ゆかり

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ゆかり

よろしくお願いします。

花言葉

「隠し通せるなら、すべて失っていい」 そう自らに誓いを立てて恋をした。 一目惚れだった。 花が咲いたように笑う彼女の笑顔に惹かれた。でも、それは初めから結末が分かっている恋だった。決して実ることは無いと分かっている恋に僕は身を焦がした。 彼女には恋人がいた。 幸せそうな二人の姿を見ているだけで、彼女が幸せそうに笑うだけで、僕も幸せだった。 彼女との出会いは、僕が営む花屋に訪れた事がきっかけだ。 恋人である彼が彼女を連れてきては、花をプレゼントするのだ。 春には赤のチューリップ。 夏には撫子。 秋にはピンクの山茶花。 冬には紫のパンジー。 季節ごとに贈られる愛の言葉たち。そのどれもが愛に満ち溢れていた。 贈られた花を手にして微笑む彼女。 会話なんてほとんどしたことは無かったが、自分が育てた花で笑顔にできているのならそれで幸せだった。 彼女達が姿を見せなくなってしまってから1ヶ月が過ぎようとしていたその日は、バケツをひっくり返したような大雨の日だった。 「どうしたのかな…」 引っ越したのだろうか。それとも、花屋を変えてしまったのだろうか。 「また来てくれるといいな」 そんなことを考えながら仕事に取り掛かろうとする僕だったが、店の外の通りに誰か佇む人影が目に入る。土砂降りということもあり視界は悪く、よく見えないが傘も持たずに立っている。 じっとよく見てみるとそれは、僕の想い人でもある彼女だった。 僕は思わず駆け出す。 「大丈夫ですか!?」 「………」 「とりあえず、店に入ってください」 彼女は下を向いたままで、何も言わない。 このままでは風邪を引いてしまうと思った僕は、とりあえず彼女を店まで連れていくことにした。 初めて握った彼女の手。それは暖かなものではなかった。雨に打たれていたのもあるだろうが、それだけでなく今の心の内を表しているようでとても冷たかった。 「とりあえず、タオル持ってきますね」 彼女が着ていた白いワンピースは、色が変わるほどにぐっしょりと濡れており、足元に水溜まりをつくるほどだった。 自宅兼店でもあったため、僕は慌てて2階の自宅に行きタオルを持ってくる。 「これ、使ってください」 「…ありがとう…ございます…」 彼女は力なく呟くとタオルを受け取り体を拭く。その姿を確認すると、僕はお風呂の用意をすることにした。 「良ければ、お風呂使ってください。着替えも僕のを貸しますから…」 彼女を自宅の風呂場まで案内すると僕は店に戻り片付けを始める。時刻はまだ昼頃だったが今日の雨ではお客さんは来ないだろうし、なにより今の彼女を一人にしておくことが出来なかった。 リビングに行くと、ソファーには彼女が座っていた。お風呂に入って温まったのか彼女の顔色は先程よりも良いように見えるが、表情は暗いままだった。 「…お風呂ありがとうございます。それにすみません、お店の前にいて迷惑でしたよね…」 「大丈夫ですよ、気にしないでください。」 本来であればよく知らない男の部屋に案内するなんていけないことだとは分かってはいるが、そうせざるを得ないほどにあの時の彼女はどこか危うさを感じのだ。 