ツー
35 件の小説第5回NSS決勝 よくあるサスペンスもの
ぼくはサスペンスものが好きだ。読み進める中で、自分なりに推理を立てるのが面白いからだ。ただ、今読んでる小説があまりにもテンプレすぎて、正直参ってる。 まず、主人公が友達に誘われて孤島の屋敷に訪れる。そこで屋敷の主人が執務室で死んでるのを発見し、そこから推理が始まるのだ。部屋の鍵は閉まっていて、殺人に使われた凶器も、犯行に使われたと思しきトリックの痕跡も見つからない。いわゆる密室殺人ってやつだ。ベタベタだよね。 容疑者は三人で、屋敷の執事にメイド、主人の奥さん。もちろん、三人ともアリバイはある。 主人公は三人のうち誰かが嘘をついてると考えてるけど、これあれだな。三人とも犯人じゃなくて、実は主人公の友達が犯人説あるな。それか、容疑者三人が三人とも嘘をついてて共犯のパターンとか。 そもそも、登場人物が少ないんだから捻りようがない。実はまだ登場してない第三者が犯人ですっていう展開じゃないだろうな。そんなのが一番冷める。 まあ、今さら続きを読むのも面倒だな。 そう思ったぼくはページをパラパラとめくり、結末だけを確かめると…… 屋敷の主人の死因は、ただの過労だった。
第5回NSS BANG!(バン!)
「今日も君のハートにBANG⭐︎」 「先輩、うざいです」 「そんなこと言ったら可愛いお顔が台無しだぜ⭐︎」 今日も先輩は暑苦しい。 「とりあえず、今すぐ校舎の屋上からダイブしてくれませんか?」 「おっとぉ!!顔面国宝の僕がそんなことしたら、人類の損失だと思わないかい?」 おまけに、イケメンを自覚してるタイプのナルシストだ。 「思いませんね。そもそも、私なんかに構ってたら先輩もいじめられますよ」 「君と茨の道を歩く覚悟はできてるぜ、マイハニー⭐︎」 そんなキザなセリフを吐いて、先輩は去っていった。 「先輩、なんであの子構ってるんだろ」 「ね、やめとけばいいのに」 先輩が帰った後の同級生のヒソヒソ話は毎度のことだ。 「先輩かっこいいよね!私告っちゃおうかな!」 「いけるいける!あんな奴より脈あるって!」 顔が良いから、やっぱり先輩はモテるらしい。 私はふと、彼女たちの背に指を向けて…… 「バンッ……なんてね」 私だけの先輩。私のありのままが好きと言ってくれた先輩。 絶対渡さない。あんな人たちに渡すもんか。 あぁ、手元に銃があればいいのに。
父親
※この物語には、少々過激な表現や残酷描写が入るため、苦手な方は飛ばしてください。 娘が死んだ。交通事故だった。 事故を起こしたのは、若い男の学生。事件当日、男は酒を飲んでいたらしい。飲酒運転だ。立派な犯罪だ。 なのになぜだ。なぜ男が無罪になるんだ。 目撃情報がないから、供述調書が書けない?証拠不十分? ふざけるな、やったのはあいつだ。うちの娘を殺したのはあいつだ。法廷で薄ら笑いを浮かべていたあの男だ。 なぁ、なんでだよ。なんであんな人殺しを弁護するんだよ。おかしいだろ、ふざけんなよ。金か?金払いが良いからか?あの男が金持ちのボンボンだからか?娘の命は金より軽いのか?ふざけんなよ。残されたおれの気持ちはどうなるんだよ。 まだ……あの子は十歳になったばかりなんだぞ……。来月には、ピアノの発表会もあったんだぞ……。毎日練習して、弾けるようになったって喜んでたんだぞ……。春になったら友達と旅行に行くってはしゃいでたんだぞ……。旅行で使うカバン、買ったばかりなんだぞ……。 そんな娘が、なんでお前みたいな男に人生終わらされなきゃいけないんだよ!! 絶対に許さない。殺してやる……殺してやる!!!殺して、殺して、殺して、この世から消し去ってやる!!! 「はぁ……はぁ……」 薄暗い密室の中で、男は刃物を片手に息を荒げていた。 「……ふ、ふふ……ふふふっ。あは、あははは……ははははははっ……!!」 笑う男の足元には、刃物で何回も刺され、血塗れになった死体が転がっている。 「やった……ついにやったぞ!!やっと、娘の仇を取ったんだ!!」 男は目から涙をこぼし、歓喜の声をあげた。 「ざまぁみろ!!ざまぁみろ!!ざまぁみろっ!!なぁおい、今どんな気持ちだよ。まだまだ若くて、人生これからなのに死んじまってよ!!」 男は、すでに息絶えているその死体に再度刃物を突き立てる。 手足の先から顔に至るまで、念入りに、憎しみを込めて刺していった。 「はぁ……はぁ……。あの子の痛みはこんなもんじゃない。車に死ぬまで引きずられたあの子の痛みは……こんなもんじゃない!!」 全身を刺し終えたあと、男は死体にガソリンを撒いて火をつけた。 あの日、法廷で誓ったとおりに。文字通り、この世から跡形もなく消し去るために。 「………………」 男は、火に包まれて燃えカスになっていく死体を無言で見つめていた。 「少年漫画とかで、復讐は虚しいだの、憎しみは憎しみしか生まないだの言ってるけど。あれ、やっぱりただの綺麗事なんだな。だって……」 男は立ち上がり、黒焦げになった燃えカスを踏みつけると…… 「こいつに復讐できて、すげぇ気持ちいいよ……最高だよ……めっちゃ気分良いよ……。はは……お父さん、漫画の主人公にはなれないなぁ……」 そう言って男はその場を後にした。 男はこれから、牢屋に入ることになるだろう。しかし男にとって、そんな些細なことはどうでもよかった。これから先の人生を棒に振ろうとも、娘を奪われた悲しみや、法廷で受けた屈辱に比べたら屁でもない。 今はただ、あの時誓った復讐を遂げた達成感に満ち溢れている。 「あーすっきりした!さてと……自首する前に、最後に娘に会いに行くか!」 そのまま男は、娘が眠る墓へ足を運ぶのだった。 道中の男の足取りは、とても軽かった。
