止明\しめい
10 件の小説手品師 オーウェン
とある港街。波止場で手品をして暮らす若い男がいた。黒いシルクハットには青いリボンが巻かれ、おしゃれな燕尾服を着ている。鼻の所に嘴がついた鳥モチーフの仮面が目元を隠す。彼の名前はオーウェン。娯楽の少ないこの街のちょっとした人気者だ。最近は名前が広まり遠くからも客が来るようになってきた。見物料は100円。今はチップでなんとか食いつないでいる。 ある日の星がよく見える真夜中、オーウェンは仕事を切り上げトランクケースに道具を片付けているところだった。 「こんばんは」 明るい声に顔を上げると一人の子供が立っていた。小学校高学年くらいだろうか。神秘的な雰囲気を放っていて、肌は色白。まるで星明りのようだ。 「こんばんは。君、こんな夜中に一人で出てきたのかい?早く帰りなさい。私が送っていってあげるよ。」 「ううん。オーウェン。僕は手品を見に来たんだ。ほら!お金なら持ってるよ。」 少年はポケットから100円硬貨を取り出してオーウェンに差し出した。 「あー…ごめんね。今日はもう終わることにしたんだ。だからまた今度。次は昼の間に見においで。」 「ヤダ!僕は今しか無理なんだ。さぁほら速く!僕このためだけに来たんだよ!」 まぁ、そこまで言うのならとオーウェンはお金を受け取り、すぐ終わる簡単な手品をいくつか披露した。手品が成功するたび、「うわぁ〜!」「すごい!!」と歓声があがる。手品が終わり、オーウェンはお辞儀をする。いつの間にか座っていた少年は大きく拍手した。 「それじゃ、早く帰ろう。きっと君の家族も心配してるよ。」 「ねぇ、どうしたらまだ手品を見せてもらえる?」 「…見せないよ。今日はもう終わりだ。」 少年はシュンとした悲しそうな顔をしてうつむく。 「……仕方ない。じゃあ、私が見せた手品の種を全て明かせたら見せてあげよう。」 後から質が悪いと思った。手品の中にはオーウェンしか種を知らないものもある。それを一度見るだけで分かるはずがない。が、少年は、「いいの?!」とさっきまでと変わって、明るい顔をしていた。少年は彼の横に立つと彼の道具を使いながら、手品のネタをスルスルと正確に暴いていく。 「ね、あってるでしょ?」 少年はついに全ての手品の種を見破った。 「すごい…実演までしてみせるなんて!君も手品をやったらどうだい?毎日好きなおやつが買えるよ!」 少年は微笑んで首を横に振った。 「……それよりさ!ねぇほら!もっと見せてよ!」 オーウェンは少しだけ違和感を覚えつつも少年を座らせ、さっきよりも派手な、浮遊マジック、出現マジックなんかを披露した。手品が終わると少年はさっきより目をキラキラ輝かせて拍手をした。 「ありがとうオーウェン!楽しかったよ!……そうだ!僕のも見せてあげるね」 少年は立ち上がり、ショーを始めた。何もないところから火を出したりオーウェンのトランプを風が舞いあげそのまま空をとんでケースに戻ってきたり、少年の手品は手品の域を超えていた。まるで魔法のようだ。オーウェンは最後まで唖然としていた。この少年がこんなすごい手品をするなんて。手品が終わると少年は丁寧にお辞儀をした。 オーウェンは大きな拍手をした。 「君のほうがすごいじゃないか!私なんかよりよっぽど!!」 「ありがとう。……じゃあ僕、もう行かなきゃ。」 少年はとても寂しそうな顔をした。 「送っていくよ。」 「オーウェンには無理だよ。」 少年の顔をオーウェンが訝しげに見つめると少年は「仕方ないね。」と苦笑いして語りだす。 「アカシックレコードっていう、この宇宙の過去も未来も全てが詰まった存在があってね。たまに情報の過密で一部が意思を持ってしまうんだ。