狭霧せいや
4 件の小説贈り物
無口な父だった。 小学生の頃、100点満点の答案用紙を見せに行ったときでも、 「そうか、よくやった」 表情も変えずにその一言だけ。 私って、お父さんに嫌われてるのかな。母に泣きながら尋ねたこともあった。 「あなたはたった一人の可愛い子どもなんだから、大切に思われてるに決まっているでしょ。きっと照れくさいのよ。」 そんな私を、母はいつもそう言って慰めてくれた。 私は父に愛されていた。 そう気づいたのは、私が死んでから。 父は毎日のように私のお墓を訪れ、墓石がピカピカになるまで磨いてくれた。 掃除が終わるといつも私の前にしゃがみ込み、涙を流しながら話し出す。 私が幼かったときのこと、大学入学のために上京すると伝えたときのこと。そして、私が100点満点の答案用紙を見せたときのこと。 ああ、愛されていたんだ。 無口だと思っていた父は今私の前で、とめどなく話し続けている。 無口だったんじゃなくて、不器用なだけだったんだ。 私の不器用なところは、そんな父からの贈り物だったのかな。
みーつけた
「もういいかーい」 返事はない、きっとみんな隠れる場所を見つけたのだろう。 今年から山間の小さな村の小学校に転勤になり、僕は教師として全学年の担任をしている。 全学年とはいえ、たった12人しかいない小さな学校である。 そして休日は、こうやって子どもたちの遊び相手をしている訳だ。 小川に架かっている小さな橋の下、家と家の隙間、お地蔵さんの小屋の後ろ、手当たり次第に探してみるが誰一人として見つからない。 ふと、林の中で誰かが動いた気がした。 僕は駆け足で近寄った。 この林に生えているのはほとんどが竹で、秋にはお年寄りがタケノコを採っている場所だ。 まだタケノコの収穫時期ではないため、おそらく先ほど見えたのは、子どもたちの内の誰かだろう。 「よーし!この辺も探すか!」 わざと大きな声で叫んでみる。 しばらく林を歩いていると、ひときわ太く成長した竹の後ろで淡い赤色の布が動いているのを見つけた。 よし、一人目発見! おもむろに駆け寄り、僕は竹の後ろを覗いてみる。 そこには一人の小さな女の子がしゃがんでいた。 女の子は僕に見つかったとわかると、笑顔で僕を見た。 「みーつけた!よし、じゃあ元のところに戻ってるんだぞ。他のみんなもすぐに連れてきてやるからなー。」 「ありがとう」 女の子は笑顔でお礼を言う。 この調子で日が暮れるまでにみんなを見つけよう。 結局、二人目はスタート位置のすぐ横の塀の裏、三人目は道路の側溝、四人目は畑の中で、背の高い雑草の中に隠れていた。 とりあえず日が暮れるまでに全員見つけられてよかった。 「もー、先生見つけんのうますぎだろー」 悔しがる子どもを連れて僕は最初の場所に戻った。 「だーるまさんがこーろんだ」 先に見つけた子どもたちがワイワイとはしゃぎながら遊んでいる。 一人の子が、片足をあげたまま動くまいと必死に耐えているのを見て、自分もあのように無邪気に遊んだ時期もあったのだろうかと、少し寂しい気持ちになった。 「はーい、これで全員見つけたから先生の勝ちだな。今日はもう遅いから、みんな気をつけて帰るんだぞー。」 「はーい」 僕の言葉にみんなが返事をし、それぞれの家に帰っていった。 どこかモヤモヤした気持ちを抱えながら、夕日が弱くなり暗闇に変わろうとする空を見上げた。 どうしてモヤモヤしているのか、自分でもわからない。 先ほど、昔を懐かしんだからだろうか。まあ大したことじゃないだろう。 夕飯を済ませ、早めに布団に入る。 ぼーっとしながら今日の出来事を思い出していた。 次第に眠気が増してきて、ウトウトとし始めた。 明日は授業だ。頑張ろう。 僕は静かに目を閉じた。 あれ あれ、今日、何人と遊んでいた? 動くまいと必死に耐えていたのは何人だ。 何人見つけた? なんでお礼を言われた? 背筋がピンと伸び、寒気がジワジワと押し寄せる。 あれ、僕はあの子に、なんて言った? 「みーつけた。」 淡い赤色が揺れる。 「待っても連れてきてくれないから、私が全員迎えに行くね」
