けい
24 件の小説本当の自分
ピエロは着せ替えをして遊んでいた。 米ライスだの中ボスなど、年中半袖のピエロ。 こいつはいつ長袖を着るんだとツッコミたくもなったけれど、あえて何も言わずにいる。 ピエロはいつも笑っていた。 みんなを楽しませるために。 本当の自分を忘れるくらいに。 楽しむ姿を見るのは大好きだ、とピエロは言う。 米ライスの深山が言う。 そんなピエロな自分は嫌いではない。 楽しんでもらいたい一心でやっているのだから。 ほら、今日も一緒に笑おう。 ピエロな深山が言う。 米ライスの深山マツリが言う。 ねえ、今日も楽しかったでしょ? また明日も来てね、楽しみにしてるから。 そう言ってすっと枠を閉じる。
雪
雪が降らない。 今年のこの時季は珍しいかもしれない。 〇〇は今日寒くなる予定です。防寒対策をしましょう。 なんてことも、 今日は雪が降る予定です。帰り道には気をつけましょう。 なんてことも聞かない。 なんとなくいつもより晴れてて気分がいいだけ。調子がいいだけ。それで十分だった。 毎年、ハンドルが持ってかれるほど滑る道路に轍が今年はない。 なんとなく雪が恋しくなる気持ちもある。 まだ緑色の免許の時の夜、新幹線に乗る為に駅に急いでいたら縁石に滑って乗り上げたことがある。DVを受けたくないが為に、一本でも早い新幹線に乗りたかった。それでついスピードを出してしまった。 そんな懐かしい思い出もある。 雪が降らない今年はなんだか切ない気持ちがある。 たまに恋しくなる。 ふわりと降って消えていく雪が嫌だ。 降るならしばらくいてくれよ、なんて思う日もある。 それでも今年は雪が降らない。 不思議な年。 会いたくなる雪。
居場所
21mgに慣れるにはまだ時間がかかりそうで、なんだか悔しい。 最近はもうずっと金ピースを吸ってみてる。「同じ銘柄がいい」理由はそれだけ。 周りに何を言われようが関係ないと思わされた日。 事務所内恋愛がどうのこうの、コラボがどうのこうの。居場所を用意したいだの、知らない。 そっちに居場所が欲しい訳では無い。特にわたしの配信スタイルを褒めてくれる人なんて居ないし、枠にも来てくれないのにどこに「居場所」があるのか。 匂わせでもなんでもない。純粋に応援しているだけ。それ以外に理由が必要なのか。 意味もなく説教を喰らった気分になって落ち込んだし、怒りも感じた。 わたしはどこで、何を間違っていたのか。 全く分からなかった。 まだ慣れない煙草を吸いながら長文のDMを読んだ。 この人は結局何を言いたいのだろうか。それすら理解出来なかった。 これまでの事も怒られた。 ただ応援したいだけ、それだけだったのに。 いつも言われる「大丈夫?」 どうしてこの人に心配されなければないのか。 頭の中はぐちゃぐちゃになった。 もうどうでも良くなった。「居場所」なんてなくたっていい。勝手にやってて欲しい。今更遅い。全部が遅い。 もう仲のいい人が居なくなったところに「居場所」があるわけないだろう。 何本も煙草を吸ってむせて、少しずつ慣れていくこの感じ。 今仲良くしてくれてる人とも少しずつ慣れて仲良くなっていったことを思い出す。 常識がわからないわたしに何度もアドバイスをくれる友だちがいて、大泣きした時に話を聞いてくれる友だちがいて、他愛のない話をして大笑いして。 そんな今の「居場所」が好き。 あなたの言う「居場所」とは違うの。分かって欲しい。 私事でたくさんの人を巻き込んでしまったことをまず謝罪したい。 今日もまたDMのやり取りをする。興味無い文字の羅列。 もう引き戻そうとするのはやめて欲しい。「居場所」なんていらない。 また1口煙草を吸う。 やっと少し慣れてきたというのに、ここまで落ち込んで怒りを感じたのは久しぶりでずっともやもやする。 お願いだから邪魔はしないで欲しい。 お願いだから今の幸せを奪わないで欲しい。 わたしが書いた物語が駄作だとしても少しは受け入れて欲しかった。 そんなこともどうでも良くなった。 そうやって1人で配信するのが怖くなる。 そうやってモチベが下がっていく。 全部あなたのせいだよ、
逃げて
