黒鼠シラ

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黒鼠シラ

【おすすめ小説】 「Impact 7」 終末世界の人々の葛藤を2つの家族を主軸に描いた物語。 【N-1グランプリ】 次回開催 開始日8/1 歴代王者 初代 美水小春 様 2代 鴉君。 様 3代 史 様 4代 有陽へいか 様 5代 花瀬詩雨 様 6代 ナナミヤ 様 【黒鼠シラについて】 22/6/30 投稿開始 22/12/30 第1回N-1GP開催 24/1/1 新アカウントへ移行

Impact 7

 ノア・イヴェルトはこんな言葉を残した。   【人間とは貪欲であり、冷静でなく、なにより自己中心的である。】    欲しいものが手に入ればもっと高みを求めたくなる"貪欲"  生きるか死ぬかなどの本当に大事な時には焦って誤った判断をしてしまう"非冷静"  本当に求めるもののためなら他人のことなどどうでもいい"自己中心的"    2025年現在でも当てはまる、いわば人類の性。このような事実は時代を超えて語られることなのである。それをノア・イヴェルトは証明した。  ノアが産まれたのは、はるか1500年以上前の西暦519年。幼い頃から人間の本質について考え言葉にすることができる天才で、親や周囲の人間は彼のことを揶揄い半分に「小さなソクラテス」と呼んだ。  彼の考え方や言葉遣いは年齢を重ねるごとに巧みになっていき、周囲の人間を魅了するようになっていった。  齢が10を迎えた頃には早くも哲学者として大人達から評価されるようになっていた。さらに彼は、幼き天才哲学者としての地位を不動なものとするべく【人類不共存論】という本を書き上げた。冒頭の言葉はこの本からの抜粋である。人間というものの愚かさを語ったこの著書は世界的に有名になった。  しかし、人々はノア・イヴェルトという男の名を聞いた時、哲学者という言葉よりも先にとある言葉が出てくる。  "預言者"である。  彼は、彼を神と崇める宗教が流行るほどに預言に優れていた。些細なことから重要なことなど、様々な種類の予言を的中させてみせた。  絶対に当たる預言者として世界的に有名になった彼は、晩年である西暦540年まで幾千もの預言書を書き綴り続けた。  しかしながら預言者である次に、彼は性格の悪さでも有名であり、それゆえに彼の預言書の多くは非常に難解なのであった。それは彼の最も有名な預言にも言えることだった。  【7 Impacts (セブンインパクツ)】  現在まで一度も外されることのなかった絶対的かつ絶望的な預言。歴史上起こってきた最悪の出来事を予言しており、その信憑性は異常なまでに高い。  さらに皮肉にもこの預言こそが最も難解なものであり、今だに解明されていない部分が多くある。そして解明されてなくともわかるほどに確実性のある預言だった。  そんな預言の内容はこうだ。   【 Impact 1   541−750 解明不可能文字   Impact 2   1331−1855 解明不可能文字   Impact 3   1855−1960 解明不可能文字   Impact 4   1914−1918 解明不可能文字   Impact 5   1939−1945 解明不可能文字   Impact 6   2020−2022 解明不可能文字   Impact 7   2025−     この文はすべて事実で、近い将来起こるであろう、愚かな人類への復讐だ。    空はいつまでも青く、  我々に落ちてくることはない。  それでも愚かな人類は息絶える、  それも最も皮肉な方法で。  この為、私はこの世で最も重い罪を犯した。】    この預言書には2種類の文字が使用されており、後半のみ解読に成功している。  ここに記された7つの預言には解明不可能な文字が利用されており、おそらく出来事の起きる年と期間であろう数字がわかるのみである。しかし、これらの数字はすべて実際に悲劇の起きた時代を指し示しており、全ての預言が当たっていることになる。  そんな外れることのない預言者を見た人類は、一つの疑問に当たった。  Impact 7(インパクトセブン)である。  この預言には、悲劇がはじまる年である2025年は書かれているものの、終わる年の記載がないのである。これは単なる書き忘れなどではなく、2025年にはじまる悲劇に終わりがないことを示しているのではないかと考えられた。  終わることのない悲劇……人類の終末。  次第に人々は2025年に訪れるImpact 7によって人類は滅ぶのではないかと考えるようになっていき、対策をとる者まで現れ始めるのであった。              【バヂス・デフリッソン】           「Impact 1 ペスト第1のパンデミック  Impact 2 ペスト第2のパンデミック  Impact 3 ペスト第3のパンデミック  Impact 4 第1次世界大戦  Impact 5 第2次世界大戦  Impact 6 コビット19のパンデミック  そしてImpact 7 は人類の終末…か」 「にわかに信じがたいけど、1500年前からある有名な預言だもんね……」 「あぁ、世界大戦どころか、人類が直接巻き起こしたわけでもないことまで当ててるからな」 「信じざるおえないのかな」 「残念だけど、今年で世界が終わるのは絶対だろうな。そうなると俺らにできるのは対策だけだ」 「お金はあるのよ、私たちはともかく、何があっても子供達だけは生き残らせましょう」 「しかし、子供達だけが生き残ったところで荒廃した世界しか待ってないんだぞ?」 「じゃあなに?自分の子供達を救わないの?死ぬのが決まってるのに大丈夫だよって言い聞かせるの?」 「ちがう、家族、近所、この街の人、みんなを救う」    預言のことは聞いていた。  いや、聞いたことがない人なんていないだろう、それほどに有名で影響力をもつ預言だったからな。  自分たちが長い歴史の中に生きていると、西暦の数字が刻まれるたびにそう感じられた。  歴史が好きな俺にとってそれは嬉しく、なんだか不思議な気持ちにさせるものだった。しかし、2025年が近づくにつれ、次第にその気持ちは薄れていき、ついには恐怖心だけが残るようになった。  誰もが信じたくなかった、真っ当に受け入れたくなかった、そんなImpact 7はついに今年である。  どのように滅亡するかはわからない。  翻訳どうこうの前に、そもそもImpact 7の下にはなにも書かれていなかった。  各国の首相は滅亡を恐れてか、これまで強気に出ていた相手国等にもあまり介入しない体制をとっている。そのため、戦争による滅亡は考えがたい。  しかしながら、この状況を逆手にとって逆に戦争を始めるずる賢い国もあるかもしれない、そうなると滅亡方法は本当に見当がつかない。しかし今のところ有力なのは、この頃大雨や地震が多発していることから、何かしらの自然現象での滅亡であり、人々はその対策を取る必要がある。    俺は社長である。  24歳で大学をでて、直後に2万ドルを元手に会社を起業。最初は業績が伸びずに倒産寸前を何度も経験していたが、現在の妻であるジェスに社長の座を譲り、自分は下部で直接指揮を取り本格的に事業に関与し始めた結果、業績は飛躍的に伸び始め、俺が30になる頃には世界有数の大企業となっていた。  このため、俺はたんまりと財産を蓄えている。この時に備えて、この小さな街の住人全員が生き残れるほどの巨大なシェルターを作り、大量の食料を蓄えた。  すべてはなるべく多くの人間を生き残らせて、新しくはじまる世界をより良いものにするため……。              【ノーマン・ケドコイル】            2025年に人類が滅ぶ。なんども聞いてきた一節だが、ここまで身近に迫るともはや恐怖感もない。自分の死なんてどうでもよく感じてくる、しかし、妻子の死はどうでもよくなんかなかった。だから必然的に俺にも生き残る方法を模索する必要性がある。 「あなた、金具、持ってきたよ」 「ありがとう、そこ置いといてくれ」  そこで私はシェルターの必要性に気がついた。シェルターはシェルターでも核シェルターだ。これがあれば大きな温度差や衝撃にも耐えられる。妻や子供どころか私さえも生き残ることができる。 「あと、マイナスドライバーたのむ、でかいやつだ」 「はい、すぐ持ってくる、それと水飲む?」 「氷水作っといてくれ、後で飲むから」  核シェルターがあれば全てが丸く収まる。すべてにおいて最も効率的で安全なのである。しかし、ひとつ問題点があるとすれば、それは価格だ。現状終末に耐えうる核シェルターは何十万ドルもする。なんなら需要が増し高騰している今となっては何百万ドルあっても買えないほどだ。 「鉄板押さえてて」 「はい、こう?」 「もうちょっと強く」 「こう?」 「おし、今度は反対側行くぞ」  だから私は自作することにした。世界でいちばん頑丈な核シェルターを。  猶予がどれほどあるかはわからない、だからこそ慎重かつ迅速に作らなければならない。これは一種のチキンレース的なものだ。はやく完成させて中に入れば、いつくるかわからない大災害を恐れながら生きる心配がなくなる。しかし、あまりにも時短のために作業をおろそかにして仕舞えば……、逃げた先に待つのは死だ。 「今日はここまでだ」 「はい、水机に置いといたから」 「わかったよ、夕飯早めに頼む、明日は早く起きてカロライナのホームセンターいくから」  正直だいぶ焦ってるし、早く完成させたい。それゆえに作業はおろそかになりつつある。  それもそのはずだ。日付はすでに4月25日であり、はやくも夏が迫っている。来年の夏に家族で過ごすためにも、私はがんばらなくてはならない。              【バヂス・デフリッソン】           「みなさん、係員の指示に従って動いてください、遅かれ早かれ全員入れますから」 「非常時ですので今こそ冷静にお願いします」  避難はなるべく早い方がいい。いつくるかもわからない大災害に怯えて生きるのは嫌だからな。 「あなた、こんな人数入るの?」  妻のジェスは初めから街の人々を救うことには乗り気でなかった。その証拠に一度たりとも協力してくれなかった。 「ジェシー、大丈夫だから、荒廃した世界に生きているのが俺たちだけだったら寂しいだろ?それに子供達の世代で人類は朽ちてしまうことになる。近親相姦するわけにもいかないからな」  こうやっていってもやはりジェスは不機嫌そうな顔をしている。 「いいわよ、私たち家族さえ生き残れれば。法も秩序もないような終末後の世界がいいわけないじゃない」  彼女の俺を見る怪訝な目はますます強張ってゆく。まぁ、たしかに彼女の言うことも一理あるからな。 「気持ちはわかるが、法や秩序は作ることができても、そう簡単に大量の命は作ることができない。だからこうしないとだめなんだよ」  彼女の目つきは変わらない。変わらないどころかさらに機嫌を損ねたようで黙ってどこかへいってしまった。  そんな、夫婦関係もあまりうまくいかなくなってきた頃、事件は起きた。   「速報です。カリフォルニア州各地で起きた暴動は、死者500人、怪我人2000人とどんどん被害を出しております。発生要因はやはりImpact 7であると推測されております。シェルターを自力で手に入れられない人々が暴徒化したものと考えられております。続報入り次第お知らせします」  たしかに考えてみれば当たり前だ。  人類は滅ぶと分かっていても何もできない人間が一定数いる。家族どころか自分も救うことのできない人間が。そんな彼らが暴動を起こすことは容易に考えられる。むしろ予想していなかった政府の方がおかしいと言える。  しかも、この状況はうちの国だけで起きているわけではない。他国籍の知人の情報によると、各国でこの暴動は起きている。とくに発展途上国では過激で、テロ組織が政府役人を殺傷する事件も起こっている。  