そうなると宇宙のバランスが崩れかねない。だから本体から切り離される。今日、その一部が小惑星として落ちてくるんだ。それが僕だよ……これも言っちゃダメなんだけどね。」 オーウェンはわけが分からなかった。少年の嘘かもしれないと思ったが少年は真剣な顔をしている。とりあえず少年の話を真に受けることにした。 「僕は大気圏で燃え尽きるんだ。まぁ地球に近づけばそうなるよね。それに、力をいろいろ悪用したから…さっきの手品もそのうちだし。」 オーウェンは理解はできなかったが納得した。やっぱりあれは手品を超えた魔法だったのだ。 「僕、君に興味があったんだ。僕の情報の中には君のこともあってね。とても楽しそうに手品をする君のこと。折角だから最期に見たかったんだ。」 少年は空を見つめている。星が浮かぶ綺麗な星空を。 「…もうそろそろだ。ありがとう。」 「まだよく分からない。けれど、よかったらまたおいで。小さな手品師さん。」 少年はふふっと笑った。 「そう、できたらいいな。」 夜空が明るい。軌道を輝かせ、小惑星は燃え尽きた。少年の姿は跡形もなく消え、冷たい夜風だけが残っている。
使い切りの夜
私は徹夜が好きだ。 ぐっすり眠るのも心地良いけど、 できればずっと起きていたい。 寝ずに済むなら、 夜の間は星を見て、 本を読んで、 好きなことを勉強して。 楽しいことに時間を使える。 烏が鳴いて、 藍を詰め込んだ夜の空が水を混ぜて薄めたように、 明るくなるのも私は好きだ。 夜と朝の境界の空気はとても新鮮で冷たい。 いつか夜に散歩に出かけたい。 あてもなく歩いていって 明るくなったら家を目指す。 いつかの、そんな生活を夢に見ている。 だからできるだけ寝ないよう、 また、夜闇によく似た黒い珈琲を飲み干した。
メモリア エト モルス memoria et mors
朱い(あかい)屋根の色並ぶ 街を行く群衆の外側で 小高い丘に登って 行き交う人を見ている。 振り返って今、 あの山を登る。 土埃を光が照らして 寂しい足音が響く。 小鳥が北風を歌って 霞(かすみ)が森を包む。 空の端には霜が降って 木々は静かに語りだす。 心が泳ぐような、 芯を伝わるような。 鼻を突くような 冷気に 溶けてゆくような 自然に ざわめく木の葉は 冬を舞ってた。 柔らかい土 温かい頬 揺れる水たまり 今日のことばかり この空を何度見たのだろう。 春ってどんな日々だっただろう。 雪解けにそっくりの追憶、 忘れた言葉の多く。 音を吸うような雨が 髪をゆらす風が 手を照らす陽が 目を潜るような星が 微かに鼓動する かな。 頂(いただき)で一人 浅い息をする。 蛇みたいな君に 茉莉花(まつりか)を手向ける。 薄く澄んだ空気は 地中にも届くだろうか。 残る温もりを懐古して、 色めく春の邂逅を待つ。
夢
朝起きるといつも思う。 ずっと夢の中にいられたらいいのに、と。 よく見る夢がある。 壁の色はどの部屋も必ずパステルカラーで、部屋は無限に広がっていたり狭かったり、部屋の中に部屋があったり。 同じ部屋は一つもない。 装飾品も様々で小さな木だとかベッドだとか洗面台だとかがよくあると思う。 珍しいときはトイレがあることもあった。 夢だと気づかない私は部屋から出るために窓から飛び出したりパズルを解いたり、正しいドアを探したりする。 次の部屋に進んでも外に出られるわけではなく、朝昼晩のいろんな空が窓の外に見える。 夢の中の自分は外に出られなくて不安を抱いているけど、その夢について考えるとき心が引き寄せられていく。 怖いのに魅了されていく。 夢を見ていることに気づかないまま永遠出られない部屋の群れに閉じ込められていたい。
