入れてこちらを見ていた。 オルトは口を開く。 「手紙…読んだかよ」 「読んだ…!しゅんた…どこにいるか知ってるか?!」 「知ってる」 「どこだ!!しゅんたどこにいる!?」 「落ち着けよ、お前だって記憶がない部分あるだろ?」 「お前、何か知ってるのか?!手紙に書いてあった”呪い”ってなんだ!」 オルトはしばらく考えた後頭を掻いた。 「本当は対価がいるんだけど、しかたねぇなぁ」 オルトは続けて言う。 「順を追って説明してやるよ。お前と本田が今どうしてこうなったか」 ーーー 「土方くん、出張頑張ってね?」 本田は、あれこれ忘れ物が無いかチェックする 「えーと、お財布持ったでしょ!スマートフォン持ったでしょ!あとあと歯ブラシは?!」 「ん、持った」 土方は本田の腰をぐいっと引き寄せてキスをした。 「んっ」 軽々抱き寄せられた本田は真っ赤に頬も耳も染めて恥ずかしがる。 「ひ、土方くん…ははは、恥ずかしい」 「嫌?」 「嫌…じゃない」 本田はもうゆでダコである。土方はひとしきり本田をいじめると、優しく頭をポンポンした。 「行きたくねぇけど…行ってくるか…」 「うん…!気をつけてね!」 連絡する。と土方は言うと玄関を出た。 それが、本田が幸せだった時間の終わりだった。しばらくすると、パタリと土方と連絡が取れなくなった。どうしたのだろうと心配するが、本田はしばらく待った。きっと忙しいのだ。だが、待てども土方から連絡はなくこちらからの連絡も既読がつかない。電話も繋がらなかった。本田は土方に何かあったのかと思い2人で住んでいたアパートをしばらく留守にして、土方の出張先に行くことにした。 出張先に到着し、土方の勤め先の警察署に向かった。すると土方は数ヶ月前に大きな事故に遭ったらしい。やはり、連絡が取れなかったのはそのせいだったのだ。しかも土方は記憶喪失になったと聞いた。土方が心配でしょうがない。すぐに会いたかったがその日は土方は非番で、いないと言う。警察署の人に土方の場所を聞いてみたが教えられないと言われてしまった。本田は警察署を出て地図を見て警察署の寮を探した。探し歩いているととある女性の声が聞こえた。 「ねぉねぇ、次のおやすみ遊園地行こうよぉ」 次の返答した男性の声は土方だった。 「あー…いいんじゃね?」 あ…土方君…と声をかけようとした時だった。 女性が土方に抱きつきキスをした。 「へへー、隙あり♪」 ユリは煽るように変な顔をした。 「お前…ははっブタみてぇ!ははっ」 土方が笑っていた。自分に向ける笑顔とは少し違う、無邪気な笑顔… 本田は声をかけようと、必死に声を出そうとする。 その人は誰? どうして、そんな笑顔で笑うの? 俺のことは忘れてしまったの? 「ひじ…か…たくん」 やっとの思いで声を絞り出した時、本田の背後に老婆が立っていた。 「アンタ、おの女の知り合いかい?」 驚いた本田は、その老婆を見る。あの女とはユリの事のようだ。老婆が指を指している。 「アンタ、あの男の知り合いかい?」 老婆が本田を見る 「え…と、はい、それがなにか…?」 「私はね、見えるんだよ、人にかかってる呪いなんかがね。あの女、呪われてるよ」 「の、呪い?」 「そうさ、あの女はこれから不幸になる。あんた、近づこうとしていたみたいだけど、やめておきな」 本田は混乱した。あの女性に呪いが?!どんな呪い?土方くんへの影響は…?! ぐるぐると思考を巡らせて、老婆に本田は質問した。 「あの女性がかかってる呪いというのは…なんですか…?」 「不幸が、降りかかる呪いだね。下手したら怪我をするかもしれないし、死ぬ可能性だってある」 「え?!」 本田はしばらく沈黙したあとその老婆に聞いた。 「おばあさん、その呪いはー…」 ***** 「それで?」 土方は拳を握りながら聞いた。 オルトは言葉を続ける。 「本田は言った。その呪いをどうにかできないか」ってな。 そしたら老婆は、こう言ったんだ 「呪いを解くことは出来ないが、誰かに移すことは出来る」…と。 その言葉を聞いて、土方の表情は強張る 「まさか」 「そう、本田は理解したんだよ。記憶喪失になったお前が新しく好きになった女を、不幸にしたくない、だからしゅんたは自分に呪いを移してくれってな。」 「あの、バカ…!!」 土方は頭を掻いた。 昔からのお人好しで、自分のことより他人のことを優先する奴だった。 