暴動による総合死者数はすでに1万を容易に超えているだろう。  俺が早期に避難開始をした理由はこれでもある。暴動がおきると、助かるはずだった命が助からなくなってしまう可能性がある、だから早めに避難を完了させて、危ない人間をシェルター内から隔離する。これにより避難生活が長期化した場合でのシェルター内での食糧争い等も避けれる確率が上がる。   「エマ、リタ、ジェシー、お前達は俺の命に変えてでも守るからな。約束する。」              【ノーマン・ケドコイル】           「だからバカバカしいんだよ!」 「教育を受けてないのか?それとも私たち家族を皆殺しにしたいのか?」 「ちがう、ペラペラな預言書1枚を信じてそんなに必死に対策するのがバカみたいなのよ」  なぜだ、シェルターの完成は近かった。全てが計画通りに進んでおり、このままいけば来週にはシェルター内での生活を始められるほどだった。それなのに… 「とにかく私はこんなバカバカしいことにはもううんざりなの」 「ふざけるな、私は至って真剣なんだよ、なんでそれがわからないんだ」  妻はImpact 7を一切信じていなかった。核シェルターを作り生き残ろうとすることをバカバカしいと否定した。夫の私がここまでら真剣に作っているというのに、彼女はカルト宗教に騙されるバカな人間を嘲笑うかのように私を見ていたのだ。 「なんでだ、世界大戦どころか、人為的でないウイルスのパンデミックまで細かく当てた預言なんだぞ?信じるに足る理由は充分あるんだぞ?なのになんで……」 「とにかくあなたなんかといたらリアムまでおかしくなっちゃう。生き残りたいなら1人でシェルターに入ればいい。私はリアムと出ていくから。」  妻のこの、怒ると突拍子もないことを言う癖は若い頃からわかってた。でもここまでとは……。 「自分が何言ってんのか分かってるのか?リアムをおかしくするどころか、お前は殺そうとしてるんだぞ?」  私はてっきり妻も多少は協力する気があると思っていた。でも違った、彼女はこの期に及んで息子を連れて出ていくと言い出した、いくら妻でも信じがたいし許し難い。 「バカな預言を信じて家族の時間を犠牲にしてでもシェルターを作っていたのよ?それも何ヶ月も毎日」 「それは今後みんなが生きていけるようにするために必要な犠牲なんだよ、なんでこんなこともわからないんだ」 「よくもこき使ってくれたわね、絶対に許さない。」  彼女はおかしくなってしまったのかもしれない。いや、きっとそうだ。預言が恐ろしく仕方がないんだ、だから現実逃避してるんだ。  仕方がないよ、そりぁ私だって怖いさ、でも向き合って生き残る策を考えてる。それなのに、あの女は……              【バヂス・デフリッソン】           「街の人は全員入ったわ、完全封鎖準備にとりかかりましょ」  ジェスはまっすぐな瞳を俺に向けてそう言った。真っ当で濁りのない綺麗な目で。 「何言ってるんだ?まだこのシェルターには100人分の場所と120人分の食糧が余ってるんだぞ?少なくとも100人、押し込めば120人も入れる。まだ閉めるわけにはいかない。」  救える命は全て救う。  そうしないと終末後の世界で生きていくことはできない。自分勝手では新たな文明が発展しない。俺たちは生き残ることは大前提として、その先を考えていかないとならない立場なのだ。 「何言ってるのよ、もう充分人はいるでしょ?数えきれないほどよ?これ以上は誤差よ」 「ちがう、1人でも多く助けるんだ。目先の安全を求めているようでは新たな世界は発展しない。」 「ちがう、たしかにあなたの言うとおりあたらしい世界も大事よ?でもそれ以前に確実に生き残らなければならない。ニュースみてるの?暴動の」  暴動のニュースか、たしかに久しく目にしていない。しかし問題はないはずだ、暴動なんてできることはたかが知れてる。このシェルターには数百人の人員と大量の武器、さらには隕石の衝突も防ぐことができる硬い壁があるんだ、武装した人間の集団程度ではどうにもなんない。 「バカか?暴動なんて……」 「大型シェルターでテロがあったのよ。それも一回じゃない、世界各地で多発してるの。もう暴動による死者の合計は100万を裕に超えてるわ。私は家族のことだけを思っていってるんじゃないの、ここにいる助かる予定の人全員のために言ってるのよ。」 「俺たちは大丈夫だ。他のシェルターとは違う。爆弾,毒ガス,小型ミサイル……ありとあらゆる状況を仮定して大量の武器を蓄えている。武装集団にまける筋合いはない。」  そうだ、俺たちは、俺は違うんだ。この身一つでのし上がってきた男だ。そんな男が運営するシェルターが簡単に攻略されるわけがない。 「でも何があるかわからないじゃな……」 「大丈夫、ここは絶対安全だ。」              【ノーマン・ケドコイル】           「ふざけるな!」  殺してやる、私を裏切りやがって…財産も息子も全て奪って逃げていくつもりなんだろ、そうはさせないぞ。 「ふざけてるのはどっちよ、あなたみたいなイかれたカルト信者と一緒に居れるわけないでしょ!」  彼女は銃をもっている。対して私は丸腰、いや、いざと言うときはこれを使うしかない。 「お前はどうでもいいんだよ、出て行きたいなら出ていってくれて構わない。でもリアムは置いていけ。」 「大切な息子をあんたなんかのところに置いていけって?かなり無理があることを言ってるのわからない?」  この女絶対に殺してやる。逆にこいつの全てを奪ってやるよ。 「私がどれだけ真剣に作業してたかわからないのか?私がどれだけ真剣に、お前たちを生き延びさせてやるために、長時間にわたって肉体労働をしてたかわかるか?」  手に小石を握る。  怖くもないのに指先がプルプルと震えている。それはまるで獲物を狩る前の猛獣が武者震いしているかのような、そんな興奮からくる震えだった。 「何言ってるのよ、全部洗脳されてやったことでしょ?」 「ちがう」 「あなたは私たちなんてはなから大切じゃなかったのよ」 「ちがう」 「大切ならなんであんなに手を上げるの?リアムにも私にも、何回もやめてって言ってるのに暴力をふるうの?」 「ちがう」 「なにも違わないわよ!あなたは自分を人並みに優れた家庭を守る父親だと思ってるかもしれないけど、ただのDVやろうなんだよ!」 「ちがう」 「ちがう、ちがうって、そうやって頭ごなしに否定することしかできないのは本当は嘘なんかじゃないからよ!いい加減認めてよ!このクソ男!」 「俺のことなんも分かってねぇくせによ!」  俺は手に握っていた小石を思い切り彼女に向かって投げつけた。  あわてて彼女は俺に銃口を向けて発砲してきた。しかしそれは、痛んだ額を利き手で抑えながらの適当な発砲だったため、俺とは全く違う方向へ飛んでいき「カン」と鈍い音を立てて、シェルターの装甲に穴を開けた。  苛立ちが増す中、俺は簡単に銃を取ると、彼女の命に終止符を打とうと引き金を引いた。              【バヂス・デフリッソン】           「これで合計795人」 「私たちを入れたら98人よ」 「食糧計算的に言ったらあと2人入るな」 「もう充分でしょ?次の来客が大人数だったらどうするのよ?生き残りをかけたジャンケンでもしてもらうの?もういい加減閉めましょう?」  なるべく人を救いつつも、暴動は確実に避けたい。ならばやむおえないか……。 「あぁ、閉める準備に取り掛かろう」 「急ぎましょ、暴動でほとんどのシェルターは破壊されてしまっているのよ、しかも何が救いようがないって、暴動を起こしたテロ集団が、結局は食糧とかのことで仲間割れして、殺し合いの果てに全員死ぬのがほとんどなのよ」 「被害者は?どのくらい増えてるんだ」 「もう推定だと死者数は裕に億を超えてるわ、発展途上国の多くは壊滅状態。みんな冷静じゃないのよ、自分のことだけを考えてる……じゃなきゃこんな無意味な殺戮できないわ……」 「これでは災害の前に人類は滅んじまいそうだな……」              【ノーマン・ケドコイル】           「カチッ」  彼女の額に開く予定だった小さな穴は見当たらない。  弾切れか 「リアム!」  彼女は隙を見てリアムを連れて走り始めた。  なんとも哀れなのだろうか、額に大きな怪我を負った女が、齢3つ程度の子供を連れて命からがら逃げ出すとは……  俺は、隠していた小さな手榴弾を手に持つと、どこに投げるべきかと照準を合わせ始めた。  しかしそうしている間に彼女と俺の距離は遠くなるばかり、今の疲れ果てた俺の腕力では少々不安が残る。 「待ってろよ?今父ちゃんが行くからよ」              【ニーナ・ケドコイル】            あの男本当に狂ってる……、いくら普段から暴力をするような男でも本気で殺しに来るとは思わなかった……  弾切れとはいえ、銃は置いてきてしまったし、きっとあいつは他にも武器を持ってるだろうな……  どうすれば自分とリアムを守ることができるか、このまま走ってるだけではいつか追いつかれて2人とも殺されてしまう。  足が痛い、体が重い、リアムを抱き上げている手も千切れそう、どれだけ走れば安全なのかもわからない、でも走るしかない……  ノーマンの足音は聞こえない、でも休むことができるほどに切り離したわけではないだろうし、死ぬリスクを賭けてでも茂みに隠れたりはしたくない。  ほんとうにどうすればいいのよ……              【バヂス・デフリッソン】           「まだなのか?もう何時間経った」 「完全封鎖なんてしたことなかったから、外壁扉が錆びて動きづらくなってるの、だからまだ時間かかりそう……」 「まぁ大丈夫だ、時間がかかるといってもものの数時間だろ?これまで大丈夫だったんだ、最後の最後になにか起こることはないだろう」  そうだ、ここまで全ては順調。ここには800人弱の人々がいる、仮に他の人類が完全に滅んでいてしまったとしても俺たちだけでやっていける。  いや、はなから他のシェルターには期待しちゃいない。  人間とは本当におかしなものだな……  愚かにも世界は自分たちのためにあると信じ込んでしまっていた。そうして他の者達を顧みずに文明を進めてきたんだ。だから、こうして自然が復讐してきた。ただ見守ってくれていた青い空が雲に覆われて降りかかってくるんだ。とんだ自業自得だな。  俺が作る新文明は絶対にそうはさせない。  きっと何万年も続かせるんだ……  それが、世界的大企業を作り上げた、たった1人での仕上がってきた俺の、使命なんだ。これが成功しなければ全ては意味がなかったことになってしまう。妻から社長の座を奪ったことも、そもそも会社を立ち上げたことも、俺が生まれてきたことも……。   「錆びはほとんどなかったよ、意外と早くなんとかなりそうね」 「それならなによりだ」  このシェルターは俺の人生そのものだ。俺の努力の結晶の全てが詰まっている。  食堂を兼ね備えた小さな広場、さらには相部屋にはなるものの、プライバシーの獲得ができる大量の部屋。定員を遥かに超えた人数を収容してもなお、多少の空間の余裕が見られる。さすがは俺の設計したシェルターだ。  新しい世界の最初の英雄は俺だな。 「一応テレビつけとくわよ、とんでもないニュースが入ってくるかもしれないから」 「あぁ、ありがとうな」  最後にもう2人、生存者が飛び込んできたら完璧なんだけどな……              【ニーナ・ケドコイル】            ペースが落ちてきた。とうとう私も体力が限界なのね…… 「ごめんねリアム、もうお母さん無理かもしれないわ……」  なんとなく近くまで来ている気がする、決して足音が聞こえるわけじゃないけど、なんだか死期が迫ってる気がする。  もはや諦めて殺されてしまいたい。