耀

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耀

バンドマンです。シンガーソングライターを5年程していました。 今は、バンドマンと作詞家、作家をメインに活動しています。

Unresolved~未解決事件捜査班零課:File 1~ープロローグー

――ファイル零―「プロローグ」――  ――二○二四年、五月一日。神奈川県横浜城津警察署にて、新たな課が発足された。『未解決事件捜査班零課』。数ある事件の中で、未だ未解決の事件。普通では有り得ない、信憑性のない事件を解決するために。警視である古川渡を局長としてい置き、四人の刑事が徴収された。 「本日より、この未解決事件捜査班零課にし局長として就任した、古橋渡だ。君たちには、これから過去五年前からの未解決事件を捜査してもらう。少し殺風景な場所だが、それぞれ全力で捜査に励むよう頼みたい。」 「古橋さん。なんですか。未解決事件捜査班って。未解決事件は一課の仕事でしょう?」 「それはそうなんだが。一課でも解決できなかった事件を取り扱う部署として発足されたそうだ。どんな内容なのかは、正直、私もわからん。」  昨今、日本ではこの世の理を超えた事件が多く蔓延り、捜査はより難航していた。青少年の軽犯罪から殺人・自殺まで。そのどれもが、内容被りの少ないものとなり、テンプレートのような回答が出ないものが多い。これらのことから、文字通り『未解決』の事件が大半を占めるようになったのが実情だ。何年も解決しない事件の被害者遺族の方々の心はひどく摩耗し、ついには後を追うように命を断っていく。そんな日本の社会を良しとする者は少ない。「そう言った遺族の方々の無念を少しでも軽減するための零課なのだ。」と古橋局長は言った。 「それでは、諸君。最初は挨拶とでも行こうではないか。河染君から順に自己紹介したまえ。」 「は……はい。河染名緒警部です。よろしくお願いします。」 「玉置定警部補です。河染警部とは幼馴染で、巡査時代の時は、よく一緒に見回りに行っていました。」 「各務実流警部補。玉置と同期です。より多くの事件を解決していきたいです。」 「一ノ瀬真衣巡査です。河染警部にご指導頂いています。耳が良いです。」 「それでは、最後に。古橋渡警視だ。以前は一課にいたが、未捜の所属となった。河染と玉置は二人が巡査の時にき教育していた。可愛い部下だ。良しなに頼むよ。」  こうして集まった未捜零課。それぞれ自らのデスクに向かいダンボールを開けた。

