叶夢 衣緒。/海月様の猫

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叶夢 衣緒。/海月様の猫

綺麗事が救いにならない夜の話。 正しさに置いていかれた感情と、 救われなかった青春の残骸。 優しい言葉ほど、いちばん痛い。 2023年 2月27日start 3月3日初投稿

第3回NSS ふたご

俺と兄は双子だ。生まれた日も背の高さも同じなのに、両親の離婚で、別々に暮らすことになった。兄は父の元へ、俺は母と残る。俺たちには選択肢なんてなかった。決まった日の夜、兄はいつもより無口だった。テレビでは、ふたご座流星群が見頃だと言っている。まるで俺たちをからかうみたいで、俺は少し腹が立った。 ベランダに並んで座ると、冬の空気が肺に刺さる。流星が続けて沢山落ちていく。兄は空を見たまま言った。 「双子ってさ、離れても消えないんだよな。ふたご座の元になってるギリシャ神話の双子って切っても切れないぐらい仲良かったんだってな」 俺は返事をしなかった。胸が詰まって声が出なかった。 置いていかないで、って叫びたかった。 それ以外の願い事なんて浮かばない。ただ、この瞬間だけが長く続けばいいと思った。 別れの朝、兄は靴を履きながら振り返り、笑って言った。 「同じ空見てたら、それで十分だろ」 ドアが閉まったあと、寂しさは確かに残った。でも夜空を見上げるたび、胸の奥が少し暖かくなる。双子の片割れは、今もどこかで、同じ星を見ている気がしたから。

