結衣
6 件の小説どんな世界で。六話
痛い…。苦しい…。 ピッ……。ピッ……。 聞こえたのは、心拍数モニターの音だった。 …目が覚めると、病院のベットに寝転がっていた。 思い出した。僕は、階段から落ちて、 …自殺しようとしていたんだ。 この世界で生きていけるのか、不安になっていた。 全部が。嫌になって。 「………死んじゃ、駄目だよ。」 小さな自分と、今を生きている自分が重なる。 死んだら、何になる…。 小さな自分の無邪気な笑顔が、脳裏に響く。 「…僕が、悲しむに決まってる。」 僕は、僕の世界を生きていきたい。 …退院して、いつもの家に帰った。 部屋の机には、使い古した鉛筆と、…30センチ物差しがあった。 僕は、物差しをそっと撫でる。 「…分かってる。もう、大丈夫だよ。」 どんな世界を触れて。見て。感じて。 生きていくかは、自分で決める。 助け合いながら。寄り添いながら。
どんな世界で。五話
僕は、ただ泣いていた。 今まで、流れに乗って生きてきた自分は、何が言えるだろう。 …笑って。 「…僕はね。未来の君自身なんだ。だけどね、 これだけは言えるよ。 もっと、『自分』を出していいんだよ。さらけ出していいんだよ。 それが怖くなるかもしれない。動けなくなるかもしれない。 自分の『心』を大切にしてほしい。怖くても、動けなくても、 その大切な『心』を。大切な『自分』を。 誰かに伝えることができたら、知ってくれるから…。 助けてくれるから…。」 「大丈夫だよ。晴希。」 そう言った瞬間、小さな自分に触れられた。 小さな自分を、そっと抱きしめた。 「…やっと、抱きしめられる。不思議だな…。」 「本当だよ…。なんで隠すの?なんて言っちゃって、 本当にごめんね…。 ありがとう。未来の僕。」 そう言ってくれた瞬間、僕の身体は、消えかけていた。 「やっと分かった。たまには、振り返ってもいいんだって。」 「…また、会える?」 「うーん、どうかな。…なんちゃって。 お互い、『逢いたい』って願えば、逢えるよ。きっと。」 「またね。」 「絵の続き、また教えてよ!」 希望に満ちた瞳だ。 「うん…!」 僕は思いきり、僕の頭を撫でた。
どんな世界で。四話
「…ねぇ。なんでみんな、お兄さんの方を見ないの?」 これは、見ないんじゃない。見えていないんだ。 小さな自分に触れたときに、なんとなく分かった…。 「孤独だなぁ…。」 「『孤独』って何?」 …やっぱり、まだ知らないよな。分かってはいた。 「そんな、悲しい顔しないでよ…。」 小さな自分は、大粒の涙を流していた。 「…ごめんな。大丈夫だから。」 言えないよ…。言えるわけないだろ…。 神様は、どうして僕に、こんな残酷な試練を与えるんだろう。 …いつも。いつも。 学校に居たときも、実際、試練ばかりだったかもしれない。 でも、それを埋めてくれたのは、自分でもなく、 学校のみんなだったんだよ…。 『居場所』がほしい。…それだけだったんだよ。 「…行こうか。」 物差しを、小さな自分に向けて差し出す。 「嫌だよ…。なんで隠すの?なんで言ってくれないの? …教えてよ!」 「…嘘ばかりついて、ごめんな。こんなことを言ったら、 …きっと君が傷つくと思って。」 「…いいよ。傷ついても。だって、それが 大人の第一歩だよって先生が言ってたんだもん。」 言ってもいいのか…?…いや、きっと大丈夫だ。
どんな世界で。三話