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森の小さなレストラン

 今日も森の奥から音楽が聞こえてきます。誰かを待っている様に。招いているように。  ある農民の坊やが森へ散歩へ出かけました。右を見ても左を見ても林が続き、太陽が道を照らしています。坊やは家を出る時にお母さんから貰った飴玉を食べようとポケットに手を入れました。ポケットから飴玉を取り出して食べようとした時、ドングリが一つ落ちました。自分のポケットからで出てきたものでした。坊やはいつ拾ったのか覚えていません。  「あのドングリ。いつ拾ったっけな。。。全然思い出せない。。。んー。。。この前友達と遊んだ時かな。。。」 そんな事を考えながら、転がっていったドングリを追うように森を進みました。太陽はさんさんと坊やを照らし、九月の森はこんなにも暑いものなんだなと、ドングリの事などとっくに忘れかけたその時でした。目の前に現れたのは赤いトタンの古民家でした。古民家の上の方を見ると、『森の小さなレストラン』と書かれていました。坊やは、昔お父さんから聞いた話を思い出しました。  「この森の奥にはな。見たこともない幻のレストランがあると聞いたことがあるぞ。出てくるもの全てが美味しくて、それはそれは絶品だそうだ。」  「お父さんの言ってた幻のレストランってここかな。」 坊やは古民家の窓からレストランの様子を見てみることにしました。  レストランの中はくまやきつね。さる。イタチなどの森の動物がいました。お店の中はがらんどう。お昼時だというのに、予約席もなく空席ばかりで人は居ませんでした。中の様子を見ていると、小鳥のウェイトレスが飛んできました。  「いらっしゃいませお客様。森の小さなレストランへようこそ!さぁさぁ、お入りください。」  「でも、僕は森を散歩していたらたどり着いてしまっただけなんだ。お金も持ってないよ。」  「お代は結構ですよ。私たちはお客様に美味しい料理を食べてもらって、幸せを感じてもらいたいのです。さぁさぁ、お入りください。」 言われるがまま、坊やは店内に入りました。店内に入ると動物たちがニコニコした顔でいらっっしゃいませ!お客様!と言ってきました。少し顔を赤くしながら、坊やは窓際の席に着きました。机の上に置かれているメニュー表。書いてあるのは本日のおすすめと大きく書かれているだけでした。  「当店はっ季節によって食材が変わりまして。決まったメニューはございません、予めご了承ください。」 そういうと小鳥のウェイトレスは厨房の方に行き、注文を通しました。厨房内では小鳥のウェイトレスが羽をパタパタさせながら笑い、くまやきつねは調理をしています、他の小さな動物たちはバイオリンやフルート。チェロやビオラを弾き、坊やを歓迎してくれています。間も無くすると、小鳥のウェイトレスが料理を運んできました。トマトとレタスのサラダやマルゲリータ、カルボナーラでした。坊やは、初めてみる豪華な食事に目をキラキラさせながら、両手を合わせていただきます。と言って食べ始めました。どれもこれも美味しい料理ばかりで、ほっぺたが落ちる感覚でした。夢中で食べ進め、間食に近づいた時、小鳥のウェイトレスはオードブルを運んできました。色鮮やかで坊やのお腹はますます空くばかり。小鳥のウェイトレはニコニコしながら、ごゆっくりお召し上がりください。と言って厨房に引きました。ゆっくりと食べすすめていると、厨房はコックさんが右へ左へ大忙しです。少し見切れた所で手乗りサイズのこぐまが踊っています。  料理も終盤に差し掛かり、最後にカルパッチョ、パエリア、リゾットが出てきました。  「本日の料理はこれにて以上となります。当店はデザートはございません。お召し上がり頂いたら一声お掛けください。」 そう小鳥のウェイトレスは言い残し、厨房の掃除をしに行きました。どれだけ食べても減らない食欲に困惑しながら、色褪せない美味しさに感動していました。丁度最後のリゾットを食べ終えると同時に、強い睡魔に襲われてしまい、小鳥のウェイトレスを呼びました。  「ごめんなさい。初めてこんなに美味しい料理を食べたものですから、幸せで眠気が来てしまいまして。少しの間だけ目を閉じてもいいですか?」  「どうぞどうぞ、お客様しか今は居ませんし、ごゆっくりして下さい。」 坊やは目を閉じました。少しして目が覚めると小鳥のウェイトレス以外の動物たちは居ませんでした。  「随分と長くお眠りでしたね。さぞ疲れが溜まっていたのでしょう。もう少し眠っていかれますか?」  「いいえ。十分眠ることができました。ありがとううございました。ここからお家に帰りたいのですが、どの方角に進めば帰れますか?」  「申し訳ござません。ここに辿り着いた方は帰る事ができないのです。ですが、このまま北の方角に真っ直ぐ進むと、きっと目的の場所に辿り着きますよ。」 坊やは半信半疑になりながら、小鳥のウェイトレスの言う通り、北に真っ直ぐ進みました。暫くして着いた場所。そこは。。。  「お父さん。。。」 そこは、お父さんのお墓でした。坊やはお父さんに教えてもらった幻のレストランを早く話したくて仕方なかったのです。それと同時に坊やは、あのレストランが幻と言われる理由がわかりました。一度辿り着いたら帰れない。一度辿り着いたらもう来れない。  「お父さんは、僕が辿り着く前から着いていたんだね。。。」 坊やは、全てがわかり、少しほっとした様子でした。  今日も森の奥から音楽が聞こえてきます。誰かを待っている様に。招いているように。