ずっと走っていた。 逃げるように、ひたすら走った。 後ろから怒鳴り声が聞こえる。 このまま殺されるんだと思った。 何でもない日に彼の家に行くと、サプライズと言ってケーキを用意してくれていた。いつも仕事お疲れさま、の意味だと彼は笑っていた。 ケーキを食べ終わって暇な時間ができると、彼はゲームをし始めた。わたしはその時間が堪らなく嫌いだった。構ってくれなかったから。せっかく一緒にいるんだから、ゲーム以外のことをしよう。一緒に何かしよう。ゲームはひとりの時でもできるでしょう。 そうすると今度はホラー映画を観ることになった。部屋を暗くしてモニターに映る暗い洋館を観ていた。この洋館には悪霊が居るらしい。が、怖いし全く興味がなかったわたしは、被っていた毛布の温かさで寝てしまった。うっすらと残る記憶を辿ると、洋館に悪霊たちが集まってそれを主人公が封印する、なんてものだった気がする。本当に興味がなかったのに、シリーズ物だったらしくあと2作品も観ることになった。もちろん内容は覚えていない。 仕事が終わってから新幹線で会いに行ってたんだ、夜に眠くなっても何もおかしくないだろう。彼はそんなわたしを気に入らなかった様子だったが。 なんとかホラー映画を見終え、2人でラーメン屋に向かう。そこで映画の感想やら帰ってからの予定を話した。疲れたからもう寝よう、そう言った覚えがあるのに。 星が綺麗に見える場所まで連れて行ってもらった。外はもう寒くて星どころじゃない。内心そう思っていたが、星空はとても綺麗だった。2人してもう寒いね、なんて笑いながら車に急いで戻る。そこから車の中で、彼の昔好きだった人の話を長々と聞かされた。その子は自ら命を絶ったという。苦しくなった。その子の話も苦しかったが、今わたしのことは考えてないんだと分かったから苦しくなった。泣いて心が乱れて解離した彼と話す。この時間が少し怖かったが、初めて会った時の新鮮さを思い出させてくれるという少しの嬉しさもあった。 そこから落ち着くまでしばらく他愛のない話をする。記憶が戻った彼と一緒に同じ煙草を吸う。彼はありがとう、と笑っていた。 次の日の昼過ぎに目が覚めた。わたしは首を絞められていた。なんで抵抗しないの。そう尋ねてくる彼。手は緩めなかった。次は顔を殴られた。怖くなって必死に彼から離れてひたすら走った。 どうして俺から離れるんだ。と怒鳴って追いかけてくる。怖い、怖い。顔を殴られたせいか頭もズキズキと痛む。それでも走った。どこまでも、ずっと遠くへ。彼からずっと離れたどこかへ逃げるように走った。 結局追いつかれて、もっと暴力を振るわれた。 苦しかった。 そうやって目が覚める朝。フラッシュバックが酷くなる季節。 いつかこの苦しみから解放されますように。 今日もそう願った。
一本道
レールから外れた瞬間があった。 ガタガタと。 休憩中、はあっと煙草の煙を吐き出す。次の仕事は何にしようか悩んでいた時だった。 元々やってみたかった仕事の面接を受けてみたとき、「接客はできますか?」と聞かれた。 窓口の受付で接客はやったものの怒鳴られた経験がある以上正直接客は怖くなった。でもやりたい仕事のためだからと諦めなかった。 結果はもちろん不合格。接客は向いていないことがはっきりと分かった。 文章を書くのは好きだったから、今度はライターとして案件に応募をしてみた。単価は低いけれどこれもやりたかった仕事の一つ。やれるだけのことはやった。難しい案件もこなしていたつもりだった。 ただただ文章を書いているのが好きだった。今だってそう。これを書いている瞬間だって楽しい。 本当は窓口での接客をやっているキャリアウーマンでいたかった。今もその夢は諦めていない。 文章も書き続ける。 まだこれからのことは分からない。何をしたいのかも。 夢は諦めたくない。 また煙草を一本吸う。 これからのこと考えながら。
ピエロ
