はむすた

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はむすた

森の奥でひまわりの種もぐもぐしてる、ハムスターです。 人間語も読み書きできるのでご安心を。 細かい自己紹介は、はむすたるーむと、100の質問とか見てもらえると嬉しいです。 アイコン・(し)ょうじょめ~か~ さま (*・×・*)♡ since 2022.11

猫のみちしるべ、終点は。

 思えば、恋のきっかけなんて、いつも些細なことだった。  初恋は幼稚園、なわとびを教えてくれた二歳上の少女。  次は小学二年生、隣の席で消しゴムを貸してくれた女の子。  そして、中二の時に落ちた三度目の恋——これが現在進行形のやつ。  三度目といえど、恋への慣れはなく。  四年弱、セサミへの想いを不器用に抱きつづけている。  抱き方も合ってるか分かんないまま、ずっと。  セサミへの恋に気付いたあの日は。  すごく暑い日だった……気がする。    * * * * * * * * * *   終業式の日、俺はいつも通りカイトと帰ろうと思って、彼が待つはずの校門に向かおうとしていた。  そしたら、猫を見つけてしまったのだ。  真っ黒で毛並みの綺麗なやつ。  俺は、吸い寄せられるようにそいつに近寄っていった。 「あんた、そんなとこで何やってんの」  じりじりと距離を詰め――逃げなかったから、撫でてみようと思った。  もう一歩、あと一歩……。 「あ、馬鹿!」  ふいに黒猫に、手に持っていたパスケースを盗まれた。 「ちょっ、待ってよ」  すばしこい黒猫の後を追っていくと、奴は学校の裏庭に入っていった。  終業式の裏庭なんて、人が告白してるかもしれないのに、野暮なやつだ。    裏庭には、誰もいないように見えた。  黒猫は、ちらりと俺を横目で見て、優雅に端の低木の方へ歩いていった。 「いい加減パスケース返せって、猫」  今度は逃げられないように、そろり、そろりと歩み寄る。  そして、猫が低木の前で立ち止まった。  ——今だ!  俺は一気に距離をつめ、猫からパスケースを奪い返した。 「人間をなめたらだめだかんな~」  べぇ、と黒猫に舌を出すと、そいつは背を向けて歩いて行った。  反省の様子なし——猫だからいっか。  俺も帰ろう、と低木に背を向けた、その時。  わずかに、衣擦れの音が聞こえた。  低木の裏に、誰かいるようだ。  誰がいるのか見ようとして、ためらって、助けを求めているかだけ確認することにした。 「あの、誰かいるんすか?」  声をかける。  ……返事なし。 「覗いていいっすかー。いいですねー。」  なんとなく気になってしまったので、勝手に了承を得たことにして、低木の裏へ回る。  すると、そこには。 「……エンの馬鹿、なんで来たの」 「……セサミ?」  よく知った奴がいた。  カイトの幼馴染の一人で、俺ともたまに喋る女子。  目つき悪めな子で、最初は俺の子と嫌ってるのかと思ってたけど、数か月経って通常運転だと気づいた。 「セサミ、なんでここに」 「あっち行け」 「えー、ひどいっすね」  ぷぅ、と頬を膨らませると、返事は返ってこなかった。  なにか様子がおかしい。  普段のセサミは、口は悪いけど、普通に喋ってくれる奴だ。  それが、こんな風に黙り込むなんて。  もしかして体調でも悪いのだろうかと、セサミの前にしゃがみこむと…… 「……セサミ」  彼女は、静かに泣いていた。   「どっか痛い?」 「……ほっといて」 「深く干渉しないんで、大丈夫っす」  そう言って、静かに彼女の答えを待つ。  人が泣いているのはニガテだ、特に仲いい奴だと。  こういう時、自分には何ができるか分からない。だから、せめて、そばにいるだけでも。  できるだけ泣き顔を見ないように、目を逸らしていると、セサミの息遣いが聞こえた。 「……痛い」 「絆創膏、いる?」  もってないけど、と付け足すと、セサミは小さくつぶやいた。 「……こころが、痛い」 「そーすか」  再び、沈黙。  彼女の声を、待つ。  蝉の声がうるさかった。 「……カイトが、ミィとあそびに行くんだって」 「夏休み中?」 「そう」  それが泣くことにどう繋がるのか分からないが、とりあえず相槌を打つ。  次のセサミの声は、すこし、ふるえていた。 「二人でいくんだって」 「ふむ」  俺は、カイトのミィへの恋心をとっくに知っていた。  でも、いや、だからかもしれない……。 「エン、それってデート……だよね」  今まで、静かにセサミがカイトに向けている恋情に、気づきもしなかった。 「セサミはカイトのこと……」 「馬鹿みたいでしょ、あいつが誰を好きかなんて……」  とっくの昔に、知ってるのに。  そうつぶやく声は、濡れていた。  どうすればいいのか分からなかった。  こんな複雑な恋を目の当たりにするのが、初めてで。  だから、とりあえず立ち上がった。  ダッシュして自販機に向かい、カルピスを二本購入する。  なんで俺が人のために走っているんだろう。  ほんの少し、疑問に思った。  そして、また裏庭に戻った。  もう帰っちゃったかな、と思ったが、セサミはまだそこにいた。 「セサミ」 「……帰ったのかと思った」 「要りますか?」  カルピスを彼女の濡れた頬にあてた。 「暑いんで、冷たいもの飲んだ方がいいっすよ」  セサミは、ペットボトルの冷たさに少しびくりとしてから、それを受け取った。 「……ありがと」 「いや、別に」  泣いている彼女にできることが、好きな飲み物を買ってくることくらいしか、思いつかなかった。 「……うん、美味しい」  ぽつりと、セサミが言う。  彼女の前に自分も座って、カルピスを飲んだ。  そっとセサミを窺うと、もう涙は止まっていて、ほっとする。  そんな風に、安心して、油断してたからだろうか。  もしくは、暑さで頭がぼうっとしていたのかもしれない。  俺は、いとも簡単に落ちてしまった。 「ありがと、エン」  笑顔のセサミに、落ちてしまった。  瞬間、手のひらの、ペットボトルの冷たさを、感じなくなった。  心臓が、わずかに揺れる。  セサミの笑顔はレアで、だから嬉しかった。  そして、それ以上に……  好き。  セサミが好きだと、強く思ってしまった。  でも、恋にも何にも気づかなかったふりをして。 「そろそろ帰りましょうか」 「うん」  カイトは先に帰ってしまったようだったので、ふたりで帰路につく。  他愛ない話を交わしながら、のんびりと歩いた。  彼女の話し方も、表情も、今まで以上に可愛くて。    やっぱり、これは、そういうことなのだろう。  ただ猫を追いかけていったら、終点は恋のおとしあなだった……なんて。  カイトに話したら、笑って面白がるだろうか。  恋なんて面倒なだけなのに、  なんで何度も繰り返してしまうのだろうか。 「ま、こういうのは理屈じゃないか」 「なんか言った?」 「いえ、何も」  蝉の声は、やっぱりまだうるさかったけど。  この帰り道が一生続いてしまえばいい、と思った。