ノーマンの隠し持ってる武器が爆弾だとしたら簡単に殺されることができるのに……  もはや今できる願い事の内容が、元夫の自分たちを殺すための武器が爆弾であることだなんて、精神的にも限界なのかもしれない。  諦めたくない。死にたくないし、あいつに殺されるのなんて悔しくて仕方がない。リアムの未来だって守ってあげたい。  でも、もう、方法が……  彼が私たちを怒りのままに殺して1人でシェルターに篭るなんて……  シェルター……  シェルターだ。  確か隣町のデフリッソン社長が巨大なシェルターを作って街の人を避難させたとか……  噂でしか知らないけど、今は一か八かこれにかけるしかない…… 「リアム、お母さん最後に頑張るからね……」              【ノーマン・ケドコイル】           「殺してやる殺してやる」  バカな女だ、この辺りはこの間の大雨で地面が泥濘んでいて足跡が残りやすい。  位置がバレバレだ。  にしてもこの方向って、あいつ街に出たのか……?              【バヂス・デフリッソン】            準備は予定よりも早くに完了し、シェルターの完全封鎖が始まるという、その時だった。  突然正面入り口から音が聞こえた。 「開けて!お願い助けて!」  必死に誰かが叫ぶ声だった。別にImpact 7が始まったわけではないため、ここまで焦って助けを求める人が現れるのなんて予想していなかった。 「あなた?どうかしたの?」  ジェシーが駆け寄ってきた。 「わからない、誰かが玄関口で助けてって叫んでる」  俺はジェシーと玄関に向かいながら話した。 「Impact 7が始まったわけじゃないわよね?」  ジェシーはすこし焦りながら尋ねる。 「いや、それはありえない。テレビでもラジオでもなんの異常も報告されてない」  もしかして暴動か?誰かが命ガラガラ逃げてきたのか?   「女の人が小さな子どもを抱っこしてる、しかもおでこから血が出てるわ」  ジェシーが玄関口モニターを確認して言った。 「開けよう、2人だけなら匿える」  俺はジェシーに扉を開けるよう促すと、これから入ってくる怪我人を手当てするための救急箱を取りにその場を離れた。              【ノーマン・ケドコイル】            見つけたぞ  あの野郎シェルターに逃げ込む気だな?  ゆるさない、そんなの絶対にゆるさない。  俺の作ったシェルターに風穴開けといて。  散々騙されてるだとか言っといて、本当は俺を置いて自分たちだけ助かる気だったのか。  ふざけやがって……  シェルターごと破壊してやる。              【ニーナ・ケドコイル】           「開けて!お願い助けて!」  後ろからいよいよ足音が聞こえ始めた、もう間近にノーマンが迫っている。 「お願い!開けて!」 「早く!」  殺される、私もリアムも、いやだ、こんなところで死にたくない、Impact 7も馬鹿みたいだけど、ノーマンに殺されるのが1番バカみたいよ。 「お願い、お願いだから助けて!」  私の悲鳴にも近いような叫び声が空虚な街に響き渡る中、ついにドアは開いた。 「どうしたの?」  中から出てきたのは女性だった、どこかで見たことある女性。おそらくデフリッソン夫人だろう、しかし今そんなことはどうでも良かった。  私は文字通りシェルター内に倒れ込むと、必死にドアを閉めるように叫んだ。 「来てるの!あいつが!」  しかしどんなに焦って叫んでも目の前の女性は冷静ですぐには動かなかった。  考えてみれば当たり前だ。急に現れた血まみれの女が気が狂ったかのように叫んでいるのだから、混乱してしまうのが普通だし、考えてみたら入れてくれただけで奇跡と言っていいだろう。しかし今はそんな人間らしいことは言ってられなかった。 「ボケっとしてないで締めてよ!早く!」  命の恩人になりうる人物にこんな言葉を浴びせるのは人間としてあり得ない。しかし私はそれほどまでに追い詰められ、必死になっていた。  しかし、その必死さが彼女に伝わった頃にはもう遅かった。              【バヂス・デフリッソン】            謎の来客者のケガの手当ての為、救急箱を取りに行き、玄関へと戻ろうとしていたその時、突然大きな罵声が聞こえた。 「よくも主人を裏切りやがったな、このクソ女」 「やめて!お願いだから、私が全部悪かった、出ていくのも辞めるから!Impact 7も信じるから!」  来客は女と子供だったはず。それなのに聞こえてくる声には男のものが混じっていた。  何事だと俺は駆け足で玄関へ向かった。 「ふざけるな、何を今更言っているんだお前は」 「ごめんなさい、本当に思ってるわよ、だから一緒にここに匿ってもらいましょ?そうしてImpact 7が終わったらあなたが言った通り旅行したり遊んだりしましょ?」 「もう2度と俺に舐めた態度を取ったりしないのか?」 「えぇ、絶対にそんなことはしないから、一生死ぬまであなたの妻であり続けるから、家族であり続けるから!」  玄関にいるのはモニターで見た2人と見知らぬ男、先ほどよりは落ち着いているもののすこし取り乱している様子だった。 「ジェシー、なぜもう1人入れたんだ?シェルターの許容人数はあと2人だったんだぞ?」  ジェシーは少し困った顔をして、 「ドアを閉める前に駆け込んできたのよ」  と答えた。  しかし、そんな俺とジェシーのやり取りなんて聞こえないかのように2人の会話は続く。 「お願いだから、許して、ノーマン」  女は泣きながら男に縋り付いていた。 「もう俺をコケにしないんだな?」 「もちろんよ、自分の時間を削ってでも私たちを助けようてしてくれてただなんて、本当に感謝しかないわ」 「俺から逃げないんだな?」 「逃げない、絶対に逃げないから」  だんだんと2人が落ち着きを取り戻していくにつれて、シェルター内には温和で静かな雰囲気が戻りつつあった。2人の会話は続きながらも、微かにテレビの音が聞こえ始めていた。 「だからお願い、もうこれ以上おかしなことをしないで」  女はもはや土下座に近い体制になりながら男に頼み込んでいた。 「わかった、俺もすまなかったよ、ここで家族3人、Impact 7が終わるまでくらそう」  男は、先ほどの怒鳴り声からは想像できないほどに落ち着いた口調でそう語った。    この一件が落ち着いたのは良かった、しかし、結論は俺に取って、いやここのシェルターにとっては都合の悪いものだった。 「割り込むようで申し訳ないのだが、ここの定員は初めに来た2人でいっぱいになってしまったんだ。悪いが後から来た男には出ていってもらわなければならない」  正直言ってきつい言い方ではあると思った。  しかし俺は、急に土足で家に踏み込んできて大喧嘩を繰り広げていた他人に少し腹が立っており、早く出ていってもらいたい気持ちでいっぱいだった。  ここに至るまでの経緯なんて俺の知ったことではないし、単なる夫婦喧嘩だろうとたかを括っていた。  しかし、それが良くなかったのかもしれない。 「やっぱりかよ……やっぱり俺をコケにしているんだろ?お前らはじめからグルだったんだろ?俺だけシェルターから追い出して殺すつもりでいたんだろ?」  男がどんどん興奮していく。  先ほどの静けさが信じられないほどに彼は怒り始めた。 「仕方がないんだ、嫌なら家族で出ていってもらっても構わない」  見た感じ男は武装していないし、玄関も閉まっている為仲間も呼べない。俺はこれが暴動に発展するとは思えなかった。  しかし、現実は違った。 「ふざけるなふざけるなふざけるな」  男の怒りは目に見えてエスカレートしていった。 「殺してやるよ、お前ら全員。俺だけが死ぬぐらいならそっちの方がマシだ」  男は腰につけていた小さなカバンから、拳ほどの大きさの小型爆弾を取り出すと、起爆ボタンをすぐさま押した。 「やめろ!」  そう言うことはできても止めに行くほどの時間はなかった。それほどに唐突な出来事だった。  しかしこの爆発までの1秒余りの時間の中で、俺の脳裏には様々な事柄がよぎった。  まず、後悔。これまで起こった出来事の多くを甘く見てしまっていたことへの後悔。  そして、恐怖。自分が築き上げてきた全てのものが、自分と一緒に破壊されてしまう恐怖。  そして……        なんだ、何が起こったんだ?  体が熱い。  全身が溶けてしまうような感覚。  そして痛い、少し遅れてやってきたけれども、確実に身体中に響いている。  あぁ、爆発だ。  思考が追いつけないほどに唐突な爆発。  体の多くの感覚がない。  死ぬんだな。  俺も、  家族も、  シェルターのみんなも……        死の淵の刹那、静まり返ったシェルター内で、本物かどうかも怪しいラジオの音だけが聞こえる中、俺はようやく全てを理解した。 〝暴動の激化により総合死者数は10億を超えました〟  ラジオの音が妙に頭に響いてくる。でもそれ以外に何も聞こえない。もうみんな死んでしまったのだろうか……?  いやきっとそうだ。あの小さい爆弾でも、シェルター内の貯蔵されていた爆弾に引火すれば、全員を殺すほどの威力の爆発は容易に起こせる。対策が凶と出たってわけか。  きっとここのシェルターだけではないんだろうな。全世界にある全てのシェルターは、いや、生き残りの人々はここと同じ運命を辿るのだろうな……  Impact 7……  ノア・イヴェルトの詳細はわからないが、きっとものすごく賢かったのだろうな……。  きっと、Impact 7は初めからなかったんだろう……  彼はわかっていたんだ……、人類が、当たり続けてきた預言書の嘘に気付けずに……、争いを、起こし……、そうして、滅びると、言うことに……。    7つの衝撃……、たしかに、後半は、人類の愚かさから、きたものが、多かった、な……。              【ノア・イヴェルト】            人間とは貪欲であり、冷静でなく、なにより自己中心的である。  自らの欲望通りにことが運ばれなければ怒りを覚え、理不尽にもそれを他人にぶつける。  自らと違う思想を認めることができずに、結局は暴力で蹂躙しなければ気が済まなくなってしまう。  慢心すれば隙がうまれ、低い人々がその隙をついて、自分たちのところまで引き摺り落とそうとする。  いつまでも共存しようとせずに争いだけを繰り返す。  だから彼らはきっとわからないだろう。    空はいつまでも青く、  我々に落ちてくることはない。  それでも愚かな人類は息絶える、  それも最も皮肉な方法で。  この為、私はこの世で最も重い罪を犯した。    自然が人間を絶滅に追いやるほどに裏切る日などこない。  しかし人間は、自分たちの知能によほど自信があるのか、自分たちを疑うことはせずに周りばかりを疑う。このため、自然を裏切り、自分たちにも裏切られる形で、皮肉にも滅ぶ。  しかしもっとも愚かなのは私自信である。そもそもこの預言書が作られなければ、人類は、くすなくともここまで早くに滅ぶようなことはなかった。  ただの好奇心だったのかもしれない。6回に渡り預言を当てれば、どんな理不尽なデタラメも信じられるのではないかと言う、ある種の実験だったのかもしれない。しかし、このような軽いことで人類は滅んでしまう。  だから私はこの世で最も重い罪を犯した。         Impact 1   541−750 人類は自然に侵略される   Impact 2   1331−1855 人類は自然に抗い始める   Impact 3   1855−1960 人類は自然に打ち勝つ   Impact 4   1914−1918 新たな敵を同胞内で見つける   Impact 5   1939−1945 そうして種族内で争う   Impact 6   2020−2022 再び自然の恐ろしさを知る   Impact 7   2025−  歴史は繰り返す。  これにより、いや、こうならなくとも、    人類は滅ぶこととなるだろう。