白いひび
紡がれない言葉に嫌気がさしてました。 紡ぎきれない心に嫌気がさしました。 毎日毎日繰り返し 朝昼晩過ぎて同じ 記憶のない過去と平日 現実味のない日々と憂鬱 軽く流れてく。 ふわっと浮いてる。 流れ、流れゆく。 喜怒哀楽。 気分のない、空っぽ 言えることの無い、謝罪文 いつもあなたを待っている。 いつも先に歩いてゆく。 いつもここではないどこか。 いつも、いつでも喪失。 中身の無い言葉にほんのり残るぬくもり。 ゆりかごの中を覗き込む、カナリア。 いつの日かの残滓を掴みたかった だけ。
幾度でも
夢から冷めた。 ある日突然。 未来図が悲劇だと知ったんだ。 「きっと嘘だ」って言ってみたかった。 誰にも届かなくて。 言葉が溶けた。 それは音もなく。 ピースははじめから決まってたんだ。 並べたのは嫌な未来と夢を 入れ替えるための ミルクパズル。 幾度でも決意は変わらずに。 『今までごめんね。』 あれ、 見上げてるあなたの色。 何でだろいつもより白っぽい? 『「嗚呼、どうか…」』 かなうはずないと知りながら、 青空に願ってみる。 もう魔法はかかったんだ。 どんな形でも。 風が体を抜け登ってゆく。 ほんとの終わりは来ないんだろう。 ずっとずっと繰り返そう。 あなたを生かすためならば。 白く消える染まる視界も意識も。 『ほんとうにごめんなさい。』 赤い空の下 命消えゆく中。 聞こえないはずのない「次こそは……」
サクラコンデンスミルク
桜の花びらが見える頃の 丘の木陰で売っている バラの花ほどの大きさの ハートの容器のサクラコンデンス お代はいつもワンコインで 毎日値段が変わります 周りがじんわり暖かく 春の陽気が味わえて 耳に当てるととても微かに 鼓動のはねる音がします 家の中にあるだけで 花粉症が治まります その手に持ってみるだけで あなたの心身を癒やします 小さじ一杯飲むだけで 願いが一つ叶います 大さじ一杯飲むだけで 素敵な夢を見られます でも、どうか気をつけて 一日に大さじ二杯以上飲むと 夢から出られなくなってしまいます 幸せな白昼夢に浸かりきって 飲み込まれてしまうのです 次に 夏が来るまでに空にすること サクラコンデンスが黒ずんで もしそれを口にしたら 絶望、苦痛、不幸、恐怖 負の集まりが流れ込む 最悪死ぬのも許されない サクラコンデンスミルク 誰かと飲むのが一番です 欲張らないよう気をつけましょう お茶やコーヒーに入れるのも 優しくなって美味しいですよ by生産者 商品名:サクラコンデンスミルク 原材料名:生乳、星粉砂糖、桜の花びら、思い出、春の香り、夢、 希望 消費期限:初夏まで 保存方法:直射日光に当たらない場所で保存してください。 ●開封後はなるべく早くお召し上がることをおすすめします。強い衝撃を与えると容器が割れてしまうのでお取り扱いにはご注意ください。お召し上がりの際には必ず付属のさじで計量してください。
終わる悠久
最後の顔を見るのは私 あなたに会わなきゃ 降らなかった雨 あなたに会わなきゃ 汚れなかった傘 あなたに会わなきゃ 楽しかった時間 そんなこともあったかしら あなたに会わなきゃ 痛くなかった あなたに会わなきゃ 許せなかった あなたに会わなきゃ 遅れなかった 月が半月になる前に あなたに会わなきゃ 悲しくなかった あなたに会わなきゃ 他人だった あなたに会わなきゃ 会わなくちゃ やっと満ちた満月なのに それもいつか思い出に あなたの告白が私を変えた 夢のように消えようとした むかしむかし あなたにあった
まだ生きている僕へ