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星を見つけた

泣きじゃくる彼の頭上に広がる無数の星。その中に見たことの無い星を見つけました。一際輝く。赤く。温かみのある星でした。 ある夏のことです。学校から帰った男の子は、いつものように夜を待っていました。 「今日はどんな星が見えるかな。」 彼の趣味は星の観察。目まぐるしく進む時間の中で、彼が心を休めることが出来たのは星を眺めることでした。星を眺めると、自然と心が穏やかになって、気づいたら悩み事もどこかへ吹き飛んでしまう程、夢中になっていました。 「やぁ!君も星を眺めているの?良かったら一緒に見ない?」 見慣れない女の子。彼女もまた星を眺めるのが趣味でした。男の子は知らなかったですが、女の子は何度か男の子を見たことがあるようで、ピクリともしないで星を眺めているものですから、気になって声をかけてしまいました。 「う、うん。僕も星を見てるんだ。君も星を見るのが好きなの?いいよっ。一緒に見ようっ!」 ほんの一瞬の出来事でした。星が好きだということ、家がお隣さんと言う共通点から2人はとても仲良くなり、その日から毎日。星を見るようになりました。 星を見に行くのは決まって19時から21時の2時間。どうしても星を観察したいという男の子の願いを叶えるため。お母さんは、夜は危ないからお家の向かいにある丘で2時間ならいいよ。と許してくれました。 女の子の方はと言うと。いつも塾の帰り。そう長くはいれないけど、こちらもお母さんに男の子のいる時間までならいいよ。とお許しを貰ったのでした。 当たり前の時間が流れ。1ヶ月が経ちました。今日も男の子はいつもの場所で星を眺めていました。ですが、女の子はいくら待っても来ません。結局この日は女の子は来ませんでした。 「お母さん。今日隣の家の女の子が来なかったんだ。僕少し心配だよ。」 「そうね。何かあったのかしら。あんなに仲良く星を見ていたのにね。」 男の子は女の子が来るのを待ち続けました。次の日も。その次の日も。同じ場所で。 とうとう1週間が経ち、やっと女の子は丘に来てくれました。ザッザッと聞こえる足音に男の子は嬉しくなり、すぐ後ろを振り返りました。女の子はニコッと笑いながら手を振りました。喜んだのもつかの間、女の子は泣き出してしまいました。 「ど、どうしたの。僕に話せることなら言ってごらん。」 「私、病気になっちゃったみたいなの。あんなに頑張ってたのに。あんなに頑張って、良くなったのに。」 女の子は数年前から病気を治すために、近くの大きな病院に行っていました。ここ最近は特に悪い所が見当たらず、お医者様も安心していましたが、ちょうど一週間前、女の子は丘に向かう途中で目眩に襲われ倒れた所をお医者様に見つかり、入院していたとの事でした。 「私がね、星を見るのが好きになったのはね。病院にいた頃、気分転換に外の空気を吸っておいでって言われて、外に出たのがきっかけなの。外に出るとね。今まで見た事のないような星がキラキラ輝いていて。時間を忘れて見てしまったわ。そのどれもが学校で教えてもらった星だったわ。私の夢はね。見たことの無い星を見つけることよ。」 「素敵な夢だね。見つかるよ。きっと。僕も一緒に探すよ。」 女の子は泣きながら男の子に話したこと、彼にとって星の観察はより大切なものになりました。 「私ね。明日からまた入院しないといけないの。次はいつ退院出来るかわからないけど、お医者様はそう長くないと言っていたわ。心配かけてごめんなさい。」 「ううん。僕は君が帰ってくるまでここで星を眺めているよ。」 涙を流す女の子に男の子はどうしたらいいのか分からず、ただ手を握って切ない表情をするばかりでした。 ある日、男の子は女の子が入院してから数ヶ月が経っていることに気づきました。 「お母さん。隣の女の子は。どうなんだろう。まだ帰ってこないのかな。」 「。。。ねぇ?お母さんのお話をちゃんと聞いてね。」 「う。うん。」 男の子は息を飲んで、机の周りを半周回ってから椅子に座りました。 「今日。お隣さんのお母さんから、私にお話があったわ。女の子は。。。1週間前に。亡くなったそうよ。」 男の子はお母さんが何を言っているのかさっぱり分からず、ただ目を大きく開いて口を開けていました。 「だからね。2人で星を眺めることは出来ないの。お母さんも。。。2人は仲が良かったのに。これから一緒に学校にも行けるかもしれなかったのに。残念で仕方がないわ。なんで。。。」 お母さんは目の前で泣き出してしまいました。お母さんの涙を見た男の子は、やっと理由が分かり、知らぬ間にポロポロと涙を零していました。 「う。嘘だ!!そんなはずない!そう長くないっていったんだ!」 「お母さんだってね。信じたくないわよ。でも。。。これは嘘ではないの。わかって頂戴。」 男の子は咄嗟に席を立って、丘に行きました。お母さんも追いかけるように男の子の後ろをついて行きました。丘に着くと、男の子は口を開きました。 「僕はね。ここで約束したんだ。女の子の夢を叶えるために、毎日ここで2時間星を観察して、新しい星を見つけるって。」 拭っても拭っても溢れる涙に困惑しながら、必死で星を探しました。いくら探しても、新しい星は見つかりません。お母さんは男の子を抱きしめることしか出来ませんでした。男の子はお母さんに抱きしめられながらひたすら泣きました。泣いて泣いて。泣き疲れて。それでも涙は止まりませんでした。 泣きじゃくる彼の頭上に広がる無数の星。その中に見たことの無い星を見つけました。一際輝く。赤く。温かみのある星でした。