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死にたい僕は

総合病院の庭は、時間が止まったみたいだった。 救急車のサイレンも、病棟のアナウンスも、ここまで来ると遠くなる。 僕はベンチに座り、制服の袖を引っ張った。 今日も何も変わらない一日だった。 生きている理由も、死なない理由も、見つからないまま。 「ねぇ、暑くないの?」 声をかけられて、びくっと肩が跳ねた。立っていたのは、点滴スタンドを引きずった同い年ぐらいの男の子。 視線は、僕の袖口に向いていた。 「……関係ない」 突き放すように言ったのに、彼は引かなかった。 「そっか。熱中症にならないように気をつけてね」 なぜか、その言葉だけが胸に残った。久しぶりに誰かに気をかけてもらえた。心配してくれた。 そのまま彼は僕の隣に座ってきた。 「僕みつき。」 「……僕は」 名乗るのを一瞬ためらってから、口を開いた。 「志音」 どうせ、またすぐ会わなくなる。そう思っていたのに。 次に会ったのは三日後だった。また庭で、同じベンチ。 「やっぱり来た」 みつきは、嬉しそうに言った。 「来ると思ってた?」 「うん。君、顔が“帰る場所ない人”の顔してる」 図星だった。そこから、少しずつ会話が増えた。 最初は天気とか、病院のご飯がまずい話とか。 そして話し始めた。みつきの病気の話を。 「生まれた時からほとんど真っ白な病室にいて。だから普通に生きるってのが、よく分かんない。君は?」 答えるか迷った。 でも、なぜかみつきには嘘をつきたくなかった。 「……死にたいって、ずっと思ってる」 言葉にした瞬間、空気が変わると思った。 でも、みつきは表情ひとつ変えなかった。 「そっか」 ただ、それだけ。 「じゃあさ、僕たち正反対だね」 「……どういう意味」 「僕は、生きたいのに生きれないかもしれなくて、 君は、死にたいのに生きてる」 その言い方が、不思議と優しかった。 夏が近づくにつれて、僕たちは「約束」をするようになった。 「今日は何時に庭」 「体調悪かったら無理しない」 「来れなかったら、次は必ず来る」 些細な約束。 でも、それがあるだけで、僕は自傷衝動を少しだけ我慢できた。 「今日、来るって言ったから」 それが、理由になった。 ある日、僕が遅れて行くと、みつきは不機嫌そうだった。 「遅い」 「ごめん……」 「心配した」 その一言に、胸が詰まった。 誰かに心配される資格なんて、自分にはないと思っていた。 「ねぇ」 みつきが言った。 「死にたいって思うとき、どんな気持ち?」 少し考えて、答えた。 「……全部終わらせたい。自分が嫌い」 みつきは静かに頷いた。 「僕はさ。 死ぬのが怖いっていうより、 生きられなくなるのが怖い」 同じ言葉を使っているのに、意味は真逆だった。 春の夜。 偶然聞いてしまった、みつきの声。 徐々に外に出ることが難しくなってきたみつき。僕は病室に遊びに行くようになっていた。 「……死にたくない」 震えていて、必死で。 「お願い……もっと、生きたい……」 その声が、頭から離れなかった。 次の日、僕は何も言えなかった。 みつきも、何も言わなかった。 でも、その沈黙が、僕たちを少しだけ近づけた。 みつきの体は明らかに弱っていた。 それでも彼は言った。 「一年ってさ、短いと思ってたけど。君といると、長い」 その言葉が、怖かった。 終わりが近いことを、二人とも分かっていたから。 そしてまた夏が来た。 病室で、悠真は少し長袖を捲った僕の腕を見て言った。 「それ、前より減った?」 「……少し」 「そっか」 それだけで、嬉しそうに笑った。 「じゃあさ。僕の一年、無駄じゃなかったな」 否定したかった。そんな軽い話じゃない。 でも、声にならなかった。 僕は、毎日のように病院に通った。 病室のドアをノックすると、みつきは決まって少し驚いた顔をしてから笑った。 「また来た」 「約束だから」 それは、誰に言われたわけでもない約束だった。 それでも、守らなきゃいけない気がしていた。 ある日、みつきは珍しく真剣な顔をしていた。 「あのさ、」 「なに?」 「僕がさ……いなくなったら」 その言葉を聞いた瞬間、心臓が強く鳴った。 「……やめて」 遮ると、みつきは困ったように笑った。 「ごめん。でも、聞いてほしい」 少しの沈黙のあと、彼は続けた。 「君は、きっとまた死にたいって思う」 否定できなかった。 「それでもさ」 みつきは、ゆっくりと言葉を選ぶように言った。 「それを“悪いこと”だって思わないでほしい。君は、そう思いながらも生きてきたんだから」 その言葉に、喉が詰まった。 秋の気配が少しずつ近づいてきた頃。 みつきの体は、もう限界に近かった。 ある夜、病室で二人きりになった。 「ねえ」 みつきが、ほとんど聞こえない声で言った。 「僕さ。ずっと考えてた」 「……なにを?」 「なんで君と会えたんだろうって」 点滴の音だけが、部屋に響いていた。 「答え、出た?」 そう聞くと、みつきは微笑んだ。出会った時と同じ、温かい笑顔だった。 「君に、生きる理由を押しつけるためじゃない」 胸が締めつけられる。 「ただ、一緒に生きる時間が欲しかっただけだ」 涙が、こぼれた。 「……僕は、君みたいに生きたいって思えない」 正直な気持ちだった。 「それでいい」 みつきは、はっきり言った。 「君は“死にたいまま生きる”人なんだと思う」 その言葉は、不思議と残酷じゃなかった。 その数週間後。みつきは静かに息を引き取った。 「君の未来が少しでも明るく輝いていますように。見守ってる」

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死にたい僕は

第8回N 1 “運命”