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6
Impact 7

【ノベルズ】象達の帝国

 "帝国主義"それは、国家が、政治的、経済的に他民族や国家を支配して、強大な国家をつくろうとする運動の事である。資本主義の市場経済の市場を、植民地獲得により潤す事とも言えるだろう。なんにせよ帝国主義とは戦争ありきの経済であり、戦争反対が当たり前となった現代においては過去に流行ったものにすぎないのである。            不愉快な砂が俺の頬を撫でた。  砂埃と潮風が鼻の下を通る。塩水で顔が濡れているせいで目を開けられない。体全体を照りつけている太陽は今真上にあるのだろう。そうでなければここまで暑さは感じない。  濡れた手についた砂はもはや泥と化していた。俺はおそらく手ほどは汚れていないであろう腕を使って目を擦る。そうしてようやく目を開けることができた。  明るさに目を細めながら周りを見渡す。だんだん明快になってゆく視界が周囲の景色を脳に映し出した。しかしそれは脳が理解したというわけではない。ただ単に状況を視界が脳に伝えただけである。  一見観光地の如く綺麗な砂浜と透き通った海、かんかん照りな太陽は予想通り真上にあった。時刻は正午なのだろう。  頭が痛い。考えることもできなくなってしまうほどに気分が重く、頭もぼーっとしている。ふと横を見ると、そこには倒れた3人の見覚えのある人達がいた。俺は無意識に周囲を見渡していたせいで、今の今まで彼らに気付けていなかった。  無意識に彼らに近寄ると、肩を揺らして起こそうとする。全員俺と同じように全身が塩水で濡れていて、そこにくっついた砂は泥と化していた。まだ寝起きな感覚が拭いきれない中、俺は何度も彼らの肩を揺らした。 「おーい起きろ」  俺はボソッと呟く。自分でも聞こえないほどに小さな声。確かに俺は大きな声を出そうとしたはずだった。そうでなければ声を出す意味はない、なぜなら彼らに届かないから。  ガサッ  横から小さな物音が聞こえる。誰がが目覚めたのだろう。 「なんだ?ここどこだ?」  起きた彼は俺と同じように腕で目を拭きながらつぶやいた。  すると連動するように他の2人もゴソゴソと目覚め始めた。 「サン、ここどこだ」 「見当もつかないな」  徐々に頭が回り始めてきたおかげか、俺は横で喋っている声に聞き覚えを感じた。いや、声というよりサンという名前にだろう。 「サン、俺らこんなところで何してんだ、たしか船で釣りしながら飲んでたはずじゃ」  サンに向けられただろう疑問だが、それは俺をハッとさせるものだった。 「二日酔いで記憶は曖昧だが、俺ら座礁したんじゃないか?」  今度ははっきりと声が出た。いきなり大きな声で喋った俺にびっくりしたのか3人が一斉にこちらを向く。 「マルク、俺もそんな気がするぞ、たしか嵐で船が大変なことになっていたような」  意識もはっきりとしたため、俺たちは4人で曖昧な記憶を擦り合わせて結論を導き出した。俺たちは釣りに海に出たものの、なかなか釣れていなかったために、他の釣り人が近づかないような沖の方へと出てしまった。その結果、嵐が船に直撃し、俺たちをこの無人島らしき場所まで運んだ。船は見当たらないため、おそらく運良く4人だけが流れ着いたのだろう。  この結論を出した後、俺たちはこの後どうするかを話し合うことにした。  出た意見をまとめるとこんな感じになる。この砂浜で救助を待つ。島の奥へ進む。船を作って自力で脱出する。この中で最も現実味があるのは一つ目の救助を待つというものであるが、正直こんなところにヒントもなしに救助が来るとは考えずらいし、空腹や喉の渇きによる死が近いだろう。これらの事柄から、俺たちは島の探索に出ることにした。何があるかもわからず、迷子になって仕舞えばそこで終わりとなってしまうような危険な冒険となるだろうが、そんなことを気にしていられれる状況ではなかった。そうと決まると、俺たちは早速木々の中へと進み始めた。   「思ったより深い森だな」  サンはすこし不安を感じたような表情でつぶやいた。 「そんなことより上り坂キツくないか?」  起きてすぐにサンに話しかけていた男、ハリスが答えにならないような答えをつぶやく。 「これじゃあ山登りだ」  サンはすこし嫌な言い方で言った。 「いいじゃないか、たまにはこうした運動も楽しいぞ」  こんな状況でもポジティブなことを言えるのは、俺が肩を揺すって起こそうとしていた男、テッドだけだ。 「とりあえず進もう、高台からなら景色が見渡せる」  そうだ、山の上からならこの島がどのような島なのか、どのくらい広いのか、人の気配はあるのかなど、色々なことが見て取れる。そう考えれば今の状況は悪いどころかいいものかもしれない。 「まわりを見渡しながら登るぞ、木の実とか小動物とか、口に入れられそうなものを見張るんだ」  普段からキャンパーなためにサバイバル知識満載なテッドのアドバイスに従いながら、俺たちはどんどんと深い森の中へと進んでいった。    日差しが直にさしていた砂浜はあそこまで暑かったのに、木々によって妨げられている森の中は少し肌寒いほどに涼しい。陽の光も大して差し込まないほどに深い森の中を彷徨っていたのだ。そんな中、ついに前方にすこし陽の差した箇所が現れた。 「頂上は近そうだ」  テッドもこれを察知したような言葉をこぼしつつ、足を早めた。  そうしてたどり着いた光の丘は、案の定この山の頂上だった。 「景色見える場所を探そう」  サンの言葉通り、俺たちは分担して木の隙間を探し始めた。 「あったぞ、ここからなら……」  初めは嬉しそうにみんなを呼び始めたハリスが景色を前に放心してしまっていた。 「どうしたんだ?あまりの高さに面食らったか?」  からかい半分で駆け寄ったテッドも景色を見た瞬間放心した。  俺も駆け寄る。そうしてあまりの異常さに口をぽっかり開きっぱなしにするほかなくなってしまった。  広大な砂漠、広葉樹林、ジャングル、さらには雪原などありとあらゆるバイオームが地平線の彼方まで続いていた。 「こんなのあり得ない……」 「砂漠の横に雪原だなんて、」 「こんな場所あり得るのか?」 「ありえるもなにも今目の前に広がってるんだぞ?」 「というか、ここ島じゃない」 「あぁ、島というにはいくらなんでも広すぎる」 「科学的に説明がつかないバイオーム配置に、無人の広大な土地」 「まさか、未知の新大陸……?」 「だとしたら俺たちは歴史的な偉人じゃないか!」 「いや、誰も知らない新大陸に救助が来るわけがない、なにより誰も見つけられなかったような場所にあるのに自作のイカダなんかで帰れるわけがない」  誰も知らないであろう場所を発見した興奮は、帰れない不安に一気にかき消されていった。 「とりあえず進もう、人がいる可能性はまだあるんだから」  それしか選択肢はなさそうだが、果てしない希望の見えない旅になる。食料調達も、夜を越す宿の制作も、なにもかもやらなければならない。はっきり言ってもはや俺たちに生き残る道など残されてはいないのだろう。しかしそんなことが受け入れられるはずもなく、なにか希望を探しに行かなければならないと感じてしまう。 「行こう、生き残るため」        新大陸を探検し始めて3日が経った。  未だに人の気配など感じられず、ただただ死に近づいているだけという状況だ。野生動物はいるし、木の実なども目一杯存在している。しかしそんなものでは足りない。そんなものでは長々と生き残ることなど不可能に近い。特に水不足は深刻であり、みんな顔に色がないように見えてしまうほどに疲弊し切っていた。さらに今朝からハリスが体調を崩してしまっていた。こんな状態での体調不良は死へと繋がってしまうため、俺たちはなるべくハリスに水や食料をわけて元気を出させるほかなくなってしまっていた。        ハリスが死んだ。新大陸を冒険し始めて5日目の出来事だった。みんなとうに限界を迎えている。これ以上は本当に無理かもしれない。いや、もう、ダメだろう。        6日目。未だ進歩はない。テッドがハリスと同じ病にかかった。        7日目。テッドが死んだ。  俺とサンは、もう諦めてどこかで安らかに死んでしまおうと決めた。このまま進んだとしてもきっと誰とも会うことなどできない。もはや希望は初めからなかった。おそらく7日間で300キロメートルは進んだが、人の気配などは一切感じ取れなかった。 「サン、ここなんか良くないか?草のベッドの中で寝れる、なかなか心地よさそうだぞ?」 「あぁ、悪くない」  思えば退屈な人生だった。勉強もできずになにも得ないで心は子供のまま体だけ大きくなり、社会不適合者な俺でもできる仕事であった釣りを始め、ほとんどお金が稼げない環境で、馬鹿みたいな中卒仲間と毎晩酒ばかり飲み続けた。とくに大きな出来事も、誇れるような実績もなかった。きっと俺が失踪したことに世間は気づいてすらいない、いや、気付いたとしても見て見ぬ振りするだろう。俺は、俺たちはその程度の存在だったのだ。 「ありがとうな、サン」  考えてみれば気持ちが悪いような笑顔だったかもしれない。それでも俺は目一杯微笑んで、涙を抑えながらサンの肩に手を置いた。  すると突然、サンは俺の肩を掴み返した。それも中々に強い力を込めてだ。 「いてーよ」  つい言葉を漏らしてしまう。しかしそんなこと気にしてないかのようにサンは肩を強く掴んだまま一点を集中して見つめていた。 「なんだ?」 「なにか、人影みたいなのが向こうにいたような」  サンは真剣な顔でそういうと、指差した方角へと歩き始めた。  その時、間も無く自死を遂行しようとしていた俺たちの前に、見知らぬ人が現れた。それも1人でなく、複数人、いや、10を軽く超えるほどの大人数が。        "エレファダス"。そう呼ばれる国家はこの新大陸全土を支配していた。ここは、平和と平等を第一に掲げ、大量にいる国民の全てのことを気にかけて政策を打ち出すような、俺たちが知っているすべての大陸の歴史において、常に求められていたような理想像を実現した国家であった。国民は見るからに幸福そうであり、政府や警察も腐敗の色が全く見えない。まさに理想郷であった。  俺たちはあの後、大陸外人類として保護され、国内に居住権利を与えられた。これは俺たちを拒絶することで死に至らしめる可能性があるからだろう。しかしそれ以上に、1人でも国民が増えることを嬉しいとおもっているような、そんな歓迎感を感じた。  俺たちの様なよそ者に対し、政府は異常なまでに優しかった。この大陸のことが判明すれば他の人々に攻め込まれる可能性があるのに、俺たちの帰る権利を奪ったりしなかった。むしろ、国民でも近づきたくない様な辺境を生きたまま抜けてきた俺たちに敬意を示し、すごい人たちなのだと称えた。この様に少し違和感を感じてしまうほどに、この国は平和で寛容だった。  俺たちは国の福祉支援のおかげで、無償で住居を与えられた。政府の人間たちは別れの間際まで、生活や今後の心配をしてくれていた。    エレファダス共和国。国の運営方針を考えるとこう呼ぶのがもっとも正しいだろう。 