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ブルースターをつづる 序章⑦

 歩人先輩と駅で別れ、いつも通りほんの少し早足で歩く帰宅路。  なんとなく、歩人先輩のことを思い出していた。  身近な人のむき出しな恋を見るのは久しぶりで、なんだかどきどきした。  そして、思ってしまったのだ。  自分もいつか。  いつか、恋を——。  男性が怖いのに、矛盾している気もするけど。    澄んだ空気の中で、小さな花が目にとまった。  その花を、私は知っている。  ——幸福な愛、初恋。  愛らしいブルースターが、花壇に揺れていた。  花言葉は、いまの自分には、まだ遠すぎるけれど。    いつか、ひとが怖くないと思える日が来たら。  叶わなくても、思い続けられるような恋に出逢ったら。  その時、この花言葉の意味を、本当に知るのかもしれない。  ——ほんの少しだけ、そう思った。

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ブルースターをつづる 序章⑦

ブルースターをつづる 序章⑥

 放課後、校門に向かうと、歩人が微笑んで手を振ってくれていた。 「椎菜ちゃん、帰ろう」 「歩人先輩!」  歩人の方に早足で向かう。  その時、椎菜は気づいた。  背中に突き刺さる殺気に。  振り返らないでも、分かる。 (とんでもない量の女子を、敵に回した気がする……)   歩人は、成績優秀で顔も良く、陸上部ではエース、さらに生徒会長。  これでモテないはずがない。  律樹曰く、去年のバレンタインデーには貰ったチョコを食べきれず、律希と瑠美にも分けていたそうだ。  確かに、歩人先輩と二人きりだと、私恨まれそうだ。 (どうしよう、ただ瑠美先輩を通じて少し仲良くなっただけなのになぁ)  この状況を切り抜ける方法が浮かばない。  このまま歩き続ければ、やばいことになるかも。  椎菜は足を止めた。 (前に進めば女子たちに殺される、でも行かなきゃ歩人先輩を待たせちゃう)  うーん、と葛藤。  すると、歩人が一言、呼びかけてきた。  しかもかなり大きな声で。 「それで、生徒会の仕事の件なんだけどさ!」  一瞬で女の子たちの眼光が柔らかくなった。  ——歩人先輩さすがすぎる!  椎菜は思わず心の中で拍手を送った。  背後の殺気が消え、 「なぁんだ、生徒会の子か」 「歩人くんの仕事仲間なのね」 「びっくりした~」  などと、ざわつく声が聞こえた。  とっさに機転を利かせてくれた先輩に心の底から感謝し、急いで先輩に駆け寄った。  校門を出るまでは先輩に話を合わせ、 「書類まとめておかなきゃですよね」  とそれっぽくしておいた。  校門を出てしばらくして、ようやく一息つく。 「本当にありがとうございました、先輩」 「全然。何なら本当に生徒会入る?」 「遠慮しておきます……」  椎菜が苦笑すると、歩人は冗談っぽく首をすくめ、 「残念。向いてると思うのに」  と言ってくれた。   「私は瑠美さんみたいに人付き合いできないので」  瑠美なら、生徒会もできそうだと思いながら言ってみる。  歩人はふわりと目を細め、柔らかく微笑んだ。 「瑠美と仕事できたら嬉しいけど、モデルが忙しそうだからね」  歩人の優しい表情に、「瑠美」と言う声に、なんだか椎菜はどきりとした。  いつも歩人は、瑠美のことを話すとき、表情が柔らかくなる。  瑠美のペースを見て歩くし、他の人より特別優しくする。  端から見ていると、まるで姫と騎士のようで。 (前々から思ってたけど、歩人先輩ってたぶん……) 「好き、なのかな」 「えっ?」  しまった、と口を抑えたがもう遅い。  つい、言葉がこぼれてしまった。  怪訝そうな顔をする歩人に、これはもう誤魔化しきれそうにない、と諦めた。 