神
「ねぇねぇせんせ〜、もしカミサマになれたらなにする?」 ある日、私の生徒がそんなことを聞いてきた。 うん、わかる。そういうこと聞きたくなる年頃だもんね。先生も子供の頃は、そんな質問を先生にした気がするし。 「神様ってどの神様かな?日本だったら、天照大神とかだと思うけど」 「…………わたしそんなカミサマしらない」 おっと、子供にはまだ難しかったようだ。 「カミサマはカミサマだよ。ぜんちぜんのう?で、なんでもできるカミサマだよ」 なるほど。ゼウスとかそこら辺のことかな。 「うーん、そうだねぇ。先生なら何しようかな?」 私は少し妄想をしてみた。ある日、見知らぬ天の使いが私に言うのだ、「お前は今日から神様だ」と。「お前は全知全能の神で、なんでもできる存在になった」と。 とりあえず、お金は欲しいよね。死ぬまで使えきれない大金を貰って、立派な家建てて、理想のイケメン旦那と結婚して。それから…………というか、なんでこんな質問をして来たのだろう。 「〇〇さんは、神様になったら何したい?」 「わたしはね!たくさんのメロンパンがほしい!」 ほうほう。子供らしい、なんとも可愛い願いだ。 「それでね!せかいじゅうのこどもたちに、それをあげるの!みんなでいっしょにたべるの!」 「うっ……」 胸が痛い……。 あまりに純粋な願いに、物欲まみれの私の胸は言葉のナイフでえぐられた。 「みんなでなかよくパンをたべたら、へいわになるかな?せんそうってなくなるかな?」 「そうだね……なくなるんじゃないかな」 まぁ、そんな簡単な話ではない。戦争には、政治や経済、宗教、民族、領土など、大人たちが積み重ねてきた、数え切れないほどの理由がある。 さすがに子供相手に説明はできないけど。いつかこの子が成長したら、色々学ぶことになるだろう。 「でも……パンをあげるだけじゃダメなんだよね……」 「えっ?」 この子は、少し寂しそうに呟いた。 「パパがね、いってたの。せんそうは、もうかる?からなくならないんだって」 子供になんてことを教えてくれたんだ。 「せんせい……どうしてカミサマは、せんそうをなくしてくれないの?どうして、へいわなせかいにしてくれないの?」 「それは……」 「どうして……おなじひとなのに、せんそうするの?」 「…………」 神様なんていないから……なんて、そんな現実を子供に伝えることはできず…… 「いろいろ……あるんだよ。〇〇さんも、大人になったらわかると……思う」 結局、私はその問いに答えることはできなかった。 「そっか……なんか、かなしいね」 「そうね……」 もし、心優しい神がいるのなら、この世界は平和になっただろうか。もし、自分が神になれたなら、より良い世界を作れるのだろうか。 そんなことを考えても、何の意味もないけれど。もし自分が神様になったら……世界平和を目指してみようと、そう思った。
第10回N-1 やかましい幽霊たち
「さぁハルト!!ちゃっちゃと終わらせて飲みに行くわよ!!」 「お、おう……」 この時間にここら辺で開いてる居酒屋はないぞと言いかけたが、おれはグッと我慢した。 おれはハルト。どこにでもいる普通のサラリーマン……ではなく、おれの職業は見習い除霊師だ。家が古くから伝わる除霊師の家系で、その子孫のおれも除霊師を目指しているのだが…… 「うんうん、今日も子供たちの声がよく聞こえるわ。まったく、近所迷惑も考えて欲しいわね」 「何も聞こえないんだけど」 そう、おれには才能がない。幽霊を見ることも、その声を聞くこともできないのだ。 「ハルトはほんとに才能ないわね。子供たちがあんなに大声で『カエルの合唱』を歌ってるのに」 こんな夜中に何してんだよ。もう三時だぞ。 「とにかく行きましょ!ここに住む幽霊の子供たちを、ちゃんと成仏させてあげなくちゃね!」 そう言って、おれの前を歩くのは幼馴染のユウカだ。よく除霊の依頼の手伝いをしてもらっているのだが、彼女はおれよりも除霊師としての才能がある。幽霊もバッチリ見えるし、声が聞こえるどころか会話もできる。正直頼りになるのだが…… 「ね、ねぇ……門の鍵が開かないんだけど」 「それ、お前の家の鍵だろ」 「あ、ほんとね。間違えちった」 ユウカは少々アホなのだ。 こうして、おれたちは懐中電灯を片手に屋敷に潜入したのだが。もちろんおれは、幽霊の気配を何一つ感じられない。 「あ、さっそく一人見つけたわ!」 と、中に入って早々にユウカがそう言って…… 「おい、どこ見てんだよ。人様の股間をあんまり凝視するなよ」 「仕方ないじゃん。幽霊の女の子が、ハルトの股間からニュッと顔出してベロベロバーしてるんだもん」 「やめさせてくれよ!!どんな幽霊だよ!!」 「あ、ちょっと!大声出すから逃げちゃったじゃない!せっかく話そうとしたのに!」 股間に向かって話されるのは勘弁だったから、これはこれで良しとしよう。 「早く見つけに行くわよ!もう夜中に起こされるのはごめんだから!」 「はぁ……わかったよ」 ユウカ曰く、この屋敷には事故で亡くなった三人の子供の霊が住み着いているらしい。