濡れた犬の鼻の下
3 件の小説バンドマン
「俺、将来はお前のこと養えるくらい有名になるから。」 彼と付き合い始めたのは高校ニ年生、一つ上の軽音学部に所属していた彼に一目惚れした。彼の鳴らすギターの音が当時の私の全てだった。 約ニ年間の山あり谷ありの交際期間を経て、私の卒業と同時に二人で家を借りた。彼は音楽の専門学校に行っているためあまりいい部屋は借りられなかったが私はそれでよかった。彼といられるならこの狭いワンルームもシャンデリアがついて見えたし、外には夜景が見える気がした。 ある日から彼の帰りが遅くなった。バンドのメンバーと飲み会と言っていたが私は知っている。彼が他の女とホテルにいること。彼が私を騙していること。 それでも私はこの生活を守り抜いた。 彼がここに帰ってくるならどうでもよかった。高校では誠実だった彼が黒髪から金髪に変えた理由も、ピアスの数が日に日に増えているのも、最近歌詞がよく思いついているのも。全部他の女のところに入り浸ってからだ。何回女が変わったのかは分からない。ただ自分のところだけには毎日帰ってきてくれてるという事実だけで幸せだった。 大学2年の春、私は彼に別れを告げた。 彼は「バンドでもうすぐ食っていけそうなんだ、そしたら〇〇と結婚して子供も作って幸せに暮らそう。」そう言った。 「私もそれを望んでた。」 彼は私との交際期間の間に他の女と結婚していた。 昼過ぎに帰宅し、夜にそっと私に気づかれないように家を出て昼前にまた帰る。 よくそんなやり方で結婚までいったものだ。私も正直そこまで進んでいるとは思わなかった、不覚だった。 私の好きだった彼はとっくにいなくて、彼の顔をよくみるとシミとシワだらけの髭の生えた汚らしい男だけがそこにいた。一年前に出会ったという彼の奥さんに話を聞いたところ、彼はもうバンドなんてしてなくて冴えないサラリーマンをしているそうだ。なんて醜い。 あの頃のキラキラしていた彼はもういなかった。 「奥さんと幸せになってね。三年間ありがとう。」それだけ放って私は荷物をまとめて二人の家を出た。二年間二人を籠もらせてくれたこの部屋はもう抜け殻みたいでただの小さな砂の城みたいだった。 さようなら、先輩。 それから一年。私はシンガーソングライターとして活動している。彼を追いかけてじゃなく、私の意思で。私のことを救えるのは男ではなく、音楽だ。 見てるか先輩?私はお前より音楽の才能があったみたいだよ。お前があの頃歌ってたあのライブハウスの3倍はあるドームで歌えるようになったぞ。 ただ、あの頃の狭いライブハウスの人間の汗ときつい香水の匂いがいつもふと私の脳内を横切る。ドーム公演の帰り道彼がいた。私の乗った車が彼とすれ違う。知っている、彼が私のライブに毎回足を運んでくれていること。 車の窓を開けて私は叫んだ。 「じゃあな、私のバンドマン!」
メンヘラ
「一緒に死のうっていったじゃん。」 私は俗に言うメンヘラらしい。付き合っている彼には連絡はすぐに返して欲しいし、女と連絡なんてもってのほか目も合わせて欲しくない。自分に自信がないからこうなっているなんてこと初めから分かっている。 ある日、私が過呼吸になっていると彼が言った。 「タオルで口を軽く抑えるといいよ。」 その言葉に私は何度救われたことか、あれはきっと魔法の言葉だった。私に呪文をかけたまま魔法使いは消えた。 また君に会えるだろうか、また君は呪文をかけてくれるだろうか。 君がいないと私はティッシュを口に詰めて死んでしまうよ?いいのかい? 夏に出会った髪の長いサンダルを履いた魔法使いはいつしか髪を切っていて、私の知らない有名ブランドの靴を履いて違う女に魔法をかけているのだろうか。 都合のいい魔法。けどその時に一番欲しい魔法。イライラする、吐き気がする、私はまた生きるために “腕を切る。” あぁ君の声が聞こえる、かなり遠い場所からではあるが確かに。 そして、私はただの未練深い死神となった。
元彼