「先輩、瑠美先輩の事が、もしかして……って思って」  なんとなく恥ずかしくなって、歩人の様子をそっとうかがう。  歩人はひとつ息をついた。 「そんなにわかりやすいかな、俺」 「はい、わりと……」  正直に答えると、歩人は照れたように笑う。 「律希にもバレてないのに」  それは律希先輩が鈍感なのでは、と心の中で思わずツッコんだ。  歩人はしばらく黙り込んだ後、ぽつり、つぶやいた。 「十四年間も、こじらせてる」  歩人と瑠美と律希は、家が近所で、幼稚園の頃からよく遊んでいた、と前に聞いた。  それにしても、十四年間……。  四歳くらいから今まで、ずっと、片思いだというのか。  椎菜は恋愛経験がない。  そんなに長い間ひとりを想うということが、想像もつかない。  けれど、いつもと違った歩人の話し方で、きっとすごく切ない恋なのだろう、と分かってしまった。 「一途、ですね」  身近な人の恋を目の当たりにすると、胸がじんわり温かくなる。  まるで、その人の恋が、透けて見えるみたいに。 (私までどきどきしちゃうなぁ)  普段は口数の多い歩人だが、今日の帰り道は、ぽつり、ぽつりと言葉少なに瑠美の話をしてくれた。  とても綺麗なひとだから、心配でつい過保護になってしまうこと。  モデルに学業にといっぱいいっぱいな彼女に、自分の恋心まで背負わせたくないから、恋は伝えられないということ。  本当は泣き虫なのに涙を隠すところは瑠美らしいが、自分には頼ってほしいこと。  髪の毛を水色に染めた姿は美しいけど、黒髪の頃も素敵だったこと。  言葉が途切れ、遠い目で夕焼けを見つめる瞳。  ——瑠美のことを、想っているのだろうか。 (きっと。この人は、これからもずっと想い続けてる)  思うだけで何もしないのは臆病だという人も、いるかもしれない。  でも、少なくとも椎菜は、モデルと学業でいっぱいいっぱいな彼女への気遣いなのだろうと、素敵に感じた。  瑠美の笑顔を守るために、何も言わずに見守り続けてる。 (すごいな。私には何もできないけれど、でも。  歩人先輩と、瑠美先輩が……いつか、幸せになれたらいいな)  ひそかに、胸の中で祈った。  つよく、まっすぐ。

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ブルースターをつづる 序章⑥

ブルースターをつづる 序章⑤

 それからは、瑠美や律希と一緒に帰ることが多くなった。  ふたりの友人であり、学校の生徒会長を務める歩人も、ときどき一緒になる。  色々な話をした。  瑠美のモデルの話を聞いたり、歩人の実家の和菓子屋について聞いたり。  たまに椎菜も、よつばのことなどを話した。 (瑠美さんはお姉ちゃんみたいだし、律希先輩や歩人先輩も、異性だけど怖くない。今日はどんな話をしようかな……)  ほんの少しずつではあるが、三人に対して心をひらけている自分を、椎菜は嬉しく思っていた。  ある日、移動教室で椎菜が廊下を歩いていると、スカートのポケットが微かに振動した。  どうやらスマホに通知が入ったようだ。椎菜がポケットからスマホを取り出し、見てみると、瑠美からラインが入っていた。 〈椎菜ちゃん!ごめんね、今日私予定入っちゃったから、一緒に帰れないの。律樹も今日は学校来てないし……歩人と二人で帰ってくれる?〉  ざっと目を通して、了解です、とスタンプを送りつつも、椎菜は少し不安になっていた。  三人と出会ってから一か月ほど。  律希はたまに学校をサボるし、瑠美がモデルの撮影や部活の助っ人で忙しい時もある。  それでも、それが重なることはなかった。  つまり、歩人と二人きりになるのは初めてなのだ。 (えぇ、なに話せばいいの⁉ わかんないよ……)  歩人が温厚で優しいというのは十分わかっていたが、それでも緊張してしまう。  それに、こんなことを思うのは良くないけど……。  ——【あの人】と、同じ性別なんだ。歩人先輩も、律樹先輩も。  