「俺は別に、ユリを好きなわけじゃない、なぜかそう思おうとしてた俺がいたんだよ」 「その辺、きな臭いぜ。ユリが呪われたのは お前を自分のものにしようと無理に媚薬か何かで好きにさせたんさじゃねぇかと俺は思う。本人が知ってか知らないか、自分が呪われる事になる結果だとしてもな」 少しずつ、土方の中で欠けていたピースが埋まっていく。自分の中にある、ユリへの好きという気持ちの違和感。目が離せないけど興味はなくてずっと違和感を感じてた。その違和感の正体が少しずつ溶けていく。 「それで、呪いを自分に移したしゅんたはどうなった?!」 無事なのだろうか、心配になって焦りが出る。 「しゅんたに移った呪いは、お前ら2人の近くに居ると悪影響が出るもので、遠い廃村でしばらく暮らしてた。俺としゅんたはそこで出会ったんだ。質素な暮らしをしてたぜ。お前たちの住む場所からなるべく遠くを選んだんだ、そこが廃村だった。」 土方は胸が痛んだ。廃村?たった1人で俺の為にそんなところで… 拳に力が入り、震える。どうして俺は忘れていたんだ。事故のせいだとしても、もっと早く思い出してやるべきだった。 「今は?アイツは今はどうしてるんだ?」 「しばらく経ったのち、呪いが解けてな、それでこの町の外れに住んでる」 「じゅ、住所教えてくれ!」 オルトはメモを渡した。「恩にきる!」土方はメモを見て住所がわかると踵を返して走り出す。 「今度は手放すんじゃねーぞ!!」 オルトが叫んだ。 土方は背を向けたまま拳を握って合図をする。 土方はただ走った。 そのうちに電車の踏切が見えてくる。 間の悪い事に、土方が近づくのと同時に遮断機が降りた。荒くなった息を整えながらイライラが募る。 辺りを見渡してみる。落ち着け。小学生の下校時刻で、顔見知りの小学生が、いつものお巡りさんだと笑っていた。 警官の服装のままな事に今気付く。 ふっと目線を遠くに向けた。 目があった。 いた、しゅんただ。 踏切の向こうにある小さなアパートの窓からこちらを見ていた。 胸が熱くなった。鳥肌が立つように感情が湧き立つ。 「しゅんた!!」 しゅんたが驚いたように動いた。 「ごめん!!」 大声で叫んで、心の底から謝罪する。 1人にしてごめん。忘れてごめん。 ずっと孤独にさせてごめん。 涙が溢れてポタポタとアスファルトに落ちる。 「土方くん!!!」 しゅんたの声が耳に届く。下げてた頭を上げると窓からめいいっぱい体を出してこちらを見ていた。 「しゅんた、好きだ!!!」 しゅんたは、驚いた表情で顔に手をやる。 ガーッと電車が通る。一瞬でしゅんたは見えなくなった。通り過ぎる電車が鬱陶しく感じる。パッと視界が開けると、遮断機の向こうに走ってくれたのだろう、しゅんたが立っていた。 「俺も、大好き」 遮断機があがると2人は強く抱きしめあった。しゅんたは鼻を赤くしながらポロポロと泣いていた。ずっとあった喪失感が消える。 「しゅんた、好きだ」何度言ってもいい足りない 「うん、うん、俺も」 しばらくは、同じやり取りをする。今まで言えなかった分たくさん。 そして、しゅんたは、土方の顔を見た。 「わぁ、やっぱり土方くんは泣いててもキラキラしてる…きれい」 それを聞いて土方は緊張の糸が途切れる。 笑いが込み上げてきて、ついつい声を出して笑ってしまった。 「綺麗なのはお前な」 しゅんたは、顔を真っ赤にして目を大きく見開いた。そして、うっとりするように目を細めて言った。 「やっぱり」 「ん?」 「土方くんが笑うと、花が咲くみたいだね」 相変わらずのやり取りを数年ぶりにして、2人は笑いあった。 後日、ユリに尋問したら予想通り、土方に自分を好きになる薬を使ったのだと言う。 それで、自分が呪われるなんて思っても見なかったらしいが、そのまま呪われてしまえと土方は内心思ったがしゅんたが怒るので口に出すのはやめた。 ユリには強制的に別れを告げた。ユリは最後まで粘ったが土方への媚薬の効果はもうなかった。 「しゅんた、俺とまた一緒に暮らさねぇ?」 しゅんたの家に訪問した土方がそう言った。 また前みたいに2人で暮らしたい。 しゅんたは、どうだろうかと見つめると、 編み物をしていた手が止まり、毛糸を床に落としていた。 時が止まったみたいに動かなくなったしゅんたの表情がみるみるほころんでいく。 「はい、喜んで!!」 今度は絶対離さない。ずっと離れていても自分を愛し続けてくれた、読めない手紙はもう書かせない。今度はしゅんたの口と声で聞きたいから。 終わり