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今日もどこかで。6

その日は新しく3つ。Fmaj7コード、Em7コード、Am7コードを教えてもらった。まだ弾けるようになった訳ではないけど、形は覚えることができるようになった。 「う。。。うーん。。。難しい。。。手が動かない。。。」 「難しそうだね。。。手が。訳わかんない動きしてる。。。」 咲良は私の手元を見ながら少しひきつった顔をして、時々煇君を見ては、美琴もこんな風に弾けるようになるのかぁ。。。と不思議そうな顔をしていた。 「大丈夫?痛くない?無理して続けないこと。ちゃんと休み休みやるんだよ?」 煇君はいつも通り、ギターを弾くのを1度止めて私を気を使ってくれる。煇君の暖かい手が私の手に触れて、指先がジンジンと痛んでくる。その瞬間を見た咲良が、あら。いい感じじゃない?と茶化してくる。 「煇君は痛くないの?」 「僕はね。もう痛くないかな。指もね、ボロボロなんだけど。これは僕か頑張ってきた証拠。指を見ればね。みんな分かるんだよ。その人がどれだけ音楽と向き合ってきたのか。」 煇君の指は2日前に見た時より更にボロボロになっていた。あの綺麗な音はこのボロボロの指から鳴っている事実が今でも理解できない。痛くて、辛くて、悔しくて。その感情が彼の音として鳴っているのだろうか。 「音楽と向き合って。。。か。」 咲良は少し悲しそうな顔をしながら自分の指を見た。私も知らなかった過去。咲良も元は音楽をしていたのだ。3年前にベースをしていたらしい。 「私ね。音楽が大好きで。3年前にベースを買って貰ったんだ。だけどね。私達もう3年生じゃん?受験勉強しなさいって。こんなものいらないでしょって。捨てられちゃったんだ。命よりも大事に使ってたベース。指が捲れてボロボロになっても続けたベース。」 音楽をしている人達は皆何かを抱えているのだろうか。咲良は淡々と話し、私はもう音楽は辞めたんだと言う。 「そんなに好きなら、もう一度やろうと思わないの?」 「そんな簡単なことじゃないよ。もう進学も決まったけどさ。今更ベース買い直してなんて言えないし。何より私はもうあの出来事を思い出したくないんだ。。。」 刹那の沈黙の後、煇君が続けて口を開いた。 「音楽はね。皆の喜怒哀楽から出来る物なんだ。作物が育って嬉しい。雨が降って楽しい。ペットが亡くなって悲しい。今の自分にむしゃくしゃして腹立たしい。その感情が音楽の原動力なんだよ。」 煇君の言葉は何よりも重く感じた。通り過ぎた高校生たちも振り返るくらい。その言葉は重かった。何を経験したら彼はこの言葉を紡ぐことが出来るのだろう。これが。シンガーと言うものなのかと思った瞬間だった。 「さぁ。日も落ちちゃった。帰ろうか。」 少し余韻のある寂しさの中。私達は明日の約束を取り持って帰ることにした。次の日。煇君は泣いていた。