「これ、よかったら」 「ありがとうございます」 紅茶を用意した僕は彼女に差し出す。彼女は受け取るとそれをゆっくりと一口飲んだ。 しばらく二人の間には紅茶の香りと沈黙だけが続いた。 「聞いてもいいですか、なぜあそこに…」 「…一ヶ月前…彼が殺されたんです」 「え…」 彼女はぽつりぽつりと話を続ける。 プロポーズされた数日後に殺されてしまったこと。警察は通り魔の仕業ではないかと考えていること。証拠も少なく犯人はまだ掴まっていないことを教えてくれた。 「それで、まだ現実を受け入れられなくて…あれは夢だったんじゃないかって…今日が彼の月命日なんです…」 「…そう…だったんですか…」 「それで彼との思い出を面影を探していたらここに辿り着いたんです。…彼、花が好きだったから…っ…」 そう言うと、彼女は両手で顔を覆い泣き出してしまった。涙で肩を震わせる彼女の姿はとても小さく見えた。 その姿に僕は思わず抱きしめてしまった。 「大丈夫、大丈夫ですよ。」 僕はそう言って彼女の背中を優しく撫でることしか出来なかった。 気が付くと雨が止み、夕暮れの空にも良く見える程の綺麗な虹が掛かっていた。 「すみません…急にこんな話をして」 彼女の涙も止まり、落ち着いた様子だった。 表情は少し明るく見える。 「いえ、僕で良ければいくらでも話を聞きますよ」 それは僕の心の底から出た言葉。 彼女が幸せになるのなら、前に進めるのならばいくらでも話を聞こう。どれだけでも言葉を紡ごう。 「ありがとうございます」 彼女は微笑む。 無理に笑うのではない、心の底からの笑み。 花ではなく、初めて僕自身が彼女を笑顔にすることが出来た。その事実に心が震えた。 「また…来てもいいですか」 「もちろんです、いつでもお待ちしていますよ」 彼女はまた嬉しそうに微笑んだ。 それこそ、花が咲くような笑顔で。 あの日から彼女は店を手伝ってくれるようになった。あの時話を聞いて貰ったお礼だと言って僕もそれに甘えてしまっている。 細かい所にも気配りができ、お客さんにも評判がいい。 「今日もありがとうございます」 「気にしないでください。好きでやっているのですから」 初めは笑顔が少なかった彼女だったが、店を手伝ってくれるうちにだんだんと笑顔が増えてきた。そのことに僕は心の内で安堵する。 「今日も貰ってください」 「いいんですか?いつもありがとうございます」 僕は彼女に花を手渡した。 お店で売れ残ってしまった可哀想な花…というのは嘘で彼女にプレゼントしているのだ。 春にはリナリア 夏にはブーゲンビリア 秋には竜胆 冬にはアングレカム どれも彼女に向けた愛の言葉。 気づいていなくても良かった。それで彼女が笑顔になれるのなら。 そんな日々が一年ほど続いたある日。 僕は一つの花を贈ることにした。 花の名前はハナミズキ。 君の心に彼が住んでいるのは分かっている。 それでも、どうかこの想いよ届けと願いを込めて渡すのだ。 やはり気付いてしまったのだろう。花を渡した次の日から彼女は来なくなってしまった。 僕は肩を落として今日も過ごす。 お客さんからは心配の声もあった。今更ながらに彼女が周りの人達にどれだけ気に入られていたのかを知ることになった。 