「マルク、俺はここに一生住みたい」  滞在3日目の朝だった。 「ここは外の世界ではありえない、平和そのものを実現してるんだぞ?」  サンがおかしなことを言い出した。 「それは絶対にダメだ」  自分でもわからないが、俺はサンの提案を頭ごなしに否定した。 「なんでだよ、ここは誰もが住みたがる様な理想の国家、ユートピアそのものなんだぞ?」  サンは本気の顔をしていた。自分の主張に一切の間違いは認めないといった表情だ。 「わかってるよ、ここは確かに素晴らしい場所だ。けど俺は家が恋しいよ」 「家?そんな場所はないも同然だったじゃないか。4人で船の上にいるのが人生の全てだったんだぞ?そこが家といっても過言ではないじゃないか」  サンは俺の言葉を遮る勢いで言い放った。 「でも……」  勢いに負けたのか、俺は言葉が詰まって何も言えなくなってしまった。 「マルク、お前も薄々気づいてるんだろ?船は沈み、ハリスとテッドは目の前で死んだ。俺たちはもう後戻りできないんだ」  勢いは決して強くない、どちらかといえば優しい口調で、サンは言った。  それなのにも関わらず、俺は言葉に詰まったままだった。何も言い返せないままだったのだ。 「家は、もうない」  俺が捻り出せたのはこんな一言だけだった。自分に言い聞かせるわけでもなく、もっと言いたいことがあったのに言えなかったわけでもなく、俺からはこの言葉しか出なかった。 「いいじゃないか、ここで仕事をもらって、それも釣りなんかよりもよっぽどマシな仕事を。さらに綺麗な嫁さんだってもらえるかもしれないじゃないか」  サンの言葉は喋れば喋るほどに説得力を帯びていった。 「大統領の娘さん、相当美人だったよな、俺あの人に目が釘付けでよ、大統領の話は半分も聞いてなかったぜ」  すこし笑みを浮かべてサンは呟く。  わかっている、もはや帰る家なんてないし、サンにとっても、俺にとっても留まることこそが最善の選択だということも。それでも尚、俺の心の中には釈然としない様な感情が渦巻いていた。ここが心地悪いというわけではない。そんなものじゃなくて、なんだか気持ちが悪い様な、胸騒ぎがする様な、そんな感情だった。        いつもと何ら変わり映えのない普通の朝。もはやここで日々は日常と化しており、毎日変わるものは日めくりカレンダーだけとなっていた。入国から5日。2日前の会話は、結局俺が折れてここに留まろうという結論に至ったところで終わっていた。気持ち悪さや胸騒ぎについては一言も触れてはいなかった。きっとサンに言ったところでろくな言葉は返ってこないだろうと思ったため言わなかったのだ。  俺が朝飯を準備しつつ、船に乗っていた頃と同じルーティーンを過ごしていると、サンが起床した。眠い目を擦りながら食卓につくと、作ったばかりの朝食にがっついた。 「なぁ、なんでここはこんなにも平和なんだと思う?」  サンが唐突に俺に疑問を投げかけた。 「さぁ、外の世界が残酷すぎただけで、こここそが普通で本来国家のあるべき姿だとか?」  とくに考えたりせずに答えてみたはいいものの、たしかによく考えてみれば、気持ち悪さや胸騒ぎの正体はこの無条件な平和に対する違和感な気がしてきた。 「だとしたらますますここから出たくないな」  人ごとの様にサンが呟く。しかし、そのぼやきに対して俺が何か返をしようと考えていると、突然家の呼び鈴がなった。 「俺出てくる」  サンは無言で頷くと、朝食を口一杯に頬張った。   「はいー」  俺はドアノブの上の鍵を捻り、そのままドアを外へと押し出した。 「おはようございます!ここでの生活には慣れましたー?」  ドアの前にいたのは、あの時サンが可愛いと話していた大統領の娘だった。 「はい、おかげさまで楽しく過ごさせてもらってます」  俺が当たり障りのない回答をすると、彼女は口角を上げて、 「それはよかったです!それより今から大丈夫ですか?もう1人の方も連れて行かないといけない場所があるのですが」  と口早に話す。 「もちろん、今呼んできますね」  俺はドアが閉まらないように靴を挟ませると、サンを呼びにリビングへと向かった。 「サン、大統領の可愛い娘さんがきたよ」  俺がそう言った瞬間、サンは口に咥えたパンを皿に落とし、玄関へと歩き始めた。 「デートの誘いか?」  小声でサンがすこし昂ぶりながらふざけ半分に呟く。 「いや、おれら2人ともって言ってたから違うだろ」  サンはよほど嬉しいのか早足で先を進んでいってしまっていた。だから俺の返答は小声すぎてサンには届いていなかったかもしれない。そんなしょうもないやり取りをしているうちに、俺とサンは玄関で待っていた娘さんの目の前までやってきた。 「おっ、きたきた」  娘さんは俺たちを確認するや否や、早速と言わんばかりに道へと歩き始めた。 「仕事の紹介とかか?」  サンがまた小声で話しかけてくる。 「どうだろうな」  サンの質問を流したものの、実際俺も何の様で家から連れ出されたのかは気になっていた。 「なんでしょうか?何かここに住むにあたる注意とか説明とかですか?」  俺は娘さんに疑問をぶつけた。すると、 「ううんー」  と、軽めのノリで流されてしまう。 「イベントがあるの。あ、でも楽しいやつだからあんま身構えないでいいよ」 「イベント?」  思わず俺はサンと顔を見合わせる。 「うん、定期的に行われてるの、国内全員強制参加でね」  強制参加という言葉の響きにすこし違和感を感じつつも、平和維持のためのイベントというのは外の世界でも行われるものではあるため、平和のためには強制にしてでも参加させた方がいいのだろうと、なんとなく自分を納得させた。 「もうすぐ着くよ、会場は全国に大量に設けられてるから、どこに住んでても手軽に参加できちゃうよ」  そう言いながら彼女が俺たちを案内した先は、大きなスポーツ施設の様な場所だった。  というか、中に入ってわかったが、間違いなくスポーツ専用の巨大な施設であった。 「スポーツ?ですか」  思わず声を漏らすと、 「いいね、体なんて長らく動かしてないからな」  と、サンがすでに乗り気になった様なテンションで答えた。 「その通りだよ!イベントというのは、学校の体育の授業みたいなものよ、週に2回国民全員を集めて好きなスポーツをするの!」  娘さんは相変わらずの嬉しく楽しそうな愉快な調子で弾む様に話した。 「オリンピックみたいな感じなのかな?平和のためみたいな」  サンが呟く。正直俺も同じ様なことを考えていた。 「そう!みんなで仲良くスポーツで遊ぼうってことよ」  平和の式典であるオリンピックを国民全員規模で行うというのは中々いいアイディアだなと、俺は率直に感じた。それにこうやって平和を維持できているということは中々に効果があるらしいしな。 「あとね、法の上で平等で平和な社会を作ったとしても、国民が暴力とかしてたら意味ないでしょー?だからその予防にもなるの」  なるほど。先ほどの理由よりもこの理由の方がだいぶ納得できる。日頃のストレスを発散しつつみんなが平等に体力や筋力をつけることができる。これは平和を目指す上でかなり効果的なのだな。 「5分後には始まるから、そこに置いてある運動服とって着替えてきてね!広場はそこの廊下を右だよ」 「わかりました、ありがとうございます」  俺は彼女の指示に従い、サンと共に自分のサイズの服を掴むと、更衣室と書かれた部屋へと向かった。 「なんか、だんだん色んなことの理由がわかってきて、それでもって居心地がよくなってきたよ」  安心感からなのか俺は内心を少し吐露してしまう。 「そうだよ、ここは安心できるいい場所なんだから、はやく完全に安心し切れる様になりな」  サンは自分はとっくにここに順応したかの様な口ぶりで答えた。 「あぁ、それもそうだな、とりあえず筋肉痛には気をつけて運動しような」  俺とサンは着替え終わると娘さんから受けた指示通り、廊下の奥を右に曲がったところにある大広場へと向かい、時間内に再集合を果たした。 「お、来たね」  俺たちを出迎えると娘さんは、簡易ステージとなっている場所を指差した。 「イベントの時は毎回話を聞いてから始めるからね」  そう娘さんが言った直後、ステージに男が上がった。どこかでみたことがある顔だ。おそらく大統領と話していた時にいたのだろう。 「学校の集会思い出すな」  サンが小声で微笑みながら呟く。 「あぁ、何を話すんだろう」  運動上の注意などだろうけど、みんな毎回参加してるのにする必要はあるのか?  キーンとマイクが入る音がする。 「あ、あー、えー、今日もご集まりいただきありがとうございます。」  マイクチェックを終えると、男はすぐに話し始めた。 「それでは、今回の運動を始める前に、いつもの如く大事な話をしておきます。  みなさんご存知でしょう、象という動物ですね。まぁ彼らはとても賢い動物でしてね、でかいのは図体だけじゃないんですよ。脳みそもしっかり詰まっているんですよね。まぁ、そんな象という動物なのですが、彼らは草食動物なわけですよ。つまり殺しを行わない、平和主義者なわけです。平和に生きたいが故にあそこまで大きな図体を手に入れたという、まさに平和のために進化を遂げてきた様な動物ですよね。しかしながら、平和のために手に入れたと巨大な図体は他者の命を奪う凶器にもなるわけですよ。  彼らは表上は平和に生きている、しかしその足元では多くの小さな命を奪っているのです。なんという皮肉なのでしょう。平和を求めるあまり、彼らは周りを気にしなくなってしまい、しまいには自分らを脅かしていた動物たちと同類になってしまったのです。  しかし我々は違いますよ。象は賢いものの、この様な皮肉には気付けないレベルなのです。しかし、我々にはこれが理解できます。さらに理解するだけではなく改善することができるのです。  ただ図体を鍛えるのではなく、思いやりを持って全ての命を平等で尊いものとして捉えるのです。  このイベントは肉体を強固にするものです。しかし、これは平等と平和のために行うことであり、他者の命を奪うこととは繋げてはならないのです。以上です。今日も楽しく運動を始めましょう」        スポーツのイベントは、正直日々の楽しみになるほどに充実した時間だった。俺もサンもここでの生活に満足し、新たにできた友達と充実した時間を過ごしていた。なにも不満に思うべきことはなかった。しかし、俺は安心し切ることは結局できなかった。  それはなぜか、やはりここまでの平和には裏があると疑わずにはいられなかったことが理由だった。その根拠のようになっていたものが、あの"象の皮肉"の話であった。  1度目にこの話を聞いた時は、単純になるほどと納得できたし、平和を目指す上で反面教師を紹介するのは効果的なことだと納得していた。しかし、イベントがあるたびに細かく時間をかけて話をすることに違和感を感じた。ここまでインパクトのある話は1度聞いただけで忘れることはないだろう。それなのにも関わらず、政府は毎回この話をする。これはどうしても俺に違和感を感じさせていた。  サンは単純に「みんなを平和に向けて鼓舞させてるだけだろ?」とこの少し不自然な現状を受け入れていた。だから俺もあまり気にしないように自分を洗脳していた。