Natume

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Natume

綾 前編

大学2年生の秋。私は恋をした。 図書館の静かな午後。窓から差し込む光が、本棚の影をやわらかく揺らしていた。私は席に腰を下ろし、ノートを開く。授業の課題を進めるつもりだった。 「あの…これ貴方のですか?」 「えっ?」 私より年上の眼鏡をかけた男性が私に消しゴムを差し出した。 「あっ、ありがとうございます。」 「いえいえ。」 彼は微笑んで私の後ろの席に座った。 私は少し心臓が早くなるのを感じた。 「…。」 だがそれはすぐに収まり、課題を進めて帰ろうと席を立った。 さりげなく彼が座っていた後ろの席をみると空席になっていた。彼はもう帰っていた。 「…帰ったのか。」 さほど気に留めることはなく、図書館を出た先に彼の後ろ姿があった。 「あ、」 私の足音に気づいた彼が後ろを向いた。 「あ、偶然ですね。」 さっきと同じように微笑んだ。 「で、ですね。」 彼は缶コーヒーを飲んでおり大人の貫禄が感じられた。 「ここの大学生さんですか?」 「あっ、はい。」 「図書館なんて、偉いなぁ。俺が大学生の時なんかずっとゲーセンかネカフェに篭ってましたよ。」 「そうなんですか?」 「恥ずかしいことにね。今日はたまたま読みたい本を思い出してここに来たんです。」 「読みたい本って、なんですか?」 私は必死に会話を広げるように話した。 彼は子供の話に付き合うかのように話に乗ってくれた。 「モルグ街の殺人。って知ってますか?」 「…。」 「ははっ、知らないですよね。今時の大学生は小説なんか読まないだろうし。おっと、もう時間だ。」 「時間?」 「実はこれから待ち合わせをしてるんです。それでは!」 彼が手を振った左手の薬指に指輪が見えた。 「ッ…。」 なんとも言えない気持ちになった。まだ出会って少ししか経ってないのに。私は何を期待してたのだろうか。 図書館を出た後、私はその場に立ち尽くした。 手のひらがじんわりと熱を帯び、胸の奥がざわつく。 指輪。あの左手の薬指。 頭では理解している。彼には家庭がある。 でも、心はその現実を拒否するかのように、彼の笑顔を反芻していた。 声のトーン、仕草、微笑み。どれも普段見かけない大人の余裕に満ちていて、知らず知らず惹かれていた。 私は思わず、目を閉じて深呼吸をした。 「…なんで、こんなに動揺してるんだろう」 翌日、私は講義のため大学に行き友人の紗江に昨日あったことを話した。 「真希それ一目惚れってやつだよ。」 「やっぱり?」 紗江は短い髪の毛を耳にかけながら言った。 「でもその相手が既婚者ってあんたなかなか可哀想だね。ていうか、一目惚れって漫画みたいだね。もしかして恋愛体質?」 「全然。むしろ今まで恋愛をしたことなんか少ないよ…。」 私は机にもたれた。 「まー元気出しなよ!今日は飲みに行くぞ〜!」 「紗江〜。」 その日の午後、講義が終わると紗江と学内のカフェに向かった。 小さな窓際の席に座り、私たちはメニューを開くふりをしても、話題は昨日のことに戻る。 「でさ、あの人、どんな感じだったの?」 紗江が目を輝かせながら聞く。 「うーん、とにかく大人って感じだった。笑った顔が優しくて…。」 「ほら〜!やっぱ一目惚れだって!」 紗江は笑いながら、でもどこか羨ましそうに私を見ていた。 「でも既婚者だし。あの人のことは忘れるよ!」 紗江と長い間雑談を話しそれぞれの帰路に入った。 バスを待つためベンチに座ると隣に昨日と同じ男性が座っていた。 「あっ。」 カジュアルなシャツにジーンズ。昨日より少しラフな印象だ。 「…昨日の。また会いましたね。」 あの時と変わらない顔で微笑んでくれた。 「はいっ!あのっ、いつもこのバス乗るんですか?」 「今日は車を検車に出してるので今日だけですね。」 「そうなんですか…。」 下を向いた私の目に入ったのは彼の指輪だった。 「指輪…。結婚してるんですね。」 「あ、まぁ。」 彼は照れくさそうに笑った。 「お名前なんて言うんですか?聞いてませんでしたよね。」 「ああ、確かに。坂本龍之介です。貴方は?」 「工藤真希…です。」 「いい名前ですね。あ、バス来ましたよ。」 「…あのっ!」 「どうしました?」 「バスで、少し話しませんかっ!?」 「はい。いいですよ。」 「…。」 彼は私の気持ちに気づいているのだろうか。 バスに乗り込むと、私たちは座席に腰を下ろした。 隣に座る龍之介の存在が、妙に近く感じる。 指輪がちらりと見えるたび、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。 「昨日は本当に偶然でしたね」 私の声は少し震えていた。 「本当ですね。でも、こうやってまた会えたのも何かの縁かもしれませんね」 その言葉に、胸の奥が少し温かくなる。 窓の外を流れる景色を見ながら、私はどうにか会話を続けようとした。 「龍之介さんは、普段はどんなお仕事をされているんですか?」 「営業をしています。結構忙しいですが、今日みたいに少し時間ができることもあります」 落ち着いた声に、自然と私の肩の力が抜ける。 でも同時に、指輪の存在が胸の奥で小さく痛む 「奥さんの…写真みたいです。」 「写真?いいですよ。」 スマホの画面にはピースをしている綺麗なロングの女性が笑顔で笑っていた。 「綺麗…。」 「でしょう。大学生の時に会ったんです。ちょうど工藤さんと同じ2年生かな。」 「へぇ…大学の時から、ずっと一緒なんですね。」 自分でも驚くほど、声がかすれていた。 坂本さんは小さく頷いて、目を細めた。 「そうなんです。もう10年近くになりますね。…まぁ、喧嘩もするけど。」 穏やかに話す彼の横顔は、どこか遠くを見つめていて── その視線の先に、私の居場所はないんだと悟った。 胸の奥が、じわりと熱くなる。 でも、それを隠すように笑顔を作った。 「なんか、いいですね。そういうの、ちょっと憧れます。」 「工藤さんは、彼氏いないんですか?」 「え、あ、はい。いないです。…今まで、あんまりそういうの、なかったんで。」 「意外ですね。なんか…モテそうなのに。」 不意打ちだった。 バスの振動に合わせて、心臓まで揺れる気がした。 「そ、そんなことないですよ!」 「はは、冗談ですよ。」 彼は優しく笑って、窓の外に目を向けた。 その横顔を、私はこっそり見つめてしまう。 ──ダメだってわかってるのに、目が離せなかった。 夕陽が差し込むバスの車内は、オレンジ色に染まっていた。 坂本さんの横顔にも、その光がやわらかく反射していて、まるで映画のワンシーンのようだった。 「……このバス、いつもこんなに空いてるんですか?」 「そうですね、この時間は学生も会社員も中途半端だから、割と空いてますよ。」 「へぇ……なんか、落ち着きますね。」 「うん。僕もこの雰囲気、結構好きなんですよ。」 静かに交わされる会話。 距離は近いのに、まるで別の世界にいるみたいな不思議な感覚だった。 「……坂本さんって、いつもこの辺に来るんですか?」 「仕事がこの近くで。たまに大学にも来るんですよ、共同研究の関係で。」 「そうなんだ……」 まさか、こんな偶然が重なるなんて。 心のどこかで「運命」なんて言葉を浮かべてしまう自分が怖かった。 「工藤さんは、何を勉強してるんですか?」 「心理学です。……将来、人の気持ちを理解できる仕事がしたくて。」 「なるほど。なんか、工藤さんらしいですね。」 「え?」 「なんていうか……話してると、空気がやわらかくなるというか。」 ──まただ。 何気ない一言に、心がふわりと浮き上がる。 「……ありがとうございます。」 「こちらこそ。話してて、なんか楽しいです。」 彼の笑顔に、完全にやられてしまっていた。 この人は、きっと誰にでも優しいんだ。 そうわかっていても──胸の鼓動は止まってくれなかった。 バスが停まり、アナウンスが響く。 「……あ、僕、ここで降ります。」 「え、あ、はい……」 「また、会えるといいですね。」 