朧げな君
数日前、梅雨入りだとスマホの記事に載っていた。その予想は当たっていて本日もしとしとと雨が降っている。土方は雨に無関心だ。どう無関心かというと、雨が降っているのにも関わらず傘を持たずに出勤するほど無関心である。 今日は、出勤の日ではないがちょっとした買い物をしに玄関に向かう。靴を履き、玄関から出ようとすると後ろから呼ばれた。 「冬司(とうじ)くん」 振り向くといそいそと赤い傘を持ったユリが話しかけてきた。 「傘、今日も持たないのぉ?」 「傘?」 「雨降ってるのよ?」 「へぇ」 「へぇ、じゃないよ!濡れちゃうって」 そこでようやく、傘を持った。 「傘っていつの間にかにどっかに置いてきてんだよな。コンビニとか。」 「忘れて濡れて帰る方が変だと思う」 だがユリは土方に抱きつく、顔は嬉しそうである。 「傘、やっぱり持たなくていいや!いつもみたいに相合い傘しよ!」 そう言われたが、土方はそうまでして相合い傘する気はなく、傘を持って出かけた。 「もう、冬司くんのいじわるぅ」 「いや、濡れるの嫌なんじゃねぇの」 「相合い傘できるから、ユリは嬉しいよ?」 コンビニに途中寄った。欲しかった商品を適当にカゴに入れていく。 「あ!これ新しいやつだー!」 ユリは土方の持ってるカゴに化粧品をいくつか入れた。なにかこの前も買っていた気がするが覚えていない。会計を済ませコンビニの自動ドアをくぐると、雨足が強くなっていた。 「うわ、雨強くなってるー、服が濡れちゃう…」 ユリは持ってきた傘を開こうとするが土方は 家に向かって歩き出そうとしていた。そこでユリに引き止められた。 「ちょっとちょっと、いくらなんでも忘れすぎ!傘さしていこうよー」 「あー」 「土方くんて、ぼーっとしてるよね!」 ユリがさした傘を土方はもって二人で入った。 「あれ、傘お前持ってきてなかったっけ?」 「あ、バレた?実は持ってる!でも相合い傘したくて!このまま帰ろうよぉ」 少し考えたが、考えるのが面倒になってそれでいいかと思う。 「私、雨嫌いだけどこういう時はラッキーって思う!」 ……? 「雨、好きって言ってなかったっけ?」 「え?」 そこで車が二人の側を通った。速度があり、タイヤが路面の水を弾く。ユリは思いっきり路面の水をかぶってしまった。 「やー!もう最悪!雨嫌い!」 ユリはもう濡れたくなくて、やはり傘を一本ずつ持ちその日は帰った。 *** 「雨…綺麗だね。」 「え?」 「空から宝石が降ってくるみたい」 そう言って傘を持ってるのに、傘をささず雨が降ってる雨空を見上げて満足そうに微笑んでたのは…誰だっけ。 「土方さん」 ビクリと体が動いて起きた。 「また、勤務中に居眠りですか?」 「いや、瞑想してた」 「いつもの、居眠りじゃないですか」 後輩の生蔵を軽く蹴る。 それが終わると交番勤務の二人はぼーっとし始めた。 「暇っすねー」 生蔵が言う 「暇だな」 小学生帰宅時の、道路交通安全取り組みの時間にはまだあるし土方は伸びをして、最近の出来事でコンビニでいつも買ってるゼリー飲料が無くて仕方なく弁当を買ったなどと、どうでもいい話を暇つぶしにする。 「あ、俺その時ちょうど遠目で見てたかもしれないです、ユリさんと相合い傘してましたよね?」 「え?ユリ?あの時居たっけ…?」 「一昨日の話なら、居ましたよ」 「ゼリー無かったのは一昨日だけど…あぁ、車に水ひっかけられたやつか」 そこで思いだす 「あぁ、居た、ユリ」 「普通忘れますか…」 「俺ってぼーっとしてるらしい」 「いや、ぼーっとしてるじゃなくて土方さんは何に対しても”無関心”なんっすよ」 確かに。そう思った。子供の頃それでかなり親は苦労したらしいし。何かに興味を持つのはあまり無かった。 そういえば、恋人のユリの事は「好き」という意識ははっきりあるから、無関心ではないと思うんだが…何か違和感はある。 コトン… なにか交番の玄関扉の方から何か聞こえた気がした。だがとりとめて気にする必要もないかと思う。 「土方さん、巡回行ってきます」 「おぅ」 土方はまた居眠りの続きをしようとしたら出てった生蔵が戻ってきた。 「土方さん、なんか傘届いてますよ。土方さん宛に」 「は?」 生蔵から傘を受け取ると、持ち手の方に糸で付けられたメモがあった。