雪月
14 件の小説愛さえ
一人目は恋愛として大好きな人だった。 大好きすぎて振られたくせにメンブレした時に頼ってしまった。 メンヘラな自分が嫌いだった。 あーもう私から解放してあげよう、そう思って離れた。 酷い女だった。 二人目は友人として好きな人だった。 私は彼の好意に薄々勘付いてた癖に、彼と友人をする居心地の良さばかりに囚われて。 恋愛的に興味はないよって感じを出してみたのに告られてしまった。 私が彼の好意に気づいてから半年以上経過している時だった。 これ以上私が彼のそばにいない方がきっと彼は幸せなのだろうと思って離れた。 酷い女だと思った。 三人目は兄のような存在として好きな人だった。 出会ってからの時間は一番短いけれど、人生史上最も私が懐いた人だった。 今度は彼も私のように恋愛感情は持っていないようで、それでも愛玩動物を可愛がるように愛してくれて。 今度こそ上手くやれるのかなって思った。 でも、彼女持ちの人に懐いた罪悪感は彼と過ごす分だけ大きくなっていって。 もう限界だと思った。 やっぱり酷い女だと思った。 結局性別の概念にとらわれない僕みたいな人は誰にとってもイレギュラーで。 その癖自身が「女」である自覚を一度してしまえば倫理観に排斥される。 僕は僕自身を「女」と自覚するあの時間が酷く惨めに思えて。 さっきまであんなに人といて幸せだったはずなのに、その全てが悪いことのように思えて。 あぁ、愛さえ僕が求めなければ、受け取らなければ、感じなければ、僕は幸せだったのかもしれない、そう思わずにはいられなくなるのだ。
毒
「私、幸せになりたくないんだよね」 笑って彼女は言った。 僕には到底理解が及ばず言葉が出てこない。 「だってさ、身に余る幸せって毒みたいなもんじゃん。どうせ最後に独りになるなら私は独りでいいよって思う。」 「だってさだってさ?独りになったら寂しいじゃん。今まで人といたのに急になったら。でも、どう頑張ったって別れは来る訳だし。だったら、そんなの初めから適当にしておけば、後で悲しむことも寂しがることもないじゃない。」 「いや別に不幸になりたいって訳じゃないよ?でも、私にとっての幸せって、朝早く起きて、美味しいもの食べて、あったかい布団で寝るだけで十分なんだよ。その過程に人との関わりっていうのは必要最低限というか、心が動かない範囲でいいと思うんだ。」 「ごめんごめん、仮にも友人がこんなこと言ってたら困るよね。違うよ?君のことは友達だと思ってるし、君とのお別れが来るのはとても寂しいことだと思うと思う。…だから私って矛盾してるなぁって話なんだけど。」 「だってね?結局君といる時間って楽しくて、すごい心が躍るの。でもさ、君といる時間が長くなればなるほど、家に帰ったら突然独りで泣きたくなる。こんなに笑ってるのにね。躁鬱とかって訳じゃなくて私、寂しがりだから。」 「これ以上強欲にならないためには、これ以上君に迷惑かけないためには、君との関係ももう終わりにしようって。そう思っちゃった。」 彼女が何を言ってるか分からなかった。 「こんな自分勝手な話ないよね。君は私を怒ればいいし、嫌いになればいい。いや、寧ろ嫌いになってよ。こんな寂しいこと言ってるやつのことなんてすぐに忘れてさ。」 そう言う彼女は彼女らしからぬ寂しそうな顔をした。 「君は私の事なんかすっかり忘れて、新しく人を好きになって、そうすればいいよ。私はそれが一番お互いのためになると思う。」 そう彼女は言い残すと手をひらひらと振り、振り返らずに帰っていった。 僕が告白した直後だった。
瓦解
「気づいてたかもしれないんですけど、先輩のこと好きです。」 あぁ、、、 私はとんでもない間違いを犯してしまった。 ーーーーーー 瓦解【ガカイ】 一部の瓦かわらのくずれ落ちることが屋根全体に及ぶように、ある一部の乱れ・破れ目が広がって組織全体がこわれること。 ーーーーーー 私たちの関係は、私は、この一言で崩れ落ちた。 「あー…、やっぱり…?」 私は愛想笑いをしながら言う。 頭の中ではもう発言するな、何も聞くなと警鐘が鳴り続けている。 「ごめんなさいっ。」 これがこの時私が言える精一杯の誠意だった。 いや、田原くんはいい子なのだ。 いい子で、私もとても気に入っている後輩であり友人。 そう、この私が珍しく気に入っている。 人の懐に入らず、人を懐に入らせない私にしては非常に。 