そう言って手を軽く振って、坂本さんはバスを降りた。 残された私は、窓越しにその背中を見つめながら、唇を噛みしめた。 ──また、会いたい。 そう思ってしまった時点で、もう引き返せない気がした。 これでもう本当に坂本さんと会えなくなるのだろうか。 これで最後なのだろうか? 「…ッ、すみません降りますっ!」 私は駆け足でバスを降りて坂本さんを大声で呼んだ。 「あのっっ!」 突然の出来事に坂本さんは驚いた顔で自分を見た。 「結婚してるって、家庭を持ってるって、わかってます。」 地面のコンクリートに涙が溢れた。 「だけどっ、だけど…好きになっちゃいましたぁっ!」 好きな人の前で、大事な気持ちを伝える場面で大泣きしながらも私は確かに自分の思いを伝えた。 坂本さんは、一瞬、何も言わずに私を見つめた。 夕暮れの街の喧騒が遠のいて、二人だけの空間になったような気がした。 「……工藤さん。」 低くて、でも優しい声。 その声が、胸の奥にじんわりと染み込んでいく。 「そんなふうに、真正面から想いをぶつけられたの……いつ以来だろう。」 坂本さんは少し視線を落とし、苦しそうに微笑んだ。 その表情を見た瞬間、胸がギュッと締め付けられる。 「俺、結婚してる。ちゃんとした家庭もある。君の気持ちに応えるのは、間違ってるってわかってるんだ。」 「……わかってます。でも……でも、気持ちは止められないんです。」 声が震える。涙で視界が滲んで、彼の顔がうまく見えない。 坂本さんは、そんな私にゆっくり近づいてきて、ハンカチを差し出した。 「泣かないで。君は何も悪くないよ。」 その優しさが、余計に残酷だった。 突き放してくれたほうが、きっと楽だったのに。 「……バカですよね、私。」 「いや。まっすぐで……すごく、素敵だと思う。」 「そうやって…期待させる言葉言っちゃって、ホントにずるいですっ。」 鼻水を啜りながら言った。 「私、一目惚れどころか恋愛なんかするのホントに久しぶりでっ、だからかわからないけどっ、この気持ち抑えきれませんっ。」 坂本さんの表情が、ふっと曇った。 私の言葉を受け止めるようにゆっくり瞬きをして、ため息をひとつ、夜風に溶かした。 「……ずるい、か。たしかに、そうだね。」 彼は目を伏せながら苦笑いを浮かべた。 その笑顔は、最初に図書館で見たときの余裕のある大人の微笑みとは違って、どこか自分を責めるような色を帯びていた。 「工藤さん。…俺には妻がいる。今ここで君の気持ちに応えたらきっと俺はクズ人間になる。だから君の理想の俺で終わって欲しい。」 「ッ…!」 「ごめん。工藤さん。気をつけて帰るんだよ。」 彼はそう言い残して、夜の街へと背を向けた。 その背中を、私は何も言えずにただ見送るしかなかった。 心臓の鼓動だけが、やけにうるさい。 ──理屈ではわかっている。 彼には家庭がある。私はただの大学生で、立ち入ってはいけない世界がある。 わかっているのに、涙は止まらなかった。 「……バカみたい。」 その夜、ベッドの上で何度も天井を見上げながら、自分に言い聞かせた。 「忘れよう」 「終わったんだ」 「これは恋じゃない」 ──でも、何度繰り返しても、図書館で見たあの穏やかな笑顔が頭から離れなかった。 −「ただいま。」 「お帰りなさい。貴方。遅かったわね。」 俺には妻がいる。綺麗な妻だ。学生の時はマドンナと呼ばれていた。そんな最高な妻が俺にはいる。 「…バスが遅延してね。やっぱ車なきゃ不便だな。」 「ご飯できてるよ。早く食べよう?」 「うん。」 食卓に並べられたオムライスを食べながら妻、杏奈が話した。 「近所の長谷川さん達いるじゃない。今旦那さんが不倫して大喧嘩してるらしいわよ。」 「ッ…。そうか。あそこ仲良かったのにね。」 「ねぇ。なんで不倫ってするんだろう。いいことなんて一つもないのに。あ、そうだ。今日駅でね、モンブラン買ったの。貴方好きでしょ?」 こんな最高な妻がいるというのに、なぜ俺はあの時気持ちが少し傾いてしまったのだろうか。 「今食べる?」 「……。」 「ちょっ、いきなり抱きしめて何よ〜!」 「…もうちょっと、このままで。」 「...なんかあったの?」 「別に、何もないよ。」 杏奈の華奢な背中に腕を回しながら、俺は彼女の体温を確かめるように目を閉じた。 柔らかくて、あたたかい——この安心感を、俺は何年も当然のように享受してきた。 「もう……仕事、疲れてるんでしょ?」 杏奈は優しく笑いながら、俺の背中をぽんぽんと叩いた。 いつもと同じ、変わらない夜。 俺を信じ、疑うことなんて一度もしない妻の無防備な笑顔が、胸に刺さる。 ──俺は、最低だ。 つい数日前、あの図書館で見た大学生の女の子。 まっすぐな瞳で、泣きながら「好きです」と叫んだ工藤真希の顔が、ふと脳裏に蘇る。 「……坂本さん。」 彼女が俺を呼んだ声。涙混じりの必死な表情。 胸の奥が、微かに疼いた。 「貴方? どうしたの? ずっと黙って。」 杏奈が心配そうに顔を覗き込んでくる。 「……いや、本当に何でもない。」 そう言って、無理に笑ってみせた。 「ふふ、変なの〜。とにかく、モンブラン冷蔵庫にあるからね!」 杏奈は無邪気に笑いながら皿を片付けはじめた。 その横顔を見つめながら、胸の内で渦巻く感情がどうしようもなく膨らんでいく。 俺はちゃんとした男でいたい。 家庭を守る夫でいたい。 けれど—— (あの子の涙が、頭から離れない……) 罪悪感と、抑えきれない感情の狭間で、静かに夜が更けていった。 *** 数日後、仕事帰りの夕方。 大学近くの歩道を車で通りかかったとき、視界の端に見覚えのある横顔が映った。 工藤真希。 イヤホンをつけて歩いている。 髪が秋の風になびいて、俺の胸の奥に再び小さな火が灯る。 ブレーキを踏んで、窓を少しだけ開けた。 「……工藤さん。」 真希が驚いた顔で振り向いた。 あの瞬間——何かが、音を立てて戻ってきた気がした。 「なんでここにっ?」 「君を見かけたんだ。」 「…私、まだ坂本さん忘れられませんっ。私たちこうやって何度も会うのって、もう絶対運命だと思うんですよっ!」 工藤さんが俺の手を握った。 「私、坂本さんのことが好き…。」 彼女は泣きそうな顔で言った。 「俺…この数日事あるたびに工藤さんの顔が頭に浮かびました。あの好きな本を読む時だって工藤さんと初めて会った時のことを思い出す。」 「えっ?」 「俺…クズ人間になってもいいんでしょうか?」 真希の心臓が一気に跳ねた。 信号の赤が、フロントガラス越しに滲んで見える。雨が降り出したのか、車の屋根をコツコツと叩く音がした。 「……いいに、決まってます……っ」 震える声で、それでもはっきりと答えた。 彼の手を握る指先に、力がこもる。もう、引き返せない——そんな予感が胸を満たしていった。 坂本はゆっくりとシートベルトを外し、助手席に視線を移す。 そこには、あの日図書館で見かけた真希とは全く違う、恋に溺れた大人の顔をした彼女がいた。 「俺も……ずっと我慢してた。」 低く、かすれた声が、車内に落ちた。 彼は身を乗り出し、真希の頬に手を添える。その距離がゆっくりと縮まって—— 「……坂本さん……」 唇が触れた瞬間、真希の全身が熱を帯びた。 窓の外の世界が遠のき、車内には二人の鼓動だけが響いていた。 「……これで、もう戻れませんよ」 真希が囁くと、坂本は少しだけ目を伏せて苦笑いを浮かべた。 「最初から……戻る気なんてなかったのかもしれない。」 ——こうして、二人の禁断の関係が始まった。 夜の街は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。 静かなホテルのロビーに二人が並んで立つと、まるで時間がゆっくりと溶けていくようだった。 フロントで坂本が名前を告げ、部屋のカードキーを受け取る。 真希はその横顔を、ただぼんやりと見つめていた。胸の奥が、甘く、痛いくらいに締めつけられる。 「……行こうか。」 エレベーターの中、二人きりになると、途端に空気が変わった。 無言のまま見つめ合い、何かを確かめるように、彼の指先が真希の手をそっと絡める。 その温もりに、真希は小さく息を呑んだ。 