字がヨレヨレで読みにくい 「土方さんへ…この前はありがとうございました。今日は傘が必要になるので使ってください。小さなお礼ですがどうぞ」 字の感じからして、小学生…だろうか? 身に覚えが、土方には無かった。 一緒に読んでいた生蔵が何かに気付いたように言った。 「あぁ!この前電車の踏切の所でこけちゃった子を連れて帰ってきて、ここで手当てしてあげたあの子じゃないですか?」 「そんなことあったっけ?」 「……ありましたよ」 生蔵は呆れて、ため息をつきながら交番を出てていき、見回りを再開するようだ。 土方は、傘についてるメッセージを見る。 なんとなく、懐かしい気分になるのはなんでだろうか。 「あれ…今日天気予報晴れじゃなかったっけ」 土方はスマホで天気予報を確認する。やはり今日一日は晴れマークが付いている。 使わない傘を持って帰ると、またどこかに忘れそうだ。土方は交番内の傘立てに傘を立てた。今日は使わないだろうけど、まぁいつか誰かが使うだろう、呑気にそう思っていたのに宵の口になると雨が降ってきた。 「結構降ってますね、雨」 「めんどくせぇ…傘持ってきてねぇ…」 流石にこの雨足では家に着く頃にはずぶ濡れだ、「ちゃんと仕事しろよ、天気予報」と言ったら生蔵に「先輩がいいます?」と言われたので丸めた紙で頭をはたく。 「傘持ってきてない」 「あー、でも届けられたお礼の傘があるじゃないっすか!」 生蔵の発言でそういえばと思い出す。 「じゃあその傘使うか」 土方は退勤時間になり制服から私服に着替えてからその傘を手に取った。「じゃあお疲れ」 同僚の挨拶を背中に土方は雨を前にして傘を開いた。確かにこの雨の中傘無しで帰るのは大変だったろうなと思う。タイミングのいい子供に感謝しながら土方は帰宅した。 「先輩!また届いてますよ!傘!」 例のお礼の傘が届いてから5日経った日の事だった。生蔵がまた傘を手に持ってきた 「いやいや、ただの忘れもんだろ」 土方は手を左右に降って〝ないない〟をした。 「先輩宛にメッセージまたついてますけど…」 「は?」 メッセージには、「お天気雨降ります。もし傘をもってなかったら使ってください」とあった。 「またあの子供ですかね…?」 メッセージの字はひどくよれていて、以前のメッセージの字と同じだった。 「流石になんかへんですね… 念の為に何かついてないか検査します?」 「…んー ちょっと預かる…なんか気になるから俺が調べてみるわ」 土方は手袋をし傘を受け取った。なんだろうこの胸のあたりが疼くような感覚。わからない…いくら考えても感情に疎い土方にはそれがどんな感情なのか、結局わからなかった。傘の持ち主は怪我をした小学生の子供なのだろうか。モヤモヤとする中、土方は残りの業務をこなした。 そろそろ日が落ちてくる頃、道路交通安全取り組みに行かなければならないと気づく。外に出ようとすると日は出ているのに雨がぱらぱら降っていた。 「お天気雨…」あの傘のメッセージを思い出した。土方はかっぱを着ると外に出て線路の踏切まで向かった。 「お気をつけて歩いてくださいね」 笑顔で土方は誘導灯で子供達が安全に渡れるように誘導する 「あ!かっこいいお兄ちゃんだー!」 「いいなぁ!僕もその赤いの持ちたーい」 子供達に声をかけてもらって土方は笑顔で返事する。 「ありがとう、でもこの棒を君たちに渡しちゃったらお巡りさん怒られちゃうから勘弁して欲しいかな」 爽やかに切り返す姿は交番での土方とは全くの別人で向かいに立って誘導している生蔵が「猫被ってる」とボソリと言った。子供達は小さなかっぱを着てる子や傘をさしている子など様々で柄も子供が好むような色鮮やかな配色のものばかりだ。そこで土方は思う。 (子供が二度も誰かに傘を渡す時、ビニール傘なんて選ぶだろうか…?) そう思った時だった。 「あ、この前のお巡りさん!」 声の方を見ると男の子が土方を見ていた。黄色いかっぱを着ていた。 「土方さん!その子ですよ!前に怪我した…!」生蔵が言う。 パッと土方はその子供の顔を見た。何故かその子供は土方をまじまじと見ている。 「お、お巡りさんの顔に何かついてるかな?」 土方は落ち着いて笑顔で話す。 ハッとしたようにその子供は言った 「綺麗なお兄さんが…」 「綺麗なお兄さん?」 「うん…綺麗なお兄さんが、お兄ちゃんのことを凄く綺麗なお巡りさんだって…いつもいうから」 「え…?」 