「いっそのこと、直接言えばよかったのかな…」 僕はそんな考えを打ち消すかのように仕事に打ち込んでいたある日のこと。 彼女が再び僕の元を訪ねてきた…一つの花を持って。 「お久しぶりです。あの、勝手にいなくなってすみませんでした」 「大丈夫ですよ、気にしていませんから…むしろ僕の方こそすみません。迷惑でしたよね」 「え?」 「花です。気づいたんでしょう?」 「はい…」 二人の間に沈黙が続く。お互い何を言おうか迷っているような雰囲気。 そんな気まずい空気を打ち消すかのように僕は口を開く。 「僕はあなたが好きです。ずっと、ずっと好きでした…それこそあなたに恋人がいた時から」 「…え…」 「初めはあなたが幸せならそれで良かった。でも、あなたの涙を見たあの日から…あなたの孤独を知ったあの日から僕は…僕があなたを幸せにしたいと思ってしまった。卑怯な男でしょう?」 「そんな事…」 「あなたには彼がいることは分かっているんです。ですけど、あなたにこの気持ちを知っていて欲しかった。伝えたかった。」 彼女に会えなくなった日から後悔していたこがあった。次に会えた時には自分の言葉で想いを伝えようと決心していたのだ。 「だから、今日あなたに会えてよかった」 「…ありがとうございます。そこまで想われるなんて私は幸せ者ですね」 彼女の言葉を聞いて僕の恋は終わりを告げたのだと感じた。長い長い僕の片想い。 苦しくも幸せだった日々はもう戻ってこない。 「今度は私が伝えてもいいですか?」 「…?はい…」 「あの日、あなたと出会えたことで私は救われました。周りの誰もが現実を突き付けてくる中で、あなただけは大丈夫だと語りかけてくれた。話を聞いてくれた…。それでどんなに救われたことか」 「僕は何も…」 「あなたと過ごした一年はとても楽しかったです。毎日が輝いて、お客さんも優しくしてくれてとても嬉しかった。でも、一人になって彼のことを考えて泣いてしまう時あなたの事も思い出すんです。」 「僕の?」 「はい、あの日のあなたの言葉を。それで私は何度もあなたに心を救われてきました。前に進めるきっかけになりました。だからあの日、あの花をもらって、意味を知って考えたんです。私があなたをどう思っているのか…それで、答えを出すのにこれだけかかっちゃいました。これが私の答えです」 そう言って彼女が差し出したのは、赤のアネモネだった。 「…これって、本当ですか?」 「はい」 「嘘じゃないですよね」 「はい」 「夢じゃないですよね」 「はい」 「…ありがとうございます…!」 赤のアネモネの花言葉は“あなたを愛している” まぶたの裏に熱いものが込み上げてきた。僕は堪らず彼女を抱きしめる。これが夢ではないと確かめるように。彼女もそんな僕を優しく抱きしめてくれた。 二年後、ハナミズキが咲く季節に僕は彼女と結婚した。 ウエディングブーケは、僕が用意したもの。 花はアネモネ、バラ、そしてアイビー。 「幸せになろうね」 「はい」 僕は彼女に言っていないことが三つある。 一つ目は、彼女の恋人だった彼は僕が君のことを好きなのを知っていたということ。 二つ目は、僕があなたを幸せにしたいと思ったのは実はあの日ではないこと。 三つ目は、彼を殺したのは僕であること。 「ずっと一緒だよ」