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ブルースターをつづる 序章⑤

ブルースターをつづる 序章④

 送っていかなくていいか、と何度も心配する瑠美と律希と駅で別れ、椎菜は自分の家に向かった。  木々の間を通り抜ける風が、椎菜の猫っ毛を揺らす。  椎菜の家から駅は徒歩三分。あの出来事があってから、母親たちが「明るい道の方が安心だから」と引っ越ししてくれた。  夕暮れに照らされて、歩きなれた道を進みながら、椎菜はぼんやりと今日の出来事を思い出していた。 (先輩たちと仲良くなれて、いろんなこと話せて……すごく素敵な人たちだった)  律樹と瑠美のかけあいが面白かったな、と自然に笑いがこぼれた。  こんなに楽しかった帰り道は、実千花たちと以外では、初めてかもしれない。  駅から家の途中に、小さな花屋がある。  いつもは何も考えずに通り過ぎるけど、今日はなぜか目にとまった。  店先には、色とりどりの花が並んでいる。  夕日に照らされて揺れる姿が、かわいらしい。  ——花言葉。はつこい、だなんて。  私には縁遠いけど、恋なんてきっとできないけど。  でも、百分の一の可能性でも、いつか……。  花屋の前を通りながらざっと見てみたけど、ブルースターの愛らしい花姿は見当たらなかった。  玄関の扉を開けると、椎菜を待ち構えていたかのように、可愛らしい声が飛びだしてきた。 「おねーちゃん、おかえりいー!」  リビングから駆け寄ってきたのは、年中で4歳の妹・よつばだ。  小さな体が勢いよく椎菜の腰にしがみつく。 「ただいま、よつば」  椎菜は妹の柔らかい髪を軽く撫でた。  よつばは一度しがみつくとしばらく離れてくれない。腰に抱きつかせたまま、手を洗っていると、よつばが「おねーちゃん!」と呼びかけてくる。 「どしたの、よつば」 「ねぇ、おねーちゃん、なんかいいことあったのー?」  大きな瞳を輝かせて聞いてくるよつばに、やっぱりバレてしまうものなのだな、と椎菜は驚く。 「うん、楽しかったよ」 「たのしかったの? なぁに?」  好奇心旺盛によつばはどんどん訊いてくる。 「えーっと、先輩と一緒に帰ったり……あと……」  ふと、椎菜の頭の中に律希の顔が浮かぶ。  ——名前を、知れた。  口の中で、小さく「りつき」の音を転がす。  胸が、なぜだか、すこしどきどきする。  瑠美先輩への憧れに、似たようなものだろうか。  だけど……。 「ねぇねぇ、あとは?」  首をかしげて見つめてくる小さな妹にハッと気づき、椎菜は急いで手を振った。 「なんでもないよ! よつばは幼稚園どうだった?」 「おにごっこしたぁ!」  満面の笑みでよつばはしゃべりだす。  まん丸な目をキラキラ輝かせて、すごく楽しそうに。  まだ拙い言葉を懸命に重ねている姿が、姉バカだろうか、たまらなく愛らしい。 「よかったねぇ」  頭を撫でると、よつばは嬉しそうに、えへへと笑った。