部屋に入ると、柔らかい照明が二人を包み込む。 坂本はドアを閉め、鍵をかけた。その音がやけに大きく響いた気がして、真希の心臓が跳ねた。 「……真希さん。」 名前を呼ばれた瞬間、涙がこぼれそうになった。 理性も、常識も、全部この部屋の外に置いてきた。今ここにあるのは、彼と自分だけ。 「今日……ここに来たこと、後悔してない?」 「してません……っ。むしろ……嬉しいです……」 その言葉に、坂本は優しく微笑み、真希を抱き寄せた。 大きな手が、背中を包み込む。心臓の鼓動が重なり合い、二人の距離は自然と近づいていった。 「……真希さん、可愛い……」 囁きながら、彼の指先が真希の頬をなぞる。視線が絡まり、唇が触れ合う。 最初はそっと、確かめるように。やがてそれは、何度も求め合う深いキスへと変わっていく。 真希は彼の胸に顔を埋め、ただその温もりに溶けていった。 罪悪感さえ、この夜の甘さに飲み込まれていくようだった——。 朝の光がカーテンの隙間から差し込む。 柔らかくて温かい光の中で、隣に坂本が眠っていることに、真希は小さく息を呑んだ。 昨夜のことが夢じゃなかったと、体の芯で実感する。 肩越しに触れる腕の感触、呼吸のリズム——全部がまだ生々しく、胸の奥が甘く疼いた。 でも同時に、頭の片隅で理性の声が囁く。 「彼には家庭がある。妻がいる。これは……間違っている」 ゆっくりと息を整え、真希はそっと身を起こす。 坂本を起こさないように、カーテンを少し開けて外を見る。 街はいつも通り動き、学生や会社員が忙しなく行き交っている。 ――この世界は、昨夜の二人だけの夜とは、もう違う。 小さく震える手で、自分のスマートフォンを握りしめる。 昨夜の甘さは現実に飲み込まれ、胸の奥にはほのかな切なさと、次に会えるかもしれない期待が混じっていた。 「……でも、また会えるよね」 小声でそう呟くと、窓の外の光が少しだけ温かく感じられた。 背徳と甘美。夢のような夜が現実と交錯し、二人の物語は静かに、でも確実に動き始める——。 背徳と甘美。夢のような夜が現実と交錯し、二人の物語は静かに、でも確実に動き始める——。 「…起きてたんだ。」 いつも眼鏡をかけていた彼だから、少し眼鏡をかけていない顔に違和感があった。 「起こしちゃいましたか?」 「ううん。いつもこのくらいの時間に起きるから…。」 「…奥さん心配してませんでした?」 「残業で泊まるって言ったから大丈夫。」 「そうですか…。」 「…そろそろ準備しようか。」 「はっ、はい。」 お互いもう目の前で着替えるなど気にしてなかった。 「準備できた?送るよ。」 「えっ、大丈夫ですっ!迷惑ですし。」 「そんな事ないよ笑行こう。」 彼が私の手を引いた。 「ッ…!」 彼の温もりを感じられて、幸せだった。 坂本の高そうな車に2人は乗った。 「今日は講義あるの?」 「ないです!」 「そっか。家ってどこらへん?」 昨日のことが嘘みたいに坂本さんは私に話しかけた。 意識してるのは私だけ? 「着いたよ。」 「送ってくれてありがとうございました。じゃあ、」 "また"って言おうとしたけど坂本さんは次会う気があるのだろうか。 「バイバイ。ありがとう。」 そう言って坂本さんは車を走らせた。 「あんなにあっさり…。」 大人の余裕とはこういうものなのだろうか? 「……また、会えるのかな」 ポケットの中でスマートフォンを握りしめ、彼の名前を何度も呟いた。 目を閉じると、夜のホテルでの温もり、手を重ねた感触、ささやき声——全部が鮮明に蘇る。 でも、理性が静かに警告する。 「彼には奥さんがいる。これは……間違いだ」 胸の奥に小さな痛みを覚えつつも、心のどこかでは、再び坂本に会える瞬間を夢見てしまう。 バス停まで歩きながら、真希は思った。 ――この感情を、どう扱えばいいのだろう。 甘く、背徳的で、危うい感情。 でも、それが彼の存在によってしか感じられないのなら—— 真希はそっと目を細め、心の中で決めた。 「……もう、逃げない」 その日、大学では普段通りに講義を受け、友人と談笑しながらも、頭の片隅には常に坂本のことがあった。 メールも電話もまだないのに、心の中で彼との会話を再生しては、ほのかに頬が熱くなる。 甘く、切なく、そして少し危険な――二人の関係の始まりを、真希は静かに噛み締めていた。 翌日。大学のキャンパスは、いつも通りの活気に満ちていた。 でも、真希の心はどこか落ち着かず、授業の内容が頭に入ってこない。 ポケットの中のスマートフォンに、昨日の夜の余韻がまだ残っている気がした。 ——「おはよう。昨日はありがとう。」 画面には、坂本からの短いメッセージが届いていた。 真希は思わず笑みを零す。 (え、昨日だけじゃなかった……) 返事を打つ指が少し震える。 ——「こちらこそ、送ってくれてありがとう。」 送信ボタンを押すと、すぐに返信が返ってきた。 ——「また近いうちに会えるといいね。」 心臓が跳ねた。 彼の言葉は、昼間の大学という現実の中に、甘く危険な色を差し込む。 授業が終わると、真希は友人の紗江とカフェへ向かった。 でも、心ここにあらずで、カップの中のカフェラテがぼやけて見える。 紗江が笑いながら話しかけても、真希の意識は画面の向こうの坂本に釘付けだった。 ——また会える日まで、あと何時間だろう。 その日の夜、真希は指定された小さなカフェのテラス席で待っていた。 坂本が現れると、自然と体が前に出る。 目が合った瞬間、二人は笑みを交わす。 「来てくれたんだ」 「はい……坂本さんに会いたくて。」 会話は他愛もないものだけど、触れ合う手の距離、視線の絡み、笑い声のトーン——全てが甘く、背徳的な香りを帯びていた。 人目があるのに、心は二人だけの世界に沈んでいく。 ——こうして、坂本との日常が少しずつ、静かに、確実に侵食していくのだった。 車を運転しながら、坂本はふと昨夜のことを思い返した。 ホテルの部屋で、あの柔らかい照明の下、真希の手を握った瞬間の感触。 名前を呼ばれ、微笑まれ、視線が絡んだあの瞬間—— 「……なんで、こんな気持ちになるんだろう」 妻、杏奈の顔が脳裏に浮かぶ。 きれいで優しくて、いつも自分を支えてくれる人。 それなのに、心の奥底では真希のことを考えてしまう自分がいた。 「俺は……クズだな」 窓の外の街灯が流れるたびに、自分の胸の奥でぐるぐると渦巻く感情が見える。 甘く、危険で、罪深い—— でも真希の笑顔を思い出すと、理性よりも強く、胸を締めつける。 電話やメールでやり取りするだけで、心臓が跳ね、指先が熱くなる。 昨日の夜の余韻が、今も手のひらに残っているようで、思わず握りしめたくなる。 理性はそう囁く。 家庭も、責任も、すべて忘れてしまったら、どれだけ傷つく人がいるか。 それでも、真希の存在は、心の奥で確実に大きくなっていた。 坂本は深く息を吐き、ハンドルを握る手に力を込める。 「……どうしようもないんだ。俺は、もう、彼女から目を逸らせない」 車の中の静けさが、胸の奥のざわめきを際立たせる。 甘美で危うく、そして切ない——坂本の心は、すでに真希に囚われていた。 理性は警告する。妻がいること、責任があること、家庭を壊せば傷つく人がたくさんいること。 でも、心の奥では真希への想いがどんどん膨らみ、理性の声はかき消される。 スマートフォンに届く真希からの短いメッセージ。 たった一言でも、胸の奥が締めつけられ、呼吸が少し速くなる。 会っていない時間でさえ、彼女のことを考えずにはいられなかった。 「……これ、完全にアウトだな」 甘い罪悪感が、坂本を押し潰す。 それでも、目の前で笑う真希の存在は、理性よりも強く心を揺さぶる。 胸の奥で、確かに、逃げられない感情が渦巻いていた。 「……どうしても、離れられない」 坂本はハンドルを握りしめ、深く息をつく。 外の街の光は、いつも通りに流れている。 でも、心の中はもう、甘美で危険な感情に支配されていた。 彼は知っていた。 この関係が正しくないことも、長くは続かないことも。 それでも、真希の存在は、坂本の理性と背徳心の狭間で、確実に彼を動かしていた——。