「きらきらしてて、夕日がもっと眩しくなるって言ってた!それが凄く綺麗だって…!」 (誰だ?!俺を知ってるみたいだけど…そんな事言われた事がない) ズクンと胸が捻れるような痛みが走る。なんだ…?!俺の記憶なのか…?何か思い出しそうだ…! 土方は心臓のあたりの服を強く握りしめる。 黄色いカッパの子供はさらに言葉を続けた。それが重なって誰かの声が重なる。 「〝あなたが笑うと、花が咲くみたい〝」 心臓が大きく脈を打つ。(俺はこの言葉を知っている!)柔らかく微笑んでおっとり喋る人だった。 土方は漠然と思う。俺の好きな人だった…そうだ、俺はユリを好きなんじゃない、何故だかはわからないけど好きだと思わないといけないと頭がそう思っていた。 土方の様子がおかしいと気付いた生蔵が近寄ってきた。 「先輩…大丈夫ですか?」 「あ…いけない!綺麗なお兄さんの話は秘密だった」 黄色いカッパの男の子が言う。 「ちょっと!待って!待ってくれるかな」 土方は走り出しそうにした男の子を呼び止めた。 「秘密って何かな?綺麗なお兄さんって誰…?」 男の子は悩んだ末にポツリと言った。 「交番に傘を置いて来てほしいって…その人が僕に頼んできたの…自分は近づいちゃいけないんだって、でも傘をすぐに無くしちゃう人がいるからって、その人のために傘を置いて来てほしいいんだって言ってた。」 男の子は話終わると踏切を走って渡ってしまった。その後ろ姿に咄嗟に土方は声を出した。 「ありがとう!君のおかげで俺は…大事なことに気づけた!」 振り向いて安心した男の子はやっとほっとした顔でバイバイと手を振った。 その日の夕日はいつもより日が落ちるのが早く、暫くしたら辺りは暗くなっていた。 交番に戻ると土方は急いで制服から私服に着替えた。 「おい、土方お前まだ退勤時間じゃねぇだろ?」 同期の同僚が声をかけるが土方には聞こえていなかった。代わりに生蔵が答えた。 「行かせてあげて下さい。先輩の後の仕事は俺がやっとくんで…」 探しに行かなければ…!あいつを見つけて、〝ただいま〟って言ってやらなきゃ… 顔も名前も思い出せない。唯一わかるのは、多分あいつはずっと…ずっと俺を待ってたはずなんだ。 なんの根拠もない思考に確信めいたものがある、それが土方を突き動かす。 迎えに行かないと…遅くなってごめん…ごめん! 土方は薄く涙を浮かべながら、名前も顔もわからないその人を探しに夜道をかけて行った。 つづく
雨乞い
「あんたが好きだ」そう言ってくれたあの時、雨が降っていた。 ふと目を覚ます。部屋には自分以外誰もいない。当たり前だ、今はもうそういう道を選んだのだから。 編み物の途中で寝てしまったみたいだった。 糸が外れてないか確認する。今作っているのは内職というほど納期が決まっているわけではないが、お小遣い稼ぎに、完成した編み物の帽子や手袋をネットに出品して販売している。 本田は、機械に疎いので出品の時は知人に手伝ってもらっていた。編み物をするのには他にも理由がある。自分の動かしにくくなってしまった手先のリハビリだ。少しでも動かしておかないとと本田は思う。 ガタタンと家の近くの電車が通ると裸電球が揺れる、本田は部屋に唯一ある窓の外を見た。外はもう暗くなっているし窓の外には有刺鉄線があり、線路がある。その奥に大きな工場があって空はちらりとしか見えない。それでも本田は窓の外を見る癖がついていた。ふいに本田の腹の虫が小さく鳴いた。 「お腹空いたなぁ…何か食べないと」 本田はよいしょと言いながら立ち上がる。玄関の方に知人からもらったさつまいもがダンボールに入っているから茹でて食べようと思った。その時インターホンの音が鳴った、玄関に向かっていたから動かしにくい足には有難い。 「本田さん、今月の家賃なんだけど…まだもらえないかしら」 ドアを開いたら大家さんにそう言われる。本田は慌てて頭を下げた。 「すいません!今月なかなかお仕事いただけなくて…」 「困るんだよなぁ」 野太い声が聞こえた。大家さんではない男性の声。ぱっと顔を上げると大家さんを押し除けて大柄な男が玄関に入ってきた。 「噂には聞いてたけど…えらい別嬪(べっぴん)じゃねぇかぁ…あんたならいい商売が出来ると思うぜぇ?それとも俺のところに来てもらってもかまわねぇ」 ニヤニヤと本田を上から下まで見て男は笑う。 