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今日もどこかで。6

今日もどこかで。5

その日の授業終わり。私達は煇君に会いに、いつもの橋下へ向かった。 またこんな時に限って、担任の話が長いものだから、30分程遅れて到着した。 「あれっ。今日はやけに遅かったね。」 「ごめんね。担任の話が長くてさ。随分時間遅れちゃった。始めよっか。」 ギターの準備をしている横で、咲良が身を揺らしながらチラッチラッと煇君を見ている。 「あのー。。。そちらは。。。?」 「あっ。ごめんなさいっ。私は美琴と同じ高校に通ってる咲良って言います。よろしくねっ。」 煇君は、少し恥ずかしそうに2回首を縦に振り、よろしくと続けて言った。すると咲良が私の耳に囁くように言った。 「美琴ぉ。なにぃ。彼。イケメンじゃないっ!」 「もぉ。ほんと。咲良はイケメン好きだねぇ。」 「煇君。幾つなの?高校生なのは分かるけど。」 確かに。高校生っぽいけど歳は分からないな。年上かな。 「煇君。今幾つなの?」 「僕?僕は、今15だよ。」 「14!?随分大人びてるねぇ!」 「って事は。。。私たちの2個下だ!」 少し2人でキャピキャピしながら、煇君の話をしていた。その間も煇君は、少し顔を赤くしながらギターを弾いていた。 「煇君。美琴から聞いたけど、ほんとにギター上手なんだね。ギター好きなの?」 「僕ね、ほんとはギター、持ちたくて持ってる訳じゃないんだ。小さい頃からね。歌が好きで。中学生になって、軽音部に入ったんだけど、人見知りだからさ。友達出来なくて。弾き語りするにはギター必要だから、1人で出来るように。」 そうだったんだ。と、2人で頷く。 「僕には夢があってね。いつか僕も、皆が見てるテレビで僕の曲を聞いて欲しいなって。音楽で。みんなを救えたらって思うんだ。」 「素敵な夢だね。煇君ならきっと出来るよ。私たちも応援する。ねっ。咲良っ。」 とても共感した様子で咲良もうんうんと言う。私はまた、彼のことを一つ知った。だけど、どこか寂しそうな顔をしている煇君を見て、黙り込んでしまった。 「。。。ねぇっ!煇君!弾き語りするんだよねっ。私聞きたいなぁ。。。」 咲良が煇君にお願いっ!と言いながら頼み込んでいる。私も煇君が歌っている所を見たことがないので、私も聞きたいと頼んだ。彼はあまりいい顔をしなかったが、頼み込んだ私たちを見てしょうがなさそうに口を開いた。 「綺麗。。。上手。。。」 一瞬だった。彼の歌に取り込まれて、ずっと聞いていたくなった。少し筋張った首筋。大きく開いた口。泣き出しそうな目元。繊細な動きをしている指。メロディ。全てが煇君を歌っていた。歌い終わると、私達は自然と拍手をして、感傷に浸っていた。 「すごい。。。これは。煇君の曲?」 「そうだよ。丁度1年前に書いたんだ。学校以外では歌った事はないんだけど、ここまで真剣に聞いてくれる人は初めて。嬉しかった。ありがとう。」 煇君は嬉しそうに言った。この歌の本当の意味を知るのは、後3ヶ月後だった。