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綾 前編

喰魔

「今日から配属になりました。月臣桜です!よろしくお願いします!」 「烏丸吉良で〜す。よろしくお願いしま〜す。」 「桜くん。吉良ちゃん。よろしくね。」 麗香が説明し始めた。 「聞いたと思うけど2課は生憎火の魔人のせいでそれなりに人死んじゃったんだよね。だから今は深刻な人手不足って訳。だから、忙しいと思うけどそれ以上やりがいがある仕事だから頑張って。」 「はい!ありがとうございます!」 「2人の異能は?」 凪が食い気味に聞いた。 「あ、えっと、俺は異能っていうのかわからないんですけど俺の体内に暴力のバルグロスの血が混じってて、それを使うことができるって感じです。」 「結構良さそうじゃない?」 「烏丸はっ?」 「私特に異能とか使えないんですよ〜。でも攻撃能力は人より自信ありますよぉ。」 「…そうか。」 「資料によるとこの2人が研修生で実力TOPだったんだって。」 「…それでも前みたいな魔人が来られたらすぐに殺されますよ。」 「…ごめんね!コイツ先輩大勢失ってさぁ、気滅入ってんだわ!許してやって。」 「…火の魔人ってどれくらい強かったんですかぁ?」 「そりゃもうすごいよ。私殺されそうになったもんね。」 『大丈夫かっ!』 『短い間だったが…ありがとう。』 「あっ、ちょっとごめん。トイレ行ってくる。」 「……。」 凪が様子を見に行くと麗香が隅っこでこっそり泣いていた。 「私のせいで…。」 「……。」 あの一件から心に深い傷を負った隊員が多かった。 「かぐり。」 「……。」 かぐりも例外ではなかった。 「任務に行くぞ。」 「うん。」 -「こちら2課。c班。バルグロスを退治しました。」 「ねぇ凪。」 「なんだ。」 「あん時はすずを倒すことしか考えてなかったからわからなかったけどさ、すずって結局何がしたかったんだろうね。地獄で今何やってんだろうね。」 「…知らないけど、少しは反省してたらいいな。」 「…もう一度、会いたいなぁ。意外と楽しかったんだよね。」 「…あ、おい。」 「なに?」 「これ。氷室さんから。」 すずの血が入った小瓶を差し出した。 「…何これ。」 「火の魔人の血だ。火の魔人の異能をお前のものにしろって。」 「ッ!…すずの…血?」 かぐりは急いで血を飲んだ。 「はぁっ、はぁっ。」 血が巡っていく感覚がはっきりとわかった。 「うぅっ!」 「かぐりっ?どうしたっ!」 「…はぁっ、はぁっ、いや、なんでもない。大丈夫ッ。」 かぐりは近くの壁に手をついて歩いた。 「無理するなよっ。本当に大丈夫なのか?」 「…大丈夫。」 −翌日− 新人2人の初任務にかぐりと凪が見守りについていた。 「今回倒すのは雪のバルグロスだ。」 「は〜い。」 「おい!もっと緊張感持てよ…!死ぬかもしれないんだぞ!」 「大丈夫だって。なんとかなるでしょ。」 「コイツら…。」 「あ、いたぞ!」 かぐりが声をあげた。 見た目は白くて大きいだけのシンプルなバルグロスだった。 (俺らなら簡単に殺せるが新人2人だとどうだ…。) 「は〜ん。ただの白くて大きいだけのやつってわけね。先にあんた行ってよ。」 「は!?なんで俺なんだよ!」 「いいじゃん!私異能使えないし!ヘルプ係ってことで!」 「まじお前終わってるだろ!」 「任務での口喧嘩はやめろ。」 「ああもうわかったよ!行ってやるよ!ラーメン奢りなっ!」 「はいはーい。」 「コロス!ニンゲン!」 「おっりゃぁっ!」 桜が足を蹴った。 「いくらなんでも体格差ってもんがある…って、」 雪のバルグロスの足が反対方向に捻じ曲がっていた。 「どんな脚力してんだアイツ…。」 凪が顔を歪ませた。 「グオオオオッ!」 桜が木を伝って飛んで雪のバルグロスの顔面に拳を連続で殴りつけた。 「グッ…」 「烏丸ッ!頼んだ!」 「は〜い。」 吉良が包丁を取り出した。 「ヒヒッ!」 雪のバルグロスの体を素早く伝って見事な包丁さばきで心臓を斬った。 「アハハハッ!アハハハッ!」 吉良は心臓はもう動いてないというのに何度も心臓を切っていた。 「オエ…!」 「かぐり、吐くならあっちで吐け…。」 「何だって吐きそうな顔してんじゃん…!」 「うるさい、」 「アイツどうみてもさぁ!」 「ああ、サイコパスだな。」 「おい!烏丸!もうやめろ!」 「なんでよぉっ!楽しいじゃんっ!」 「くっ…!先輩らがみてるだろうがぁ!」 桜が吉良の頭を殴った。 「いったぁ!女の子相手になにすんだよ!」 「うっせぇ!先陣切ってやったんだ!感謝しろよ!」 「け、喧嘩はやめろぉーっ!先輩からの命令だぁっ!」 「…はぁ、わかりましたあ。」 「飯いくぞぉー!飯飯!凪の奢り!」 「なんで俺なんだよ!」 「フッフーン。いくぞ!」 {かぐりちゃん。} 「ッ!」 かぐりは素早く後ろを向き何もないところに拳を振った。 「かぐり?どうしたんだ?」 「…なんでもない!」

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喰魔

「…ん、…はっ!ここはっ?」 かぐりの異能で遥か遠くへ飛ばされた後すずはあの山で眠っていた。 (全身が痛い…。でもまだ戦える。あの心臓を取らなきゃ…。) 足が止まった。 (かぐりちゃんの心臓を取ってどうするの?取って終わり?あの人に渡して終わり?) 『私と友達になってくれる?』 「はっ…バカみたい。」 『おう!』 「ッ!」 すずは胸を押さえ、ガクリとその場に膝をついた。 燃えるようだった心臓の奥に、冷たいものが入り込む感覚。 「……なんで今さら……あんな顔……思い出すのよ……」 頬をつたう涙が、火傷した皮膚に触れてチリ、と音を立てた。 (私、なにやってるんだろ……) 山風が吹き、彼女の赤い髪を乱した。燃えかけていた炎が、弱々しく消えていく。 「もう、いいや。心臓いらないよ、かぐりちゃんに…謝らないと。…そしてもう一回、友達になりたいっ、。」 その時風が吹き多くの落ち葉が風で浮いた。 「ッ…!」 落ち葉が人型の形になり落ち葉が落ちた。 現れたのは氷室玲だった。 「ッ!?」 (なんで、アイツが。) 「私も海が好き。海は音、景色。全て美しいから。見た目は綺麗でも中身は?」 「……。」 「海は外面はいいけど内面はゴミが大量にあったり、たまには人の死体が沈んでることもある。」 「何が言いたいの。」 「貴方だってそうでしょ?外面はよく見せておいて、内面はゴミばかりの汚い人。地球もそうなの。地球だって宇宙から見たら綺麗だけどいざ住んでみると汚い世界。」 すずは手首の紐を引っ張ろうとした。 「だから私が整理してあげたいの。」 すずの右手が見えないうちに斬られた。 「ッ…!」 「私もたまにボランティアで海のゴミ拾いにたまに行くんだけどね、」 すずが素早く氷室の背後に回って左手に持ったナイフで殺そうとした。 「ゴミを拾い終わって海が綺麗になったのを見るととても気持ちがいいの。でも数日後にはまた汚くなってる。ゴミを捨てる人のせいで。だから私がその根源を消してあげてる。」 再び見えない内に左手を斬られた。 「ッ…!?」 (再生しろ…!) 「貴方の才能は認めてあげる。確か名前は…炎川幽。」 「なんで名前をッ!」 「さようなら。炎川幽。実に良い魔人でした。」 氷室は幽の心臓を素早く取った。 氷室は去っていった。 「ッ…。」 (ごめんね。かぐりちゃん。私、信じてもらえないかもしれないけど最後にホントのこと話したかったな。私ね、あのね、かぐりちゃんと過ごしてる時間が生きている時間ね1番楽しかったの。もし、また会えたら話したいって思ってた。) −「はぁっ、はぁっ、」 凪は訓練所でトレーニングをしていた。 「凪くん。頑張ってるね。」 氷室玲が凪の前に現れた。 「氷室さんっ!?なんでここにっ」 「来ちゃ悪かったかな。」 「いっいえ!全然そんなことは!」 「今日ここに来たのはちゃんと理由があるんだ。」 「なんですか?」 氷室が凪に赤い液体の入った小瓶を渡した。 「これをかぐりちゃんに飲ませなさい。」 「…なんですか、これ。」 「火の悪魔の血です。」 「ッ!?死んだんですかッ?」 「はい。死にました。」 「…氷室さんが?」 「それは秘密。火の悪魔の異能をかぐりちゃんのものにして、かぐりちゃんをもっと強くさせる。」 「かぐりはそんなにたくさんの異能を持っても大丈夫なんですか?」 「大丈夫だよ。私が血を飲みすぎたと判断したら血抜きをする。」 「そ、そうですか。」 「それと2課は随分な人数が死んじゃったから、新人を入れることにしたんだ。」 「そうですか。」 「…あ、凪くん。今子供みたいだよ。」 「えっ?」 「泣くの、我慢してるでしょ。凪くんが入った時からいたもんね。」 「ッ…!いえ、泣いてません。」 「じゃあ私が訓練付き合ってあげる。全力で来ていいよ。」 「でもっ、」 「いいから。」 氷室はそう言うと、赤い小瓶をポケットに仕舞い、ゆっくりと髪をかきあげた。笑顔は柔らかいのに、瞳の奥は氷のように澄んでいて何も映していないようだった。 「凪くん、構えなさい。」 「……っ、はい!」 凪は涙の跡をぐっと袖で拭って、構えを取る。訓練所の空気が一気に張り詰めた。 氷室は軽く指を鳴らし、空気に微かなひび割れのようなものが走る。凪の肌が粟立った。 「——全力で来ていいって言ったでしょう?」 「行きます!」 凪は一気に間合いを詰め、拳を突き出した。 しかし氷室は、その拳を軽く受け止め、凪の腕を掴むと小さく笑った。 「まだ、力んでる。泣くのを我慢するみたいに、攻撃も我慢してる。」 「っ……」 「感情ごとぶつけなさい。そうしなければ、かぐりちゃんを守れない。」 氷室の声は柔らかいが、その手のひらは冷たく硬い氷のようだった。 凪は一瞬迷ったが、目を閉じ、深呼吸した。 「——っ、うおおおおおッ!」 叫び声とともに全力の一撃を放つ。 その瞬間、氷室は一歩も動かず、微笑んだままその拳を受け止める。 「そう、それでいい。」 低く響く声が、訓練所の床にしみこんでいくようだった。 氷室の瞳には一瞬、憐れみとも期待ともつかない光がちらりと揺らめいた。。