人に害を与えないなら、幽霊が住み着いたくらいで除霊する必要はないのだが。 この屋敷の隣に家があるユウカにとって、毎晩毎晩大騒ぎする幽霊たちがうるさくて堪らなかったのだという。 「あ、見つけたわハルト!男の子の幽霊があそこのソファーに立ってるわ」 ユウカにそう言われ、おれはソファーに目を凝らしてみるが……やっぱり何も見えない。 「ん、待てよ。なんか本浮いてね?」 よくよく見ると、ソファーの少し上の方に一冊の本が浮いていた。 「そりゃそうよ。あの子が読んでるんだから」 さらっとポルターガイスト起こさないでくれよ。 すると、ユウカがソファーのとこまで歩いていき、何やら独り言を言い始めた。きっと幽霊と話しているのだろう。 「……ちょっと、そんなこと言ったらハルトに失礼でしょ。確かにそうかもしれないけどさ、本人が聞いたら怒るよ?」 「おい待てユウカ。今の幽霊の言葉を通訳しろ」 「え……わかった。私が言ったんじゃないからね?この子がね、ハルトの目がゾンビみたいで怖いって……」 「目が死んでるって言いたいのか!?良い度胸だ、除霊してやる!!」 「待って待って!!この本読み終わったら、成仏してくれるって言ってるから!!」 ユウカが全力で止めてきたため、おれは仕方なく待つことにした。目の前の幽霊はというと、姿は見えないけど一心不乱にページをめくっている……気がする。 「そんな大事な本なのか?」 「この子にとってはそうね。この本は、お父さんから貰った唯一の宝物なんだってさ」 「……そうか」 おれは宙でパラパラめくれるその本を見て、少し切ない気持ちになった。 「そうだよな。成仏したら、もう本も読めなくなるからな」 待つこと数分、幽霊がもう読み終えたのか、本がソファーの上にパサっと落ちた。 「もう大丈夫だってさ」 「……わかった」 おれは持ってきた除霊の数珠を手に持ち、ソファーに向けて祈った。どうかこの子が無事天国に行けますように、と。 すると、真っ白い光がソファーを包みだし、宙に浮いていた本も消えていった。 「終わったな……」 「うん……あれ、本も消えちゃったね」 「あぁ……読めはしないけど、特別に一緒に持っていかせた」 「……ふーん、優しいとこあるじゃん」 ユウカはおれの顔を見て、なぜか笑みを浮かべていた。 除霊を完了したおれたちは、再び他の霊を探し始めたのだが…… 「そういえばさ、あの子の読んでた本ってどんなやつだった?」 「エロ本だったけど」 「エロ本かよ!!おい、天国にエロ本送っちゃったんだけど!?」 「なーにハルト、あの本に興味あったの?まぁ、ハルトも男の子だもんね!」 ニヤニヤしているユウカの顔面をひっぱたきたい衝動に駆られたが、おれはかろうじて堪えた。 ◇ その後、おれが天国にあんなものを送った天罰を怖がっていると、ユウカがおれの手を引いてどこかに連れて行こうとした。 「なー、どこ行くんだよ」 「わかんないけど……この女の子の幽霊がハルトに見せたいものがあるんだってさ」 その女の子の幽霊とやらに案内され、おれたちは一つの部屋に入ったのだが…… 「これはすげぇな」 その部屋には、たくさんの絵が飾られていた。 「この子が書いたんだってさ。すごいよね、こんな綺麗な絵を描けるなんて……ん?なになに……そっか、将来は絵描きさんになりたかったのね」 ユウカが少し悲しそうにそう言った。その言葉に、おれも少し俯いてしまう。 「ハルト、この子が最後に描いた絵を褒めて欲しいんだってさ。あそこに裏返しになってるやつ」 「……わかったよ」 もう書けないこの子のために、精一杯の賞賛を送ってやろう。そう思い、おれはその絵を裏返すと…… 『バカ』と、大きく書かれただけの一枚の紙だった。 「待って!!待ってハルト!!もうあの子は成仏しちゃったから!!こんな綺麗な絵を破らないでよ!!」 「うるさい黙ってろ!!ここにある絵なんて全部燃やしてやる!!」 結局、おれをバカにしてスッキリしたのか、その女の子の幽霊は自分で成仏していった。 ◇ ユウカになだめられたおれは、最後の女の子の幽霊を探していたのだが…… 「な、なぁ。ほんとにいるんだよな、間違いじゃないよな?」 「さっきからそこにいるって言ってるじゃん。ハルトの頭に逆さに潜り込んで、足を出して『バルタン星人』って連呼してるわ」 もう突っ込まないぞ。突っ込んでやるものか。 「で、この子は成仏してくれるのか?」 「うん、ただ最後に星を見たいってさ!」 「しょうがないな……じゃあ外出るか」 その女の子の幽霊と一緒に、おれたちは外に出た。幸い、天気は晴れだったから星がよく見える。 一人の幽霊とおれたちは地べたに座り、少しの間無言で星を眺めていた。すると…… 「もう満足したってさ」 ユウカが寂しそうにそう言った。 「わかった。除霊しよう」 「うん……」 おれは数珠を手に持ち、祈りを始めた。この三人の幽霊たちが、天国で穏やかでいられますように、と。 「え?うん、わかったわ!ちゃんと伝えとくから、気をつけて行ってきてね!」 成仏して天国に向かう幽霊に、ユウカは笑顔でそう言った。 「よし、除霊完了だな!今日もありがとな、ユウカ」 「うん!こっちこそありがとね!これで睡眠不足に悩まされなくて済むわ」 ユウカのニッコリ笑顔を見て、おれはつい頬を緩ませた。 除霊の仕事は、誰かに感謝されることも少ないし、幽霊の事情を聞いて悲しくなることが多いけど。それでもおれは一人でも多くの幽霊を救ってやりたい。と、心の底からそう思った。 「ところでさ、最後あの子と何話してたんだ?」 「えっとね。ハルトに伝えたいことがあるからって伝言を頼まれたのよ」 「そうなの?なんて言ってた?」 おれがそう聞くと、ユウカは少し苦笑して…… 「幽霊が見えないなら、除霊師なんて辞めたらって言ってたわ」 「やかましいわ!!!!」
