山川 滝海
3 件の小説「少年の日の思い出」の続きを考えてみた
「エーミールはいますか」 僕はあの、隣の家に来た。ヤママユガをなけなしの小遣いで手に入れた木箱に入れて、慎重に運んだ。 彼はあの後、僕の罪を言いふらしさえしなかった。ただただ、軽蔑した目線を送ってきた。僕を許すつもりなんて、少しもないだろう。 あの日、僕が彼の宝物を盗み壊した瞬間、僕は彼への罪悪感よりも、ヤママユガを壊したという絶望感を感じていた。 だがその後、自分の収集を潰した時、こう思った。自分の宝物が台無しになってしまうのは、こんなにも苦痛なことなのだろうかと思った。 僕が自分の収集を潰した理由は、勢いだったと言えなくもなかった。もしくは、重罪人の自分と、欠点を指摘された恥ずかしい標本が、どうにも重なって見えたからかもしれない。それか、エーミールと同じ気持ちを少しでも味わおうとしたのかもしれない。 いずれにせよ、どうしても潰したくなったのだ。 僕は彼に言う言葉を決めた。 なんと言われようとかまわない。ただの自己満足と思われるかもしれない。 僕はこの、ヤママユガの標本を抱えて、三階に上がった。 「エーミール」 ノックをして返事を待つ。なにさ、と言う様な返事が返ってきた。僕は満を持して、扉を開けた。
「少年の日の思い出」続きを考えてみた
やはり僕の収集は、美しいものとは言えなかった。彼の宝石のようにはいかないが、僕にはこれが世界で一番美しい物に見えた。だがそれと同時に、とんでもない呪物のようにも見えた。あの忌まわしい思い出を嫌でも鮮明に呼び起こされた。 そして僕は絶句した。僕の中の良心が、泣き出しそうだった。彼に全否定された僕が、壊した彼のちょうを捕まえ、自分のものとするなんて、許されることじゃないと思った。 今思い出しても、震えが止まらなくなることがある。 僕は大罪人であり、軽蔑されるべき悪漢であるという事実。あの模範少年からの言葉が頭によぎった。 『そうかそうか、つまりきみは…』 僕はヤママユガを見た。あの時と同じ美しさで、僕に何かを訴えている様に見えた。そして母の言葉を思い出した。 『おまえの持っている物のうちから、どれかをうめ合わせに…』 僕は床にへたり込んだ。償いの機会を得たのかもしれないという奇跡と、もう何もしたくないという願望が、僕の前に純然と立ち塞がった。 僕はまた、勇気を振り絞って母に相談した。母はしばらく考えて、悩んでいる様子だった。母が何を考えているのか、察することはできなかったが、やがて決意した様に言った。 「おまえは、自分で考えなくてはなりません」母はこちらを向かず、芯のある声で、言い聞かせる様に言った。「そして、エーミールに許して欲しいのなら何かをしなくてはなりません。何もしたくないのなら、何もしなくても良いでしょう。どちらにせよ、あなたの好きにしなさい」 僕は悩みに悩んだ。彼のヤママユガを壊した事実は消えないし、僕のヤママユガはあれに変わるものではないと思った。僕がなにをしたって、エーミールが僕を許すことはないと思った。 僕は許されたいわけではなくて、自分の罪を少しでも軽くしたいという願いで動いていた。僕はエーミールに何を言われようと、どう思われようと、このヤママユガの標本を渡そうと決意した。
「少年の日の思い出」続きを考えてみた
僕はその後、二度と収集をしようとは思わなかった。周りの人は必死に辞めさせようとしていたと言うのに、今度は僕のことを心配した。 あれから一週間、僕はほとんどの時間を庭で過ごした。魂の抜けた死体のように、何も考えることなく、ご飯が出れば食べ、眠たくなったら床に入った。珍しいちょうが羽ばたいていても、それを見つめるだけで、捕まえることはなかった。 しかしある日、僕の目の前には、信じられないものが現れた。そして目が合ってしまった。魔法の様に人を魅了する、あの四つの瞳が僕を見つめた。 僕は悔しくも、魔法にかかったように右手を伸ばした。微かに震え、息も止まりそうになった。僕は何も考えられなくなってしまった。 あのちょうは皮肉にも、僕の右手に止まった。僕はもう、宝物を手に入れた喜びと興奮に支配されていた。あの模範少年にどう思われるか、母はどう思うのか、そんなことはさっぱり考えられなかった。 僕はヤママユガをつかみ、家の中に駆け込んだ。そしてあの、幼稚な設備を使って、あろうことが標本にしてしまった。