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「タイマンだよ。」 「かぐりちゃんとタイマンだなんて…ゾクゾクする♡」 「…あいつ。タイマンで勝てんのか。」 「タイマンって言っても少し凪に指示してもらうけどな。」 「なにそれぇ。タイマンじゃないじゃん。」 「…ったく。かぐり。行け!」 かぐりは地面を蹴った。 「後ろから周りこめっ!」 「きゃはっ!おもしろ〜い!」 すずは嬉しそうに火を撒き散らす。 「うるせぇっ!」 かぐりの指先に閃光が走り弾丸が真っ直ぐにすずの胸元を狙った。 「うん。すごいね。でもね?」 すずの炎の壁が瞬時に立ち上がり、弾丸を呑み込む。だが、すぐに壁の奥で爆ぜた。 「あらっ!?」 「二段構えだよバァーカッ!」 かぐりが叫ぶと同時に、弾丸の内部から冷気が弾け、炎を逆に凍らせていった 「何これぇ!冷たい!…あの男邪魔だなぁ。」 すずが自身の炎から火の獣を作り出した。 「見て見て。可愛いでしょ♡私のペット!」 「どこが可愛いんだよ。」 「えぇ〜?可愛くない?ま、いいや。あの青い髪の男。殺して?」 「ガオオオオッ!」 「凪!気をつけろ!」 「言われなくてもわかってる。俺に指図するな。俺がお前を指図する立場だ。」 炎の獣が勢いよく凪に飛びついた。 「八岐大蛇。」 地割れと共に、八つ首の巨大な水龍が姿を現す。轟々と水を吐き、炎の獣の体を呑み込む。 「グゥアアアッ!」 獣の咆哮と共に、炎が水を蒸発させて白い霧が辺りを覆った。 「チッ。こんなのではやはり収まらないか。」 凪は霧の中で目を閉じ、次の名を呼ぶ。 「風神!」 突如、渦を巻く暴風が生まれ、霧を切り裂き、炎の突進を横へと逸らした。炎の獣は地面を削りながら横倒しになる。 「ほらどうした、獣風情が。」 怒りに燃えるように、炎の獣が立ち上がる。 「面倒だな…。だったらこれで終わりにする。」 凪は手を天に掲げた。 「雷神ッ!」 空が裂け、稲妻が幾筋も走る。轟音と共に雷雲が渦を巻き、一本の巨大な雷が炎の獣へと落ちた。 「ガァァァァァァアッ!!!」 炎と雷がぶつかり合い、世界が一瞬白く光に包まれる。 雷鳴が収まった時、そこに立っていたのは焦げ跡を残して消えかけた炎の獣と、息を切らしながらも冷静な目をした凪だった。 「このバルグロス…術で作り上げたものだとしても強すぎるな。てことはあいつは真神の仲間で間違いない。」 −「かぐりちゃあんっ!こっちだよぉっ!」 「オラァッ!」 かぐりが容赦なく銃を撃つ。 「かぐりちゃん予想以上に粘ってるねぇっ!私も本気出しちゃおうかなっ!」 かぐりは炎の弾を避けながら攻撃していった。 「私はまだ本気じゃねえぞっ!」 「はははっ!そういう強がりなところホントに面白いっ!でもそれも今だけだよぉっ!」 すずが大きな熱風を巻き起こした。 「ッ!?」 かぐりが風の勢いでビルに衝突した。 「捕まるのも何もなかったし衝突するのは無理もないよ。」 「ッ…」 かぐりが体を動かそうとしても体力の限界で動かなかった。 『喰え。バルグロスを喰ったら力になる。』 『…ゲロマズ』 「あっ…」 「かぐりちゃんの心臓。もらうねぇ〜!」 その時大きな爆発が起きた。 「…なに?これ。」 「ヒャッハハハハッ!アハハハハハ!イッヒヒヒヒヒ!」 「かぐりちゃんどうしたの?そんなに気持ち悪い笑い方して。」 「お前、私がB.Hだというのを見逃していたな!」 「いや、忘れてないけど。…どうやって体を復活させたの?」 「そんなこと聞いてる場合か?」 「え?」 無数の触手がすずに飛びついた。 「ッ!」 触手が腕を拘束して異能を使えないようにさせた。 「くっ…!かぐりちゃぁん、これ外して?」 「外すわけないだろ。」 「チッ。」 足で触手を切った。 「ほら、あの触手も切っちゃった…よ…ッ」 すずの足が動かなくなった。 「フッ。どうだこのかぐりさまの異能は!蝕みのバルグロスの力だ!」 「ホントッ…かぐりちゃんって…バカだね…。こんなこと…思いつくなんて…。あっ、そうよっ、私のペットがまだっ、」 「あのお前の言うペットは殺したぞ。なかなかいい腕してたけどな。」 「ホントッ…ずるい。そもそも…タイマンじゃ…ないし…。」 「……。」 「ねぇ、かぐりちゃんっ。…私たち…友達…だよ…ね?助けてよ……。」 「お前なんか友達じゃない。」 「ッ!…最悪…。力を使えないし。体が腐ってくる感じする。」 (最後の力で…行けるかな。) 「ドカ…」 すずの顔が銃に撃たれた。 「あの…クソ女。」 麗香が撃った弾だった。 「死ねッ!」 麗香の撃った弾丸がすずの顔を貫いた瞬間、蝕みの触手が一斉に爆ぜ、すずの体を押し飛ばすように弾き返した。 「ッ……!」 すずはよろめきながらも、最後の炎を纏った拳を振り抜こうとした。しかし腐食する肉体が動きを鈍らせ、拳が空を切った瞬間、かぐりの冷気を帯びた触手が再び襲いかかる。 「がっ……!?」 そのまま強烈な衝撃波と爆音が重なり、すずの体が空高く跳ね上がるように吹き飛ばされた。 「バカなっ……まだ終わってな……」 すずの声がかすれ、炎が消えかける。蝕みの力が彼女の体内に残った異能の核をじわじわと侵食し、全身が崩れ落ちるように光と炎の欠片になって散っていく。 「……ッ!!」 最後に炎の羽のようなものを広げたすずの影が、遠くの高層ビル群の彼方へ弾かれるように飛ばされ、そのまま赤い軌跡を引いて暗い空の奥に消えていった。 「……行ったか。」 かぐりは肩で息をしながら呟いた。 麗香が駆け寄ってくる。 「……かぐり、大丈夫?」 かぐりは返事をせず、吹き飛んでいった赤い光の軌跡を黙って見つめていた。