缶コーヒー
コーヒーが苦手だ。理由はシンプル、苦いからだ。 ……半分は嘘だ。コーヒーを見ると、好きだった人を思い出してしまうから苦手だ。 初恋の人だった。とても可愛くて、寡黙で、時より見せる笑顔が素敵な人だ。 家の方向が同じで、ときどき一緒に帰る仲だった。教室では誰かと話している姿を見なかったけれど、帰り道ではぽつりぽつりと他愛もない話をしてくれた。 帰り道、彼女はよくコーヒーを自販機で買っていた。それ美味しいの?って聞くと、美味しいよと笑って答えてくれた。中学生によくある「背伸びしてブラックコーヒーを飲んでいる」という感じではなく、単純にコーヒーが好きなのだと言っていた。 ある時から、私も一緒にコーヒーを飲み始めた。正直言って不味かった。苦いし、少し酸っぱい。彼女には無理して合わせなくていいよと言われたけど、それでも我慢して飲んでいた。 バレバレの見栄。それでも、彼女にカッコ悪いところは見せたくなかったのだ。 無理して飲む私を見て、彼女はくすっと笑ってくれた。 苦いはずのコーヒーが、少し甘かった。 ある夏の日。いつものように缶コーヒーを片手に歩き、気が付けば彼女の家の前まで来ていた。今日もあっという間だったなと、そう思って「またね」と言おうとしたその時…… 「今日親いないんだけど、うち寄ってく?」 頭の中が真っ白になった。恋愛なんて何も知らなかった中学生の私は、その一言だけで心臓がうるさいくらい鳴っていたのを覚えている。 数秒の沈黙。そして…… 「あ、ごめん。テスト近いから帰って勉強したい」 チキった。まじでチキった。ほんとに何してるんだと、過去の自分を全力で殴りたい。 「そっか……じゃあまたね!テストがんばろうね!」 彼女は寂しそうに笑って手を振り、私はその笑顔を見送りながら帰った。もちろんテスト勉強なんて捗らず、テストが終わったら今度こそ遊びに行こうなんて思っていた。 でも、その約束は二度と叶わなかった。 テストが終わった後、彼女は学校に来なくなった。毎日教室を見に行っても、彼女の姿はどこにもない。一日、また一日と時間が過ぎ、心配になって友人に尋ねると目を逸らしながら教えてくれた。 「……あいつ、いじめられてたらしい」 私は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。そういえば、教室ではいつも一人だった。そういえば、笑うのは帰り道ばかりだった。思い返せば、気付けることはいくつもあった気がした。 何も気付けなかった自分に腹が立ち、それと同時にあの日の出来事が鮮明に蘇る。 あの日、家に誘ってくれた彼女は何か話したかったのだろうか。助けを求めようとしていたのだろうか。それとも、本当にただ遊びたかっただけだったのだろうか。答えは分からない。もう確かめることもできない。 後悔。後悔。後悔。 ただひたすらに、その言葉だけが頭を埋め尽くした。この日を境に、私はコーヒーを飲めなくなった。 月日は流れ、私は大学生になった。あの出来事以来、彼女には会えていない。成人式や同窓会も彼女の姿はなかった。風の噂で、どこか別の県に引っ越したと聞いた時は少しホッとした。まだ、彼女は生きて元気にやってくれているのではと思えたからだ。 実家に帰省中、ふと私は彼女との思い出である自販機に足を運んでみた。撤去はされていなくて、昔のままそのままだった。商品のレパートリーは少し変わっていたが、彼女の好きなコーヒーは残っていた。 私はお金を入れてコーヒーを買ってみる。ガタンと音を立てて出てくる缶を手に取ると、ひんやりとしていて気持ちがいい。ふと、これを美味しそうに飲んでいた彼女の顔が浮かんだ。 彼女は元気にしているだろうか。もしもう一度会えるなら、あの時何もできなかったことを謝りたい。自己満かもしれないし、もう好きだなんだっていう気持ちがあるわけではないけど。ごめん、と一言だけでも伝えたい。 もう二度と会えないのなら、どうか元気で幸せになって欲しい。そう思いながら、私は手にした缶コーヒーを口に流し込む。 「にが……」 あれから十年近く経っても、やっぱりコーヒーは苦かった。
初めて異文化交流した話