ここからは田原くんが何を言っていたのかも思い出せない。 ただひたすらに私がごめん、を言い続けてた記憶と、最後に彼が 「無理だろうなって思ってたんで大丈夫ですよ。友達でいてくれたら嬉しいです。」 って言ったこと以外何も。 雨が降っていた。 動揺した私は長引かせたら彼が風邪を引いてしまう、と優先順位を履き違え、弁明をすることなく解散した。 ふと後から気づいた。 「ごめんなさい」は、その想いが受け取れなくてごめんなさい、ではない。 好きと言ってもらえて嬉しくない奴がどこにいるんだ。 しかも、友人としてでも気に入っていた子に。 きっと彼は勘違いしただろう。 私の「ごめんなさい」は、彼の想いに薄々勘づきながらも、居心地の良さと彼の優しさに甘えて今日という日まで、さながら悪女のように彼の心を弄んだことに対する謝罪だ。 そんなことするつもりじゃなかった、と言いたいし、決してそのような意図を持って接してきた訳ではなかったのだけれど。 結局自分の気持ちだけを優先した結果がこれだ。 情けなくてごめんなさいとしか出てこなかった。 きっとそれは彼に真っ直ぐ届いていないだろう。 しかし、弁明の機会が今後あるとは思えないし、思いたくない。 彼に弁明したところで新たに傷を抉り、塩を塗り、彼の気持ちを燻らせるだけ燻らせ、結局振るのだから。 私は気づいた。 彼との友人関係の終了を。 何故かって? 彼から友人であろうと言ってくれて、私もそれを切望しているのにって? 私がこれ以上の罪悪感から逃げたいからだ。 彼に友達として接していても、いつか、という希望を持たせたくない。 いつか、がない未来を、彼の好意に気づきながら無視した月日が証明している。 そうか、私は初めて明確に知覚できる形で友人を失ったのか。 ああ、今日も冷たい冷たい雨が降っている。 崩れ去った瓦の下で静かに雨を受ける夜だった。
ケーキ
ケーキって美味しいよね。 私の家ではケーキは特別な日にしか食べない。 この世の中何もない日にも食べるご家庭があると聞くけど。 私にとってケーキは特別な日に食べる最上の甘味なのだ。 「そーくんっ、だいすきっ!」 私は何回も言ってるセリフを最愛の相手に言う。 「はいはい、わかったわかった」 いつものように蒼くんから適当にあしらわれる。 「えええ?本当にわかってる??私の愛を!」 「わかったわかった、毎日聞いてるよそれ」 「毎日そーくんに会う度に好きだなって思うから言ってるんだからね?別にそーくんに会ったら言おうって思ってる訳じゃないんだからね?」 「大体花奏はさ…」 「ってそーくんに愛の告白してる場合じゃなかった!私ななちゃんにこのプリント渡さないとだった!」 私はそーくんが言い切る前に逃げるように去る。 「ななちゃーん、間違えてななちゃんのプリント私のところ来てた!」 教室に戻ると直ぐに菜々美ちゃんが目に止まったので声をかける。 「花奏?そんなに急がなくてもいいのにぃ」 息を切らしながら渡しに来た私に目を丸くしている。 「えへへへ…、渡すの忘れちゃいそうだなって思って」 「漢字の小テストのプリントなんて別に、、、あ、さてはまた高橋くんとなんかあったんでしょ」 菜々美ちゃんが目を光らせる。 「ち、ちがうよ?いや、確かにそーくんと話してたけど、別にいつも通りで…」 「花奏もいい加減に辞めてあげなよ」 菜々美ちゃんが呆れたように言う。 ななちゃんは時々こうやってズカズカと踏み入ってくる時がある。 「花奏、ただ単に恋愛したくないだけでしょ。高橋くん、好きな子いるってアンタがいってたんじゃん。初めてアンタが告った時に泣きながら。」 ☆☆☆ 私にとってのケーキはそーくんなのだ。 決して手の届かない値段じゃない癖に絶対に年に数回しか手に入らない愛。 しかもそれはただ甘いだけで、その時満たされるだけで、決してその先も満たしてくれる訳じゃない。 でも普段なんてケーキに恋焦がれるだけでいいんだ。 時々、本当に稀に見せてくれる幼なじみへの愛情だけで私は十分なのだ。 そうすることで私は幸せでいられて、 そうすることで私は最愛のあなたのためにがんばることが出来る。 まるできちんと人を「愛している」ように。 所詮私雪月花奏は中身を持たない道化師に過ぎないのだ。
夜空