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ブルースターをつづる 序章④

ブルースターをつづる 序章③

 色々なことを話しながら、二人並んで歩く。  会話の中で、先ほどから気になっていた、彼女の珍しい髪色——瑠美の髪色はうすい水色だった——について聞いてみると、モデルの仕事の都合なのだという。  しかも、それを何でもないことのように言うから、椎菜のあこがれはさらに高まった。  そんな会話を重ねるうちに、椎菜の緊張も解けていった。  オレンジ色の光が道に長い影を落とし、近くの木々がそよそよと揺れる。春の風が頬を撫でる感覚が気持ちの良い日だった。  そして、二人の影の少し後ろに伸びる、もう一つの影に気付く。  少し後ろから男子生徒が歩いてきた。  瑠美は彼に気づくと、明るい声で彼に話しかけた。 「律希? こんなところで何してるの?」  律希と呼ばれた彼は、 「帰宅中」 とぶっきらぼうに答えた。  その声に聞き覚えがあり、椎菜は慌てて振り向いた。  ——やっぱり、パーカーの彼だった。  購買で出会ったあの日から、ずっと気になっていた、彼。  律希っていうんだな、と椎菜はつい頬を緩ませた。  律希も椎菜の顔を見てすぐに気付いたようで、 「瑠美と知り合いだったのか」  と意外そうな声を上げ、揶揄うように 「お前、もうこけんなよ。」  と軽口をたたいてくる。 「あ、あの時は本当にありがとうございました……!」  頭を下げつつ、鼓動が高鳴るのを感じる。  瑠美先輩の前で、こけたことを言われてしまうなんて恥ずかしい……!  でも。 (なんで、揶揄われてるのにちょっと嬉しいのかな……?)  頭を上げても、しばらくは鼓動が早かった。  そのころ瑠美は、自然と椎菜に歩調を合わせる律希に気付き、心の中で考えを巡らせていた。 (こいつが私以外の女子とこんなに楽しそうに話しているの、見たことないわ。……もしかしたら。まぁ、詮索しないのがよさそうね)  そんな考えを表情に全く出さず、軽い調子で瑠美は律希に笑いかける。 「あんたも一緒に帰りましょ、律希」 「てか、同じ方向だし」  普段以上にぶっきらぼうな律希を見て、瑠美は必死に口元のにやつきをこらえるのだった。  椎菜がふと足元を見れば、夕暮れの道に、背も歩き方もばらばらの三つの影が並んでいて、なんだか嬉しい気持ちになった。  三人で歩く通学路は、一人で歩いているよりも狭いはずなのに、なぜか広く感じる。  ふと、椎菜の目が花壇に咲く花に止まった。 「わぁ、可愛い花……!」  すると、瑠美もその花を覗き込み、 「ブルースターね」  と声を弾ませた。  うすみずいろの五枚の花弁がふわりと揺れるその花に、ぴったりな名前だと椎菜は思った。 「ブルースターってね、花言葉も可愛いのよ」  椎菜が興味を持って「花言葉?」と聞き返すと、瑠美は 「この間のモデルの仕事、花言葉特集の雑誌だったの」  と微笑んで、 「幸福な愛、とか、初恋っていう意味らしいわ」  と優しく教えてくれた。 「はつ、こい……! ロマンチックですね」  椎菜はうっとりするように目を細めた。  はつこい。  きっと自分に恋はできないけど、憧れてしまう言葉の一つ。  椎菜がときめいていると、瑠美は黙り込んだ律希に目を向けた。 「あらまぁ、律希はお子様だから『初恋』なんて照れちゃうのかしら?」 「バカ瑠美」  邪険に返した律希だが、明らかに照れ隠しであることが見て取れて。  ——可愛いな、だなんて、思ってしまう。  自分の気持ちの理由がわからず、椎菜はひそかに首を傾げる。  でも、三人での会話が楽しくて、そんな疑問はすぐに忘れてしまった。  趣味の話、教師の話。会話は多岐にわたる。  瑠美と律希の幼馴染だという歩人の話もよく出てきた。  椎菜も、聞いているだけですごく楽しくて。  少しずつ色が濃くなる茜色の空に、三人の楽しそうな声が響いた。