夏に【深山マツリ】は誕生した。 マツリを作り出したのは俺本人。真面目とはかけ離れたおちゃらけた人物だ。 人と話すのが好きで、試行錯誤して人を楽しませるのが好きになっていった。 ただ少し頑張りすぎて、マツリが一人歩きを始めている感覚もあった。 楽しんでくれる分、頑張らなければならない。多少お金もかかってしまう。おちゃらけたキャラもたまに疲れてしまうと感じることもある。 そんな自分がピエロだと思った。 裏と表、真面目さを押し殺して、サーカスで芸を魅せていくピエロ。 そんなピエロであるマツリが俺を苦しませることもあった。分からなくなっていった。 夏から、マツリで生きているのか俺として生きて居られているのか。 もちろんプライベートの時間は大切にしている。彼女のことを想ってマツリを休ませていた時間もある。 それでも俺はまだ【深山マツリ】というピエロに戻る。夜になるとマツリが人と話したいと主張してくる。 今日の夜も祭りが始まる。マツリが始める。人を楽しませるため、自分が楽しむため。 いつか疲れも苦しさも忘れてすっかり【深山マツリ】として生きていくのではないかという恐れを捨てて、祭りを開こう。 祭りでピエロが舞い踊る。
秋
味覚の秋だとか 運動の秋だとか 文化の秋だとか 秋にも色々種類があるらしい。 わたしは何も考えずに秋を過ごしていた。飲みに誘われても行かなかったし、ランチにも誘われたけれど断った。行く気にもなれなかった。 秋だからなんだっていうんだ。 そんなどうでもいいと思っていた秋に出会いがあった。配信アプリで配信しているライバーさんたち。彼らの話は面白おかしくて、秋のつまらなさをふっと消してくれた。 ライバーさんはいつも笑って話を聞いてくれる。どんな小さな悩みだって聞いてくれた。 わたしはこの時間がすごく好きになったから、色んな誘いを断るようになった。 あるライバーさんは 「好きな食べ物は何?」 と聞いてきたこともあった。 特に食に興味もなかったわたしは頭を抱えた。何週間もかけて出た答えが地元のお菓子。 そんな話をしているうちにそのお菓子が食べたくなった。 「趣味は?」 そういえば野球...最近見てないな、と思い出す。そうだ自分はあの球団のファンだった。今頃好きな選手は何をしているんだろう。 そんな話をしているうちに野球が観たくなった。 「好きな本は?」 読書なんて最近全くしていなかったけれど、好きな作家を思い出す。そうだ、また彼の小説を読み返してみよう。なんて、読書がしたくなった。 わたしは沢山のライバーさんの配信を見て、つまらない時間は楽しいものに変わり、自分の趣味まで思い出すことが出来た。 この人たちは話の天才か? そう感じることが多い。 きっとこれがライバー。 自分から発信して人を楽しませる素敵なもの。 わたしはこうやって何人ものライバーさんに囲まれて自分を見つめ直すことが出来た。とても楽しい人生になった気分だった。 次は自分が... なんて、夢物語。
夕暮れ
その猫はいつも古本屋の前にいた。 日向に当たって気持ちよさそうに寝ているのを見て、羨ましいとも思った。 この古本屋は僕の職場でもあった。古い本から新しい本、漫画まで沢山の種類の本が置いてある。 ここでゆったり働いている毎日が楽しかった。 休日、本を読んでいるうちにすうっと瞼が降りてきた。 僕は首を振って何度も眠気を覚まそうとしたが、何度も同じ行を読んでしまって段々と眠りに落ちていった。 うっすら目を開けると、家の前にいつもの猫がいた。僕はその子を「ねこさん」と呼んでいる。 ねこさんはじっとこちらを見て、にゃ、と鳴いてゆっくり家から離れていった。 どこに行くのか気になり、急いで靴を履いて追いかける。 時々後ろを振り返り、にゃあとねこさんが言う。僕が着いてきているのか確認しているようだった。 しばらく歩くと、古本屋に着いた。 なんだ、職場までねこさんが連れてきてくれたのか。 何か忘れていた仕事でもあったのかと思い店の中に入る。 すると、いつも棚にびっしりと詰まっていた本が数冊だけになっていた。僕はこんなに本が売れたのか、と驚きを隠せなかった。 そしてじっくりと本棚を見てみる。 「この本...だいぶ前に読んで感動した本だ。」 それは『オーデュボンの祈り』著者伊坂幸太郎のものだった。そこから僕は伊坂幸太郎の本を読み漁ったのを覚えている。 読書感想文もこの本で書いたものだった。 よく見ると『ゴールデンスランバー』『重力ピエロ』もあった。僕が読んだ本ばかりが並んでいた。 気になって漫画コーナーも覗いてみた。 そこにも漫画がちらほら並べてあるくらいで、不思議に思ってよく見てみる。 そこにも僕が読んでいた漫画だけが並んでいた。 なんだか懐かしい気分になり本を読み漁っていたとき、にゃあとねこさんの声がした。 気が付くともう夕暮れ時だった。 にゃあ 外でねこさんの声がしたので目が覚めた。 僕は昼寝をして、もう夕方になっていたようだ。 ねこさんはまた家の前からふらりと歩いていなくなった。 昔自分の読んでいた本に夢の中で出会うなんて、素敵な夢だと僕は思った。 きっとまた同じ夢を見るなら、今読んでいる『あるキング』が並べられるんだろう。 ねこさんが見せてくれた夢の話。 外はもう夕暮れ時だった。