夕方の校庭は、夏の匂いをまとっていた。部活の声が遠くで弾け、風が草を揺らす音が教室まで届く。 僕――高瀬悠斗は、開け放った窓辺に立ち、その音を聞いていた。 教室にはもうひとりだけ残っていた。 幼馴染の宮良咲也。 女の子みたいに顔立ちが整っていて、声も柔らかくて、困ったように笑うのがクセ。 昔からずっと一緒で、家も隣。小学校も中学も高校も同じだった。 でも少し前から、咲也は学校にあまり来られなくなっていた。今日も保健室帰りに寄っただけだ。 「悠斗、まだ帰らないの?」 「咲也は?」 咲也は笑う。 その笑顔が少し苦しげで、無理に作っているのがわかった。 「体調は?」 「んー…まぁまぁかな?」 嘘だ。 咲也は昔から嘘が下手だ。 「心配性だね、悠斗は。ほんとに、大丈夫だから」 「大丈夫に見えねーんだよ」 「……だよね」 窓から吹き込んだ風が、咲也の髪をさらっと揺らした。 色素の薄い長い前髪が風で揺れる。一瞬見えたその瞳はびっくりするぐらい暗かった。 「ねぇ悠斗」 「ん?」 「死ぬのって、どんな感じなんだろうね」 時間が止まった気がした。 「そんなこと言うなって」 「……ごめん。でもさ、ふと、思うんだ」 咲也の声は、前よりずっと弱かった。 帰り道。 小学生の頃、よくふたりで走った道をゆっくり歩いた。 「ここ覚えてる? 昔さ……」 咲也が指さしたのは、古びた公園。 誰も使わない滑り台と、錆だらけの鉄棒。 「覚えてるよ。お前が木から落ちて大泣きした場所」 「ちがうし! それ悠斗のほう!」 「あれ? そうだっけ」 「そうだよ。俺が慰めたんだから。“痛いの痛いの飛んでけ〜”って」 「あぁ……黒歴史」 昔から体が弱かった咲也と動くことが大好きだった僕。正反対だったはずなのにいつも一緒にいた。 咲也は笑い、少し咳き込んだ。 僕は背中をさすった。 その細さが、怖かった。 僕は知っていた。 咲也の病気は、もう治らない。 延命も限界が近いことを。 でも彼は、いつも笑っていた。家の前に着くと、咲也は立ち止まった。 「ねぇ悠斗。明日さ……学校来られるかわかんないけど、放課後、屋上に来てほしい」 「屋上? 立ち入り禁止だぞ」 「鍵ゆるいんだよ。知ってるでしょ?」 「まぁな。何企んでんの」 「何も。話したいだけ」 咲也の目が夕日に照らされて、金色に揺れていた。 「明日、待ってる」 その言い方が― どうしようもなく“最後”みたいだった。 翌日。 咲也の席は空だった。 胸がざわついたまま、放課後になると同時に屋上へ走った。 鍵は簡単に開き、強い風が吹き抜ける。 フェンスにもたれ、夕日を見ている咲也がいた。 「来たね、悠斗」 声は弱かったが、笑っていた。 「無理すんなよ。来なくてよかったのに」 「今日だけは来たかったんだ。どうしても」 咲也の身体は、風に吹かれたら消えてしまいそうなくらい細かった。 「俺さ、ずっと怖かったんだ。死ぬのもだけど…消えることが、忘れられちゃうことが」 「……咲也」 声が震えてしまいそうだった。 「でもね、ひとつだけ安心できることがあったんだ」 咲也が僕を見た。 泣いていないのに、泣き声みたいな目だった。 「悠斗が……悠斗は絶対俺のこと覚えててくれる気がしたから」 胸が張り裂けるように痛んだ。 「忘れるわけねぇだろ」 「ふふ。悠斗、そういうとき眉が上がるんだよ」 「嘘じゃねぇよ」 「……知ってるよ」 咲也は小さな紙袋を取り出した。 「これ、あげる」 「何だよこれ」 「小学生のとき作ったビーズのブレスレット。覚えてる?」 「あー…僕が途中で飽きたやつ」 「うん。それ。家整理してたら出てきて。直したんだよ。青が悠斗の、赤が俺の。嬉しかったんだよね。俺。悠斗ってこういうの苦手じゃん?だけど俺の体調が悪かった時に一緒に付き合ってくれて。」 「なんでお前のまでくれんだよ」 「だって……もう持ってても……いいでしょ、悠斗が持ってて」 その言葉に、泣きそうになる。いや、泣いていたのかもしれない。視界は滲んでいた。 咲也はゆっくり近づいてきた。 僕の胸元をそっと掴んだ。 「悠斗と生きてきた時間、俺…ほんと楽しかった。一番楽しかった、。俺のことなんか忘れて悠斗の人生歩んでね、なんてかっこいいこといいたいけどやっぱり寂しいかな…」 涙が視界をぼやけさせた。 「…僕たち正反対だったよな。」 「運命でしょ。俺と悠斗は出会う運命だったんだ。また会えたらいいね、どこかで。」 「……あぁ。絶対な。“運命”なんだろ?」 「約束」 咲也は少し微笑んだ。 風の音が大きくなった。 「ねぇ悠斗……」 声が、かすれていた。 「ありがと」 あの日から1週間後の夜。咲也は静かに息を引き取った。笑顔だった。 咲也のいない日々は、音が消えたみたいに静かだった。 登校しても、向かいの家の窓はもう開かない。帰り道を歩いても、隣を歩く影はない。 でも― 僕のポケットには、咲也のブレスレットがある。青と赤のビーズが並んだ、小さな輪。 傷つかないように、大事にしまってる。 風の強い日、ふと空を見上げた。 あの日と同じ色の夕焼けが広がっていた。 これだけは言える。 咲也は消えない。 ちゃんと覚えている限り、ずっと。 “俺と悠斗は出会う運命だったんだ” 咲也。その言葉忘れないよ。 頑張った分、今はしっかり休んでまた僕の前に現れて。 僕はポケットの中のブレスレットを強く握った。 「……約束だよ、咲也」  その声は風に溶け、夏の空へ消えていった。