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今日もどこかで。5

今日もどこかで。 4

結局その日はCコードを弾けるまでひたすら練習し、日が暮れる前にやっと弾けるようになった。 「やったぁ…。疲れた…。」 「よく頑張ったね。今日はここら辺にしようか。」 私はうんと頷き、ありがとうとお礼を言って別れた。家に帰ってからと言うもの、慣れないことをしたせいか、とてつもない疲労感に襲われた。いつも以上にご飯を食べる私を見て、母は目を点にして見ていた。 「あなた…。おかわりなんて言う様な子じゃなかったわよね…。どうしたの。」 「いやね?最近、駅前で知り合った男の子がいるってお話したじゃない?その子からギターを教えてもらってるの。」 「はっはーん。さては、惚れてるな?」 「ちっ…。違う!優しいけどそんなんじゃない!純粋にギターを教えてもらってるの!もうっ!おかわり!」 母は、少し嬉しそうニコッと笑ってご飯をよそってくれた。そっかぁ…。美琴もそんな歳になったのねぇ。と小さな声で言っている。ますます恥ずかしくなった私は、さっさと食べ終わって、湯に浸ることにした。 「あーぁ。指の皮。捲れてるなぁ…。ギターってこんなに指ボロボロになるなんて知らなかった。そう言えば煇君の手、ボロボロだったな。それだけ毎日練習してたんだ。私の知らない時も、いつもあそこで。」 私も負けていられないなと思った。湯に浸った指がジンジンと痛む夜だった。 次の日の朝、いつも方面が一緒で二人で学校に向かう友人と待ち合わせしていた。いつも通り、背中をバーンと叩いて登場する。 「おっはよー!美琴ー!」 「いっ…。もう!咲良!いつもいきなり出てこないでって言ってるでしょ!心臓に悪いよ…。」 咲良はごめんごめんと片腕と立てて謝る。何というか。いつものルーティーンみたいなものだ。これがあって初めて一日が始まるまである。 「あっ!そう言えば美琴ぉ。昨日駅前の橋下で男の子といたでしょぉ?なになにぃ?彼氏?この私に教えてご覧なさいっ!」 「えっ。いっいや…。そんなんじゃないって!ただ、ギターを教えてもらってただけ…。って見てたの?!」 「いやね?偶々買い物で駅前を通ったら美琴が居て。美琴ーって呼ぼうとしたら男の子と一緒だったから、お楽しみ中悪いなーって思ってやめといたっ。どう?えらいっしょ。」 とへへんと言う咲良。私は彼と会ったことを話すと、咲良はおぉー!と手を鳴らしながら、運命の出会いや!と感動していた。ほんとにお調子者なのは変わりないなと感じた。 「ん?じゃあ、毎日行くってことは。今日も行くってこと?」 「そうだよ。いつも夕方くらいに行くといるの。今日も新しいコード教えてもらうつもり。」 「へぇー!いいなぁ。その子弾き語りやってる?歌上手いのかなぁ。聞いてみたいなぁ。」 言われてみれば、ギターを弾いている所しか見たことない。ギターが上手いのは知っている。でも煇君は言ってた。弾き語りは需要あるって。私も聞いてみたいなと思ってしまった。 「ねぇ。美琴。その煇君?のライン聞いてないの?」 「えっ。聞いてないよ。恥ずかしかったもん。でも、今思うと聞いておけば良かったなぁ。じゃあ、今日一緒に行ってみようか。」 私たちは、授業後に煇君に会いに行く約束して、授業を受けに行くことにした。