白い吐息
朝目が覚めて中々布団から出る気になれないほど寒かった日。 朝日を浴びて目を覚まそうとカーテンを開くと霜が降っていた。 はあ っと、白い吐息を吐き出す。またこの寒い時季がやってきたのかと、吐息を誤魔化すように煙草を吸う。 朝はトーストとコーヒーで軽く済ませて、この休日をどう過ごそうかと考えた。 外に出る気にはなれなかった。 天気予報は見ていたつもりだったけれども「もう冬になるよ」なんて言葉は無かった。 今日は晴れているから、きっと日中は少し温かくなるかもしれない。だからと言って全く外に出る気にはならなかった。 ヒーターを弱めに付けながら本を読んでいた。 外はまだ少し白いもやがかかったようで寒そうに見えた。 ひと口、コーヒーを飲もうとしたところで、コーヒーが切れてしまうことを思い出した。 仕方がなく立ち上がり着替えて外に出る。 やっぱり寒かった。 買い物を終えた帰り道、またはあっと息を吐く。 白い吐息はまだ消えていなかった。 そんな寒い日の話。 これから始まる冬の話。 長く続く冬の話。
香水
焼酎水割りで 隣から女性の声がした 変な飲み屋に行くよりもスナックに行くのが好きだった。わたしは地元のスナックのママと話すのが好きでよくスナックに行っている。女性でスナックに行くなんておかしな話だと思われても仕方がない。 ただ仕事でこんなことがあったんだ、最近は暑いねなんて話をカウンター越しにするだけ。それが楽しかった。もちろんわたしは焼酎の水割りを飲みながら話していただけなのだが。 また別の日にスナックへ行き、いつもと同じお酒を飲んでいた。ママと話しながら。 そんな時ふわりとフローラルの香水の香りがして、「ママ、焼酎水割りお願い」という声がした。それはわたしと同じくらいの年齢のサラサラとした茶髪にロングヘアをした女性だった。 あなたも一人でここに来たの? 彼女に声を掛けられて少しドキッとしながら、そうだと答えた。 ここのママと話すの楽しいもんね。周りのお客さんは男性ばっかりだけど私ここの店の雰囲気が好きでよく一人で来るんだよね。 彼女はにっこりと笑いながらわたしに話してくれた。ここはいいお店だよね、お酒も美味しいし。始めは女一人でスナックに来るの躊躇ったけど今はママと話すのが楽しくてもう常連さんになっちゃった。あなたは? わたしも全く同じだと答えた。そこから話が弾み、私みなっていうのよろしくね。わたしはみずき、年齢聞いてもいい?25だよ、みずきちゃんは?わたしも25。同じだね。 と、自己紹介から始まり趣味や最近の悩みなどを話しながら盛り上がった。 ふたりとも仲良くなったのね、はい焼酎の水割り。 ママは優しくグラスを置いてくれた。 まさかスナックで友達ができると思わなかったよ、とみなちゃんが言った。ママはそれは良かったねと微笑んでいた。 みなちゃんと連絡先を交換したところで今日は解散となった。 後日、みなちゃんから連絡があった。今日さ、スナックじゃなくてドライブ行かない?というお誘いだった。 わたしの家まで車で迎えに来てくれて、早速ふらっとドライブをしに夜景が綺麗に見える場所へと向かった。車の中でもフローラルの香水の香りがした。何の香水かは特に気にはならなかった。 彼女の運転は安全運転で車酔いすることもなかった。みずきちゃん、ごめん煙草吸っても良い?と運転中に声を掛けてくれた。もちろんいいよと答えると煙草を咥えてライターをカチッと鳴らした。隣で煙草を吸う彼女は格好よく見えた。 そうしているうちに夜景が見える展望台へと着いた。 ねえ、今日晴れているしすっごく綺麗に見えるね。彼女はニコッと笑ってわたしに話しかけてくれた。 ここに来るともやもやした気持ちがスッと晴れて気分が晴れた。誘ってくれた彼女には感謝しかなかった。 少し彼女に気があることは言わなかった。 香水の香りがふわりとまた夜風に吹かれてきた。