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花言葉

世界の終わりに君を待つ

いよいよ明日世界が終わる。 それはあまりにも突然すぎる知らせだった。 理由は地球温暖化とか現実的なものもあれば、神様の天罰とか非現実的なものもあった。でも、結局共通して言えるのは『世界が滅ぶ』ということだ。 地球終了の知らせを聞いて、慌てる人や嘆く人が多い中で私は「そうか、もうすぐで死ぬのか」という漠然とした思いしか出てこなかった。 実感が湧かないと言ったほうが分かりやすいのかもしれない。 「どこに行こうかな」 こんな事態になったが、やる事もやりたい事もない私は街を歩くことにした。 子供の頃に友達と遊んだ公園。 通った学校。 近所の商店街。 私の思い出達と共に街を巡る。 一番思い出に残っているのは彼と過ごした日々。 優しくて、心が暖かい人だった。 少し弱虫で、それでいて一人で何でも抱え込んでしまう。そんな所が愛おしかった。 最初で最後の本気の恋だった。 「会いたいな、晴人くん」 その彼はいまはここにいない。 別れてしまったからだ。 あの日、彼の方から告げられた別れの言葉。 それはあまりにも突然だったけれど、予感はあった。 初めは私の片想いだった。 高校三年の時に彼から告白されて、両想いだと分かって嬉しかった。 彼と過ごした五年間はとても幸せだった。 毎日が輝いていた。もちろんケンカもあったけれど、どれもかけがえのない宝物。 「なにしてるかな」 彼との日々を思い出しながら歩く街。 そこには彼との思い出が溢れていた。 それももうすぐでなくなってしまうのだ…。 そんなことを考えながら歩く私に声をかける人がいた。 「よう、久しぶり」 「和也!」 それは、高校の同級生でもあり別れた恋人である晴人の友達の和也だった。 最後にあったのは卒業式だったと思う。 彼はあの頃と変わらない笑顔を見せると、こちらに近づいてきた。 「何してるんだ?」 「この街を見ていたの」 「……そっか。なあ、久しぶりに話そうぜ」 和也に誘われるままについていくと、そこは私達の通った高校。 「懐かしいね」 「だろ」 閉ざされていた門を超え、侵入する私達。 いけないこととは分かってはいるが、気持ちは子供に戻ったようにわくわくしていた。 目指したのは、私達が過ごした教室。 「懐かしいね、私の席は…確かここだった」 「俺は、ここだった!」 「和也はよく早弁して先生に怒られてたよね」 昔話に花を咲かせる私達だったが、ふと和也が真剣な表情になる。 「なぁ、聞いてもいいか」 「どうしたの」 「晴人と別れたんだって?」 「…え?」 「理由は聞いてない。ただ、あんなに幸せそうだったのに…」 「……」 そう…幸せだった。とてもとても幸せだったんだ。だから、彼を解放してあげたかった。 私は務めて明るく言う。 「彼は悪くないの。ただ、彼の悪い癖が出たのかな」 「悪い癖?」 「…一人で抱え込む癖。私はそんな事気にしていないのに。」 彼は理由を言わなかった。 けれど、なんとなく感じてはいた。 大人になるにつれ“結婚”を意識するようになってきた私達。相談してくれればいいのに、一人で抱え込んで結論を出してしまったようだ。だから、彼を苦しめたくなくて理由も聞かずに別れてしまった。 「それにね…私、結婚する予定だったの」 両親が彼との別れをきっかけに変に気を使って場を設けたお見合い。そこで出会ったのは、彼とよく似た人だった。 顔ではなく、性格が似ていた。優しくて穏やかな人。 忘れられない人がいると伝えても、それでも構わないと言ってくれた情の深い人だった。 その話も世界の終わりの知らせと同時に無くなってしまったけれど。 「もうすぐ結婚することになって、世界が終わるって分かって考えたのは晴人くんの事だった…やっぱり諦めきれないみたい」 「…じゃあ…諦めんなよ…」 「えっ…?」 「諦めんなって!アイツ、なんでもないって言いながら後悔してる…」 彼は続ける、私と別れてからの無気力になってしまった彼の姿を。どこか遠くに思いを馳せる彼の姿を。 「それにさ…好きになった人には幸せになって欲しいだろ」 「それって…」 「行けよ!気持ち…伝えないとだろ?」 和也は私の背中を押す。 優しく、そして力強く。 「ありがとう…和也。彼に伝えてくれる?あの場所で待ってるって」 「もちろん、任せとけって」 彼は笑う。 笑ってはいるが、泣きそうな笑顔だった。 でも、彼の…和也のおかげで決意が固まった。 さぁ、あの日の後悔をやり直しにいこう。 私は歩きだす。 最後への一歩を踏み出す。 進む、これが最期だ。 行こう。 あの場所へ始まりであり、終わりの場所へ。 あの日の後悔を取り戻しに。 彼との未来の続きに向けて。 私は待つ。 世界の終わりに君が来るのを待っている。