気づけば夜空を見上げなくなっていた。 夜に帰る時もいつも下を向いて。 月が綺麗でもすぐに目を伏せて。 冬の空は怖い。 夏の空がいい。 だってオリオン座が見えてしまうから。 あの人との思い出を、 もう掘り返すのも恐ろしい記憶を、 思い出してしまうから。
優しい人
「まーじでこれ大変!」 「仕方ないなぁ、私が手伝ってあげよう!」 「やったぁ!かなで、なんだかんだ言って親切!」 「かなでぇ、、、彼氏にフラれたぁ!慰めて、、、」 「大丈夫か!みよちんいい女なんだから、こんないい女振った男が見る目ないんだよー」 「うぇぇぇ、かなでしか勝たん!」 「この切符、、、落し物だねぇ。ちょっと駅員さんに届けてくるわ!」 「えぇ?かなでまじでえらすぎるー笑 いい子ちゃんやん。」 これがいつもの私。 いつもの雪月花奏。 私は誰から見ても「優しい」人。 誰かが困ってたら声をかけ、悩み相談には相手が求めていそうな言葉をかける。 別に好かれたくてやってるとか、人前だからやってるとかそういう打算があってやる訳じゃない。 かと言って純粋に優しい人という訳でもない。 ただ私は「優しい人」になりたいだけ。 だから、ちょっとダルくても誰かの手助けをして、相手の気持ちに寄り添うわけでもなくそれっぽい言葉だけを並べる。 そこに心なんてついてない。 多分私はケッカンヒンで、優しさをもつ心がなかったんだと思う。 それか、とうの昔に捨ててしまったか。 本当にこれはその人のためになる行動なのかとか、その人の心のモヤをなくしたいとか、かつてはもっていたようにも思うけれど、もう覚えていない。 優しくなれない私は、人間らしく、優しくあろうとして今のこんな私になってしまっただけ。 人々はそれを偽善者だとか言うのかもしれないし、寧ろ言ってほしいまである。 私の中で「優しさ」は憧憬の対象であり、きっと私は人一倍そうありたいと願い、人一倍それとは相反している人間なのだから。 だから、 だから今日も私は「優しい人」であり続ける。
愛情少女
私、雪月花奏は愛すべき人に愛情が湧かない。 そんなことに気づいたのはもうすぐ二十になろうっていう頃である。 別に愛情がないわけではない。 何なら愛情深い方である。 後輩ちゃんが突然いなくなった時は声をあげて泣いたし、母校には度々わざわざ何かしら理由をつけて訪問しているし、仲の良い人の愚痴と相談には親身に聞くことに定評がある。 ただ、ただ、愛す「べき」関係に愛情を持てないのである。 「家族」とか、「友人」とか。 愛すべきだと思えば思うほど私は本当に愛しているのか不安になる。 そしてやっぱり愛してないんだなと思って絶望するときがある。 その点、愛すべき関係ではない人は気楽だ。 別に仲良くしても良いし、しなくても良い。 私が依存するのは決まってそういう関係で、愛情をもてるのもそういう関係だということがなんとなく分かった。 ちょっと仲良い後輩とか、ちょっと仲良い先生とか、たまーに緩く話す人とか。 ちょっと仲良くても「後輩」とか、「先生」って関係自体に変わらないから別に仲良くしないといけないことはないと思ってる。 少なくともそう「思う」ことが大切なのかもしれない。 そのおかげで私はその人たちに義務のない愛情をもつことができる。 でも別に愛情が湧かない相手だからといって普段冷たく接することはない。 あくまでも表面上は何ら変わらないように、まるで私もあなたのことが好きであるように接する。 私が私の心を傷つける以外誰も傷つかずに済むのだからハッピーでないかと思っている。 でも、齢十九にして問題が起きた。 私が恋をしてしまったからだ。 別に恋すること自体に問題がある訳では無い。 やっぱり好きな人にはきちんと愛情をもつことが出来る。 今までだって数度であるけれど恋をしたこともある。 大して進展せずに終わってしまったけれど。 今回の恋の問題は進展しまったことにある。 と言っても付き合うまでに進展したわけじゃない。 きちんと名も無い関係で順調に仲良くなってしまった。 彼から敢えて「友達」と名付けられることもなく無事に。 もしかしたら私から少し押したら付き合えるのかもしれない、そう思ってから気づいてしまった。 「あ、これ、「恋人」という立派な愛すべき対象になってしまうぞ」 と。 私は震えた。 そう思ってしまった自分が怖かった。 最愛の人を愛せなくなるとすれば、私は私を許せない。 小さく、自虐的でそれでいて愛情のこもった笑みを浮かべて私は決心をした。