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ブルースターをつづる 序章③

ブルースターをつづる 序章②

 あの日から、一週間。  パーカーの彼には、まだ会えていない。  それなのに、いまだに彼の瞳も声も忘れられず。  まさか自分が、まだ異性に関心を持てるとは思わなかった。  ——彼の瞳に、すいこまれてしまった。 「……な!」 「椎菜ってば!」  友人の声にはっと顔を上げた。  机には夕方の光が散っていて、時間の経過に驚く。  どうやら、ぼーっとしてしまっていたようだ。 「ごめん、実千花!」  椎菜があわてて謝ると、実千花は軽く眉根を寄せて首を傾げ、  舞帆にも、 「しぃちゃん、最近いつもその調子~。なんかあったの?」  と顔を覗き込まれてしまった。  ……確かに、あった。  でも何となく言いづらくて、何でもないよ、と手をぱたぱた振った。 「そーお? ならいいけど~」 「で、ごめん、なんの話だった?」  すると、実千花がすっと真剣な顔になり、 「舞帆とうち部活行かなきゃだけど、一人で帰れる? って言ってた」  とやや心配そうな声で言った。  そういえば、今日から一年生も部活動が始まる。  舞帆は漫画研究部、実千花はバスケ部。  私は、中学の時はバレー部だったけど、あることをきっかけに帰宅部になり、高校でも入部する気はない。 「大丈夫だよ! 行ってらっしゃい!」  ふたりはあの出来事を知っているから、少し大げさなくらい笑って見せて、元気に送り出す。  じゃあね、と教室を後にする二人の背中が遠くなる。  完全に二人の姿が見えなくなり、椎菜は静かに息をついた。 「まだこんなに明るいんだし、平気」  自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。  本音を言えば、不安で胸がどきどきしていた。  一人で帰るなんて、泣きたいくらい怖かった。 (ああ、パーカーの彼が怖くなかったから、浮かれてた。まだ……治ってなかった)  自分が情けなくて、ぐっと唇をかむ。  ——でも、いい加減忘れなきゃ。  ぎゅっとお守り代わりのキーホルダーを握って、淡くオレンジの光が差す廊下を歩き始めた。  しかし、人気の少ない空間に足音が響くたび、小さな恐怖がじわりと胸に広がる。  そんなときだった。  徐々に近づいてくる男子生徒らの話し声に気が付いた。椎菜と声の距離がちょっとずつ縮まり、椎菜はやや早足になったのだが—— 「ねぇ君、一年? 可愛いね!」 「一緒にカラオケ行かん?」  もう遅かったようだ。  振り向くと、名札の色から三年生と分かる男子たちが、肩を寄せ合いながら椎菜に話しかけていた。  彼らの視線が集中し、背筋がぞくりとする。  違う、彼らは【あの人】とは違う。  分かっているのに、軽薄な声と視線は自分に向き続け、泣きたくなる。  何も、言えない。  怖い。  誰か—— 「ちょっと、女の子困ってるわよ?」  凛とした声に、廊下がしんと静まった。  知らない声だった。  男子たちの視線が振り向く先には、美しい女子生徒が立っていた。  真っ暗な闇の中で煌々と光る月みたいな、圧倒的な存在感。  彼女の真っ白な肌が、光を反射して、淡く発光しているようにさえ見えた。  場の雰囲気が、一瞬で呑みこまれた。  ややあって、男子生徒たちが興奮したように声を上げた。 「……瑠美さん!」「瑠美さん、一緒にカラオケ行きましょ!」「今日も超綺麗……」  瑠美と呼ばれた彼女は、彼らを一瞥して、 「あら、ありがと。お断りよ」  と冷たく笑った。  椎菜は思わず、かっこいい、と声を上げそうになり、慌てて口を抑えた。  男子生徒たちは、落胆したような表情で、 「カラオケ一緒に行きてぇわ……」「相手は瑠美さんだ、しゃーねぇよ」「そうだぞ、高嶺とおり越してエベレストの花なんだから」  などと騒ぎながら去っていった。  足音が遠ざかり、椎菜はほっと息をつく。  ——助かった。  瑠美は椎菜に歩み寄り、その表情を少し柔らげた。 「大丈夫?怖かったでしょ」  その優しい声に、涙腺がゆるみかけた。  素敵な人だ……。  三年生だから二つしか違わないはずなのに、すごく大人に見えた。 「ありがとうございます、助かりました」  ぺこぺこと彼女に頭を下げると、 「いいのよ。つい声かけちゃっただけだから」  瑠美は椎菜の頭に軽く手を置いて微笑んだ。  そのチャーミングな笑顔に、同性ながらときめいてしまった。 「ところで君、名前は?」 「春川、椎菜です」  すると瑠美は、椎菜の手を取り、明るく言った。 「椎菜ちゃん、一緒に帰らない?」  椎菜の心に、あったかい安心が広がった。  正直、まださっきのことが怖かった。 「いいんですか? ありがとうございます!」 「もちろん、ちょうど私も帰るところだもの」  気を遣ってくれたのか、ほんとうのことなのか。  分からないけど、やさしい人。  初対面なのに、すでに強く憧れてしまっていた。