しかしながら最近、この違和感に追加される形で、新たな違和感を感じていた。それはイベントの運動の内容であった。初めはみんなが好きなスポーツをしていいとされていたイベントだったが、最近はそのスポーツがだんだん制限されてきており、体づくりや体力に直接繋がる様な運動が増えてきていた。これに関してはサンをすこし疑問を感じており、自由をだんだん奪っているのかは理解し難かった。  それでも俺たちは他のことは完璧に近いほどに充実している環境に満足し、平和に楽しく暮らしていた、ある時までは。    エレファダスに訪れてキッパリ3ヶ月。ここの生活には完全に慣れており、もはや外の世界へ帰ることなど1ミリたりとも考えられていないほどにここに安心感を抱いていた。特にサンはここを気に入っており、テッドやハリスには申し訳ないけど、あの日船が座礁してよかったとさえ思えると話していた。この発言はあまり良くはないが、とにかくそれほどにここに慣れており、もはや愛着が沸いていた。  毎朝のルーティーンは船の頃から変わっていない、俺が朝食を作りサンを起こしに行く。しかしこの日、珍しくサンはすでに目覚めていた。 「マルク、どうでもいいかもしれないけどさ」  サンは何か分厚い本を開いたまま、少し不思議そうな顔で俺に話しかけた。 「どうしたんだ?珍しいな本読むなんて」  そう返すと、サンは唾を飲み、話を続けた。 「俺急に気になってさ、外の世界の辞書からエレファダスの意味調べてみたんだよ、そうしたらさ」  サンは本の一文を指差し、 「象だってよ、どんだけ象が好きなんだよ」  と、そう話を終わらせた。  サン的にも不自然でおかしいと感じたらしいのだが、俺はそれとは比にならないほどに恐怖を感じていた。なぜ、象を反面教師にして国民に本当の平和を説いているのにも関わらず、国名を象にするのか。俺の中にあった数々の不信感が結ばれていく。なぜ象をここまで擦るのか、なぜ運動イベントを設けているのか、なぜそのイベントが日に日に厳しくなっていくのか……、もはや俺の中に芽生えた不信感は無視するには大きすぎるものとなっていた。 「サン、俺は芽生えた全ての不信感を払拭できなければ、ここに住み続けることはできない」 「いや、でも、確かに不信感は少しはあるさ、でもそんなものはどこに住んでいてもつきものじゃないか、なんでそこまでここを疑うんだ」  サンはここに愛着が芽生えている。つまり彼の不信感は、あくまで国家に全幅の信頼を置いた上でのものに過ぎなかった。 「サン、考えてみるんだ、1度全てを疑ってみてみろ、スポーツも、お前が大好きなサバゲーも」  そうだ、あくまでここは生まれ育った故郷からは遠く離れた知らない土地。多少の疑いは常に持っておくべきなのである。 「マルク、頼むからこの国を信頼してくれ、信頼すれば安心してもっと楽しく暮らせるんだぞ」  信頼……、もちろん可能なら俺もしたいさ。しかし、ここまで不審なことがあれば、払拭できない限りは信頼ができない。 「サンわかったぞ、俺に案がある」  そうだ、これをすれば全てが解決されるんだ。 「政府に忍び込もう。忍び込んで密室でされている完全なる本音の会議を聞いてみよう。そうすれば真相がわかる。そうしてみて何もない様だったら、俺はお前の言う通り国を信頼するよ」  これが1番近道であり、確実な道でもあるのだ。国家に背く行為かもしれない。だがほとんど法のないこの国においては、こんな行為は想定されていないことである。 「わかったよ、それでお前が安心できるなら、そうしよう」  政府はこの様な行為を予想すらできていない。完全平和な社会においてこの様なことをする者がいるはずないからである。だからこそ、この国は国会の警備が皆無と言っていいほどに緩い。正直素人でも簡単に忍び込めそうなほどに。 「決行は明日の正午。毎週日曜の大会議の時間だ。この時間に忍び込んで真実を暴こう」  サンは言葉は発さなかった。おそらく自分が信頼する国家に背くのに気が引けているからであろう。しかし、俺たちはこれをしなければならない。する義務があると言っても過言ではないだろう。        エレファダスに入国し、3ヶ月と1日。時間は正午。俺とサンは緊張した面持ちで国会の前に立っていた。 「全ては今日判明する」  言い聞かせる様に俺は呟く。この一言を口に出して言ったわけはそれだけではなかった。不安、恐怖、迷い、その全てを吹き飛ばすための決心。これを表した一言だった。 「俺は国を信じている。そしてきっとマルクも信じられることを願っている」  サンは俺よりも慎重な面持ちをしている。不安や恐怖もあるだろうが、それとは比べ物にならないほどに迷いを抱えていた。 「行こう、もう会議が始まってしまう」  俺とサンは同時に唾を飲む。その音は街中に響き渡ったのではないかと感じるほどに、重くずっしりと俺たちの心にのしかかってきた。  頭に完全に入りきった計画書に従い、リサーチから発覚していた裏口から国会内へと侵入。人気がないとされていた狭い通路を進み、大型会議時には利用されない、会議室横の記録室へと入る。しかし入る寸前になり、俺は急遽記録室が利用される可能性が僅かにでもあると判断し、会議室を挟んだ反対側の女子トイレへと侵入した。この部屋も会議室に面しており、盗み聞きが可能となっている。  急な予定変更にサンは戸惑いながらも、仕方あるまいと息を潜めてついてきた。そうして、ついに盗聴の準備は万端となり、俺たちは個室内で壁にそっと耳を当てつけた。    ーーーーーーーーーー 「それでは本日の大型会議を開始いたします。司会遂行は私ランドヴァーが、主な質問や計画遂行の詳細説明はダルトン大統領が担当されます」 「質問だ。国民の運動能力向上に関して現状を聞いておきたい」 「それでは大統領」 「あぁ、非常に順調である。国民の大半は難なく射撃訓練へと移行しつつある。最悪運動能力が低いものは訳をつけて招集し、殺処分すればいい」 「なるほど。しかし、国民からの不信感等はないのか?」 「大統領ご回答をどうぞ」 「一切無い。人とは興味深いものだな。ここまで賢いのにも関わらず、単純な方法で洗脳できてしまう」 「質問だ。侵略計画の目処や詳細を知りたい」 「大統領、ご回答をどうぞ」 「我が国の総人口は4500万人ほどである。正直大陸内にはこれを超える人口を抱える国は山ほどある。しかし、4500万人の軍隊を抱える国は一つも存在していない。つまりだ、我々の全国民を順調に軍隊へと訓練しきることができれば、強行突破で全大陸を手中に収めることができる。もはやこのプロセスに細かな作戦などは存在しない。国民の団結力は過去一であると同時に世界一である。この力を軍事利用できれば、我らエレファダス帝国はこの大陸、すなわちノベルズ大陸のみならず、ユーラシアやアメリカなど地球全土の支配に踏み出すことができる。だから心配するな、我々の現状は、すでに全世界に王手をかけているも同然なのだよ」  ーーーーーーーーーー    俺も、サンも口をあんぐりとかっ開く他なかった。不信感。それは政府や警察内に多少の汚職や腐敗が起こっているのでは無いかと疑うレベルのものであり、全てを根本から疑っていたわけではなかった。それなのにも関わらず、俺たちはとんでも無い事実を突きつけられたのだ。  ここからの俺とサンは放心状態で、もはや周りで何が起きているのかもろくに理解できてはいなかった。  はっきり覚えていることは、「侵入者がいるぞ」という言葉が会議室内に響きわかったことのみだった。そこからは、トイレの個室を開けられたかと思ったら、拘束されて、運ばれて行ったらしいのだが、正直記憶は曖昧だった。だが、それでも確かなことはあった。俺たちの盗聴がバレたこと。そして、この国家が平和を信仰する帝国主義のカルト国家であったことだ。        気がつくと公衆の面前に立たされていた。首の周りにすこしきつく締め付けてくるなにかの感触。周りをみると、真横に"公開処刑"の文字。目の前の公衆は狂った様に歓声を上げている。ここでやっと理解する。 「あぁ、俺、死ぬのか」  すると真横から泣き叫ぶ様な声が聞こえた。サンだ。公衆の歓声のせいでろくに聞き取れなかったが、サンは何かを必死に訴えていた。 「すまない、本当にすまない、こうなったのは全部俺のせいだ」  そのあとは本当によくわからなかったが、自分が警備に盗聴することを事前に密告していたと言った旨だったはずだ。おそらく、サンは国を疑う自分に耐えられず、盗聴に成功する前にわざと捕えられようとしたのだろう。しかし、直前に俺が盗聴場所を変えたせいでそれが失敗し、結果的に俺とサンは国真実を知ることになってしまった。  公衆が揃って同じ言葉を叫ぶ。  "殺せ!""殺せ!"  首の周りに巻かれていたのは縄だった。俺とサンは、今から公衆の面前で絞首刑を受ける。当然死ぬということになる。もちろん死ぬのは恐ろしいことなのだが、正直おれはどうでもよかった。そんなことよりもこの国の真実に怯える他なかった。  あれだけ平和を謳っていたのにも関わらず、やっていたことは平和を餌に軍隊を作ること。たしかに最近イベントの競技がサバゲーや射的とうの実戦に役立ちそうなものばかりだった。違和感はあった。だがここまでのことだったとは。  エレファダスは帝国主義国家であり、大陸全体を支配しているというのは嘘だった。たしかに、大陸全体を支配しているのであれば、海辺に港があるはずだったしな。  きっとエレファダス帝国は、このノベルズ大陸全土を侵略し、手中に納め次第外の世界へも攻撃を始める。そしてそれを止める手段はない。事実を知るものである俺たちも、今ここで殺されるわけだからな。  今思えばきっと、俺たちを迎え入れたのもこのためだったのかもしれない。初めから洗脳を受けているわけでも無いよそ物が、違和感に勘づくこともわかっていたのだろう。それを利用して今の状況を作り出したのだから。  政府は部外者の公開処刑の実施により、国民をまた新たなレベルへとあげようと考えていたのだろう。そしてそれは大成功している。公衆に誰1人として処刑反対を掲げるものなどいなかった。平等で平和な国を目指していたはずなのに……。  表向きには、反面教師として皮肉に思いながら哀れんでいた生物"象"は、裏では国民が目指す目標の像となっていたのだ。これこそ皮肉な話である。哀れみを感じていた象に、国民自身がなってしまうだなんて。  この国は平和なユートピアではなく、象達の帝国だったのだ。    ついに処刑が実施される。  横にいるサンは大泣きしている様だが、正直あまり気にならなかった。  いきなり足場が抜ける。首に強い力がかかる。  苦しい、息ができない、これが死の痛み……。頭の中を薄っぺらな人生の走馬灯が駆け巡る。  しかし、そんな薄い走馬灯よりも俺の眼には歓声を上げて笑う国民、いや、象達の姿が映った。その中には仲良くしてくれていた人も多くいた。  サンの泣き声は聞こえない。絶命したのだろう。おれももう近い。徐々に視界が暗くなってゆく。終わりだ。俺も、世界も。  そうして死にゆく瞬間俺は公衆の中に、嬉しさからか両手をあげて笑っている、あの美人の娘さんの姿をみつけた。   「サン、やっと家に帰れるな」