ベランダで
カタカタカタ、カタカタカタ 部屋に響くのは、キーボードを叩く音。 机の上のライトに照らされ、一人の女性が指を器用に走らせる。 コンコンコン 「入るよー。」 ドアがゆっくり開き、一人の男性が部屋に入った。 手には二つのマグカップ。そのマグカップからは、湯気が上がっている。 「ありがと。」 女性は水色のマグカップを一つ受け取った。 「お疲れ様。結構進んだね。」 「うん、もうちょいかな。締切が明日だし、今日中には終わらせないと。」 女性は背筋を伸ばしながらそう言った。 「そっか。ね、少しだけベランダ出ない?」 「うん!」 男性の提案に、女性は笑顔で返事をした。 そうして二人の男女がベランダに出る。 マグカップの湯気が、先程よりも目立っていた。 十二階から眺める都会の夜の景色はとても幻想的で、遥か下からは車のクラクションが響いている。 「最近私の仕事が忙しいから、全然デートとか行けなくてごめんね。」 女性は悲しそうな顔を、男性に向ける。 男性は優しい笑顔で答えた。 「ううん、仕事を頑張ってる君は素敵だよ。それに、こうやって一緒にベランダに出るだけでも、僕はデートのような特別な気持ちになれるよ」 「なにそれ、ベランダデートってこと?」 先程とは違い、女性の顔に笑みが溢れる。 静かな数分の時間の流れが、二人を包む。 幸せとは、きっとこれくらいのものなのだろう。 マグカップから出る湯気のように、触れられなくても確かにそこにあるもの。 「さ、冷えるからそろそろ入ろうか。」 カーテンが閉められた部屋の中からは、暖かな光。 ベランダには、もう誰もいない。
夕日と大切
住宅街の一角の小さな公園には、少しばかりの遊具と、古びたベンチが二つ並んでいる。 遊具では、小さな子ども二人が元気に遊んでいた。 そしてベンチには二人の男女が腰掛けている。 僕と、僕の大切な人。 「今日は買い物に付き合ってくれてありがと。荷物重かったでしょ。家までもう少しだけど、私も持つの手伝うね。」 彼女の言葉に、僕は首を横に振った。 「いいよ、これくらい。今日はお前も疲れただろ?」 「んー、そうね。、、そうだ、疲れたから今日の晩ご飯は任せちゃおうかなぁー。」 彼女は笑みを浮かべながら僕の顔を覗き込んだ。 「な!、、、わかったよ。じゃあ料理してる間、風呂の掃除は任せていいか?」 まあ、たまには料理もいいだろう。 「もっちろーん!で、何を作ってくれるの?」 「そうだな、今日は野菜も買ったし、久々にカレーにするか。」 せっかく作るなら、自分の食べたいものをと思ったのだ。 「やった!久しぶりにあなたのカレーが食べられるー!」 そんな風に言われると、プレッシャーは感じるがとても誇らしい気分になる。 秋が近づいてきているのか、この時間帯の風は少し肌寒い。 「ねぇ、今でも私のこと好き?」 急に声のトーンを落として、彼女が小さな声で聞いてきた。 唐突な質問に一瞬面食らったが、僕は素直な気持ちを言葉にする。 「僕は愛する人を簡単に嫌いにならないし、愛する人のことは、ずっと近くで見守っていたいんだ。お前を愛しているから、今もこうやって同じベンチに座ってる。変なこと聞くな。」 「そ、そっか。///ありがと。」 夕日に照らされた彼女の顔が、より一層赤くなった気がした。 「さ、カレーも作らなきゃだし、そろそろ帰るか。」 「うん、そうしよ」 二人の目線が重なり、そして、同じ方向に目線が動く。 「帰るよー!今日はパパが手作りカレーを作ってくれるってー!」 彼女の声に、ジャングルジムから二人の子どもが駆け寄ってくる。 僕達の大切な子ども。 公園を後にする四人の家族の背中には、綺麗な夕日が差していた。