ずっと気になってたんだ。 鏡に映っている自分、つまり、あなたは本当に僕なのかなって。 ……要するに鏡に映った自分は本物なのかってこと! やっと分かったから教えてあげるよ。 でも、その前に何で分かったか聞いてもらえる? 覚えてるのはとても寒い日だったこと。雪が降ってた気がしないでもない。 布団から出たらそこは別世界だった。 服の隙間をスッと冷たい空気が抜けていった。 ずっと布団にくるまって過ごしてやろうかと思ったよ。 その日は予定があってそうはできなかったんだけどね。 足の感覚を足跡に奪われながらどうにか洗面台の前に立った。 これが僕の日課で僕をいつも観察するんだ。 別に、自分の顔が好きとかじゃないよ。 あくまで一番最初に言った『鏡に写った自分は本物なのか』を確かめるため。 もしかしたら僕と違う動きをするかもしれないでしょ? そこで顔を洗って、 そのあとパンを焼いて味噌汁を作って食べた。 それ以外にも何か作った気がしたんだけど ……まぁいっか。 とにかく温かくて美味しかったことは変わらないし。 それで、服をヒーターの前で温めてから着替えて、その間に荷物の準備をした。 部屋の中も寒かったけど外は本当にマフラーやコートとかの防寒具がなかったら凍ってたんじゃないかと思う。 そこからいつも通りの道を歩いてた。 追い風が吹くのが好きだった。 横断歩道の信号が青になるのをずっと待ってた。 その間スマホをいじっていてふと、ハサミを買わなきゃと思った。 右利き専用のハサミが少し遠くに買いに行かないと売ってないから、思い出せてよかったぁなんてのんきに思ってた。 次の瞬間黒い大きなものが悲鳴を上げながら近づいてきたのはよく覚えてる。 だけどナンバーがどうしても思い出せないんだよね〜。 あのときははっきり覚えてたのに。 これじゃ恨めしやも言えないよ。 それでどうしてかは知らないけど僕は“こっち”に飛ばされてきた。 右利きのほうが多いこの国のこの世界にね。 それで、家に戻ったときあなたを見つけた。 最初は本当にびっくりしたんだよ。 幽霊のぼくのほうが驚いちゃった。 僕はあなただった。あなたも僕だった。 でも、好きなものも、性格も、あの日なぜ、どこに出かけて、誰と会って、何をしたのか。 全部が全部違ってた。 何なら真反対に近かったしね。 だから鏡に映った自分は自分じゃないんだよ! 僕ノーベル賞取れるかも! ……まぁ本当かどうかはあなたも死んだら分かるんじゃない? それじゃ。僕はこれから少し行くところがあるから。 そうだ!君には顔を覚えててもらいたいしここに写真貼っておくね。 見えない?まぁ僕幽霊だしね。 もうちょっと暗くして見ればいいんじゃない? 少しは、はっきり見えると思うよ。 そうすれば僕の世界一嫌いで思い入れのある顔が見えると思うよ。 君には大好きになってほしい顔なんだ。 幽霊になっちゃうとどんどん大事なこと忘れちゃうし、 僕が僕としてそっちに干渉できるのはこれで最期だと思うから。 僕の遺言(ワガママ)ちゃんと聞いてくれる?
何度でも
熱が出た。 テストの前に学校を休んだ。 窓からは眩し過ぎる空が見えた。 咳が止まらない。 ベッドで寝込んでいた。 あのとき食べたお昼ごはんの味は、 きっと甘かった。 家から出た。 間に合うように。 間に合いますように。 まだ届かない。 道の群れが頭にひびいてた。 足がとてもいたかった。 夢の中を出た。 すごく甘かった。 でも、 見下ろしたのあなたの周り。 どこまでも苦い黒だった…。 『「嗚呼、どうか…」』 風に追い詰められ落ちた花は、 真っ赤な花びらを散らせた。 きっとまた僕が傷つけてたんだ。 ほんとうにごめんなさい。 ベッドの上 白い夢の中。 青色だけが気づいて笑っていた。