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「楽しくなりそう♡…でもここだったらかぐりちゃん手に入れにくいから。ドカン。」 壁に穴を開けて外に出た。 「ほら!外でやり合おうよ!おいで!」 満面の笑みで言った。 「フッ。気持ち悪いやつね。」 白鳥が言った。 「よっしゃ行くぞ!」 獅子王が手を石化してすずの方へ行った。 「ドカン」 爆発が起きた。 「そんなの想定済みだ!猫塚!」 「幻覚。」 すずが夢人の力で幻覚に陥った。 「うっわ…結構クラッとくんねこれ…。」 「白鳥!いけ!」 麗香が銃で心臓を打った。 「ウッ!…死ぬかと思ったー!あははっ!」 「効かない!?」 「幻覚に陥った時マジで死ぬかと思った!弾のおかげで覚めたわ!ありがとうそこの女!」 「バケモノね…。」 獅子王が石化した足ですずを蹴った。 「ねえ知ってた?石ってすごく焼けるんだ。」 獅子王の足が勢いよく燃え上がった。 「ぐぬぁっ!」 「くそっ!幻覚!」 「これ厄介だなぁ!ああ!」 「くっ!」 「白鳥!撃つな!」 「…ッ…。」 「うっ…!」 すずは自分の頭を爆発させた。 「はぁ。まじこの幻覚厄介!ドカン!」 「白鳥!」 「こっちに来ないでっ!私に構わないでっ!」 夢人は麗香を庇って爆弾に巻き込まれた。 「嘘でしょっ、何庇ってんの!?バカなの?!」 「大…丈夫か…。」 「死にそう?」 「黙れっ!」 「短い間だったが…ありがとう…。」 夢人は息絶えた。 「コイツが死んでくれればもういいんだよね。コイツの体を内部から焼いたからコイツはもう死んだ。さあ、死にたくないならカグリちゃんを出して?」 「来るなっ!」 白鳥が銃を撃ったが当たらなかった。 「弾がすごい曲がり方したね。すご…」 すずの顔下半分が切られた。 「ッ!?」 「かぐり。友達だったからって妥協はするな。殺せ。そして喰え。」 「りょーかい。」 「アンタら…!」 「他の先輩は死んだんですね。」 「かぐりちゃん!またあの海行こうよ?」 「行かない。アンタ誰だ?」 「すずだよー?忘れたの?」 「そんな奴知らないね。」 「ひどおーい。」 「八岐大蛇。」 凪が神を呼んだ。 「神様呼び出せるなんて気持ち悪〜い。」 「気持ち悪くて結構だ。八岐大蛇。かぐりの護衛をしろ。かぐり。…行け。」 「ヤッホーイッ!」 「かぐりちゃああんっ!楽しもうよっ!」 すずが容赦なくかぐりに火の玉を殴りつける。 火の玉が道路やビルにぶつかる。 「…この戦い被害が半端じゃない。」 「そんなもんかよっ!もっとこいよっ!」 「ドカン」 かぐりのところで爆発が起きた。 「かぐりっ!」 爆発の煙が消え始めると火の近くでビルにつかまっている銃のバルグロスに変身したかぐりがいた。 全身が黒い装甲に覆われこの姿を初めてみるすずはかぐりとはわからないくらいだった。 「わぁっ、銃のバルグロスなんだっ!かっこいいねぇ!」 「ふふん、だろ!」 「かぐり!行け!」 勢いよくかぐりが飛んだ。 「雨の水分神!」 雨の水分神が爆音を立てて水の壁を作り周囲の火を押し戻した。 「すごいねぇっ!神様に守られてるなんてずるいっ!」 すずが炎の拳を地面に叩きつけると、道路全体が赤く割れた。 かぐりはその衝撃波を飛び越えた。 「雨の水分神!道を作れぇっ!」 雨の水分神が頭をもたげ道を作った。すずの前に冷たい水の道が走った。かぐりがすずのいる火の壁の中へ飛び込んだ。 「かぐりちゃんっ!おいでっ!」 「バン」 引き金を弾く音が爆音のように街に響いた。真っ直ぐ伸びた弾丸は炎を切り裂き、すずの胸を貫こうと飛んでいく。 「ッ…!すごい威力だねぇっ!ドカンッ!」 かぐりの弾を火で押し返した。 「ッ!」 すずの首に弾が当たった。 「避けたはずじゃ…。」 ビルの屋上から麗香が撃った弾だった。 「油断すんじゃないわよボケッ!」 「この弾首から取れない…。ま、いいか。ドカン」 すずが自分の首を爆発させた。 「再生したらいい話だし!」 「ええ!?そんなのあり!?」 「あの女から殺そーとっ!」 「ッ!」 麗香が炎に包まれそうになった時獅子王が体を石化して守った。 「ッ!?獅子王先輩ッ!?」 「くっ…大丈夫かっ?!」 「私は大丈夫ですけどっ、先輩がっ!だって、体全体を石化したらっ、もう貴方死んじゃうんですよっ?!」 「ッ…?おい凪!あのゴリラどうしたんだ!?動かないぞ!」 「獅子王さんは体の大部分、半分を石化したらもう元には戻れない。内臓から石化が始まって最後には心臓まで石化してしまう。」 「だったらゴリラはっ」 「もう死ぬ。」 「大丈夫だっ、」 徐々に獅子王の内臓が石化されていく。 「まだ動けるッッ!」 「まだやるんだぁ?無駄じゃないの?」 「無駄でもいいっ!俺は…後輩を守る先輩だからなぁ!」 獅子王が石化した両腕を大地に突き刺す。 瞬間、地面全体が灰色に変わり、波のように石化が広がってすずの足元を捕らえた。 「わっ!すっごい!足が動かない!」 「ぐぬぁぁぁっ!」 獅子王が石化した両腕を大地に突き刺す。 瞬間、地面全体が灰色に変わり、波のように石化が広がってすずの足元を捕らえた。 「もうやめてくださいっ!先輩っ!」 「ドカンッ!」 再びすずは下半身を爆発させ再生した。 「いたたたっ、でも助かったぁ。しぶといね。先輩ー?でももう動けないでしょ。」 燃え上がる瞳で獅子王を笑いながら見下ろす。 「はっ…お前は…絶対…負け…る。」 最後にそう言い残し、獅子王の心臓が完全に石になった。 砕けるような音とともに、その身体は動かなくなった。 「先輩ぃぃっ!」 「ふふっ死んじゃったねぇ。悲しいねぇ。でも安心して。貴方もすぐそっちへ行くから。」 指先に炎を溜めて麗香を撃とうとした。 「バン」 すずの手が吹き飛んだ。 「来るの早いねぇ。」 炎の影から銃のバルグロスの姿が浮かび上がった。 「2課で生き残ってんのは麗香と私と凪と葵だけ。」 「4人で私のこと倒せるのかなぁ。」 「4人じゃねーよ。タイマンだよ。」

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「結構強く握ったつもりだったのにな?」 「お前…人間じゃなかったのかよ。」 一瞬でかぐりの目つきが変わった。 「私は魔人だよ。」 「高校は?」 「高校なんて行ってないよぉ。」 「なんで駄菓子屋に現れた?」 「かぐりちゃんの心臓が欲しかったの。」 「あげねーよバァーカ。」 「まぁ、そんな口叩いてられるのも今のうちだと思うけど。なんで私のことが怖くないんだろうね。」 「私が怖い人はこの世で1人しかいねえよ。」 「気になるなぁ。だあれ?」 「氷室玲だよ。アイツはまじ化け物だわ…。」 「は?氷室玲?…あーなんだ。だったらさっさと駄菓子屋で殺したら良かった。あのばあちゃんと一緒に。」 すずの指先から生まれた火をかぐりのほうへ投げた。 火がかぐりの眼球に当たりそうになった途端、誰かが素早くかぐりを抱えて遠くまで走った。 「えぇ!?いたの!?」 「葵!?」 「もうバカバカですっ!こわい…!あの女…!」 「なんでここにっ」 「凪くんに言われたんですぅぅ!友達とやらの様子を見に行け!って…。あの女怖い…!」 (なんで人間がこんなに早く走れる?) 『異能は握力です…。』 (足首の握力だけを抜いてんのか。キモ。) 「いたんなら言ってよねぇ。」 すずは手首に巻いてあった包帯を外した。 手首についている紐を引っ張ると爆発が起きて火の魔人に変身した。 顔の部分が丸い爆弾のような形で覆われて口が牙になっていた。 足に強く力を入れてかぐりのほうへ飛んでいった。 「きゃぁぁぁっ!なんなんですか!あの爆発!」 「さっさと組織に向かえ!」 「なんなんですか先輩に向かってその口の聞き方はぁっ!一応守ってあげたんですよ!?」 「次お前のピンチの時は助けてやるよ。ってきてんぞ!」 「きゃぁぁぁぁ!怖いぃ!こちら2課!藤咲!火の魔人らしいものが接近中!至急援護!援護ぉっ!」 [b班。了解] 「おっと、そこまでだよ。」 「ヒィィィッ!」 「かぐりちゃんを渡して。そしたら貴方を助けてあげる。」 「嫌ですぅ!私がピンチの時守る人いなくなっちゃいますぅ!」 「理由クソだな。」 「そう。じゃあ、だったら死んで。ドカン。」 すずが指を鳴らし、そう言った途端道路の一部が激しく燃えた。 「ヒィィィッ!」 「避けた…。もしかして強い感じ?その性格で。」 「フゥッ、フゥッ。私はb班が来るまでここにいないと!」 「さっさとかぐりちゃんを渡して。ドカン。」 葵は手袋を付けた手で火の玉を10数個投げ返した。 「跳ね返した!?! 「あちっ。」 「怖い…怖い…。怖いものは死ぬべきですっ!」 葵はかぐりを抱えたまますずのところへ向かった。 「面白いじゃん。コイツ。」 拳をすずの首へやる直前に熱風が吹いた。 「くっ…!」 「大丈夫か!」 「髪の先端が焦げましたぁ…!怖い怖い…!」 「怖いって言いすぎだろ!」 「b班到着!早急に朧かぐりを抱えて組織へ!」 「はいぃぃっ!」 葵はすごいスピードで組織へ行った。 「ちょっと邪魔しないでよぉ!もう少しだったのに。いやそんなこともないか。」 「止まれ!さもないと撃つぞ!」 「撃てば?私再生するよ?」 「止まれって言ってるだろ!」 「ドカン」 辺り一体が火に包まれた。 「コイツら弱いなぁ。あっちの方が楽しめそう。」 −「かぐりちゃん持って帰れましたぁー!」 「ありがとな。」 「疲れましたよぉ。」 「防犯カメラの映像では火の魔人。恐らく真神の仲間だ。」 凪が言った。 「アイツは強い。今までのどんなバルグロスよりも。皆さん油断しないでください!」 「おう!」 「はい!」 「本部に火の魔人が現れました!」 「もう?!」 「かぐり。油断するな。アイツはお前目当てだ。」 「わかってる。」 「友達なんか信用するな。」 「……。」 −「あのぉー!すみません!バルグロスに襲われましたぁ!」 「…随分とまぁ笑顔で襲われてるな。」 「ホントですぅー!」 すずは人間の姿で組織へ来た。 「…おい。行くぞ。」 1課の人員達が5人で立ち向かった。 「それ以上近寄るな。」 5人のうち4人が指を切って血を出しその血が刃になってすずの首を切った。 「やったか…?」 「残念でしたぁ。実は切られる前に変身しちゃいましたぁー。」 指を鳴らした。 「ドカン」 4人は即死した。 「こっから本格的に戦うとするかな〜。」 −「1課のc班がやられたッ!中に来るぞ!」 「油断するなっ!」 「かぐり。お前は奥にいろ。」 「だったら凪も、」 「わかってる。後で行く。」 「うんっ。」 −「朧かぐりはどこですかぁー!?」 「防護班前へ!」 「了解!」 「…。」 すずが腕を前に出した。 「火浸し。」 すずがそう唱えると腕から火が蛇のように出てきて床全体に広がった。 「熱い熱いッ!」 防護班の足が焼ける寸前の時に凪が現れた。 「かぐりちゃん。早く私のところに、きて?心臓ちょうだい?」 「雨の水分神。」 凪が唱えた。 凪の後ろから雨の水分神が水を出し床の火を全部消した。 「鷹村さんっ!ありがとうございます!」 「大丈夫ですか。」 「はい!すみません!おい!立てるか?」 足が焼けた隊員を処理班が医務室へ運んだ。 「すみませんが俺は早く朧のところへ行かなきゃなので後はこの人たちに任します。」 そこにいたのは2課の葵を除いた凪の先輩達だった。 「ここは任せてください!後衛をお願いします!」 「わかりました!」 「さてと、やりますか。」 「なんか楽しくなりそう♡」