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煇君は私の方を見ながら、早く見せてと言わんばかりにこちらを見つめてくる。真っ黒でピカピカのハードケースの中から取り出されたギターを見て、煇君は立ち上がって 「Ovationだ!」 と言った。そうだよ。と返事をすると。触ってもいい?と目を光らせて子犬みたいな顔をするもんだから。いいよ。と応えて渡した。 「これ、結構するよね。自分で買ったの?」 「うん。バイト代全部なくなっちゃったけどね…。」 煇君は少し苦笑いしながら、私とギターを交互に見て、ギターを私に合わせるなり、似合ってるね。と言ってくれた。私も満更でもない顔をして、でしょ?と返す。 「早く早く!こっち来て一緒に弾こう!」 と昨日より声色が高く、大きな声で言ってきた。煇君はどちらかと言うと物静かなタイプだ。だけど、音楽の事になると、物凄い真剣な顔でこちらを見て、あーでね。こうでね。と説明してくれる。それほど音楽が好きなんだなと感じた。言われるがまま橋の下に座り、ギターを構えると 「とりあえず、音を鳴らしてみよう。ここは橋の下だから、音が反響して綺麗に聞こえるんだ。天然のリバーブだよ。」 と言うから、とりあえず上から順番に鳴らしてみた。すると、私が本当に鳴らしているのかと思うような音が全体を包んで、周りの壁に反響してから返ってきた。ジャラーンと鳴らしたのに、一つ一つの分裂して6つの弦の音が聞き取れた。体がゾクゾクして、ワクワクして、何回も何回も掻き鳴らした。 「凄いね!初めてでこんなに綺麗に鳴らせるなんて!才能あるよ!」 「そ…。そうかなぁ…。恥ずかしいなぁ…。」 顔を赤らめながら、ギターを抱きしめた。愛おしくてたまらない。この音は私にしか出せない音なんだと思った。それから何回か鳴らした後、煇君が続けて 「じゃあ、次はコードを弾いてみようか。基本的なCコード。」 そういうと煇君は、ここと、ここと、ここだよ。と教えてくれた。どうやら。親指は押さえるのではなく、軽く触れるだけらしい。煇君曰く、一番上の6弦と呼ばれる弦は、和音上使わない音だから、軽く触れて振動を消すことで音が出なくなるらしい。なんて言ってたっけな。ミュート…?だったっけ。 「手が…。手がつりそうです、煇君…。」 「えっとね、多分、真っ直ぐ持ちすぎてるんたと思うよ。もう少し手のひらをネックに近づけて…。」 細かく教えてくれる。さっきよりは辛くなくなった。押さえれば押さえるほど指に痕がついて、痛くなってくる。ジンジンとするが、最初はこの痛みに慣れないといけないらしい。ずっと弾いていると、いつの間にか痛くなくなって指の皮が分厚くなるんだとか。 「指が疲れたら休憩しながらやるんだよ。腱鞘炎とか怖いからね。」 「分かった。でももう少し頑張る。今日Cコード弾ける様になりたい。」 なぜか、私もいじっぱりだから、まだまだ!と言いながら練習している私を見て、煇君は心配そうに見つめていた。その間も隣では優しいギターの音色が私の耳を癒してくれるから、もっと頑張らないと!とやる気をくれているみたいだった。

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その晩、私はどんなギターを買おうかニコニコ考えながら眠りについた。 次の日。8時のアラームに叩き起こされ、眠い目を擦って楽器専門店に足を運んだ。初めてみる楽器に興味津々で、それはそれは新鮮だった。お目当てのギターの前までたどり着き、ずらっと並んだギターを見て思った。こんなに種類があるのかと。私には全部同じ様にしか見えない。でも煇君が言っていた様に一つ一つ個性があるのは確かだった。 「いらっしゃいませ?何かお探しですか?」 「あ…。あの。ギターを探していて…。」 「かしこまりました。どのようなギターをお探しで?」 「そ…。それが、初めて買うのでまだ決めてなくて、知り合いにギターは自分で触って見て決めた方がいいよと聞いて。」 ニコッと笑いながら店員さんは手を前に出し、あちらへどうぞ。と案内してきた。 「初めてのギターですか。それは迷いますよね。任せてください。私がピタリのギターお探ししますよ!」 と、店員さんは私に言うと、どこかからか3本程ギターを持ってきてくれた。 「こちらは、Vanguarud VFG-01というギターです。この3本の中では比較的安価で、一万円程でご購入できます。」 と、事細かく教えてくれた。この3本の他にも沢山のギターを見せてくれたが、会社名がちんぷんかんぷんで。S◦Yairiだの、Takamineだの。全く分からなかった。でも一つだけ、目を引いたギターがあった。Ovation CE44−1と言うギターだった。丸みを帯びていてサウンドホールと呼ばれる穴が特徴的なギターだ。私はこのギターに一目惚れして 「これだ!これ下さい!」 と言ってしまった。買った後に後悔した。 「私の給料…。」 一瞬だった。一瞬でなくなったが、帰りの私の背中には大きなギターが背負われ、後悔していたのがまるで嘘だったかの様にルンルンで店を出た。今年一番大きな買い物。私はこの買い物に胸を張って、自分へのご褒美だと思うことにした。そしてまた、駅前の橋下に向かった。すると昨日より早く来たはずなのに、煇君がいた。結構早い時間から練習しているんだな。と改めて思った。 「こんにちは!」 「こんにちは。」 煇は照れ臭そうにそっぽを向きながら挨拶を返してくれた。今日から新しい一日が始まる。私の趣味が始まる。楽しみで仕方なかった。 「あ、それ。ギターほんとに買ってきたんだね。」 「そうなの!ほんと。今さっき買ってきた所だよ!まだ出してもいない。」 「そうなんだ、何を選んだんだろう。美琴の好みのギター。僕はまだ分かんないからなぁ。」 煇君が楽しそうにそう話すと、私もニッコリと笑いながら、えっへん!と腕組みした。