どんな経緯があって、此処に来たのか。 未だに分からない…。 記憶が曖昧だ。 「お兄さんは、どんな仕事をしているの?」 「…一応、絵を描く仕事かな。」 小さな自分は、驚いたような表情で瞳を輝かせて、 物差しを手離した。 「すごい!すごい!僕も、そんな仕事したいんだ〜!」 「そっか…。」 家で。一人で。絵を描いているなんて言えるわけがない…。 「教えて!絵!」 「…えっ⁉︎…僕が⁉︎」 思わず、ダジャレみたいになってしまった…。 「ははっ。ダジャレじゃん!」 …底の根は、変わっていなかったんだな。 「やってみる…?」 「…うん!」 …今、目の前にいる小さな自分が、少し年月が経った後、 少しずつ、気を使う術を覚えるようになったんだよな。 「…じゃあーーーーーーーー」 …こんな感じだったな。ただひたすら、楽しく描いていたな。 そんなことを思いながら、癖で、つい今の自分と比べてしまう。 「…せーので見せ合おうか。」 「せーの!どん!」 大雑把で。一生懸命で。線一本一本が、大胆で。 僕は…。 「…綺麗。」 小さな自分が、そっと呟く。 「どうしたら、そんなに綺麗に描けるの⁉︎」 これは、純粋に喜んでいいのか。喜び方すら、 もう忘れてしまった。 だけど、これだけは思う。 …暖かい。
どんな世界で。二話
「人生、金だよ。」 「もっと大人っぽい服を着なさい。」 「何で、まだそんな考え方なの?」 「また、ゲームばかりしてる!」 「大人になりな。」 …うるさい。 そんな言葉たちが、心底大嫌いだ。 今でも、絶対そう思いたくない。 …だけど、もう仮面を被るしかなかったんだよ。 怒られたくないから。 そうしないと生きていけないから、 見捨てられる気がしたから。 普通って何…。 …自由に生きさせろよ!! それから、両親が大嫌いになった。 まだ、何も知らない小さな自分に、 未来にそんなことがあるなんて、 そんなこと言えるわけないだろ…。 「どうしたの…?」 「…いや、ちょっと思い出してただけだよ。大丈夫だよ。」 小さな自分をそっと撫でようとした瞬間、思考が停止した。 触れようとした指先が、ホログラムのように 小さな自分の体を透かす。 小さな自分からは、触れられるのに、自分からは、 触れられない…。 小さな自分は、不思議そうな表情で見つめてくる。 「ごめんな。なぜか、君に触れられないんだ。」 すると、満面の笑みを浮かべて僕に差し出した。 「30センチ物差し〜!」 「…懐かしいな。」 「これなら手つなげるでしょ?」 「ありがとう…。」 …本当に久しぶりに、世界が色鮮やかに見えた。 僕は、人には触れられないけど、物には触れられるみたいだ。 正直少しだけ寂しい。 だけど、一生懸命、探し出してくれたんだ。 「この物差し、ちょっと長くないか。」 「しょうがないじゃん!これしかなかったんだから。」 「…冗談だよ。ありがとうな。」 …僕は、何年も感じていなかった、純粋な気持ちで笑えた。
どんな世界で。一話
…ねぇ。君には、どんな世界が見えているのかな。 懐かしい声が聞こえる。懐かしい匂いする。 目が覚めると、学校に居た。 …もう卒業したはずの。 「なにそれ⁉︎すごい面白いじゃん!」 僕の瞳に映ったのは、耳に伝わってきたのは、 過去の自分自身だった。 過去の小さな自分が問う。 「お兄さん。誰…?」 …透き通った目をしていた。疑うことなく。健気に。 汚れた心が一つもないように見えた。 ただただ、眩しかった。 「…僕は、近所に住んでる普通の奴だよ。」 言葉に詰まった。 何が起こっているのか、分からない。 昔は、嘘もつかなかったのに…。嘘をつくのが嫌いだったくせに。 人は、いつか汚れる。そういう生き物だ。 人は良くも悪くも、変わらない。 いつから、そう思うようになったんだっけ。 絶対、そう思いたくなかったのになぁ…。 なぜだか、涙が止まらなかった。 こんな自分が、大嫌いだ。 小さな自分は、今どんな気持ちなんだろう。 「大丈夫だよ。」薄っぺらい言葉が。触れる手が。 救われた気がした。 それと同時に、こんな小さな奴に泣いているところを 見せてしまった自分が情けなくて仕方ない。 …一つ分かるのは、自分が未だに、 過去に戻りたいと思ってしまうほど。 言葉に出来ないほど。 此処が、愛おしい世界だったということ。 囚われているんだ…。自分で勝手に。 だからきっと、此処に来たんだ。