「ちょっと、本田さんはこう見えて男性なんですよ…」 大家さんが説明を入れると本田は申し訳なさそうにお辞儀しながら「男でごめんなさい」と言った。男は少し驚いていたがすぐに先ほどのニヤケ面になる。 「男には到底見えねぇけど、あんたほどのべっぴんなら」 その時男の後ろからもう1人の男性の声が聞こえた。 「すいません、お忙しいところ申し訳ないんですが少しよろしいですか?」 ざわりと本田の耳の血液の巡りが早くなる。耳の中の血管が脈を打っているかのようにドクドクとうるさい。この声は…知っている。全身が高揚感に包まれて動けなくなった。 「警察の方が何か用ですか?」 大家さんは怪訝そうな声で返答した。 「この近くで、盗難がありましてこちらにも被害が出てないか確認しにきました」 「うちは、見ての通りの佇まいだから…取られるものもないと思うけど…あ、そういえば、いくつかアクセサリーが見当たらないのよ。離れの方なんだけど…来ていただけるかしら?」 「はい」 大家と警察は離れの方に向かったようで男はいい機会とでも言うように部屋の中に入ってくる。 本田は耳を赤くして、なにやらうずくまっていた。 「おい、そこのアンタ。ちょっとお茶でも淹れてくれや、そうしたら家賃の件どうにかしてやってもいいぜ?」 「え…そんな!申し訳ないです。どうにかお金は用意しますので…もう少しお待ちいただけると」言葉の途中で男は本田の腕を強引に引いた。とっさに驚いた声が出てしまう。 「待てねぇっていってんだろうがぁ!」 男は語気を荒々しく強める。 本田はどうすればいいかわからず縮こまる。その時玄関から声が聞こえた。 「どうされましたかー?」 先ほどの、警官だった。 男は警官を睨みつけ、舌打ちをしながら玄関に出た。 ちょっと家賃を払わない人がいたんで、口論になったのだと適当に話を男はして、警官と共に出ていく。最後に本田をチラリと見たのは、まだ何かしらの思いがあるからだろう。 荒々しい時間が解けて、本田はヘタリと座り込む。ハッキリとは顔は見なかったけれど、確かに近くに愛しい人の存在を感じてしまった。 ふふっと本田は笑う。 「困ってたら、助けに来てくれるヒーローみたい」 本田は目を細めて笑った。 コツンコツンと、雨音が天井に落ちる音がする。雨が降ってきたようだ。 本田は、窓を開ける。 「俺も、ずっとずっと好きだよ。あの雨の日から今もずっと」 『あんたが好きだ』 そう言ってくれたあの時、雨が降っていた。 ありがとう、土方くん。ありがとう。 あの時にあんな素敵な言葉をくれて。 以前にも増して、俺は雨が大好きになったよ。 今あの警官が、本田に会っても 「初めまして」から始まるのだろう 今日、本田の家にやってきたのは偶然で 会えることなんてないと思っていた本田にとって、顔が見えなくても、大好きな人の大好きな声が聞けた、それだけで胸がいっぱいだった。 だけど、望むなら一つだけ。 「雨粒さん、もし音を記憶できるなら 雨が降るたびどうか聞かせて、あの日土方くんが言ってくれた、あの言葉を。」 薄く瞳に涙を浮かべながらそう、本田は願った。 ***** あとがき ここまで読んでくださってありがとうございます。 この短編小説は、実はシリーズものになっていて、前作の続きだったりします。 短編小説でも読めるし、シリーズとして通してみてもなんとなく話がつながっている。みたいなのを目指して今後とも短編小説を書いていきたいなと思います。 本田がどうして手先、足先が不自由なのか。 どうして土方が本田を忘れてしまっているのか、そういったところを短編かつ、実はシリーズものみたいな形で綴っていけたらと思います
溶ける宝石
溶ける宝石 「あー、しまった」 放課後のチャイムが鳴ると、居残りをしていた小枝に追加の課題と言わんばかりに雨が降ってきた。 「傘なんか持ってきてないよー、どうしよう」 いつもは濡れたって構わないと思っているが今日は別だ。鞄の中に濡れて欲しくない大切な物がある。それは小枝にとってはとても大事な物だ。そのせいで下駄箱から少し出た玄関口で外の様子を見るしかない。雨は粒が大きくて、風はないがこの中を帰ろうものならずぶ濡れになるだろう。 「小枝?」 後ろから声をかけられた。澄んだこの声は小枝の大好きな人の声だった。 「こもりん!」 やはり、そこには小森しゅんたがいた。 小森は、高校2年の春に小枝のクラスに転入してきた人で、教室に入ってくるやいなや、クラス中がざわめいたものだった。