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昨日まで暖かかったのに急に寒くなったなぁ。珍しく早起きしたから散歩しようなんて思うんじゃなかった。 いつも通り駅前を大好きなミルクティーを飲みながら歩く。この瞬間がとても幸せなんだ。暫く歩いて橋まで来た。いつもはここまで来ないんだけど、なんとなくね。運動にもなるし。ん?微かに楽器の音が聞こえる。ギターかな。この橋の下で弾いている様だ。気になって降りてみたら、男の子がギターを弾いていた。 「こんにちは。」 男の子も手を止めて挨拶を返す。 「こっ。こんにちは。どうしたんですか。」 「ごめんね。音が聞こえてきたから、気になっちゃって。」 成る程と三回ほど首を縦に揺らし、恥ずかしそうにギターに目線を送る。 「もし良かったら、ここで聞いててもいい?」 「いいですよ。下手くそですけど。」 そんなことないよと笑いながらギターを聴くことにした。そういえば私ったら、自己紹介してないや。 「自己紹介してなかったね。私、美琴ていうの。よろしくねっ。」 「煇です。よろしく。」 「煇くん。ギター上手なんだね。私、楽器触ったことなくて弾けるの羨ましいや。」 「いやいや、全然ですよ。まだまだ練習しなきゃ。でも、ギターは比較的弾きやすいですよ。品質を気にしないなら一万円くらいで買えますし、種類も豊富だし。」 知らなかった。一万円で買えるんだ。バイト代少し削れば買えるな。でもなぁ。弾けるかわかんないし、長く続く気もしないし。ほんとに私が弾けるのかなぁ。なんて思っていたら、煇君が続けて 「ギターは、ベースやドラム・ピアノとかと比較して、意外と需要があるんですよ。ほら、最近僕みたいに弾き語りしてる人いるでしょ?場所も選ばなくていいし、一本持ってればどこでも弾けるし。コードさえ覚えてしまえば大体の曲弾けるし。」 なんていうもんだから、やっぱり買ってみようかな。なんて思ったりして。なかなか勇気が出ない。 「私なんかが弾けるのかなぁ。ギターの知識も、音楽のセンスもないんだよ?一から一人で学ぶなんて大変…。」 「知識はなくても弾けるよ。僕もギターを持つ前は知識なんて皆無に等しかったし、弾いてから段々と分かるものだし。最初からできる人なんていないんだよ。やるかやらないか。それだけで決まるものだから。」 うんうん。と首を縦に振って頷く。私一人でやるのも気が引けちゃうから、煇君に教えて貰おうかな。私も煇君みたいにギター弾ける様になりたいし。 「じゃあ、ギター買ったら私に教えてくれる?一人じゃ心細いし、合ってるかどうかも分からないし、一緒にやった方が楽しいと思うし。」 「いいよ?僕でよければ。でもギターはちゃんと自分の目で見て買いなよ?じゃないと一つ一つ個性があって、自分に合っているギターか分からないから。手にもって、これだ!ってものを選ぶといいよ。」 いいアドバイスを聞けた。よし、明日買いに行こう。明日の朝イチで買いに行こう。善は急げだ。 「分かった!明日の朝、買ってくる!だから、明日もこの時間来てね?」 「もちろん。僕、日曜日以外は毎日ここで弾いてるから、いつでもおいで。」 こうして私は煇君と知り合って、ギターを弾くキッカケができた。趣味も何もない私に、煇君は趣味をくれた。

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