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翌日かぐりはまたあの駄菓子屋へ行った。 「あ!かぐりちゃん!来てくれたんだ!」 「約束したからな!」 「嬉しい!何食べる?」 「この飴うまそう!でかいし!」 「じゃあ私もそれにしよーっと。」 すずは少し犬歯が尖っている歯を出して笑った。 かぐりはなぜかすずの笑顔を見ると安心した。 「かぐりちゃんなんか面白いことあった?」 「特にないな。…毎日つまらない仕事ばっかやってるからな!」 「学校もつまらないよ。」 「じゃあ辞めたら?」 「そんな簡単に辞めれないよぉ。」 「そうなのか?」 「うん。かぐりちゃんだって仕事簡単にやめれないでしょ?」 「それはそうだな…。」 「お互い辛いことを乗り越えていこう?ね?」 「お、おう。」 それから2人は2ヶ月経っても駄菓子屋で遊んだ。 「いってきまーす!」 「お前最近どこいってんだ?」 「友達のところ!」 「友達?」 -「おい。」 「どうしたの?」 「ずっと気になってたけどお前の手首なんで包帯巻いてあるんだ?」 「少し怪我しちゃったんだ。転んじゃって。」 「ふーん。大丈夫か?」 「大丈夫だよ。ねえ、たまには他のところ行かない?」 「他のところ?」 手を引っ張られた。 「うわっ!ちょっと!」 「いいからいいから!」 手を引っ張られながら2人は走った。 任務で走る時とは何か違う、すごく楽な気持ちで走れた。 「早く早くー!」 「ちょっと待って!」 「あははっ!」 「はははっ!」 ついたのは海だった。 「海…。」 「綺麗でしょ。私よくここ来るんだ〜。」 (今まで景色が綺麗とかは思ったことがなかった。夜景が綺麗だよ。ってよく聞くけどそれは建物や光を遠くから見ただけのものだから。でも何故か、この海は綺麗だと思える。) 「…。」 「少し遊ぼうよ!せっかく来たんだし。」 「海で?遊ぶって何を。」 「ええ?だからこうやって。」 水をかけられた。 「うえっ!しょっぱっ!なにすんだ!」 水をかけ返した。 「きゃー!あははっ!もっともっと〜!」 「仕返しだぁっ!」 「あははっ!」 (水をかけ合うだけなのになんでこんなに楽しいんだ。) 「はあ、ちょっと疲れたね。少し休憩しよ。」 「はぁ、はぁ、」 「ふふっ。じゃあそろそろ帰ろうか。暗くなってきたし。明日、またあの駄菓子屋で会おう。」 「おう!」 −翌日− 「おーい。きたぞ!」 「遅いよー!」 「仕事だったんだよ!」 「今日もついてきてほしいところあるんだけどいいかな?」 「おう!昨日みたいな綺麗なとこだったらいいぞ。」 「綺麗だよ。すごく。」 「楽しみ!」 着いたのは夜景が綺麗に見える森だった。 「…悪いけど夜景は綺麗だと思わねえぞ。」 「かぐりちゃん。」 「なんだ?」 「かぐりちゃんはなんで夜景を綺麗って思わないの?」 「え?だってただの光と建物を遠くから見たものだから。」 すずはかぐりの手を握った。 「私のことは?綺麗だと思う?私たちの思い出は?」 「ッ…。」 (すずの手、熱くなってる。) 「私は綺麗だとは思わなかったよ。」 「え?」 「今から見る景色のほうが綺麗だから。」 その瞬間すずの手が激しく燃えた。 「ッ!?」 かぐりは素早く手を離した。 「あぁ、やっぱ強いんだ。結構強く握ったつもりだったのにな?」 狂気じみた笑顔だった。

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「誰だ。お前。」 冷たい口調でかぐりが言うとおばあちゃんが口を出した。 「この子はねぇ、この近くの高校に通ってる柊すずちゃんって言うんだよぉ。かわいいでしょぉ。」 「ここの近くよく通学路で歩いてるからよく寄るんだ。」 不気味な笑顔で言った。 「…。」 「あれ、もしかして人見知りなのかな?名前は?なんていうの?」 「…。」 かぐりは警戒していた。 「かぐりちゃん。いい子だから仲良くしてあげて。ね?」 「…朧。かぐり。」 「わぁ!珍しい名前だね!どこの高校行ってるの?高校生だよね?」 「高校は行っとらん。」 「え、高校行ってないの?」 「学校は行ってない。仕事してるから。」 「そうなんだ。なんの仕事?」 「言ってもわからん。」 「ええー!いいじゃん!教えてよ!」 「...バルグロスハンター。」 「えぇ〜!?バルグロスハンターってあの!?」 「お主知ってるのか!?」 「私昔助けられたことあるの!それからすっごい尊敬してて!なんだか嬉しいなぁ〜。ここで会えたのも何かの縁ってことで私駄菓子奢ってあげる!」 「ほんとか!?お前いいやつだな!」 「ねぇ、かぐりちゃん。」 「なんだ?」 「私、実は高校に友達いないの。」 「え、そうなのか?」 「みんな私と仲良くなるのが嫌みたい。だからこうやって楽しく話せるのすごく嬉しいんだ。」 「私も楽しいぞ!お前と喋るの!駄菓子奢ってくれるし。」 「ほんとに?じゃあ私と友達になってくれるっ?」 すずは照れながら言った。 「おう!おまえいい奴だしな!」 「嬉しいっ!私かぐりちゃんのこと大好きっ!」 2人は駄菓子を食べながら色々雑談した。 「なんでお前は友達がいないんだ?」 「私に告白してくれた男の子がいるんだけど断ったらありもしない噂流されちゃってそこから友達いないんだ。」 「そいつ酷いな!殺しにいくか!?」 「ふふっ。大丈夫だよ。私はかぐりちゃんがいるしね。」 「そ、そうか。」 その時かぐりに電話がかかってきた。 「もしもし?なんだ?」 『任務が出た。早く戻ってこい。』 「えぇー。わかった。悪い。仕事だから戻る。」 「そっか…。お仕事がんばってね。」 「おう!ありがとな!」 「…ねぇ!明日も会える…?」 「仕事入るかもしれないけど多分会えるぞ!」 「本当に?じゃあ、待ってるっ!」 「おう!」 −2時間後− 「こちら2課B班。汽車のバルグロス討伐完了しました。」 [了解。] 凪が無線で組織に伝えた。 「戻るぞ。次は訓練の時間だ。」 「めんどくさい!嫌だ!」 「わがまま言うな。」 「そんなんだから友達がいないんだぞ!お前!」 「友達なんかお前もいないだろ。」 「私はいる!」 「嘘つけ。」 「いる!」 「誰だよ。じゃあ。」 「柊すず!」 「誰だよ。」 「駄菓子屋にいる奴だ。明日も会うんだ!」 「はいはいそうですか。行くぞ。」 「クソ男!」