友情
友達をはたいた。 その子の頬はすぐに赤くなって、その子の目はみるみる涙で満たされていった。 小学校の先生が青ざめた顔をして飛んできて、私は何も言わずにただ怒られた。 「ねえ、花奏。」 機嫌が良かったのか、隣で鼻歌を歌ってた亜子が不意にこちらに声をかける。 「んー、なに?」 適当に返す。 「昔さ、アンタが私の頬を思いっきり引っ叩いたこと覚えてる?」 物騒な話を切り出した割には彼女は楽しそうだ。 「…覚えてるよ。あの時、亜子の頬が結構腫れちゃったせいで保護者まで巻き込んだ大騒動になったし。」 亜子のお母さんから、こんな野蛮な子、二度とうちの子に近づかないでって言われたし。 あの時のことを思い出すとバツが悪い。 「あはは、そうそう。花奏が馬鹿力で引っ叩いたもんだから、えらいことになったよねー。…って、そんな不貞腐れたような顔しないでよ。」 亜子に気にしている素振りはない。 まあ、いくら腫れたと言っても、小学生が引っ叩いたくらいでは一生ものの傷にはならないし。 「不貞腐れてるんじゃなくて、苦虫を噛み潰したような顔してんの。」 あの時の先生と、亜子の両親からの非難の目と言ったら、割とトラウマものである。 「あの時に、本当のことを言えば良かったのに。」 亜子はそう軽く言う。 「だってー。」 「はいはい、わかってるよ、花奏は不器用なんだから。…それでいて優しいから私は好きなんだけどね。」 さっきまでの軽口なはずなのに、こっちを向く視線が案外真剣で照れてしまう。 「どうせ私は不器用ですよーっと。」 口を尖らせて誤魔化す。 「あー、もう、拗ねないでよ。あの時花奏がああやって怒ってくれて、私すごく感謝してるんだから。」 小学生の時、丁度十年前になるだろうか。 私は、確かにこの今目の前にいる亜子の頬を叩いた。 それは自分が思ったよりもだいぶ大事になって、しばらく亜子とは話せなくなってしまうし、野蛮な子だなんてレッテルが貼られてしまうしで大変だった。 今思えば、やり方が他にもあっただろうし、なにも、叩かなくてもよかっただろうと思うけど、語彙のない小学生の頭に血が上ったらそんなものだろう。 「いやぁ、なんか怒られてる花奏を見てたら、自分がなんてしょうもないことでクヨクヨしてたんだろって思っちゃったもんなぁ。」 亜子が快活に笑う。 あの日、亜子がボソッと言った言葉が許せなかっただけなのに。 「あのね、かなでちゃん。私、もう全部全部やになっちゃった。全部なかったことになればいいのにね。」 だって。 無性に腹が立ったから引っ叩いてやった。 方法を見直す必要があったのは認めるけど、やったことを後悔はしていない。 「あの時、花奏に引っ叩かれて、痛いし、何が起きたか分からないしで動揺して泣いちゃったけど、あの後、必死でなんでアンタがこんなことしたのか考えたなぁー。」 亜子はクスクス笑いながら言う。 あの状況なら、私でも怒りとかよりも疑問が残るかもしれない。 「結局わかんなかったから、二人きりで会うなっていう約束破って聞きに行ったもんね。」 亜子は昔から行動力は人一倍あったからな。 「そしたら、アンタ、今までどう怒られても泣きもしなかったのに、涙ボロボロこぼしながら、『全部なかったことになったら、私とあこちゃんが出会ったことまでなかったことになっちゃうじゃん。そんなの嫌だよ。』って言うんだもん。 あー、私、愛されてるなーって思った。」 「私、そんなこと言ったっけ。」 「とぼけても無駄だぞぉ?」 ちっ、覚えてるのか。 「ねえ、花奏。私、今幸せだよ。そりゃ生きていれば嫌なことだって沢山あるし、めっちゃラッキーってわけでもないけどさ、フツーに生きれて、アンタがいる、それだけで十分幸せだよ。なんかありがとね。」 亜子がふわっと笑う。 「そっか、それならよかった。」 きっと私もおんなじような顔をしているんだろう。
笑顔の国