どうもこんにちは。暑いですね。暑くてゆでだこになってしまいそうです。 最近全然ネタを思いつかないため、今回は私が初めて中国の方と異文化交流した時の話をしたいと思います。 友達と東京のクラブへ遊びに行った時のことです。フロアでお酒を飲んでいたら、綺麗なお姉さんに声をかけられました。 「お、これはチャンスでは?」 なんてテンションが上がった私は話しかけてみたのですが、どうにも返事が返ってきません。不思議に思っていると、その人がスマホを見せてきました。 『私は中国人です。一緒にお酒を飲みませんか。』 Google翻訳で入力した文章が表示されていたんです。 私は察しました。この人、日本語話せないのだと。 中国語なんぞまるで話せない私は、仕方なくなけなしの英語で自己紹介したわけですよ。そしたらその人がまー流暢な英語を話しはじめましてね。すごかったです、ペラッペラでした。 いや、私そこまで英語話せないんですけど……。 そんなこんなで、私はカタコト英語とGoogle翻訳を駆使しながら会話を続けました。 ここでは、その中国人の方をAさんとしておきます。Aさんは友達のBさん、Cさんと日本旅行に来ており、日本は初めてだそうです。しかも世界中を旅行するのが趣味らしく、交換したインスタにはヨーロッパやインドネシアなど様々な国の写真が投稿されていました。まじですごかったです。 その後クラブを出て、Aさんともう一軒飲みに行くことになりました。適当な居酒屋に入って話していると、途中でBさんとCさんも合流。まー正直綺麗な方達でした。 中国人女性3人対まともに英語も話せない日本人1人。 これ大丈夫?金取られない?と警戒しました。それか店を出たら怖いお兄さんが待ってるパターンか。 ……もちろん何もありませんでした。疑ってごめんなさい。 話してみると3人とも気さくで、とても楽しい人達でした。Aさんは次の日横浜に行くらしく、私は「明日、一緒に横浜へ行こう」と誘われたため、行くことにしました。なんか面白そうだったので。 翌日、待ち合わせ場所へ行くと迎えに来たのはAさん……ではなく、Aさんが借りたレンタカー(中国人の運転手付き)でした。え、この人お金持ち?って思いました。 車内は運転手さん、中国人女性3人、日本人1人という何とも不思議な空間。緊張して手汗はだらだら。幸い運転手さんは日本語が話せたので、気を遣って私の話し相手になってくれました。本当にありがたかったです。 車に乗って少し経つと、薬局へ寄りたいと言われたので案内しました。薬局へ着くなり、Aさんは次から次へと商品をカゴへ入れてたので私は荷物持ちしてました。 初めて知ったんですけど、外国人旅行客は免税で買い物できるんですね。でも会計はなんと6万円超え。買いすぎでは?と思わず心の中でツッコミました。 その後の流れはまぁ観光ですね。横浜に着いた後、昼ごはんに高そうな焼肉を食べて、赤レンガ倉庫に行って、観覧車に乗って、夕ご飯に天ぷら食べてその日は終わりました。とても楽しい1日でした。 その次の日、私は新幹線の駅にAさん、Bさん、Cさんを見送りました。短い間でしたがとても楽しかったとお礼を言い3人とは別れました。 ちなみにこの3日間の交流で私は一銭も払っておりません。高そうなご飯代も、交通費も全部Aさんが払ってました。まじで何者なんでしょうね。年齢が26歳って言ってたので何の仕事をしているか気になりましたが、結局最後まで聞けませんでした。実はマフィアの娘ですとか言われたら怖いじゃないですか。 さて、ここからが今回一番面白かった話です。Aさんと話す中で、中国について色々教えてもらいました。もちろん中国はとても広い国ですし、人や地域によって考え方も違うと思います。そのため、ここからの話はふーんそうなんだくらいに留めていただければ幸いです。 「中国人の遠慮に対する〇〇」 中国の言葉で「謝謝(シェイシェイ)」というものがあるじゃないですか。ありがとうを意味する言葉ですね。前述した通り、私はその2日間でお金を払っていないため、私は何かご馳走になるたびに「謝謝(シェイシェイ)」と言っていました。 するとAさんが、 「そんなに謝謝ばかり言うのは良くないよ」 と教えてくれました。 Aさん曰く、中国では親しい人に良くするのは当たり前だから、謝謝を連呼してしまうと英語で言うところのNo thank youの意味になってしまうそうです。私が親しい人かどうかは置いておきますが…… つまり、遠慮しすぎるのが好ましくない文化があるわけです。正直驚きましたね。思いやりや謙遜が当たり前の日本と真逆じゃないですか。 あと私のこれまでの中国人のイメージって、結構遠慮しない人やマナーが悪い人が多いイメージがあったんですよ。そのことを正直に伝えると、 「日本人は遠慮がちな人が多いから、日本人から見た中国人は、遠慮を知らない少々図々しい人達に見えてしまうかも。でも、ほとんどの中国人は最低限のマナーは守るし、動画とかで見るマナーが悪い人は一部の人だけだよ」 と、話してくれました。 なんか、日本人とそう変わらないだと私は思いました。 何というか、今までの中国人への偏見が一気に覆された気がしましたね。 「中国人の若者は〇〇」 車で話してる中で何故か政治の話になったんですよね。私も今の日本の政治についてどう思う?って聞かれたのでこう答えました。 「今の若者はほとんど政治に興味ないよ」と そしたらAさんは笑ってこう言いました。 「中国人の若者もほとんど政治に興味ないよ」 なんだ、一緒じゃないか。 ちなみにAさんは某アメリカ大統領のことは嫌いだそうです。 また、今の中国の若者は結構英語を話せる人が多いらしく、グローバルだなぁとも思いました。私も英語を勉強しなくてはなりませんね。 「中国人のご飯事情」 これも驚いたのですが、中国にはご飯を食べる際「いただきます」や「ごちそうさま」を言わないそうです。そもそもそんな言葉はないらしく、私が食べる前に言ってるのをまじまじと見られました。 