なぜなら小森しゅんたの容姿があまりにも美しかったから。小枝は小森の方に駆け寄るとはしゃぎながら話しかけた。小枝の身長が196センチあるのに対して、小森は152センチしかないので、ずいぶんと凸凹な見た目だ。 「小枝、傘は無いの?」 「あ、傘忘れちゃったんだよねぇ…。こもりんはこんな遅くまでどうしたの?」 「ふふ、俺は先生が困ってたから手伝いをしてたんだよ。資料運んだり、配布するプリント纏めたりだけどね」 小森はにっこりと笑いながら嫌な顔ひとつしてない。小枝はそんは人柄の小森に好感を抱いていた。 小森は傘立てから傘を取り出して、 「傘、持ってないならよかったら俺の傘に入って行く?」と言った。 「え!いいよ!こもりん濡れちゃうよ」 「別に気にしないよ!ほら!帰ろう!」 傘を開くなり小森はぐいっと小枝を傘の中に引き入れる。 「ありがとう、せめて俺傘持つよー」 小枝は傘を持つ。男同士で相合傘なんて、小森は嫌じゃ無いのだろうかと心配だった。だが小森は機嫌が良さそうに歩を進めている。その様子をじっと見ていると小森が顔をこちらに向けてきた。清潭(せいたん)な顔立ちにドキリと思わずしてしまう。 「小枝…、肩が雨で濡れてるよ」 「え、あぁ!俺無駄にデカいからしょうがないの!気にしないで」 満面な笑みで小枝は返す。そもそも学校で一番人気の小森とこうして帰れるなんてラッキーだ。4月に転入してきた小森とはまだ2カ月の付き合いなので、小枝は友達になりたかった。これを機に友達になれるかもしれない。そう考えていると傘から小森がパッと飛び出した。 「小枝、ねぇ見てみて!」 「え、こもりん、どうしたの?濡れちゃうよ?」 小枝が慌てると、いいの、と小森は返した。 「傘を指してると見えなくなっちゃうから」 「何が見えなくなるの…?」 「雨!」 「雨…?」 小森は頷くと雨に打たれながら雨雲が広がる空を見る。先ほどよりは雨粒は小さくなってはいるが、やはり濡れてしまうのは気がかりだった。 「小枝は雨は嫌い?」 「え、うーん、外で遊べなくなるから子供の時はあまりすぎじゃなかったかなぁ」 「あはは、小枝らしいね」 「それに今日は、俺の大事な宝物も鞄に入ってるし、雨は今日は敵!」 「宝物持ってるの?」 「そう!見る?俺の…」ガサゴソと鞄から小枝の宝物を出す。 「赤点を免れた、幻のテスト用紙!!」 本気な顔でテスト用紙を突き出して自慢してくるので小森は思わず笑ってしまう。 「小枝って、かわいいんだなぁ」 「えー!だって俺ってテスト受けたら、絶対赤点だからさぁ!赤点免れたテストなんて珍しいんだよぉ!」 家に帰って自室の壁に貼りたい等の旨を語る。小森はやはりクスクスと笑っていて和ましいというように小枝を眺めている。 「あ、ところで、雨の何をみてたの?」 小枝は自慢話が終わって一息ついて思い出す。ついつい夢中になってしまったようだ。 「うんとね、空から雨が降ってくるのを見るのが好きなんだ」 小森は上を向いた。曇天の空が広がっている。 「へぇ」 小枝も傘を少し斜めにして空を見上げてみたが、やはりいつもの雨空だ。 「どんなところがすきなの?」 小森が前髪から落ちる雨の雫も邪魔にならないと言わんばかりに気せず空を見上げているので聞いてみた。すると小森はうーんと、と言葉を出したあと話出した。 「俺にとって雨は宝石なんだ」その言葉の後に小森は息を吸うと次の言葉を話し出す。 「傘に落ちる音は音楽で、雨が歌を歌っているでしょう?落ちてくる間に光を集めて光ってる雨粒の様はまるで宝石みたいでしょう。それで、地面に落ちたら溶けて消えちゃうみたいに見えなくなるけど、どこか一箇所に集まって水たまりになる。そうすると今度は空を映す綺麗な鏡になるの。そういうところが、綺麗で自然が生み出してる宝石だと俺は思うんだ」 小枝はびっくりしてしまった。雨の事をそんな風に考えて、感じて生きてる人がいるのか。 「バカな事言ってるとよく言われるよ…でも、好きなんだ」 小枝はふと思い出した、小森の家は名家で有名な家らしいけれど、それが故に陰湿な嫌がらせや陰口をされてる事を聞いた。小枝自体は「小森くんは変わってる」という言葉しか聞いた事なかったが、悪口としては受け取っていなかった。もしかしたらこういう小森の人との感性の違いがその言葉に繋がったのかもしれない。 「大変小枝!」 