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分厚い防音扉が閉ざされ、重苦しい静寂に包まれた会議室。 長机を挟んで向かい合うのは、真神と氷室玲。 「氷室さん。君は永遠を信じるか?」 低い声でワイングラスを傾けながら冷笑して真神は言った。 「命は儚い。けど、異能は違う。人の血と魂に宿る"歪み"は時を超えて、残る。…そう思わないかな?」 「…質問の意図は?」 氷室玲の声は冷たく感情がないようだった。 「お前のところに変な生物がいるだろう。」 「その変な生物と永遠に何の関係が?」 「確か名前は…朧かぐり。彼女にはまだ本人でさえ気づいていない潜在能力がある。組織は彼女を研究所に戻さなかった。なぜかな?」 「彼女には力を存分に発揮してもらいたい。実験などいつ終わるかわからないモノ。組織はその時間はそれほど必要ではないと判断しました。ですから研究所に戻さず実力を生かす課に移動させたまでです。…朧かぐりを狙っているんでしょう?」 「あ、わかった?そうだ。我々は朧かぐりを狙っている。」 「私は貴方が国民に危害を及ばないと言うから組織は目を瞑っているんですよ。真神さんが国民を襲わない代わりに貴方が血を失わないようにこちらが死刑囚を与えている。」 B.Hの宿敵である真神に氷室は笑顔で応えていた。 「生き物っていうものは気まぐれなんだよ。ハンバーグを食べたくても目の前にハンバーグより美味しいものがあったらそっちにかぶりつく。」 「死刑囚より朧かぐり。だということですね。」 「話が早いね。」 「私は貴方の思想には興味がありません。」 「笑顔なのに棘があること言うね。君は。一ついいかな?」 「何でもどうぞ。」 「氷室さんは本当に国民の味方?」 「勿論です。ですから真神さんのような存在を放置はできなくなってくる。」 「どういうことかな。」 「台風の悪魔。あれは真神さんが仕向けたんですよね。DNA鑑定をした結果ほんのり貴方の血が混ざっていた。」 「ご名答。だけど組織が僕に何か仕向けてきたら、わかってるよね?こちらは手段を選ばない。」 「お好きにどうぞ。恐らく2人で話すのはこれで最後になると思います。最後に言っときます。私は貴方のことが嫌いです。」 − 「氷室さん...。老けないな。まあまだ30だからか。」 『凪くん。私に飼われなさい。』 「....。」 当時15歳だった凪に氷室がかけた言葉があった。 『今の凪くんは弱い。初級のバルグロスを倒すことで精一杯。才能がないのかな。』 『そんなっ…。俺頑張れますっ!頑張らせてください!』 『辞めさせようとしてないよ。』 『えっ、』 『凪くん。私に飼われなさい。』 『飼われる…?』 『私が凪くんを管理する。飼育します。そうしたら貴方はもっと強くなれる。』 『…ッ。』 『でも選ぶのは凪くんだよ。生憎動物虐待はしたくないからね。』 『ってください…。』 『もっと大きく。』 『俺を飼ってくださいッッッ!』 『いい子だね。』 それから凪は唯一の氷室玲直属の部下になり、正確な指示のおかげで一流のB.Hとなった。 氷室が多忙なため直接訓練をすることは1年に数回しかなかったが、その数回の鍛錬でも十分力をつけた。 『はぁっはぁっ!』 『うん。動きは良くなったね。でも1番大事なのは冷静さだよ。バルグロスは顔色もわからないし汗をかいてるかもわからない。だからいつだって冷静に考える必要がある。凪くんはそれが欠けてるの。』 『すみませんッ。』 氷室玲は微笑んで、凪の顔に顔を近づけて言った。 『凪くんって冷静な人に見えるけど、ホントはお茶目だよね。フクロウみたい。』 『ッ!』 『フクロウってじっとしていて賢そうに見えるけどたまに羽をばたつかせて転びそうになるんだよ。凪くんとそっくり。』 『フクロウって…』 凪は顔を赤くした。 『…。』 氷室は目に見えないスピードで凪の横腹を蹴った。 『グハッ…!』 『冷静さが欠けていると、こうやって不意打ちをつかれて死んじゃうよ。』 「懐かしいな…。はぁ、頭から氷室さんのことが離れない…。」 「お前、キモい顔してたぞ。」 お菓子の袋を凪に向かって投げた。 「キモいキモい!恋してる男子はこんなにもキモかったのか!」 「ちょっ!やめろっ!」 「近づくなボケー!」 「職場で喧嘩しないで〜。」 「じゃ、私は最近ハマってる駄菓子屋さんに行ってくるでの。」 「とっとと行ってこい。」 −「ふんふふーん。婆ちゃんきたぞ!」 古びた駄菓子屋に足を運んだ。 「ああ、来たのかい。いらっしゃい。」 優しそうな顔をした駄菓子屋のおばあちゃんがいつもかぐりを可愛がっている。 「こんなに安くていいのか?駄菓子ってものは!」 「ふふふ。」 後ろから笑い声がした。 後ろを振り向くと、肩までの長さの黒髪でセーラー服の上に駄菓子屋には似合わないアンティークのカーディガンを羽織っている。 「誰だ。お前。」

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喰魔

「カアアアアアッ!」 「来るぞ!右!」 「わかってるっていってんだろうがー!」 「バーンッ!」 身体からアサトライフルの銃が無数に飛び出て、鳥のバルグロスを狙い乱射した。 身体には命中するが心臓が何層にもなっていて弾が心臓まで届かなかった。 「はあ!?キッモ!」 「朧!受け取れ!」 凪は自身の血で作り出したピストルを渡した。 「チッ!テメェの血なんか触りたくねぇっての。」 (血で作った武器は体の内部まで行き渡る…。) 「じゃ、さっさと殺しますか。」 「コロス!コロス!シネ!」 かぐりが心臓を目掛けてピストルを撃った。 「カァッ!」 鳥のバルグロスは死に、地面に落ちた。 「ふぅ。今までのとはちょっとちがったね〜。」 肉片が鳥のバルグロスの反対方向に傾いた。 「…ッ!朧!後ろだっ!」 バルグロスが突撃してくるギリギリのところでかぐりは避けた。 「あっぶな…。」 「…気持ち悪いな。」 そのバルグロスは巨大な口と無数の腕を持つ醜悪なバルグロスだった。 「コイツなんのバルグロス?」 「知らない。…見当もつかないな。」 「オボロ...カグリ....ハ…ドッチ…ダ…」 (口がでかいから上手く喋れない…。言語のバルグロスではないな。) 「はーい。私だよ。」 「…マ…ガガミ…サマ…カラノ…メイレイ…。コロス。」 「お前私たちが戦いの直後だからって体力無くなってると思ってんだろ。」 「…。」 「今までのはウォーミングアップだっつーのっ!」 かぐりは銃の姿のまま相手に飛びついた。 「ホント危なっかしいな。」 その時バルグロスが息を大きく吸い始めた。 「…?…ハッそういうことかよ。」 「ヒャッホーイっ!」 「聞け!コイツは風のバルグロスだ!吹き飛ばされるなよ。」 「りょーかい!」 風のバルクロスが大きく息を吐いた。 木も揺れ、暴風そのものだった。 「獄啓。」 「…ッ?」 (風で何も聞こえない。) 「思考をグチャグチャにしてやるわ!」 暴風がいきなり止んだ。 「ッ!なんだっ?おい!何を言った!?」 「安心して。人間には無害だから。」 「グ、アアアアアッ!」 (何を使った?何が起こった?そんなことは後ででいい。あいつが弱ってるうちに早くトドメを刺す。) 凪は地面を蹴り、風のバルグロスのところまで飛び血で作った刀でトドメを刺した。 「…二体連続は初めてだな。」 「意外と弱かったね。コイツ。」 「…もしもし。」 「電話?」 「朧かぐりのことで話がありますので後で伺います。」 「…私?」 −統括幹部室− 「凪くんの話を聞く限りかぐりちゃんにはまだまだ異能があるっていうことだね。2人とも着いてきて。」 「はい。」 着いたのは奈落隔離区だった。 組織の地下深く、外部から完全に遮断された場所にあり捕獲されたバルグロスが研究、管理されている。 「どのバルグロスがいいかな。そうだ。病のバルグロスにしよう。」 「…何をする気ですか?」 「かぐりちゃんには働いた後からごめんなんだけどこのバルグロスで今全ての異能を見させてもらいます。」 パスコードを入力してかぐりを病のバルグロスがいる牢屋に入れた。 「へ?」 「病のバルグロスって、八人がかりでやっと捕獲できたバルグロスですよね?それを1人に相手させるって…。」 「かぐりちゃんならいけると思うけどなぁ。大丈夫。危なくなったら助けるから。」 「…。」 「このニオイ…人間じゃないなお前!」 「あ、ちゃんと喋るんだこのバルグロス。」 「やっとここなら出れる機会がきたぜ!テメェを喰って強くなってここから出るっ!」 「やってみろよバァーカッ!黙示!」 かぐりは銃のバルグロスになった。 「氷室玲!今私が持ってる異能を全部見せればいいんだろ?」 「そうです。」 「だったら全部見してやるよッ!バンッ!」 「心臓を外してるぜぇっ?!」 「わざとだよクソがッ!今ここで殺したら異能全部見せれないだろうがぁっ!」 「全部見せる前に殺してやるっ!」 「獄啓」 「ああ!?」 「首。」 「なに言ってんだ…」 病のバルグロスの首が不自然に折れ曲がった。 「グ…!お前何した!?イッテェっ!クッソォォォッ!」 病のバルグロスが液を吹き散らかした。 「ハッハッハッ!この液が一滴でも当たったらテメェは病死だっ!」 「氷室さんっ、流石に止めた方が!」 「…。」 「氷室さんっ!聞いてますか!?」 「黙ってみてなさい。」 「ッ!」 大量の液がかぐりに当たる寸前のところで液が病のバルグロスに跳ね返った。 「ッ!?なんでっ、」 「虚壊」 「クソッ!爆破ッッッ!」 爆破もかぐりでは意味をなさなかった。 爆発で飛び散った瓦礫や石もかぐりに当たる直前のところで跳ね返ってしまうのだ。 「なんなんだよコイツ…!」 「んじゃ、最後に行きますか。断滅!」 その特定の場所だけが激しく揺れた。 「グアアアアアッ!」 「死ね。」 素早いスピードでかぐりは病のバルグロスを倒した。 「…これでいいか!私は最強なのだっ!」 「朧…。」 「良いでしょう。合格です。」 「合格ぅ?」 「凪くんもね。」 「俺も?どういうことですか?」 「まずかぐりちゃんはあれだけの威力の全ての異能を使っても自我を失わなかった。」 「すごいだろっ!」 「あと凪くんはかぐりちゃんを飼育できる。」 「飼育?」 「凪くんはかぐりちゃんが死にそうだと思って私に戦闘を止めさせようとした。つまりかぐりちゃんの管理ができる。かぐりちゃんはもう休んでいいよ。凪くんはちょっと話がある。」 「イヤッホーイッ!飯飯〜。」 「凪くん。今って何時?」 「今は…22時08分です。」 「時間がないなぁ。簡潔に言います。」 「はい。」 「もしかぐりちゃんが自我を失ったり暴走したら殺しなさい。」 「えっ…。」 「じゃあ私は仕事があるから行くね。死なないように頑張って。」 (朧を…殺せ?)

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