せっかくだったので、私はAさんに「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」「どういたしまして」あたりを教えてあげました。 あと調子に乗っていくつか下ネタ教えときました。素直に復唱していたのでちょっと申し訳ない気持ちになりましたが、笑っていたので良しとします。 「中国人のご飯事情2」 ご飯を食べ終わった時に気になったのが、Aさん達はやたら料理を頼んで結構残しちゃってたんですよね。私もそこまで食べれる方ではないので、食べれる量だけ注文しようと提案したらこう説明されたんですよ。 「中国では、お店で食事する際に料理を全部平らげてしまうのはマナー違反である」 これも日本と真逆ですね。日本ってご飯残すと結構怒られますからね。 逆に中国では、「ご飯を全部食べる=満足していない」「ご飯を残してしまう=もうこれ以上は食べれません、満足です」って意味になるそうです。また、食べきれないくらい多く注文することが、お店に対するチップにもなるそうで。もし中国に行った際は試してみようと思ってます。 こうして3日間の異文化交流は終わりました。面白いですよね。海一つ跨いだだけでここまで文化が変わるんですよ。 今はネットが主流の世の中ですので、様々なイメージや偏見があると思います。特にネガティブな情報は広まりやすいですから、他国に悪いイメージがある方もいると思いますし、それが正しい場合もあるでしょう。 しかし例え国が変わっても、そこにいるのは私達と同じ人間なわけで。私たちと同じようにご飯を食べ、笑い、悩み、必死に生きているわけで。 もし、あなたが他国の方と話す機会があったなら、どうか悪い偏見やイメージを一旦捨てて欲しいです。相手をあなたと同じ1人の人間として見て、偏見ではなく対話で判断して欲しいです。そのために、私達には言葉があるのですから。 どうかこの世界の人達が、お互いに分かり合える平和な世の中が来ますように。
おかあさん だいすき
わたしは だいすきな おかあさんがいます おかあさんは せかいいちやさしい おかあさんです おかあさんが つくった らーめんは せかいいちおいしいです あ おかあさん みてみて てすとまんてんとれたの えへへ すごいでしょ おかあさん どうして どうして びりびりにしちゃうの ごめんなさい じがへたで ごめんなさい ごめんなさい わるいこで ごめんなさい いいこになるから いいこになるから だからね ぶたないで おかあさん あ おかあさん きょう おたんじょうびだよね みてみて おはなとってきたの きれいでしょ ぷれぜんとだよ おかあさん いたい いたいよ ごめんなさい おはなとってきて ごめんなさい ごみばこに ないないするから ぶたないで おかあさん あ おかあさん なんでないてるの どこかいたいの おとうさん いなくなっちゃったから ないてるの わたしが よしよししてあげるね あ いたい おかあさん いたいよ ごめんなさい ごめんなさい うまれて ごめんなさい いきてて ごめんなさい おかあさん おかあさん おねがい あけて なかに いれて さむい さむいよ ごめんなさい わるいこでごめんなさい なにもしないから しずかにするから おかあさん なかにいれて あ せんせい こんにちは どうしたの せんせい おかあさん いまいないよ どうしたの あ これ だいじょうだよ ぜんぜんへっちゃらだよ わたしがわるいこだから いけないの うん おかあさんのこと だいすきだよ せんせい どうして ないてるの あ せんせい きょうはね たなばたなんだって おねがいごとかくと かなうんだって なににしようかな なににしようかな そうだ これにしよ 「おかあさんと もっとなかよくなれますように」 あ せんせい どうしたの このひとたち だれ まって まって どこにいくの どこにいくの おかあさん どこにいくの やだよ やだよ つれてかないで おかあさんを つれてかないで せんせい おねがい おかあさん まだかな はやく むかえきてほしいな まだかな まだかな さびしいな さびしいな あ わがままいったら おこられちゃうな わたしは いいこだから がまんできるよ おかあさん あ せんせい ひさしぶりだね うん げんきだよ でもね おかあさんが ぜんぜん むかえきてくれないんだ でもね わたし いいこだから ちゃんと まってるんだ えへへ えらいでしょ あ そうだ きょうはね たなばたなんだって せんせいも おねがいごとしよ わたしもね おねがいごとしたよ みてみて せんせい 「おかあさんと またくらせますように」
子供嫌い