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【ノベルズ】象達の帝国

"引き金を引いて"私がいかにして人類を救うことができたのか。

 “不停止の弾丸”  または、真っ赤に塗られた見た目から"紅の弾丸"とも呼ばれる。  それは、一度放たれれば止まることなく進み続け、急速に加速することから甚大な被害をもたらすとされているものである。  私の任務は、弾を決まった方角に放ち、大いなる目的を達成することであった。これは多大な犠牲者を出すことでもあり、心を強く持たなければ達成できないものだった。  しかし、それは心優しき私にはできないものである。その理由は弾丸が心で放たれるということにある。物理的な引き金を引くのではなく、精神的に決断することによって弾が放たれる。これは人殺しを決意するということであり、私には不可能でしかなかった。  大いなる目的。それは人類の未来を救うことを意味しており、これを託された私は人類全員を背負っていることとなる。それなのにも関わらず、引き金を引く、つまり決断することができない私は、本物の愚か者である。  どうしてだ、どうしてできないんだ。人類を救うということはどう考えても正義でしかない。これはやらなければならないことであり、できて当然なことでもある。それなのにも関わらず、私は自らの心の問題で躊躇してしまっている。なぜだ、なぜなんだ、私は自らの優しさが憎い。どうしようもなく憎ったらしい。人を罵れず、虫も殺せず、悪い考えも出来ないような自分が大嫌いだ。やるしかない、本当にやるしかないんだ、私がやらなければ世界は終わる。だから絶対に負けてはならない。決断しなければだめなのだ……。  そう自分に何度も何度も無我夢中で言い聞かせる。それでも私は決断できない。呆然と立ち尽くし、ただ優しさも時に仇となると痛感する他なかった。それほどに自分に対して無力であった。  すると突然、額に鈍い痛みを感じた。  目の横を血が伝う。  頭がズキズキと痛む。なんだ、何が起きたんだ……。  ポケットから小さな手鏡を取り出す。  そうして額を見てみると、そこには小さな風穴が空いていた。    そういうことか。  意識が遠のく中、私はようやく理解した。  私は優しくなんてなかった。心の底では銃をもった時から決断はできていた。初めから人殺しの覚悟は決まっていた。  私が、自分は優しいと信じ切って上辺だけの葛藤をしている間に、弾は数々の犠牲者を出しながら地球を一周回り、背後まで迫っていたのだ。  引き金を引いてしまっていた。それも気づかずに。  あぁ、私は本物の愚か者だ。

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"引き金を引いて"私がいかにして人類を救うことができたのか。

【第1回NSS決勝】引き金を引いて

 “不停止の弾丸”  それは物理的な引き金でなく精神的な決断によって放たれ、全てを貫き、加速しながら地球を回り続ける、止まらない弾丸である。  私の任務は、弾を決まった方角に放ち、犠牲者を出しながらも大いなる目的を達成する事であった。  しかし、優しさゆえに虫も殺せない私にとっては、任務の遂行自体難しい。人類を救うという大いなる目的の犠牲は仕方がないものであり、出来ない私は愚かだ。  どうしてだ、どうしてできないんだ。私は自らの優しさが憎い。人を罵れず、悪い考えも出来ないような自分が大嫌いだ。やるしかない、本当にやるしかないんだ……。何度も何度も無我夢中に言い聞かせる。それでも私は決断できない。そうして呆然と立ち尽くし、ただ優しさも時に仇となると痛感する他なかった。  すると突然、額に鈍い痛みを感じた。  血が溢れ出る。  私の額には風穴が空いていた。    そういうことか。  私は優しくなんてなかった。心の底では端から決断できており、上辺だけの葛藤をしている間に弾は地球を一周回っていたのだ。  私は引き金を引いてしまっていた。それも気づかずに。  あぁ、なんて愚かなのだろう。

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【第1回NSS決勝】引き金を引いて

【第1回NSS】歴史上最低の王

 私は歴史上最高の王である。  どんな時も国民のことを第一に考えて動いてきた。  税率を下げ、低収入な人々を多額の支援金を使って援助した。  戦争撲滅のために軍備を縮小し、国民が身近に恩恵を感じられる経済活動に税金を当てた。  さらに犯罪撲滅のため、刑務所を更生の機会を与える場にすることによって、再犯率を著しく低下させた。  医療福祉にも力を入れ、全ての国民が安心できる国を作り上げたのだ。  それなのにも関わらずこの国は破綻へと進んでいってしまった。  なぜだろう、私は歴史上最高の王であるのに……  なぜだろう、何故あの国王は今になっても追放されていないのだろう……  奴は、貧富の差が激しくインフラも破綻してしまい、普通の人ではまともに食料すら買えない中、税率を下げお金の支援を始めた。  さらには侵略戦争で負けている最中に、軍備を縮小し、ほとんどの動ける国民が戦争に繰り出されている時に、犯罪撲滅政策をはじめ、大成功だと豪語した。  今不必要な善行を行い、国民の多くを苦痛に追い詰めている。  奴は歴史上最低の王である。

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【第1回NSS】歴史上最低の王

【予告】 Impact 7

 人類は今年、絶滅する。  1500年前から決まっていた人類滅亡の年、2025年を迎えた人類は不安と混沌に包まれていた。  【7 Impacts(セブンインパクツ)】  歴史上最も預言を当てた預言者、ノア・イヴェルトによって書かれた7つの預言。  そのうち2025年に訪れる最後の預言は、人類の滅亡を示唆していた。  この預言を信じぬ者、信じて受け入れる者、信じても尚抗う者、彼らの考え方の違いによって、人類は新たな争いへと踏み込むのであった。  人類の最後に対する2つの家族を主軸とした終末物語。  「Impact 7」           作・黒鼠シラ      2025年6月7日公開  

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【予告】 Impact 7

第6回 最終決戦結果発表

 ついに第6回N-1の優勝者が決まります。  今回の大会は、執筆側の参加者が16名と史上最多であると同時に、史上初めて1人も辞退者がいませんでした。  第4回,第5回大会王者も参加する中、トップが決まりましたので報告します。  では早速第3位、第1位、第2位の順番で発表します。  惜しくも最終決戦第3位に終わった方は…  エントリーナンバー16番 紫陽花 様(495点)です!  久しぶりの参加と初の決勝戦ということで、今回は惜しくも3位でしたが、2作ともとても面白かったのでぜひ次回も参加してみてください!  それでは優勝者、第1位の発表です。史上最多の参加者の頂点に立ったのは…  エントリーナンバー10番 ナナミヤ 様(512点)です!  初参加からの優勝おめでとうございます!  2作とも本当に面白かったです、特に1作目はアイディアが圧倒的に面白くてすでに満足できる物だった中で、最後にさらに満足感を味わえるオチがある話で個人的には今回大会で最も面白かったです!  そして、惜しくも準優勝となってしまったのは、  エントリーナンバー3番 ot 様(510点)です!  初出場からの準優勝おめでとうございます!  文章力や表現がピカイチで圧倒的でした!  ぜひ次回大会も優勝候補として参加してみてください!  では、そんな感じで第6回大会は終了となりました。  初代王者 美水小春 様  2代目王者 鴉君。 様  3代目王者 史 様  4代目王者 有陽へいか 様  5代目王者 花瀬詩雨 様  につづいて6代目王者となったのは「ナナミヤ 様」でした!  本当におめでとうございます!  それでは、次回第7回大会で会いましょう!  本当に参加者の皆様はお疲れ様でした!ぜひ次回も参加お願いします!  審査員の方も約1ヶ月間本当にありがとうございました!そしてお疲れ様でした!  第7回N-1グランプリの投稿予定日は、2025年8月1日です!  ではまた!以上黒鼠シラでした!