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世界の終わりに君を待つ

世界の終わりに愛を叫ぶ

いよいよ明日、地球が滅ぶらしい。 理由なんて分からない。 世界の寿命なのか、神様のイタズラなのか、ここまで来るとどうでもいい問題に思える。 地球終了の知らせを聞いたのは一か月前。 にわかには信じがたい話に本気にしている人もいれば、そうでない人がいた。それでも世界は回る。 テレビではニュースキャスターが偉そうな人と小難しい話をしているが、話題はいつも同じだ。 街に出れば忙しそうに働く人、どうにか生き残ろうと足掻く人、神に祈る人もいた。 世界が滅ぶと告げられても人々の営みは変わらなかった。 「何をしようかな」 こんな事態になってから仕事を辞めた僕。 しばらくは好きな事をして過ごした。 でも、最後となると何をすべきか迷った僕はなんとなく外に出ることにした。 目的地も意味も無くただ歩くだけ。 気づけば、子どもの頃に遊んだ公園や近所の商店街など、今まで過ごした思い出の場所を巡っていた。 そんな事をやって何になるんだと考える冷静な自分に苦笑する。 まだ現実を受け止めきれていないのだろう。 地に足が付かない感覚だなんて思っていると、後ろから声をかけられた。 「よぉ!なにやってるんだ?」 突然声をかけられた事に驚き肩をビクリと震わせながらも振り向くと、そこにはニッと明るく笑う友達の和也がいた。 和也は家も近く、子どもの頃からの付き合いだ。 最近は、お互い仕事で忙しくて会っていなかったが、どうしたのだろうか。 世界がこんなになってもコイツの能天気な笑顔は変わらない。 「別に。お前こそどうしたんだよ」 「僕は、この街を見て回ってた」 コイツも僕と同じなのだろうか。 あまりにも突然突きつけられた世界の終わりの知らせ。それはどうにも受け入れ難い現実だ。 このまま当たり前の日が続いて、死ぬものだと思っていた。でも、それは叶うことなく世界の終わりと共に僕の人生も終わるのだから。 「少し話そうぜ」 和也に誘われ、近くにあった自販機で缶コーヒーを買い、ベンチに座る。 あまり美味しいとも言えない独特の風味を無言で味わう僕達。 しばらく二人の間に無言が続くが、初めに口を開いたのは和也だった。 「そういえば、昨日アイツに会った」 「アイツって誰だよ」 「美紀」 「……そっか」 美紀は一年前に別れた僕の恋人。 春の陽だまりのような人だった。 どんな時も寄り添ってくれて、彼女が笑うと心が暖かくなった。 一目惚れだった。 高校三年の時にダメ元で告白をして五年。ケンカをすることもあったが、彼女との日々はとても充実していた。 しかし、別れを告げたのも僕の方からだった。 「元気だった?」 「まぁな」 「なんで別れたんだよ、もったいない」 「いろいろあったんだ」 和也にはそう言ったが、理由は単純なもので彼女を幸せに出来る自信がなかったからだ。 そんな自分勝手な理由を言う気にもなれずにはぐらかす僕の心を知ってか知らずか、彼は続ける。 「結婚する予定だったんだって」 「…そうなんだ」 話を聞くと、あれから両親の勧めでお見合いをした相手と結婚することになったようだ。 大企業に務めており、物静かで穏やかな人との事。 彼女は前に進んでいるんだ。 そう考えると僕の心の奥でチクリと痛むものがあった。 別れてから見ないふりをして、忘れようとしていた彼女に対する気持ちが再び目を覚まそうとでもしているのか。 「それで伝言。あの場所で待ってるってさ」 「え?」 「お前、まだ好きだろ。いいのか、そんなよく知らない男に取られて」 「好きだったらなんだっていうんだよ」 「美紀も気付いてる。分かってて別れたんだよ」 僕は目を見開く。その次に出たのは自分に対する嘲笑だった。 見抜かれていたのだ僕の弱い部分を。 怖かったのだ、彼女と共に未来を歩く事を。 躊躇ったのだ、手を取り困難を乗り越える事を。 あの日別れを告げる僕に「そっか」一言だけ言い、怒ることもせずに離れた彼女の愛情深さを今さら感じてしまった。 「いいのか?待ってるぞ。頑固だからな」 期待してもいいのだろうか、まだ彼女が僕に気持ちがある事を。 悩む僕の背中を和也が叩く。 「痛っ!」 「まったく、ぐだぐた考えてるんなら行け!」 今度は背中を押す和也。 彼は呆れたように話すが目は真剣だった。 でも、その言葉で決意が固まった。 そうだな、今日で全てが終わるなら彼女に想いを伝えて終わろう。 どんな結末であれ、僕にとっての心残りはその一つだけなのだから。 「ありがとう」 「おう!いけよ、走れ!!」 僕は前を見て走り出す。 後ろを振り向くのはもうやめだ。 走れ、これが最後だ。 手を伸ばせ、これが最期なんだ。 目指すは始まりであり、終わりの場所。 さぁ行こうか。 世界の終わりに愛を叫びに。