子供は嫌いだ。 すぐ泣くし。 やめてって言っても危ないことするし。 自分のオムツすら変えられないし。 寝て欲しいのに全然寝てくれないし。 関わるメリットなんて何一つない。 「あ…あぅ!……あ…ぱぱ!……」 「あ!あなた聞いた??この子、今パパって言ったわ!」 「………………うん。」 その小さな手を握ると、とても暖かかった。 子供は嫌いだ。 自分の思い通りにならなければすぐ泣く。 やめろと言っても、人前で騒ぎ立てる。 学校で喧嘩をしたと、また先生から連絡が来た。 どれだけ迷惑をかければ気が済むんだ。 「あ……パパ。」 「……どうした?」 「おしごとがんばってね!」 「…………あぁ。」 その日は、なぜかいつもより頑張れた。 子供は嫌いだ。 何を考えてるかさっぱりわからないからだ。 最近は口も悪くなってきた。 部屋に行けば、「勝手に部屋に入るなクソオヤジ!」などと暴言を吐かれる。目上の人に対する敬意すらないのか。 「あ、あなた〜。」 「どうした?」 「これ……」 妻から渡されたのは、綺麗に包装された細長い箱だった。 「あなた来週誕生日でしょ。ちょっと早いけどプレゼントだって。まったく、あの子も自分で渡せば良いのにね。」 「……。」 箱の中身は新品の万年筆だ。きっと自分の、決して多くはない小遣いで買ったのだろう。……感謝の気持ちがあるのなら、直接渡すのが礼儀というものだ。全く何もわかっていない。 おれはそっと、スーツの胸ポケットにそれをしまった。 子供は嫌いだ。 最近、夜遅くに帰ってくることも増えてきた。 化粧やらファッションやらで色気付いてきた。 変な男でも寄ってきたらどうするんだ。 そんなおれの心配も考えて欲しいと、心の底から思う。 「あの子、彼氏に振られちゃったらしいのよ〜。」 「……そうなのか?」 リビングに行くとテーブルに突っ伏して啜り泣いているのを見つけた。 「……彼氏に振られたくらいでメソメソしてたら、この先が思いやられるな。」 「……うるさい、クソ親父。あんたには分かんないでしょ。」 「分かる。……父さんが母さんと出会うまで、何回振られてきたと思っているんだ。」 「………………ふふっ、何それフォローのつもり?」 彼女は赤く腫れた目を擦り、少し笑ってくれた。 子どもは嫌いだ。 手塩にかけて育てても、いつか離れて行ってしまうから。 決して寂しいわけではない。 だが、治安の悪い都会のどこが良いというのだ。 「じゃ、行ってくるね!」 「えぇ、行ってらっしゃい。大学生活満喫するのよ!ほら、お父さんも何かないの?」 そう言われても困る。言いたいことはいくらでもある。 夜更かしするな。 変な男に騙されるな。 ご飯はちゃんと食べろ。 …………。 「風邪……引くなよ。」 「いや、ゼフかよ。」 彼女は呆れたように笑った。 「お父さん、お母さん、ここまで育ててくれてありがと!じゃあ……行ってきます!」 スーツケースを引く音が少しずつ遠ざかっていく。振り返ることなく歩いていく後ろ姿は、いつの間にか大きくなっていた。 「あらお父さん、泣いてるの?」 「……これは汗だ。」 外はまだ肌寒いのに、目から出る汗は止まらなかった。 「あ、お父さんただいま〜!!」 ある日、都会に染まった彼女が久々帰ってきた。 今時の言葉遣いになってるし。 見た目はギャルそのものだし。 こんな風に育てた覚えはないのだが。 「お父さーん」 「なんだ。」 「振袖、変じゃない?」 赤い振袖に身を包んだ娘が、照れくさそうに立っている。ついこの前までランドセルを背負っていたはずなのに。 「……別に」 「ええ〜。」 「似合ってる。」 「ふふっ、ありがと。」 彼女の笑顔は、昔と何も変わっていなかった。 ある日、彼女がろくでもない男を家に連れてきた。 「娘さんをぼくにください!幸せにしてみせます!」 気に入らない。 礼儀正しいのも気に入らない。 真面目そうなのも気に入らない。 娘を見る目が優しいのも気に入らない。 「……お父さん?」 妻に肘で小突かれる。 「いや……」 おれは男を見てこう言った。 「娘を泣かせるな。」 「はい!」 即答なのが、少しだけ癪だった。 ……いつかは誰かのものになってしまう。そんなことは分かっていたし、想像もしたくなかった。でも、純白のドレスを纏った彼女は信じられないほど綺麗だった。 バージンロードの前で腕を差し出すと、彼女は少し照れながら手を添えた。 「お父さん。」 「なんだ。」 「今までありがとう。」 「……まだ早い。」 「え?」 「結婚してからが本番だからな。」 彼女は小さく笑ってくれた。 昔、小さな手でおれの指を握っていたのに、今はおれの腕を支えて歩いている。一歩、また一歩。歩くたびに、胸の奥が苦しくなる。祭壇の前でおれは彼女の手を、新郎へと託した。 「幸せになれ。」 そう呟くので精一杯だった。 やっぱり子どもは嫌いだ。 手がかかるし。 心配ばかりさせるし。 金もかかるし。 ——こうして何度も泣かされる。 ふと胸ポケットを触ると、あの日もらった万年筆がひっそりと収まっていた。
第九話 社交の場では笑顔が大事♡
『もしもし〜、ハロー!私はキラリ!いずれ世界を救う魔法少女だよ♡』 「……もしもし、田辺だけど。ちょっとお願いがあってな。」 『ん〜?』 ベッドの上で寝転がりながら、彼女は気の抜けた返事をした。 「今日の夜の懇親会、また参加頼めるか?」 『えー!!私今日休みなんだけど〜!!』 「奇遇だな、おれもだ。」 『……なーんで私なの?』 「会長のご指名だ。」 『あー……そういうこと。』 一瞬で察したキラリは、盛大にため息をついた。 『あのエロオヤジの相手きついんだけど〜。』 「すまん、おれもそれは耐えてくれとしか言えない……。」 『…………夜ご飯奢ってくれたら行く。』 「いいよ。何でも奢るわ。」 『ほんと!?じゃあ、いつものとこがいいな。あと、準備終わったら迎えきて。』 「了解だ。ありがとう。」 電話を切った後、彼女はしばらく布団に埋もれていたが、やがて観念したようにもぞもぞと這い出した。