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第6回 最終決戦結果発表

小さな惑星

「高度700」 「船内気温正常」 「外部気圧誤差10」 「問題なし」 「大気圏突入」    燃える様な音と共に機体はまだ見ぬ新惑星の大気圏に突入した。  気圧や速度の変化で起こる、船体が軋む音はいつになっても不気味で慣れない。  だがきっと、この長旅もこの惑星が終着地点となるだろう。これでやっと我々人類は救われるのである。    ワイシャツの襟を直し、ネクタイを締め直すと、私は新たな世界へと降り立つ準備をした。準備といってもなにか荷物をまとめたりすることはない、いわば精神的なものだ。   「近くで見ても綺麗な青だな」 「あぁ、本当に故郷をそのまま小さくした様な惑星だ。大陸の数まで一致してる。」 「もっとも、ここの大陸は1つ住めそうにないがな」      我々人類は度重なる人口爆発に伴い、人口密度の上昇や重大な食糧難に直面してきた。そして、それを解決する策として長年目指していたものが、居住可能な新たな惑星の征服だ。何度かいい惑星を見つけたことはあったが、その全てに先住民がおり、争いを避けるためにやむなく見逃してきたのであった。  しかし今回の惑星は一味違った。先住民こそいるものの、まだまだ知能も文明も未発達で、征服どころか服従させることもできそうなのであった。  まだ進化途中なのももちろんあるのだが、何度も言うがここの生命は驚くほどに知能がなってない。火こそ発見したものの、まだ農業もできておらず栄養も取れないために皆短命であった。更にわかりやすくその知能の低さがわかるのが言語だ。彼らは本当に安直な言語を使っていた。我々のようにしっかりと文字を定めるのではなく、すこしシンプルにした絵を用いて書き物をするのである。言語があるのは共存を目指していく上で大切なことだが、これはなんとかしなくてはならない。彼らの安直さは重大だ。     「さぁ、着くぞ」 「資料のとおり平和的で獰猛でないといいんだがな。」 「資料は忠実な下調べの上で作られている。だから大丈夫に決まってるよ。」 「新たな世界と歴史への第一歩だ。」      我々の想定通りこの惑星の人類は非常に平和的で安直かつ純粋だった。そのあまりの安直さにはびっくりさせられた。彼らは自らの子供に1人目の子だからという理由で「いち」2人目だからと「に」と言った調子で名前をつけていくのである。正直これを聞くと愛のかけらも感じとれないが、実際はなかなか愛に満ちた親切な生物だった。  彼らは我々を警戒し追い返すどころか、歓迎し技術を伝授しようとすると喜んで話を聞いた。この教わる姿勢のおかげでかなりの技術を教えることができた。基礎的なことから発展した建物まで、様々なものを自らのものとして使える様になるまで教え込んだ。      そして我々が訪れてから50年がたった頃、突然故郷との連絡が取れなくなってしまったのである。なにかよくないことが起こったのではないかと思い、連絡が途絶えて2週間がたったころに調べるために帰ることになった。  もちろん故郷は大切だし悪いことがあったならいち早く駆け付けたい。でも私はこの惑星に、いや、ここの生物たちに非常に愛着を感じてしまっていた。互いを思い合い皆んなのために文明を発展させようとする彼らがとても愛おしく見えた。  彼らの寿命はものの50年程度。だから次来る時にはもう今共にいる者たちはとっくに死んでいるだろう。    別れを惜しみながらも我々はこの小さな惑星を飛び立った。      私は今呆然としている。  小さな惑星を飛び立って数時間、我々が行き着いた故郷にはもう何もなかった。我々がいなかった50年の間に大戦があったのか、、、いや、連絡がつかなくなってからはまだ2週間ほどしかたっていない。その間に滅んだのか、、、?  とにかく我々は故郷を失った。  かつて栄えていた故郷が今や、どこに地雷が仕掛けてあるかもわからない様な戦場となっていた。いや、戦争はもう終わったわけだからもはや戦場ですらないな。    絶望を飲み込みようやく思考が復活すると、私は小さな惑星に戻りたくて仕方がなくなった。しかし乗ってきた宇宙船は地雷を踏んだために粉砕されてしまったため、もはや希望は無くなってしまった。      …      あれから10年程がたった。  私は宇宙船の修復をしつつ、船内にいた仲間たちとなんとか暮らしていくことができていた。しかしそれは長持ちすることではなかった。仲間との仲はどんどん悪くなっていき、ついには仲間内で争う様になってしまった。      …      私はついに1人になった。  宇宙船の素材集めは広大な惑星中を探索する必要があり、その作業は3000年もの月日を用いてやっと完成するほどのものだった。なかなかの老耄になりながらも完成した宇宙船に飛び乗り、小さな惑星を目指して飛び立った。  この時の私の胸には、3000年もの歴史を紡ぎ大文明と化した様を見たいという気持ちが渦巻いていた。この長い長い辛抱と努力は全てが私たちで始めた文明のたどり着いた先を見たいという気持ちだけで耐えてきた様に思えた。私のメンタルはとうに限界を迎えていた。それは色々なことからきていたが主に寂しさだった。そして恋しさだった。   「まもなく目的地です。」  宇宙船内に搭載されたAIのアナウンスと同時に宇宙船は大気圏へと突入する。機体が軋む音が聞こえる。3000年ぶりなのにすこし不快感を覚えた。  機体が地表へと迫るにつれてなんとなく違和感を感じる様になっていった。    平だったのだ。地表で発展していると期待していた都市がそこにはなかったのだ。なんとなく不安が頭の中を渦巻いていく。  そしてついに着陸した。  外に出た瞬間、私は絶望した。  眼前に広がったのは、かつて私たちが作るのを手伝った都市が朽ち果てた姿だった。    文明は戦争で滅んだのだ。私の故郷と同じ様に。すでに遺跡と呼べるほどに朽ちたその都市は、私の不安や悲しみを更に深いところへと突き落とした。      技術も知能も発想も発達したのに、行き着く先は戦争という愚かな結果だった。  あんなに互いに思い合いみんなが幸せになれるために文明を築いていたのにも関わらず、結局はこうなってしまうのか。  あんなに安直で単純だったのに、、、  地面が球体だという理由で惑星の名前を「地球」にしてしまうほどに無知だったのに、、、  我々が建築を手伝った、技術の最高峰とも言えたピラミッドも、もはや無人の廃墟となっていた。この文明は滅んだ。その事実は私の生きてきた意味も、生きていく意味もすべてなくしてしまうような物であった。  小さな惑星「地球」にもたらされた技術は私たち民族の絶滅と共に失われてしまったのだった。

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小さな惑星

第6回 一回戦結果発表

黒鼠シラです。 N1 一回戦が終わりました、まずはその結果発表をしていきたいとおもいます。 第3位、第2位、第1位、の順番で発表し、その後に一気に下位を発表します。 ※1いいねの点数が20点に変更されています。急な変更すみません。 まずは、第3位です。 最終決戦に進出できる1枠目は、、 エントリーナンバー16番 紫陽花 様(502点)です! 第3回大会以来久しぶりの出場で最終決戦進出です!おめでとうございます! 次に第2位です。 1回戦2位通過は、、、 エントリーナンバー3番 ot 様(507点)です! 初出場にして最終決戦進出です! それでは、最終決戦へ進める最後の1人、 一回戦1位通過は、、、 エントリーナンバー10番 ナナミヤ 様(508点)です! 初出場者の一回戦1位通過は史上初です! 優勝目指して最終決戦も頑張ってください! それでは、その他の順位です。 第4位 エントリーナンバー14番 花瀬詩雨 様(498点) 第5位 エントリーナンバー7番 アマガミ 様(488点) 第6位 エントリーナンバー2番 Us 様(482点) 第7位 エントリーナンバー8番 有陽へいか 様(478点) 第9位 エントリーナンバー6番 ひばり 様(477点)     エントリーナンバー18番 山口夏人 様(477点) 第10位 エントリーナンバー12番 海月 様(475点) 第11位 エントリーナンバー17番 た 様(472点) 第12位 エントリーナンバー5番 青天目翠 様(463点) 第13位 エントリーナンバー4番 新野楓衣 様(458点) 第14位 エントリーナンバー9番 水彩絵の具 様(453点) 第15位 エントリーナンバー1番 叶夢衣緒。 様(437点) 第16位 エントリーナンバー15番 冬華 様(367点) みなさま本当に色々な種類の面白い話をかいていて、読んでいてとても楽しかったです! 今回は前回に続いての高レベルな大会でしたので、成績があまり良くなかった方も本当に面白かったので、自信をなくさないで次回も参加してみてください! それでは、最終決戦への案内です。 ルールは一回戦とほとんど変わりません。 ・文字数に関して 文字数は5000字までです。オーバーすると、10文字につき1点を合計点から引かせていただきます。 ・お題に関して お題は、「精神的な死」「どんでん返し」「新人類」です。この中から1つを選んで話を書いてください。お題がわからないほどでなければ逸れても大丈夫です。 ・締切やタイトルに関して 締切は、4月20日24時までです。なるべく早くの投稿をよろしくお願いします。 また、タイトルの前に必ず「第6回N1決勝」と書いて投稿してください。(検索で出てくるようにするためなので、一文字一句完コピお願いします。) ・その他 無断無投稿はやめてください(次の大会を出禁にします) 投稿後の加筆や修正はお控えください。審査員が大変になってしまいます。 投稿したらここのコメント欄にコメントお願いします。 その他質問や要望がありましたら、ここのコメント欄にお願いします。 といった感じです。 審査に関しては1回戦と全く変わらないので、引き続きよろしくお願いします。 それでは、頑張ってください! 以上黒鼠シラでした!

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第6回 一回戦結果発表

第6回 小説で競って1番決めませんか?

 本日より第6回N-1グランプリを開催いたします。  【N-1グランプリについて】  N-1グランプリは、  一回戦と決勝戦の2部構成となっており、お題に沿って書いて頂いた小説を審査員が審査し、一番面白いものを決める大会となっております。  決勝戦に進めるのは上位3名のみとなりますので、まずは一回戦を勝ち残れるように頑張ってください。  【参加者募集に関して】  審査員希望者と出場希望者を募集します。  参加方法は、この投稿にいいねをして、コメント欄に希望する参加方法を書くことです。(審査員希望,出場希望のどちらかわかるように書くこと。)  コメントに主催者のいいねがつき次第参加となります。  審査員はMAX4人までとなりますので早い者勝ちです。  参加締め切りは4月10日までとなりますので、お早めに参加お願いいたします。 それでは参加表明をコメント欄にされた方からこの先の詳細を読んでください。  【出場希望者】 現在16名 エントリーナンバー1番 叶夢衣緒。 様 エントリーナンバー2番 Us 様 エントリーナンバー3番 ot 様 エントリーナンバー4番 新野楓衣 様 エントリーナンバー5番 青天目翠 様 エントリーナンバー6番 ひばり 様 エントリーナンバー7番 アマガミ 様 エントリーナンバー8番 有陽へいか 様 エントリーナンバー9番 水彩絵の具 様 エントリーナンバー10番 ナナミヤ 様 エントリーナンバー12番 海月 様 エントリーナンバー14番 花瀬詩雨 様 エントリーナンバー15番 冬華 様 エントリーナンバー16番 紫陽花 様 エントリーナンバー17番 た 様 エントリーナンバー18番 山口夏人 様  【審査員希望者】 現在2名 エントリーナンバー11番 つきみ 様 エントリーナンバー13番 はむすた 様 +黒鼠シラ  【大会概要】 ・文字数に関して  文字数は5000字までです。オーバーすると、10文字につき1点を合計点から引かせていただきます。 ・お題に関して  お題は、「壁」「逆戻りする時間」「ランデブー」の3つから1つ選んで作品を描いてください。お題がわからないほどでなければ、お題から逸れても大丈夫です。 ・締切やタイトルに関して  締切は、今日から4月14日24時までです。なるべく早くの投稿をよろしくお願いします。(15日には結果発表と決勝戦に関することのの投稿をします。)  また、タイトルの前に必ず「第6回N1」と書いて投稿してください。(検索で出てくるようにするためなので、一文字一句完コピお願いします。) ・その他  無断無投稿はやめてください(次の大会を出禁にします)  投稿後の加筆や修正はお控えください。審査員が大変になってしまいます。  投稿したらここのコメント欄にコメントお願いします。  一回戦上位3名は最終決戦へ進出し、もう一つ作品を描いていただきます。最後までやりきれない方は参加をお控えください。  その他質問や要望がありましたら、ここのコメント欄にお願いします。  【審査に関して】  審査員はもちろん、出場者の方も読んでください。  審査員は一人100点満点で評価してください。それを集計し、これまでの大会に合わせるために全審査員の合計点の平均を取り、残りの空きの人数の点数として加算します。  さらに、いいね数×10点(MAX100点)を足した、600点満点で採点します。  採点基準は、 49点以下 面白くない 60点 面白い 80点 非常に面白い 90点 プロ並みに面白い 100点 これまで読んだ作品で最も面白い  面白いという単語を基準に使ってはいますが、技術的なものなど、様々な観点での審査をお願いします。 という感じです。審査員の方は、必ず14日までに審査結果の方をここのコメントにしてください。 名前を書くのは面倒だと思いますので、エントリーナンバーで描いてください。(くれぐれも間違えないように)  以上が説明になります。  基本的には辞退や未提出は認めていないので、よろしくお願いします。 ※最後まで読まれた方は、合図としてハッシュタグから"#最後まで読んだらいいね"に飛んでいただき、そこにある「N-1グランプリの歴史」いう投稿にいいねをしてください。 すでにいいねされている方は一度いいねを外したのちに再度いいねをお願いします。(通知に残すためです。)  それでは面白い作品を期待しています。頑張ってください。

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第6回 小説で競って1番決めませんか?