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ブルースターをつづる 序章②

ブルースターをつづる 序章①

「めっちゃ混んでる……」  つぶやきと、ついて出たため息。すぐに、パンやお弁当を求める生徒らの喧騒で、かき消される。 (購買、初めて来たけど……どうしよう、混みすぎ)  早く入らないと売り切れてしまうのは分かっているが、それでも足が動かなかった。  この購買の中の半分以上が、【あの人】と同じ性別なんだ。そう考えるだけで、椎菜の胸はざわついて、足が動かなくなる。 (もう少し空くまで、ここで待っていよう)  自分の臆病さにあきれながらも、椎菜は廊下の隅でじっと待機することにした。  しばらく待っていると、ふと目に留まった人がいた。  椎菜とは反対側の廊下の隅。  パーカーのフードを深くかぶり、黒いマスクをつけていたから、すぐにわかった——噂できいたことのある人だ、と。  それも、悪い噂で。  顔を知られたらまずい犯罪者なんだとか。  校則違反のパーカーは、教師を脅して許可させたとか。  でも、椎菜には、人に危害を加えるような人に見えなかった。  表情は見えないけど、どんな人なのかな、と考えてみる。 (……まあ、学年二つも違うし、私とは関わりないか)  数分待ったころ、 (昼休み、あと何分かな)  ポケットからスマホを取り出した椎菜。  電源をつけると、昼休みはあと十分しかなかった。  さすがにそろそろ行かなきゃ。  意を決して購買に足を踏み入れた途端。 「ぅわっ……」  足の裏を、つるりとすべらせた。  体がバランスを崩す。  とっさのことに、頭が真っ白になった。  ギュッと全身に力を入れて、衝撃に備える——。  いつまでたっても、痛みはこなかった。 「……大丈夫か」  低く、やわらかな声がすぐそばから聞こえた。  頭が少しずつ働き始めて、なんとか状況をのみこむ。  誰かに、抱きとめられているようだ。  ……力強い腕が、背中に触れている。  驚きながらも、支えられたままそっと視線を上げた。  ——そこにいたのは、悪い噂の、あの人だった。  助けられたことに気づくのと同時に、彼の腕の中にいる自分に気づいた瞬間、椎菜の背筋はぞくりと凍る。  ああだめだ、助けてくれたのにそんなこと考えちゃ…… 【あの人】と同じだったらどうしよう、なんて。  触れ方は優しい、大丈夫——自分に言い聞かせてみるけど、でも。  ……怖い。  逃げようとする、でも、体が動かない。 「おい、どうした?」  どうしよう、だめだ全然。  はやく私の体、動け。  ああ、やっぱり私だめなんだ…… 「ゆっくりでいいから」  彼のことばが、届く。  ようやく、息ができた。  優しい声だった、私の様子が変だって気づいてくれた。  強張っていた体が、やっと動いた。 「だいじょーぶ、です」  やっと言葉を絞り出すと、よかったと彼はちいさく呟き、そっと立たせてくれた。  そして、そのまま立ち去ろうとする。 (あ、行っちゃう……!)  彼の背中が遠ざかっていく。 「……あの!」  とっさに声をかけると、彼は少しだけ足を止め、振り向いてくれた。 「えっと、ありがとうございました!」  そのとき、だった、  彼のフードの影が、風でふわりと浮いた。  瞳が、ちらり、のぞく。  一瞬で、吸い込まれそうになる——あまりにも、綺麗で。  黒曜石に碧をわずかに足したような、美しい色。  淡い光に、つやめいている。  鼓動が鳴りやまない。  こんなに綺麗な目を、見たことがない。  彼は、深くフードを被りなおし、会釈して去っていった。  ……一瞬の出来事だった。  でも、その一瞬は、椎菜の心を奪うには十分すぎるくらいだった。  脳裏にあの瞳が、焼き付いてしまって。 (なんで、男性なのに、怖くないの。私、どうしたんだろう)  結局その日は、お昼ご飯なんて買えずじまいだったけど、それも気にならないほどに。  ぼんやりと、優しい人だったなぁ、綺麗だったなぁ、とか考えてしまうほどに。  ——とっくに、虜になっていた。

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ブルースターをつづる 序章①

ダブルデート、だとか

「エン! なぁ、夏祭り行かね?」 「えー……急に何」  だるい、という気持ちを隠そうともせず、目だけ上げる友人。  ……今日もいらつくぐらいにイケメンだ。 「お前、そんな眠そうにしてると、せっかくの顔が台無し」 「え、俺よりカイトのがかっこいーのに」 「そういうのいらねーから!」 「お世辞じゃないんだけど」  そして、人たらし。  だからモテる。 「で、夏祭りってなに」 「さっき、ミィにラインで誘われた。セサミも来るらしーぜ」  ラインの画面を見せると、エンはがばっと顔を上げた。 「セサミ来るなら行くわ」  普段真っ黒な目にハイライトが入っていて、本当に分かりやすい奴だと笑ってしまう。 「てか、ダブルデートじゃん、最高」 「お前がいつセサミと付き合ったっていうんだよ」  思わずツッコミを入れると、エンは目をぱちぱちとさせた。  そして、意外そうに首を傾げた。 「てっきり、"ダブル”の方に突っかかってくると思った」  一瞬言っている意味が分からなかった。  しばし思考ーーハッと気づく。 「お前そういうの本当よくねぇ! 俺はミィとそういう関係じゃねーんだって!!」  エンは、こう見えてからかい好きなやつだ。  自分が恋愛感情あけっぴろげだからって、俺のコレまで恋だって言うのは、本当に悪い。 「いい加減、認めちゃえばいーのに」 「だから、ちげぇって!」  顔が熱くなるのを感じて、あわててそっぽを向いた。 「……祭り、行くって返事しとくからな」 「話題変えるのあからさますぎ」 「うっせえ!」  あーもう、ほんとに悪い奴。    こいつと初めて出会ったのは、中学一年生の春。  入学式後の自己紹介で、 「特技はフリーハンドで円を書くことです」   と言ったエンを、正直変なやつだと思った。  でも、実際見せてもらったら、ちゃんと正確な円で、一緒に見ていたセサミとミィと、すごく驚いてしまった。  エンというあだ名をつけて、親友と呼べるほど仲良くなるまでに、それほど時間はかからなかった。    あれからずっと、基本的にはいつもミィ、セサミ、俺、エンの四人で遊んでいる。  セサミもエンもいい奴だってことは知っている。  だから、どのタイミングでエンが惚れたのかは知らないが、ふたりが上手く行ってくれればいいと思う。  だけど、いつか。  いつか、この二人が付き合ったら、もう四人では遊べなくなるのだろうか。  素直に応援したいのに、そんなことを思ってしまう自分が、ずっといる。  どうしても、消えない。    少しもやもやしながらスマホを操作していると、ふいにエンが口を開いた。 「カイト、ミィの浴衣姿たのしみにしてるでしょ」  ……まじで、こいつ。 「うるせえ、ばーか!」 「え、見たくないの?」  そう聞かれると何も反論できないこと、知ってるくせに。  急いで話題を変える。  「お前だってセサミのそういうの、見たくて仕方ねーんだろ」 「うん、めっちゃ見たい」  飄々と言いのけるエン。  変人なのは、中学の頃から変わっていない。 「みんなで写真とろーね、祭りの日」 「エンは、セサミの浴衣写真ほしいだけだろ」 「あ、ばれた?」  くだらない話が、放課後の教室を賑わせる。  だけど、本当は。  頭の中で、ミィの浴衣姿を想像するのが止まらなくって。  ……どれもこれもエンのせいだ。