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世界の終わりに愛を叫ぶ

幼なじみ

蝉が鳴き、向日葵が咲き誇る季節。 太陽が地面を照り返し、とても暑い日。 今日は、幼なじみに会った。 久しぶりに会う彼は、とても大人びていた。 「久しぶり!一年ぶりだったかな、元気だった?」 「僕は元気だよ、そっちはどう?」 背も大きくなり、追い越されて悔しがったのはいつの事だったか。 声も高かったがいつの間にか低い男の人の声に変わっていた。 「よかった。私も元気でやってるよ!」 しばらく見つめ合う私達。 久しぶりで、何を話そうか考えていたとき。 彼がこれ、と言って差し出したのは、私の大好物の飴玉。 「これ、私の好きな飴だー!さすが幼馴染。よく分かってるね、ありがとう!」 「この飴、本当に好きだよなーお前。」 子どもの頃はよく彼と一緒に食べていた。 楽しかったとき、怒られたとき、色んな時に食べた。 私達の思い出の味。 「それで、今日はどうしたのかな?」 正直、私に会いに来たことに驚いていたが、彼の表情を見ると納得がいった。 彼の斜め下を見つめ、僅かに口が尖った表情。 それは、何か言いたい事があるときや隠し事をしているときにする彼の癖。 「来年から大学生になるんだけど、医者を目指そうと思うんだ。」 「すごい、お医者さんなんてかっこいい!」 病気で苦しんでいるたくさんの人を助けたいんだと恥ずかしながら語る彼。 でも、本当に自分に向いているのか、医者になれるのか不安な事、色々なことを話してくれた。 その姿にあの泣き虫だった彼が、こんなに立派になるなんて、思ってもなかった。 いつも私の後ろを着いてきていた彼だった。 何かあるとすぐに泣いていた小さかった彼が、なんだか今はとても大きく見えた。 「それで、ここを離れるんだ。」 「…え、遠くにいくの?この街からはなれちゃうのか」 彼は進学するにあたって、この街を離れる事を選んだようだ。 しかし、そんな彼に対して寂しさを感じつつも、誇らしさも感じていた。 そんな彼に、私は努めて明るく言う。 「たまには会いにきてよ!じゃないと、怒るからね。まぁ、どこで何をしていても私は応援しているから、後悔しない生き方をしてね。」 彼は色々と吐き出せて心の整理がついたのか、来た時とは違い晴れ晴れとした表情だ。 「どうなるか分かんないけど、何とか頑張ってみるよ。……じゃあ、また来年。」 そう言って背中を向けて歩き出す彼。 どんどん遠ざかっていく背中に向けて私は大きな声で言う。 「私はいつでも君を待ってるから。また会いに来てね!」 彼が足を止め、こちらを振り向く。 しばらくこちらを見つめていたが、再び歩き出した。 今度は彼がどんな成長をしているのか楽しみだ。 彼の未来を想像しながら、私は彼が見えなくなるまで手を振った。 「って聞こえてないか。じゃあ、また来年…大好きだよ」 彼が去った後。 そこには、初めから誰もいなかったかのように、一つのお墓があるだけだった。