三月一日、私は死んだ。死んだと言うのも物理的にではなく精神的に。私の心が、ハートが、心臓が、死んだ! ハッと目覚めると、また憂鬱な日々が無駄にニコニコしながら私を布団から出させる。私はパンを口に詰めながら走るthe 映画のヒロインの女子高生とは違い至って真面目に、謙虚に五時半起きで朝課外に向かっている。そんな私にも彼氏がいた。恥ずかしながら彼は私の生きる希望だった。※勝手に希望にしてごめんなさい(笑)彼は頭が良くて、ゲームが好きで、周りの人を大切にできる人間だった。はずだった、 ある朝私は彼のベットの上で目が覚めた。彼を見るとそれはそれは気持ちも良さそうに眠っている。その時私は思った。 「あぁ、早く死んでくれないかな。」なぜそう思ったかは分からない、ただひたすらに窓に映る自分が泣いていたのは覚えている。彼は浮気していたのだ。 夜中彼のスマホを見た、自分より年下の、ひとまわり太っている女とのメッセージ。気持ち悪くて彼に気づかれないように何回トイレに駆け込んだだろうか。初めて泣き叫んで彼を起こした。眠りから覚めた彼は何が起こっているのか分からず私にこう言った 「どうしたの大丈夫?」 お前のせいで、お前のせいでこうなってるんだよ。私は正直に言った。「これ誰?浮気?」信じたくなかった。六ヶ月。私と彼が付き合ってそのくらいの時だった。メッセージ上でその二人は付き合っていた。殺したかった、その場で首でもなんでも切って私も死ぬつもりでいた。けどこいつに自由を与えたくなかった。だからやめた。するならバレないようにしてほしかった。もう遅い、彼を許した。これが一回目。 八ヶ月目の記念日、彼とライブに行った。私の好きなバンド。 彼は優しかった、浮気をして、私が許してから人が変わったかのように尽くしてくれるようになった。それが怖かった。ライブの合間にも彼は「かっこいいね、この曲いいね。」と声をかけてくれた。ただその声に私は答えなかった。横にいるこの男に私はもう魅力を感じていなかったのかもしれない。それよりも前のこのバンドの声に、音に打ちひしがれていたかった。横にいるこの男の声を掻き消すくらいギターを弾いて、喉が渇ききるまでその声で私を満たしてほしかった。ライブが終わって帰り道もう別れてもいいなと思った。彼は二回目の浮気をしていた。 私は本当に馬鹿だ。修学旅行中、三日目の夜。彼は懲りずに元カノとの連絡を始めていた。幼稚だ、アホだ、そんな所を愛した私が一番のクズだった。 帰ってきた次の日、彼の家に泊まりに行った。夜中スマホを見た。安心していた。けど見てみると知らないインスタのIDが見えた。ログインするとそこには彼女とは別れたからと言う文字が見えた。私はまたかと思った。もういっそのこと何も言わずに帰ろうと思っていたができなかった。このまま終わりにしたくなかった。依存というものはとても怖いもので相手を美化してしまう。私はまた前と同じ話を彼にした。 ライブが終わって2週間後、彼から二通の連絡が来た。 「別れよう。」頭の中が混乱した。お前にかけたお金も私の愛も全部、半分も返ってこなかった。親の離婚、睡眠障害、不安障害、辛い?分かる。わかってる。私だってお前のせいで不安だしお前のせいで寝る時間は付き合う前から三時間減った。でももう全部どうでも良くなった。 「そっか、最後に会って話だけさせて」それだけ伝えた。 次の日彼は会ってくれた。私は思いついただけの彼の嫌な所を吐いた。ゲームばっかりに構う所、負けると舌打ちする所、浮気癖、嫌なはずなのにそこまでも愛しく思えていたのは言わなかった、最期まで。別れ際最後に首だけ絞めてと言った。もう殺してほしかった。彼のいない人生に生きてる意味なんて見出せなかった。だが彼は優しく絞めるだけだった。 私の大恋愛は終わった。それから数日して彼に貰ったぬいぐるみ、ブレスレットを見ても泣かなくなった。彼は私のことを好きではなくなったし、私も彼のことを嫌いになろうと思えた。 それでいい、これでいい、ただ今君に会えるならこれだけ伝えたい。寝る時間もエアコンの温度も好きなゲームも好きな音楽も君といた時と何も変わらない。まだ君が私の心に住み着いている。君に貰ったシーシャでこの寒い冬、今日も口寂しさを埋めている。 貴方の肺は腐って仕舞えばいいのに、腐って黒くなって死んで仕舞えばいいのに。