「え?!」 急に小森が近寄ってきたのでびっくりした。 「小枝濡れちゃってる!テスト、宝物なんだろ?部屋に飾るなら早く傘ささなきゃ!」 あ!と思ったがわりと小枝も濡れていて小枝は声を出して笑った。傘を閉じ、小森に微笑む。 「俺も、こもりんと一緒に見ようかな!宝石」 それを聞くと小森は瞳を大きく開いて驚いた。水色と蒼色の瞳が吸い込まれそうなくらい綺麗だった。 やがて、その瞳は柔らかく細まると嬉しそうに小森が笑った。 「ありがとう。小枝」 小枝と小森は上を見上げ空から降ってくる宝石を見て歩いた。小森がいうように雨が心底綺麗とは感じられなかったけれど小枝にとって雨の中を傘も指さずに喜んで歩く帰路は随分と楽しい時間になった。 帰宅後小枝はしわくちゃになって湿ってしまったテスト用紙を見た。点数のところは滲んでぼやけてしまっているが小枝にとってこのテストの用紙はもうどうでもいい。 小枝は思い出す。 雨が宝石だとは思えなかったけど、一緒に宝石を見ようと言った時の小森の嬉しそうな表情と、蒼い瞳が細まって綺麗な笑みを浮かべていたあの柔らかで溶けてしまいそうな宝石のような美しい笑顔を。
十三秒の夕日
十五秒の夕日 僕の好きな人が住んでいる街は、田舎くさくて電車の踏切も車が一台通ればいいくらいのしょぼさだ。取り柄と言ったら夕日が綺麗なことくらい。誰もこんな場所に好き好んで住むわけがないと思い僕と一緒に暮らしてくれたら、美味しいものも、綺麗な服も、なんだって与えてあげられるよと、僕は好きな人に告白をした。だけどその人は僕のところには来てくれなかった。「ありがとう、でも好きな人がいる」そう言われてしまった。僕はその人に好きな人がいる事も承知だった。そして、それが叶わない恋だということも知っていた。 それは、出会った日に分かってしまったんだ。 僕は熱で倒れて気付けばその人の家にいた。小さいアパートの一部屋で、今時、裸電球という質素すぎる部屋だった。 その人は編み物を編んでいて、時より振り返って窓の景色を見る。振り返っても工場があるだけで何も風景なんていいものじゃないし、おまけに線路沿いのアパートなおかげで定期的に震度2くらいの揺れを感じなきゃいけない。 そんな環境がいたたまれなくて、僕は救い出したかった。その人に告白を断られた日、僕は項垂れてそのまま部屋に座り込んだ。部屋にある唯一の窓には夕暮れ時だというのに、工場の大扉がガラガラと上に引っ張られていくところで、うるさかった。 「何を見ているの?」 項垂れる首あげて聞く。 「この時間、あそこの工場の大扉が開くと、むこうの景色が見えるの、そうするとね…あ、ほら!」 工場の大扉が開かれると、遮られていた夕日が差し込んできて、景色が一気に色づいていく。 工場の奥には下校途中の小学生たちが歩いていて、警官と思われるお巡りが信号を誘導している姿が見える。子供達が信号を渡り終えて、警官にお礼を言ってるのか振り向いていた、そこでガーっと電車が通り風景は突然様変わりする。地震を作り出す電車は、通り過ぎるまで少しかかる。 やっと電車がいなくなると、また夕日は差し込んできたけれど、もうそこには先ほどの子供達の姿はなかった。 「綺麗な夕日だったでしょう?」 その人は目を細めて笑った。 その瞬間、僕は、この人が何を見ていたのか分かってしまった。きっと、工場は毎日同じ時間に大扉を開けて、その奥に子供たちの下校する風景が写っていて…そして、同じタイミングで電車が来る。たった…、たった十五秒くらいのその時間をこの人は楽しみにしているんだ。それを毎日待っているんだ。そう、わかってしまった。 フラれてしまった僕は好きな人の所へは行かなくなった。僕があの家に行くことはもうないだろう。だって、きっと今日も見ているだろうから。夕日に染まる子供達と愛しいあの人の姿を、夕焼けと共に。
自由
真っ白い紙に字を書くのか、絵を描くのか、 はたまた、かわいいスタンプを押したりして。 白い紙はなにをえがいてもいい。 ぼくは、絵が得意じゃないから、例えば叶えたい目標、夢なんか書いてもいいよね。 毎日の目標、それが達成出来た時少しだけ成長した気がする。 そうやって、考えて紙に向かって 何かをしようと考えることが無限の可能性だなって思う。 大袈裟だなってあなたは思うかな。 そんなあなたも好きだよ、ぼくの自由は無限だ。 執筆者:しゅんた