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幼なじみ

いい子

ある夏の夜の日の事だった。 「もしも生まれ変わるなら何になりたい?」 彼女は僕に問いかける。 真っ黒い空を彩る星々。 そして、優しく2人を照らすのは月明かり。 まるでこの世界には僕らしか居ないと錯覚してしまう。 「どうしたの急に。」 僕は彼女の唐突な問いかけに戸惑う。 公園のブランコに座る君は空を見上げたまま続ける。 「ただ、なんとなく…。最近考えるんだよね。」 「なんだそれ、よく分からないんだけど。」 彼女の答えに僕は思わず苦笑してしまう。 そんな僕の反応も気にせず、彼女は続ける。 「私はね、星になりたいの。」 「え?」 彼女は夜空を指さし、星々をなぞる。 「だって、すごいと思わない?私たちが見ているあの光は何十年、何万も前の光だよ。自分たちはここだよって、一生懸命に生きた証。私もそんな風に生きてみたい。」 急にそんな事を言い出す彼女を不思議に思った。 何故かいつもと様子が違う気がする。 何かあったのかもしれないと考える僕。 それ程までに、彼女は消えてしまいそうな雰囲気を感じさせていた。 「本当にどうしたんだよ、何かあったのか?」 「なんだか、疲れちゃった。」 彼女は一瞬だけ僕を見つめると、下を向いてしまう。 前髪から僅かに覗く彼女の瞳は、先程とは違い、何処か諦めにも似た、悲しみを感じさせる様な表情だった。 「いい子でいる事に…。」 ポツリと彼女は呟く。 呟くと言うより、吐き出したという方が近いだろう。 二人の間にしばらくの沈黙が続く。 聴こえてくるのは、虫の鳴き声だけ。 その声を聴きながら、僕は彼女への答えを探す。 彼女が求めているのは同情や共感ではなく、答えだと感じたからだ。 しばらくして虫の声が静まると、辺りには静寂が訪れる。 二人の間に続く沈黙を破るように、僕は一度息を吸う。そして、僕は彼女へ僕なりの答えを告げる。 「そっか…でも、いい子である必要はないんじゃないのか?」 「えっ?」 彼女は驚いた表情で僕を見つめる。 「だって、いい子って誰かにとってのいい子って事だろ?そんな、自分を押し殺してまでするいい子だったらやめるべきだと思う。」 いい子なんて、他人の目や声を気にしすぎた評価に過ぎない。 それは、自分に嘘をついて生きているのと一緒だ。 それなら僕は、いい子でなくていい。 「いい子じゃなくていいの?」 彼女の声は震えて、目には涙が浮かんでいた。 涙は星の様にきらめき、僕は綺麗だと思った。 「もちろん。」 僕は彼女を抱きしめる。 彼女の体は僕より小さいが、今日は一際小さく見えた。 「ありがとう…。」 そう言うと、彼女も僕を抱きしめた。 次の日、一本の電話が届く。 それは、彼女が亡くなったという知らせだった。 死因は自殺。 遺体の近くには、遺書があったそうだ。 内容はたった一言だけ。 『悪い子になったよ。』 あの日から、夜空を見上げる度に考えてしまう。 もしも、答えが違っていたのならば、何か変わったのだろうかと…。 僕は、あの輝きの一つが、彼女であることを願ってしまうのだ。

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いい子

砂時計

「なんでかなぁ…がっかりだよ。」 僕は足元に散らばる割れたガラスを踏みしめる。 目線の先には誰よりも愛しい存在。 「残酷な君が 完璧な君が 誰も愛さない君が 好きだったのに…。」 一歩ずつ踏みしめる度に君は一歩後ろに下がる。 そこにあるのは恐怖か怯えか。 「まさか、君が誰かを好きになるなんて 本当に信じられない…。君もただの人間だったってことかなぁ。」 僕は語りかける。 真綿にくるむように。 母が子に優しく語りかけるように。 「君にとって天使かもしれないが、アイツは悪魔だよ。こんなにも君を堕落させてしまった。憎くて、憎くて、殺したくてたまらないよ。」 ほら、その反応。 前は眉ひとつ動かさなかったのに、今はそんなにも取り乱しているなんて。 そんな君を見て僕の心は、嵐のごとく波立っているが、反対に頭はどこまでも冴え渡っている。 「まぁ安心して。君の天使はもう飛べないよ。僕が羽根を捥いでしまったからね。」 君が僕を睨みつけ、罵倒する。 憎しみに染まった顔。 悲しみに染った顔。 どれも素敵な表情だ。 「君は僕のものだよ。誰かのものになるなんて許さない。」 そうだ、このまま君を殺してしまおうか。 そうしたら、骨を砕いて砂時計にして一緒に生きよう。 そうしたら、ずっと一緒にいられる。 離れるなんて許さない。許せない。 そうして僕は彼女と歩み出すこれからの時を。 「ずっと一緒だよ。」 【⠀終 】