せっかくの休日だというのに、本当に面倒な話である。 都内某所。高級ホテルの大宴会場は、シャンデリアの光に照らされていた。会場にはスーツ姿の男女が大勢集まっている。スポンサー、政治家、官僚、防衛関係者。テレビで見たことのある顔も少なくない。そんな中、一際目立つ桃色の髪の少女がいた。 『ねぇ田辺。私はいつからお偉いさんの見世物になったんだい?』 「……すまん。」 そうぼやきながらも、彼女は笑顔を崩さない。しかし、その顔には疲労が滲み出ている。無論、隣でボディーガードをしている田辺も同様だ。 魔法少女の戦闘フォームに変身し、純白と桃色のフリルドレス姿になった彼女は注目の的だ。事あるごとに世のお偉い方に声を掛けられ、あれこれ頼み事をされ、写真を撮られ、しまいには勝手に見合い話まで持ち込まれる始末だ。 「まぁでも流石というか、当然というか。こういう時の社交スキルは大したもんだ。やっぱ良子さんの子だな。」 『……母さんなら、もっと上手く媚びるんじゃない?』 「いや、言い方よ。」 そんな軽口を交わしていると、人混みの向こうからふくよかな男性が歩いてきた。両脇にはメイド姿の美女を連れている。会場の空気にまったく馴染んでいないのに、なぜか誰も突っ込まない。 「やぁやぁキラリ、相変わらず可愛いな〜。」 『げ……あ、ううん!お久しぶりです、会長!お元気そうで何よりです。』 「あぁ元気だとも!キラリはどうだ?最近困ってることはないか?なんでも私に言ってみたまえ。」 そう言って、会長は当然のようにキラリの肩へ手を回した。顔が近いうえに香水と酒の匂いが鼻につく。 『あはは……お気遣いありがとうございます。』 営業スマイル。満点。内心は零点だった。 「そうだ。今夜この後、食事でもどうだね?」 『あーすみません、今日はちょーっと予定があるので別の機会に……。』 「そうかい?残念だ。では、また別の機会に誘おうか。」 彼は少し苦笑した後、キラリの隣にいる田辺に目を向けた。いや、睨みつけた。 「おい田辺!」 「はい。」 「最近ちゃんとやってるのか?」 「やってますよ。」 「間違ってもキラリに面倒かけるんじゃないぞ、いいな?」 「会長、なんでぼくには喧嘩腰なんすか。面倒かけられてるのぼくのほうっすよ。」 「ははは!冗談だ、お前の働きには期待しているからな。馬車馬の如く働いてくれ!」 「うっす。定時厳守で頑張りやす。」 会長はそう笑うと、不意に田辺の肩へ腕を回した。そして周囲に聞こえないよう顔を寄せる。 「……あと、良い子がいたら紹介してくれ。もちろん、お前にも回してやる。」 彼は最後にそう耳打ちして去っていった。 『……エロオヤジ。』 「……まぁ、会長はそういう人だから。」 キラリと田辺は目を合わせ、はぁと溜息をついた。 「あらぁ〜、2人してなーに辛気臭い顔してんのよ。」 野太い声が響く。振り返ると、周囲の男たちより頭一つ大きな巨体がずんずんと歩いてきていた。黒いドレスの上からでも分かる分厚い胸板。丸太のような腕。そして艶やかな化粧。筋骨隆々のオネエがそこに立っていた。 『あ!クマノミさん!なんかすごいムキムキですね。』 「そうなのよぉ〜! 最近筋トレにハマっちゃって!筋肉ホルモン増し増しよ!」 彼?は自信満々に力こぶを作るが、着ているドレスの袖が悲鳴を上げていた。 「こんにちは、キラリちゃん。田辺ちゃんも久しぶりね。そんな顔してたら運気下がるわよ?」 「お久しぶりです、クマノミさん。勘弁してくださいよ。ぼく今日非番だったんですよ。」 「あらあら、こんな美少女のボディーガードできるのよ?もっと喜びなさい。ね、キラリちゃん。」 『そーだそーだ。』 「お前なぁ……。」 キラリはケラケラ笑っている。すると何かを思い出したように手を叩いた。 『あ、そうそうこの前はありがとうございました。これお礼の分です。』 そう言って、彼女は札束の入った封筒をクマノミに渡した。 「あら、ありがと。私の性転換魔法が役に立って何よりだわ。でも、あの後私も楽しんじゃったから、お代は半分でいいわよ。」 『いやぁ、でもクマノミさんには色々お世話になってますし……。じゃあ、次依頼する時の前金ってことで!』 「あらあら、口が上手くなったわね!じゃあ、何かあったら私を頼りなさい。田辺ちゃんもね!」 「うっす。」 そんな和やかな空気を切り裂くように、突然大きな声が響いた。 「魔法少女キラリ!!」 『ひゃっ!?』 突然背後からでかめの声を掛けられた彼女は、思わず体をビクッと震わせる。振り返ると、赤と黒のドレスを纏った赤毛の少女がそこに立っていた。 「今日という今日はあんたに文句を言ってやる!」 『え……君だれ?』 「はぁぁぁぁ!?」 赤毛の少女は今にも噛み付きそうな顔で一歩踏み出した。 「私よ!私!!魔法少女ヒバナ!!あんたと何回か任務で一緒になったじゃない!!」 『えー……あー、ごめん。私忘れっぽいんだよね〜。』 「忘れっぽいですって??舐めるのも大概にしなさいよ!!」 目の前の少女は地団駄を踏んでいる。 「あの時も、この前の任務も……あなたが全部めちゃくちゃにしてったんじゃない!!」 ヒバナの怒鳴り声を聞きながら、キラリは首を傾げた。 ――そういえば、そんなこともあった……のかな? 一方ヒバナの脳裏には、キラリとの共同任務の記憶が蘇っていた。