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第8回N 1 “運命”

理想

かすかな潮の香りが、村外れの道にまで漂っていた。 昨夜の雨で濡れた土はやわらかく、歩くたびに微かな音を立てる。 こんな静かな朝は久しぶりだった。胸の奥のざわつきだけが、やけに現実味を帯びていた。 今日、この村を離れる。 そう決めたのは昨日でもなければ、誰かに言われたからでもない。 ずっと前から胸の内で形だけはあったはずの決意が、ようやく輪郭を持ちはじめた。それだけのことだった。 荷物は少ししかない。 本当に持っていきたいものは、どうしても手では持てなかった。 記憶とか、声とか、笑い方とか――そういうものはどうしても持ち運べないらしい。 代わりに、旅の間の支えになるはずだと自分に言い聞かせた古びた地図を鞄に押し込んだ。 村の中央にある古い給水塔に差しかかったとき、塔の影に誰かが立っているのが見えた。 マヤだった。 彼女は早朝にもかかわらず、いつものようにひとつに結んだ髪が揺れ、いつものように気づかないふりをして私を待っていた。 「行くんでしょ。」 「……ああ。」 それ以上の会話はいらなかった。 マヤは、私が何を考え、何を捨て、何に怯えているか全部知っていた。 それでも引き止めなかった。きっと、それが彼女の優しさなのだろう。 彼女は掌ほどの小さな布袋を差し出した。 「お守り。役に立つかどうかは知らないけど、ないよりはましだから。」 袋の中身は軽く、指で押すと柔らかい感触が伝わる。 何が入っているのかは聞かなかった。 聞いてしまえば、それを捨てられなくなる気がしたからだ。 「気をつけてね。」 短く、それだけ。 その声が、意外なくらい落ち着いていたのが逆に胸に沁みた。 私は深く息をして、彼女に背を向けた。 ここから先は、私の物語だ。 責任も、後悔も、全部抱えて歩いていくしかない。

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こころぐすり。

左手首に 赤い線を描いて 手首だけでは物足りなくて 満たされなくて 気づけば キャンバスは真っ赤に染まる 刃だけでは満たされなくて 気づけばカプセルに手が伸びる 口に含んで 流し込んで ふわふわしてくるこの感覚 これが 僕にとって最高の治療 心の薬だー