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砂時計

はじめまして。

―はじめまして。― 恋人…奏(かなで)が倒れたと聞いて病院に駆けつけた僕に届いた言葉。 ―はじめまして。― 医者の話だと、少しずつ記憶が失われていく病気だったらしい。 ―はじめまして。― そして今では一日しか記憶がもたない。 今日の君は昨日の僕を覚えていない。 「ごめん…病気のこと知ってた。」 僕と奏には幼なじみがいる。 大和(やまと)は僕と奏と3人でずっと一緒に過ごしてきた。 春にはお花見をした。 夏には、近所の神社に夏祭りに。 秋には、大和の家で焼き芋をしたっけ。 冬は、奏が僕達の雪だるまを作って、 僕達は奏の雪だるまを作って、 何故か最後は雪合戦になる。 子どもころから続いてきた思い出。 大切でかけがえのないもの。 「なんだよ、それ…知ってて黙ってたのかよ!」 「…っ!」 僕は大和に掴みかからずにはいられなかった。 何かをこらえるような瞳が僕を見つめる。 ―はじめまして。― きっと怖かっただろう。 辛かっただろう。 「心配かけたくないって…アイツが…。」 「だからって!」 「好きな人をお前を悲しませたくないって!」 「っ!」 「それに、好きな子から頼まれたら断れないじゃんか…。」 クシャリと顔を歪ませて、苦しげに呟く大和に、僕は戸惑い、手を離さずにはいられなかった。 気づいていた、大和が奏のことを好きだということは。 それを気づかない振りをしていたのは僕だ。 怖かったのかもしれない。 色んな“ もしも”を考えてしまうほどには。 ―はじめまして。― でも、これで分かったことがある。 あの日、別れ際に見せた涙の理由だ。 もしかしたら、彼女はそんな僕の心を見抜いていたかもしれない。 ―はじめまして。― 彼女に会いにくたびに向けられる言葉。 もしかしたら、奇跡が起こるかもしれないと思いながら向かうが、彼女の言葉に落胆する日々。 ―はじめまして。― その言葉に胸が締め付けられる思いがするが、変わらないものもあった。 花がぱっと咲いたように笑う奏の笑顔に安堵する。 彼女の、その笑顔に僕は何度も救われてきた。 ―はじめまして。― 「お前たちが幸せなら、3人で過ごせるならそれで良かったんだ。」 大和が言い募る。 怒りを、苦しみをにじませるような声。 「自分だけが苦しんでると思うなよ、アイツ泣いてたんだよ!お前を悲しませるって、苦しませるってだから別れようとしたって!」 「なっ…。」 「でも出来ないって!やっぱり諦められない、好きだからって!そこまで言わせておいてお前は何をしてる?自分が世界で一番不幸みたいな顔しやがって!」 「そんなことっ!」 「ないって言いきれるか?今のお前はただの馬鹿だ。今のままだったら、俺が奏をもらう。」 ―はじめまして。― 「僕だって…僕だってそんなこと分かってる!分かっていても、今の僕に何ができる?何も出来ないじゃないか!毎日、毎日、初めまして ”を繰り返して、昨日君は今日の僕を覚えていない、明日の君は昨日の僕を覚えていない、どうしろっていうんだよ!!」 言葉が…思いが溢れる。 ずっと心の奥底に閉まっていた感情が次々に顔を出す。 誰にも言うつもりがなかった、誰にも聞かせる気もなかった気持ちは堰を切ったように溢れる。 「何もしなくていいと思うぞ。アイツはお前と一緒にいる時、幸せそうだったから。傍にいれば、大丈夫。それに、やっとお前の本音が聞けた。」 大和はほっとしたように呟く。 さっきとは違い、表情は柔らかい。 ―はじめまして。― 「で、お前の気持ちはどうなんだ?」 「僕だって、奏が何よりも大切だ。愛している。彼女には何度も助けられた。笑顔に救われた。だから今度は僕の番だ。」 僕の心に迷いはなかった。 大和のおかげで目が覚めた。 ならば、僕ができることはただ一つ。 「そんなお前だからこそ、アイツを任せられる。それに、お前たちは一人じゃないぞ。俺もいる。だから、3人で乗り越えよう。」 大和の優しげな笑みが奏と重なったような気がした。 そうだ、僕達は一人じゃない。 そう思うだけで今までとは違い、心が軽くなる気がした。 ―はじめまして。― また思い出を作ろう。 春にはお花見をしよう。 夏には、近所の神社に夏祭りに。 秋には、大和の家で焼き芋を作ろう。 冬は、雪だるまを作って、雪合戦をしよう。 思い出さなくてもいい。 新しい思い出を作ろう。 昨日より今日。 今日より明日に楽しい思い出を作ろう。 新しい愛のカタチを作ろう。 何度同じことを繰り返しても、僕は君に言うんだ。 それが、僕が唯一できる君への恩返しであり、 君への愛の形なのだから…。 そして僕は口を開く。 僕たちの始まりの言葉を。 【⠀終 】

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はじめまして。