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夏も恋も

「セサミ! あと少しで、夏休みだよ」 「まだ一か月あるけど……」  呆れていると、目の前の彼女は頬をぷくっとふくらませた。 「じゃあ、あと一か月で夏休みだね……って言えばいいの?」 「まぁ、なんでもいいかな」 「もお、冷たぁい!」  到底同い年とは思えないほどに幼い。  全く——ミィは、小学生の頃から全く変わらない。 「夏休みに何か楽しみな用事でもあるの?」 「そりゃあ、夏休みと言えば! すいか、海、花火、プール……!!」  指折り数え、目をキラキラさせるミィ。 「楽しそうで何よりだよ」  軽くあしらうと、なぜかミィはさらに不満そうな顔になった。 「セサミはたのしみじゃないの?」  そんな可愛いぷく顔されたって。  僕は暑いのが苦手だし、人混みも苦手だし。 「夏って、僕とは相性悪いっていうか」 「相性悪いってなんだよ~。一緒にプールとか行こうよっ!」 「プールねぇ……」  自然と視線が落ちる。  視界に入ってくる、ミィの豊満な胸部。  そして、僕のぺったんこな絶壁。 「ミィと水着姿で並びたくないかな」 「なにそれっ、セサミってスタイル良くてってかっこいいじゃん!」  僕のスタイルのよさって、女の子らしい感じじゃないんだよね。  うっすら線の入った腹筋に、やわさのない脚。  それに比べてミィは、腕も脚も、真っ白でマシュマロみたいにふわふわで、ほど良く細い。  羨ましくなってしまう、僕もこんな体でも女だから。 「じゃあ、プールじゃなくて、お祭りとか!」 「お祭りなんてあるっけ?」 「あるよ! えっとねぇ、夏休みの最初の方に、お稲荷神社で!」  お祭り……人が多いだろうなぁ。  僕だって、夏休み中にミィとあそびたくないわけでもない……と言うことは認めざるを得ない。  ミィみたいに素直になれれば、これもまっすぐに言えるんだろうけど。 「ねぇ、みんなでお祭り行こうよ! セサミ!」 「いや、どうだろ」 「何か予定あるの?」  それは、ないけど。  ミィの言う「みんな」は、たぶん私、カイト、そしてエンの事だろう。  そのメンバーで行くのは……正直、少ししんどい。 「あ、それか、好きな人を誘いたいとか⁉」  急にきゃあっと盛り上がったミィに、もっとしんどくなる。 「好きな人なんて、いないけど」 「そっかぁ、つまんない」  ごめんね嘘ついた。  いるよ、好きな人。  いるんだよ小学生のころからずっと。  その好きな人は……カイトは、あんたのことが好きなのに、  ミィに僕が勝てるわけないのに、ずっと好きなんだよ。  ばか。 「じゃあ、お祭り四人で行こうよ!」 「……そんなに言うなら、まぁ」  なんでここでも、行きたくないと正直に言えない。  僕が、少しでも素直に可愛らしくなれたなら……いや、それでもカイトはミィが好きだろう。 「行ってやってもいいけど」 「やったぁ!」 「そのかわり……」  こころでミィへの嫉妬が止まんなくて。  だいすきなだいすきな、親友に、こんなに醜い感情。 「お祭りの間は、僕と手つないでてね」 「そんなことされなくてもはぐれないっつの!」  そうじゃないんだよ。  僕は、ミィの手が空いていたら、そしてその手をもしあいつが取ってしまったら。  きっと、もう無理になってしまうから。 「手つないで、僕とずっと喋ってるって約束、して」 「今日のセサミは甘えん坊だね!? いーよ、カイトとエンともちょっとは喋るかもだけど」  約束を取り付けたって、しんどいままで。  ミィの将来のしあわせも、好きな人のしあわせも、僕が阻害してるんだ。  こんなもやもや、恋なんてしなきゃ感じなかったのに。  夏も恋も、どーせ。  僕には似合ってくれない。

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夏も恋も