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こころぐすり。

シャッターを切る音が、放課後の屋上に響いた。 夕日の光がゆっくりと傾いて、校舎の影を長く伸ばしていく。 「なあ、透。お前、なんでそんなに空ばっか撮るの?」 俺の隣でカメラを構えるのは、友人の蓮。 いつもは無口なくせに、レンズを向けるとやたら喋るタイプだった。 「空を見てるとできないことなんてないって思えるから。」 「お前、ポエマーかよ。」 そう言うと蓮は笑った。 その笑顔に、何枚もシャッターを切りたくなった。 写真部の部員は二人だけ。 俺と蓮。 部室という名の物置みたいな小さな部屋に、古い現像機と使いかけの印画紙がある。 文化祭に出す展示の準備で、俺たちは毎日ここにこもっていた。 「俺さ、卒業したら東京行くわ。」 突然、蓮が言った。 「専門学校、映像系のやつ。映画とか撮ってみたいんだ。」 「……マジで?」 「うん。お前も来いよ。二人でやったら絶対面白い。」 俺は曖昧に笑った。 けど、行けないことは分かってた。 家の事情も、金の問題も。 そして何より、俺は“ここ”が好きだった。 小さな街。変わらない空。 写真に残したいのは、いつもこの場所の光だった。 文化祭当日。 展示室には、俺と蓮の写真が並んでいた。 空と街と人。 どれも日常の風景だけど、不思議と温かかった。 来場者が増えてくると、蓮は照れくさそうに笑いながら言った。 「お前の写真、優しすぎるんだよ。見てると泣きそうになる。」 「透のはなんか、ずっと走ってる感じ。明るい気持ちになれる。」 「いいじゃん、対照的で。」 俺たちは、たぶんすごく似てた。 でも、向いてる方向が少し違っただけなんだと思う。 冬の初め。 蓮が事故に遭った。 飲酒運転の車にぶつけられて、即死だったと聞いた。 現実なんて、そんなにあっけない。 人の人生なんてこんなに一瞬で壊れてしまうんだ。 10数年生きてきて初めて気づいた。 部室のドアを開けたとき、机の上に彼のカメラが置いてあった。 中には、現像されていない光が閉じ込められていた。 葬式のあと、蓮の母さんが俺に言った。 「これ、蓮の机に置いてあって。」 小さな封筒の中には、プリントされた一枚の写真。 そこには俺がいた。 屋上で空を撮っている俺の後ろ姿。 空は、やけに青くて、広かった。 春。 俺は写真部の部室にひとり残っていた。 古い現像液の匂いが鼻を刺す。 机の上には、蓮が最後に撮った写真。 慎重に水にくぐらせ、光を当てる。 少しずつ浮かび上がってくる影の中に、 知らない空があった。 雲が裂けて、光が降り注いでいた。 蓮が撮った「最後の空」。 そこには、確かに“生きよう”としていた光があった。 俺はその写真を拭い、文化祭の展示パネルの裏に貼りつけた。 誰の目にもつかない場所に、そっと。 「お前の光、ちゃんとここにあるよ。」 窓を開けると、春の風が入ってきた。 カーテンが揺れ、埃がきらめく。 その瞬間だけ、時間が止まったような気がした。 俺はカメラを構えた。 シャッターを押す。 光がまた、ひとつ、閉じ込められた。 その写真には、何も写っていないように見える。 けれど、見つめていると、 あのときの風の音と、蓮の笑い声が確かに蘇る。 俺は気づいた。 写真って、残すためじゃなくて、 忘れないために撮るんだって。 空を見上げる。 あの日と同じ色の青が、広がっていた。 ──光は止まらない。 それでも、俺たちは、止まった時間の中で、生きていく。

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光

贖罪

放課後の屋上。 フェンス越しに見える空は、どこまでも青かった。 「なぁ、なんでみんな、そんなに生きたがるんだろうな。」 風にかき消されるように、俺はつぶやいた。 誰もいない屋上。部活の声も、笑い声も、もう届かない。 ポケットの中には、クシャクシャになった退学届。 先生には何も言ってない。家にも、もう帰ってない。 誰かに止めてほしかったのかもしれない。 でも、そんな都合のいい物語みたいな奇跡なんて、俺には降ってこなかった。 フェンスの向こうの世界は、やけに静かだ。 まるで、全部が止まって見える。 こんなにもきれいな空が俺には灰色に見えていた。 ──あのとき。 駅のホームで泣いていたあいつに、声をかけられていたら。 もしかしたら、何か変わってたのかな。 笑い方も忘れたまま、時間だけが過ぎた。 勉強も、部活も、夢も。 全部「誰かが決めた正解」に縛られて、息ができなくなった。 俺はゆっくりとフェンスに手をかけた。 鉄の冷たさが、やけに優しく感じた。 「……もう、いっか。」 足元に広がる風の音。 空が、すぐそこにあるような錯覚。 それだけで、少し救われた気がした。 俺の自己満足の贖罪。 ──誰か、俺のこと、少しでも覚えててくれたらいいな。 そして、世界は再び、静かになった。