あるところに笑顔の国がありました。 笑顔の国では、国民全員が常に笑顔を絶やすことがありません。 ある日、笑顔の国に旅人がやってきました。 旅人は入国審査を済ませ、国に入ります。 すると至極当然のようにその国の人々は笑顔で迎え、旅人をもてなしました。 旅人は初日こそとても心地よく過ごしていましたが、日が経つにつれ、常に笑顔である国民をどこか気味悪く感じてきます。 とうとう三日目、旅人はようやく国民に尋ねました。 「どうしてこの国の人は、いつも笑顔なのですか?僕はこの国に来てから怒ったり、悲しんだり、不安な顔をしている人を見たことがありません。」 すると、国民は当然のように答えました。 「そりゃあ、私たちだって怒ることも、悲しむことも、不安に思うこともあります。でも、ここは笑顔の国ですから。」 ここまでだったの一度も笑顔以外の感情を表している様子を見たことがなかったので、旅人は少し意外に思います。 「かつて、この国は皆、無表情で必要最低限の会話のみをして生活をしていました。 しかし、あるとき、相手が何を思っているかわからないことが原因で内乱が勃発しました。 その時の死傷者は国の三分の一ほどで、最後に彼らは、自分たちが争っていた理由がほんの些細なすれ違いであったことを知ります。 そして、彼らはこのようなすれ違いがもう二度と起きぬよう、積極的にコミュニケーションをとり、常に笑顔でいることを誓いました。 それが私たちの先祖だと聞きます。」 彼女は笑顔で答えます。 旅人は、ありがとうございます、とだけ言って彼女の元を去りました。 旅人は丁度五日間この国で過ごしてから、国をあとにしました。 旅人は、国を出て、しばらく移動した後に日課である日記をつけました。 「十月十二日〜十七日 僕は今回笑顔の国を訪れた。 彼らは旅人である僕にも非常に友好的 であり、丁重にもてなしてくれた。 その国の人の話を聞くに、彼らは、無表情であるがために起きた内紛を悔いて笑顔でいるそうだ。 でも、僕は思う。 果たして、笑顔でいることは本当に相手と友好的に関わる最善の方法なのだろうか。 僕が思うに、彼らは、ただ無表情を笑顔に置き換えただけで、本質的に無表情であることに変わりはないんじゃないか。 彼らが本当に欲していたのは、上辺だけの、表情だけの付き合いじゃなくて、心を曝け出す付き合いだったんじゃないだろうか。 一介の旅人である僕には関係のない話だけどね。 これだから、旅をして、見聞を広めることはやめれないんだ。 fin.」
咎
ある奴隷の少女がいた。 その少女は日々、主人に虐げられながらも主人の世話をした。 少女は、自分の名前も知らなかった。 物心がついたときにはもう奴隷として生きていて、自分が奴隷であることが当たり前だった。 主人の家の近所に1人の少年が母親と暮らしていた。 少女は少年とあまり面識はなかったが、少年は少女の姿をちらりと見た時から少女に恋をしていた。 少年は少女が主人に鞭で打たれているせいで痣や傷が絶えないことを知っていた。 ある日、とうとうみるに堪えなくなったのか、それとも大きな心境の変化でもあったのか、少年は少女の主人に抗議しに行った。 少年は、まだ幼かった。 主人が"自分の所有物だ、何をしても自分の勝手だろう"と言ったとき、ついに逆上した。 少年は肌身離さずもっていた短剣を構え、一突きに主人の命を奪った。 そして、目の前にいる少女に “もう誰にも支配されなくていいんだ、自分の人生を歩めばいいんだ、君は自由だ” と、手を差し伸べた。 少女は震えた。 歓喜ではない、安堵でもない。 彼女は、絶望に震えた。 そして、少女は泣きじゃくりながらこう言った。 “どうしてご主人様を殺したの⁉︎どうして、どうして…” 少年は呆然とした。 少女が何を言っているのか理解ができなかった。 “な、何を言っているんだ…?僕は、僕は君のためを思って…” 少年はそれ以上の言葉を言うことはなかった。 いや、なかったのではない、出来なかった。 最期に少年が見た光景は、少女が涙を流しながら迫ってくる様子だった。 少年の胸は赤く染まり、その胸元にはナイフが刺さっていた。 少女は、そのナイフを抜き、その刃を自らに向けた。 そう、少女は、奴隷の生活に満足をしていた。 どんなに酷いことをされたとしても、彼女には主人しかいなかった。 彼女は外の生活を知らない。 唯一の頼りの綱だった主人を目の前で殺されたのだ。 彼女が迷わず少年に報復をしたのも無理のない話だった。 そして、咎人であり、行き先のなくなった自分もまた要らない存在だと考えることも。 さて、貴方はこの惨劇で少女と少年、どちらが悪いと考えるか。 外の世界も他の生き方も知らず、少年の好意を蔑ろにした少女? それとも自分の価値観を押し付けて身勝手な行動をした少年? 答えなんてどこにもないだろう。 それが人生なのだから。