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贖罪

立ち入り禁止

昼休みの教室。 屋上は立入禁止だけど、鍵が壊れているのを知っているのは、たぶん俺と隼だけだ。 「また来たな、真」 「だって静かだし、風が気持ちいいだろ」 風に揺れる制服の袖。 隼は柵にもたれて、空を見上げている。 何かを考えてるときの、あの無表情が妙に絵になるやつだ。 俺たちは同じクラスだけど、特別仲が良いわけでもない。 ただ、二年の春に偶然この屋上で一緒になって、以来なんとなく、昼はここで過ごすようになった。 話すのはたいてい、くだらないことばかり。 「最近、勉強してんのか?」 「してねぇよ。どうせ推薦だし」 「お前ずるいな。俺、テスト死にそうだわ」 「じゃ、俺のノート見ろよ」 そう言って、隼は青いペンでびっしり書かれたノートを差し出す。 文字が整っていて、読みやすい。 俺が何気なく感心していると、隼は少しだけ笑った。 「……お前が見るなら、書く甲斐あるわ」 その言葉が、やけに引っかかった。 冬の期末テストが終わると、隼が学校に来なくなった。 風邪でも引いたのかと思ったが、担任はそれ以上何も言わない。 年が明けて、三学期。隼の席は空いたままだった。 俺は屋上に行かなくなった。 寒すぎるのもあるけど、あの場所に一人で行く気がしなかった。 卒業式の日。 机を片付けていると、教科書の間に一枚の紙が挟まっていた。 青いペンの文字。 「ノート、貸したままだよな。  もう返さなくていい。  真が見てくれたなら、それでいい。  またね。」 日付は十二月二十日。 たぶん、最後に隼が学校に来た日だ。 俺は屋上に向かった。 春の風が、少し冷たい。 柵の前に立つと、青いボールペンが転がっていた。 「……バカ」 胸の奥で、何かがふっと溶けた気がした。 隼のノートは、今も俺の机の引き出しにある。 青い文字で埋め尽くされたページを開くたび、 あの日の風の匂いが、少しだけ戻ってくる。

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立ち入り禁止

夜が明ければ

夏の終わりの夜、校舎の屋上には風が吹いていた。 文化祭の準備を抜け出して、僕らは並んで夜景を見下ろしていた。 「なあ、卒業してもさ、こうして集まれるかな」 りとが笑いながら言った。 「無理だろ。お前はバンドで東京行くし」 「お前は美大だっけ?遠いな」 笑い声が少し悲しい夜空に溶けていく。 屋上から見える街の灯りは、まるで手が届きそうで届かない星のようだった。 あの夜、僕らは未来に怯えながらも、まだ何にでもなれる気がしていた。 ――あれから十年。 僕は地元に戻ってきた。 駅前のコンビニで働く夜勤中、ふと流れてきた深夜ラジオ。 「さて、今夜のリクエスト。『あの屋上の風』、今話題沸騰中地元出身のシンガー、リトのデビュー曲です」 商品を整頓していた指先が止まった。 懐かしいメロディが静かに流れ出す。 声は、間違いなくあの夜のりとのものだった。 胸の奥が熱くなった。 “夢を追いかけたやつ”と、“追いかけられなかったやつ”の距離を、音が埋めていく。 ふと、コンビニのガラスに映る夜空を見上げる。 流れ星がひとつ、音もなく落ちていった。 ポケットからスマホを取り出し数年前で止まったりととのメッセージ画面を開く。 ――「久しぶり。ラジオ聴いてる?」 期待を込めた指先で送信ボタンを押す。 【この番号は現在使われておりません】 画面の下に、小さく表示されていた。 耳元にはまだ、りとの声が残っている。 「夜を抜けたら、また会えるさ」 外に出ると、街灯の下を風が吹き抜けた。 十年前の夜と同じ風の匂いがした。 僕は小さく笑い、空に向かって呟いた。 「お前、ちゃんと聞こえてるよ」 夜は静かに更けていった。 風だけが、あの頃の僕らを知っていた。

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夜が明ければ

お空の君たちへ

ねぇ、見えてますか、 僕のこと見守ってくれてますか 本当不思議なグループだったよね 年齢だって住んでる場所だって 全部ばらばらで だけどそうなる運命だったように 繋がった僕たち 一番年上で 一番しっかりしてて だけど一番元気だった君。 弱いとこなんて見せないで ずっと僕たちを支えてくれて だからこそだよ。 だから忘れられないんだよ。 君の最後の瞬間を 初めてみた涙。 雨の中で揺れる長い髪。 フェンスにかけた 泥で汚れた靴、 あと一歩。 あと少しで届くところで 君は遠い遠い場所に行ってしまった。 何もできなかったことが 悔しかった 君がいなくなってしまったことが ただ悲しかった。 これ以上こんな思いをしたくない 優しくなりたい そう願ったのに また守れなかったよ 君を追って 親友が行っちゃったよ 誰よりも優しい人が どうして死ななきゃ いけないのか 僕はわかんないよ でも今はゆっくり休んでください お空の上の2人が 幸せに楽しく過ごせていますように 大好きでしたー 僕は忘れない 忘れれないくらい大切な時間だったから

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お空の君たちへ